個人情報売買とダークウェブの実態、悪用のシナリオ、今すぐ取るべき対策
個人情報売買とダークウェブの問題は、「自分の情報が闇市場で売られているかどうか」という一点だけで判断すべき問題ではない。より本質的なのは、漏えいした情報が別の情報と結び付けられ、本人へのなりすまし、アカウント乗っ取り、フィッシング、金銭詐欺などへ連鎖することである。

現状(2026年10月時点)
個人情報を狙ったサイバー犯罪は、単純な「情報の盗難」から、盗み出した情報を組み合わせて本人になりすまし、金銭やアカウント、さらには企業や組織の内部システムへのアクセス権まで奪う段階へ進んでいる。2026年に入っても、漏えいした認証情報や個人情報が犯罪者の間で大量に流通しており、個人情報そのものが犯罪経済を支える商品として扱われる状況が続いている。
日本でも個人情報漏えいは例外的な事故ではなくなっている。個人情報保護委員会の2025年度の年次報告では、個人情報取扱事業者等から報告された漏えい等事案は17,139件に達し、そのうち不正アクセスなど、不正な目的による漏えい等が22.3%を占めた。これは、企業や組織が保有する大量の個人情報が、サイバー攻撃によって外部へ流出する危険が現実的かつ継続的に存在することを示している。
2026年9月にも、政府の業務システムに対する不正アクセスによって、職員等の個人情報を含むファイルが外部に漏えいした可能性が公表された。デジタル庁は、漏えいした可能性のある情報が、なりすましメールや詐欺目的の連絡などに悪用される可能性を明示しており、情報漏えいの問題が「データを盗まれた」という時点で終わらないことを示している。
海外でも状況は深刻である。2026年前半について、犯罪者の地下市場で確認された個人識別情報や認証情報は極めて大規模で、ある調査では前年から大幅に増加した認証情報が確認され、メールアドレスとパスワードの組み合わせが特に多く流通していると報告されている。
重要なのは、現在の個人情報犯罪では「氏名や住所が漏れた」という単独の情報漏えいだけを警戒すればよいわけではない点である。メールアドレス、電話番号、パスワード、利用サービス、住所、決済情報などが複数組み合わされることで、犯罪者は被害者についてより詳細な人物像を構築できる。
個人情報売買とダークウェブの実態
個人情報の売買は、映画や犯罪小説に登場するような特殊な世界だけで行われているわけではない。実際には、盗み出された認証情報や個人情報を一覧化し、購入者を募り、一定の条件を満たした情報を商品として提供する犯罪市場が形成されている。
そこで取引される情報には、メールアドレスやパスワードといった比較的ありふれた情報から、金融サービスへのログイン情報、決済カード情報、住所や電話番号、本人確認書類の画像などまで含まれる。さらに、企業の内部ネットワークへ侵入するための「アクセス権」そのものが取引対象となる場合もあり、個人情報売買と企業へのサイバー攻撃が一つの犯罪経済の中で結びついている。
2026年の調査では、犯罪者側で利用される情報として、パスワード、メールアドレス、利用者名、電話番号、氏名などが特に広く確認されている。また、メールアドレスとパスワードの組み合わせや、利用者名とパスワードの組み合わせが高い割合で存在しており、単独の個人情報よりも「そのままログインに使える情報」が犯罪者にとって重要になっていることが分かる。
この構造を理解するうえで重要なのが、情報の「量」と「使いやすさ」は別物だという点である。大量の氏名や住所が流出していても、それだけでは直ちに金銭被害につながらない場合がある一方、現在も有効なメールアドレスとパスワードがセットになっていれば、少量でも非常に高い犯罪価値を持つ。
また、犯罪市場に掲載された情報がすべて本物とは限らない。古い情報、すでに無効化された情報、偽情報、重複情報なども混在するため、「ダークウェブに自分の情報が掲載された=必ず被害が発生する」と単純化することは適切ではない。
しかし逆に言えば、情報の真偽を犯罪者自身が確認しながら再販売する仕組みも存在するため、一度流出した情報が何度も利用される危険性は無視できない。漏えいした情報が別の情報と結合されることで、当初は価値の低かった情報が、後から犯罪に利用しやすい情報へ変化するからである。
ダークウェブとは
ダークウェブとは、通常の検索サイトから容易に検索できる一般的なウェブとは異なり、特殊な通信方式やソフトウェアを利用してアクセスする領域を指す。匿名性を高めやすいという特徴から、犯罪者が活動する場所として知られているが、ダークウェブそのものが犯罪専用の空間というわけではない。
匿名性を必要とする正当な利用も存在するため、「ダークウェブに接続すること自体が犯罪」という理解は正しくない。一方、匿名性を悪用して、盗難情報、違法薬物、偽造文書、攻撃手段などを売買する犯罪市場が形成されていることも事実である。
ここで注意すべきなのは、個人情報がすべてダークウェブ上で売買されているわけではないという点である。漏えい情報は、通常のウェブ上の掲示、閉鎖型の犯罪者向け交流場所、通信サービス、流出データの配布場所など、複数の経路を通じて拡散する。
2026年には、ダークウェブや犯罪者向けの交流場所で、企業や公的機関から盗み出した情報、内部情報、システムへの侵入権限などが取引されている事例が継続的に確認されている。韓国の情報セキュリティ企業による2026年8月の分析でも、データベースの流出、内部情報の販売、組織への初期侵入権限の取引などが観測されたと報告されている。
