中国の死刑制度:対象犯罪の広さと「経済・汚職犯罪」への適用
中国の死刑制度を総合的に検証すると、そこには「縮小」と「維持」という二つの明確な流れが存在する。
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現状(2026年8月時点)
中国の死刑制度を検討する際、最初に押さえるべきなのは、中国が現在も死刑を法定刑として広範に維持している国の一つだという点である。中国政府は2000年代以降、死刑適用の範囲を段階的に縮小し、司法手続も厳格化してきたが、死刑そのものを廃止する方向へ直ちに移行したわけではなく、重大犯罪に対する最終的な刑罰として制度を維持している。
とりわけ中国の死刑制度を国際的に特徴づけているのが、死刑執行数の不透明性である。中国政府は死刑執行に関する詳細な年間統計を公表しておらず、国際的な人権機関も正確な実数を把握できない状態が続いているため、中国の死刑制度については「法律上どの犯罪が死刑対象なのか」と「実際に年間何人が執行されているのか」を分けて分析する必要がある。アムネスティ・インターナショナルも2025年の世界の死刑執行統計において、中国については多数の執行が続いているとみているものの、中国政府が詳細な数字を公表していないため、世界全体の確定値から中国を除外している。
一方、制度そのものは無制限に拡大しているわけではない。中国では2000年代後半以降、死刑判決の質を高めること、死刑を適用する事件を厳格に限定すること、最高人民法院による死刑判決の審査を強化することなどが進められ、2011年と2015年の刑法修正によって死刑を科すことのできる犯罪類型も削減された。
したがって、2026年時点の中国を「昔と同じように経済犯罪を含む非常に多くの犯罪に死刑を乱発する国」とだけ捉えるのは正確ではない。より実態に近いのは、死刑の適用範囲を一定程度縮小しながらも、国家の安全、重大な暴力犯罪、薬物犯罪、重大な腐敗などについては死刑という極めて強力な刑罰を残し、その存在自体を統治手段の一つとして維持しているという構造である。
中国死刑制度の全体像と対象犯罪の広さ
中国の死刑制度は、単に「殺人などの重大犯罪に死刑を科す制度」ではない。中国刑法では、生命・身体に対する重大犯罪だけでなく、薬物犯罪、国家安全に関係する犯罪、テロ関連犯罪、重大な財産・経済犯罪、汚職・収賄などにも死刑が法定刑として設定されてきたという歴史的特徴がある。
この点は、中国の死刑制度を理解するうえで極めて重要である。欧州諸国など死刑を完全に廃止した国では、国家が犯罪者の生命を奪うこと自体が刑罰体系から排除されているのに対し、中国では「最も重大な犯罪に対して国家が生命刑を科す」という考え方が依然として刑法体系の中に存在している。
さらに中国の場合、死刑に該当する犯罪の範囲が歴史的に広かった。1997年刑法の時点では、死刑を科すことが可能な犯罪が多数存在し、殺人や強盗などの暴力犯罪だけでなく、密輸、金融犯罪、税関連犯罪、窃盗、文化財関連犯罪、収賄など、現在の基準から見ると非暴力的な犯罪も死刑対象に含まれていた。
この構造は、中国の改革開放と市場経済化の進展とも無関係ではない。市場経済へ移行する過程で、国家は密輸、金融詐欺、税制上の不正、国有財産の侵害、贈収賄などを経済秩序を破壊する重大犯罪として扱い、刑罰による強い抑止を図ってきたからである。
つまり、中国における「死刑対象犯罪の広さ」は、単なる刑罰政策の問題だけではなく、国家が経済秩序や行政秩序をどの程度刑事司法によって保護しようとしてきたのかという問題につながる。このため、中国の死刑制度を分析する際には、刑法学だけでなく、政治制度、国家資本主義、行政統制、腐敗対策などを同時に見る必要がある。
ただし、ここで注意すべきなのは、「現在も多数の犯罪に死刑が適用されている」という事実と、「過去に存在した死刑罪名がすべて現在も残っている」という理解は別だということである。中国はむしろ2000年代以降、死刑対象犯罪を削減する方向の法改正を複数回行っており、その中でも2011年の刑法修正案第8次と2015年の第9次は重要な転換点となった。
①「多数の死刑罪名」の維持
中国の刑法体系では、死刑を科すことができる犯罪類型が長く多数存在してきた。2011年の刑法修正案第8次では13の非暴力的な経済犯罪などについて死刑が廃止され、2015年の第9次修正ではさらに9つの犯罪について死刑が廃止された結果、死刑を適用できる犯罪数は46まで減少したとされる。
この数字は、中国の死刑制度を考えるうえで非常に重要である。なぜなら、中国が「死刑制度を維持している」ことと、「死刑制度を全く改革していない」ことは同義ではないからである。
むしろ中国の刑事政策には、「死刑制度そのものは維持するが、その対象範囲については段階的に整理する」という方向性が確認できる。2011年の刑法修正案第8次について、中国側の立法説明でも、13の非暴力的経済犯罪から死刑を廃止したことが明確に示されており、死刑罪名の削減が制度改革の重要な柱となっていた。
ここから見えてくるのは、中国の死刑政策が「廃止か存続か」という単純な二択ではないという点である。死刑を残しながら対象犯罪を減らすという漸進的な改革によって、国家が死刑という刑罰の統治上の機能を維持しつつ、その適用範囲を調整していると考えることができる。
特に重要なのは、削減された死刑罪名の中に非暴力的な経済犯罪が多く含まれていたことである。これは中国自身が、経済活動に対して死刑を適用することの必要性を以前より低く評価するようになったことを示す一方、すべての経済・公務犯罪について死刑を放棄したことを意味しない。
その象徴となるのが汚職・収賄犯罪である。2015年の刑法修正案第9次では、腐敗犯罪について従来の単純な金額基準から、犯罪の金額と情状、国家・人民への損害などを組み合わせた判断方式へと改められ、極めて重大な腐敗については無期懲役または死刑を選択できる仕組みが残された。
ここには、中国の死刑制度の現在的な特徴が凝縮されている。すなわち、一般的な経済犯罪については死刑を縮小する一方、国家財産、公的権力、重大な腐敗に関しては、死刑という最終的な制裁を残すという選択である。
②「死刑即時執行」と「死刑猶予(死緩)」の存在
中国の死刑制度を理解するうえでもう一つ重要なのが、「死刑」と一括りにできないことである。中国には死刑を言い渡したうえで原則2年間執行を猶予する「死刑執行猶予」、いわゆる「死緩」という制度が存在する。
死緩では、2年間の猶予期間中に故意犯罪を行わなければ、原則として死刑が無期懲役へ減刑され、重大な功績が認められた場合にはさらに25年の有期懲役へ減刑される仕組みが設けられている。一方、猶予期間中に重大な故意犯罪を行った場合には、一定の手続を経て死刑が執行され得る。
この制度は、死刑判決の「最終性」を弱める機能を持っている。裁判所が犯罪の重大性から死刑相当と判断しても、直ちに生命を奪うのではなく、一定期間の行動を見たうえで刑罰を確定させる余地を残すからである。
