コモロの死刑制度:法改正と廃止に向けた動きの停滞
2026年8月時点のコモロは、死刑制度を法律上維持しながら、長期間にわたって死刑執行を行っていないという特徴的な状態にある。
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現状(2026年8月時点)
インド洋西部に位置するコモロ連合では、2026年8月時点でも死刑制度そのものは法制度上存続している。したがって、コモロを「死刑廃止国」と分類することはできず、現在の位置付けは、法律上は死刑を残しながら、長期間にわたって死刑執行を行っていない「事実上の廃止国」に近い状態と評価するのが適切である。
この点で重要なのは、「死刑が存在すること」と「実際に死刑が執行されること」を分けて考えることである。国連が2025年にまとめた死刑制度に関する資料では、コモロは10年以上死刑執行を行っていない「事実上の廃止国」に分類され、同時にモラトリアム(執行停止)が存在する国の一つとして挙げられている。
一方、近年のコモロでは死刑判決そのものが完全になくなったわけではない。アムネスティ・インターナショナルが2026年5月に公表した「Death Sentences and Executions 2025」によると、コモロでは2025年に少なくとも2件の死刑判決が記録され、同年末時点で死刑判決を受けている人が少なくとも14人いることが確認されている。
これは、コモロの死刑制度を考える上で極めて重要な事実である。すなわち、同国は「死刑を執行していない」という意味では廃止方向に進んでいるものの、「死刑判決を出す法的・司法的能力を完全に放棄した」わけではなく、制度としては依然として存置されている。
さらに注目すべきなのは、2025年がコモロにとって死刑判決の再確認ともいうべき年になったことである。アムネスティによると、コモロはバーレーン、ガンビア、モルディブ、カタール、台湾とともに、一定期間の空白を経て2025年に再び死刑判決が記録された国の一つであった。
この事実から見ると、コモロの現状を単純に「死刑廃止へ向かっている国」と説明するだけでは不十分である。むしろ、死刑執行については長期間停止されている一方で、死刑判決を可能とする法制度と司法運用は残存しており、廃止への移行が制度面では完成していないという二重構造が存在している。
コモロの死刑制度の現状(ファクト)
コモロにおける死刑制度の特徴は、実際の執行実績が極めて限定的であるにもかかわらず、死刑という刑罰そのものが法体系から完全には削除されていない点にある。国際的な死刑制度の分類でも、このような国は「法律上の存置国」と「事実上の廃止国」の中間的な位置に置かれる。
アムネスティ・インターナショナルの2025年統計では、コモロについて2025年の死刑執行はゼロである一方、死刑判決は2件以上記録されている。さらに、刑務所行政の責任者が2025年7月にメディアに対して、国内に14人の死刑判決確定者がいると説明したことも同報告書で紹介されている。
ここで「2件以上」と表記されるのは、国際人権団体の統計が、政府による完全な司法統計だけに依存しているわけではないためである。アムネスティは政府発表、裁判記録、メディア報道、本人や家族、弁護士、その他の市民社会組織など複数の情報源を組み合わせて死刑制度を調査しており、情報が十分に公開されていない国では「+」記号を付して最低確認数として示している。
この点はコモロだけの問題ではなく、死刑制度をめぐる統計全般に共通する。とりわけ小規模国家では、裁判所、刑務所、司法省などが公開する統計資料が限定されるため、「死刑判決が何件あるのか」「死刑確定者が何人いるのか」「恩赦や減刑がどの程度行われたのか」を継続的に把握すること自体が難しい。
2025年の統計を世界的な文脈に置くと、コモロの状況はさらに明確になる。アムネスティによれば、2025年には世界48か国で少なくとも2,334件の新たな死刑判決が確認され、少なくとも17か国で2,707件の死刑執行が記録された一方、死刑を法律上または事実上廃止した国は145か国に達している。
つまり、世界全体では死刑廃止が長期的な潮流となっているものの、死刑判決や執行が消滅したわけではない。コモロの場合は、その世界的な廃止潮流の中に位置しながらも、国内法から死刑を完全に取り除く段階には到達していないという点に特徴がある。
また、アフリカという地域全体を見ても状況は一様ではない。近年、ジンバブエによる通常犯罪に対する死刑廃止や、ザンビアによる死刑廃止を目指す国際条約への加入など、廃止を進める動きがある一方、死刑判決を維持する国や再導入・適用拡大を議論する国も存在する。
したがって、コモロの死刑問題は「アフリカでは死刑廃止が進んでいるのにコモロだけが遅れている」という単純な構図では捉えられない。むしろ、アフリカ諸国の間でも死刑をめぐる法制度、政治状況、宗教・社会的価値観、司法制度の成熟度が異なっており、コモロはその複雑な移行過程の一例として位置付けるべきである。
法的ステータス
コモロの死刑制度を分析する際には、まず「死刑を禁止する法律が存在するのか」「憲法上死刑が禁止されているのか」「刑法上の死刑規定が残っているのか」という三つの問題を区別する必要がある。現時点では、コモロは死刑を完全に法的廃止した国家ではなく、刑事司法上の死刑判決を可能とする制度が残されている。
そのため、現在のコモロは国際的な分類上、法律上の死刑存置国でありながら、執行面では長期間の停止状態にある国と理解するのが最も正確である。国連の2025年資料でも、コモロは「少なくとも10年間執行を行っていない」という基準から事実上の廃止国として扱われ、モラトリアムを実施している国の一つとして明記されている。
この法的ステータスは、廃止国とは大きく異なる。死刑廃止国では、裁判所が死刑判決を言い渡す法的根拠そのものが原則として消滅しているため、将来の政権が政策変更によって執行を再開することは通常できない。
