結婚=地雷原に踏み込むようなもの?、デメリットに気づく人々
2026年現在、「結婚=地雷原」という表現が一定の共感を集める背景には、情報の民主化、経済的不安、個人主義の進展、キャリア重視社会への移行がある。
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現状(2026年6月時点)
2026年現在、日本では結婚そのものに対する価値観が大きく変化している。かつては「結婚すること」が人生の標準ルートとみなされていたが、現在では「結婚するかどうかを選択する時代」へ移行している。
実際、日本の婚姻件数は長期的に減少傾向にあり、若年層の未婚率も上昇している。各種調査では依然として結婚願望を持つ人は多い一方で、経済的不安、自由の喪失、育児負担、離婚リスクなどを理由として結婚を躊躇する人が増えている。
また、SNSや動画配信サービスの普及により、従来であれば家庭内部でしか共有されなかった離婚体験、夫婦不和、親族問題などの情報が可視化された。これによって人々は結婚のメリットだけでなく、デメリットや失敗事例にも日常的に接するようになった。
その結果、「結婚は幸せへの切符」という従来の物語よりも、「結婚は大きなリスクを伴う契約である」という認識が拡大している。
結婚=地雷原に踏み込むようなもの?
近年、一部のネット空間や論壇では「結婚は地雷原に踏み込むようなものだ」という比喩が使われるようになった。
もちろん結婚そのものを否定する意味ではない。むしろ結婚が成功すれば非常に大きな幸福や安心を得られる一方で、失敗した場合の損失も極めて大きいという意味で用いられている。
地雷原の比喩が示しているのは、「危険が見えにくい」「一度踏むと被害が大きい」「簡単に引き返せない」という特徴である。
現代人は結婚をロマンチックなイベントではなく、人生最大級のリスク選択の一つとして認識し始めている。
なぜ「地雷原」と表現されるのか?(心理的背景)
人間は利益より損失を強く意識する傾向がある。行動経済学でいう損失回避性である。
例えば結婚によって得られる幸福が100だとしても、離婚による損失が100であれば、多くの人は損失のほうをより重く感じる。特に現代社会では失敗事例の情報が大量に流通するため、人々は成功例よりも失敗例に強く反応する。
さらに結婚は住宅購入や転職以上に人生への影響範囲が広い。金銭、住居、仕事、子供、親族、人間関係などほぼすべての生活領域に関係するため、心理的なリスク認知が大きくなりやすい。
不可視性(付き合っている段階では見えない)
結婚の最大の問題の一つは、交際段階では本質的な相性が完全には見えないことである。
恋愛期間中は双方が自己演出を行う。また、実際に共同生活を始めるまでは金銭感覚、衛生観念、ストレス耐性、怒り方、育児観、介護観などは十分に観察できない。
そのため「結婚後に初めて知る相手の顔」が存在する。これが結婚リスクの根源の一つとなる。
不可逆性(簡単に引き返せない)
恋愛であれば別れれば済む。しかし婚姻は法的契約である。
住居、財産、子供、保険、税制などが絡み合うため、離婚には大きなコストが発生する。特に子供がいる場合は、離婚後も数十年にわたって関係が継続することが少なくない。
つまり結婚は「試してみてダメならすぐ撤退」が難しい制度である。
一撃の大きさ
地雷が恐れられる理由は発生確率ではなく被害規模にある。
結婚も同様である。多くの夫婦は問題なく生活していても、一度深刻なトラブルが起きると人生全体が揺らぐ可能性がある。
離婚、DV、不倫、精神疾患、依存症、失業、介護問題などが発生した場合、その影響は極めて大きい。
人々が気づき始めた「具体的なデメリット(リスク)」
現代社会では結婚のリスクが以前よりも広く認識されるようになった。
背景には情報の民主化がある。SNS、YouTube、ブログ、掲示板などを通じて、離婚体験や夫婦問題が大量に共有されるようになった。
その結果、人々は結婚を感情だけではなくリスク管理の観点からも評価するようになった。
① 経済的リスク(特に男性側・または高所得者側が意識しやすい)
結婚は愛情関係であると同時に経済共同体でもある。
