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幼児への性教育:「いいタッチ」と「悪いタッチ」って何?

「いいタッチ」と「悪いタッチ」は、幼児に対して身体の安全と自己決定権を教えるための基礎概念である。
親子のイメージ(Getty Images)
現状(2026年6月時点)

2026年現在、日本における幼児期の性教育は徐々に拡大しているものの、依然として地域差や施設差が大きい状況にある。特に保育園や幼稚園では、「性教育」という言葉に対する誤解や抵抗感が残っており、体系的な実施には至っていないケースも少なくない。

一方で、国際的にはWHO(世界保健機関)、UNESCO(国連教育科学文化機関)、UNICEFなどが推進する包括的性教育(Comprehensive Sexuality Education:CSE)が標準的な考え方となっている。包括的性教育は単なる生殖教育ではなく、身体の権利、人権、感情、対人関係、安全確保を含む教育として位置付けられている。

近年では子どもへの性犯罪、SNSを利用したグルーミング、デジタル性被害などへの社会的関心が高まっており、幼児期からの予防教育の必要性が強調されている。こうした流れの中で、「いいタッチ(Good Touch)」と「悪いタッチ(Bad Touch)」という概念は世界的に広く活用されるようになった。

幼児への性教育の重要性

幼児への性教育は、将来的な性的知識の習得を目的とするものではない。むしろ、自分の身体を大切にし、自分の感情を理解し、自分を守る力を育成することが主要な目的である。

WHOは包括的性教育の重要な要素として、「身体の自律性」「尊重」「同意」「助けを求める力」を挙げている。これらは思春期以降ではなく、幼児期から段階的に学習されるべき内容とされている。

幼児は大人に比べて身体的・社会的に弱い立場にあり、性被害や虐待の対象になりやすい。被害を未然に防ぐためには、「危険を認識する能力」と「信頼できる大人へ相談する能力」を育てることが重要となる。

また、近年の研究では、幼少期に学んだ安全教育や身体教育は成人後の行動様式にも長期的な影響を与えることが示されている。幼児期の教育は将来の自己決定能力や危機回避能力の基盤形成につながると考えられている。

「いいタッチ」と「悪いタッチ」の定義

「いいタッチ」と「悪いタッチ」は、子どもが身体的接触を評価するための教育概念である。単純に「触られてよい場所」「触られてはいけない場所」を教えるものではない。

教育学的には、「その接触によって子ども自身が安心感、安全感、尊重されている感覚を持てるかどうか」が重要な判断基準となる。つまり接触の評価主体は大人ではなく子ども自身である。

この考え方は身体の自己決定権や身体的自律性の概念と密接に関連している。包括的性教育では、「自分の身体について感じたことを尊重する」という姿勢が基本原則として位置付けられている。

いいタッチ(安心・安全な接触)

いいタッチとは、子どもが安心感や愛情、安全感を感じられる身体的接触を指す。

例えば保護者による抱っこ、転倒した際に支える行為、手をつなぐ行為、励ましのために背中をさする行為などが代表例である。これらは子どもの心身の安定や愛着形成に寄与する。

ただし、重要なのは行為そのものではなく、子ども自身の感じ方である。同じ抱っこであっても、子どもが嫌がっている場合には「いいタッチ」とは言えなくなる。

この点は従来のしつけ論と大きく異なる。包括的性教育では、大人の善意だけで接触の正当性を判断しないという特徴がある。

悪いタッチ(不快・危険な接触)

悪いタッチとは、子どもが不快感、恐怖感、違和感、羞恥心を感じる接触を指す。

代表例としては、無理やり抱きしめる行為、嫌がる子どもへのキス、身体を勝手に触る行為、性的な目的を伴う接触などがある。

特に性犯罪者によるグルーミングでは、「遊び」「秘密」「特別な関係」という形で接触が始まる場合が多い。そのため子どもが違和感を覚えた時点で拒否する権利を学ぶことが重要となる。

