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エチオピアの死刑制度:国際的な人権基準との乖離

エチオピアの死刑制度は、法律上は存続しているものの、実際の執行については長期間停止しているという特徴を持つ。このため同国は、積極的な死刑執行国というよりも、死刑存置国でありながら事実上のモラトリアム状態にある国として理解することが適切である。
2021年1月20日/スーダンの難民キャンプに避難したティグライ州の住民(Getty Images)
現状(2026年8月時点)

エチオピアの死刑制度をめぐる最大の特徴は、法律上は死刑を存置している一方、実際の執行については長期間停止しているという二重構造にある。つまり、エチオピアは死刑を明確に廃止した国ではなく、死刑判決を下すことが可能な法制度を維持しながら、近年は死刑執行が行われていないという、いわば「法律上の存置」と「実務上の停止」が併存する状態にある。国連拷問禁止委員会(CAT)は2023年、エチオピアでは数年間死刑が執行されておらず、事実上のモラトリアム(de facto moratorium)が存在すると評価している。

この点は、エチオピアの死刑制度を評価する際に重要である。死刑が実際に執行されていないからといって、制度そのものが廃止されたことにはならず、死刑判決を受けた者が存在する限り、国家による生命剥奪の可能性は法的に残されているからである。

2026年8月時点でも、国際的な資料ではエチオピアは死刑廃止国には分類されていない。国連の普遍的定期審査(UPR)関連資料でも、エチオピアについて「死刑を正式には廃止しておらず、執行について正式なモラトリアムも導入していない」とする指摘が確認されている。

一方で、死刑執行を停止しているという事実は、制度の運用が過去と同じではないことも示している。したがって、エチオピアの現状を単純に「死刑を積極的に執行する国」と評価するのも、「すでに死刑を廃止した国」と評価するのも適切ではなく、存置国でありながら事実上の執行停止状態にある国として位置付ける必要がある。

エチオピアにおける死刑制度の現状

エチオピアでは、死刑は刑事司法制度の中から消滅していない。刑法上、一定の重大犯罪について死刑という極刑を科すことが可能であり、裁判所による死刑判決そのものも現在まで確認されている。

アムネスティ・インターナショナルの死刑統計は、この点を裏付ける重要な資料である。同団体は各国の死刑判決と死刑執行を継続的に記録しており、エチオピアについても近年、死刑判決が下されていることを記録している。したがって、「執行されていない」という事実から「死刑判決も存在しない」と推論することはできない。

ここで重要なのは、死刑判決と死刑執行を区別することである。死刑判決とは裁判所が被告人に死刑を科す法的判断であり、執行とはその判決に基づいて国家が実際に生命を奪う行為であるため、両者の間には大きな違いがある。

エチオピアの場合、現在確認される制度的特徴は、この両者の間に大きな隔たりが存在することである。すなわち、裁判所が死刑判決を下す余地は残されているものの、国家による執行は長期間行われておらず、この状態が国際機関から「事実上のモラトリアム」と評価されてきたのである。

この状況には、人権保障の観点から一定の積極的意味もある。死刑が執行されなければ、誤判によって無実の人間の生命が奪われるという、死刑特有の不可逆的な危険は現実化しないからである。

しかし、同時に問題も残る。死刑制度が法律上存続している限り、政治的・司法的判断が変化した場合には、執行停止状態が解除される可能性が理論上存在するためである。

したがって、人権保障の観点からは「現在執行されていない」という事実だけでは十分ではなく、死刑を最終的に廃止する方向へ法制度そのものを転換できるかが重要な問題となる。

法的な維持と適用対象

エチオピアの死刑制度を理解するためには、まず「死刑を廃止していない」という法的事実を確認する必要がある。国際人権法上、死刑存置国に対して直ちに全面的廃止だけが要求されているわけではないが、国際人権規約、とりわけ市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第6条は、死刑の適用に厳しい制限を設けている。

ICCPR第6条は生命に対する権利を保障し、死刑を存置する国についても、その適用を「最も重大な犯罪」に限定する考え方を示している。さらに、死刑判決については適正な裁判を受ける権利など、厳格な手続的保障が求められるため、死刑は通常の刑罰とは異なる特別な人権上の問題として扱われる。

ここから、エチオピアの制度を評価する際には二つの異なる基準を区別する必要がある。第一は「死刑そのものを廃止しているか」という問題であり、第二は「死刑を存置する場合でも、その対象犯罪、判決手続、執行方法が国際人権基準に適合しているか」という問題である。

国際社会では、後者について特に厳格な制限が形成されてきた。アムネスティ・インターナショナルも、死刑が残る国における適用について、故意による殺人以外の犯罪に死刑を科すことは国際法・国際基準との関係で重大な問題となると指摘している。

さらに、死刑制度そのものについても、世界的には廃止の方向が明確になっている。アムネスティによれば、死刑を法律上全面的に廃止した国はすでに113か国に達し、法律上または実務上死刑を廃止した国を合わせれば世界の大多数を占める状況となっている。

このような国際環境の中で、エチオピアが死刑を法的に維持していることには、単なる刑法上の問題を超えた意味がある。執行停止という実務上の変化が存在する一方で、制度そのものを廃止していないことによって、エチオピアは依然として「死刑存置国」という国際的な位置付けから抜け出していないのである。

ここに、エチオピアの死刑制度をめぐる最も重要な論点がある。「執行していないこと」と「死刑を廃止したこと」は同じではなく、事実上のモラトリアムから法的廃止へ移行するかどうかが、今後の人権政策を評価する重要な指標となる。

