SHARE:

ガソリン補助の限界、いつ打ち切るべきか「価格抑制から構造転換へ」

2026年のイラン戦争とホルムズ海峡危機は、日本のエネルギー安全保障の脆弱性を改めて露呈させた。
高市総理(AP通信)
現状(2026年6月時点)

2026年6月現在、日本経済は再び「輸入インフレ」の圧力に直面している。最大の要因は2026年2月以降に本格化したイラン戦争と、それに伴うホルムズ海峡の機能不全である。

日本は一次エネルギーの大部分を海外に依存しており、原油輸入の約9割前後を中東地域に依存してきた。したがって中東情勢の悪化は、日本国内のガソリン価格、軽油価格、航空燃料価格、電力コストに直接波及する構造となっている。

2026年春以降、原油市場は高止まり状態が続き、政府はガソリン価格の急騰を抑制するため燃料油価格激変緩和対策事業を大幅拡充した。しかし、戦争の長期化が現実味を帯びる中で、「補助金で価格を抑え続ける政策は持続可能なのか」という問題が急速に浮上している。

この問題は単なる物価対策ではない。財政、安全保障、エネルギー政策、脱炭素政策を同時に問う国家戦略上の課題となっている。


高市政権(自民・維新)のガソリン補助金(燃料油価格激変緩和対策事業)

燃料油価格激変緩和対策事業は2022年に導入された制度であり、政府が石油元売り業者に補助金を支給することでガソリン小売価格を抑制する仕組みである。

当初はロシア・ウクライナ戦争による原油高対策として始まったが、その後も延長を繰り返し、事実上の恒久政策に近い位置付けとなった。

2026年にはホルムズ海峡危機の深刻化を受け、制度はさらに拡充された。IEAによると、2026年春時点でガソリン補助額は1リットル当たり最大48.1円、軽油では65.2円に達している。追加予算も約8,000億円規模で投入された。

高市政権は「物価高から国民生活を守る」ことを政策目的として掲げている。自動車依存度の高い地方部ではガソリン価格上昇が家計に与える影響が大きく、政治的支持も比較的得やすい政策となっている。

一方で、制度が長期化するほど財政負担が累積し、市場機能を歪める副作用も拡大している。


イラン戦争の現状と長期化の背景

2026年のイラン戦争は当初想定された短期決戦にはならなかった。

イスラエル・米国側は軍事的優位を確保したものの、イラン側は通常戦力による正面対決を避けながら、海上交通路、無人機、ミサイル、代理勢力を利用した消耗戦へ移行した。

その結果、戦場はイラン国内に限定されず、ペルシャ湾全域、イラク、シリア、レバノン周辺へと拡大した。2026年6月時点でもミサイル攻撃や報復攻撃が継続しており、戦争終結の兆候は見えていない。

長期化の背景には三つの要因が存在する。

第一に、政権存続を巡るイラン側の強い抵抗である。

第二に、イスラエル側が安全保障上の理由から中途半端な停戦を受け入れにくい構造である。

第三に、米国、中国、ロシア、湾岸諸国など多くの大国の利害が複雑に絡み合っている点である。

そのため軍事的勝利と政治的解決が一致しない典型的な長期戦となっている。


ホルムズ海峡の事実上の封鎖と「非対称戦」

ホルムズ海峡は世界最大級のエネルギー輸送ルートである。

戦争以前には世界の石油供給の約20%が通過していたが、戦争開始後は商業輸送が大幅に減少した。海峡は完全封鎖ではないものの、保険料高騰、機雷リスク、ミサイル攻撃リスクにより事実上の封鎖状態に陥っている。

2026年6月時点では通航量が平時の1割程度まで低下したとの分析もある。

これはイランが採用する「非対称戦」の典型例である。

海軍力や空軍力では劣勢であっても、世界経済の急所である海峡を不安定化させることで、米国や同盟国に経済的圧力を与えることが可能になる。

実際、ホルムズ海峡をめぐる不確実性だけで原油価格は大きく変動している。


和平交渉の膠着

外交ルートも停滞している。

オマーンやカタールなどを通じた仲介努力は続いているが、停戦条件を巡る双方の隔たりは大きい。

イスラエル側はイランの軍事能力の大幅な制限を求めている。一方、イラン側は体制維持と制裁解除を優先している。

加えて戦争期間中に形成された相互不信が極めて大きく、たとえ停戦が成立してもホルムズ海峡の安全保障が完全に回復する保証はないとの見方が広がっている。S&P Globalの専門家も「グレーゾーン状態」が長期化する可能性を指摘している。