悪いタッチの教育は恐怖を与えることが目的ではない。違和感を言語化し、安全な大人に伝える力を育てることが本質である。

包括的性教育における3つの検証・分析

第一に、人権教育としての意義である。包括的性教育は身体の所有権が本人にあることを学習させる。これは子どもの権利条約とも整合的な考え方である。

第二に、虐待予防としての有効性である。何が適切な接触で何が不適切な接触かを学ぶことで、被害認識能力が高まると考えられている。

第三に、自己肯定感形成への寄与である。自分の感情が尊重される経験は、自己価値感や自尊感情の発達を促進する。

「主観的な心地よさ」の肯定

「いいタッチ」と「悪いタッチ」を理解する上で最も重要なのは、子どもの主観を尊重する姿勢である。

たとえ保護者や祖父母であっても、子どもが嫌だと感じればその感覚は尊重されるべきである。「おじいちゃんに抱っこしてもらいなさい」「キスしなさい」と強制することは、身体的自己決定権の学習を妨げる可能性がある。

包括的性教育では、「自分の感覚を信じてよい」というメッセージが重視されている。これは将来的な同意教育の基盤となる。

プライベートパーツ(プライベートゾーン)の概念と直結

「いいタッチ」「悪いタッチ」の教育は、プライベートパーツの概念と密接に結び付いている。

一般的には水着で隠れる部分、口、おしりなどをプライベートパーツと呼ぶ。これらの部位は本人の許可なく触れてはいけない場所として教えられる。

ただし医療行為や介助など例外的な接触も存在するため、「なぜ必要なのか」「誰が行うのか」を合わせて説明することが重要である。

「NO(いや)」と言える権利の保障

幼児への性教育において最も重要な権利教育の一つが、「NO」と言える権利である。

日本社会では年長者への従順さが重視される傾向があるが、安全教育の観点では子どもが拒否権を持つことを明確に伝える必要がある。

「いやと言っていい」「離れていい」「助けを求めていい」という学習は、被害予防だけでなく自己決定能力の育成にもつながる。

家庭・園で実践するための指導体系

家庭と園が共通の方針で取り組むことが重要である。

第一段階では身体の名称を正しく教える。第二段階では感情を認識する。第三段階ではプライベートパーツを学ぶ。第四段階では拒否と相談の方法を学ぶ。

このような段階的な学習体系が望ましい。

感情の言語化アプローチ

幼児は違和感を感じても適切な言葉で表現できない場合が多い。

そのため「うれしい」「かなしい」「こわい」「いやだ」「きもちいい」「きもちわるい」といった感情語彙を増やす支援が必要となる。

感情表現能力の向上は被害発見の早期化にも寄与する。

感覚を言葉にする

感覚と言葉を結び付ける練習は重要である。

例えば「そのときどんな気持ちだった?」「体はどんな感じがした?」と質問することで、子どもは身体感覚を言語化する能力を獲得していく。

これは将来的なセルフアドボカシー能力の発達にもつながる。

日常の振り返り

日常生活の中で振り返りを習慣化することが重要である。

「今日うれしかったことは?」「嫌だったことはあった?」といった対話を継続することで、相談行動への心理的ハードルを下げることができる。

このような習慣は性被害だけでなく、いじめや虐待の早期発見にも有効である。

「NO」の伝え方トレーニング

拒否権を知るだけでは十分ではない。

実際に「やめて」「いやです」「さわらないで」と声に出して練習することが重要である。ロールプレイ形式の練習は教育現場でも有効とされている。

身体を離す行動や大人へ助けを求める行動も合わせて練習する必要がある。

3つの約束を覚える

「1. だめ(断る)」

「2. 逃げる(離れる)」

「3. すぐ大人に言う(相談する)」

世界各国の子ども向け安全教育では、この三段階モデルが広く採用されている。

第一に断る。第二にその場を離れる。第三に信頼できる大人へ相談する。この流れを繰り返し練習することで緊急時の行動が定着しやすくなる。

特に相談段階を重視することが重要である。被害の多くは沈黙によって長期化する傾向があるためである。

「秘密の約束」の禁止

性加害者の多くは「誰にも言わないでね」という秘密の共有を利用する。

そのため教育現場では、「秘密にしてと言われたら大人に話してよい」というルールを教える必要がある。

サプライズのような一時的な秘密と、危険な秘密の違いを理解させることも重要である。

絵本やツールの活用

幼児教育では視覚教材が有効である。

絵本、紙芝居、人形劇、カード教材などを活用することで抽象的概念を理解しやすくなる。特にプライベートパーツや感情表現の学習ではイラスト教材の効果が高い。

近年はデジタル教材やアプリも開発されているが、研究では保護者や教育者との対話を伴う活用が重要と指摘されている。

性被害の防止

「いいタッチ」「悪いタッチ」の教育は性被害予防の入口である。

被害の多くは顔見知りによって行われるため、「知らない人についていかない」だけでは十分ではない。身体の境界線、自分の感情、拒否権、相談行動を包括的に学ぶ必要がある。