執行の実態(事実上のモラトリアム的状況)

エチオピアの死刑制度を考えるうえで、法律上の存置と実際の執行との間に存在する大きな隔たりは極めて重要である。エチオピアでは近年、死刑判決そのものは確認されているものの、死刑執行については長期間行われていない状態が続いており、国際機関からは事実上のモラトリアム、すなわち「死刑制度を法律上残しながら、実務上は執行していない状態」と評価されてきた。国連拷問禁止委員会(CAT)は2023年、エチオピアとの対話において、国内で数年間にわたり死刑が執行されていないことを確認している。

この状態は、エチオピアが死刑廃止へ向けて一定の距離を進んでいることを示す一方、完全な廃止とは明確に異なる。死刑判決を受けた者が存在し得る以上、死刑という不可逆的な刑罰を国家が法的に選択できる状態は残っており、モラトリアムが将来解除される可能性も制度上は排除されていないからである。

また、死刑執行が停止している理由については注意が必要である。死刑執行の停止を「人権政策として正式に廃止へ向かっている証拠」と一律に解釈することはできず、政治情勢、治安情勢、司法制度、恩赦・減刑など複数の要因が複合している可能性がある。

したがって、エチオピアの現状を「死刑廃止への移行段階」と評価するには慎重さが必要となる。より正確には、死刑の執行を事実上停止しているが、死刑を必要とする法制度上の根拠そのものは残している状態と表現するのが妥当である。

この点は、アフリカ諸国の死刑政策を比較する場合にも重要である。アフリカでは死刑廃止国が増加する一方、法律上は死刑を残しながら長期間執行していない国も少なくなく、エチオピアもこの「存置と停止の中間領域」に位置している。

さらに、死刑執行が長期間停止されると、制度そのものの存在意義にも疑問が生じる。国家が実際には刑罰として使用していないのであれば、死刑を法典に残すことによって得られる刑事政策上の効果と、人権上のリスクをどのように比較衡量するのかという問題が浮上するからである。

国際的立場

エチオピアの死刑制度を国際的に位置付ける場合、同国は明確な死刑廃止国ではなく、死刑存置国に分類される国として扱う必要がある。これは、死刑執行の頻度だけではなく、国内法が死刑という刑罰を認めているかどうかによって国際的な分類が行われるためである。

アムネスティ・インターナショナルの死刑に関する国際統計でも、エチオピアは死刑制度を法律上維持する国として扱われている。2025年についても、エチオピアでは少なくとも3件の死刑判決が記録されている一方、同年の死刑執行は記録されていない。

この数字は、エチオピアの制度の性格を端的に示している。すなわち、「死刑判決を下す司法制度」と「死刑を実際には執行しない国家実務」が同時に存在しているのである。

国際社会から見れば、これは一定の改善材料でもある。死刑執行が行われていない以上、生命を不可逆的に奪う刑罰が現実に適用される危険は、死刑を頻繁に執行する国より小さいからである。

しかし、人権保障の観点からは、それだけで十分とはいえない。死刑廃止を求める国際的潮流では、単なる執行停止ではなく、最終的に死刑そのものを法律から削除することが重視されているためである。

国連人権理事会などの国際的な人権制度においても、死刑存置国に対しては、死刑の適用を可能な限り限定すること、適正手続を厳格に保障すること、執行停止や減刑を通じて廃止へ向かうことなどが重要な論点となっている。

エチオピアにとって、この問題は単純な「死刑か廃止か」という二者択一ではない。国内の刑事司法、政治的安定、治安政策、国際人権法上の義務をどのように調整するかという、より広い統治上の問題として捉える必要がある。

国際的な人権基準との乖離点

エチオピアの死刑制度を国際人権基準から検証する場合、まず確認すべきなのは、国際法上、死刑存置国に対してすべての死刑を直ちに禁止するという単純な構造にはなっていないということである。

エチオピアはICCPRの締約国であり、同規約第6条が保障する生命に対する権利との関係で、死刑の適用には厳しい制約を受ける。したがって、死刑を法律上維持しているという一点だけをもって、直ちにICCPR違反と断定するのは正確ではない。

むしろ重要なのは、死刑を存置する場合に、どの犯罪を対象とし、どのような裁判手続を経て、どのような条件で判決・執行を行うのかという具体的な制度と運用である。

国連人権委員会は、ICCPR第6条に関する一般的意見36号において、「最も重大な犯罪」という死刑適用の基準を非常に限定的に解釈している。特に、死刑の対象となる犯罪は、故意による殺人を中心とする極めて重大な犯罪に限られるべきであり、単なる政治的・経済的犯罪や非暴力的犯罪などまで死刑対象を広げることには重大な問題がある。

ここでエチオピアの制度との緊張関係が生じる。エチオピアの刑法は死刑を一定の重大犯罪に対して認めているが、国際人権基準が求める「最も重大な犯罪」という限定原則との関係では、具体的な犯罪類型とその適用実態を継続的に検証する必要がある。

特に問題となるのが、国家に対する犯罪や安全保障に関連する犯罪を死刑制度と結び付ける場合である。政治的対立や武装紛争が存在する状況では、「国家安全保障」という概念が広く解釈される危険があり、重大な犯罪と政治的反対活動との境界が曖昧になる可能性がある。

この問題は、単に刑法の条文だけを読めば判断できるものではない。実際にどのような事件で死刑判決が下され、被告人がどのような裁判を受け、弁護権や上訴権が十分に保障されたのかという司法実務まで確認する必要がある。

