コンテンプト・オブ・コート 1-29
裁判所の廊下を三人が歩いていた。
マリベル・ヴァレンタイン判事が先頭を歩く。
その後ろをローリーとエルマ・アトキンソンが続いている。
しばらく誰も話さなかった。
マリベルは廊下の突き当たりで足を止めた。
「ここでいいわ」
エルマが立ち止まる。
ローリーも足を止めた。
マリベルは二人を見る。
「エルマ」
「はい」
「あなたは先に戻りなさい」
エルマはローリーを見る。
「分かりました」
エルマはそれ以上何も言わず、来た道を戻っていった。
ローリーはその背中を見送った。
マリベルが言う。
「ローリー」
「はい」
「あなた、今でも自分のしたことを後悔している?」
ローリーは少し考えた。
「裁判官を押したことですか?」
「それもある」
「……後悔はしていません」
「そう」
マリベルは短く答えた。
「ただし、やり方は間違えた」
ローリーは黙った。
「法廷では、弁護士は感情で動いてはいけない」
「分かっています」
「本当に?」
「はい」
マリベルはローリーの目を見る。
「なら、これから覚えればいい」
ローリーは顔を上げた。
「私は六か月間、弁護士として仕事ができません」
「そうね」
「私が間違ったことをしたからです」
「違うわ」
マリベルは即答した。
ローリーが目を見開く。
「違う?」
「あなたが担当した裁判のことよ」
マリベルは廊下の壁に背を預けた。
「判決の結果だけを見れば、あなたは負けた」
「……はい」
「でも、あの裁判は完全に誤判よ」
ローリーは黙った。
マリベルは続ける。
「証拠だけを見て、人間を見なかった。あの判決は、それだけのものだった」
「でも、判決は出ました」
「だから何?」
ローリーは答えられなかった。
「裁判官が間違うこともある」
マリベルの声は静かだった。
「検察官も間違う。弁護士も間違う。陪審員も間違う」
「……」
「だから弁護士がいるのよ」
ローリーはマリベルを見る。
「間違いを見つけたら、声を上げる。それが弁護士の仕事でしょう」
「はい」
「あなたは声を上げた」
「裁判官を押しました」
「そこは反省しなさい」
マリベルは淡々と言った。
「でも、言うべきことまで撤回する必要はない」
ローリーは視線を落とした。
マリベルは一歩近づく。
「胸を張りなさい」
ローリーが顔を上げる。
「あなたは弁護士として終わったわけじゃない」
「でも、六か月……」
「六か月なんて長くない」
マリベルは腕時計を確認した。
「その間にできることはいくらでもある」
「何をすればいいんでしょう」
「勉強しなさい」
「勉強?」
「法律をもう一度見直しなさい。過去の判例も読む。自分が何を間違えたのかも考える」
ローリーは頷いた。
「そして、もう一つ」
「何ですか?」
マリベルはローリーをまっすぐ見た。
「やるべき時にやらないのは、負けたも同然よ」
ローリーの表情が変わった。
「……はい」
「あなたは間違った場所で手を出した。でも、正しい場所で戦うことまでやめる必要はない」
ローリーはしばらく黙っていた。
そして、小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
「礼を言う必要はないわ」
「でも……」
「あなたがまた法廷に戻ってきたとき、そのときに聞くわ」
ローリーはマリベルを見る。
「何を?」
「どんな弁護士になったのか」
ローリーは少しだけ笑った。
「分かりました」
マリベルは頷いた。
「それまでに、今より強くなりなさい」
「はい」
「それから」
「はい?」
「裁判官を殴るのは、もうやめなさい」
ローリーは思わず黙った。
「……気をつけます」
マリベルは歩き出した。
ローリーもその後を追おうとした。
だが、マリベルが振り返る。
「ローリー」
「はい」
「あなたならできるわ」
それだけ言って、マリベルは廊下の先へ歩いていった。
ローリーはその場に残った。
六か月。
弁護士として仕事のできない時間だった。
だが、終わりではない。
ローリーは顔を上げた。
そして、裁判所の出口へ向かって歩き始めた。
