警察のトクリュウ対策、海外拠点の指示役をどう追い詰めるか
トクリュウは暴力団の単なる後継ではない。SNS時代に適応した新しい犯罪ネットワークであり、匿名性、流動性、分散性を武器としている。
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現状(2026年6月時点)
2020年代半ば以降、日本の治安情勢において最も深刻な脅威として浮上したのが「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」である。警察庁は従来の暴力団、準暴力団とは異なる新たな犯罪形態として位置付け、全国警察を挙げた対策を進めている。
トクリュウの特徴は、中核部分が匿名化され、末端実行役がSNSや求人サイトを通じてその都度募集される点にある。特殊詐欺、SNS型投資詐欺、ロマンス詐欺、強盗、窃盗、薬物犯罪、不正送金、オンラインカジノなど多様な犯罪を横断的に実行し、その犯罪収益を中核層が吸い上げる構造を持つ。
警察庁によると、2024年にトクリュウ関連の資金獲得犯罪で摘発された者は1万人を超えた。さらに2025年の組織犯罪情勢では、トクリュウ関連犯罪で検挙された者の約6割が14歳から29歳までの若年層で占められていることが明らかとなった。
被害額も深刻である。特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺、不正送金などの被害総額は年間約2600億円規模に達し、従来の暴力団犯罪を大きく上回る社会的損失を生み出している。
こうした状況を受け、警察庁は2025年に匿名・流動型犯罪グループ情報分析室を設置し、全国から情報を集約して中核人物を特定する新たな体制を構築した。これは従来の事件単位の捜査から、犯罪ネットワーク全体を対象とする戦略的捜査への転換を意味する。
従来の組織犯罪(ヤクザ)対策との構造的違い
暴力団対策は基本的に「組織の可視性」を前提としていた。指定暴力団には組織名称、幹部構成、系列組織、事務所所在地などが存在し、警察は組織構造を把握したうえで頂点を狙う捜査を展開できた。暴力団対策法や暴排条例も、この可視的な組織性を前提に整備されてきた。
しかし、トクリュウには明確な組織名が存在しない場合が多い。構成員同士が互いの本名や顔を知らないことも珍しくなく、SNSアカウントや暗号化通信のみで結びついているケースも多い。
暴力団対策が「組織の解体」であったのに対し、トクリュウ対策は「ネットワークの可視化」が中心課題となる。つまり従来の組織犯罪対策の延長線上では十分に対応できない構造的問題を抱えているのである。
組織構造
トクリュウの組織構造はピラミッド型ではなく、ネットワーク型である。
最上層には資金管理者、指示役、リクルーター、システム管理者などが存在するが、その全貌は末端実行役から見えない。中間層には勧誘担当、送金担当、口座管理担当などが存在し、下層には受け子、出し子、かけ子、闇バイト実行役などが配置される。
重要なのは、それぞれが固定的な所属関係ではなく、案件ごとに離合集散することである。ある犯罪で実行役だった人物が、別の犯罪では勧誘役になることもある。この流動性が組織摘発を極めて困難にしている。
結びつき
暴力団の結びつきは親分・子分関係や地縁・血縁を基盤としていた。
一方でトクリュウの結びつきはSNS、オンラインコミュニティ、暗号化通信アプリを中心とする。信頼関係ではなく利益関係が結節点となっており、参加者は犯罪への忠誠心ではなく報酬を目的として参加する。
したがって、組織に対する帰属意識は弱い。しかし逆に言えば、解体しても容易に再編成できるという特徴を持つ。
構成員の属性
トクリュウの構成員は従来の暴力団員とは大きく異なる。
警察庁資料によると、検挙者の約6割が14歳から29歳までの若年層である。彼らの多くは犯罪組織への加入意識を持たず、「高収入アルバイト」「即日現金」などの募集広告を通じて関与している。
また大学生、会社員、無職、フリーターなど属性も多様である。暴力団員のように反社会的勢力として自己認識していない者も少なくない。
このことは、従来の暴力団排除教育だけでは予防できないことを意味する。