さらに、死刑事件では誤判の危険が特に重大となる。自由刑であれば後に再審などによって救済できる可能性が残るが、死刑が執行された場合には生命そのものを回復することができないため、通常の刑事事件以上に高い手続的保障が必要となる。

この観点から見ると、エチオピアにおける死刑制度の問題は、単純に「死刑を執行しているか否か」だけでは評価できない。執行されていない現在の状態を評価しつつも、法律上死刑を残していること、死刑判決がなお存在すること、そしてその判決を生み出す司法制度が国際的な適正手続基準を十分に満たしているかを別々に検証する必要があるのである。

そして、ここからさらに重要な論点が浮かび上がる。エチオピアが事実上のモラトリアム状態にありながら、なぜ死刑そのものの廃止には踏み切っていないのかという問題である。

この背景には、死刑に対する応報主義的な考え方、社会的・伝統的価値観、国家安全保障上の必要性を重視する政治的判断、そして廃止によって生じ得る国内政治上のコストなど、複数の要因が存在すると考えられる。

国際的な人権基準との乖離点

エチオピアの死刑制度を国際的な人権基準から評価する際には、「死刑を存置している」という事実だけで結論を出すのではなく、死刑の対象範囲、司法手続、執行状況、そして廃止に向かう国際的潮流との関係を総合的に検討する必要がある。とりわけ重要なのは、市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第6条が生命に対する権利を保障し、死刑存置国に対しても厳格な制限を課している点である。

エチオピアはICCPRの締約国であるため、死刑制度を運用する場合にも同規約上の義務を負う。さらに国連人権委員会の一般的意見36号は、死刑の適用を例外的なものとして捉え、「最も重大な犯罪」という基準を狭く解釈している。したがって、現在死刑が執行されていないとしても、死刑判決を可能とする国内法と国際人権法との整合性は引き続き検証対象となる。

また、国際社会では死刑を生命に対する権利との関係から問題視する傾向が強まっている。国連総会では死刑執行停止を求める決議が繰り返し採択されており、死刑廃止を志向する国際的な規範形成は着実に進んでいる。

こうした状況を踏まえると、エチオピアは「死刑を実際には執行していない」という点では廃止方向の国際潮流と一定の共通性を持つ一方、法律上の制度を維持している点ではその潮流から距離を置いている。つまり、エチオピアの特徴は、実務では死刑を停止しながら、法制度としては死刑を温存していることにある。

①「最も重大な犯罪」への制限原則との乖離

国際人権法上、死刑を存置する国にとって最も重要な制約の一つが、「最も重大な犯罪(most serious crimes)」という原則である。ICCPR第6条2項は、死刑を廃止していない国であっても、死刑判決を「最も重大な犯罪」に対してのみ科すことを認めるという枠組みを採用している。

この「最も重大な犯罪」は、国家が自由に定義できる概念ではない。国連人権委員会は一般的意見36号において、死刑の対象となる犯罪を極めて限定的に解釈し、原則として故意による殺人など、生命を奪う行為を伴う極端に重大な犯罪に限定されるべきだとしている。

この考え方の背景には、生命に対する権利を最大限に保護するという基本原則がある。国家が死刑を刑罰として維持する場合であっても、犯罪の重大性と生命を奪う刑罰との間に極めて厳格な比例性が要求されるのである。

エチオピア刑法においては、一定の重大犯罪に死刑を科すことが可能とされている。問題は、その対象犯罪の範囲と、国際人権法が要求する「最も重大な犯罪」という基準が完全に一致するかどうかである。

特に注意を要するのは、政治的性格を持つ犯罪や国家安全保障に関係する犯罪である。エチオピアでは長期にわたり政治的緊張、武装勢力との対立、民族・地域間の紛争などが存在してきたため、国家の安全を脅かす行為に対して刑罰を強化する政策が採用される可能性がある。

しかし、国際人権基準からすれば、「国家にとって重大な犯罪」であることと、「死刑を科すことが許されるほど最も重大な犯罪」であることは同じではない。国家安全保障上重要な犯罪であっても、それが故意による生命の剥奪を伴わない場合には、死刑の適用について極めて慎重な検討が求められる。

この区別を曖昧にすると、死刑が「重大な犯罪への例外的刑罰」ではなく、「国家に対する重大な脅威を排除するための刑罰」として機能する危険が生じる。これは生命権の保護というICCPR第6条の趣旨との間に緊張関係を生む。

したがって、エチオピアについて検証すべきなのは、死刑制度が存在するか否かだけではない。どの犯罪に対して死刑判決が可能なのか、実際にどのような事件で死刑判決が下されているのか、そしてそれらが国際的な「最も重大な犯罪」の基準を満たしているのかという点である。

②国際的な廃止の潮流への逆行

第二の乖離は、死刑廃止に向かう国際的潮流との関係にある。世界では死刑を法律上全面的に廃止する国が増加し、さらに法律上は存置していても長期間執行していない「事実上の廃止国」も増えている。

アムネスティ・インターナショナルによれば、2025年末時点で、死刑を法律上または実務上廃止した国・地域は145に達している。このうち113か国はすべての犯罪について法律上死刑を廃止しており、世界の大部分が死刑廃止または死刑を実際には使用しない方向へ移行している。

さらに、死刑執行を行う国は世界全体から見れば少数となっている。アムネスティの2025年統計では、実際に死刑執行を行った国は15か国であり、これは国際社会全体の中で限定された数にとどまる。

この状況からすれば、エチオピアが死刑を実際には執行していないこと自体は、国際的な方向性と矛盾しない。むしろ、長期的な執行停止という事実だけを見れば、死刑廃止へ向かう前段階に位置していると解釈する余地がある。

