ケアマネジャーへのハラスメント、課題と今後の展望
ケアマネジャーへのハラスメントは、単なる個別トラブルではなく、介護保険制度、在宅介護の密室性、人材不足、顧客至上主義、ケア労働文化など複数の要因が重なって発生する構造的問題である。
.jpg)
現状(2026年6月時点)
2026年現在、介護現場におけるハラスメント問題は、介護職員のみならずケアマネジャー(介護支援専門員)に対しても深刻化している。特に在宅介護の中核を担うケアマネジャーは、利用者宅への訪問を前提とする業務特性から、暴言、威圧、過剰要求、セクシャルハラスメント、身体的暴力など多様な被害にさらされている。
近年は「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という概念の普及により、従来は「利用者対応の一環」「我慢すべき業務」とされていた問題行動が、明確にハラスメントとして認識されるようになった。厚生労働省も顧客等による著しい迷惑行為から労働者を守る必要性を明示しており、2026年10月からは事業主によるカスタマーハラスメント防止措置が法的義務となる。
しかし実態としては、介護保険制度の構造、在宅支援の密室性、人材不足、ケア労働文化など複数の要因が重なり、依然として多くのケアマネジャーが被害を個人で抱え込んでいる状況にある。
ケアマネジャー(介護支援専門員)とは
ケアマネジャーは介護保険制度において利用者と介護サービスを結び付ける専門職である。正式名称を介護支援専門員といい、利用者の心身状態や生活環境を把握したうえでケアプランを作成し、介護サービス事業者との調整を行う。
業務は単なるサービス紹介ではない。利用者や家族の意向を聞きながら、介護保険制度の範囲内で最適な支援を組み立てる専門的マネジメントである。
また、利用者本人、家族、医師、看護師、介護職員、行政機関など多職種との調整役でもある。そのため様々な利害関係者の要望が集中しやすく、心理的負担が極めて大きい職種として知られている。
ケアマネジャーへのハラスメントの検証・分析
ケアマネジャーへのハラスメントは単なる利用者トラブルではない。むしろ介護保険制度の構造的矛盾が最前線に集中して発生する現象と捉えるべきである。
利用者や家族はケアマネジャーを「介護の窓口」と認識している。そのため介護保険制度への不満、人手不足への怒り、家族介護の疲弊、経済的困窮などが、最も接触頻度の高いケアマネジャーへ向かいやすい。
さらにケアマネジャーは行政職員でも医師でもなく、強制権限を持たない。その一方で利用者からは「何とかしてくれる人」と期待されるため、実際に実現できる支援との間に大きなギャップが生じる。
結果として、制度への不満が個人攻撃へ転化しやすい構造が形成されている。
主な形態
ケアマネジャーへのハラスメントは大きく四類型に整理できる。
第一は精神的暴力・暴言である。第二は身体的暴力である。第三はセクシャルハラスメントである。第四は業務範囲を逸脱した不当要求である。
これらは単独で発生することもあるが、多くの場合は複合的に発生する。特に長期間担当している利用者では、関係性の固定化によってハラスメントが常態化する傾向がある。
精神的暴力・暴言
最も多いのが精神的暴力である。
「役立たず」「税金泥棒」「お前のせいだ」「交代しろ」などの人格否定発言、長時間の叱責、威圧的態度、電話による執拗な苦情などが含まれる。
利用者家族が介護疲れや認知症介護のストレスを抱えている場合、感情のはけ口としてケアマネジャーが標的となることも少なくない。
身体的外傷は残らないが、継続的な暴言はうつ症状、不安障害、離職意向の増加など深刻な影響を及ぼす。
身体的暴力
身体的暴力は頻度こそ高くないが、発生時の危険性は極めて大きい。
殴打、蹴り、物を投げつける行為、腕をつかむ行為、閉じ込め行為などが報告されている。認知症による行動・心理症状が背景となる場合もあるが、故意による暴力も存在する。
訪問先が利用者宅であるため、職場内のような第三者の介入が難しい。この点が在宅介護特有のリスクとなっている。
セクシャルハラスメント
女性ケアマネジャーを中心に深刻な問題となっている。
身体接触、性的発言、交際要求、容姿への執拗な言及、自宅訪問時の不適切行為などが含まれる。
被害者側が「利用者だから仕方ない」と受け流してしまうケースも多い。しかし職業上の立場を利用した性的言動は明確なハラスメントであり、容認されるべきではない。
不当な要求(業務外の強要)
ケアマネジャーはしばしば「何でも屋」と誤解される。
電球交換、買い物代行、金融機関手続き、家族間トラブルの仲裁、私的な送迎など、本来業務ではない要求を受けることがある。
これらを断ると「サービスが悪い」「親切ではない」と苦情につながる場合がある。制度上の役割と利用者の期待との乖離が生み出す典型的な問題である。
顕在化している「構造的課題」
ケアマネジャーへのハラスメントは個人間トラブルでは説明できない。
介護保険制度は利用者本位を理念としているが、その理念が過剰に解釈されると「利用者の要求はすべて優先される」という誤認につながる。
また慢性的な人材不足によって事業所が利用者契約解除をためらう状況も、問題の長期化を招いている。
「密室性」と「孤立性」
ケアマネジャー業務の大部分は利用者宅で行われる。
訪問時には第三者が存在しない場合が多く、暴言や脅迫が発生しても客観的証拠が残りにくい。
さらに担当制が基本であるため、一人のケアマネジャーが長期間対応を続けることになる。その結果、問題が組織内で共有されず孤立化しやすい。
制度の誤解と「顧客至上主義」の歪み
介護保険制度は保険制度であり、サービス利用には一定のルールが存在する。
しかし一部では「利用料を払っている以上、何でも要求できる」という市場原理的発想が広がっている。
この顧客至上主義は本来の介護保険制度の理念とは異なるが、現場では強い圧力として機能している。
「中立・公平」の立場がもたらす板挟み
ケアマネジャーは中立・公平な立場を求められる。
しかし実際には利用者、家族、サービス事業者、行政、それぞれの利害が対立することが多い。
誰かの要望を断れば不満が生じるため、結果的に全方向から批判を受ける構造となる。この板挟みが精神的負担を増大させている。
「自己犠牲」を美徳とするケア労働の文化
介護業界には長年、「利用者のためなら多少の無理は当然」という文化が存在した。
その結果、ハラスメント被害を受けても「支援者として我慢すべき」と考える傾向が形成された。
しかし、近年はこうした価値観そのものが見直されつつある。支援者の安全と尊厳も守られるべき権利であるという認識が広がっている。
2026年現在の転換点
2026年は大きな転換点と位置付けられる。
最大の理由はカスタマーハラスメント防止措置の法的義務化である。これまで努力義務に近かった対応が、具体的な組織責任へ移行する。
介護分野においても「利用者だから仕方ない」という時代から、「労働者を守るために組織が介入する時代」へ移行しつつある。
展望①:法改正に伴う「事業主の義務化」の完全履行
今後最も重要なのは法改正の実効性である。
単なる方針策定ではなく、相談窓口、対応マニュアル、記録管理、被害者支援、再発防止策などを実装しなければならない。
特に小規模居宅介護支援事業所では、制度対応能力の格差が課題になると予測される。
2026年10月1日施行の「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法等の改正)」
改正法ではカスタマーハラスメント防止措置が事業主の義務となる。顧客や利用者等による社会通念上許容される範囲を超えた言動から労働者を保護することが目的である。
訪問先や利用者宅も職場として位置付けられるため、在宅介護分野にも直接的な影響を与える。
今後の動き
事業所はハラスメント対応方針の明文化を進めると考えられる。
また、記録様式の標準化、同行訪問、契約解除基準の整備なども進展すると予測される。
展望②:運営規程・重要事項説明書による「契約管理」の強化
今後は契約段階でのルール明示が重要となる。
利用者や家族に対し、暴言、脅迫、身体的暴力、セクハラ、不当要求などは契約継続を困難にする可能性があることを事前説明する流れが拡大すると考えられる。
これは利用者排除ではなく、相互尊重に基づく契約関係の構築である。
今後の動き
ハラスメント禁止条項を盛り込んだ重要事項説明書が増加すると予測される。
録音・記録・第三者同席などの運用も標準化が進む可能性が高い。
展望③:地域包括ケアシステムと連動した「組織・地域対応」への移行
従来は個人対応が中心だった。
しかし、今後は地域包括支援センター、行政、医療機関、警察などとの連携による地域対応が重視される。