主な資金源
トクリュウの資金源は極めて多様である。
代表的なものとして特殊詐欺、SNS型投資詐欺、ロマンス詐欺、不正送金、フィッシング詐欺、オンラインカジノ、薬物取引、窃盗、強盗などが挙げられる。近年ではサイバー犯罪とリアル犯罪が融合し、複数の犯罪収益源を持つケースが増加している。
また犯罪収益は電子決済、暗号資産、他人名義口座などを利用して洗浄されることが多く、資金追跡の難易度を高めている。
警察のトクリュウ対策における「4つの必要不可欠なアプローチ」
トクリュウ対策は単なる摘発強化では不十分である。
必要なのは「情報」「技術」「資金」「人材供給」の4領域を同時に攻撃する総合戦略である。
①情報集約・分析の高度化:縦割り捜査の打破
最大の課題は情報の断片化である。
現在の警察組織は刑事部門、生活安全部門、組織犯罪対策部門、サイバー部門などに分かれている。しかし、トクリュウはこれら全ての領域を横断するため、従来の部門別捜査では全体像が見えない。
例えば特殊詐欺事件の受け子、強盗事件の実行役、オンラインカジノ運営者が同一ネットワークに属していても、別事件として処理されれば中核人物に到達できない。
そのため警察庁が設置した情報分析室の発展が重要となる。全国警察のデータベースを統合し、人物・口座・端末・通信履歴・SNSアカウントを横断分析する仕組みが必要である。
さらにAIを活用したリンク分析や犯罪ネットワーク解析の導入も有効である。海外ではグラフ分析技術を用いて犯罪ネットワークの中心人物を特定する研究が進展している。
②サイバー・デジタル捜査力の抜本的強化
トクリュウはSNS上で誕生し、SNS上で拡大する。
したがって警察のサイバー捜査力は従来の数倍規模で強化される必要がある。
特に暗号化通信アプリ、海外サーバー、匿名アカウント、暗号資産などへの対応能力が重要である。犯罪者がデジタル空間に移行している以上、警察も同じ空間で戦わなければならない。
「オンライン潜入捜査」の法整備と拡充
今後の最重要課題の一つがオンライン潜入捜査である。
麻薬取引や児童搾取分野では一定の導入が進んでいるが、トクリュウ対策ではまだ限定的である。
闇バイト募集グループや犯罪者コミュニティに捜査員が合法的に潜入し、勧誘経路や指示系統を把握する仕組みが必要である。
英国、米国、オーストラリアなどではオンライン上の潜入捜査が犯罪組織摘発の有力手段となっている。日本でも法的統制を整えつつ拡充する必要がある。
③ビジネスモデル・資金流動の遮断
犯罪組織は利益があるから存在する。
したがって最も効果的な対策は「儲からなくすること」である。
トクリュウの中核層は実行役が逮捕されても代替可能である。しかし資金流動が停止すれば組織は維持できない。
インフラの無力化
犯罪インフラへの攻撃が重要である。
具体的には犯罪利用口座、携帯電話、SIMカード、レンタルサーバー、決済アカウント、暗号資産ウォレットなどの遮断である。
実行役の検挙だけではなく、犯罪を成立させる基盤そのものを破壊する必要がある。
マネーロンダリング対策
トクリュウ対策の核心は資金追跡である。
金融機関、暗号資産交換業者、通信事業者との連携を強化し、不審取引のリアルタイム分析体制を構築すべきである。
さらに没収・追徴制度を強化し、犯罪収益を徹底的に剥奪することが重要である。欧米の組織犯罪対策では「Follow the Money(カネを追え)」が基本原則となっている。
④若年層の流入を防ぐ未然防止・社会防衛
トクリュウの最大の特徴は若者の大量流入である。
供給源を断たなければ、いくら摘発しても新たな実行役が補充される。
そのため教育政策と警察政策を連動させる必要がある。
SNS上でのカウンター・メッセージング
犯罪組織はSNSを利用して人材募集を行う。
であれば警察もSNSを利用して対抗する必要がある。
闇バイト参加者の実刑事例、被害者の証言、逮捕後の人生への影響などを積極的に発信し、「簡単に稼げる」という幻想を打ち砕く広報戦略が求められる。
保護と相談窓口の周知
脅迫されて抜けられなくなった若者も少なくない。
警察相談専用電話、匿名相談窓口、保護制度を広く周知し、「抜け出せる」という認識を社会に浸透させる必要がある。