したがって、「ダークウェブを見なければ個人情報は盗まれない」という理解も誤りである。被害者がダークウェブを一度も利用していなくても、利用している企業やサービスが攻撃され、その結果として情報が犯罪市場へ流出する可能性があるからである。
取引されている情報と価格の目安
犯罪市場では、個人情報に一律の価格が付けられているわけではない。情報の種類、鮮度、完全性、利用可能性、地域、購入者が求める条件などによって価値は大きく変化し、掲載価格と実際の取引価格が一致するとも限らない。
一般的には、単純なメールアドレスや古い個人情報は大量流通によって価値が低下しやすい。一方、現在も使用できるログイン情報、決済に利用できる情報、本人確認書類、金融サービスへのアクセス権などは、実際の犯罪行為に直結しやすいため相対的に高い価値を持つ。
2026年の犯罪市場を分析した複数の調査では、基本的な個人識別情報や一般的な認証情報は比較的安価に大量販売される一方、利用可能な金融情報や高い権限を持つアクセス情報には高額な値段が付く傾向が示されている。ただし、これらはあくまで公開された市場観測や掲載価格を基にした目安であり、犯罪市場全体の統一価格表ではない。
ここから見えてくるのは、個人情報の価値が「情報そのもの」から「情報を使って何ができるか」へ移っているという事実である。氏名だけを知っていてもできることは限られるが、氏名、電話番号、メールアドレス、住所、パスワードなどがそろえば、本人へのなりすましや詐欺の精度が一気に高まる。
そのため、個人情報の漏えい対策では「自分の名前が流出しているか」だけを確認するのでは不十分である。特に警戒すべきなのは、認証に使える情報、金銭に結びつく情報、本人確認に利用できる情報が複数組み合わされて流出していないかという点である。
2026年上半期の調査でも、メールアドレスとパスワード、利用者名とパスワード、カード番号と安全確認情報、住所と電話番号など、複数種類の情報が組み合わされた状態で確認される例が目立っている。これは、現代の個人情報犯罪が「1つの情報を盗む犯罪」ではなく、「複数の断片を組み合わせて本人のデジタル上の身分を再構築する犯罪」へ変化していることを示している。
メールアドレス・パスワード(ログイン情報)
個人情報売買において、特に危険性が高いのがメールアドレスとパスワードの組み合わせである。メールアドレスだけなら連絡先としての性格が強いが、パスワードまで流出すると、その情報は「本人に代わってサービスへ入るための鍵」に変わる。
さらに深刻なのが、同じパスワードを複数のサービスで使い回している場合である。1つの通販サイトや動画配信サービスなどから認証情報が流出すると、犯罪者は同じメールアドレスとパスワードを銀行、電子商取引、交流サイト、メールなど別のサービスでも試すことができる。この手法は、漏えいした認証情報を別のサービスへの不正ログインに転用する「リスト型攻撃」と呼ばれる。
警察庁も、複数のサイトで同じ認証情報を使用すると、1つのサービスから盗まれた情報によって他のサービスまで乗っ取られる危険があるとして、サービスごとに異なるパスワードを設定するよう注意喚起している。
2026年の脅威分析では、この「正規利用者の認証情報を使って侵入する」方式が特に重要になっている。マイクロソフトの2026年版脅威報告でも、侵入の多くが人間の行動や認証情報を起点としており、正規のアカウントを悪用した侵入では、その後さらに別の認証情報を盗む動きが確認されている。
つまり、パスワード流出の危険性は「そのサービスを乗っ取られる」だけではない。一つの漏えいが、別のサービス、別の個人情報、さらには金融サービスへと被害を拡大させる出発点になる。
クレジットカード情報(番号・有効期限・CVV)
クレジットカード情報は、個人情報の中でも直接的な金銭被害につながりやすい情報である。カード番号だけでなく、有効期限や裏面の確認番号などが組み合わされると、犯罪者が不正決済を試みる材料になる。
ただし、カード情報が流出したからといって必ずしも直ちに不正利用されるわけではない。カード会社側の不正検知、本人認証、利用限度額、加盟店側の確認など複数の防御機能が存在するため、犯罪者が取得した情報だけでは決済が成立しないケースもある。
それでも、カード情報は犯罪者にとって価値の高い情報である。警察庁も、偽の金融機関やカード会社を装った電子メールや短文メッセージから偽サイトへ誘導し、カード番号などを入力させ、その後に不正利用へつなげる事例を紹介している。
特に危険なのは、カード情報だけを盗むのではなく、氏名、住所、電話番号、電子メールアドレスなどと組み合わせて取得する手口である。犯罪者が本人について複数の情報を把握していれば、実在するカード会社や金融機関を装った連絡を作りやすくなり、被害者が本物だと信じてしまう可能性が高くなる。
したがって、カード情報の流出は「カード番号が使われる」という問題だけではない。カード会社を装った詐欺、本人確認を装った情報収集、金融サービスへの不正ログインなど、次の犯罪を呼び込む材料になる点が重要である。
個人識別情報(PII:氏名、住所、電話番号、生年月日)
氏名、住所、電話番号、生年月日などは、単独ではパスワードほど直接的な「鍵」ではない。しかし、これらが組み合わされると、本人確認やなりすましに利用できる重要な情報になる。
例えば、氏名と電話番号だけでは本人になりすますことが難しくても、そこへ住所、生年月日、勤務先、利用している金融機関、契約している通信会社などの情報が加われば、犯罪者が被害者について把握できる情報量は大きく増える。これは犯罪者が被害者の「人物像」を作り上げる作業ともいえる。