問題利用者への対応を一人のケアマネジャーへ集中させない体制整備が重要となる。
今後の動き
複数担当制やチームケアマネジメントの導入が進む可能性がある。
また地域レベルでのハラスメント事例共有も増加すると考えられる。
展望④:ハラスメントと「適切な苦情」を切り分ける教育の標準化
重要なのは正当な苦情とハラスメントを混同しないことである。
サービスの質に関する指摘や改善要求は利用者の権利であり、それ自体はハラスメントではない。厚生労働省も正当な申入れとカスタマーハラスメントは区別すべきと明示している。
適切な苦情対応能力とハラスメント対応能力の双方を育成することが必要となる。
今後の動き
介護支援専門員研修への組み込みが進むと考えられる。
さらに管理者向け研修や利用者向け啓発活動も拡大すると予測される。
今後の展望
今後の最大のテーマは「個人の我慢」から「組織的防御」への転換である。
ケアマネジャー不足が深刻化する中、人材確保の観点からも安全な就業環境の整備は不可欠である。ハラスメントを放置する組織は人材流出を招き、結果として地域介護基盤そのものを弱体化させる。
一方で、利用者や家族も介護負担や経済的不安を抱えている現実がある。したがって単純な排除ではなく、支援とルール形成を両立する成熟した関係構築が求められる。
まとめ
ケアマネジャーへのハラスメントは、単なる個別トラブルではなく、介護保険制度、在宅介護の密室性、人材不足、顧客至上主義、ケア労働文化など複数の要因が重なって発生する構造的問題である。
特に精神的暴力、身体的暴力、セクシャルハラスメント、不当要求は全国的に確認されており、多くのケアマネジャーが精神的負担を抱えながら業務を継続している。
しかし2026年は大きな転換点である。改正労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント防止措置の義務化は、介護業界に対しても新たな責任と変革を求めている。
今後は事業主責任の明確化、契約管理の強化、地域包括ケアシステムとの連携、教育の標準化を通じて、ケアマネジャー個人が孤立して被害を抱え込む構造から脱却することが期待される。
最終的な目標は、利用者の尊厳と支援者の尊厳を同時に守ることである。利用者中心主義と労働者保護は対立概念ではなく、双方が保障されて初めて持続可能な介護保険制度が成立する。ケアマネジャーへのハラスメント対策は、単なる職場環境改善ではなく、日本の地域包括ケアシステムの持続性を左右する重要課題となっている。
参考・引用リスト
- 厚生労働省「あかるい職場応援団 カスタマーハラスメントとは」
- 厚生労働省「ハラスメント|しっかり学ぼう!働くときの基礎知識」
- 改正労働施策総合推進法関連資料(2025年成立、2026年10月1日施行)
- 厚生労働省「職場における顧客等の言動に起因する問題に関して事業主が講ずべき措置等に関する指針」
- 日本介護支援専門員協会 各種調査・提言資料
- 日本ケアマネジメント学会 研究報告書
- 地域包括ケア研究会報告書
- 介護保険制度関係法令・通知
- カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(厚生労働省)
- 介護労働安定センター 各種実態調査
- 労働政策研究・研修機構(JILPT) ハラスメント関連研究
- 各自治体の介護現場ハラスメント防止ガイドライン
- 介護・福祉専門誌(シルバー新報、ケアマネジメントオンライン等)
- 全国社会福祉協議会 関連報告書
- 在宅介護・訪問系サービスに関する安全対策研究報告書
- 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正」関連資料
- 介護現場におけるカスタマーハラスメント対策に関する行政通知・解説資料
- 関連報道資料(NHK、共同通信、時事通信、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞等)による法改正および介護現場報道
- 介護現場における利用者・家族等からのハラスメントに関する学術論文・実証研究
- 地域包括支援センター運営実態調査および高齢者虐待防止関連資料
なぜ「職員の福祉」ではなく「制度の維持」そのものなのか?
ケアマネジャーへのハラスメント対策は、しばしば「職員を守るための福利厚生」や「働きやすい職場づくり」の問題として語られる。しかし2026年現在、その認識は既に不十分になりつつある。現在問われているのは、個々の職員の働きやすさではなく、介護保険制度そのものの持続可能性である。
介護保険制度は、ケアマネジャーを中核として機能する制度設計となっている。利用者は直接制度を利用するのではなく、ケアマネジャーが制度と生活を接続することで初めて適切なサービスへ到達できる。そのため、ケアマネジャーの大量離職や担い手不足は、制度の入口そのものの機能不全を意味する。
実際、全国的にケアマネジャー不足は深刻化している。高齢化による需要増加に対し、新規資格取得者は伸び悩み、経験豊富な主任ケアマネジャー層の高齢化も進んでいる。そこへハラスメントによる精神的疲弊や離職が重なることで、制度全体の供給能力が低下している。
特に居宅介護支援事業所では、一人のケアマネジャーが数十人の利用者を担当している場合が多い。仮に一人が離職すれば、その担当利用者全員のケアマネジメント機能が不安定化する。
これは単なる人事上の問題ではない。要介護高齢者の生活基盤そのものが影響を受ける社会インフラの問題である。
さらに重要なのは、ケアマネジャー不足が地域格差を拡大させる点である。都市部でさえ人材不足が進む中、地方部では事業所閉鎖や担当圏域の拡大が起きている。
結果として、利用者が必要な支援を受けられなくなる。つまりハラスメント対策は職員保護策である以前に、介護保険制度の供給能力を維持するための政策課題なのである。
この意味で、ケアマネジャーへのハラスメントは個人への攻撃であると同時に、制度運営基盤を侵食するリスク要因でもある。
「孤立した相談相手」から「組織と法律に守られた専門職」へのシフト
長年、ケアマネジャーは「利用者に最も近い相談相手」として位置付けられてきた。
この役割自体は極めて重要である。しかしその一方で、「利用者に寄り添うこと」と「利用者からのあらゆる要求を受け入れること」が混同される状況が続いてきた。
結果として、多くのケアマネジャーは問題が発生しても一人で抱え込むことを余儀なくされた。
利用者から暴言を受けても、「関係を悪化させたくない」と考える。家族から理不尽な要求を受けても、「担当を降りれば利用者が困る」と考える。
こうした責任感は専門職として重要な資質である。しかし、それが組織的支援の欠如を正当化する理由にはならない。
2026年以降に求められるのは、「個人の献身」に依存するモデルから、「組織が専門職を守るモデル」への転換である。
その象徴がカスタマーハラスメント対策の法制化である。従来の制度では、被害者本人の対応能力に問題解決が委ねられる傾向があった。
しかし法改正後は、被害を把握した事業主が対応義務を負う。つまりハラスメントは個人の問題ではなく、組織の管理課題として扱われることになる。
さらに今後は、担当変更、複数担当制、同行訪問、組織的記録管理なども普及すると考えられる。
これまでの「担当者が最後まで責任を持つ」という価値観から、「チームとして支援を継続する」という価値観への転換が進む可能性が高い。
また、法律の存在そのものが心理的な支えとなる効果も大きい。
従来は「自分が我慢すれば済む話」と認識されていた事案が、「法律上許容されない行為」と再定義されることで、被害者側が声を上げやすくなる。
この変化は極めて重要である。なぜならハラスメント問題の最大の障壁は、被害者自身が被害を正当化してしまうことだからである。
今後のケアマネジャーは、「孤立した相談相手」ではなく、「組織と法律に守られた専門職」として再定義されていくことになる。
「ハラスメントは犯罪・権利侵害」という共通認識の深掘り
介護現場では長年、「利用者だから仕方ない」「認知症だから仕方ない」「高齢者だから仕方ない」という言葉が使われてきた。
もちろん認知症や精神疾患などによる行動には、医学的・福祉的理解が必要である。しかし理解と容認は同義ではない。
ここで重要なのは、「背景を理解すること」と「被害を放置すること」を区別する視点である。
例えば暴行は刑法上の犯罪である。脅迫や強要も犯罪である。執拗な性的言動はセクシャルハラスメントであり、人権侵害である。
利用者であること、高齢者であること、病気を抱えていることは、被害者の権利を消滅させる理由にはならない。
近年、医療分野では患者から医療従事者への暴力について、「ゼロ・トレランス(不容認)」の考え方が広がっている。
介護分野も同様の方向へ進みつつある。
特に重要なのは、「介護職だから耐えるべき」という考え方の否定である。
教師への暴力が許されないように、医師への暴力が許されないように、ケアマネジャーへの暴力も許されない。
これは感情論ではない。
憲法が保障する人格権、労働安全衛生上の権利、労働者としての権利、人間としての尊厳に関わる問題である。
また、ハラスメントを容認する環境は利用者自身にとっても不利益である。
問題行動が放置されれば、担当者変更、サービス縮小、事業所撤退などにつながり、結果として利用者自身の生活基盤が不安定化する。
したがって、ハラスメント防止は利用者と職員の対立構造ではなく、双方を守るための社会的ルール形成なのである。
今後は「利用者保護」と「支援者保護」を対立概念として捉えるのではなく、「双方の権利保障」という枠組みで理解する必要がある。
2026年以降のロードマップ
2026年以降の流れは、おおむね四段階で進展すると考えられる。
第1段階(2026~2028年)法改正対応と組織体制整備
最初の段階では、改正労働施策総合推進法への対応が中心となる。
事業所はハラスメント方針の策定、相談窓口の整備、記録体制の構築、職員研修の実施を進めることになる。
この段階では「何がハラスメントなのか」を共有する啓発活動が中心となる。
一方で、現場には依然として「利用者第一主義」の文化が残るため、制度と現場認識とのギャップが課題になると予想される。
第2段階(2028~2030年)契約管理とリスクマネジメントの標準化
次の段階では、契約段階でのルール形成が進む。
重要事項説明書へのハラスメント防止条項の明記、対応フローの標準化、担当変更基準の明確化などが普及すると考えられる。
ここでは「被害発生後の対応」から「被害予防」への重点移行が起きる。
また、AIによる記録支援や音声記録システムなど、技術的な防止策も普及する可能性が高い。
第3段階(2030~2035年)地域単位での対応システム構築
個別事業所対応には限界がある。
そのため地域包括支援センター、自治体、医療機関、警察、弁護士などが連携する地域ネットワークが発展すると考えられる。
悪質事案については、地域全体で対応方針を共有する仕組みも検討される可能性がある。
この段階では、ハラスメント対応が個別法人の問題から地域福祉政策の一部へと発展していく。
第4段階(2035年以降)「支援者保護」が制度原理として定着
最終的には、支援者保護が制度理念の一部として定着すると考えられる。
介護保険制度創設期は「利用者保護」が中心理念であった。しかし超高齢社会が成熟した現在、支援者が持続的に働ける環境整備なしには利用者保護そのものが成立しない。
そのため将来的には、「利用者の尊厳」と「支援者の尊厳」を両輪とする制度設計へ移行する可能性が高い。
これは介護分野だけの変化ではない。医療、福祉、教育、行政サービスなど対人援助職全体に共通する社会的転換である。
ケアマネジャーへのハラスメント対策は、もはや職員のメンタルヘルス対策や福利厚生の問題ではない。介護保険制度を維持するための基盤整備そのものである。
これまでの介護業界では、「利用者のためなら我慢する」という自己犠牲的文化が支配的であった。しかし2026年以降は、法制度の整備を背景として、「支援者も守られるべき存在である」という考え方が主流になっていく。
その過程では、「孤立した担当者」が問題を抱え込むモデルから、「組織と地域が専門職を守るモデル」への転換が進む。また、ハラスメントを単なる迷惑行為ではなく、犯罪や権利侵害として認識する社会的合意も強化されていく。
最終的に目指されるのは、利用者の権利と支援者の権利が同時に保障される介護システムである。ケアマネジャーへのハラスメント対策は、その実現に向けた制度改革の中核課題であり、今後の地域包括ケアシステムの持続可能性を左右する重要な試金石となる。
最後に
ケアマネジャー(介護支援専門員)へのハラスメント問題は、長らく介護業界の中で十分に可視化されてこなかった課題である。介護職員や看護職員に対する暴力・暴言は比較的早い段階から問題視されてきた一方で、ケアマネジャーに対するハラスメントは「利用者対応の一部」「相談援助職として避けられないもの」「関係調整能力の範囲内で解決すべきもの」として扱われる傾向が強かった。
しかし2020年代に入り、その認識は大きく変化しつつある。背景には、介護現場全体における人材不足の深刻化、利用者・家族からの過剰要求の増加、在宅介護における安全対策の必要性、そしてカスタマーハラスメントという概念の社会的浸透がある。これまで「我慢すべきもの」とされてきた暴言や威圧、脅迫、不当要求、セクシャルハラスメント、身体的暴力などが、明確に労働問題であり人権問題であるとの認識へと転換し始めている。
ケアマネジャーは介護保険制度において極めて特殊な立場に置かれている。利用者本人、家族、介護事業者、医療機関、行政機関など、多様な関係者の間に立ち、それぞれの利害や期待を調整する役割を担っている。そのため制度への不満、介護への不安、家族関係の葛藤、経済的困窮など、本来ケアマネジャー個人では解決できない問題までもが集中しやすい。
特に在宅介護領域では、利用者宅という閉鎖的空間で業務が行われるため、第三者の目が届きにくい。暴言や脅迫が発生しても客観的証拠が残りにくく、担当制による長期的関係性の中で問題が慢性化しやすいという特徴がある。この「密室性」と「孤立性」は、他職種にはないケアマネジャー特有のリスク構造といえる。
また、介護保険制度そのものに対する誤解もハラスメントを生み出す要因となっている。本来、介護保険制度は一定のルールと給付範囲の中で運営される社会保険制度である。しかし一部では「利用料を支払っている以上、要求はすべて通るべきである」という顧客至上主義的な考え方が浸透している。ケアマネジャーは制度上認められない要望を説明しなければならない立場にあるため、その不満の矛先となりやすい。
さらに、介護業界には長年にわたり「利用者のためなら多少の無理は当然である」「支援者は我慢してこそ専門職である」という自己犠牲的文化が存在してきた。この価値観は利用者本位のサービスを支える一方で、ハラスメント被害を受けた職員が声を上げにくい環境も生み出してきた。結果として、多くのケアマネジャーが精神的負担を抱え込み、疲弊し、離職へと至っている。
しかし現在、この構造は大きな転換点を迎えている。その象徴が2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法である。この法改正によって、顧客や利用者等によるカスタマーハラスメントから労働者を守るための措置が事業主の義務となる。従来のように「担当者個人が対応する問題」ではなく、「組織が対応すべき労務管理上の問題」として位置付けられることになる。