WHOやUNESCOは、包括的性教育が子どもの脆弱性を減少させ、虐待や搾取への対処能力を高めると説明している。

今後の展望

今後の日本では、包括的性教育の考え方を幼児教育へどのように統合するかが課題となる。

従来の生殖中心型教育から、人権・身体の権利・感情教育を含む包括的アプローチへの転換が求められている。特にデジタル社会における新たなリスクへの対応も必要である。

家庭、園、学校、地域社会が連携し、継続的な教育体系を構築することが重要になる。

まとめ

「いいタッチ」と「悪いタッチ」は、幼児に対して身体の安全と自己決定権を教えるための基礎概念である。その本質は単なる接触部位の区別ではなく、「自分の身体は自分のもの」という身体的自律性の理解にある。

包括的性教育の観点では、子どもの主観的感覚を尊重し、プライベートパーツの理解、拒否権の保障、相談行動の習得を体系的に学ぶことが重視される。そして「だめ(断る)」「逃げる(離れる)」「すぐ大人に言う(相談する)」という行動原則を身に付けることが、性被害予防の重要な基盤となる。

今後は家庭と教育現場が連携し、感情の言語化や日常的な対話を通じて、子どもが自らの身体と権利を守る力を育成していくことが求められる。


参考・引用リスト

  • World Health Organization (WHO), Comprehensive Sexuality Education, Fact Sheet, 2026.
  • World Health Organization (WHO), Questions and Answers on Comprehensive Sexuality Education, 2023.
  • UNESCO, International Technical Guidance on Sexuality Education: An Evidence-Informed Approach, Revised Edition, 2018.
  • 公益社団法人日本WHO協会『包括的性教育』2026年.
  • UNESCO, UNFPA, UNICEF, UN Women, UNAIDS, WHO共同ガイダンス資料.
  • 文部科学省関連教材(性犯罪・性暴力対策教育資料の概要紹介).
  • Pritha, S.T. et al., A Systematic Review of Mobile Apps for Child Sexual Abuse Education: Limitations and Design Guidelines, 2021.
  • Zhou, K.Z. et al., Revitalizing Sex Education for Chinese Children: A Formative Study, 2024.
  • WHO・UNESCOによる包括的性教育に関する国際的エビデンスレビューおよび関連ファクトシート.
  • WHO・UNESCOが示す身体的自律性、同意、権利教育に関する国際基準

視覚的絵本の活用に関する検証と深掘り

なぜ幼児性教育に絵本が有効なのか

幼児期は抽象概念の理解が未発達であり、「身体の権利」「同意」「境界線(バウンダリー)」といった概念を言葉だけで理解することは難しい段階にある。そのため包括的性教育では、絵本やイラスト教材などの視覚的支援が重要な教育手段として位置付けられている。

発達心理学においても、幼児は具体物や視覚情報を通じて学習する傾向が強いことが知られている。身体や感情をイラスト化することで、「なんとなく嫌な感じ」「怖い感じ」といった曖昧な感覚を理解しやすくなる。

また、絵本は「教えられる」体験ではなく、「一緒に読む」体験を生み出す特徴を持つ。子どもは説教や指導よりも、物語の主人公への感情移入を通じて自然に価値観を学習する傾向がある。