そのため経済面でのトラブルは夫婦関係全体に大きな影響を与える。
財産分与と婚姻費用
離婚時には財産分与が発生する。
また別居状態になれば婚姻費用の支払いが問題になる場合がある。特に高所得者ほど離婚コストを強く意識する傾向がある。
欧米では婚前契約が一般化しているが、日本ではまだ限定的である。
自由になるお金の激減
独身時代は所得の使い道を自分で決定できる。
しかし結婚後は住宅、教育、保険、老後資金などへの支出が増える。特に子供が生まれると可処分所得は大きく減少する。
そのため経済的自由の低下をデメリットとして認識する人が増えている。
② 精神的・環境的リスク(男女双方、特にキャリア志向の人)
結婚生活は常に他者との共同生活である。
これは孤独の解消というメリットになる一方で、自由の制約という側面も持つ。
個人の自由・時間の喪失
独身であれば休日、転職、引越し、趣味などを自由に決定できる。
しかし結婚後は相手との調整が必要になる。キャリア志向が強い人ほどこの制約を重く感じやすい。
不一致の常態化
夫婦は育った環境が異なる。
金銭感覚、家事分担、教育方針、老後設計などの価値観が一致するとは限らない。そのため大小の摩擦が慢性的に発生する。
③ キャリア・生存戦略上のリスク(特に女性側が意識しやすい)
現代女性にとって結婚は幸福追求であると同時にキャリア上の重要な意思決定でもある。
特に出産と育児は職業人生に大きな影響を与える。
キャリアの分断(出産・育児)
出産による休職や時短勤務は昇進や収入に影響を与える可能性がある。
多くの研究で「母親ペナルティ」の存在が指摘されており、結婚・出産をキャリアリスクとして認識する女性は少なくない。
「ワンオペ」化
共働き世帯が増加している一方、家事育児負担の偏りは依然として課題である。
育児や介護の負担が一方に集中すると、精神的疲労や離職リスクが高まる。
④ 親族関係(外的な地雷)
結婚は個人同士だけでなく家族同士の結合でもある。
そのため配偶者との関係が良好であっても、親族問題が発生する可能性がある。
義理の家族との付き合い
嫁姑問題、介護負担、相続問題などは典型例である。
本人同士では解決できない問題も多く、長期的なストレス要因になり得る。
想像を絶する苦しみに直面することも
結婚に伴うリスクの中には極めて低確率だが深刻なものも存在する。
子供の事故死、重病、障害、配偶者の突然死、自殺、犯罪被害などである。
子供が事故死
子供を持つことは大きな幸福をもたらすが、同時に最大級の不安要因も生み出す。
親は子供の安全に対して長期間責任を負う。
配偶者の死
平均寿命が伸びた現代でも突然死や病気は避けられない。
長年連れ添った配偶者を失うことは精神的にも経済的にも大きな打撃となる。
子供が犯罪を犯す
発生確率は低いがゼロではない。
家族全体の人生を根本から変えてしまう事例も存在する。
配偶者に殺害される
極めて稀ではあるが、家庭内殺人事件は毎年発生している。
結婚は最も身近な他者を人生に迎え入れる行為であり、最悪のケースでは重大犯罪に発展することもある。
義理の家族との付き合い
親族問題は結婚後に初めて顕在化することが多い。
本人同士の相性が良くても、親族との関係悪化によって婚姻生活が破綻する事例は少なくない。
経済的自立
現代人が結婚を慎重に考える背景には経済的自立の進展がある。
かつては結婚が生活保障機能を担っていたが、現在では単身でも生活可能である。
特に女性の高学歴化・就業率上昇により、「生きるための結婚」の必要性は低下した。
情報の民主化
SNS以前は周囲の数組程度しか比較対象が存在しなかった。
現在は何万件もの離婚体験や結婚失敗談を閲覧できるため、リスク認識が大幅に高まっている。
娯楽の多様化
独身生活の魅力も増大している。
動画配信、ゲーム、旅行、推し活、ソロ活など、結婚しなくても充実した生活を送れる環境が整っている。近年の研究では娯楽技術の発達が結婚率低下の一因である可能性も指摘されている。
「自己責任」論
現代社会では人生選択の結果を個人が負担する傾向が強い。
離婚やキャリア中断のリスクも個人に帰属するため、人々はより慎重になる。
結婚は本当に「地雷原」なのか?