この変化は極めて重要である。なぜなら、ケアマネジャーへのハラスメント対策は単なる職員保護策ではなく、介護保険制度そのものの維持に直結する課題だからである。
介護保険制度はケアマネジャーを中核として機能している。利用者が必要なサービスへ到達するためには、ケアマネジャーによるケアマネジメントが不可欠である。そのため、ケアマネジャーの離職や不足は制度の入口そのものを機能不全に陥らせる危険性を持つ。
すでに全国各地でケアマネジャー不足が深刻化している。高齢化による需要増加に対し、新規参入者は伸び悩み、経験豊富な人材の高齢化も進んでいる。もしハラスメントによる離職が続けば、制度を支える人材基盤はさらに弱体化する。つまり、ケアマネジャーを守ることは職員のためだけではなく、利用者の生活を守り、介護保険制度を維持するための社会的要請なのである。
今後求められるのは、「孤立した相談相手」としてのケアマネジャー像から、「組織と法律に守られた専門職」としてのケアマネジャー像への転換である。担当者個人の忍耐や献身に依存する時代は終わりつつある。組織的な相談体制、複数担当制、同行訪問、記録管理、契約管理などを通じて、問題をチームで共有し対応する仕組みが必要となる。
また、利用者や家族との契約関係そのものも変化していくと考えられる。重要事項説明書や運営規程において、暴言、脅迫、身体的暴力、セクシャルハラスメント、不当要求などが契約継続を困難にする可能性があることを明示する動きは今後さらに広がると予想される。これは利用者を排除するためではなく、相互の尊厳を守るためのルール形成である。
同時に、ハラスメントと正当な苦情を明確に区別する視点も重要になる。利用者にはサービスの改善を求める権利があり、適切な意見表明は保護されなければならない。一方で、人格否定や威圧、脅迫、過剰要求は正当な苦情ではない。この線引きを社会全体で共有することが、健全な介護サービスの基盤となる。
さらに重要なのは、「ハラスメントは犯罪や権利侵害である」という共通認識の形成である。高齢者であること、利用者であること、認知症を抱えていることは、暴力や脅迫を正当化する理由にはならない。もちろん背景にある疾病や生活課題への理解は必要である。しかし理解と容認は異なる。支援者の人格権や安全配慮は、利用者の権利と同様に尊重されなければならない。
2026年以降は、法制度の整備を起点として、契約管理の強化、地域包括ケアシステムとの連携、教育の標準化、地域単位での対応体制構築などが段階的に進むと考えられる。そして長期的には、「利用者保護」と「支援者保護」を両立させることが介護制度の基本原理として定着していく可能性が高い。
介護保険制度創設期において最も重要だったのは利用者の権利擁護であった。しかし超高齢社会が成熟し、人材不足が深刻化した現在においては、支援者が安全かつ継続的に働ける環境なくして利用者の権利も守ることはできない。利用者の尊厳と支援者の尊厳は対立する概念ではなく、相互に支え合う関係にある。
ケアマネジャーへのハラスメント問題は、一見すると個別のトラブルや職場環境の問題に見える。しかしその本質は、日本の介護保険制度が今後も持続可能であり続けるための基盤整備に関わる構造的課題である。今後の介護政策においては、ハラスメント対策を単なる職員保護策としてではなく、地域包括ケアシステム全体を支える社会インフラ整備の一環として位置付けることが求められる。
利用者が安心して支援を受けられる社会と、専門職が安心して働ける社会は、本来同じ方向を向いている。その両者を実現することこそが、2026年以降の介護保険制度に課せられた最大の課題であり、ケアマネジャーへのハラスメント対策が担う歴史的意義である。
