コンテンプト・オブ・コート 1-17
二十年前。
同じ部屋だった。
ただし、今よりずっと明るかった。
窓の外にはアンカレッジの街が見えていた。雪が残っている。道路を走る車の音が、古い窓ガラス越しに聞こえていた。
部屋の中央には段ボール箱がいくつも積まれていた。
机の上にも、本棚にも、荷物が残っている。
リサ・グリーンは書類を一枚ずつ確認し、封筒に入れていた。
まだ若かった。
弁護士として働いていたが、事務所を維持するだけの金は残っていなかった。
部屋の隅で、幼いマイクが本を読んでいた。
母親の仕事が終わるのを待っている。
リサは最後の書類を箱に入れ、蓋を閉じた。
「マイク」
「なに?」
「少し話があるの」
マイクは本を閉じた。
「また引っ越すの?」
リサは少し黙った。
「うん」
「どうして?」
「お金がなくて引っ越さないといけないの」
マイクは黙って母親を見た。
リサは笑おうとした。
「でも、大丈夫よ」
「大丈夫?」
「新しい場所で仕事を探すから」
リサは箱の上に手を置いた。
「新天地で頑張ろうね」
マイクはしばらく考えた。
窓の外を見る。
道路の向こうに、雪の残った歩道があった。
子供にとって、引っ越しは大きな問題ではなかった。
母親が一緒なら、それでよかった。
マイクは本を持ったまま立ち上がった。
「僕は大丈夫」
リサがマイクを見る。
「本当に?」
「うん」
「寂しくない?」
「お母さんがいるから」
リサの表情が少し変わった。
マイクは続けた。
「僕、お母さんのために一生懸命勉強する」
「そう」
「それで、立派な弁護士になる」
リサは黙ってマイクを見ていた。
やがて、しゃがんで目線を合わせる。
「弁護士になりたいの?」
「うん」
「どうして?」
「お母さんみたいになりたいから」
リサは笑った。
今度は無理に作った笑顔ではなかった。
「そう」
マイクは頷いた。
「お母さんより、もっと立派な弁護士になる」
「それは困ったわね」
「なんで?」
「私より立派になったら、お母さんの仕事がなくなっちゃう」
マイクが笑った。
リサも笑った。
部屋の外では、誰かが階段を上ってくる音がした。
二人とも気にしなかった。
リサはマイクの髪を撫でた。
「約束よ」
「うん」
「勉強すること」
「分かってる」
「それから、どこへ行っても自分を失わないこと」
マイクは頷いた。
「約束する」
リサは立ち上がった。
部屋にはまだ荷物が残っていた。
二人がここを出るまで、あと少しだった。
幼いマイクは本を抱えたまま、母親の後ろを歩いた。
そのときは知らなかった。
この部屋が、母親と過ごした最後の場所になることを。
そして二十年後、自分が再びこの場所に戻ってくることも。