その意味で、死緩は中国の死刑制度を「厳罰一辺倒」と理解することを難しくする制度でもある。死刑という極めて重い刑罰を維持しながら、その一部については執行を猶予し、実際の死刑執行に至らない可能性を制度的に確保しているからである。
ただし、死緩が存在するからといって中国の死刑制度が穏健だと評価できるわけではない。死緩そのものが死刑判決であり、犯罪者にとっては極めて重大な刑罰であるうえ、国家が死刑を最終的な制裁として保持しているという構造自体は変わらない。
むしろ死緩は、中国の刑事司法における「厳罰」と「刑罰の調整」を両立させる制度として理解する方が適切である。国家は死刑という強烈な威嚇を維持しながら、実際の執行については個別事情を考慮する余地を設けることで、刑罰の柔軟性を確保している。
ここまでを整理すると、2026年8月時点の中国死刑制度は、「死刑対象犯罪を過去より削減している」という改革面と、「依然として多数の重大犯罪について死刑を法定刑として維持している」という継続面を同時に持つ制度である。そして経済犯罪については死刑の縮小が明確に進んだ一方、汚職・収賄という公権力に直接関係する犯罪については、なお死刑が重要な法的選択肢として残されている。
「経済・汚職犯罪」への死刑適用の変遷と実態
中国の死刑制度をめぐる最大の誤解の一つは、「経済犯罪であれば現在でも広く死刑になる」という理解である。実際には、中国は2011年と2015年の刑法改正を通じて、非暴力的な経済犯罪に対する死刑を明確に縮小しており、現在の制度は過去と比較すると死刑の適用範囲を絞り込んだものになっている。
しかし、ここで重要なのは、経済犯罪と汚職犯罪を完全に同一視できないことである。中国の刑法政策では、一般的な経済犯罪に対する死刑を減らす一方、公務員による重大な収賄や公的資産に対する重大な侵害については、なお極めて重い刑罰を維持している。
この違いには、中国における経済秩序の考え方が反映されている。市場における通常の経済活動から生じる犯罪については、死刑を用いる必要性が低下したのに対し、公権力を利用して国家財産や公共利益を侵害する腐敗行為については、単なる財産犯罪ではなく国家統治そのものへの脅威と位置付けられているのである。
したがって、現在の中国の制度を理解するには、「経済犯罪に対する死刑は縮小した」という事実と、「汚職・収賄に対する死刑は残された」という事実を同時に見る必要がある。この二つは矛盾しているように見えるが、実際には中国政府が死刑制度を政策目的に応じて選別的に再編してきた結果と考えることができる。
①近年の法改正による「経済犯罪」の死刑削減 刑法修正案(第8次・2011年施行)
中国の死刑政策における重要な転換点となったのが、2011年2月に採択され、同年5月に施行された刑法修正案第8次である。この改正では、13の犯罪について死刑が廃止され、その中心には比較的非暴力的な経済犯罪が含まれていた。
対象となった犯罪には、文化財関連犯罪、金融・経済活動に関係する犯罪などが含まれ、従来の刑法体系に存在していた「財産・経済上の重大な違法行為に対しても死刑を科す」という考え方が部分的に修正された。中国の立法当局は、この改正を死刑適用の抑制という観点から位置付けており、刑事政策上の重大な変更だった。
この改正の背景には、死刑をめぐる国内外の人権議論だけでなく、中国社会そのものの変化もあったと考えられる。市場経済が拡大し、経済活動が複雑化する中で、経済犯罪をすべて最重刑によって抑止することには限界があり、犯罪の性質や社会的危険性に応じて刑罰を細分化する必要性が高まった。
さらに、死刑判決そのものの慎重化も進められていた。中国では2007年以降、最高人民法院が死刑判決の審査・承認を全面的に担う仕組みが強化され、地方裁判所だけで死刑執行を確定させる余地が縮小した。
この制度変更は、死刑の量的削減だけでなく、死刑判決の統一性を高めるという意味を持っていた。巨大な国土と地域間格差を抱える中国では、同じ犯罪でも地域によって刑罰が異なることが司法の信頼性を損なう可能性があり、最高人民法院による審査強化はその是正を狙ったものでもあった。
第8次改正によって示された方向性は明確である。中国は死刑制度そのものを廃止するのではなく、「死刑を必要とする犯罪」と「死刑までは必要としない犯罪」を区別する方向へ刑事政策を転換したのである。
この意味で、2011年改正は中国の死刑制度における「量から選別へ」の転換点と評価できる。経済犯罪に対する死刑を縮小しながら、国家が重大犯罪に対して死刑を保持する余地は残したのである。
刑法修正案(第9次・2015年施行)
次の大きな転換点が、2015年に採択された刑法修正案第9次である。この改正では、さらに9つの犯罪について死刑が廃止され、中国で死刑を科すことができる犯罪数は46まで削減された。
ここで注目すべきなのは、死刑削減が一度限りの改革ではなかったことである。2011年の第8次修正に続いて2015年にも対象犯罪を減らしたことは、中国政府が死刑制度を長期的に整理していく方向を示したものと評価できる。
第9次修正では、金融・経済分野だけでなく、比較的非暴力的な犯罪について死刑を適用する必要性をさらに低下させる方向が示された。これによって、中国刑法における死刑は、以前よりも「社会に極めて重大な危険をもたらす犯罪」に重点化されることになった。
ただし、この改正を「中国が死刑廃止へ向かった」と単純に評価するのは適切ではない。死刑対象犯罪が削減された一方で、国家安全、重大な暴力犯罪、薬物犯罪、重大な腐敗などについては死刑を維持するという政策も同時に続いていたからである。
つまり、第9次修正が示したのは死刑制度の撤廃ではなく、死刑の「選択的維持」である。中国政府は死刑の適用範囲を縮小する一方、国家にとって特に重大と判断される犯罪領域については、なお最終的な刑罰として死刑を残した。
②「汚職・収賄犯罪」に対する容赦なき厳罰(政治的・統治的意義)
ここで問題となるのが、なぜ中国が経済犯罪の死刑を削減しながら、汚職・収賄については死刑を残しているのかという点である。答えの一つは、汚職が中国政府にとって単なる財産犯罪ではなく、「党と国家の統治能力を侵食する犯罪」と位置付けられていることにある。
特に公務員による収賄は、単に金銭を受け取ったというだけではない。行政権限、許認可、人事権、公共事業、国有資産などを私的利益のために利用する行為であり、国家機構そのものに対する信頼を損なう可能性がある。
中国共産党の統治構造では、党・政府・国有企業などの組織が経済活動に大きな影響力を持っている。そのため、権力を持つ人物による汚職は、民間企業間の一般的な経済犯罪よりも政治的意味が大きくなる。
この観点から見ると、重大な収賄に死刑を残すことは、「金額の大きな犯罪だから死刑にする」という単純な政策ではない。むしろ「公権力を私的利益のために利用する行為は、国家秩序への重大な攻撃である」というメッセージを発する役割を持っている。
2015年の刑法修正案第9次では、重大な収賄について、単純に一定金額を超えれば自動的に死刑とするような構造から、犯罪額、情状、社会的影響などを総合的に判断する方向へ改められた。極めて重大な場合には死刑が残される一方、無期懲役を含む段階的な刑罰体系も整備された。