この情報がフィッシング詐欺に使われると、攻撃は一気に巧妙になる。「お客様」や「利用者」といった一般的な呼び掛けではなく、実際の氏名や利用サービスを知っているかのような内容を送り付ければ、被害者は本物の企業から連絡が来たと誤認しやすい。
警察庁が公表しているフィッシングの事例でも、氏名、住所、電話番号、生年月日などが偽サイトで入力を求められる情報として挙げられている。攻撃者は金融情報だけでなく、本人を識別するための情報そのものを収集している。
ここで重要なのは、個人識別情報には「変更できない情報」が多いことである。パスワードなら変更できるが、生年月日や過去の住所、氏名などは簡単に変更できないため、一度流出すると長期間にわたって犯罪に利用される可能性が残る。
公的証明書(免許証・パスポートの画像等)
運転免許証や旅券などの公的証明書の画像は、一般的な氏名や住所よりも深刻なリスクを持つ。顔写真、氏名、生年月日、住所、証明書番号など、本人確認に利用され得る情報が1枚の画像にまとまっているからである。
この種の情報が流出すると、偽の本人確認資料の作成、なりすましによる契約、金融サービスや通信サービスの不正な申込みなどに悪用される可能性がある。特に近年は、インターネット上で本人確認を完結させるサービスが増えているため、公的証明書の画像が犯罪者にとって重要な材料になっている。
警察庁も、フィッシングで盗まれる情報として、運転免許証やマイナンバーカードなどの画像情報を明示している。これは、犯罪者が単なる認証情報だけではなく、本人確認そのものを突破するための情報を狙っていることを示している。
また、公的証明書の画像は「単独で完成された情報」である点にも注意が必要である。メールアドレスとパスワードの場合は別の認証情報が必要になることがあるが、証明書画像には本人の顔や基本属性がまとまっているため、他の漏えい情報と組み合わせることで、より精度の高いなりすましに利用される危険がある。
したがって、公的証明書を電子的に提出する場合には、提出先が本当に正規の事業者なのか、何の目的で必要としているのか、どのように保管・管理されるのかを確認することが重要である。特に電子メールや短文メッセージから誘導されたサイトで本人確認書類の画像を要求された場合には、極めて慎重な対応が必要になる。
被害の実態(悪用のシナリオ)
個人情報漏えいの被害は、情報が売買された瞬間に終わるものではない。むしろ実際の被害は、その情報を購入した犯罪者が別の犯罪へ利用した段階から始まる。
典型的な流れは、まず企業やサービスから情報が流出し、その情報が犯罪者の市場へ持ち込まれる。次に別の犯罪者がそれを購入または取得し、メールアドレスや電話番号などを利用して被害者へ接触し、偽サイトへの誘導、認証情報の窃取、不正ログインなどを実行する。
さらに、取得したアカウントを乗っ取ってメールや交流サイトの中身を確認し、そこから新たな個人情報を取得する場合もある。1人の被害者から得た情報が、家族、勤務先、取引先、友人など、別の人間への攻撃に利用されることもある。
この構造を「情報漏えい→売買→不正利用」という3段階だけで捉えると、現在の脅威を見誤る。実際には「漏えい→集約→組み合わせ→標的選定→接触→認証情報の窃取→アカウント侵害→金銭被害」という連鎖が成立しており、一度流出した情報が次の犯罪を生み出す。
欧州刑事警察機構も、盗まれた認証情報やデータが犯罪者間で販売、再販売、再包装され、匿名性の高い犯罪市場や暗号化された通信経路などを通じて流通していると指摘している。個人情報はもはや単なる盗品ではなく、繰り返し売買される「犯罪商品の原材料」となっている。
ここで最も警戒すべきなのは、被害者本人が情報流出に気付かないまま次の攻撃を受けるケースである。例えば、数年前に登録した通販サイトのパスワードが現在も別のサービスで使われていれば、古い漏えい情報が何年も後になって攻撃に利用される可能性がある。
そのため、個人情報対策は「漏えいしたかどうかを確認する」だけでは完結しない。流出した可能性がある情報を前提に、認証、端末、通信、金融サービスを複数の防御層で守る必要がある。
不正契約や金銭的被害
個人情報が犯罪者の手に渡った場合、最も直接的に表れる被害の一つが金銭的被害である。クレジットカードの不正利用、銀行口座や決済サービスへの不正アクセス、不正な商品の購入などに加え、被害者本人になりすまして新たな契約を結ぶ行為も問題となる。
不正契約では、氏名、住所、生年月日、電話番号などの個人識別情報が本人確認に利用される可能性がある。さらに、メールアドレスや電話番号、本人確認書類の画像などが組み合わされると、単純な決済情報の盗難とは異なる「本人そのものを偽装する犯罪」へ発展する危険がある。
特にオンラインで本人確認を完結できる金融サービスや通信サービスが増えたことで、犯罪者にとって盗難情報を利用する機会は拡大している。本人確認の仕組みは犯罪防止に不可欠だが、その確認に使われる情報自体が流出すると、防御の前提が崩れることになる。
もっとも、個人情報が漏えいしただけで直ちに不正契約が成立するわけではない。事業者側では本人確認、端末情報、接続元、過去の利用履歴、不正利用検知など複数の情報を組み合わせて異常を判定しているため、犯罪者が取得した情報だけでは突破できない場合も多い。
問題は、犯罪者が一つの情報で勝負するのではなく、複数の漏えい情報を組み合わせて攻撃することである。例えば、氏名と住所が別の漏えい事件から取得され、そこへ電話番号や電子メールアドレスが追加されれば、犯罪者は被害者への接触方法と本人確認に利用できる情報を同時に得ることになる。