「ガソリン補助金」が直面する限界

現在の補助金政策は短期的には有効である。

しかし本来、数か月程度の価格急騰を乗り切るための緊急避難措置であり、数年単位の戦争リスクに対応する制度として設計されていない。

問題は「価格高騰が一時的ではなく構造化した場合」である。

戦争が長期化し、原油価格高止まりが常態化すれば、政府は補助金を増額し続けるか、価格上昇を受け入れるかの二択に追い込まれる。

どちらも政治的コストが高い。


財政的限界(巨額の国費投入)

最大の問題は財政負担である。

燃料油価格激変緩和対策事業にはこれまで累計で数兆円規模の国費が投入されてきた。

補助額が1リットル当たり数十円に達する状況では、原油価格高騰が長引くほど支出額は雪だるま式に増加する。

日本は既に先進国最大級の政府債務残高を抱えている。

少子高齢化による社会保障費増加、防衛費増額、災害対策費などを考慮すると、燃料補助だけに恒久的な財源を割り当てる余裕は乏しい。

財政政策として見れば、ガソリン補助金は極めてコスト効率の悪い政策となりつつある。


市場歪曲と脱炭素逆行の限界

補助金は価格シグナルを歪める。

本来、燃料価格が上昇すれば消費者は節約や代替手段への転換を検討する。

しかし、補助金によって価格上昇が見えにくくなると、省エネ投資やEV導入のインセンティブが弱まる。

これは日本が掲げる2050年カーボンニュートラル政策とも矛盾する。

国際エネルギー機関(IEA)も一般論として化石燃料補助金の長期継続には慎重な立場を取っている。

短期的な生活支援と長期的な脱炭素戦略は、本質的に緊張関係にある。


出口戦略の喪失

最大の問題は出口戦略が曖昧になっていることである。

本来ならば「原油価格が正常化したら終了」という前提で始まった制度であった。

しかし、ロシア・ウクライナ戦争、中東危機、イラン戦争と危機が連続した結果、終了条件が不明確になった。

政策として恒久化するなら制度設計を根本的に見直す必要がある。

一方で緊急措置のまま延命するなら財政負担だけが拡大する。

現在は最も中途半端な状態にある。


ガソリン補助金は「いつ打ち切るべきか」(出口戦略の検証)