この変更は一見すると厳罰化と緩和が同時に行われたように見える。しかし実際には、「重大な腐敗には最重刑を残しつつ、それ以下の事件については刑罰を柔軟にする」という選別型の厳罰政策と理解する方が近い。
さらに中国では、収賄事件に対して死刑そのものを執行するのではなく、死刑執行猶予、すなわち死緩を言い渡すケースも重要である。これは国家が死刑という威嚇を保持しながら、実際の生命刑の執行については一定の段階を設ける仕組みとして機能する。
そのため、中国の腐敗対策を「死刑があるから極端に厳しい」とだけ理解するのも不十分である。実際の司法運用では、事件の規模、被告人の地位、犯罪の情状、捜査への協力、返還・追徴など、複数の要素が刑罰判断に影響する。
しかし、制度上死刑を残していること自体が強い意味を持つ。特に高級官僚や国有企業幹部など、巨大な公的資源を動かす立場の人物に対しては、「権力を利用した腐敗は単なる違法行為ではなく、国家に対する重大な背信である」というメッセージを明確にする効果がある。
習近平政権下の方針
この構造をさらに強くしたのが、習近平政権発足後の大規模な反腐敗運動である。2012年以降、中国共産党は「反腐敗」を重要な政治課題として掲げ、中央・地方の党幹部、政府高官、国有企業幹部、軍関係者などを対象に、広範な調査と処分を進めてきた。
反腐敗政策は単なる刑事司法政策ではない。中国共産党の統治に対する国民の信頼を確保し、党内部の規律を強化し、権力者が私的利益のために国家資源を利用することを防ぐという、政治的・組織的な目的を持っている。
そのため、習近平政権下では「腐敗を厳しく処罰する」というメッセージが繰り返し発信されてきた。中国政府側の公式説明では、反腐敗は党の自己浄化能力を示すものと位置付けられ、汚職摘発は統治能力の強化と結び付けられている。
この政策の特徴は、単に末端の公務員を摘発するのではなく、高位の政治家・軍人・国有企業幹部なども対象となっていることである。中国では「虎も蝿も叩く」という表現が用いられ、地位の高い人物であっても重大な腐敗が確認されれば処分対象になるという姿勢が示されてきた。
ここで死刑制度が持つ意味が重要になる。実際の死刑執行数とは別に、「国家が重大な腐敗に対して死刑を科すことができる」という制度的可能性そのものが、強力な抑止メッセージとして作用するからである。
もっとも、この点については慎重な評価も必要である。厳罰が腐敗をどの程度減少させるのかについては、死刑の存在だけで因果関係を証明することは難しく、摘発確率、監査制度、政治的監督、財産追徴、内部統制など複数の要素を総合して考える必要がある。
したがって、習近平政権下の死刑政策を理解する際には、「死刑によって腐敗をなくす」という単純な構図ではなく、反腐敗キャンペーン、党規律、刑事司法、財産追徴、行政監督などを組み合わせた総合的な統治政策の一部として位置付ける必要がある。
ここまでの検証から、中国の死刑政策には一見すると矛盾する二つの方向が存在することが分かる。一方では2011年と2015年の刑法改正によって、非暴力的な経済犯罪を中心に死刑罪名を削減している。
他方では、重大な収賄などについては死刑を残し、特に重大な腐敗については死緩を含む極めて重い刑罰を適用している。この違いは、経済犯罪と汚職犯罪を中国国家が異なる政治的・社会的危険性を持つ犯罪として扱っていることを示している。
一般的な経済犯罪については、市場経済の発展に合わせて刑罰の合理化が求められた。一方、公権力を利用した腐敗については、国家の統治能力、党の規律、公共資産の保護、国民の政治的信頼に直接関係するため、最重刑を残す合理性が中国政府側から見れば成立する。
したがって、中国の死刑制度は単純な「厳罰主義」でも「死刑縮小主義」でもない。より正確に表現すれば、死刑を縮小できる領域では縮小しながら、国家が特に重要と考える領域では死刑を保持する「選別的な死刑政策」である。
分析・検証:なぜ経済・汚職犯罪に厳罰が維持されるのか
中国の死刑制度を考えるうえで重要なのは、死刑罪名の削減という「改革」と、重大な経済・汚職犯罪に対する「厳罰」が同時に存在している点である。これは中国の刑事政策が単純に死刑を減らしているのではなく、国家が重要と判断する犯罪領域へ刑罰資源を集中させていることを示している。
2011年と2015年の刑法改正によって、非暴力的な経済犯罪を中心に死刑罪名は削減されたが、重大な収賄などについては死刑が残された。この構造を理解するには、死刑を「犯罪に対する刑罰」という法学的側面だけでなく、「国家が何を重大な脅威と認識しているのか」を示す政治的制度として捉える必要がある。
中国政府にとって重大な腐敗は、単に個人が金銭を不正に取得する問題ではない。公務員が権力を利用して利益を得る行為は、行政機関、国有企業、公共事業、司法、人事などに対する国民の信頼を損ない、結果として国家の統治能力そのものを低下させる可能性があるからである。
このため、中国の刑罰体系では、一般的な市場犯罪と公権力を利用した腐敗を同じ基準で扱うことには合理性がないと考えられている。経済活動における違法行為には、罰金、財産没収、長期の自由刑などによって対応できる場合が多いのに対し、公権力を利用した重大な収賄については、政治的・統治的な損害が極めて大きいと判断されるのである。
国家資本主義と経済秩序の保護
中国の経済体制を理解するうえで欠かせないのが、国家による経済への強い関与である。中国は市場メカニズムを大規模に導入しているが、国有企業、金融機関、土地、インフラ、エネルギーなどの重要分野では国家の影響力が依然として大きい。
このような経済構造では、公務員や国有企業幹部が保有する権限の経済的価値が非常に大きくなる。許認可、公共事業、土地開発、融資、企業再編、人事などに対する行政権限が巨額の資産配分に直結するため、権力と金銭の結び付きが腐敗を生み出す余地も大きくなる。
したがって、重大な収賄は単なる個人間の金銭授受ではなく、国家が管理・配分する資源を不正に私物化する行為として理解される。この観点からすれば、汚職を厳しく処罰することは、国家財産を守るだけでなく、国家が経済資源を配分する制度そのものを守ることを意味する。
特に中国では、国有企業が重要産業に大きな影響力を持ち、地方政府も土地開発、インフラ投資、企業誘致などに強い権限を持つ。そのため、行政権限と経済的利益の境界が曖昧になれば、汚職は個々の公務員の問題を超えて地域経済や公共投資の効率性を損なう可能性がある。
ここから見ると、経済犯罪に対する死刑削減と汚職への厳罰は矛盾しない。一般的な経済犯罪については市場経済の成熟に応じて死刑を減らし、他方で国家資源の不正利用に対しては強力な刑罰を残すという、犯罪類型に応じた差別化だからである。
さらに、汚職が蔓延すれば、企業が市場競争ではなく行政との関係によって利益を得ようとする誘因が強くなる。その結果、資源配分が歪み、行政コストが増加し、民間企業の競争条件も悪化するため、反腐敗政策は政治問題であると同時に経済政策でもある。
この意味で、重大な収賄に対する厳罰は、中国の国家資本主義体制を維持するための一種の「制度防衛」として理解することができる。