金銭的被害には、直接的な不正決済だけでなく、詐欺によって本人に送金させるケースも含まれる。犯罪者が被害者の個人情報を知っていることを示して信用させ、「不正利用が発生した」「口座を確認する必要がある」などと説明し、偽サイトへ誘導したり、指定口座への送金を求めたりする手口である。
この点から見ると、個人情報の価値は「それだけで金になる」という単純なものではない。むしろ、被害者を信用させ、警戒心を下げ、最終的に本人から認証情報や金銭を引き出すための材料として価値を持つ。
リスト型攻撃によるアカウント乗っ取り
現在の個人情報犯罪を考えるうえで、特に重要なのがリスト型攻撃である。これは、過去に何らかの方法で流出したメールアドレスや利用者名、パスワードなどを大量にリスト化し、それを別のサービスへの不正ログインに利用する攻撃である。
攻撃者は一人ひとりを手作業で狙う必要がない。大量の認証情報を自動的に試行できるため、少ない成功率でも多数のアカウントを奪取できる。
この攻撃が成立する最大の原因は、利用者によるパスワードの使い回しである。ある通販サイトで使用していたメールアドレスとパスワードが流出し、その組み合わせを別の金融サービスや交流サイトでも使用していれば、最初の情報漏えいとは無関係だったサービスまで被害を受ける。
つまり、パスワードの使い回しは、複数のサービスを一つの鍵で開ける状態に近い。一つの鍵が盗まれた場合、本来なら一つのサービスだけが危険になるところ、同じ鍵を使っているすべてのサービスが攻撃対象になる。
警察庁は、同じ利用者名やパスワードを複数のインターネットサービスで使用しないことを基本的な対策として挙げている。さらに、多要素認証を利用できる場合には積極的に導入するよう呼び掛けている。
リスト型攻撃の恐ろしさは、被害者側から見ると異常が発生するまで攻撃を認識しにくい点にもある。攻撃者が大量の認証情報を自動的に試行している間、被害者の側にはメールや電話が届くわけではなく、アカウントへの不正ログインが成功して初めて異常に気付く場合がある。
さらに、乗っ取られたアカウントが新たな犯罪に利用される場合がある。例えば、交流サイトのアカウントを乗っ取った後、その本人になりすまして友人に金銭を要求したり、偽の販売情報を投稿したり、別の詐欺サイトへ誘導したりするケースである。
メールアカウントの乗っ取りはさらに深刻である。電子メールには他のサービスから届いた認証通知、契約情報、請求書、個人間の連絡などが保存されている場合があり、犯罪者がそこから追加の情報を取得できるからである。
一つのアカウントが侵害されると、そこから別のアカウントの復旧手続きを悪用される可能性もある。したがって、電子メールのアカウントは単なる連絡手段ではなく、個人のデジタル上の「中核拠点」として扱う必要がある。
フィッシング詐欺・標的型攻撃の激化
個人情報の流出は、フィッシング詐欺をより精密にする材料にもなる。犯罪者が氏名、電話番号、利用しているサービスなどを把握していれば、無差別に送る詐欺メールよりも、本物らしく見える内容を作ることができる。
例えば、実際に利用している金融機関や通信事業者、通販事業者を装い、「本人確認が必要」「不正アクセスを検知した」「支払い方法を更新してほしい」などと通知する。そこから偽のウェブサイトへ誘導し、利用者にメールアドレス、パスワード、カード番号などを入力させる。
警察庁によれば、フィッシングによって盗まれる情報は、利用者名やパスワードだけではなく、クレジットカード番号、暗証番号、住所、氏名、電話番号、生年月日など広範囲に及ぶ。近年のフィッシングは、単なる偽メールではなく、本人確認や決済など、実際の利用場面を再現して情報を取得する方向へ高度化している。
さらに問題となっているのが、標的型攻撃の個人化である。犯罪者は漏えい情報を利用して、特定の人物や企業の担当者に合わせた内容を作り、業務上必要な連絡を装って情報を取得しようとする。
例えば、企業の従業員の氏名、所属部署、メールアドレス、取引先などが外部へ流出していれば、「取引先からの請求書」「社内システムの更新」「人事関連の手続き」など、その人物が日常的に扱う業務を利用した攻撃を仕掛けることができる。
ここでは、個人情報そのものよりも「情報の組み合わせ」が攻撃力を高める。氏名だけでは偽装が難しくても、勤務先、役職、取引先、電話番号、メールアドレスなどがそろえば、本人が普段受け取っている連絡に近い攻撃を作ることが可能になる。
また、近年は生成技術の発達によって、文章の不自然さだけを手掛かりに詐欺を見抜くことが難しくなっている。以前は、誤字や不自然な日本語が偽メールを判断する重要な手掛かりだったが、現在は自然な文章を大量に生成できるため、「文章がきれいだから本物」という判断は危険になっている。
音声や画像を利用したなりすましについても警戒が必要である。家族や上司、取引先などになりすまして連絡し、緊急性を強調して送金や情報提供を求める攻撃では、技術的な真偽判定だけでなく、連絡経路そのものを確認する習慣が重要になる。
個人情報が生み出す「連鎖被害」
ここまでの分析から明らかなのは、個人情報犯罪の本質が、一つの情報を盗んで一つの犯罪を行うという単純な構造ではないことである。現在は、複数の情報源から取得したデータを組み合わせ、一人の人物について詳細な情報を構築し、その人物に合わせて攻撃方法を変えるという構造が成立している。