結論から言えば、結婚は地雷原ではない。
しかし、リスクが存在することも事実である。
実際には多くの既婚者が高い生活満足度や精神的安定を経験している。家族形成、相互扶助、老後の支えなど結婚のメリットは依然として大きい。
問題は結婚そのものではなく、「相手選び」「価値観の共有」「リスク管理」の不足である。
現代における「リスクを回避する生存戦略」
結婚を完全に否定するのではなく、リスクを管理する考え方が広がっている。
以下はその代表例である。
事実婚・別居婚
法律婚以外の形態を選択する人も増えている。
共同生活を維持しながらも一定の独立性を確保できるためである。海外では同棲や事実婚の社会的受容も進んでいる。
徹底的な契約(婚前契約)
財産管理や離婚時のルールを事前に決める方法である。
欧米では一般的であり、日本でも関心が高まりつつある。
戦略的独身(ソロ活)
結婚しないことを消極的選択ではなく積極的戦略として捉える考え方である。
経済的自立、人間関係の自由、キャリア形成を優先する生き方として支持を集めている。
今後の展望
今後の日本では結婚制度そのものが消滅する可能性は低い。
しかし、結婚の位置づけはさらに変化すると考えられる。
かつての「義務としての結婚」から、「十分に比較検討したうえで選択する契約」へと変化していく可能性が高い。また、事実婚、別居婚、友情結婚など多様なパートナーシップ形態も増加すると予想される。
まとめ
2026年現在、「結婚=地雷原」という表現が一定の共感を集める背景には、情報の民主化、経済的不安、個人主義の進展、キャリア重視社会への移行がある。
人々は結婚を無条件に理想化しなくなった。不可視性、不可逆性、一撃の大きさという特徴を理解した上で、リスクとリターンを比較するようになっている。
もっとも、結婚は本質的に地雷原なのではなく、高リターンと高リスクが共存する制度と考える方が実態に近い。重要なのは結婚するか否かではなく、自らの価値観と人生戦略に照らして合理的な選択を行うことである。
参考・引用リスト
- OECD, Society at a Glance 2024: Marriage and Divorce(2024)
- OECD, Society at a Glance Asia/Pacific 2025: Marriage and Divorce(2025)
- 内閣府「満足度・生活の質に関する調査」(2024–2025)
- 内閣府経済社会総合研究所「結婚の意思決定に関する分析」(佐藤博樹ほか)
- 東京商工会議所「若者の結婚・出産に関する意識調査」(2024)
- The Guardian, Japan asks young people why they are not marrying amid population crisis(2024)
- Pew Research Center, Marriage and Cohabitation Studies
- TIME, More People Think It's Fine for Unwed Couples to Live Together
- Yanagimoto, Kazuharu, A Quantitative Model of Non-Marriage and Fertility: Bargaining over Leisure(2026)
- Yanagimoto, Kazuharu, Marriage and Divorce in Continuous Time(2026)
- Ogasawara & Igarashi, The Impacts of the Gender Imbalance on the Marriage Market(2021)
- 厚生労働省 人口動態統計
- 総務省統計局 国勢調査関連統計
- 国立社会保障・人口問題研究所 各種人口推計・婚姻関連調査
- 日本家族社会学会 関連研究論文群
- 各種離婚・家族研究に関する国内外査読論文および学術レビュー論文
「新しい付き合い方」の深掘り:地雷の信管を抜く知恵
「結婚=地雷原」という比喩を前提に考えるなら、重要なのは地雷原に入るか入らないかではなく、「いかに信管を抜くか」である。
現代社会において結婚制度そのものが危険なのではなく、制度設計や意思決定の未熟さが危険を増幅させているという見方も存在する。実際、家族社会学や行動経済学の研究では、離婚や夫婦不和の多くは予測不能な事故ではなく、事前に確認可能な要因が積み重なった結果として説明されることが多い。
従来の結婚観は「愛があれば乗り越えられる」という前提に立っていた。しかし現代社会では、恋愛感情だけで長期的な共同経営体を維持することは困難であるという認識が広がっている。
そのため近年は「感情の相性」よりも「運営の相性」を重視する考え方が増えている。
例えば以下のような要素である。
- 金銭感覚
- 子供を持つか否か
- 居住地の優先順位
- 仕事への価値観
- 親の介護方針
- 家事分担
- 宗教観や思想的距離
- 性生活の価値観
恋愛中は見落とされがちな部分であるが、長期的にはこちらの方が夫婦関係を左右する場合が多い。
つまり現代のパートナーシップは「恋愛の延長」ではなく、「共同プロジェクト」に近づいている。
かつては「結婚したら考えればよい」とされていた問題が、現在では「結婚前に決めるべき問題」へ変化している。
これはロマンの消失ではない。
むしろ長期的な関係を維持するための合理化と見ることができる。
「夫婦」から「共同経営者」への変化
現代の結婚において最も大きな変化は、夫婦が共同経営者化していることである。
戦後の高度成長期には夫が稼ぎ、妻が家庭を守るモデルが一般的だった。
しかし現在は共働き世帯が専業主婦世帯を大幅に上回っている。
結果として、「誰が稼ぐか」ではなく、「どう運営するか」が重要になった。
この視点に立つと、結婚は感情契約と経済契約のハイブリッドであることが分かる。
そして共同経営体である以上、契約内容を明確にするほど地雷の信管は抜きやすくなる。
コスト・リターン計算の深掘り:なぜ「割に合わない」のか?