政権の正統性と民意の統制
中国における反腐敗政策には、さらに政治的な意味がある。中国共産党は一党支配体制を維持しているため、選挙による政権交代を通じて国民の不満を定期的に吸収する政治制度とは異なる。
そのため、汚職や官僚の特権意識が社会に広がれば、政権に対する不満が蓄積する可能性がある。特に、高級官僚が巨額の財産を蓄積しているという情報は、「一般国民と権力者との間に不公平が存在する」という認識を生みやすく、統治の正統性に直接影響する。
この問題を中国政府も強く意識してきた。習近平政権が反腐敗を政権の重要課題として掲げてきた背景には、腐敗を放置すれば党そのものの存続基盤が侵食されるという認識が存在する。
ここで重要なのは、反腐敗政策が「法の支配」という側面だけで説明できないことである。中国共産党の公式な政治理念では、党が国家を指導することが統治体制の中心に位置しており、党員・幹部の規律違反は単なる個人的犯罪ではなく、党の組織規律に関わる問題として扱われる。
そのため、腐敗官僚を厳しく処罰することは、「政府が自らの内部を浄化できる」というメッセージを国民に発する意味を持つ。特に高位の官僚が摘発されれば、権力者であっても処罰されるという印象を社会に与えることができる。
この点では、死刑や死刑執行猶予という刑罰が持つ象徴性が非常に大きい。実際の執行件数とは別に、国家が「重大な腐敗には生命刑を含む最重刑を適用する」という制度を維持していることそのものが、強力な政治的メッセージになる。
ただし、ここには重要な注意点もある。反腐敗政策が政権の正統性を強化する一方で、反腐敗運動が政治的権力闘争と結び付いているのではないかという議論も存在するため、個々の事件について「純粋な刑事司法なのか」「党内統制の側面がどの程度あるのか」を外部から完全に判定することは容易ではない。
したがって、分析上は「反腐敗政策には政治的統制の機能がある」と断定するのではなく、刑事司法と党規律が密接に連動する中国の統治構造そのものが、腐敗摘発に独特の政治的意味を与えていると捉える方が適切である。
「威嚇効果」の重視
中国の死刑政策を理解するもう一つの鍵が、「威嚇効果」である。中国の刑事政策では、犯罪者本人への処罰だけでなく、社会全体に対して「この行為をすれば極めて重い結果を招く」というメッセージを発することが重要視されてきた。
特に腐敗犯罪では、犯罪者が将来得られる利益と摘発・処罰のリスクを比較するという経済合理性が問題になる。もし賄賂によって得られる利益が巨額で、摘発される可能性が低ければ、刑罰が重くても犯罪への誘因が残る。
逆に、摘発される確率が高く、発覚した場合には財産を失い、長期の自由刑を受け、場合によっては死刑に至るという認識が広がれば、犯罪を思いとどまる可能性が高まる。この意味で、死刑は実際に多数執行されることだけでなく、「最悪の場合には生命を失う」という極端なリスクを示すことで威嚇効果を持つ。
もっとも、死刑の抑止効果については、国際的な犯罪学研究でも単純な因果関係を立証することが難しい。刑罰が重ければ重いほど犯罪が比例して減少するとは限らず、特に腐敗犯罪では摘発される確率や監督制度の強さが大きな意味を持つからである。
この点は中国にも当てはまる。腐敗を防ぐためには死刑という最重刑だけでなく、会計監査、財産申告、内部告発、捜査能力、金融監視、組織内監督などを組み合わせる必要がある。
それでも中国が死刑を残しているのは、その刑罰が「最後の一線」を示す象徴的な意味を持つからだと考えられる。特に高位公務員に対しては、「権力を利用して国家資産を略奪すれば、地位や人脈があっても最終的には国家の刑罰から逃れられない」というメッセージを発することができる。
したがって、死刑の威嚇効果を評価する際には、実際の執行数だけを見るのではなく、法定刑として死刑が存在すること、死緩によって死刑判決が示されること、重大事件が公表されることなどを含めて考える必要がある。
「死刑そのもの」と「死刑判決の可視性」は別問題である
中国の汚職対策を考える際には、死刑執行の頻度だけでなく、死刑判決が社会にどのように認識されるかも重要である。国家が重大事件を公表し、裁判結果を報道し、被告人の地位や犯罪額を明らかにすることによって、刑罰の存在を社会全体に伝えることができるからである。
一方、中国では死刑執行数について透明性が低く、国際機関が正確な統計を確認できないという問題が残っている。このため、「死刑がどれほど抑止力を持っているのか」を客観的に測定することには大きな制約がある。
ここで重要なのは、死刑制度の評価を「執行数の多さ」だけで行わないことである。法定刑、判決、死緩、最高人民法院による審査、財産没収、党規律による処分などを含めた一連の制度として分析する必要がある。
実際、中国の反腐敗政策では、刑事処罰だけでなく党籍剥奪、公職追放、財産追徴などが組み合わされている。これは汚職を「犯罪者個人の問題」として処理するのではなく、その人物が持つ政治的・経済的資源を剥奪することによって再発防止を図る仕組みでもある。
このように見ると、中国の厳罰主義の本質は、必ずしも「できるだけ多く死刑を執行すること」にあるとは言えない。むしろ、死刑を頂点として、その下に無期懲役、長期の有期懲役、財産没収、党紀処分などを配置し、重大な腐敗に対する総合的な制裁体系を形成している点に特徴がある。
検察・司法の動向
中国の検察・司法機関も、近年の反腐敗政策において重要な役割を担っている。最高人民検察院は重大な職務犯罪の摘発を継続的に強調しており、汚職、収賄、職権濫用などについて刑事責任を追及する姿勢を示してきた。
また、2018年以降は国家監察委員会を中心とする監察制度が強化され、党員だけでなく公的権力を行使する幅広い職種を対象とする監察体制が整備された。これによって、中国の腐敗対策は党内規律だけでなく、監察と刑事司法を組み合わせた制度へと発展している。
この変化は死刑制度にも間接的な影響を与える。腐敗の発見・捜査・証拠収集・財産追徴などの仕組みが強化されれば、死刑という最終刑そのものよりも、「腐敗を発見して処罰まで持っていく確率」を高める方向へ政策の重点が移る可能性がある。
一方で、司法の独立性や手続的公正性については国際的な批判も存在する。中国の政治体制では党の指導が司法制度から完全に切り離されておらず、重大な政治・経済事件について司法判断がどの程度政治権力から独立しているのかという問題は、現在も中国の刑事司法を評価するうえで重要な論点である。
そのため、中国の死刑制度を評価する際には、単純に「死刑が減ったから人権状況が改善した」とすることも、「死刑が残っているから何も変わっていない」とすることも適切ではない。死刑罪名の削減、最高人民法院による審査、死緩制度、監察制度、反腐敗政策、司法手続の問題を一つの体系として評価する必要がある。
ここまでの検証から、中国が経済・汚職犯罪に厳罰を維持する理由は、少なくとも三つの層に分けて理解できる。第一は国家資産と経済秩序の保護、第二は党・政府に対する政治的信頼と統治の正統性、第三は犯罪者と社会に対する強い威嚇効果である。