しかし、法律上死刑を残している点では、完全廃止国との差は明確である。法的存置には、将来的に政治判断や司法政策が変化した場合、死刑執行を再開できる余地が残るという意味がある。

ここで重要なのが、モラトリアムは廃止と同義ではないという点である。執行停止には一定の人権上の効果があるものの、それだけでは死刑制度が持つ誤判・恣意的適用・差別的適用などの構造的リスクを完全には解消できない。

死刑廃止を支持する国際機関や人権団体が法律上の廃止を重視するのは、このためである。法律から死刑を削除することで初めて、国家が将来の政策変更によって再び死刑執行へ戻る可能性を制度的に閉じることができる。

エチオピアにとっては、すでに存在する事実上の執行停止を法的廃止へ移行できるかどうかが重要となる。長期間執行していないという実績を、単なる一時的な政策ではなく恒久的な人権保障へ転換することが、国際社会との乖離を縮小する一つの方法となる。

③手続的保障(適正手続)の懸念

第三の問題は、死刑判決に至るまでの手続的保障である。死刑は生命そのものを奪う刑罰であるため、通常の刑事事件以上に厳格な裁判手続が必要となる。

ICCPRは、公正な裁判を受ける権利、弁護人を利用する権利、上訴する権利などを保障している。死刑事件ではこれらの権利が形式的に存在するだけでは不十分であり、被告人が実際に十分な弁護を受け、証拠を争い、判決に対して効果的に不服申立てを行える環境が必要となる。

この点でエチオピアの司法制度をめぐっては、国際機関から継続的な懸念が示されてきた。国連の人権機関は、同国における司法の独立性、法執行機関による人権侵害、拘禁環境、政治的・民族的緊張と司法制度の関係などについて問題を指摘している。

特に重大なのは、武力紛争や国家安全保障上の緊張が高まっている状況である。社会全体が不安定な場合、政府が治安維持を優先し、通常の刑事司法に求められる慎重な手続が後景に退く危険がある。

死刑事件では、この問題がさらに深刻になる。捜査段階での自白強要、弁護人への十分なアクセスの欠如、証拠開示の不十分さ、独立した裁判を受ける権利の制限などが存在すれば、誤判が死刑という不可逆的な結果につながる可能性があるからである。

国連拷問禁止委員会も、エチオピアに対する審査において、拷問や虐待の防止、拘禁者の権利、司法手続上の保障などについて幅広い問題を取り上げている。死刑制度を人権の観点から評価する場合には、死刑そのものだけでなく、その前提となる刑事司法制度全体を検証する必要がある。

また、死刑判決を受けた被告人については、恩赦や減刑などの制度も重要となる。これらは死刑の不可逆性を緩和する最後の安全弁となり得るが、制度が存在するだけでは十分ではなく、透明性、公平性、予測可能性が確保されている必要がある。

したがって、エチオピアの死刑制度における適正手続の問題は、「死刑判決が何件あったか」という統計だけでは測定できない。捜査から裁判、上訴、恩赦に至るまでの各段階で、被告人の権利が実効的に保障されているかという質的な検証が不可欠となる。

三つの乖離を総合すると

以上の三点を総合すると、エチオピアの死刑制度と国際的な人権基準との関係は、単純な「違反か適合か」という二分法では捉えにくいことが分かる。実際の死刑執行を長期間停止していることは人権上のプラス要因である一方、死刑を法律上維持し、死刑判決をなお可能としていることは国際的な廃止潮流との距離を残している。

さらに、死刑対象犯罪が「最も重大な犯罪」という基準にどこまで限定されているか、そして死刑事件における適正手続がどこまで実効的に保障されているかという問題も残る。したがって、エチオピアの制度的課題は、「執行していないから問題がない」のではなく、「執行停止を恒久的な法的廃止と、より強固な司法上の保障へ転換できるか」という点に集約される。

この問題をさらに理解するには、なぜエチオピアがこの状態を長期間維持しているのかを考える必要がある。

なぜ乖離が解消されないのか(背景と課題)

ここまでの検証から明らかなように、エチオピアでは死刑の執行が長期間停止している一方、制度そのものは法律上存続している。この「執行停止と法的存置の併存」という状態が続く背景には、単純な人権政策上の問題だけではなく、刑罰に対する社会的認識、政治的・治安上の事情、制度改革に伴う政治的コストなどが複雑に絡み合っている。

エチオピアはアフリカでも人口規模が大きく、民族、言語、宗教、地域的アイデンティティなどが複雑に存在する国家である。加えて、近年はティグライ紛争などの武力衝突、地域的な治安問題、政治的対立が続いてきたため、国家による秩序維持と安全保障が政治課題の中心となりやすい環境にある。

このような社会では、刑罰の役割が単なる犯罪者の更生にとどまらず、国家秩序を維持するための強力な手段として理解される場合がある。特に殺人や極端に重大な暴力犯罪に対して、社会が厳罰を要求する場合、政府が死刑廃止を一気に進めることには一定の政治的抵抗が生じる。

したがって、エチオピアの死刑制度を理解するには、「なぜ死刑を廃止しないのか」という問いだけではなく、「なぜ死刑を執行していないにもかかわらず、制度を残しておく必要があると国家が判断するのか」という問いを立てる必要がある。

その理由の一つは、死刑という制度が、実際の執行とは別に、国家の刑罰権を象徴する機能を持っていることである。つまり、死刑を実際には使用しなくても、最も重大な犯罪に対して国家が究極的な刑罰を科すことができるという制度上の選択肢を残すこと自体が、政治的・社会的な意味を持つのである。

一方、国際人権基準から見れば、こうした「選択肢として死刑を残す」という考え方には限界がある。生命権を最大限に尊重する観点からは、死刑の存在そのものが誤判や恣意的適用のリスクを残すため、長期間執行していないのであれば、それを廃止へ転換することが合理的だという考え方が強まっている。

応報主義と伝統的価値観

死刑制度が存続する背景として無視できないのが、刑罰における応報主義である。応報主義とは、犯罪によって生じた被害の重大性に応じて、それに見合った刑罰を科すべきだという考え方であり、特に故意の殺人などに対しては「生命を奪った者には極刑を」という発想につながりやすい。

この考え方は、必ずしもエチオピア固有のものではない。世界各地で重大犯罪の被害者や遺族の立場から厳罰を求める声が存在し、死刑存置国では「犯罪の重大性に応じた刑罰」という論理が制度維持の根拠として用いられてきた。

エチオピアにおいても、重大な暴力犯罪に対する厳罰を求める社会的感情が、死刑制度を完全に廃止する際の障壁となる可能性がある。ただし、ここでは「国民が死刑を支持している」といった単純な一般化には慎重であるべきであり、全国的な世論の実態については、地域差や質問方法を考慮した実証的調査が必要となる。

さらに、刑罰に関する価値観は法律だけによって形成されるものではない。宗教、慣習、家族・共同体の規範、歴史的な紛争経験なども、重大犯罪に対する社会の反応に影響する。

もっとも、伝統的価値観を理由として死刑制度を固定化することにも問題がある。国際人権法は、各国の文化や歴史を尊重しつつも、生命に対する権利や公正な裁判を受ける権利など、普遍的な人権保障を国家に求めているからである。

したがって、伝統的価値観と国際人権基準が衝突する場合には、「文化だから認められる」とするのでも、「国際基準だから国内事情を無視する」とするのでもなく、被害者・遺族の権利と被告人の生命権をどのように両立させるかという議論が必要となる。

国家安全保障と統治上の動機

より重要な問題は、死刑制度と国家安全保障との関係である。エチオピアでは長年にわたり、反政府勢力、武装組織、民族間対立、地域紛争などが国家統治上の重大な問題となってきた。

こうした環境では、政府にとって刑事司法と国家安全保障の境界が曖昧になりやすい。通常の犯罪に対する刑罰と、国家の存続や領土的一体性を脅かす行為に対する処罰が、政治的には同じ「治安維持」の文脈で扱われる可能性があるためである。

しかし、国際人権基準はここに明確な制約を設けている。国家にとって危険な行為であることと、死刑を科すことが国際法上許される「最も重大な犯罪」に該当することは同じではない。

この区別は、政治的反対者や武装勢力に関係する人物が刑事司法制度の対象となる場合に特に重要となる。国家安全保障を理由として刑事手続上の保障を縮小したり、犯罪の重大性を過度に広く評価したりすれば、死刑制度が政治的統制の道具として利用される危険が高まる。

国連の人権機関がエチオピアに対して司法の独立性、拘禁中の人権、拷問・虐待の防止などを問題として取り上げてきた背景には、こうした国家安全保障と人権保障の緊張関係がある。特に紛争や非常事態の下では、国家が治安上の必要性を強調する一方で、被拘禁者や被告人の権利が十分に保障されなくなる危険が存在する。

したがって、エチオピアにおける死刑制度を分析する際には、刑法だけを見るのでは不十分である。国家安全保障政策、司法制度、拘禁制度、政治的自由、人権保障を一つの統治構造として捉える必要がある。

政治的コスト

死刑廃止が進まないもう一つの理由は、政治的コストである。政府が死刑廃止を決定した場合、重大犯罪に対する厳罰を求める人々から「犯罪者に甘い政府」という批判を受ける可能性がある。

特に社会が治安悪化を経験している場合、政府にとって死刑廃止は政治的に説明しにくい政策となる。犯罪被害者や遺族の感情を考慮すれば、政府が「死刑を廃止しても社会の安全は損なわれない」と国民に説明するには、代替刑罰の実効性や犯罪抑止政策を同時に示す必要がある。

一方で、エチオピアの場合、すでに死刑執行が長期間停止しているため、法的廃止に移行する際の政治的ハードルは、死刑を実際に執行している国より低い可能性がある。実務上ほとんど使用されていない制度を廃止するのであれば、刑事司法制度全体への影響を抑えながら改革できるからである。

むしろ問題は、政府が死刑を「最後の選択肢」として残すことに政治的価値を見いだしている可能性である。実際に使用しなくても、制度を残すことによって強い刑罰権を保持していることを示せるため、廃止するインセンティブが弱くなる。

この意味で、死刑制度は単なる刑罰ではなく、国家権力の象徴的な装置としての側面を持つ。死刑廃止を実現するには、単に刑法の条文を削除するだけではなく、「国家の強さは死刑を持つことによって示される」という統治上の発想そのものを転換する必要がある。

背景分析から見える課題

以上を総合すると、エチオピアの死刑制度が存続している理由は一つではない。応報主義的な刑罰観、重大犯罪への社会的反応、国家安全保障上の懸念、政治的統治の必要性、そして制度改革に伴う政治的コストが相互に作用していると考えられる。

一方で、長期間にわたる死刑執行停止は重要な変化でもある。制度を実際に使用しない期間が積み重なれば、死刑を維持する必要性そのものについて国内で再検討する余地が生まれるからである。

国際人権基準との乖離を縮小するためには、第一に死刑対象犯罪を「最も重大な犯罪」に厳格に限定し、第二に死刑事件における適正手続を最大限に強化し、第三に執行停止を正式なモラトリアムへ発展させ、最終的には法的廃止を検討するという段階的な改革が考えられる。

特にエチオピアにとって重要なのは、死刑廃止を単独の人権政策としてではなく、司法改革、法の支配、刑事司法の信頼性向上、被害者支援、治安政策の改善と一体化させることである。そうすることで、「死刑を廃止すると治安が悪化する」という政治的懸念に対して、死刑に依存しない刑事司法制度を提示できる。

今後の展望

今後のエチオピアにおける死刑制度の方向性は、三つの段階に分けて考えることができる。第一は現在のような事実上の執行停止を継続する段階、第二は執行停止を正式な法的・政策的モラトリアムとして明確化する段階、第三は死刑そのものを法律から削除して完全廃止へ移行する段階である。

現状では第一段階にとどまっていると評価するのが妥当である。したがって、今後の人権政策を見るうえでは、新たな死刑判決の件数だけではなく、政府が死刑制度についてどのような法改正や政策方針を示すかを継続的に追跡する必要がある。

また、エチオピアが死刑廃止へ進むためには、国際的圧力だけでは十分ではない。国内の司法制度を強化し、重大犯罪に対する実効的な代替刑罰を確立し、被害者や遺族に対する支援を充実させることで、死刑廃止が「犯罪者への譲歩」ではなく「より信頼できる刑事司法制度への改革」であることを示す必要がある。

国際社会、とりわけ国連人権機関やアフリカ地域の人権制度から見れば、エチオピアにはすでに重要な出発点がある。それは、長期間にわたって死刑執行が停止されているという事実であり、この実務を法的廃止へつなげることができれば、国際人権基準との距離を大きく縮めることが可能となる。

もっとも、エチオピアの政治・治安情勢が不安定化すれば、厳罰化を求める政治的圧力が強まる可能性もある。そのため、死刑廃止の進展を判断する際には、単年度の死刑執行数ではなく、法制度、司法の独立性、適正手続、政治的安定、国家安全保障政策を含む長期的な制度変化を見ることが重要となる。

まとめ

エチオピアの死刑制度は、法律上は存続しているものの、実際の執行については長期間停止しているという特徴を持つ。このため同国は、積極的な死刑執行国というよりも、死刑存置国でありながら事実上のモラトリアム状態にある国として理解することが適切である。

国際人権基準との関係では、「最も重大な犯罪」への限定、適正手続の保障、生命権の尊重という点が重要な評価基準となる。さらに、世界の多数の国が死刑を法律上または実務上廃止している現在、法律上の死刑存置そのものが国際的な廃止潮流との距離を示す要素となっている。

もっとも、エチオピアの問題を単純に「人権基準から逸脱している」と結論付けるだけでは十分ではない。応報主義、伝統的価値観、国家安全保障、政治的コストという国内事情を踏まえなければ、なぜ制度が残り続けるのかを説明できないからである。

最も現実的な改革の方向は、現在の事実上の執行停止を後退させるのではなく、それを制度的に固定し、死刑対象犯罪と司法手続を国際基準に合わせて厳格化したうえで、最終的な法的廃止へつなげることである。エチオピアの死刑制度をめぐる今後の焦点は、「死刑を執行するか否か」から、「死刑を必要としない刑事司法制度へ移行できるか」へと移っていく可能性が高い。

これまでの検証を総合すると、2026年8月時点のエチオピアの死刑制度は、「法律上は死刑を維持しているが、実際の執行については長期的な事実上のモラトリアムが存在する」という二重構造として捉えるのが最も適切である。アムネスティ・インターナショナルはエチオピアを現在も「死刑存置国(retentionist)」に分類しており、2025年には少なくとも3件の死刑判決を記録している一方、同年の死刑執行は記録していない。

この状況は、エチオピアが死刑制度を積極的に運用している国とは異なることを示す一方、死刑廃止国と同列に扱うこともできないことを意味する。特に重要なのは、死刑判決を受けた者が存在し得ること、そして将来的な政策変更によって執行が再開される法的余地が残されていることである。

国際人権法の観点から見ると、この状態には一定の評価すべき側面がある。実際の死刑執行を停止することによって生命を不可逆的に奪う危険を回避できるからであるが、それはあくまで暫定的な人権保障であり、法律上の死刑制度そのものが持つ問題を完全に解消するものではない。

そのため、エチオピアにとって最も重要な政策課題は、現在の事実上のモラトリアムを維持しながら、それを正式なモラトリアム、さらに法的廃止へと発展させられるかという点にある。これは単なる刑法改正ではなく、司法制度、犯罪被害者支援、治安政策、政治的安定、人権保障を含む国家統治全体の改革と結び付けて考える必要がある。

国際人権基準との関係をどう評価すべきか

ここで改めて強調すべきなのは、「死刑存置=直ちに国際法違反」という単純な図式ではないことである。ICCPR第6条は死刑廃止を志向しているものの、死刑をまだ廃止していない締約国については、一定の厳格な条件の下でその存置を認める構造を持っている。

したがって、エチオピアについて法的な問題を検討する場合には、少なくとも三つの段階を区別する必要がある。第一に死刑制度そのものが存在すること、第二に死刑対象犯罪が国際人権法上の「最も重大な犯罪」に限定されているか、第三に死刑判決に至る手続が公正かつ十分な保障を備えているかという問題である。

国連人権委員会の一般的意見36号は、「最も重大な犯罪」を極めて狭く解釈し、故意による殺人を伴う犯罪など、生命に対する極端に重大な侵害に限定する立場を示している。単に重大な犯罪であること、国家にとって危険な行為であること、政治的に深刻な脅威とみなされることだけでは、死刑を正当化する根拠として十分ではない。

この原則から見ると、エチオピアの死刑制度には継続的な検証が必要となる。エチオピア政府自身は、2023年に国連拷問禁止委員会へ提出した回答で、憲法、刑事法、連邦最高裁判所の量刑マニュアルによって死刑は「最も重大な犯罪」に限定されていると説明しているが、同時点で124人が死刑囚として収監されていたことも明らかにしている。

この政府説明と国際人権機関による評価を併せて見ることが重要である。エチオピア政府は国内法上の限定を強調している一方、国際的な人権審査では、死刑対象犯罪の範囲、テロ対策法との関係、適正手続などについて追加的な検証を求められてきたからである。

エチオピアの死刑制度における最大の問題

最も大きな問題は、死刑制度の存在そのものよりも、死刑を必要とする法制度を残したまま、長期間の執行停止によって事実上使用しないという状態が固定化していることにある。

この状態は短期的には生命権の保障に寄与する。しかし長期的には、死刑廃止に向けた制度改革を先送りする効果を持つ可能性がある。

「実際には執行していないのだから問題は小さい」という考え方には一定の合理性がある一方、死刑判決を受けた者にとっては状況が異なる。死刑判決そのものが長期間維持されることは、将来の執行可能性を残したまま生活することを意味し、精神的負担や法的な不安定性という問題を生じさせる。

さらに、死刑制度を残すことによって、将来の政権や治安政策の変化に応じて執行が再開される可能性も消えない。したがって、国際人権基準の観点からは、執行停止を恒久的な法的廃止へ転換することがより強固な生命権保障となる。

適正手続の問題

もう一つの重要な課題は、死刑事件における適正手続である。死刑は誤判が発生した場合に後から完全に救済できないため、捜査、起訴、裁判、上訴、恩赦のすべての段階で通常以上に厳格な保障が必要となる。

国連人権機関はエチオピアについて、過去の審査で、死刑判決が適正手続上の問題を伴う場合や、強制・拷問によって得られた供述が問題となる場合について懸念を示してきた。こうした指摘が存在する以上、死刑執行が停止していることだけを理由に制度全体の人権上の問題が解消されたと判断することはできない。

特に国家安全保障やテロ対策に関連する事件では、通常の刑事事件とは異なる政治的圧力が加わる可能性がある。そのため、死刑を科す可能性がある事件については、独立した裁判所、十分な弁護人へのアクセス、証拠を争う権利、上訴権、拷問によって得られた証拠の排除などを実効的に確保する必要がある。

ここで重要なのは、適正手続を「死刑制度を維持するための条件」とだけ理解しないことである。むしろ適正手続の強化は、誤判を防止し、国家による刑罰権そのものを法の支配の下に置くための基本的な司法改革と位置付けるべきである。

国際的な廃止潮流との距離

エチオピアの死刑制度を国際的に評価するとき、もう一つ無視できないのが世界的な廃止潮流である。アムネスティ・インターナショナルによれば、2024年末時点で世界の3分の2を超える国が法律上または実務上死刑を廃止しており、死刑制度を維持する国は国際的には少数派となっている。

さらに2025年について、アムネスティが確認した死刑執行国は17か国にとどまった。中国については国家機密上の理由から正確な数字が得られないものの、それを除けば、死刑を実際に執行する国が世界的に限定された存在になっていることは明らかである。

この国際環境に照らすと、エチオピアの事実上の執行停止は、完全廃止へ向かうための重要な基盤となり得る。すでに実務上死刑を使用していないのであれば、法的廃止によって失われる刑事政策上の実益は、死刑を頻繁に執行する国に比べて相対的に小さいと考えられるからである。

ただし、国際的な廃止潮流そのものが国内法を自動的に変更するわけではない。最終的には、エチオピア国内で死刑廃止を支持する政治的意思を形成し、刑事司法制度を改革し、国民に対して死刑廃止後の治安維持について説明できるかどうかが重要となる。

なぜ今後の改革が重要なのか

死刑制度の改革は、単に刑罰を一つ削除するだけの問題ではない。国家が「生命を奪う権限」をどこまで認めるのかという、法の支配と国家権力の限界に関わる問題である。

特にエチオピアのように、政治的緊張や武力紛争、国家安全保障上の課題を経験してきた国では、強力な刑罰権を維持することには政治的な意味がある。しかし、国家の安全と個人の生命権を対立するものとして捉えるのではなく、法の支配を強化すること自体が長期的な国家安定につながるという発想が必要となる。

死刑廃止後の代替刑としては、終身刑や長期自由刑などが中心となるが、重要なのは刑罰を重くすることではない。重大犯罪を防止し、被害者を救済し、再犯を抑止し、社会を安全にするための刑事司法制度全体を強化することが本質である。

また、被害者と遺族の権利も死刑廃止論の中で軽視してはならない。死刑廃止を進める場合には、被害者への補償、心理的支援、司法手続への参加、犯罪被害者支援制度などを充実させることで、「死刑を廃止しても被害者を置き去りにしない」という制度設計が必要となる。