結論から言えば、ホルムズ海峡の物流機能が一定程度回復し、原油市場が安定局面に入った段階から段階的縮小を開始すべきである。

重要なのは「即時打ち切り」ではなく、「予告された縮小」である。

市場参加者に将来のスケジュールを明示し、企業と家計が対応できる時間を与える必要がある。

例えば半年から1年程度の移行期間を設け、補助率を四半期ごとに引き下げる方式が現実的である。


定量・段階的縮小

出口戦略は定量指標に基づくべきである。

例えばブレント原油価格、ホルムズ海峡通航量、日本国内ガソリン価格などを指標化する。

一定条件を満たした場合、自動的に補助額を縮小する仕組みが望ましい。

政治判断だけに依存すると、選挙のたびに延長圧力が生じる。

ルールベース化こそが制度の信頼性を高める。


制度の正常化

価格統制的な政策は恒久化すべきではない。

市場価格は需給を反映する重要な情報である。

政府の役割は価格そのものを管理することではなく、急激なショックを緩和することである。

したがって危機対応が終われば市場機能を回復させるべきである。

これが制度正常化の基本原則である。


「一律補助」から「弱者限定給付」への転換

現在の補助金は高所得者も低所得者も同じ恩恵を受ける。

高級車を複数保有する世帯にも補助が及ぶため、所得再分配効果は限定的である。

むしろ低所得者、地方居住者、物流事業者、農林水産業など燃料依存度の高い層に限定した支援へ移行すべきである。

同じ財源でも対象を絞れば支援効果は大幅に向上する。

社会政策としても合理性が高い。


日本が取るべき国家戦略

問題の本質はガソリン価格ではない。

中東依存構造そのものにある。

危機が起きるたびに補助金を投入する政策は対症療法にすぎない。

必要なのはエネルギー安全保障の再構築である。


「面従腹背」の中東外交とエネルギー調達の分散

日本は伝統的に中東諸国と良好な関係を維持してきた。

今後も特定陣営への過度な依存を避ける柔軟外交が必要となる。

同時に調達先の分散も進めるべきである。

米国、カナダ、豪州、東南アジアなどとのエネルギー協力を拡大し、中東リスクを低減する必要がある。

これは経済問題であると同時に安全保障問題でもある。


「価格の補助」から「構造の転換」への予算シフト

補助金に使う兆円単位の財源を永続的に支出するよりも、構造改革に投資する方が長期的効果は大きい。

EV充電網、水素インフラ、次世代原子力、蓄電池、送電網強化、省エネ住宅などへの投資が重要となる。

また公共交通の維持・再構築も不可欠である。

地方部で自動車依存から完全に脱却することは困難だが、依存度を低下させることは可能である。


今後の展望

短期的にはイラン戦争終結の見通しは不透明である。

ホルムズ海峡の完全正常化にも時間を要する可能性が高い。専門家の間では戦争終結後も物流正常化が遅れるとの見方が存在する。

そのため2026年後半以降も日本の燃料価格は高止まりする可能性が高い。

ただし補助金政策を無期限に維持することは現実的ではない。

今後の焦点は「補助を続けるか」ではなく、「どのように縮小し、何へ置き換えるか」に移ると考えられる。


まとめ

2026年のイラン戦争とホルムズ海峡危機は、日本のエネルギー安全保障の脆弱性を改めて露呈させた。

高市政権のガソリン補助金は短期的な物価対策として一定の効果を発揮しているが、財政負担、市場歪曲、脱炭素政策との矛盾という三重の限界に直面している。

特に戦争長期化が現実化した現在、補助金の恒久化は持続可能ではない。

政策の焦点は「価格抑制」から「構造転換」へ移行すべき段階に入っている。

出口戦略としては、ホルムズ海峡の物流回復と原油市場安定を条件に、定量指標に基づく段階的縮小を開始することが望ましい。

同時に一律補助を弱者限定支援へ転換し、浮いた財源をエネルギー安全保障強化と脱炭素投資へ振り向けるべきである。

日本が本当に目指すべきは「安いガソリン」ではなく、「原油高に左右されにくい国家構造」である。


参考・引用リスト

  • International Energy Agency(IEA), Fuel Oil Price Mitigation Programme, 2026年4月更新.
  • Reuters, OPEC+ approves fourth oil output quota hike since Hormuz closure, 2026年6月7日.
  • Council on Foreign Relations(CFR), The Strait of Hormuz: A U.S.-Iran Maritime Flash Point, 2026年3月.
  • S&P Global, Hormuz flows may remain in limbo even after conflict ends: experts, 2026年6月3日.
  • S&P Global, The Strait of Hormuz: defining ‘open’ in a complex market landscape, 2026年.
  • Reuters/Guardian報道, Middle East Crisis Updates, 2026年6月.
  • Wall Street Journal, Hormuz Crisis Exposes a Global Flaw That Will Take Years to Fix, 2026年6月.
  • Barron’s, What Energy Markets Got Right—and Wrong—100 Days Into the Iran War, 2026年6月.
  • Hill Dickinson, Strait of Hormuz Closure – Legal Implications, 2026年3月.
  • IMF PortWatch関連統計および海峡通航データ分析(各種公開資料)

外交・調達:中東依存からの脱却と「現実的な電源構成」の検証

イラン戦争とホルムズ海峡危機が突き付けた最大の教訓は、日本の問題が「ガソリン価格の高騰」ではなく、「中東依存の脆弱性」にあるという点である。日本では危機が起きるたびに補助金や物価対策が議論されるが、本質的には供給源そのもののリスク分散が不十分であることが問題となっている。

2020年代以降、日本の原油輸入に占める中東比率は依然として約9割前後の高水準にある。欧州諸国がロシア産天然ガス依存からの脱却を進めたように、日本もまた「特定地域への過度な依存」から脱却する必要がある。

その際に重要となるのが「外交」と「調達」の分離である。日本は安全保障上、米国との同盟を基軸とせざるを得ないが、エネルギー調達については必ずしも一国依存や一地域依存を強める必要はない。

むしろ日本が採るべきは、伝統的な中東友好外交を維持しながら、調達先を多極化する「面従腹背型」の現実外交である。湾岸諸国との関係を維持しつつ、米国、カナダ、豪州、東南アジア、さらにはアフリカ諸国との資源外交を強化することが求められる。