単なる摘発対象としてではなく、被害者予備軍として支援する視点も重要である。
「点」の捜査から「面」の捜査へと転換
従来の警察捜査は事件単位の「点」の捜査であった。
しかし、トクリュウは一つの事件が終わっても別の犯罪を継続するネットワークである。
そのため今後は人物、通信、資金、SNSアカウント、暗号資産ウォレットなどを統合的に把握する「面」の捜査へ移行しなければならない。
重要なのは、受け子一人を逮捕して終わるのではなく、その背後にあるネットワーク全体を解体することである。
今後の展望
今後の組織犯罪はさらにデジタル化が進むと予想される。
生成AIによる詐欺文面作成、ディープフェイクを利用したなりすまし、匿名決済手段の高度化などによって犯罪コストは低下する可能性が高い。
一方で警察側もAI分析、ビッグデータ解析、国際連携、金融監視技術を活用することで対抗できる。
今後の勝敗を決めるのは、誰がより早く情報を集約し、ネットワーク全体を可視化できるかにかかっている。
まとめ
トクリュウは暴力団の単なる後継ではない。SNS時代に適応した新しい犯罪ネットワークであり、匿名性、流動性、分散性を武器としている。
従来の暴力団対策が「組織の解体」であったのに対し、トクリュウ対策は「ネットワークの可視化と遮断」が核心となる。
そのためには、①情報集約・分析の高度化、②サイバー・デジタル捜査力の抜本的強化とオンライン潜入捜査の拡充、③資金流動と犯罪インフラの遮断、④若年層流入防止と社会防衛という4つのアプローチを同時並行で推進する必要がある。
そして最も重要なのは、事件ごとの「点」の摘発から、犯罪エコシステム全体を対象とする「面」の捜査への転換である。トクリュウ対策の成否は、日本の治安政策がデジタル時代の組織犯罪に適応できるかどうかを左右する試金石となる。
参考・引用リスト
- 警察庁『令和7年版警察白書 第4章 組織犯罪対策 第1節 匿名・流動型犯罪グループ対策』
- 警察庁『令和7年版警察白書 匿名・流動型犯罪グループへの対策』
- 政府広報オンライン「匿名・流動型犯罪グループ対策」(2025年10月)
- 政府広報オンライン「トクリュウによる犯罪と対策」(2025年10月)
- 警察庁『2025年組織犯罪情勢』
- テレビ朝日ニュース「“トクリュウ”犯罪で1万人以上を摘発 首謀者逮捕へ取り締まりを強化 警察庁」(2025年4月)
- テレビ朝日ニュース「警察庁に情報分析室発足 トクリュウ情報を集約・分析」(2025年10月)
- テレビ朝日ニュース「警視庁が組織改編しトクリュウ対策強化へ」(2025年5月)
- FNNプライムオンライン「トクリュウ資金獲得犯罪で検挙の6割が14~29歳」(2026年4月)
- nippon.com「『トクリュウ』とは? 強盗、窃盗、詐欺、薬物…SNSでつながる犯罪集団の脅威」(2025年4月)
- Kim et al., “LAPIS: Language Model-Augmented Police Investigation System”, arXiv, 2024
- Gao et al., “SybilFuse: Combining Local Attributes with Global Structure to Perform Robust Sybil Detection”, arXiv, 2018
- Fu et al., “Detecting Unknown Encrypted Malicious Traffic in Real Time via Flow Interaction Graph Analysis”, arXiv, 2023
- Europol, Serious and Organised Crime Threat Assessment(SOCTA)各年版
- UNODC, Global Study on Organized Crime and Financial Flows 各年版
- Financial Action Task Force(FATF)Recommendations and Guidance on Money Laundering Countermeasures.