例えば、最初にメールアドレスが流出し、次に別の事件からパスワードが漏れ、その後に電話番号や氏名が加わるというケースを考えると分かりやすい。それぞれの情報だけなら決定的な被害にならなくても、組み合わせることで「本人に接触する」「アカウントへ侵入する」「別の情報を取得する」という連鎖が可能になる。
さらに、乗っ取られたアカウントから新しい個人情報が盗まれ、それが再び犯罪市場へ流通する可能性もある。つまり、個人情報漏えいは一方向の事故ではなく、犯罪者が情報を追加取得することで被害が拡大する循環構造を持っている。
このため、被害者が最初に取るべき対応は、「何が漏れたのか」を確認し、漏えいした可能性のある認証情報を直ちに無効化することである。特に他のサービスでも同じパスワードを使用している場合には、一つのサービスだけを変更して終わりにするのではなく、同じパスワードを使用しているすべてのサービスを確認する必要がある。
一方、個人情報そのものを完全に回収することは困難である。一度インターネット上へ流出した情報はコピーされ、別の場所へ転載される可能性があるため、「情報を消せば完全に安全になる」という考え方は現実的ではない。
必要なのは、漏えいを完全に防ぐという発想だけではなく、漏えいしても被害が拡大しない仕組みを事前に作ることである。具体的には、サービスごとに異なるパスワードを設定し、多要素認証を導入し、端末を最新の状態に保ち、不審な連絡を遮断し、さらに自分の情報が漏えいした場合に早期発見できる体制を整えることが重要になる。
今すぐ取るべき対策
個人情報の流出を完全に防ぐことは難しい。利用者自身が十分に注意していても、登録している企業やサービスがサイバー攻撃を受ければ、本人の意思とは無関係に情報が外部へ流出する可能性があるからである。
したがって重要なのは、「情報を絶対に漏らさない」という考え方だけではなく、「漏えいしても不正利用されにくい状態を作る」ことである。そのためには、認証、端末、通信、監視という複数の防御層を組み合わせる必要がある。
① 認証の強靭化(パスワードの使い回し禁止)
最優先で取り組むべきなのが、パスワードの使い回しをやめることである。複数のサービスで同じパスワードを使用している場合、一つのサービスから認証情報が流出しただけで、別のサービスまで連鎖的に侵害される危険がある。
特に重要なのは、電子メール、金融サービス、携帯電話会社、主要な通販サービスなど、他のサービスの復旧や本人確認にも利用されるアカウントである。これらが乗っ取られると、犯罪者がそこを起点に別のアカウントを奪取できるため、一般的なサービスより優先して保護する必要がある。
パスワードは、他人から推測されにくいだけでなく、サービスごとに完全に別のものを設定することが基本となる。氏名、生年月日、電話番号、家族の名前、好きな言葉など、本人に関連する情報を組み合わせたパスワードも避けるべきである。
また、過去に使用したパスワードを別のサービスで再利用することも危険である。漏えいした古いパスワードは、何年経過しても犯罪者の手元に残っている可能性があり、「昔使っていたから安全」という保証はない。
パスワードの個別管理
すべてのサービスに異なるパスワードを設定すると、今度は利用者自身が覚えられなくなるという問題が発生する。そのため、重要なのは「すべて覚える」ことではなく、「安全に管理する」ことである。
紙に書いたパスワードを机の上に放置したり、スマートフォンのメモ帳に平文で大量に保存したりする方法は、端末や物理的な環境が侵害された場合のリスクがある。特に電子メールのアカウントとパスワードを同じ場所に保存するような管理方法は避ける必要がある。
パスワードを変更する場合も、単純に末尾の数字だけを変更する方法では十分とはいえない。以前のパスワードと似たものを使用すれば、過去の漏えい情報を利用した攻撃に対して十分な防御にならない可能性がある。
パスワード管理ツールの活用
現実的な方法として有効なのが、パスワード管理ツールの利用である。これはサービスごとに異なる複雑なパスワードを生成し、それを暗号化して管理する仕組みである。
利用者が覚える必要がある情報を最小限にできるため、サービスごとのパスワードを完全に分離しやすい。さらに、同じパスワードを複数のサービスで使用している状態を発見しやすくなるという利点もある。
ただし、パスワード管理ツールそのものが重要な攻撃対象になる点には注意が必要である。管理ツールのマスター用認証情報を強固に設定し、多要素認証が利用できる場合には必ず有効にするなど、管理ツール自体を最重要アカウントとして扱う必要がある。
多要素認証(MFA / 2FA)の導入
パスワードだけに依存しない認証を導入することも極めて重要である。多要素認証とは、パスワードのような「知っている情報」に加えて、スマートフォンなどの「持っているもの」や生体情報など、別の要素を組み合わせて本人確認を行う仕組みである。
多要素認証を導入すれば、パスワードが流出しても、それだけではログインできない場合が多くなる。したがって、ダークウェブなどで認証情報が流通することを完全に防げなくても、その情報が実際のアカウント乗っ取りにつながる可能性を低下させられる。
ただし、多要素認証にも弱点がある。偽サイトへ誘導して認証コードを入力させたり、認証要求を大量に送り付けて利用者に誤って承認させたりする攻撃が存在するため、表示された認証要求を確認せずに承認することは避けなければならない。
可能であれば、単純な認証コードの入力だけに依存する方式よりも、物理的な認証機器や、偽サイトに強い方式を選択することが望ましい。利用可能な認証方式はサービスによって異なるため、各サービスが提供する中で最も安全性の高い方式を選ぶことが基本となる。