特に重要なのはLNG調達網の再構築である。原油だけでなく天然ガス市場も地政学リスクの影響を受けるため、長期契約の分散化とスポット市場依存の低下が必要となる。

さらに、日本のエネルギー安全保障を考える上で避けて通れないのが「現実的な電源構成」である。

日本では再生可能エネルギー拡大が進んでいるが、現時点で太陽光や風力のみで産業国家を維持することは困難である。発電量の変動性、蓄電コスト、送電網制約などの問題が依然として残る。

一方で化石燃料発電への依存を維持すれば、中東危機のたびに燃料価格高騰の影響を受け続けることになる。

したがって現実的な選択肢は、「再エネ最大化+原子力一定活用+LNGバックアップ」という三層構造である。

再エネは主力電源として拡大する。原子力はエネルギー安全保障とベースロード供給を担う。天然ガス火力は需給調整機能として活用する。この組み合わせが現状では最も現実的な電源構成と考えられる。

実際、フランス、英国、韓国など主要先進国も脱炭素と安全保障を両立させるため、原子力の再評価を進めている。

日本でも原発再稼働や次世代革新炉の建設を単なる原発推進・反対のイデオロギー論争として扱うのではなく、エネルギー安全保障政策として再整理する必要がある。


財政・産業:「価格補助」から「構造転換投資」へのシフト

ガソリン補助金の問題は、支出規模だけではない。

より本質的な問題は、巨額の財政資金が「将来の競争力を生まない支出」として消費されている点にある。

補助金はその年の価格上昇を緩和することはできる。しかし、翌年も原油価格が高騰すれば、再び同じ額を投入しなければならない。

つまり補助金はフロー支出であり、ストックを形成しない。

一方で同じ予算をインフラ投資や技術開発に充てれば、将来のエネルギーコストそのものを低下させることが可能になる。

例えば年間1兆円規模の補助金を10年間継続した場合、累計10兆円が消費される。しかし、その10兆円をエネルギー転換投資へ振り向けた場合、数十年にわたり経済効果が継続する。