これに対してコモロのような事実上の廃止国では、死刑制度が法律上残っているため、政治情勢や法解釈、司法政策が変化すれば、理論上は死刑判決が増加したり、執行再開をめぐる政治的議論が発生したりする余地が残る。2025年に死刑判決が再び記録されたことは、この「事実上の廃止」と「法律上の存置」の差を端的に示す事例である。
この意味で、コモロの死刑制度は「消滅した制度」ではなく、「執行されないまま法体系に残っている制度」と表現する方が実態に近い。今後、真の意味で死刑廃止を実現するには、単なる執行停止を超えて、刑法その他の関連法令から死刑規定を削除する立法措置が必要となる。
事実上の執行停止(モラトリアム)
コモロの死刑制度を特徴付ける最大の要素が、長期間にわたる事実上の執行停止である。国連の資料では、コモロは10年以上死刑を執行していない国として「de facto abolitionist(事実上の廃止国・廃止論者)」、つまり事実上の廃止国に分類され、同時にモラトリアムを実施している国として列挙されている。
ここでいうモラトリアムとは、死刑制度を法律上廃止することとは異なり、死刑判決を出す可能性が残されていても、国家が実際の執行を停止する状態を指す。したがって、モラトリアムは廃止への重要な中間段階になり得る一方、それだけで死刑制度の法的問題が解消されるわけではない。
コモロの場合、この状態が長期間続いていること自体が重要な意味を持つ。国家が死刑を執行しない状態を長期間維持することで、「死刑を刑罰として残す必要性」と「実際には使用しない制度を法体系に残す合理性」との間に緊張関係が生じるからである。
ただし、2025年に少なくとも2件の死刑判決が記録されたことは、モラトリアムが必ずしも死刑判決の発生そのものを防止するものではないことを示している。すなわち、コモロでは「死刑判決を出さないこと」と「死刑を執行しないこと」が制度的に同じ意味を持っていない。
この点から、コモロの現状を「死刑制度は形骸化している」とだけ評価するのも適切ではない。14人の死刑確定者が存在するとされる以上、死刑制度は個々の受刑者に対してなお重大な法的効果を持っており、制度の廃止が実現しない限り、死刑問題が完全に解決したとはいえない。
さらに、死刑執行が長期間行われていないことは、制度廃止の方向性を示す重要な材料ではあるものの、それ自体が不可逆的な制度変更を意味するわけではない。したがって、コモロにおける現在のモラトリアムは「廃止そのもの」ではなく、「廃止に至る可能性を持つ長期的な暫定状態」と捉える必要がある。
国際舞台での態度
コモロの死刑制度を考えるうえでは、国内法だけでなく、国際人権法の枠組みの中で同国がどのような位置にいるのかを確認する必要がある。2026年8月時点のコモロは、死刑を法律上維持している一方、長期間にわたって執行を行っていないため、国際社会からは「死刑廃止に向かう途中にある国」として扱われる側面が強い。
国連人権機関は一貫して、コモロに対して死刑の法的廃止を求めてきた。国連自由権規約人権委員会は、コモロについて事実上の死刑モラトリアムが存在することを認めながらも、死刑が法律上残り、裁判所によって定期的に科されていることを問題視し、最終的な廃止に向けた措置を求めている。
特に重要なのが、国連自由権規約人権委員会による「de facto」、すなわち事実上の停止と、「de jure」、すなわち法律上の廃止との区別である。国連側の評価では、コモロは前者には到達しているものの、後者には到達しておらず、国家として死刑を不可逆的に廃止するためには、刑法上の死刑規定を削除するとともに、死刑判決を受けている者の刑を減刑することなどが必要とされている。
また、国連はコモロに対し、死刑廃止を目的とする自由権規約第二選択議定書への加入も繰り返し勧告している。同議定書に加入すれば、死刑廃止を国際法上より強固に位置付けることができるため、単なる政策上のモラトリアムよりもはるかに強い制度的コミットメントとなる。
しかし、2026年8月時点でも、国連条約機関のデータベース上、コモロについて自由権規約第二選択議定書への加入は確認できない。これは、コモロが国際社会からの廃止要求を受け入れながらも、死刑制度を完全に廃止するための国際法上の最終段階には進んでいないことを示している。
ここにはコモロの人権政策全体に共通する問題も表れている。死刑制度の廃止だけを単独で進めるのではなく、自由権規約を含む主要な人権条約の批准、司法制度の強化、刑務所環境の改善、司法関係者の能力向上などを同時に進める必要があり、死刑廃止が国内司法改革全体の一部として位置付けられているためである。
実際、近年の国連によるコモロの人権状況審査では、司法制度の強化や裁判官・裁判所職員の研修などが進められていることが報告されている一方、政府自身が「社会はまだ死刑廃止を受け入れる準備ができていない」と説明している。つまり、政府が死刑の執行を停止していることと、社会的・政治的合意が死刑廃止に到達していることは、同じではない。
法改正・廃止に向けた動きが停滞している背景・要因
コモロにおける死刑廃止の停滞は、政府が一貫して死刑存置を積極的に推進しているという単純な構図では説明できない。むしろ、死刑執行を停止する方向性は存在するものの、それを刑法改正や国際条約加入という恒久的な制度変更に転換する政治的・社会的条件が十分に整っていないことが核心にある。
この問題を理解するには、少なくとも四つの要因を分けて考える必要がある。第一は政治的不安定性と国内政治の優先順位、第二はイスラム法や伝統的価値観の影響、第三は司法・人権改革を実施する制度的能力の不足、第四は国際社会からの圧力が国内政治を直接動かすほど強くないという問題である。
これらは互いに独立した要因ではない。政治的・行政的な能力が限られているところに社会的な慎重論が重なり、さらに国際社会からの圧力が「勧告」にとどまることで、政府にとって死刑廃止を最優先課題として取り上げるインセンティブが弱くなるという構造が考えられる。
① 政治的不安定性と優先課題の錯綜