② デバイスとソフトウェアの衛生管理
認証を強化しても、利用している端末そのものが侵害されれば防御は崩れる。パソコンやスマートフォンに悪意のあるプログラムが入り込めば、入力したパスワードや認証情報が盗まれる可能性があるからである。
そのため、基本的な対策として、オペレーティングシステム、ウェブ閲覧ソフト、スマートフォンのアプリなどを常に最新の状態に保つ必要がある。更新には新機能だけでなく、過去に発見された脆弱性を修正する目的もあるため、「今は問題なく動いているから更新しない」という判断は危険である。
特に、長期間更新されていないソフトウェアやサポートが終了したオペレーティングシステムを使い続けることは避けるべきである。攻撃者は公開された脆弱性を悪用できるため、古い環境ほど攻撃の対象になりやすい。
OSやアプリの常時アップデート
更新通知を先送りにする習慣も見直す必要がある。仕事や日常生活で使用する端末では、「後で更新する」を繰り返すことで、修正済みの脆弱性を長期間放置する状態になる。
自動更新機能が用意されている場合には、原則として有効にすることが望ましい。特にスマートフォンは電子メール、金融サービス、本人確認、決済など多くの機能を集約しているため、端末の更新を怠ることは複数の個人情報を同時に危険にさらすことにつながる。
アプリについても、公式の配布経路を利用し、不要になったアプリは削除することが基本である。使っていないアプリに不要な権限が与えられていれば、それ自体が情報流出のリスクになる。
セキュリティソフトの導入
セキュリティソフトは、悪意のあるプログラムや不審な通信を検出するための重要な防御手段である。ただし、導入しただけで安全になるわけではない。
セキュリティソフトは、利用者が偽サイトへ自分で認証情報を入力する行為や、電話で騙されて送金する行為を完全に防止するものではない。したがって、技術的な防御と利用者自身の判断を組み合わせる必要がある。
また、複数のセキュリティ製品を無計画に導入すれば安全性が比例して高まるわけではない。端末の標準的な防御機能を適切に有効化し、必要に応じて信頼できるセキュリティ製品を追加するという考え方が現実的である。
③ 不審なアクセス・情報の遮断
個人情報を守るうえで、最も重要なのは「怪しいものを開かない」ことである。ただし、現在の詐欺は明らかに怪しい日本語や不自然な送信者名だけで判断できるものではなくなっている。
実在する企業や金融機関を装ったメール、短文メッセージ、電話などが利用され、内容も自然になっている。そのため、文章の見た目だけで安全性を判断するのではなく、「その連絡を受ける理由が本当にあるのか」という観点から確認する必要がある。
リンクや添付ファイルの安易な開封を避ける
「アカウントが停止される」「支払いが確認できない」「本人確認が必要」など、緊急性を強調するメッセージには特に注意が必要である。犯罪者は利用者に考える時間を与えず、焦ってリンクを押させることで防御を突破しようとする。
メールや短文メッセージに記載されたリンクから直接ログインするのではなく、必要であれば公式アプリや、自分で確認した公式サイトからサービスへアクセスする方が安全である。
添付ファイルについても同様である。請求書、本人確認書類、契約書など、仕事や日常生活でありそうな形式を装ったファイルが送られてくる場合があるため、送信者に心当たりがある場合でも、別の連絡手段を使って確認することが望ましい。
URLやサイトの確認
偽サイトを見抜く際には、サイトの見た目だけを信用してはいけない。犯罪者は正規企業のロゴ、色、文章、画面構成などを模倣できるため、外観だけでは本物と偽物を区別できない場合がある。
重要なのは、接続先のアドレスを確認することである。ただし、アドレスの一部に正規企業の名称が含まれているだけでは安全とはいえない。企業名を含む偽のアドレスが作られることもあるため、公式に案内されている正規の接続先と一致しているかを確認する必要がある。
また、ウェブ閲覧ソフトに表示される鍵のマークだけを「安全の証明」と考えるのも適切ではない。暗号化された通信を示していても、その接続先そのものが偽サイトである可能性があるからである。
④ 漏えいの早期検知(モニタリング)
完全な防御が難しい以上、重要になるのが早期検知である。自分の個人情報や認証情報が漏えいした可能性をできるだけ早く把握できれば、パスワード変更、カード停止、口座確認などの対応を早められる。
利用している企業や金融機関から情報漏えいに関する通知が届いた場合には、無視してはいけない。漏えいした情報の種類、対象期間、対象者、事業者が推奨する対応を確認し、パスワード変更やカードの監視など必要な措置を速やかに実行することが重要である。
金融機関やカード会社から身に覚えのない利用通知が届いた場合にも、放置すべきではない。少額の不正利用が後から大きな被害につながることもあるため、利用明細を定期的に確認する習慣が必要になる。
また、自分の電子メールアドレスなどが過去の情報漏えいに含まれていないか確認できる正規のサービスを利用することも有効である。ただし、「あなたの情報がダークウェブにある」と不安を煽り、有料サービスへ誘導する偽サイトや詐欺も存在するため、利用するサービス自体の信頼性を確認する必要がある。
ここまでの対策をまとめると、個人情報防御の基本は「一つの対策に依存しない」ことである。異なるパスワード、多要素認証、最新の端末、慎重なリンク操作、利用明細の確認、漏えい通知への迅速な対応を組み合わせることで、一つの情報が流出した場合でも被害の連鎖を断ち切りやすくなる。
特に優先順位を付けるなら、まず電子メールや金融関連など重要アカウントのパスワードを個別化し、次に多要素認証を設定し、その後に端末やソフトウェアの更新、不審な連絡への警戒、利用状況の監視へ進む方法が現実的である。
今後の展望
2026年の個人情報犯罪を考えるうえで、今後さらに重要になるのは、個人情報そのものの価値よりも、複数の情報を組み合わせて本人になりすます能力である。氏名や住所だけを盗む攻撃から、認証情報、決済情報、本人確認書類、利用履歴などを組み合わせ、特定の人物に合わせて攻撃を設計する方向へ移行している。
日本国内でも、個人情報漏えいは依然として大きな問題である。個人情報保護委員会による2025年度の集計では、個人情報取扱事業者等からの漏えい等報告が17,139件あり、そのうち不正の目的をもって行われたおそれのある事案が3,822件、全体の22.3%を占めた。これは、個人情報漏えいが単なる管理上のミスだけではなく、不正アクセスなど犯罪目的の攻撃と密接に結び付いていることを示す。
さらに、2026年10月7日に開催された個人情報保護委員会では、「大規模な漏えい等事案を踏まえた対応」や「不正アクセスによる個人データ漏えい防止のための注意喚起の改訂」が議題となった。2026年10月時点でも、大規模な情報漏えいへの対応が継続的な政策課題になっていることが分かる。
一方、個人情報を悪用した詐欺の側も拡大している。警察庁による2026年8月末時点の暫定値では、特殊詐欺の認知件数は29,687件、被害額は2,360.7億円に達しており、前年同期と比較して認知件数は3,732件、被害額は588.4億円増加している。
この数字をすべて個人情報売買の結果とみなすことはできない。しかし、個人情報を利用して被害者を信用させる詐欺が広がっていることを考えれば、両者を切り離して考えることもできない。
特に今後警戒すべきなのが、人工知能などを利用した詐欺の高度化である。従来は、誤字や不自然な表現、粗雑な偽サイトなどが詐欺を見抜く手掛かりになったが、文章や画像などを自動的に生成できる技術の普及によって、その手掛かりが弱くなっている。
警察庁も、実在する企業や金融機関などを装った電子メールや短文メッセージから偽サイトへ誘導し、認証情報、カード情報、住所、氏名、生年月日、公的証明書の画像などを盗む手口を確認している。さらに、「個人情報の漏えい」「不正アクセスの検知」「取引停止」など、利用者の不安を刺激して操作を急がせる手口も確認されている。
この状況では、「怪しい文章を見抜く」という従来型の対策だけでは不十分になる。今後は、メッセージの内容ではなく、連絡経路、接続先、認証方法、本人確認手続きそのものを確認する習慣がより重要になる。
個人情報防御は「完全防御」から「被害限定」へ
個人情報を守るうえで、現実的な目標を「一切漏らさないこと」に設定するのは難しい。現在のデジタル社会では、利用者が多数の企業やサービスへ個人情報を提供しており、そのすべてを本人が管理することはできないからである。
そこで重要になるのが、「漏えいしても被害を拡大させない」という考え方である。パスワードをサービスごとに分ければ、一つのサービスから認証情報が流出しても他のサービスへ被害が連鎖する可能性を抑えられる。
多要素認証を導入すれば、パスワードが流出しても、それだけでログインされる危険を低下させられる。さらに、端末を最新状態に保ち、不審なリンクを開かず、金融機関やカードの利用状況を確認することで、攻撃の各段階に防御を配置できる。
これは「城壁を1枚作る」のではなく、「複数の防御線を作る」という考え方である。一つの防御が突破されても、次の防御で攻撃を止めることができれば、個人情報犯罪による最終的な被害を小さくできる。
企業側にも重い責任がある
個人情報問題を個人の注意不足だけで説明することはできない。そもそも大量の個人情報を保有しているのは企業や行政機関であり、その管理体制が不十分であれば、利用者がどれだけ慎重でも情報流出を完全に防ぐことはできない。
企業側には、不要な個人情報を長期間保有しないこと、アクセス権限を必要最小限にすること、重要情報を適切に暗号化すること、不正アクセスを監視すること、従業員への教育を行うことなど、多層的な対策が求められる。
また、情報漏えいが発生した場合には、事実を隠すのではなく、何が漏れたのか、いつ発生したのか、どの程度の範囲なのか、利用者が何をすべきなのかを迅速かつ具体的に説明することが重要である。
個人情報保護委員会の2025年度報告で17,139件もの漏えい等報告が確認されていることを考えれば、企業にとって情報セキュリティは単なるシステム部門の問題ではない。経営、法務、危機管理、顧客対応を含めた企業全体の問題として扱う必要がある。
個人が今すぐ確認すべき項目
現在使用しているサービスについて、まず確認すべきなのは「同じパスワードを複数のサービスで使っていないか」である。使い回しがある場合は、電子メール、金融、通販、携帯電話会社など重要度の高いサービスから優先して変更する必要がある。
次に、多要素認証を利用できるサービスでは設定を確認する。特に電子メール、金融関連、主要な交流サイト、オンラインストレージなど、乗っ取られると他の情報まで取得される可能性があるアカウントは優先順位が高い。
そのうえで、スマートフォンとパソコンの更新状態を確認する。オペレーティングシステムやアプリの更新を長期間放置している場合は、早急に更新し、不要なアプリや利用していないアカウントも整理する。
さらに、カード明細や銀行口座の入出金を定期的に確認する。身に覚えのない少額決済であっても放置せず、カード会社や金融機関へ確認することが重要である。