一般的な経済犯罪について死刑を削減したのは、市場経済の成熟と刑罰の合理化に対応したものと評価できる。それに対して重大な汚職・収賄について最重刑を残したのは、公権力を利用した腐敗が国家そのものの統治能力を脅かすと中国政府が考えているためだと考えられる。
したがって、中国の死刑制度は「経済犯罪に厳しい制度」から「国家秩序に関係する特定の経済・公務犯罪に厳しい制度」へ変化してきたと見ることができる。この変化は、死刑制度の単純な縮小ではなく、国家にとって重要な犯罪領域を選別する政策転換として理解する必要がある。
そして、この選別型の死刑政策が今後どこまで続くのかが重要になる。中国社会の高齢化、経済構造の変化、国際的な人権規範、司法制度改革、反腐敗政策の強化などによって、死刑を残す領域と削減する領域の境界は今後も変化する可能性がある。
分析・検証:なぜ経済・汚職犯罪に厳罰が維持されるのか
中国の死刑制度をめぐる最大の特徴は、死刑を縮小する改革と、国家にとって重要と判断された犯罪に対する厳罰政策が同時に進行している点にある。2011年と2015年の刑法改正では非暴力的な犯罪を中心に死刑罪名が削減された一方、重大な汚職・収賄犯罪などについては最重刑が維持された。
この構造から判断すると、中国政府は死刑そのものを無条件に拡大する政策を採っているわけではない。むしろ、刑罰としての死刑を「国家秩序を守るために必要な領域」に選択的に残し、その下に無期懲役、長期の有期懲役、財産没収などを配置することで、犯罪の重大性に応じた段階的な制裁体系を形成している。
国家資本主義と経済秩序の保護
中国の経済体制では、市場競争が大きく拡大した一方で、国家による経済への関与も依然として非常に大きい。国有企業、金融、土地、エネルギー、インフラ、通信などの重要分野では国家の影響力が強く、地方政府も土地開発や公共投資などを通じて巨大な経済資源を動かしている。
この構造では、行政権力と経済的利益が接近しやすい。公務員や国有企業幹部が許認可、公共事業、土地、融資、人事などの権限を利用すれば、個人の腐敗が市場の資源配分そのものを歪める可能性がある。
したがって、中国における重大な収賄は単なる「金銭を受け取った犯罪」ではない。国家が保有・管理する資源を権力者が私的利益のために転用する行為であり、国家資本主義の経済秩序に対する内部からの侵食として理解できる。
ここに、一般的な経済犯罪と重大な公務犯罪を区別する理由がある。企業間の詐欺や通常の経済犯罪については、死刑を用いなくても長期の自由刑、罰金、財産没収などによって社会的損害を回復できる場合が多い。
しかし、国家資源の不正配分や高級官僚による大規模な収賄は、経済活動そのものだけでなく行政の公平性を損なう。企業や市民が「法律ではなく賄賂によって行政サービスや許認可を得る」という状態になれば、国家制度に対する信頼そのものが低下する。
そのため、汚職への厳罰は経済政策としても説明できる。腐敗を抑制することは、国家財産を守るだけでなく、行政による資源配分の効率性を確保し、市場競争を維持することにもつながるからである。
ただし、ここで重要なのは「死刑が経済秩序を守る唯一の手段ではない」という点である。透明な入札制度、会計監査、財産申告、利益相反規制、内部告発制度、司法手続の公正性などが機能しなければ、死刑だけを重くしても腐敗を根本的に防ぐことはできない。
この意味で、中国の死刑制度を評価する際には、「刑罰がどれほど重いか」だけではなく、「腐敗がどれほど発見され、適正な手続によって処罰されるのか」という摘発・執行の確実性を見る必要がある。
政権の正統性と民意の統制
中国の反腐敗政策には、経済的な意味だけでなく政治的な意味もある。中国共産党が一党支配を維持する体制では、政治的正統性を確保するために、経済成長だけでなく「党と政府が腐敗を抑制できる」という認識も重要になる。
腐敗が深刻化すれば、国民の間に「権力者だけが特権を享受している」という不公平感が広がる可能性がある。特に高級官僚が巨額の財産を蓄積しているという事実が社会に広く認識されれば、政府の公平性や党の統治能力そのものに対する疑念につながり得る。
そのため、習近平政権が反腐敗を非常に強く打ち出してきたことには、党の自己浄化という組織的目的に加え、社会に対して「腐敗を許さない政権」という姿を示す目的もあると考えられる。
高級官僚や国有企業幹部が摘発される事件が大きく報道される場合、その刑罰は個人への処分を超えた政治的メッセージになる。すなわち、「地位が高くても国家の監督から逃れることはできない」というメッセージである。
ここで死刑や死刑執行猶予が持つ意味は大きい。重大な腐敗に対して生命刑を含む刑罰が存在することで、国家は権力者に対して非常に強い警告を発することができるからである。
しかし、これをそのまま「死刑があるから政権への信頼が高まる」と結論付けることはできない。刑罰が政治的に利用されていると国民が認識すれば、逆に司法制度への信頼を低下させる可能性もあるからである。
したがって、反腐敗政策が正統性の強化につながるためには、単に処罰を厳しくするだけでは不十分である。捜査対象の選定が公平であること、証拠に基づいて処罰されること、司法手続が透明であることなどが必要になる。
この点は、中国の死刑制度を評価する際の重要な分岐点である。厳罰そのものを「統治の強さ」と見るのか、それとも厳罰を適正な法手続と結び付けられるかを見るのかによって、制度に対する評価は大きく変わる。
「威嚇効果」の重視
中国の厳罰政策を説明するうえで、もう一つ重要なのが威嚇効果である。死刑は犯罪者本人に対する刑罰であると同時に、社会全体に「ここを越えれば国家は最終的な刑罰を科す」という境界線を示す役割を持つ。
特に汚職犯罪では、犯罪によって得られる利益が極めて大きくなる可能性がある。巨額の賄賂を受け取った場合、刑罰が軽ければ、犯罪者が「摘発されなければ利益を得られる」と考える余地が生まれる。
そこで国家は、長期の自由刑、財産没収、公職追放、党籍剥奪などを組み合わせ、さらに極端なケースでは死刑を選択できる制度を維持している。これは犯罪によって得られる利益を上回るほどの損失を示すことで、犯罪への期待利益を低下させるという考え方につながる。
もっとも、犯罪学的には「刑罰が重いほど犯罪抑止効果が高い」と単純には言えない。一般に、刑罰の厳しさ以上に、犯罪が発覚する確率や処罰が確実に行われるという認識が重要だと考えられている。
この点からすると、汚職対策において死刑そのものより重要なのは、監督制度と摘発能力である。賄賂を受け取った人物が「必ず発覚する」と考える環境を形成することの方が、単に死刑を法定刑として残すことより大きな抑止力を持つ可能性がある。
中国政府が近年、監察制度を強化してきたことは、この方向とも整合する。つまり、死刑という「刑罰の最大値」を維持すると同時に、監察・捜査・検察・裁判を通じて「処罰される可能性」を高めようとしているのである。
この二つを組み合わせることで、国家は「捕まる可能性」と「捕まった場合の重大な結果」を同時に示すことができる。中国の反腐敗政策を理解するには、この組み合わせを見る必要がある。
検察・司法の動向