具体的には以下の分野が重点投資対象となる。

第一に送電網整備である。

再生可能エネルギー導入拡大の最大のボトルネックは発電能力ではなく送電能力である。北海道や東北で余剰電力が発生しても、大消費地へ十分に送れない問題が存在する。

第二に蓄電池産業である。

蓄電池は再エネ普及の鍵であり、自動車産業と並ぶ戦略産業でもある。中国依存を低下させる観点からも国内投資の意義は大きい。

第三に次世代原子力技術である。

小型モジュール炉(SMR)や高温ガス炉などは将来的なエネルギー安定供給の選択肢となる可能性がある。

第四に水素・アンモニア関連技術である。

現段階ではコスト面で課題が多いが、長期的には産業用エネルギーとして重要な位置を占める可能性が高い。

第五に公共交通と物流の効率化である。

地方部における燃料需要を根本的に減らすためには、自動車以外の移動手段の確保も重要になる。

このように見ると、ガソリン補助金を将来への投資へ転換することは、単なる財政削減ではなく国家競争力の再構築そのものである。


「打ち切りのデッドライン(期限)」を設ける戦略的意義

政策には「始める勇気」だけでなく「終わらせる勇気」が必要である。

日本の補助金政策がしばしば失敗する理由は、導入時には期限付きと説明されながら、政治的圧力によって延長が繰り返されるためである。

ガソリン補助金も同様である。

本来は緊急避難措置であったにもかかわらず、複数回の延長を経て半恒久化しつつある。

ここで重要になるのが「デッドライン」の設定である。

例えば政府が「2028年3月末で制度終了」と明確に宣言した場合、市場参加者の行動は大きく変化する。

石油業界は補助金依存から脱却する準備を始める。

自動車メーカーはEV・PHV開発を加速する。

物流業界は省燃費化投資を進める。

地方自治体も公共交通再編を検討し始める。

つまり期限設定は単なる終了予告ではない。

社会全体に構造転換を促すシグナルとなる。

逆に終了時期が不明確な場合、人々は現状維持を選択する。

企業は投資を先送りし、家計も行動変容を起こさない。

結果として補助金依存だけが強化される。

経済学的に見ても、政策の予見可能性は市場効率性を高める重要な要素である。

その意味で、補助金の打ち切り期限を法律や予算措置で明確化することは極めて大きな意義を持つ。


この戦略がもたらす「最善の国民生活防衛」

一見すると、ガソリン補助金を縮小することは国民生活にとって不利益に見える。

しかし中長期的には逆である。

なぜなら国民生活を脅かしている根本原因は、ガソリン価格そのものではなく、日本経済の脆弱なエネルギー構造だからである。

仮に補助金で一時的に価格を抑えても、次の中東危機が起これば再び同じ問題が発生する。

そのたびに税金を投入し続けることは持続不可能である。

真の国民生活防衛とは、危機が起きても家計への打撃が小さい経済構造を作ることである。

例えば電力供給の安定化が進めば電気料金上昇リスクは低下する。

EV普及が進めば原油価格上昇の影響は限定される。

公共交通網が維持されればガソリン価格への依存は低下する。

省エネ住宅が普及すればエネルギー支出全体が減少する。

つまり国民生活防衛の本質は「価格を下げること」ではなく、「価格変動への耐性を高めること」にある。

その観点から見ると、補助金の恒久化は短期的安心を与える一方で、長期的には構造改革を遅らせる副作用を持つ。

反対に、期限付きで補助金を縮小し、その財源をエネルギー安全保障と産業投資へ振り向ける政策は、短期的には負担を伴うが、中長期的には国民生活を最も強固に守る戦略となる。

最終的に日本が目指すべき姿は、「原油価格が上がっても社会が機能する国家」である。補助金で価格を抑え続ける国家ではなく、危機そのものに強い国家への転換こそが、イラン戦争後の日本に求められる国家戦略である。


全体まとめ

2026年のイラン戦争とホルムズ海峡危機は、日本が長年抱えてきたエネルギー安全保障上の構造的脆弱性を改めて浮き彫りにした。表面的にはガソリン価格高騰への対応が政治課題として注目されているが、本質的な問題はガソリン価格そのものではなく、日本経済が依然として中東産原油に大きく依存し続けているという国家構造にある。

日本は資源小国であり、戦後一貫して海外からのエネルギー輸入によって経済成長を支えてきた。しかし、その成功体験の裏側では、原油供給の大部分を中東地域に依存するという脆弱な構造が温存されてきた。平時には効率的であったこの体制も、一度地政学的危機が発生すると国家全体が大きな影響を受ける。今回のイラン戦争は、その危険性を改めて日本社会へ突き付ける結果となった。

特にホルムズ海峡をめぐる情勢は、日本にとって極めて重大な意味を持つ。ホルムズ海峡は世界最大級のエネルギー輸送路であり、日本が輸入する中東産原油の大半がこの海峡を通過している。イランは通常戦力で米国やイスラエルに対抗することが困難なため、海峡封鎖や商船攻撃、機雷敷設、無人機攻撃などの非対称戦を通じて世界経済に圧力をかけている。結果として、たとえ完全封鎖に至らなくとも、海上保険料の高騰や輸送リスクの増大だけで原油市場は大きく混乱することとなった。

このような状況下で日本政府が採用したのが燃料油価格激変緩和対策事業、いわゆるガソリン補助金である。政府が石油元売り会社へ補助金を支給することで小売価格を抑制し、急激な物価上昇から国民生活を守ろうとする政策である。短期的には一定の効果を発揮しており、家計負担の軽減や物流コスト上昇の抑制に寄与していることは否定できない。

しかし、問題はこの政策が本来想定していた「一時的な緊急避難措置」の範囲を超え始めていることである。当初は数か月から一年程度の価格高騰への対応として設計された制度であったが、ロシア・ウクライナ戦争、世界的インフレ、中東情勢悪化、そしてイラン戦争へと危機が連続した結果、制度は事実上の半恒久政策へと変質しつつある。

その結果として最も深刻化しているのが財政負担である。ガソリン補助金には既に数兆円規模の国費が投入されており、今後も戦争が長期化すれば追加予算が必要となる可能性が高い。日本は世界有数の政府債務残高を抱えており、少子高齢化による社会保障費増大、防衛費拡充、災害対策など多くの財政需要を抱えている。その中で、ガソリン価格抑制のためだけに巨額の財源を継続的に投入することは極めて困難である。