国際捜査の壁:海外拠点の指示役をどう追い詰めるか
トクリュウの捜査を難しくしている最大の要因の一つが、「中核指示役の海外拠点化」である。特殊詐欺やSNS型投資詐欺では、指示役が東南アジア、中東、欧州などに滞在し、日本国内の実行役に暗号化通信で命令を送るケースが確認されている。実行役だけを逮捕しても、上位層が国外にいる限り組織は再編される。警察庁が「首魁の摘発」を重点目標に掲げる背景には、この構造的問題がある。
なぜ海外拠点が有利なのか
日本の捜査権が直接及ばない
日本警察は国内では強制捜査や逮捕が可能だが、海外では現地当局の協力が不可欠となる。逃亡先が日本と犯罪人引渡条約を結んでいない場合、身柄確保は著しく困難になる。
暗号化通信による匿名性
Signal、Telegram、WhatsAppなどのE2E(エンドツーエンド)暗号化サービスでは、通信内容の取得が難しい。指示役はVPNや匿名SIMを併用し、位置情報や身元の秘匿を図る。
実行役との分断構造
下位実行役は上位層の実名や所在地を知らないことが多い。逮捕された受け子や出し子から得られる情報が限定的で、組織全体の解明につながりにくい。
国境をまたぐ資金洗浄
犯罪収益は暗号資産、電子決済、第三国口座などを経由して移動する。資金の流れが複数国にまたがることで、追跡コストが急増する。
必要となる4つの国際対応
①国際共同捜査チーム(JIT)の活用
欧州ではユーロポール(Europol)主導の共同捜査チームが一般化している。日本でも、東南アジア諸国を中心に、警察・検察・金融当局を横断した常設型の合同チームを構築する必要がある。
事件ごとに協力を要請する方式では、通信履歴や資金移動の証拠保全が間に合わない。リアルタイム共有が可能な枠組みが不可欠である。
②デジタル証拠の迅速な越境取得
現在は、海外サーバー上のデータ取得に時間を要することが多い。MLAT(刑事共助条約)手続きは有効だが、数カ月単位の遅延が発生しやすい。
米国のCLOUD Actのように、一定条件下で外国当局へのデータ提供を可能にする制度との連携を進め、日本企業だけでなく海外プラットフォーム事業者との協力体制を整備する必要がある。
③金融インテリジェンスの国際共有
FATF(金融活動作業部会)が推進するAML/CFT(マネロン・テロ資金対策)の枠組みを活用し、疑わしい取引情報を各国FIU(金融情報機関)間で即時共有できる体制を強化すべきである。
トクリュウは「人」よりも「資金」が痕跡を残しやすい。暗号資産取引所や送金業者への規制調和も重要となる。
④「安全地帯」を作らせない外交戦略
犯罪組織は法執行が弱い地域や汚職の多い地域を拠点化しやすい。日本はODAや治安協力を通じ、現地のサイバー捜査能力や金融監視能力を底上げする必要がある。
単なる国内問題ではなく、「越境犯罪インフラとの戦い」として位置付け直すことが重要である。
法制度のアップデート:デジタル・通信捜査の限界
トクリュウ対策では、現行法が「電話・対面型犯罪」を前提としていることが大きな制約になっている。犯罪の舞台がSNSや暗号化通信に移ったことで、従来の捜査手法だけでは限界が露呈している。
現行制度の主な限界
通信傍受の対象が限定的
日本の通信傍受法は対象犯罪や手続きが厳格に限定されている。組織犯罪対策としては重要な制度だが、SNSメッセージや暗号化アプリへの対応力は十分ではない。
オンライン潜入捜査の法的基盤が不十分
捜査員が偽装身分でSNSグループに参加する行為について、明確な包括法制が存在しない。違法収集証拠との関係や、誘発捜査との境界も曖昧である。
プラットフォーム事業者への義務が弱い