電子メールや短文メッセージについては、本文に記載されたリンクから直接ログインしないことを原則とする。警察庁も、電子メールなどに記載されたリンクは偽装可能であり、見た目だけで真偽を判断することは困難として、公式アプリやブックマークなどから正規サイトへアクセスするよう推奨している。
もし既に不審なサイトへパスワードを入力してしまった場合は、「何も起きていないから大丈夫」と考えてはいけない。直ちに正規サイトからパスワードを変更し、同じパスワードを使用していた他のサービスも変更し、必要に応じて金融機関やカード会社へ連絡する必要がある。
カード情報を入力してしまった場合や、不正送金など金銭的被害が発生している場合には、カード会社や金融機関への連絡とともに、警察への相談も必要になる。警察庁はフィッシング被害について、最寄りの警察署やサイバー事案に関するオンライン受付窓口への相談を案内している。
まとめ
個人情報売買とダークウェブの問題は、「自分の情報が闇市場で売られているかどうか」という一点だけで判断すべき問題ではない。より本質的なのは、漏えいした情報が別の情報と結び付けられ、本人へのなりすまし、アカウント乗っ取り、フィッシング、金銭詐欺などへ連鎖することである。
メールアドレスだけなら被害が限定される場合でも、パスワードが加われば認証情報になる。氏名、住所、電話番号、生年月日が加われば本人識別情報となり、さらに公的証明書や金融情報が加われば、犯罪者にとって極めて利用価値の高い情報の集合体になる。
だからこそ、対策の中心は「自分の情報を一切漏らさない」という不可能に近い目標ではなく、「一つの情報が漏れても、次の防御線を突破させない」という考え方に置くべきである。サービスごとの異なるパスワード、多要素認証、端末の更新、不審なリンクの遮断、利用状況の監視という基本を徹底するだけでも、被害の連鎖を大きく抑えることができる。
そして、個人情報犯罪は今後さらに個人化すると考えられる。大量の情報を一斉に送り付けるだけではなく、漏えいした情報を組み合わせ、人工知能などを利用して一人ひとりに合わせた詐欺を作る方向へ進めば、「自分だけは騙されない」という感覚そのものが危険になる。
実際、2026年の特殊詐欺被害は大幅に増加している。警察庁による8月末時点の暫定値では、被害額が前年同期比で51.7%増加しており、個人情報や通信手段を利用して被害者を信用させる犯罪への警戒が一層必要になっている。
結局のところ、個人情報を守るために最も重要なのは、特殊な知識ではない。「漏えいする可能性はある」という前提に立ち、認証を強化し、端末を安全に保ち、不審な接触を遮断し、異常を早期に発見することである。
ダークウェブという言葉だけを恐れる必要はない。むしろ、そこで流通する情報が現実世界の詐欺や不正アクセスにつながる仕組みを理解し、自分の情報が犯罪者に渡ったとしても、その情報だけでは被害を成立させられない状態を作ることが、2026年以降の個人情報防御における基本戦略となる。
参考・引用リスト
- 個人情報保護委員会「令和7年度個人情報保護委員会 年次報告」
2025年度における個人情報の漏えい等事案、事業者からの報告件数、不正アクセス等に関する統計を確認した。特に17,139件の漏えい等報告と、不正目的のおそれがある3,822件という数字を、本稿における日本国内の現状分析の基礎資料とした。 - 個人情報保護委員会「第371回 個人情報保護委員会」
2026年10月7日の委員会資料を参照した。大規模な漏えい等事案への対応および不正アクセスによる個人データ漏えい防止について議論されており、2026年10月時点の政策的な問題意識を確認する資料とした。 - 警察庁「フィッシング対策」
フィッシングの手口、盗まれる情報の種類、実際の相談事例、偽サイトへの誘導方法、被害発生時の対応などを確認した。本稿のフィッシング、認証情報、公的証明書、リンク操作に関する記述の主要な根拠とした。 - 警察庁「令和8年8月末における特殊詐欺の認知・検挙状況等について」
2026年10月2日公表の暫定値を参照した。2026年8月末時点での特殊詐欺の認知件数29,687件、被害額2,360.7億円など、2026年の被害動向を確認するために使用した。 - 警察庁「特殊詐欺事案等における個人情報の保護」
2026年3月4日に公表された注意喚起を参照した。個人情報保護と特殊詐欺被害の関係、被害発生時の相談先などを確認した。 - 警察庁「ウェブサイト改ざん対策」
不正アクセスによって個人情報が窃取される可能性や、盗まれたアカウント情報が攻撃に利用される構造について確認した。個人情報漏えいが単独の問題ではなく、システム侵害やアカウント侵害と連鎖することを検証する際の参考資料とした。 - 本稿における「ダークウェブ」「個人情報売買」の整理について
ダークウェブは犯罪そのものを意味するものではなく、匿名性を高められる通信環境の一部が犯罪市場に悪用されているという前提で整理した。また、犯罪市場で掲載される情報の価格は固定的な公定価格ではなく、情報の鮮度、完全性、利用可能性、種類、需要などによって変動するため、価格については「目安」として扱った。 - 本稿全体の検証上の留意点
ダークウェブ上の犯罪市場は匿名性が高く、すべての取引を外部から完全に把握することはできない。そのため、特定の調査会社や報道機関が観測した市場情報を、犯罪市場全体の絶対的な規模や価格として扱うことは避け、警察・政府機関等が確認している被害事例と組み合わせて分析した。