絵本は「知識伝達」ではなく「対話装置」である

性教育における絵本の最大の価値は、知識そのものではなく対話のきっかけを作る点にある。

例えば主人公が「いやだ」と感じる場面を見たとき、「この子はどんな気持ちかな」「もし自分だったらどう思うかな」「似た経験はあるかな」といった会話が自然に発生する。

この過程において、子どもは感情の言語化、自他理解、自己表現を学ぶことになる。

つまり絵本は教材というよりも、親子や保育者と子どもを結ぶコミュニケーションツールとして機能しているのである。

性被害予防における視覚教材の優位性

児童保護分野の研究では、幼児は危険な状況を言語的説明だけで理解することが難しいとされる。

しかしイラストやストーリーによって状況を視覚化すると、「これは変なこと」「これは嫌な気持ちになること」「大人に話していいこと」という判断がしやすくなる。

特に性加害は多くの場合、暴力的に始まるわけではない。

優しさや遊び、特別扱いの形で始まるケースが多いため、絵本を通じて「なんとなく嫌な感じ」や「秘密にしようと言われる違和感」を学ぶことは極めて重要である。

良い絵本の条件

包括的性教育の観点から評価の高い絵本には共通点がある。

第一に、恐怖ではなく安心を基盤にしていることである。

第二に、「自分の気持ちを大切にしてよい」というメッセージがあることである。

第三に、「相談できる大人がいる」という結末を持つことである。

逆に、「知らない人は危険」「外は怖い」「性犯罪者は怪しい人」という単純化された内容は、現実の被害実態を十分に反映していない場合が多い。

「人間関係の土台・早ければ早い方がいい」に関する検証と深掘り

性教育は人間関係教育である

包括的性教育の国際基準では、性教育は単なる身体教育ではない。

むしろ人間関係教育としての側面が重視されている。

なぜなら将来起こる多くの問題は、生物学的知識不足ではなく、「相手を尊重できない」「断れない」「気持ちを伝えられない」といった人間関係上の課題から発生するためである。

つまり幼児性教育とは、人間関係の基礎教育そのものである。

人間関係の土台は幼児期に形成される

発達心理学では、他者との関わり方の基本パターンは幼児期に形成されると考えられている。

「嫌なことを嫌と言える」「相手の嫌を尊重する」「助けを求める」「助けを受け取る」これらは思春期になって突然学べるものではない。

むしろ3〜6歳頃の日常的経験の積み重ねによって形成される。

そのため包括的性教育では、思春期教育より幼児教育の方が重要であるという考え方も存在する。

「早すぎる」は存在しない

包括的性教育では、「まだ早い」という考え方そのものが再検討されている。

もちろん幼児に性交や避妊を教える必要はない。

しかし、

  • 身体の名前
  • 感情の表現
  • 境界線
  • 同意
  • 拒否
  • 相談

は3歳頃から十分理解可能である。

むしろ被害予防の観点では、被害が起こる前に学習しておく必要がある。

火事になってから避難訓練をしないのと同じである。

早期教育が将来に与える影響

幼児期から自己決定権を学んだ子どもは、「相手の同意を尊重する」「自分の同意も大切にする」という価値観を獲得しやすい。

これは将来的に恋愛関係、友人関係、職場関係にまで影響する。

つまり幼児性教育は性被害予防だけではなく、生涯にわたる人間関係の基礎形成なのである。

「家庭や園での日常会話化」に関する検証と深掘り

最も効果的なのは特別な授業ではない

包括的性教育研究において繰り返し指摘されるのは、「一度の授業」よりも「日常的な対話」の方が効果的であるという点である。

性教育はイベントではなく文化として存在するときに最も機能する。

日常会話化のメリット

日常会話化には三つの利点がある。

第一に、性に関する話題がタブーにならない。

第二に、相談への心理的ハードルが下がる。

第三に、異変を早期発見しやすくなる。

特に被害児童は「話してはいけない話題」と感じるほど相談しにくくなる。

日常的に話せる環境は最大の予防策となる。

会話は「教育」より「共感」

日常会話化で重要なのは講義ではない。

例えば、「今日は嫌だったことあった?」「どんな気持ちだった?」「話してくれてありがとう」というやり取りの方が重要である。

子どもは正解を教えられるよりも、感情を受け止めてもらう経験から学ぶ。

保護者の反応が将来を決める

子どもが違和感を話したとき、「気にしすぎ」「そんなこと言わないの」と否定されると相談行動は急激に減少する。

一方、「そう感じたんだね」「教えてくれてありがとう」と受容されると相談行動は強化される。

この違いは被害の早期発見にも大きく影響する。

幼児性教育における最善の最適解(ベストプラクティス)