海外SNS事業者に対し、迅速な情報開示やアカウント凍結を求める法的強制力が限定的である。結果として、捜査機関の要請が「協力依頼」にとどまる場面が多い。
デジタル証拠保全のスピード不足
ログ保存期間が短いサービスでは、手続き中に証拠が消失することがある。現行制度は、データが「瞬時に消える」デジタル環境に追いついていない。
求められる制度改正
①通信傍受制度の現代化
対象犯罪の拡張だけでなく、メタデータ(接続履歴、IP、端末情報等)の取得ルールを明確化する必要がある。ただし、憲法21条の通信の秘密との関係から、司法審査・期間制限・第三者監督を強化しなければならない。
重要なのは「無制限の監視」ではなく、「重大組織犯罪に限定した精密なアクセス」である。
対象犯罪、裁判所許可、実施期間、誘発行為の禁止、証拠能力の要件などを明文化した専用法制が必要である。これは捜査権限の拡大であると同時に、乱用防止のためのルール整備でもある。
SNS事業者に対し、違法募集アカウントの迅速削除、一定期間のログ保存、捜査協力窓口の設置を義務付ける方向が検討されるべきである。
EUのデジタルサービス法(DSA)のように、「巨大プラットフォームの社会的責任」を法的に位置付ける発想が参考になる。
裁判所の緊急命令により、事業者に対して即時のログ凍結を命じられる制度を整備すべきである。証拠消失との時間競争に対応するためである。
「点から面」の次は「国内からグローバル」へ
これまで述べてきたように、トクリュウ対策は「事件単位の点の捜査」から「ネットワーク全体を対象とする面の捜査」への転換が必要である。しかし、実際にはそれだけでは足りない。
なぜなら、その「面」は既に国境を越えて広がっているからである。
国内完結型モデルの終焉
従来の暴力団対策は、日本国内の組織・資金・縄張りを対象とする国内完結型モデルだった。
しかし現在は、
勧誘は日本のSNS、
指示役は海外、
サーバーは第三国、
資金洗浄は暗号資産取引所経由、
被害者は日本国内、
という「多国籍犯罪チェーン」が形成されている。
この構造では、国内捜査だけでは組織の中核に届かない。
グローバル対応に必要な発想転換
①サイバー空間を「新しい国境」とみなす
物理的な国境管理だけでなく、データ流通、暗号資産、オンラインIDの管理を含む「デジタル主権」の視点が必要となる。
警察だけでなく、金融庁、総務省、外務省、経済産業省、民間プラットフォームが一体となった国家レベルの対応が求められる。
大規模な詐欺収益が海外犯罪組織や他国の地下経済に流入することは、経済安全保障上の問題でもある。トクリュウ対策は、もはや単なる刑事政策ではなく、国家の安全保障政策の一部として位置付ける必要がある。
通信事業者、SNS企業、金融機関、暗号資産交換業者は、実質的に「最前線のセンサー」である。官民データ連携を進め、異常検知やアカウント停止を迅速化する仕組みが不可欠となる。
暗号資産規制、データ共有、オンラインプラットフォーム責任などの国際標準作りに日本が積極的に関与しなければ、犯罪者に有利な「規制の穴」が残り続ける。
トクリュウは、匿名性・流動性・越境性を特徴とする「デジタル時代の組織犯罪」である。
そのため対策も、
国内中心 → 国際連携へ
事件中心 → ネットワーク中心へ
人の摘発 → 資金・インフラ遮断へ
リアル捜査 → サイバー捜査へ
という発想転換を迫られている。
今後の鍵は、海外拠点の指示役を追跡できる国際協力体制、デジタル空間に適応した法制度、そして国家横断・官民横断の統合戦略を構築できるかにある。トクリュウ対策は、日本の警察制度が「国内型治安モデル」から「グローバル・デジタル型治安モデル」へ移行できるかを問う試金石となっている。
総括
匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)の台頭は、日本の治安政策と警察活動に対して、戦後最大級の構造的変化を突き付けている。従来、日本の組織犯罪対策は暴力団対策を中心として発展してきた。そこでは組織名が存在し、上下関係が明確であり、事務所や縄張りを持つ「可視化された組織」が前提となっていた。そのため警察は、組織構造を把握し、首領や幹部を摘発し、資金源を断つことで組織全体を弱体化させることが可能だった。
しかしトクリュウは、この従来型組織犯罪の前提そのものを覆している。そこには固定的な組織名もなければ、明確な構成員名簿も存在しない。構成員同士が互いの本名や顔を知らないまま犯罪に参加し、SNSや匿名通信アプリを通じて緩やかに結びつき、犯罪ごとに離合集散を繰り返す。組織は流動的であり、摘発されても容易に再編成される。つまりトクリュウとは、「組織」ではなく「犯罪ネットワーク」であり、その本質はデジタル空間上に形成された分散型犯罪システムである。
さらに深刻なのは、トクリュウが単一の犯罪集団ではなく、多様な犯罪市場を横断する犯罪エコシステムとして機能している点である。特殊詐欺、SNS型投資詐欺、ロマンス詐欺、闇バイト強盗、窃盗、薬物犯罪、オンラインカジノ、不正送金、サイバー犯罪など、一見すると別々の犯罪に見える事案が、実際には同じネットワーク上で結びついているケースが増加している。実行役は案件ごとに入れ替わるが、資金管理者や指示役は共通していることも少なくない。したがって、個別事件の解決だけでは犯罪構造全体の解体には至らず、社会に与える脅威は継続する。
また、トクリュウの最大の特徴の一つは、若年層を大量に取り込む能力である。従来の暴力団構成員は反社会的勢力への加入を自覚していたが、トクリュウに参加する若者の多くは「犯罪組織に入った」という認識を持っていない。「高額アルバイト」「即日報酬」「簡単な仕事」といった募集文句に誘引され、結果として特殊詐欺や強盗の実行役となる。彼らは組織への忠誠心ではなく経済的困窮や承認欲求によって動員されるため、従来の暴力団排除教育だけでは防ぐことができない。これは単なる犯罪問題ではなく、教育、福祉、雇用、情報リテラシーを含む社会問題でもある。
こうした新たな脅威に対し、警察は従来型の捜査手法から大きな転換を迫られている。第一に必要なのは、情報集約・分析能力の抜本的強化である。トクリュウは複数の犯罪分野を横断するため、刑事部門、組織犯罪対策部門、生活安全部門、サイバー部門などの縦割り構造では全体像を把握できない。今後は全国規模で情報を統合し、人物、通信、口座、端末、SNSアカウント、暗号資産ウォレットなどを横断的に分析する体制が不可欠となる。AIやビッグデータ分析技術を活用し、表面化していないネットワークの可視化を進めることが求められる。
第二に、サイバー・デジタル捜査能力の飛躍的向上が必要である。トクリュウはSNS上で誕生し、SNS上で成長する犯罪ネットワークである。したがって警察もまた、デジタル空間を主戦場として捉えなければならない。暗号化通信アプリ、匿名化技術、海外サーバー、暗号資産などへの対応能力を高めることはもはや選択肢ではなく必須条件である。特にオンライン潜入捜査の法整備と拡充は重要な課題であり、犯罪ネットワークの内部構造を把握するためには、デジタル空間における合法的な潜入手段の確立が不可欠となる。
第三に、犯罪ビジネスモデルそのものを破壊する視点が重要となる。トクリュウの強みは、実行役がいくら逮捕されても代替可能な点にある。したがって真に重要なのは、犯罪収益の流れを断ち切ることである。犯罪利用口座、携帯電話、SIMカード、決済アカウント、暗号資産ウォレット、レンタルサーバーなど、犯罪を成立させるインフラを無力化しなければならない。さらに金融機関や暗号資産交換業者との連携を強化し、マネーロンダリング対策を徹底することが求められる。組織犯罪対策の世界的原則である「Follow the Money(カネを追え)」は、トクリュウ対策においても極めて有効な考え方である。
第四に、若年層の流入を防ぐ社会防衛政策が必要である。いかに検挙を強化しても、新たな実行役が次々と供給される限り問題は解決しない。警察、教育機関、自治体、民間企業が連携し、闇バイトの危険性や犯罪参加の代償を社会全体に発信する必要がある。また、一度関与した若者が脅迫や監禁によって離脱できなくなるケースも存在するため、相談窓口や保護制度の周知も不可欠である。摘発だけではなく、流入防止と離脱支援を含めた総合的な対応が求められる。
さらに今後の課題として無視できないのが、国際捜査の壁である。現在のトクリュウは国内完結型犯罪ではなく、国境を越えて活動する犯罪ネットワークへと進化している。勧誘は日本国内で行われ、指示役は海外に滞在し、サーバーは第三国に設置され、犯罪収益は複数国を経由して洗浄される。このような多国籍犯罪構造に対しては、日本国内の捜査だけでは限界がある。国際共同捜査、デジタル証拠の迅速な越境取得、金融情報の共有、犯罪人引渡し協力の強化など、国際連携を前提とした捜査体制への転換が必要となる。
同時に、法制度のアップデートも避けて通れない課題である。現行制度は電話や対面型犯罪を前提として設計されており、SNSや暗号化通信が中心となった現代の組織犯罪には十分対応できていない。通信傍受制度の現代化、オンライン潜入捜査法制の整備、プラットフォーム事業者の協力義務の明確化、デジタル証拠保全制度の迅速化など、プライバシー保護との均衡を図りながら法制度を再構築する必要がある。これは単なる捜査権限の拡大ではなく、デジタル時代の法執行のあり方を再定義する作業でもある。
そして最も重要な視点は、捜査の発想そのものを変えることである。従来の警察活動は、一つの事件を解決する「点」の捜査を中心としていた。しかしトクリュウの本質はネットワークであり、一つの事件の背後には複数の犯罪が存在する。したがって今後は、個別事件を追うのではなく、人物、資金、通信、SNSアカウント、暗号資産ウォレットを結び付けながら犯罪ネットワーク全体を可視化する「面」の捜査へ移行しなければならない。
さらに将来的には、「点から面」への転換だけでも不十分となる可能性が高い。なぜなら、その面自体がすでに国境を越えて広がっているからである。これからの組織犯罪対策は、「国内からグローバルへ」という新たな段階に進まなければならない。サイバー空間を新たな国境として捉え、警察だけでなく金融当局、外交当局、通信事業者、SNS企業、暗号資産事業者などを含めた国家横断的・国際的な対応が必要となる。
結局のところ、トクリュウとは単なる新しい犯罪集団ではない。それはインターネット、SNS、暗号資産、グローバル化によって生み出された「デジタル時代の組織犯罪モデル」である。そしてその脅威は、従来の暴力団対策の延長線上では克服できない。今後の日本に求められるのは、組織犯罪対策、サイバーセキュリティ、金融規制、国際協力、社会政策を統合した総合戦略である。トクリュウとの戦いとは、単に犯罪者を摘発する戦いではなく、デジタル化とグローバル化が進む21世紀社会において、国家がどのように治安を維持するのかを問う戦いなのである。