中国の腐敗対策では、党の規律処分、国家監察、検察による公訴、裁判所による刑事判決が連動する構造が形成されている。特に国家監察制度の強化によって、公権力を行使する人物に対する監督の範囲が広げられた。
中国最高人民検察院は重大な職務犯罪について刑事責任を追及する姿勢を継続して示しており、収賄・汚職事件は現在も重要な刑事司法上の対象である。これにより、腐敗対策は党内部の規律問題から、国家監察と刑事司法を組み合わせた制度へと広がっている。
一方、国際的な観点からは司法の独立性、適正手続、弁護権、死刑判決の透明性などに対する懸念が存在する。中国では党の指導が政治・司法制度の基本構造に組み込まれているため、重大な腐敗事件を完全に政治から切り離された司法判断として評価できるのかという問題が残る。
また、死刑執行について詳細な統計が公開されていないことも大きな問題である。外部から実際の死刑適用状況を完全に検証することが難しいため、法制度上の死刑罪名と、現実の執行数を混同しないことが重要になる。
ここから導かれるのは、中国の死刑制度について「死刑罪名が減った」という一つの指標だけで改革の進展を評価することはできないということである。制度上の縮小、実際の判決、死緩の運用、死刑執行、司法手続の透明性を総合的に見る必要がある。
今後の展望
今後の中国の死刑制度は、急速な全面廃止よりも、対象犯罪をさらに限定しながら制度そのものは維持する方向が現実的と考えられる。2011年と2015年に死刑罪名が削減されたことは、中国政府が死刑の範囲を調整する意思を持っていることを示している。
特に非暴力的な経済犯罪については、今後も死刑の必要性が低下する可能性がある。市場経済が成熟し、刑事司法がより複雑な経済犯罪に対応できるようになれば、生命刑よりも財産没収、罰金、長期自由刑などを中心とする制裁へ移行する合理性が高まるからである。
一方、重大な汚職・収賄については、短期的に死刑が完全に廃止される可能性は相対的に低いと考えられる。反腐敗が習近平政権の重要な政治課題であり、重大な腐敗に対する厳罰が党・国家の統治能力を示す象徴的な意味を持っているためである。
ただし、汚職犯罪についても、今後は死刑執行そのものより、死緩、無期懲役、財産追徴などを組み合わせた処罰へ重点が移る可能性がある。つまり、「死刑を法定刑として残すが、実際の適用・執行はより限定する」という方向である。
この場合、死刑は実際に頻繁に執行する刑罰というより、国家が重大な腐敗に対して設定する「刑罰の上限」として機能することになる。これは死刑制度を縮小しながら、その威嚇効果と政治的象徴性を維持する政策でもある。
しかし、今後の制度改革を評価するうえで最も重要なのは、死刑罪名の数だけではない。死刑判決の透明性、最高人民法院の審査、弁護権、証拠評価、国家監察と司法の関係、死刑執行に関する情報公開などがどこまで改善されるかが重要になる。
総合評価
ここまでの分析から、中国の死刑制度は「死刑大国」という一言だけでは説明できないことが分かる。中国は歴史的に非常に広い範囲の犯罪について死刑を法定刑としてきたが、2011年と2015年の刑法改正によって、特に非暴力的な経済犯罪を中心に死刑対象を縮小してきた。
しかし、この縮小は死刑制度そのものの放棄を意味しない。国家安全、重大な暴力犯罪、薬物犯罪、重大な腐敗など、国家が社会秩序や統治に対する危険性が高いと判断する領域では、依然として死刑が重要な刑罰として残されている。
とりわけ汚職・収賄犯罪は、この選別的な死刑政策を最も明確に示している。一般的な経済犯罪では死刑を減らしながら、公権力を利用して巨額の利益を得る重大な腐敗には最重刑を残すという制度は、中国が「市場経済の刑法」と「国家統治の刑法」を部分的に異なる論理で運用していることを示唆する。
その背景には、国家資本主義における経済秩序の保護、国有資産の防衛、行政の信頼性の維持、党の統治能力、政権の正統性、社会に対する威嚇効果など複数の要因が存在する。
一方で、死刑が存在することだけで腐敗を抑止できると結論付けることはできない。実効的な反腐敗政策には、摘発の確実性、監査制度、財産追跡、透明性、司法手続の公正性などが不可欠であり、死刑はその中の一要素にすぎない。
したがって、中国の死刑制度を客観的に評価するなら、「死刑が多いか少ないか」だけではなく、「どの犯罪について死刑を残し、どの犯罪について削減したのか」を見る必要がある。そこに中国政府が何を国家に対する重大な脅威と認識しているのかが表れているからである。
まとめ
中国の死刑制度は、過去の「広範な死刑適用」から、一定の範囲で対象犯罪を削減する方向へ変化してきた。2011年の刑法修正案第8次と2015年の第9次修正は、その変化を象徴する重要な改革であり、特に非暴力的な経済犯罪について死刑を減らす方向が明確になった。
しかし、汚職・収賄犯罪については事情が異なる。重大な収賄について死刑を含む最重刑が残されているのは、腐敗を単なる財産犯罪ではなく、公権力、国家資産、行政秩序、党の統治能力に対する重大な侵害として扱っているためだと考えられる。
習近平政権下では、反腐敗政策が統治政策の重要な柱となり、国家監察、検察、裁判、党規律などを組み合わせた厳格な制裁体系が形成されてきた。この中で死刑は、実際の執行数だけでは評価できない「最終的な威嚇」としての意味を持っている。
しかし、国際的に見れば、中国の死刑制度には依然として透明性の問題がある。特に死刑執行数が詳細に公表されていないことは、制度の実態を外部から検証するうえで大きな制約となっている。
最終的に、中国の死刑制度は「死刑を維持する国家」と「死刑を縮小する国家」という二つの側面を同時に持っている。一般的な経済犯罪では死刑を減らしながら、国家秩序や重大な腐敗に関係する犯罪では最重刑を残すという選択的な政策であり、そこには中国独自の国家統治観と経済体制が強く反映されている。
したがって、今後の中国死刑制度を評価する際の焦点は、「死刑が廃止されるか」という一点だけではない。むしろ、どの犯罪を死刑対象として残すのか、死刑判決がどのような基準で出されるのか、死緩がどのように運用されるのか、そして司法手続と情報公開がどこまで透明化されるのかという点こそが重要になる。
中国の死刑制度は、刑罰制度であると同時に、国家が経済秩序と公権力をどのように管理するのかを映し出す制度でもある。そのため、経済犯罪に対する死刑削減と、重大な汚職への厳罰維持という一見矛盾した二つの動きを同時に追うことによって、中国の刑事政策と統治構造の実像がより明確に見えてくる。
現状の再検証――2026年8月時点で何が確認できるのか
2026年8月時点で確認できる中国の死刑制度は、「死刑を維持しながら、その適用範囲を徐々に整理してきた制度」と表現するのが最も適切である。2011年の刑法修正案第8次、2015年の第9次修正によって死刑罪名は削減されたが、死刑そのものは中国刑法体系から消えておらず、重大犯罪については現在も法定刑として存在している。中国全国人民代表大会が公表した第8次修正、第9次修正の条文からも、この改革と維持の二重構造を確認できる。