結婚を敬遠する人々の議論を分析すると、「結婚は損だ」という単純な主張ではないことが分かる。
彼らが問題視しているのは、「リスクに対して期待リターンが読みにくい」ことである。
投資の世界では期待収益率を計算できる。
しかし結婚ではそれが難しい。
相手の人格も将来も完全には予測できないからである。
なぜ昔は「割に合った」のか
歴史的に見ると、結婚は極めて合理的な制度だった。
農業社会では労働力確保の意味があった。
工業社会では生活保障機能があった。
女性は経済的安定を得られ、男性は家事育児支援を得られた。
つまり結婚しない場合のコストが非常に高かった。
独身で老後を迎えることは現実的ではなかったのである。
なぜ現代は「割に合わない」と感じるのか
現代では状況が大きく異なる。
一人でも生きられる。
一人でも稼げる。
一人でも娯楽を楽しめる。
一人でも住宅を借りられる。
一人でも老後資金を形成できる。
つまり結婚によって得られる機能の多くが市場サービスによって代替可能になった。
一方で結婚によるリスクは依然として残っている。
離婚コスト。
養育費。
介護負担。
親族問題。
キャリア中断。
精神的ストレス。
この構造が、「メリットは市場化されたのに、リスクだけは残った」という感覚を生み出している。
その結果、一部の人々は結婚をハイリスク・ミドルリターン投資として認識するようになった。
最大の問題は期待値ではなく分散
興味深いのは、多くの人が平均値ではなく分散を恐れていることである。
結婚満足度の研究を見ると、幸福度が大きく上昇する夫婦も存在する。
しかし逆に極端に不幸になるケースも存在する。
つまり結婚は期待値の問題というより、「結果の振れ幅」の問題なのである。
大成功と大失敗の差が極端に大きい。
これが地雷原という比喩につながっている。
「地雷原」という言葉の本質とこれからの社会
地雷原という表現は実は結婚制度そのものを批判しているわけではない。
本質的には、「不確実性の増大」を表現している。
農業社会では人生コースが比較的固定されていた。
学校。
就職。
結婚。
出産。
老後。
という標準ルートが存在した。
しかし現代社会では標準ルートが消滅しつつある。
人生は選択肢の集合体になった。
その結果、自由は増えたが責任も増えた。
結婚もその一つに過ぎない。
昔は結婚しないリスクが大きかった。
今は結婚するリスクと結婚しないリスクが拮抗している。
この変化が「地雷原」という認識を生み出している。
つまり地雷原とは、結婚制度の危険性ではなく、予測不能な人生そのものを意味しているのである。
「完全自己責任のカスタマイズ型オプション」へ
今後の社会で最も大きな変化は、結婚が義務ではなくオプションになることである。
しかも単一のオプションではない。
複数の選択肢を組み合わせるカスタマイズ型オプションへ変化していく可能性が高い。
「標準パッケージ」の崩壊
20世紀型の結婚には標準パッケージが存在した。
恋愛。
結婚。
同居。
出産。
育児。
老後。
すべてが一つのセットだった。
しかし現在は分離が進んでいる。
恋愛だけ。
同居だけ。
事実婚だけ。
子供なし。
別居婚。
週末婚。
友情結婚。
共同養育。
様々な形態が登場している。
将来的にはさらに細分化が進む可能性が高い。
人生はサブスクリプション化する
興味深いのは、現代人が結婚を終身契約として捉えなくなっていることである。
企業への終身雇用が崩壊したように、パートナーシップも柔軟化している。
極端な言い方をすると、「一生添い遂げる前提」から、「続く限り続ける前提」へ移行している。
これは結婚観の劣化ではなく、市場化・契約化の進展である。
「愛」より「相互利益」
今後のパートナーシップは感情だけでは維持されない。
双方に利益が存在する限り継続する関係へ近づいていく可能性がある。
この考え方を冷たいと感じる人もいる。
しかし実際には、相互利益が存在するからこそ長期的な信頼が成立するという側面もある。
愛情だけに依存する関係は脆弱である。
愛情に加えて、
- 経済合理性
- 生活合理性
- 心理合理性
- 社会合理性
が存在するとき、関係は安定する。
結婚は「地雷原」ではなく「高難度プロジェクト」になった
2026年時点で「結婚=地雷原」という表現が広がる背景には、結婚制度そのものの劣化ではなく、社会構造の変化が存在する。
かつての結婚は生存インフラだった。
現在の結婚は選択肢の一つである。
そのため人々はコストとリターンを冷静に比較するようになった。
しかし本質的に見ると、結婚は地雷原というよりも高難度プロジェクトに近い。
成功すれば極めて大きな幸福、安心、社会的資本を得られる。
失敗すれば大きな損失を被る。
だからこそ現代人は「結婚するか」ではなく、「どのような契約と関係性を設計するか」を重視し始めている。
今後の社会では、法律婚を頂点とする単一モデルではなく、多様なパートナーシップが並存する社会へ移行する可能性が高い。
そして最終的には、結婚も独身も事実婚も別居婚も、「正解」ではなく個人が選択する完全自己責任のカスタマイズ型オプションへ変化していくと考えられる。
全体まとめ
本稿では、「結婚=地雷原に踏み込むようなものか?」という近年しばしば語られる比喩について、社会学、経済学、人口学、家族研究、行動経済学などの知見を踏まえながら検証してきた。
結論から言えば、結婚を単純に「地雷原」と断定することは正確ではない。しかし同時に、そうした表現が一定の説得力を持ちながら受容されるようになった背景には、現代社会特有の合理性が存在している。
かつての結婚は、生存のためのインフラとしての性格を強く持っていた。農業社会では労働力確保のため、工業社会では生活保障のため、結婚は個人の幸福追求というよりも社会制度の一部として機能していた。特に男性は一家の稼ぎ手として、女性は家庭の維持者として役割分業を行うことが期待されており、結婚は人生設計の標準ルートとして位置づけられていた。
しかし21世紀に入り、その前提は大きく変化した。女性の高学歴化と就業率上昇、サービス産業化、福祉制度の整備、情報通信技術の発展などにより、個人が単独で生活を維持できる環境が整備された。かつて結婚によってしか得られなかった経済的安定、社会的承認、生活支援機能の多くが市場や制度によって代替可能となった。
その結果、人々は結婚を「しなければ生きられない制度」ではなく、「選択可能な人生戦略の一つ」として捉えるようになった。
そして選択肢になった瞬間、人々は結婚をコストとリターンの観点から評価し始めた。
現代社会において結婚が地雷原と呼ばれる理由は、主として三つの特徴に集約できる。
第一は不可視性である。
結婚相手の本質的な人格、価値観、ストレス耐性、金銭感覚、育児観、介護観、人生観などは、交際段階では完全には把握できない。恋愛中は双方が理想化されやすく、実際の共同生活を経験して初めて見えてくる問題も少なくない。
第二は不可逆性である。
恋愛関係であれば比較的容易に解消できるが、婚姻は法的契約である。住居、財産、子供、親族関係などが複雑に絡み合うため、問題が生じても簡単には撤退できない。特に子供が存在する場合には、離婚後も長期間にわたり関係が継続する。
第三は損害規模の大きさである。
結婚生活の大半は平穏であったとしても、離婚、不倫、DV、失業、病気、介護、親族トラブルなどが発生した場合、その影響は人生全体に及ぶ。人間は利益よりも損失を強く意識する傾向を持つため、この「一撃の大きさ」が結婚への警戒感を強めている。
さらに現代人が結婚に慎重になっている背景には、情報環境の劇的な変化が存在する。
かつて人々が観察できる夫婦像は、家族や近隣住民などごく限られた範囲にとどまっていた。しかしSNSや動画共有サイトの普及によって、離婚体験、夫婦不和、親族問題、家庭内暴力、経済トラブルなどの事例が大量に可視化された。
これは結婚が悪化したというよりも、従来は見えなかった現実が見えるようになったという側面が大きい。
いわば情報の民主化によって、人々は結婚の光だけでなく影も同時に認識するようになったのである。