総合評価

以上を踏まえると、エチオピアの死刑制度については、「国際人権基準から全面的に逸脱している」と単純に評価するより、「死刑執行停止という重要な人権上の進展がある一方、法的存置と死刑判決の存在、対象犯罪、適正手続、廃止への制度的意思という点で国際的な廃止潮流との乖離が残る」と評価するのが最も妥当である。

特に評価上重要なのは、国連人権委員会が近年のエチオピア審査で、2007年以降の事実上のモラトリアムを認めつつも、死刑が法律上残り、裁判所による死刑判決が継続していることを問題視している点である。さらに、同委員会は「最も重大な犯罪」の基準との整合性についても懸念を示しており、死刑制度を完全廃止へ向かわせることを求めている。

したがって、エチオピアの現在地は「死刑制度を積極的に運用する国」でも「死刑を完全に廃止した国」でもない。死刑廃止へ移行する可能性を持ちながら、法制度上の最後の一線を越えていない国と表現することができる。

この意味で、今後の焦点は死刑執行の再開を防止するだけではなく、死刑判決そのものを減少させ、既存の死刑判決について減刑を進め、最終的に刑法から死刑を削除できるかどうかにある。

最後に

エチオピアの死刑制度は、法律上は現在も存続している。一方、長期間にわたって死刑執行が行われていないため、実務上は事実上のモラトリアム状態にあり、この点では死刑を積極的に執行する国とは大きく異なる。

しかし、死刑判決は現在も存在する。アムネスティ・インターナショナルは2025年にエチオピアで少なくとも3件の死刑判決を記録しており、法律上の制度が単なる過去の遺物ではなく、現在も司法制度の中に残っていることを示している。

国際人権基準との最大の論点は、ICCPR第6条に基づく「最も重大な犯罪」への限定、死刑事件における厳格な適正手続、そして生命権を最大限に尊重する方向への制度改革である。特に国連人権委員会は、死刑を故意による殺人を伴う極めて重大な犯罪に限定することを求めており、エチオピアには国内法と国際基準との整合性をさらに高める余地が残されている。

結局のところ、エチオピアの死刑制度をめぐる最大の課題は、「死刑を執行していない」という現状を「死刑を廃止した」という恒久的な法制度へ転換できるかにある。長期間の執行停止という実績を持つ現在は、その転換を検討するための重要な時期にあると評価できる。

死刑廃止は、単なる国際社会への外交的対応としてではなく、誤判から生命を守り、司法の独立性を強化し、適正手続を確立し、国家刑罰権を法の支配の下に置く改革として位置付ける必要がある。その意味で、エチオピアの今後の死刑政策は、同国の人権政策だけでなく、司法制度と国家統治の成熟度を測る重要な指標になると考えられる。


参考・引用リスト

1.国際連合・国連人権機関

United Nations Human Rights Committee, General Comment No. 36: Article 6 of the International Covenant on Civil and Political Rights, on the right to life, CCPR/C/GC/36, 2018.
死刑と生命権の関係、「最も重大な犯罪」の解釈、死刑廃止に向けた国家の義務を検討するうえで中心となる資料である。

United Nations Human Rights Committee, Concluding observations on the second periodic report of Ethiopia, CCPR/C/ETH/CO/2.
エチオピアについて、事実上のモラトリアム、死刑の法的存置、対象犯罪、テロ対策法との関係などを検討する重要資料である。

United Nations Committee against Torture, Replies of Ethiopia to the list of issues in relation to its second periodic report, CAT/C/ETH/RQ/2, 2023.
エチオピア政府自身による死刑制度の説明が掲載されており、2022年11月時点で124人が死刑囚であったことや、政府が死刑制度廃止に向けた立場を変更していないことなどを確認できる。

2.アムネスティ・インターナショナル

Amnesty International, Death Sentences and Executions 2025, 18 May 2026.
2025年の世界各国の死刑判決・執行状況を比較する最新の主要資料であり、エチオピアについても少なくとも3件の死刑判決を記録している。

Amnesty International, Abolitionist and retentionist countries as of December 2024, 7 April 2025.
世界各国を死刑廃止国、事実上の廃止国、存置国などに分類しており、エチオピアの国際的な位置付けを確認する際に利用できる。

Amnesty International, Human rights in Ethiopia.
エチオピアの人権状況全般を扱う資料であり、死刑制度だけではなく、司法、拘禁、表現の自由、紛争、人権活動家などを含む国内人権状況を把握する補助資料となる。

3.国際人権法上の基本資料

International Covenant on Civil and Political Rights(ICCPR), Article 6.
生命に対する権利と死刑の関係を規定する基本的な国際人権法上の条項である。エチオピアの死刑制度を国際基準から検証する際の基礎となる。

Second Optional Protocol to the ICCPR, aiming at the abolition of the death penalty.
死刑廃止を目的とするICCPR第二選択議定書であり、エチオピアが今後完全廃止へ進む場合の国際的な制度枠組みとして重要となる。

4.本稿における資料の読み方

本稿では、エチオピア政府が国連に提出した資料と、国連人権機関による審査結果、さらにアムネスティ・インターナショナルによる国際比較統計を相互に照合した。政府資料は国内制度についての公式説明を確認するために使用し、国連機関の資料は国際人権法上の評価、アムネスティの資料は死刑判決・執行の国際比較という、それぞれ異なる役割を持つ資料として扱った。

また、「死刑が執行されていない」という事実と、「死刑制度が廃止されている」という法的状態は明確に区別した。エチオピアについては、2026年8月時点でも死刑制度を法律上維持しているため、本稿では「廃止国」ではなく、死刑存置国であり、実務上は長期的な執行停止状態にある国として評価した。

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