さらに重要なのが、実際の死刑執行数である。中国政府は年間の死刑執行総数を詳細には公開しておらず、国際機関が中国の正確な実数を独立に検証することは困難である。
アムネスティ・インターナショナルの2026年5月公表資料によれば、2025年に世界で確認できた死刑執行は少なくとも2,707件だったが、この数字には中国で実施されたと考えられる「数千件」の執行が含まれていない。同機関は、中国を2025年も世界最大の死刑執行国と位置付けているが、中国の数字については国家機密として扱われているため確定値を提示していない。
したがって、「中国では年間何人が死刑になるのか」という問いに対して、2026年8月現在、外部から確定した数字を示すことはできない。ここは中国の死刑制度を論じる際に最も重要なデータ上の限界の一つであり、推計値を公式統計のように扱うことは避ける必要がある。
「死刑罪名が減った」ことの意味
中国の死刑制度については、長らく「世界でも極めて多くの犯罪に死刑を科す制度」と認識されてきた。この評価には歴史的な根拠があり、1997年刑法を基礎とした制度では、暴力犯罪だけでなく、複数の経済・財産関連犯罪についても死刑が設定されていた。
しかし、2011年の第8次修正によって13の犯罪について死刑が廃止され、2015年の第9次修正によってさらに9つの犯罪について死刑が削除された。2015年の中国側の立法説明では、第9次修正後に死刑を適用できる犯罪は55から46へ減少したと明示されている。
この変化は、中国が死刑制度をまったく改革していないという見方を否定する材料になる。少なくとも立法面では、中国は死刑を適用する犯罪類型を段階的に削減してきた。
ただし、これを「中国が死刑廃止に向かっている」と単純に解釈することもできない。第9次修正そのものが、死刑罪名を削減する一方で、社会的危険性が高い犯罪については厳罰を維持するという「寛厳相済」の刑事政策を明確にしているからである。
つまり、中国の刑事政策は「死刑を減らすこと」と「重大犯罪を厳罰に処すること」を同時に追求している。この二つを矛盾として捉えるのではなく、「死刑を必要とする犯罪を国家が選別する政策」と捉える方が制度の実態に近い。
経済犯罪と汚職犯罪を分けて考える必要性
今回のテーマで最も重要なポイントは、「経済犯罪」と「汚職・収賄犯罪」を一括りにしないことである。中国では経済犯罪の一部について死刑が削減されてきた一方、重大な収賄については依然として極めて重い刑罰体系が存在する。
この差は、犯罪によって国家が受ける損害を異なるものとして評価していることを示している。一般的な経済犯罪は市場取引の安全や財産権を侵害する犯罪として処理できるのに対し、公務員による重大な収賄は、公権力そのものを私的利益のために利用する犯罪と位置付けられる。
したがって、汚職は単なる「金銭犯罪」ではない。国家資産、行政権、公共事業、許認可、人事権などに関係するため、腐敗が大規模化すれば国家機構そのものの信頼性が損なわれる。
この点が、一般的な経済犯罪に対する死刑削減と、重大な汚職への厳罰維持を両立させる重要な理由である。中国政府にとっては、死刑の対象を広げ続けることよりも、国家秩序を直接脅かす犯罪について最重刑を残す方が、統治政策上の意味を持つのである。
死刑猶予(死緩)が持つ意味
中国の死刑制度を評価する際には、死刑即時執行と死刑執行猶予を区別する必要がある。死緩は死刑判決を言い渡しながら、一定期間その執行を猶予する制度であり、中国の刑罰政策における「厳罰と減刑可能性」の接点に位置している。
2011年の第8次修正では、死刑執行猶予について、猶予期間中に故意犯罪がなければ無期懲役へ減刑し、重大な功績がある場合には25年の有期懲役へ減刑できる一方、故意犯罪が確認された場合には最高人民法院の承認を経て死刑を執行する仕組みが明記された。
この制度は、中国が死刑を「即座に生命を奪う刑罰」としてのみ運用しているわけではないことを示している。裁判所は犯罪の重大性を認定して死刑判決を出しながら、実際の執行については一定の猶予を置くことができる。
重大な汚職事件に死緩が利用される場合、この制度は特に重要になる。国家は「死刑に値するほど重大な犯罪である」という強烈なメッセージを維持しながら、実際には無期懲役などへ移行する可能性を残せるからである。
したがって、死緩は単なる刑罰上の技術ではない。中国が死刑制度を維持しつつ、実際の執行を一定程度調整するための重要な制度的装置と評価できる。
中国の死刑制度に対する国際的評価
国際的な人権機関から見た場合、中国の死刑制度には大きく三つの問題が指摘されている。第一は死刑そのものの存続、第二は死刑対象犯罪の広さ、第三は死刑判決・執行に関する透明性の不足である。
特に透明性は重大な問題である。2025年の死刑執行について、アムネスティ・インターナショナルは中国で「数千件」が執行されたと推定しているものの、詳細な数字は公表されていないとしている。これによって、世界各国の死刑制度を同じ基準で比較することが難しくなっている。
また、中国の死刑制度については、薬物犯罪など非暴力的犯罪への死刑適用も国際的な議論の対象となっている。アムネスティは2025年について、確認できた死刑執行のうち薬物犯罪によるものが少なくとも1,257件に達したとしており、中国についても薬物関連の死刑執行が行われたとみている。
ただし、中国政府側は死刑制度を「重大犯罪から社会を守るための合法的な刑罰」と位置付けている。したがって、中国国内の制度論と国際人権機関による死刑廃止論の間には、刑罰の目的そのものについて根本的な認識の違いが存在する。
この対立を考える際には、「中国だけが死刑を使用している」という理解も正確ではない。2025年には世界で17か国が死刑を執行しており、日本、米国、シンガポール、北朝鮮、ベトナムなどにも死刑制度が存在する。
しかし、中国の場合は規模と透明性の問題が特に大きい。したがって、中国の死刑制度を国際比較する際には、単純な「死刑存置国か廃止国か」という二分類だけではなく、対象犯罪、執行数、司法審査、情報公開、適正手続など複数の指標を組み合わせる必要がある。
残された最大の論点――「厳罰」と「法の支配」の関係
中国の死刑制度について最も難しい問題は、厳罰そのものと法の支配をどのように両立させるかである。重大犯罪を厳しく処罰すること自体は、国家が社会秩序を維持するための刑事政策として理解できる。
しかし、刑罰が重ければ重いほど、誤判や手続的問題が発生した場合の被害も大きくなる。特に死刑は取り返しのつかない刑罰であるため、証拠の信頼性、弁護権、公開裁判、上級審による審査などが極めて重要になる。
この点で、中国が最高人民法院による死刑審査を強化してきたことには一定の制度的意味がある。地方レベルで死刑判決を確定させるのではなく、最高人民法院による審査を通すことによって、死刑適用の統一性と慎重性を高める方向が採られている。
一方で、死刑執行の総数や個別事件の詳細が十分に公開されていない以上、外部からその審査がどの程度機能しているのかを完全に検証することは難しい。ここに中国の死刑制度をめぐる評価の最大のジレンマがある。
つまり、中国は制度面では死刑を合理化・限定化する改革を進めてきたが、透明性という点ではなお大きな問題を残している。制度の条文だけでなく、実際の司法運用を検証できる情報環境が整備されなければ、死刑制度改革の全体像を客観的に評価することはできない。
死刑は縮小するのか
今後、中国の死刑制度が全面廃止へ向かうかどうかを現時点で断定することはできない。少なくとも2026年8月時点では、重大犯罪に対する死刑を維持する政治的・刑事政策上の理由が依然として存在している。
ただし、過去15年間の法改正を見る限り、死刑罪名を削減する方向性そのものは確認できる。したがって、今後も一般的な経済犯罪や比較的非暴力的な犯罪を中心に、死刑対象をさらに整理する可能性はある。
一方、重大な汚職・収賄犯罪については、直ちに死刑を完全に廃止するとは考えにくい。習近平政権が反腐敗を統治上の重要課題として位置付けていることを考えると、重大な公務犯罪に対する厳罰の象徴として、死刑を法定刑に残す政策は当面維持される可能性が高い。
ただし、ここで重要なのは「死刑を残すこと」と「死刑を頻繁に執行すること」は別だという点である。今後は死刑そのものを法定刑として残しつつ、死緩、無期懲役、財産没収などを組み合わせ、実際の執行を限定する方向へ進む可能性もある。
このような政策が進めば、中国の死刑制度は「死刑を大量に執行する制度」から、「死刑を刑罰体系の頂点に置き、その存在自体によって重大犯罪を威嚇する制度」へと性格を変えていくことになる。
ただし、その場合でも透明性の問題は残る。死刑執行数、死刑判決数、死緩からの減刑状況などが十分に公開されなければ、制度が実際にどの程度縮小しているのかを外部から確認できないからである。
最後に
中国の死刑制度を総合的に検証すると、そこには「縮小」と「維持」という二つの明確な流れが存在する。2011年と2015年の刑法改正によって、非暴力的な経済犯罪を中心に死刑対象は削減され、過去と比較すれば死刑制度は一定程度合理化されている。
しかし、中国は死刑そのものを放棄していない。重大な暴力犯罪、薬物犯罪、国家に重大な損害を与える犯罪、そして重大な汚職・収賄などについては、依然として最重刑を維持するという政策を採っている。
特に「経済犯罪の死刑削減」と「汚職犯罪への厳罰維持」は、中国の刑事政策を理解するうえで象徴的な組み合わせである。前者は市場経済の発展に対応した刑罰の合理化を意味し、後者は国家資産、公権力、党・政府の統治能力を守るための厳罰政策を意味している。
この構造を国家資本主義という観点から見ると、さらに明確になる。国家が経済資源の配分に強い影響力を持つ中国では、公権力と経済利益の結び付きが大きく、重大な汚職は単なる個人的な金銭犯罪ではなく、国家の資源配分システムそのものを侵食する可能性がある。
政治面では、反腐敗政策は政権の正統性とも結び付く。高級官僚であっても処罰されるという事実を示すことによって、党・政府が腐敗を管理できることを社会に示すことができる一方、司法手続の透明性が不足すれば、逆に制度への信頼を損なう可能性もある。
そして刑事政策としては、死刑が持つ威嚇効果が重視されている。ただし、犯罪抑止という観点から最も重要なのは刑罰の重さだけではなく、腐敗行為が発見され、捜査され、証拠に基づいて確実に処罰されるという認識である。
したがって、中国の死刑制度を「厳罰国家」という一言だけで説明するのは不十分である。より正確には、死刑の適用範囲を徐々に整理しながら、国家秩序・公権力・重大な腐敗など、統治上重要と判断された領域については最重刑を残す「選別的死刑政策」と評価できる。
2026年8月時点で最も重要な論点は、今後この選別がどこまで進むのかということである。一般的な経済犯罪については死刑縮小が続く可能性がある一方、重大な汚職犯罪については、死刑を象徴的な最終刑として残す政策が続く可能性が高い。
そして最終的に、中国の死刑制度を評価するためには、死刑罪名の数だけでは足りない。死刑判決の基準、最高人民法院の審査、死緩の運用、実際の執行数、司法手続、弁護権、情報公開までを一体として検証する必要がある。
中国の死刑制度は、単なる刑罰制度ではない。それは、中国国家が「何を国家秩序に対する最も重大な脅威と考えているのか」を映し出す制度であり、経済・汚職犯罪に対する扱いを見ることで、国家資本主義、党による統治、反腐敗政策、司法制度の関係まで浮かび上がってくるのである。
参考・引用リスト
1.中国全国人民代表大会――刑法修正案第8次
中国全国人民代表大会が公表する「中華人民共和国刑法修正案(八)」は、2011年2月25日に採択された刑法改正の一次資料である。死刑執行猶予の規定、75歳以上の者に対する死刑適用の制限など、死刑制度の具体的な変更を確認するうえで重要な資料となる。
2.中国全国人民代表大会――刑法修正案第9次
「中華人民共和国刑法修正案(九)」は2015年8月29日に採択された。死刑罪名の削減、腐敗犯罪関連規定の変更などを確認するための主要な一次資料であり、中国の死刑政策がどの方向へ変更されたのかを検証する基礎資料となる。
3.中国全国人民代表大会――第9次修正の立法解説
中国側の立法解説では、第9次修正について「死刑罪名をさらに9個削減し、適用可能な死刑罪名を55から46へ減少させた」と説明している。また、同時に重大な犯罪については厳罰を維持する「寛厳相済」の政策が示されている。
4.アムネスティ・インターナショナル――Death Sentences and Executions 2025
2026年5月18日に公表された最新の年次報告であり、2025年の世界の死刑判決・死刑執行を分析している。中国については正確な執行数を確認できないものの、「数千件」の死刑執行が継続していると推定し、中国を世界最大の死刑執行国と位置付けている。
5.アムネスティ・インターナショナル――Death Penalty関連資料
アムネスティは、中国の死刑執行数が国家機密として扱われているため、世界の確定統計から中国の数字を除外していると説明している。これは中国の死刑制度を定量的に評価する際の重要なデータ上の制約である。
6.国際比較上の注意
2025年には世界で17か国が死刑を執行し、少なくとも2,707件の執行が確認されたが、この数字には中国などについて確認できない執行が含まれていない。したがって、中国を含む世界の死刑制度を比較する場合、確認済み件数と推計値を区別することが不可欠である。
7.本稿における検証上の基本原則
本稿では、中国政府が公表した法律・立法資料については「制度上の事実」を確認する一次資料として扱い、アムネスティなどの国際人権機関の数字については「独立機関による推計・評価」として区別した。特に中国の年間死刑執行数については公式確定値が存在しないため、推計値を確定統計として扱わないことを基本とした。
また、法制度上の死刑罪名の数と実際の死刑判決・執行数は別の指標である。したがって、「死刑罪名が減少した」という制度上の改革と、「中国で死刑執行が多数行われている」という国際機関の評価は、矛盾するものではなく、異なる側面を示す情報として扱う必要がある。