コモロは独立後、政権交代や政治的対立を繰り返してきた国であり、国家制度の安定化そのものが重要な政治課題となってきた。このような環境では、死刑廃止のような長期的な人権政策よりも、政権の安定、治安、経済、雇用、行政能力の確保など、より直接的な政治課題が優先されやすい。
死刑制度の廃止には、刑法の改正だけでなく、死刑判決を受けている人々の処遇、代替刑の整備、裁判官や検察官への周知、刑務所制度との整合性など複数の制度変更が必要になる。司法制度そのものの改革が進行中の国にとって、死刑廃止は単純な一法案の成立だけでは完結しない問題となる。
国連の資料でも、コモロでは司法制度の強化に向けて裁判官や裁判所職員への研修が実施されていることが示されている。これは一定の改革努力を示す一方、司法制度の能力強化がなお政策課題であることも意味しており、死刑廃止を含む高度な人権政策を安定的に実施するための基盤が発展途上にあることを示唆する。
さらに、死刑廃止は国内世論との関係でも政治的なコストを伴う。犯罪抑止や重大犯罪への厳罰を求める世論が存在する場合、政府が死刑を廃止すると「犯罪者に甘い」「被害者を軽視している」と批判される可能性があるため、政治指導者にとっては慎重になりやすい政策領域となる。
この点について、コモロ政府自身が国連の審査過程で「社会はまだ死刑を廃止する準備ができていない」と説明したことは重要である。これは政府が死刑廃止を単純な法技術上の問題ではなく、社会的合意を必要とする問題として認識していることを示している。
したがって、政治的不安定性とは単に政権が頻繁に交代するという意味だけではない。国家が限られた政治資源をどの政策に投入するかという「優先順位」の問題であり、死刑廃止が緊急課題として認識されにくいことが、法改正の停滞につながっていると考えられる。
② イスラム法(シャリア)および伝統的価値観の影響
コモロ社会を理解するうえで、イスラム教の影響を無視することはできない。コモロは人口の大部分がイスラム教徒であり、宗教的・社会的価値観が法制度や刑罰に対する考え方にも一定の影響を及ぼしている。
ただし、ここでは「イスラム教だから死刑廃止に反対する」という単純な説明を避ける必要がある。イスラム法の解釈は一枚岩ではなく、イスラム諸国の中にも死刑制度を維持する国と廃止する国、執行を停止している国が存在するため、宗教そのものを停滞の唯一の原因とみなすことは学術的には適切ではない。
むしろ重要なのは、宗教的価値観が国内世論や政治的正統性と結び付いている点である。死刑を完全に廃止する場合、単なる刑法改正ではなく、「重大犯罪に国家がどこまで厳罰を科すことが許されるのか」という道徳的・宗教的議論を伴うことになる。
そのため、政府が死刑廃止を推進するには、国際人権法上の生命権という理念だけでなく、イスラム社会における刑罰観や被害者・遺族の感情を含めた国内的な説明が必要になる。国連がコモロに対して、単に法律を改正するだけでなく、「死刑維持の必要性に対する社会的態度を変える努力」や、廃止の是非についての建設的な国民的対話を求めていることも、この問題の性格を示している。
したがって、宗教・伝統的価値観は「廃止を不可能にする壁」というより、政府が制度変更を進める際に乗り越える必要がある社会的合意形成の問題として捉えるべきである。
③ 組織的な司法・人権改革のインフラ不足
死刑廃止を実現するためには、法律から死刑という言葉を削除するだけでは十分ではない。死刑判決を受けている人の刑をどうするのか、終身刑などの代替刑をどう位置付けるのか、重大犯罪に対する量刑体系をどう再構成するのかなど、刑事司法全体との整合性を確保する必要がある。
国連自由権規約人権委員会は、コモロに対して死刑判決を受けている者の刑を減刑すること、死刑について法律上のモラトリアムを確立すること、さらに自由権規約第二選択議定書への加入を検討することを求めている。これは、死刑廃止が単独の法律改正ではなく、司法制度全体の改革と結び付いた問題であることを示している。
さらに、コモロの刑務所制度については、医療へのアクセス、衛生、換気、照明、過密収容などの問題が国連機関から指摘されている。こうした刑事司法インフラの弱さは、死刑廃止後の代替刑を適切に運用する能力にも関係するため、廃止政策を進めるうえで間接的な制約となり得る。
④ 国際社会からのプレッシャーの限定性
コモロに対する国際社会の立場は、基本的には死刑廃止を支持する方向で一致している。国連機関は繰り返し法的廃止、死刑判決の減刑、自由権規約第二選択議定書への加入などを勧告している。
しかし、これらの勧告には通常、国内法を直接変更させる強制力がない。国連の人権審査は国際的な政治的・道義的圧力として重要であるものの、最終的に刑法を改正するかどうかはコモロ国内の政治過程に委ねられる。
そのため、国際社会から見れば「なぜ廃止しないのか」という問題でも、コモロ政府から見れば「廃止を求められているが、国内の合意形成が十分でない」という問題になる。この認識の差が、長期的なモラトリアムを維持しながら法的廃止を先送りする状況を生み出していると考えられる。
もっとも、国際的圧力が完全に無意味というわけではない。アフリカ地域では死刑廃止国が増加しており、2024年にはジンバブエが通常犯罪に対する死刑を廃止し、ザンビアも死刑廃止を目的とする自由権規約第二選択議定書への加入を進めるなど、地域全体の規範は徐々に変化している。
さらに2025年には、世界全体で死刑判決を記録した国が48か国だった一方、死刑を法律上または事実上廃止した国は145か国に達している。コモロが長期的に死刑存置を続けることは、国際的な人権規範との距離を徐々に大きくする可能性があり、この点は将来的な改革圧力となり得る。
ただし、2025年にはコモロで死刑判決が少なくとも2件確認されており、同年末には14人が死刑判決下にあることも確認されている。これは、国際的な廃止潮流が存在しても、それが自動的に国内の死刑制度廃止へ転換されるわけではないことを示している。
以上を総合すると、コモロの法改正・廃止に向けた動きが停滞している最大の理由は、単一の政治勢力や宗教勢力による明確な反対というより、政治的優先順位、社会的合意、司法制度の能力、国際圧力の実効性という複数の要素が重なっていることにあると評価できる。
停滞の構造をどう理解するか
ここまで、コモロにおける死刑廃止の停滞について、政治的不安定性、宗教・社会的価値観、司法制度の脆弱性、そして国際的圧力の限定性という四つの要因を確認した。これらを総合すると、コモロの問題は「死刑を積極的に存続させたい」という一つの政策意思だけではなく、死刑廃止を最終的な法制度へ転換するための政治的・社会的・制度的条件が十分にそろっていないことにある。
とりわけ重要なのは、コモロでは「執行しない」という政策と「法律から死刑をなくす」という政策の間に大きな隔たりがあることである。長期的なモラトリアムによって実際の死刑執行は停止されているものの、死刑判決を可能とする法的枠組みは残っており、2025年にも少なくとも2件の死刑判決が確認された。アムネスティ・インターナショナルは2025年末時点で、コモロに少なくとも14人の死刑判決下にある者が存在すると報告している。
この状態は、死刑制度が社会から完全に消えたことを意味しない。むしろ、死刑という刑罰を「使わないが残しておく」という状態が長期化することで、廃止を実現する政治的動機も弱くなりやすいという逆説が生じている。
① 政治的不安定性と優先課題の錯綜――制度改革を阻む時間軸の問題
コモロの政治を理解するうえで重要なのは、死刑制度の問題が単独で存在しているわけではないという点である。政府にとっては、政治的安定、経済発展、行政機構の強化、治安、公共サービス、司法制度の整備など、複数の課題が同時に存在している。
こうした環境では、死刑廃止は政治的に「緊急性の低い政策」とみなされやすい。死刑執行が長期間停止されている以上、政府からすれば、死刑をただちに廃止しなくても目に見える治安上の混乱が発生するわけではなく、限られた政治資源を別の課題に投入する合理性が生まれる。
これは政策学的には、制度改革の「先送り均衡」と考えることができる。すなわち、現状を維持することで直ちに大きな政治的コストが発生せず、廃止を実現することによって得られる利益も短期的には明確ではない場合、政治指導者は改革を急がない傾向を持つ。
さらに、死刑廃止には政治的なリスクも存在する。重大犯罪が発生した場合、死刑廃止を進めている政府は「犯罪に対して弱腰だ」と批判される可能性があり、特に被害者や遺族の感情が強く表面化する事件では、死刑存置を求める声が政治的に強まる可能性がある。
したがって、政府が「社会はまだ死刑廃止を受け入れる準備ができていない」と説明していることは、単なる行政上の言い訳として片付けるべきではない。国連の人権審査資料に示されるこの政府説明は、死刑廃止が国内政治において一定の社会的・政治的コストを伴う政策であることを示している。
ただし、この説明には注意も必要である。「社会が準備できていない」という主張が、具体的な世論調査や全国的な議論によって裏付けられているのかは別問題だからである。社会的合意が不足していることを理由に法改正を延期するのであれば、政府にはむしろ、国民的対話や市民社会との協議を通じて合意形成を進める責任がある。
② イスラム法(シャリア)および伝統的価値観――単純な宗教要因論を避ける
コモロの死刑制度を論じる際、イスラム法の影響を過大評価することにも、逆に無視することにも問題がある。コモロはイスラム教が社会の重要な基盤となっている国家であり、重大犯罪や刑罰に対する社会的認識を考える場合、宗教的価値観を考慮する必要がある。
しかし、イスラム法と死刑制度の関係は複雑である。イスラム法学には重大犯罪に対する死刑を認める伝統的解釈が存在する一方、現代のイスラム諸国では、その適用範囲や刑罰制度との関係について多様な解釈が存在しており、「イスラム国家だから死刑廃止が不可能」という因果関係を設定することはできない。
実際、イスラム教徒が多数を占める国々の中でも、死刑を廃止した国、長期モラトリアムを維持している国、積極的に死刑を執行している国が併存している。この事実は、宗教だけでは死刑制度の存否を説明できず、政治制度、法文化、司法制度、国際関係、国内世論などとの組み合わせが重要であることを示している。
コモロの場合に重要なのは、宗教的価値観が直接的な法的拘束力として働くというより、政治指導者が制度改革を進める際の社会的受容性を左右する要因になり得る点である。死刑廃止を進めるには、「死刑を廃止しても重大犯罪に対する社会的正義を確保できる」という説明を、国際人権法だけでなく、国内社会の倫理観や宗教的価値観にも接続する必要がある。
国連人権機関がコモロに対して求めているのも、単純な法律改正だけではない。死刑の廃止に向けて社会的議論を促し、死刑制度を維持することの必要性について国民的な対話を行うことが、制度改革の一部として重要になる。
ここから導かれる重要な点は、死刑廃止を外部から「人権規範」として押し付けるだけでは、国内で持続的な支持を得ることが難しい可能性があるということである。コモロの場合、国際人権規範と国内の宗教・文化的価値観を対立させるのではなく、両者を接続する政策的・法的議論が必要になる。
③ 組織的な司法・人権改革のインフラ不足――死刑廃止だけでは終わらない問題
死刑廃止を実現する場合、刑法の一条文を削除すればすべてが完了するわけではない。死刑判決を受けた者の処遇、既存判決の減刑、重大犯罪に対する代替刑、刑事訴訟上の手続、刑務所での収容など、複数の制度を同時に調整する必要がある。
この点で、コモロの司法制度が抱える構造的な制約は無視できない。国連の人権審査資料では、司法関係者の研修など司法制度の能力強化に向けた取り組みが報告されている一方、裁判所・刑務所を含む司法インフラには依然として課題が残っている。
また、刑務所の環境が人権上の問題を抱えていることは、死刑廃止後の刑罰政策を考えるうえでも重要である。国連側の資料では、コモロの拘禁施設について、過密状態、衛生、医療、換気、照明などに関する問題が指摘されており、死刑以外の刑罰についても受刑者の人権を保障するための制度的改善が必要とされている。
ここには一つの政策上の逆説がある。死刑廃止を求める側からすれば、死刑を廃止することは生命権の保障を強化する改革だが、廃止後に長期拘禁される人々の人権を保障する制度が整っていなければ、刑罰制度全体の人権水準を高めることにはならない。
そのため、コモロにとって死刑廃止は刑法政策だけでなく、司法行政改革の一環として進める必要がある。裁判官・検察官・弁護士の能力強化、刑務所制度の改善、無料法律扶助へのアクセス、誤判防止のための手続保障などを並行して整備することが、法的廃止を持続可能なものにする。
特に死刑判決を受けた者が存在する以上、廃止法案を成立させる際には、既存の死刑判決をどう扱うのかという移行措置が重要になる。単に「今後死刑を科さない」とするだけではなく、現在死刑判決を受けている者について刑を減刑する措置を法的に明確化する必要があり、これは国連自由権規約人権委員会も問題として取り上げている。
④ 国際社会からのプレッシャーの限定性――「勧告」と「国内法」の距離
コモロに対する国際的な死刑廃止要求は決して弱いものではない。国連人権機関を中心として、法的廃止、死刑判決の減刑、モラトリアムの法制化、自由権規約第二選択議定書への加入など、具体的な改革項目が提示されている。
それでも法改正が停滞するのは、国際社会の要求が国内政治を直接変更する強制力を持たないためである。人権条約機関による勧告や普遍的定期審査の勧告は国際的な正統性を持つが、国内議会が刑法を改正するためには、最終的に国内の政治的意思決定が必要になる。
この構造は、小規模国家における国際人権政策の難しさを示している。国際社会からは「死刑を廃止すべきだ」という方向性が明確でも、国内では経済、治安、政治、行政能力など別の課題が優先されれば、死刑廃止は後回しにされる。
さらに、死刑を執行していないという事実が、政府にとって一定の「国際的圧力を緩和する効果」を持つ可能性もある。法的には死刑を残していても、実際の執行を停止していれば、死刑存置国の中でも最も深刻な人権問題を引き起こす状況を回避できるため、完全廃止を急ぐ政治的インセンティブが弱くなる。
これは、コモロの現状を「廃止反対」と「廃止賛成」の二択で捉えることの限界を示している。実際には、「執行はしない」「しかし法律からは削除しない」という中間状態が長期間維持されており、この状態そのものが法改正の停滞を再生産している可能性がある。
法改正の停滞が意味するもの
コモロの死刑制度をめぐる最大の問題は、制度が「消滅」に向かっているように見えながら、法的にはその状態が確定していないことである。長期モラトリアムは廃止への重要な前段階だが、それだけでは将来の制度復活を完全に防ぐことができない。
2025年に再び死刑判決が確認されたことは、この点を象徴している。長期間執行されていなくても、法律上の死刑規定が残っていれば、裁判所は死刑判決を言い渡すことが可能であり、制度そのものが再び社会的・政治的に意味を持つ余地が残される。
したがって、コモロの死刑制度の停滞は「廃止できない」というより、「廃止するための政治的・社会的・制度的条件が一つの方向に収束していない」と表現する方が適切である。政府が廃止を進める意思を示す場面が存在する一方、社会的受容性、宗教的価値観、司法制度の弱さ、国際的勧告の実効性などが複雑に絡み合い、最終的な法改正まで到達していない。
このため、今後の改革を評価する際には、単に「死刑執行が何年間行われていないか」だけを見るべきではない。重要なのは、死刑判決の減少、既存死刑判決の減刑、国内法上のモラトリアムの確立、刑法改正、国際人権条約への加入という複数の指標が、どこまで同時に進むかである。
今後の展望
2026年8月時点のコモロにとって、死刑制度の今後は「直ちに廃止されるか、それとも存置されるか」という単純な二択ではない。現実的には、長期間続いている事実上の執行停止をどこまで法的・制度的な廃止へ転換できるかが最大の焦点となる。
現在の状況を整理すると、コモロは死刑を法律上維持している一方、長期間にわたって死刑執行を行っていない。ところが2025年には少なくとも2件の死刑判決が確認され、同年末時点で少なくとも14人が死刑判決下にあると報告されているため、制度が完全に形骸化したとはいえない。
この状態から法的廃止へ移行するには、まず既存の死刑判決をどう処理するかが重要になる。国連自由権規約人権委員会も、死刑判決を受けた者について減刑を行うことを求めており、単なる将来の死刑廃止だけでなく、現在存在する死刑判決を制度的に整理する必要がある。
次に必要となるのが、刑法上の死刑規定を削除する法改正である。これは単なる刑罰の名称変更ではなく、重大犯罪に対する法定刑の再構成、裁判官による量刑判断の変更、既存判決への経過措置などを含む刑事司法全体の改革として実施する必要がある。
さらに、自由権規約第二選択議定書への加入も重要な指標となる。同議定書は死刑廃止を目的とする国際条約であり、これに加入すれば、国内政策としてのモラトリアムを超えて、死刑廃止を国際法上の義務として固定する方向へ進むことになる。国連人権機関はコモロに対して同議定書への加入を検討するよう繰り返し勧告している。
したがって、今後の進展を判断する際には、単に「死刑執行がない」という一点だけではなく、①死刑判決の減刑、②刑法からの死刑規定削除、③モラトリアムの法制化、④第二選択議定書への加入という四つの指標を見る必要がある。
法的廃止に向けた現実的なシナリオ
コモロが死刑廃止へ進む場合、最も現実的なのは段階的なアプローチだと考えられる。まず政府が死刑執行停止を正式な政策として明確化し、次に既存の死刑判決を減刑し、その後に刑法改正と国際条約加入を進めるという順序である。
この方式の利点は、死刑廃止に対する社会的抵抗を一度に最大化させないことである。政府がまず「執行しない」という現状を法的に固定し、その間に司法関係者、市民社会、宗教指導者、被害者支援団体などとの協議を進めれば、廃止そのものに対する社会的理解を形成する時間を確保できる。
とりわけ宗教指導者との対話は重要になる可能性がある。コモロではイスラム教が社会において大きな位置を占めるため、死刑廃止を単純に「西側諸国から要求された人権改革」と位置付けるのではなく、生命の尊重、刑罰の目的、司法の誤判防止などをめぐる宗教的・倫理的議論と結び付ける必要がある。
同時に、政府は死刑廃止が重大犯罪への対応を弱める政策ではないことを明確にする必要がある。死刑を廃止しても、重大犯罪について長期の自由刑など厳格な刑罰を維持することは可能であり、刑罰の厳格性と死刑制度の存否は必ずしも同一ではない。
ここで重要になるのが司法制度への信頼である。死刑制度の最大の問題の一つは、誤判が発生した場合に生命を取り戻せないという不可逆性にあるため、死刑廃止の議論を「犯罪者への寛容」としてではなく、「国家による不可逆的な誤判リスクをどう管理するか」という司法制度の問題として提示することができる。
アフリカ地域の動向とコモロ
コモロの今後を考えるうえでは、アフリカ地域全体の変化も重要である。アフリカでは死刑制度を維持している国が依然として存在する一方、法律上または事実上死刑を廃止する国も増えており、地域全体の方向性は徐々に廃止側へ傾いている。
アムネスティ・インターナショナルによれば、2024年にはジンバブエが通常犯罪に対する死刑を法律上廃止した。またザンビアは死刑廃止を目的とする自由権規約第二選択議定書への加入を進めており、アフリカ諸国の中で死刑廃止を制度的に固定する動きが続いている。
こうした地域的変化はコモロにとって二つの意味を持つ。第一に、死刑廃止を実現することがアフリカ社会の価値観と必ずしも矛盾しないことを示す材料になることであり、第二に、死刑存置を続ける場合には地域的な人権規範との距離が相対的に大きくなる可能性があることである。
ただし、アフリカの死刑制度を欧州などの経験と単純比較することには注意が必要である。各国の植民地支配の歴史、宗教、政治制度、犯罪情勢、司法制度、社会的価値観が異なるため、廃止の進展速度にも大きな差が生じる。
その意味で、コモロにとって重要なのは「他国と同じ時期に廃止すること」ではなく、自国の司法制度と社会的価値観に適合した形で廃止を制度化することである。アフリカ地域の廃止国の経験は、そのための制度設計や社会的合意形成を考える際の参考材料になる。
国際人権法から見た今後の課題
国際人権法の観点から見ると、コモロに残された課題は比較的明確である。第一に、死刑の法的廃止、第二に既存の死刑判決の減刑、第三に死刑廃止を国際法上固定するための条約加入である。
自由権規約人権委員会は、コモロに対して死刑の法的廃止を進めるとともに、死刑判決を受けている者の刑を減刑し、自由権規約第二選択議定書への加入を検討するよう求めている。これは、単に「死刑を執行しない」という状態では不十分であり、制度そのものを廃止することが国際人権法上の望ましい方向であることを示している。
また、死刑廃止に向けた法改正を実現するためには、国際機関による技術支援も重要になる。刑法改正案の作成、量刑制度の整備、司法関係者への研修、刑務所改革などについて、国連機関や国際的な人権組織が専門的支援を提供できれば、コモロ政府が抱える制度的負担を軽減できる。
さらに、市民社会の役割も無視できない。政府と国際機関だけで死刑廃止を進めるのではなく、弁護士、大学、宗教指導者、ジャーナリスト、人権団体などが公開討論を行い、死刑制度の必要性、誤判リスク、被害者支援、代替刑について社会的議論を形成することが重要になる。
まとめ
2026年8月時点のコモロは、死刑制度を法律上維持しながら、長期間にわたって死刑執行を行っていないという特徴的な状態にある。国際的には事実上の死刑廃止国に分類される一方、2025年には少なくとも2件の死刑判決が確認され、年末時点で少なくとも14人が死刑判決下にあると報告されているため、制度が完全に消滅したとはいえない。
法改正・廃止の停滞には、政治的不安定性、国内政治における優先課題の錯綜、イスラムを含む宗教的・伝統的価値観、司法・刑務所制度の構造的な弱さ、そして国際的勧告の国内政治への影響力の限界が複合的に作用している。したがって、「政府が死刑廃止に反対している」という単純な説明よりも、「執行停止を維持することは可能だが、法的廃止まで進める政治的・社会的条件が十分に形成されていない」と捉える方が実態に近い。
特に重要なのは、長期モラトリアムが改革の終着点ではなく、法的廃止への移行段階にすぎないことである。死刑判決が残存する限り、死刑制度は個々の人間の生命に関わる現実的な問題であり、法的廃止が実現して初めて制度上の不確実性を解消できる。
今後、コモロが死刑廃止へ進むためには、まず既存の死刑判決の減刑と死刑執行停止の法的固定化を進め、そのうえで刑法改正による死刑規定の削除、自由権規約第二選択議定書への加入へと段階的に進むことが考えられる。これと並行して、司法制度の能力強化、刑務所環境の改善、市民社会との対話、宗教指導者を含む社会的合意形成を進めることが不可欠となる。
最終的にコモロの死刑問題は、一つの刑罰を残すか削除するかという問題にとどまらない。それは、国家が生命を奪う刑罰をどのように位置付けるのか、司法制度が誤判の不可逆性にどう向き合うのか、国際人権規範と国内の宗教・文化的価値観をどのように調整するのかという、国家の刑事司法政策そのものに関わる問題である。
コモロはすでに、死刑執行を長期間停止することで「事実上の廃止」という地点まで進んでいる。今後の焦点は、この長期モラトリアムを単なる現状維持で終わらせるのか、それとも法改正と国際条約加入によって不可逆的な死刑廃止へ転換するのかという点にある。
現段階の資料から判断すれば、コモロが直ちに死刑を全面廃止することを断定することはできない。しかし、国連機関による継続的な勧告、アフリカ地域における廃止国の増加、長期にわたる執行停止という三つの要素を考慮すれば、制度の長期的方向性は少なくとも「死刑執行の継続」より「法的廃止への漸進的移行」にあると評価する余地がある。
総合検証――「廃止の停滞」は本当に確認できるのか
ここまでの分析を総合すると、コモロの死刑制度について「廃止に向けた動きが停滞している」という評価には一定の根拠がある。ただし、この表現は「政府が死刑廃止法案を継続的に提出しているにもかかわらず、議会が毎回否決している」という意味ではなく、長期的な執行停止が存在する一方で、それを法的廃止へ転換する改革が完了していないという意味で理解する必要がある。
この区別は非常に重要である。コモロでは、死刑執行が長期間行われていないという事実から、死刑制度が社会的・政治的に弱体化していることは確認できるが、2025年にも死刑判決が確認されているため、制度そのものが消滅過程に入ったと断定することには慎重さが必要である。
したがって、より正確な表現は「コモロでは死刑の事実上の執行停止が長期化しているものの、法的廃止への制度的移行が完了しておらず、廃止をめぐる改革が停滞または長期化している」である。この表現ならば、死刑制度を積極的に維持する国と、法的廃止へ明確に移行している国との中間に位置するコモロの実態を適切に表現できる。
数字から見るコモロの位置
死刑制度を評価する際には、政治的発言だけでなく、判決数、執行数、死刑囚数を確認することが重要である。アムネスティ・インターナショナルによれば、2025年のコモロでは少なくとも2件の死刑判決が確認され、2025年末時点で少なくとも14人が死刑判決下にあった。
これに対して、同年にコモロで死刑が執行されたという記録はない。つまり、「死刑判決」と「死刑執行」の間には明確な断絶が存在しており、コモロの死刑制度は司法上は存続しているものの、執行段階では長期間停止している。
この状態は国際的な死刑制度分類でも特徴的である。国連は、10年以上死刑執行を行っていない国を事実上の廃止国として扱っており、コモロは法律上死刑を維持しながら、このカテゴリーに位置付けられている。
世界的に見ると、このような国は決して例外ではない。2025年末時点で、アムネスティは死刑を法律上または事実上廃止した国を145か国としており、世界の大多数の国が何らかの形で死刑廃止の方向に移行している。
しかし、世界的な廃止傾向があることと、コモロ国内で廃止法が成立することは別問題である。コモロのケースでは、国際的な規範の変化よりも、国内政治、司法制度、社会的価値観、宗教的要素が制度改革の速度を左右する可能性が高い。
「モラトリアム」と「廃止」の違いを再確認する
コモロの死刑制度をめぐる議論で最も誤解されやすいのが、モラトリアムと法的廃止を同一視することである。モラトリアムは国家が死刑執行を停止する状態であり、死刑を犯罪に対する刑罰として法律から削除することとは異なる。
この違いは、コモロにおいて特に重要である。長期間執行がないことで「死刑は実質的に使われていない」という評価は成立するが、死刑判決が残っている以上、死刑制度はなお司法制度の一部として機能している。
また、モラトリアムは政治的状況によって変更される可能性がある。法的廃止であれば、再導入には新たな立法措置が必要になるが、単なる執行停止であれば、将来の政権が政策変更によって執行再開を検討する余地が残る。
このため、国連人権機関がコモロに対して「法的廃止」を求めていることには明確な意味がある。長期間執行されていないという事実を、法律上の不可逆的な制度変更へ転換することが、死刑廃止政策の最終段階だからである。
死刑囚14人という数字が示す問題
2025年末時点で少なくとも14人の死刑判決下にある者が確認されたことは、コモロの制度を評価するうえで特に重要なデータである。執行されていないとしても、死刑判決を受けた本人にとっては、国家によって生命を奪われる可能性を法的に残された状態にあるためである。
ここには、長期モラトリアム特有の問題がある。死刑が執行されない状態が何年続いても、死刑判決そのものが残れば、受刑者は「死刑囚」という法的地位から自動的に解放されるわけではない。
国連自由権規約人権委員会が、死刑の法的廃止だけでなく、既存の死刑判決の減刑を求めているのもこのためである。制度を廃止するのであれば、過去に死刑判決を受けた者についても、法改正の恩恵を受けられるようにする必要がある。
したがって、死刑廃止を評価する場合には「最後の執行から何年経過したか」だけでなく、「死刑判決を受けた者が何人残っているか」「その人々の刑が減刑されたか」を確認する必要がある。コモロについては、この二つの指標に大きな隔たりが残っている。
政治・社会面から見た「廃止への準備不足」
コモロ政府が国連の審査過程で示した「社会はまだ死刑廃止を受け入れる準備ができていない」という説明は、今回の分析において重要な材料となる。これは政府が死刑制度を単純な法律技術上の問題ではなく、社会的合意に関係する問題として認識していることを意味する。
ただし、「社会が準備できていない」という説明をそのまま事実として扱うことには注意が必要である。全国的な世論調査などによって死刑廃止反対が明確に多数派であることが確認されている場合と、政府が政治的慎重論を「社会的準備不足」という言葉で説明している場合では、意味が大きく異なるからである。
したがって、今後の研究ではコモロ国内における死刑に関する世論調査、宗教指導者の発言、議会議員の政策的立場、弁護士会・大学・市民社会団体の活動などをさらに調査する必要がある。これらの情報が増えれば、「社会的抵抗」が実際にどの程度存在するのかをより客観的に判断できる。
宗教要因をどう評価すべきか
イスラム法の影響についても、単純化を避ける必要がある。コモロ社会でイスラム教が大きな影響力を持つことは重要だが、それだけを理由に死刑廃止が停滞していると結論付けることはできない。
イスラム教徒が多数を占める国家の中でも、死刑制度の法的・実務的な扱いは大きく異なる。したがって、宗教は「廃止を阻止する直接原因」というより、「死刑制度をめぐる社会的議論を形成する一つの重要な文化的要因」と位置付ける方が妥当である。
むしろ、コモロで重要になる可能性があるのは、イスラム的価値観と人権規範をどのように接続するかという問題である。死刑廃止を生命の尊重、司法上の誤判防止、国家権力の限界という観点から説明し、それを国内の宗教的・倫理的議論と結び付けることができれば、外部から押し付けられた改革という印象を弱められる可能性がある。
国際社会の圧力は今後強まるのか
国際社会からの圧力は今後も継続すると考えられる。国連人権機関はコモロに対し、死刑の法的廃止、死刑判決の減刑、自由権規約第二選択議定書への加入などを求めており、この基本的な方向性が短期間で変化する可能性は低い。
さらに、アフリカ地域で死刑廃止国が増加すれば、コモロにも相対的な制度改革圧力が生じる可能性がある。ジンバブエの通常犯罪に対する死刑廃止などは、死刑制度を維持する国にとって、アフリカ域内でも廃止が現実的な政策選択肢であることを示す事例となる。
一方、国際社会の圧力だけでコモロの法改正が実現するとは考えにくい。最終的な決定はコモロの国内政治過程に委ねられるため、国際機関による勧告と国内政治の意思決定をつなぐ媒介者、すなわち政府内改革派、議会、市民社会、司法関係者、宗教指導者などの存在が重要になる。
2026年以降のシナリオ
2026年以降のコモロについては、大きく三つのシナリオが考えられる。第一は、現在の状態がそのまま続き、死刑執行は行われないものの、死刑規定と死刑判決が残存するシナリオである。
第二は、限定的な改革が進み、既存の死刑判決が減刑され、死刑執行停止がより明確に制度化されるシナリオである。この場合、法的廃止そのものには至らなくても、事実上の廃止状態がさらに強固になる。
第三は、刑法改正によって死刑そのものを廃止し、さらに自由権規約第二選択議定書への加入へ進むシナリオである。これが実現すれば、コモロは長年の事実上のモラトリアムを法的廃止へ転換したことになり、現在の中間的な位置付けから正式な死刑廃止国へ移行することになる。
現時点では、どのシナリオになるかを断定できるだけの材料はない。2025年に死刑判決が確認されたことは制度存置の力がなお存在することを示す一方、長期間の執行停止と国際社会による継続的な廃止要求は、制度を維持し続けることにも一定の政治的コストを生じさせる。
総合評価
以上を踏まえると、「コモロの死刑制度:法改正と廃止に向けた動きの停滞」というテーマは、概ね妥当である。ただし、より厳密な論文表現にするなら、「法改正の停滞」と断定するより、「長期的な事実上の執行停止から法的廃止への移行が長期化している」と表現する方が、確認できる事実と評価を明確に区別できる。
コモロの特徴は、死刑制度が実務上ほとんど使用されていないにもかかわらず、法的にはなお存続していることである。このため、同国は「死刑存置国」と「死刑廃止国」の境界領域に位置する国として理解することができる。
また、廃止の停滞を説明する際には、政治、宗教、司法、国際関係の四要素を相互作用として分析する必要がある。政治的に死刑廃止の優先順位が低く、社会的合意形成にも時間を要し、司法制度の改革も必要であり、国際的勧告には直接的な強制力がないという状況が重なっているためである。
この構造から考えると、コモロの死刑問題は「死刑を支持する政治」と「死刑を廃止する国際社会」の単純な対立ではない。むしろ、国内制度の弱さと政治的優先順位、社会的価値観、国際規範の間に存在するギャップが、長期モラトリアムという中間状態を維持していると考える方が適切である。
最終的に、コモロが死刑を法的に廃止するためには、死刑そのものを刑法から削除するだけでは足りない。既存の死刑判決の減刑、代替刑の制度整備、司法手続の強化、刑務所改革、国民的議論、宗教指導者を含む社会的合意形成、そして国際人権条約上のコミットメントを一体的に進める必要がある。
2026年8月時点で最も妥当な結論は、コモロが「死刑執行を事実上停止した国」から「死刑を法的に廃止した国」へ移行する途中にあるものの、その移行が制度的・政治的・社会的理由から長期化しているというものである。今後、死刑判決が減少するのか、既存死刑囚の減刑が進むのか、刑法改正が再び具体化するのか、そして自由権規約第二選択議定書への加入が検討されるのかが、コモロの方向性を判断する重要な指標となる。
参考・引用リスト
- Amnesty International, Death Sentences and Executions 2025, 2026年5月。コモロを含む世界各国の死刑判決・執行・死刑囚数に関する最新の包括的統計。
- Amnesty International, Death Penalty in 2025: Facts and Figures, 2026年5月。2025年の世界の死刑制度の動向と廃止国数を整理した資料。
- United Nations Human Rights Council, Report of the Working Group on the Universal Periodic Review: Comoros。コモロの人権状況、司法制度、死刑廃止をめぐる政府説明と各国勧告を確認するための主要資料。
- United Nations Human Rights Committee, コモロに対する自由権規約上の総括所見。死刑の法的廃止、既存の死刑判決の減刑、第二選択議定書への加入などに関する勧告を確認するための資料。
- United Nations, Question of the Death Penalty, 国連総会・国連人権機関関連資料。死刑モラトリアム、事実上の廃止国、法律上の廃止国に関する国際的分類を確認するための資料。
- Amnesty International, Death Sentences and Executions 2024, 2025年。アフリカ諸国における死刑廃止・執行停止の地域的動向を比較するための資料。
- World Coalition Against the Death Penalty, 各国の死刑制度に関する資料。死刑廃止、モラトリアム、国際的な死刑廃止運動の比較資料として参照可能である。