また、本稿で検討したように、結婚に伴うリスクは多面的である。
経済面では財産分与や婚姻費用、養育費、住宅ローンなどの問題が存在する。特に高所得者ほど離婚コストを意識しやすい傾向がある。
精神面では自由時間の減少、価値観の不一致、慢性的なストレスなどが問題となる。キャリア志向の強い人々にとっては、自分以外の意思決定主体が人生に介入すること自体が大きな負担となる場合もある。
女性側から見ると、出産・育児によるキャリア中断やワンオペ育児の問題が依然として重要な課題である。
さらに親族関係という外部要因も存在する。義理の家族との関係、介護問題、相続問題などは本人同士だけでは解決できないケースも多く、結婚特有のリスクとして認識されている。
加えて、人々が恐れているのは日常的な摩擦だけではない。
子供の事故死、重大疾病、配偶者の突然死、犯罪被害、家庭内暴力など、発生確率は低いが被害規模が極めて大きい事象も存在する。
地雷という比喩は、まさにこの「低確率だが高損失」という構造を表現している。
しかしながら、ここで重要なのは、結婚が本質的に危険な制度であるという意味ではないことである。
実際には、多くの研究が結婚による心理的安定、社会的支援、生活満足度の向上、健康状態の改善などを報告している。良好な婚姻関係は依然として人生の幸福度を高める重要な要因であり続けている。
つまり問題は結婚そのものではなく、結婚をどのように設計するかにある。
本稿後半で論じたように、現代社会では「地雷原を避ける」のではなく、「地雷の信管を抜く」という発想が重要になっている。
恋愛感情だけに依存するのではなく、金銭感覚、家事分担、育児方針、介護方針、居住地選択、仕事観などを事前に共有することが求められる。
現代の結婚は、感情だけで成立する制度ではなく、共同経営体としての側面を持つようになった。
そのため、夫婦は恋人であると同時に共同事業者でもある。
この認識を持つことによって、多くのリスクは事前に軽減できる。
さらに注目すべきなのは、結婚そのものの多様化である。
従来の社会では、恋愛、結婚、同居、出産、育児、老後が一つのパッケージとして結びついていた。しかし現在では事実婚、別居婚、週末婚、子供を持たない選択、友情結婚など、さまざまな形態が登場している。
これは結婚制度の崩壊ではない。
むしろ個人の価値観に合わせて制度を再設計する過程である。
言い換えれば、結婚は画一的な義務から、カスタマイズ可能なオプションへと変化しつつある。
この流れは今後さらに加速する可能性が高い。
終身雇用が当たり前ではなくなったように、人生のパートナーシップも一つの形だけではなくなるだろう。
重要なのは、「結婚するか」「独身でいるか」という二択ではない。
どのような関係性が自分にとって最適なのかを主体的に設計することである。
最終的に、「結婚=地雷原」という表現の本質は、結婚制度そのものへの批判ではなく、現代社会における不確実性の増大を象徴する言葉として理解できる。
現代人は結婚だけでなく、就職、転職、住宅購入、出産、介護など、あらゆる人生選択においてリスクと向き合っている。
つまり地雷原とは結婚ではなく、自由化された人生そのものなのである。
自由が増えれば選択肢も増える。
選択肢が増えれば責任も増える。
その中で結婚は、もはや義務でも正解でもない。
数ある生存戦略の中の一つであり、幸福を実現するための一つの手段である。
ゆえに現代社会において問われるべきなのは、「結婚は危険か」という問いではない。
本当に問われるべきなのは、「自分はどのような人生を望み、そのためにどのようなパートナーシップを構築したいのか」という問いである。
結婚を地雷原とみなすか、人生最大の投資とみなすか、あるいは選択しないかは個人の自由である。
しかし確かなことは、これからの社会では、結婚も独身も事実婚も別居婚も、すべてが自己責任の下で選択される人生戦略となっていくということである。
そしてその時代において重要なのは、制度に従うことではなく、自らの価値観に基づいて最適な選択を行う能力なのである。