結論:単独手法ではなく統合モデルが最適解

研究・実践事例・国際機関の推奨を総合すると、幼児性教育の最適解は単一の教材や単発授業ではない。

最も有効なのは、「身体教育」「感情教育」「人権教育」「安全教育」「家庭との連携」を統合した包括モデルである。

ベストプラクティス① 正しい身体名称を使う

幼児でも身体の名称を正確に学ぶ。

曖昧な呼称よりも正確な名称の方が、相談時や被害申告時に有効である。

また身体への羞恥感を過度に植え付けない効果もある。

ベストプラクティス② 感情教育を中心に据える

「身体を守る教育」だけでは不十分である。

「どう感じたか」「どう思ったか」を表現する練習を日常的に行うことが重要である。

感情教育は全ての基盤となる。

ベストプラクティス③ プライベートパーツを教える

身体には他人が勝手に触ってはいけない場所があることを教える。

ただし恐怖教育ではなく、「あなたの身体はあなたのもの」という権利教育として伝える。

ベストプラクティス④ 「NO」を練習する

知識より行動訓練が重要である。

実際に声に出して、「いや」「やめて」「さわらないで」と言う練習を行う。

ベストプラクティス⑤ 信頼できる大人ネットワークを作る

親だけに限定しない。

祖父母、保育士、教師、親族など複数の相談先を持つ方が望ましい。

加害者が家族内部にいる場合もあるためである。

ベストプラクティス⑥ 絵本を定期的に読む

単発利用ではなく繰り返し利用する。

絵本→会話→振り返りの循環が学習定着を促進する。

ベストプラクティス⑦ 日常会話化する

最も重要な要素である。

包括的性教育の成功例に共通する特徴は、「性教育の時間」ではなく、「いつでも話せる環境」が存在していることである。

国際的な包括的性教育の知見を総合すると、幼児性教育における最善の最適解は、「いいタッチ・悪いタッチ」を単独で教えることではない。それを入口として、身体の権利、感情の言語化、プライベートパーツ、拒否権、相談行動、人間関係の尊重を一体的に学ぶことである。

そして最も重要なのは、特別な授業や教材そのものではなく、「自分の気持ちを話してよい」「嫌と言ってよい」「困ったら相談してよい」という文化を家庭や園の日常に根付かせることである。幼児性教育の本質は性知識の早期習得ではなく、自分自身と他者を尊重する人間関係の土台を育てる営みにあると結論付けられる。

総括

本稿では、幼児への性教育における「いいタッチ(Good Touch)」と「悪いタッチ(Bad Touch)」の概念を中心に、その教育的意義、理論的背景、実践方法、そして包括的性教育との関連について多角的に検証・分析してきた。

まず確認すべき点は、「いいタッチ」と「悪いタッチ」は単なる身体接触の分類ではないということである。従来の理解では、「どこを触ってよいか」「どこを触ってはいけないか」というルール教育として捉えられることが多かった。しかし国際的な包括的性教育の視点から見ると、その本質は身体の自己決定権を幼児期から育成するための教育手法である。

つまり重要なのは、接触そのものではなく、その接触を受けた子ども自身がどのように感じたかという点である。たとえ家族や親族による愛情表現であったとしても、子どもが不快感や違和感を覚えるのであれば、その感覚は尊重されるべきである。逆に、安全な目的で行われる医療行為や介助であっても、子どもが安心して受けられるよう十分な説明と配慮が求められる。

このような考え方は、従来の「大人が決める安全」から、「子ども自身が感じる安全」への転換を意味している。ここに現代の包括的性教育の重要な特徴が存在する。

また、本稿の分析を通じて明らかになったのは、「いいタッチ」「悪いタッチ」の教育が単独で存在するものではなく、プライベートパーツ(プライベートゾーン)、感情教育、人権教育、同意教育、相談行動教育などと相互に結び付いた総合的な教育体系の一部であるという点である。

特に幼児期においては、「自分の身体は自分のものである」という感覚を育てることが重要となる。身体の所有権を理解することは、自分の意思を表現すること、自分の感情を認識すること、自分の境界線を守ることにつながる。そしてそれは将来的に、友人関係、恋愛関係、職場関係などあらゆる対人関係の基盤となる。

実際、包括的性教育が目指しているのは、単なる性被害予防だけではない。性教育という名称から誤解されやすいが、その本質は人間関係教育であり、人権教育であり、自己決定教育である。相手を尊重すること、自分を尊重すること、自分の感情を表現すること、相手の感情を理解することを学ぶ教育であり、その意味において幼児期から始める意義は極めて大きい。

また、本稿では「主観的な心地よさ」の重要性についても検証した。包括的性教育においては、子ども自身の感覚が重要な判断基準となる。これは単にわがままを認めることではなく、自分の身体感覚や感情を信頼する力を育てることを意味する。

性被害や虐待の被害者の中には、「嫌だったが断れなかった」「違和感はあったが言葉にできなかった」という経験を持つ人が少なくない。その背景には、自分の感情よりも他者の期待を優先する習慣や、自分の感覚を否定され続けた経験が存在する場合がある。

したがって、「嫌だと思ったら嫌と言ってよい」「不安なら相談してよい」「違和感を大切にしてよい」という教育は、将来の被害予防に直結するだけでなく、生涯にわたる自己尊重の基盤形成にもつながる。

さらに、家庭や園での実践方法についても検討した。その結果、最も効果的な教育方法は特別な授業や一度限りのイベントではなく、日常生活の中に自然に組み込まれた継続的な対話であることが明らかになった。

例えば、「今日楽しかったことは何だった?」「嫌だったことはあった?」「どんな気持ちだった?」といった日常的な会話は、感情の言語化能力を育てるだけでなく、相談行動への心理的ハードルを下げる効果を持つ。

また、子どもが何らかの違和感や不快感を伝えてきた際に、大人がどのように反応するかも極めて重要である。「気にしすぎ」「そんなこと言わないの」と否定される経験は、将来的な相談行動を抑制する。一方で、「そう感じたんだね」「教えてくれてありがとう」と受容される経験は、困ったときに助けを求める力を育てる。

つまり性教育とは、知識を教える行為ではなく、安心して話せる関係性を築く行為でもあるのである。

また、視覚的絵本の活用についての分析からは、幼児期の性教育において絵本が極めて有効な教育媒体であることが確認できた。幼児は抽象概念を理解することが難しいため、物語やイラストを通じて身体の権利や感情を学ぶ方が理解しやすい。

しかし、絵本の価値は単なる知識伝達ではない。むしろ、親子や保育者と子どもが対話するきっかけを作る点にある。物語を共有しながら感情を語り合う経験は、子どもが自分の感情や身体について自然に考える機会となる。

このことから、絵本は「読む教材」ではなく、「対話を生み出す装置」として位置付けるべきであることが示唆される。

さらに、本稿では「人間関係の土台は早ければ早いほどよい」という観点についても検証した。包括的性教育においては、「まだ早い」という考え方は必ずしも適切ではない。

もちろん幼児に対して成人向けの性知識を教える必要はない。しかし、自分の身体を大切にすること、自分の気持ちを表現すること、相手の気持ちを尊重すること、助けを求めることは、幼児でも十分理解可能であり、むしろ幼児期から学ぶべき内容である。

火災が起きてから避難訓練を始めないように、性被害予防も被害が起きる前に行われなければならない。予防教育とは、問題が発生する前に必要な力を育てる取り組みなのである。

以上の検証を総合すると、幼児性教育における最善の最適解(ベストプラクティス)は単独の教材や単発の授業ではなく、身体教育、感情教育、人権教育、安全教育、家庭との連携を統合した包括的な教育モデルであると結論付けられる。

具体的には、正しい身体名称を学ぶこと、プライベートパーツを理解すること、自分の感情を言葉にすること、「NO」と言う練習を行うこと、「だめ(断る)」「逃げる(離れる)」「すぐ大人に言う(相談する)」という行動原則を身に付けること、そして相談できる信頼関係を日常的に構築することが重要となる。

そして何よりも大切なのは、「性教育の時間」を作ることではなく、「いつでも話せる環境」を作ることである。子どもが自分の気持ちを安心して表現できる家庭や園こそが、最も優れた性教育環境である。

最終的に、「いいタッチ」と「悪いタッチ」の教育が目指すものは、子どもに恐怖を教えることではない。危険を過度に強調することでもない。そうではなく、自分の身体を大切にすること、自分の感情を信頼すること、自分の意思を表現すること、困ったときには助けを求めることを学ぶことである。

すなわち幼児性教育の本質とは、「性」を教えることではなく、「自分自身を大切にする力」と「他者を尊重する力」を育てることである。その意味において、「いいタッチ」と「悪いタッチ」は単なる安全教育の手法ではなく、生涯にわたる人間関係と自己尊重の基盤を形成する重要な教育実践であると総括できる。

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