さらに、補助金には市場機能を歪める副作用も存在する。本来であれば燃料価格上昇は省エネルギー投資や代替技術への移行を促すシグナルとして機能する。しかし、補助金によって価格上昇が緩和されれば、消費者や企業は行動変容を起こしにくくなる。結果としてエネルギー効率改善や脱炭素投資が遅れ、長期的には日本経済の競争力低下につながる可能性がある。

また、ガソリン補助金は所得再分配政策としても効率的ではない。高所得者も低所得者も同じ単価で補助を受けるため、政策効果が広く薄く分散してしまう。高級車を複数所有する世帯にも補助が及ぶ一方で、本当に支援を必要とする低所得世帯や地方居住者への支援効果は限定的である。この点からも、一律補助を継続する合理性は徐々に失われつつある。

したがって、ガソリン補助金の将来を考える上で最も重要なのは「続けるか、やめるか」という単純な二択ではない。真に問われるべきは「どのような条件で縮小し、何へ転換するか」という出口戦略である。

出口戦略として最も現実的なのは、ホルムズ海峡の物流回復や国際原油市場の安定化を一定の条件として設定し、それに応じて補助額を段階的に縮小していく方式である。市場参加者に事前予告を行い、半年から一年程度の移行期間を設けることで急激なショックを回避しながら制度正常化を進めることが可能となる。

同時に重要なのが、補助金の打ち切り期限、すなわちデッドラインを明確に設定することである。日本では多くの時限措置が政治的事情によって延長され続けてきた歴史がある。しかし政策に期限が存在しなければ、企業も家計も構造改革への投資を先送りし、補助金依存体質が固定化する。逆に終了時期が明示されれば、企業は省エネ投資や技術革新を進め、消費者も将来を見据えた行動変容を始める。デッドラインの設定は単なる終了宣言ではなく、社会全体の構造転換を促す政策シグナルとして機能するのである。

そして、補助金縮小によって生まれる財源は「価格補助」から「構造転換投資」へと振り向けられるべきである。補助金は消費されて終わるが、インフラや技術への投資は将来に資産として残る。送電網整備、蓄電池産業育成、次世代原子力技術開発、水素・アンモニア技術、EV充電インフラ、公共交通網維持、省エネ住宅支援などは、日本のエネルギー体質そのものを変革する可能性を持つ。

特に重要なのがエネルギー安全保障の再構築である。日本は今後も中東との友好関係を維持する必要があるが、同時に調達先の多角化を進めなければならない。米国、カナダ、豪州、東南アジア、アフリカなどとの資源協力を強化し、単一地域への依存度を引き下げる必要がある。また、原油だけでなくLNGや重要鉱物についても供給網の分散化を進めることが不可欠である。

さらに国内では、再生可能エネルギー、原子力、天然ガス火力を組み合わせた現実的な電源構成を構築する必要がある。再エネのみへの依存も、化石燃料への依存も現実的ではない。再エネ最大化、原子力の安全活用、天然ガスによる調整機能という三層構造こそが、日本のエネルギー安全保障と脱炭素化を両立させる現実的な選択肢である。

最終的に重要なのは、国民生活防衛という概念そのものを再定義することである。従来の政策は「価格を下げること」が生活防衛であるという発想に立っていた。しかし本質的な生活防衛とは、価格変動に左右されにくい社会を構築することである。原油価格が上昇しても家計や企業への影響が限定的な経済構造を実現できれば、その時初めて真の意味で国民生活は守られる。

ガソリン補助金は危機対応として一定の役割を果たした。しかし、それはあくまで応急処置であり、恒久政策ではない。イラン戦争とホルムズ海峡危機が示した最大の教訓は、価格を補助し続ける国家には限界があるという事実である。

日本が目指すべき未来は、「安いガソリンに依存する国家」ではなく、「原油価格高騰や中東危機が発生しても社会と経済が安定して機能する国家」である。その実現のためには、一律補助から弱者支援への転換、補助金から構造投資への転換、中東依存から調達分散への転換、そして短期対症療法から長期国家戦略への転換が不可欠である。

すなわち、ガソリン補助金の問題とは単なる燃料価格政策ではない。それは日本が今後どのような国家を目指すのかという、エネルギー安全保障、財政運営、産業競争力、そして国家戦略そのものを問う問題なのである。そして、この危機を構造改革の契機へ転換できるか否かが、2020年代後半から2030年代の日本の将来を大きく左右することになる。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします