HPVワクチンは1回か2回か、接種回数をめぐる議論、米国で再燃、知っておくべきこと
HPVワクチンをめぐる接種回数の議論は、単なる「1回か2回か」という数字の問題ではない。そこには、ワクチンの有効性、免疫の持続性、接種率、医療アクセス、費用、医療資源、そして将来の子宮頸がん予防をどのように最大化するかという複数の問題が重なっている。
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現状(2026年10月時点)
ヒトパピローマウイルスワクチン、いわゆるHPVワクチンをめぐって、いま大きな転換点が訪れている。長く「複数回接種」が基本とされてきたHPVワクチンについて、1回の接種でも2回接種と同等の予防効果を得られるのではないかという研究結果が積み重なり、世界保健機関はすでに一定の条件下で1回接種を認めている。
一方、2026年10月時点の米国では、標準的な制度として1回接種に移行したわけではない。米国疾病予防管理センターは現在も、15歳未満で接種を開始する場合は原則2回、15歳以降に開始する場合や免疫機能が低下している人では3回という体系を維持している。
ここで重要なのは、「1回で十分」という結論が世界的に確定したわけでも、「2回以上でなければ効果がない」という従来説が覆されたわけでもないことだ。現在起きているのは、どの接種回数が最も医学的に合理的なのかという問題に加えて、限られた医療資源をどう配分し、できるだけ多くの若者にワクチンを届けるかという公衆衛生上の問題が同時に議論されている状況である。
日本ではさらに事情が異なる。厚生労働省によれば、2026年4月から定期接種で使用されるHPVワクチンは9価ワクチンに一本化され、接種回数は1回ではなく、開始年齢に応じて2回または3回となっている。15歳になるまでに1回目を接種した場合は2回、15歳になってから開始した場合は3回が基本であり、日本の公的制度は現時点では1回接種を採用していない。
したがって、「HPVワクチンは1回でよいのか」という問いに対する2026年時点の答えは、単純な「はい」でも「いいえ」でもない。科学的には1回接種を支持する重要なデータが存在する一方、各国の制度、対象年齢、免疫状態、ワクチンの種類、長期的な予防効果などを考慮すると、接種回数についてはまだ政策上の判断が分かれている。
議論の背景と経緯
HPVは非常に一般的なウイルスであり、性交渉などを通じて感染する。多くの場合は自然に排除されるものの、一部では感染が持続し、子宮頸がんをはじめとする複数のがんにつながる可能性があるため、感染そのものを予防するHPVワクチンはがん予防政策の重要な手段と位置付けられている。
HPVワクチンが登場した当初から、接種回数を少なくすることが主流だったわけではない。臨床試験や承認制度では、免疫反応を十分に誘導し、その効果を長期間維持することを目的として複数回の接種が設定され、その後、各国の予防接種制度に組み込まれていった。
当時の考え方は合理的だった。ワクチンを複数回投与すれば免疫反応を強化できると考えられ、実際、HPVワクチンでも接種回数を重ねることで高い抗体反応が確認されたためである。
しかし、実際に世界各地で接種事業を展開すると、別の問題が浮上した。2回目や3回目の接種を予定どおり受けない人が少なくなく、制度上は「接種対象者」となっていても、実際にシリーズを完了できない人が発生したのである。
この問題はHPVワクチンでは特に重要だった。接種対象の中心は思春期の若者であり、本人だけでなく保護者、学校、医療機関、自治体など複数の主体が関わるため、数か月から半年以上の間隔を置いて複数回の接種を完了させることには一定の負担が伴う。
つまり、医学的に「2回接種した場合の効果」が高くても、現実には「1回目を受けた人のすべてが2回目まで到達する」とは限らない。そこで研究者や公衆衛生当局の関心は、単純な免疫学的比較から、「1回だけでも十分な感染予防効果を得られるなら、むしろ1回にした方が社会全体の接種率を高められるのではないか」という問題へ移っていった。
多回接種からの歴史
HPVワクチンの接種回数を理解するには、現在の2回または3回という制度が最初から絶対的な医学的原則だったわけではないことを理解する必要がある。接種回数は、臨床試験で確認された免疫反応、承認時のデータ、対象者の年齢、免疫状態などを組み合わせて決められてきた。
特に若年者では、成人より強い免疫反応が得られることが知られている。このため、若い年齢で接種を開始する場合には、成人と同じ回数を必要としない可能性が以前から検討されてきた。
日本でもこの考え方が制度に反映されている。現在の日本の9価HPVワクチンでは、15歳になるまでに1回目を接種した場合は2回で完了できる一方、15歳になってから開始する場合は3回が基本となっている。
ここには重要な意味がある。つまり、HPVワクチンについて「何回必要なのか」という問題は、ワクチンそのものだけでは決まらず、「何歳で接種するのか」という条件と密接に結び付いている。
さらに、免疫機能が低下している人については別の扱いが必要になる。世界保健機関も、免疫機能が低下している人やHIV感染者については、少なくとも2回、可能であれば3回の接種を推奨している。
したがって、1回接種の議論を一般化して、「誰でも1回でよい」と理解するのは適切ではない。現在の研究が主として示しているのは、健康な若年者を中心とした集団において、1回接種が非常に高い予防効果を発揮する可能性であり、すべての人について接種回数を一律に1回へ減らせるという意味ではない。
世界保健機関(WHO)の方向転換
この議論を世界的な政策課題へ押し上げた最大の出来事の一つが、世界保健機関による方針変更である。世界保健機関は2022年、従来の複数回接種を前提とした考え方から踏み込み、9〜14歳では1回または2回、15〜20歳でも1回または2回という選択肢を示した。21歳を超える女性については2回接種を推奨している。
これは単なる「接種回数の削減」ではない。世界保健機関が重視したのは、HPVワクチンの供給量、費用、医療機関へのアクセス、接種完了率などを含めた公衆衛生全体の最適化である。
背景には世界的な接種率の低迷がある。世界保健機関によれば、HPVワクチンの初回接種率は2019年から2021年にかけて25%低下し、2021年には2019年より350万人多くの少女が接種を受けられなかった。
この状況では、医学的に最も手厚い接種方法だけを追求しても、肝心のワクチンを受ける人が増えなければ、子宮頸がんの予防という最終目的を十分に達成できない。世界保健機関の方向転換は、この「理想的な接種」と「現実に多くの人へ届けられる接種」の間にあるギャップを埋めようとする政策判断だったといえる。
さらに、世界保健機関は2024年の資料でも、HPVワクチンについて1回接種の利用可能性を含め、各ワクチン製品の科学的・制度的情報を整理している。これは1回接種が一時的な例外措置ではなく、国の予防接種政策を検討する際の正式な選択肢として位置付けられつつあることを示している。
ただし、ここで注意すべきなのは、世界保健機関の方針が「1回接種だけを唯一の正解」としたわけではない点である。1回または2回という柔軟な選択肢を認めることで、各国が自国の接種率、医療体制、ワクチン供給、費用、対象人口などを踏まえて制度を設計できるようにしたという側面が大きい。
そして現在、この世界的な流れと、従来型の複数回接種制度を維持する国との間に、政策上の差が生じている。その象徴となっているのが米国であり、さらに決定的な科学的材料として登場したのが、大規模な臨床試験である。
なぜ米国で議論が再燃しているのか(科学的根拠)
HPVワクチンの接種回数をめぐる議論が2025年から2026年にかけて米国で強く意識されるようになった最大の理由は、1回接種でも高い予防効果が得られることを示す研究が、単なる免疫反応の比較ではなく、感染そのものを評価する臨床研究によって裏付けられてきたためである。従来は「1回では抗体価が2回より低い」という事実が慎重論の根拠となっていたが、抗体価の高さと実際の感染予防効果は必ずしも比例しないことが明らかになってきた。
HPVワクチンの場合、重要なのは接種後にどれほど高い抗体価が得られるかだけではなく、実際にHPV16型や18型などの発がん性の高い型への感染を防げるかどうかである。このため近年の研究では、血液中の抗体だけでなく、一定期間持続するHPV感染を直接評価する方向へ研究の重点が移っている。
米国では、もともとHPVワクチンは3回接種を基本として導入された。その後、若年者では2回接種でも3回接種と同等の免疫反応が得られるとのデータを踏まえ、2016年に米国予防接種実施諮問委員会が15歳未満で接種を開始する人について2回接種を推奨するようになった。
つまり米国では、すでに「3回から2回」への変更を経験している。この過去の変更があるため、1回接種を支持するデータが増えてくれば、2回から1回へさらに減らすことが科学的・政策的に検討対象となること自体は、必ずしも突然の発想ではない。
最新の臨床試験データ――ESCUDDO試験
この議論において特に重要なのが、コスタリカで実施されたESCUDDO試験である。この試験は米国国立がん研究所などが関与した大規模な無作為化試験であり、12〜16歳の女子を対象として、2価ワクチンまたは9価ワクチンを1回または2回接種し、その後のHPV16型・18型感染を比較した。2025年12月に医学誌へ結果が公表され、1回接種が2回接種に対して非劣性であることが示された。
試験には20,330人が無作為化され、さらにワクチンを接種していない3,005人が比較対象として登録された。主要評価項目は、接種後12〜60か月の間に発生し、少なくとも6か月持続したHPV16型または18型の新規感染であり、単純な抗体価ではなく、実際の感染予防能力を評価する設計となっていた。
結果は注目すべきものだった。2価ワクチンでは1回接種群と2回接種群の感染率の差が100人当たりマイナス0.13件、9価ワクチンではプラス0.21件で、いずれも事前に設定された非劣性の基準を満たした。
さらに、4つの接種群すべてでワクチンの有効性は少なくとも97%と推定され、安全性について新たな懸念は確認されなかった。つまり、この試験の範囲では、1回接種群が2回接種群より明らかに劣るという結果は得られなかったのである。
この結果は「1回接種でHPV関連のすべてのがんを直接97%防ぐ」という意味ではない。評価された主要項目はHPV16型・18型の持続感染であり、子宮頸がんそのものの発症を1回接種と2回接種で直接比較した試験ではないからである。
しかし、HPV感染から前がん病変、さらにがんへ進展するまでには長い時間がかかるため、若年者を対象とした臨床試験で数十年後のがん発症を直接比較することは現実的ではない。そのため、持続感染を重要な中間指標として評価することには科学的な意味がある。
ESCUDDO試験が重要な理由
ESCUDDO試験の重要性は、1回接種でも抗体ができるという従来の研究結果を、より直接的な感染予防データによって補強したところにある。研究開始の背景には、コスタリカで2004年に始まったHPVワクチン試験の追跡研究などから、1回接種後も長期間にわたって高い予防効果が維持される可能性が示されていたことがある。
特に興味深いのは、1回接種では2回接種より抗体価が低くなること自体は確認されているにもかかわらず、それが直ちに感染予防効果の低下を意味しなかったことである。米国の専門家による検討でも、1回接種後の抗体価は2回・3回接種より低いものの、抗体の成熟度やその後の推移などを考慮すると、単純に「抗体価が低いから防御力も低い」とは判断できないことが示されている。
この点はワクチン政策を考えるうえで極めて重要である。もし「抗体価を最大化すること」だけを基準にすれば、多回接種を選びやすいが、「実際に感染をどれだけ防げるか」「接種を完了できる人をどれだけ増やせるか」まで含めれば、1回接種にも大きな合理性が生じるからである。
米国で1回接種を検討する合理性
米国の議論では、単に「1回でも効く」という臨床試験結果だけが問題になっているわけではない。米国では現在、15歳未満で接種を開始する場合は2回、15歳以上で開始する場合は3回という制度が基本となっているため、接種回数を1回に減らせば、接種を受ける側だけでなく医療機関や学校、保険制度などの負担も変化する。
さらに、2026年に公表された米国の数理モデル研究では、2回接種から1回接種へ変更した場合の長期的な影響が検討された。研究では米国のHPV感染と子宮頸がんを再現する2つのモデルを用い、1回接種の有効性が98%と仮定した場合だけでなく、有効性を90%とする厳しい条件や、平均25年程度で防御効果が低下すると仮定した条件も分析している。
このようなモデル研究が重要なのは、臨床試験の結果だけでは分からない「社会全体への影響」を評価できるからである。例えば1回接種の個人レベルの効果が2回接種より多少低かったとしても、接種回数を減らすことで接種率が大きく上昇すれば、集団全体では感染やがんをより多く防げる可能性がある。
ただし「1回接種が完全に証明された」とはいえない
ここで議論を慎重にする必要がある。ESCUDDO試験は非常に大規模で重要な試験だが、1回接種と2回接種による子宮頸がんそのものの発症率を比較した試験ではなく、主要評価項目もHPV16型・18型の持続感染だったからである。
また、HPVには16型・18型以外にも発がん性を持つ型が存在する。9価ワクチンではより多くの型を対象とするため、1回接種でどの型についてどの程度の長期防御が維持されるのか、さらに長期間の追跡によって確認していく必要がある。
もう一つの論点が男性である。米国の2025年の専門家検討では、1回接種に関する研究の多くが女性を対象としており、男性については1回接種の臨床的な有効性を直接示すデータがまだ十分ではないことが指摘された。
したがって、1回接種の科学的根拠は急速に強くなっているものの、「すべての年齢、すべての性別、すべての免疫状態で、1回接種が2回または3回接種と完全に同じ」とするところまでは研究が進んでいない。
米国での政策判断は科学だけでは決まらない
HPVワクチンの接種回数を変更する場合、米国では臨床試験の結果だけでなく、接種率、費用対効果、安全性、長期的な免疫持続性、対象集団、保険制度などを総合的に検討する必要がある。実際、米国の予防接種実施諮問委員会では、1回接種の有効性だけでなく、効果の持続期間、子宮頸部以外の感染部位に対する防御、男性でのデータ不足などが重要な未解決問題として議論されていた。
このため、米国の議論を「医学界が1回接種で一致した」と理解するのは正確ではない。むしろ、1回接種を支持する科学的根拠が十分に強くなったことで、これまで当然視されてきた2回接種を本当に維持する必要があるのかという政策上の問いが、改めて表面化したと理解する方が適切である。
そしてこの議論をさらに複雑にしているのが、米国では2026年に入って予防接種政策そのものをめぐる政治的・制度的な変化が起きていることである。したがって、「1回接種を支持する科学的根拠」と「米国政府がどのような制度変更を行うのか」は、分けて考える必要がある。
次に問われるのは「何回打つか」より「何人を守れるか」
HPVワクチンの接種回数をめぐる議論は、最終的には単純な回数比較では終わらない。1回接種と2回接種の個人レベルの効果がほぼ同等なら、次に問われるのは、接種回数を減らすことでどれだけ多くの人がワクチンを受けられるようになるのかという問題だからである。
世界保健機関が1回接種を選択肢として認めた背景にも、この考え方がある。ワクチンの効果を最大限に引き出すためには、理論上最も高い免疫反応を得ることだけではなく、実際の社会で接種を受ける人を増やすことが重要なのである。
つまり、1回接種をめぐる議論は「1回でも効くのか」という医学的問題から、「1回にすればより多くの人を守れるのか」という公衆衛生上の問題へと移りつつある。
公衆衛生上のメリット(アクセスの向上)
HPVワクチンの1回接種を支持する議論で最も重要なのは、接種回数を減らすことで、ワクチンそのものの性能だけでなく「実際に接種を受けられる人」を増やせる可能性があることだ。特に低所得国や医療機関へのアクセスが限られる地域では、複数回の接種を前提とする制度そのものが大きな障壁になり得る。
世界保健機関が1回接種を選択肢として認めた背景にも、この問題がある。HPVワクチンは子宮頸がんを予防するための非常に有力な手段だが、ワクチンが供給されても、接種のために何度も医療機関へ行かなければならない制度では、対象者が途中で離脱する可能性がある。
特に思春期の接種では、本人の意思だけでは接種を完了できない場合がある。保護者の同伴、学校や医療機関との日程調整、交通手段、仕事や学校との両立など、2回目や3回目に至るまでにはさまざまな現実的障壁が存在する。
1回接種なら、最初の接種機会を逃さずに済めば、その時点で一定の予防効果を得られる。これは「2回目を忘れたためにワクチンの効果が不十分になる」という状況を減らすうえで、非常に大きな意味を持つ。
また、世界的なワクチン供給量にも関係する。1人当たりに必要な接種量が減れば、同じ供給量でより多くの人に接種できるため、ワクチン不足が問題となる地域では対象人口を拡大できる可能性がある。
接種率の向上
1回接種への変更で期待されるもう一つの効果が、接種率の向上である。ここでいう接種率には、少なくとも「1回目を受ける人の割合」と「必要回数をすべて完了する人の割合」という2つの意味があるため、両者を分けて考える必要がある。
複数回接種制度では、1回目の接種率が高くても、2回目や3回目まで到達するにつれて人数が減少することがある。したがって、制度上の接種回数を減らせば、「初回接種を受けた人が、そのまま接種完了者になる」という構造を作りやすい。
ただし、1回接種に変更しただけで自動的に接種率が上昇するわけではない。接種をためらう人、HPVワクチンそのものへの不信感を持つ人、接種機会を知らない人などは、接種回数が1回になっても接種しない可能性があるからだ。
したがって、公衆衛生上の効果を最大化するには、1回接種という制度変更だけでなく、学校や医療機関での案内、対象者への通知、保護者への情報提供、接種費用の公費負担などを組み合わせる必要がある。
世界保健機関が1回接種を認めたことも、単純に「1回の方が医学的に優れている」という意味ではない。むしろ、1回でも十分な予防効果が期待できるのであれば、その分だけ制度を簡素化し、世界的な接種率を引き上げることができるという公衆衛生上の判断である。
医療経済・リソースの軽減
接種回数の削減には、医療経済上のメリットも考えられる。ワクチンそのものの価格だけでなく、接種を実施する医師や看護師、接種会場、予約管理、記録管理、予診、保護者への説明など、1回の接種にはさまざまな資源が必要だからだ。
2回接種を1回接種に変更すれば、単純計算では接種に必要な医療機関への訪問回数が減る。医療従事者の業務量が減れば、その時間を他の予防接種や診療に振り向けることも可能になる。
特に医療従事者が不足している地域では、この効果は大きい。HPVワクチンの接種対象者を増やそうとしても、接種を担当する医療従事者や施設が不足していれば、制度を拡大することそのものが難しくなるからである。
さらに、ワクチンを1回で完了できれば、接種記録の管理や再来院の案内といった行政上の負担も軽減できる。複数回接種では、対象者がいつ2回目を受けるべきなのかを管理し、未接種者に通知する仕組みが必要になるが、1回接種なら制度設計が比較的単純になる。
もっとも、ここにも注意が必要である。ワクチンの接種回数を減らせば、必ず医療費全体が減るとは限らない。1回接種による長期的な予防効果が2回接種より低かった場合、将来的なHPV感染や前がん病変、がんの増加によって、別の医療費が発生する可能性がある。
そのため医療経済の評価では、「ワクチンを1回打つ費用」と「2回打つ費用」を単純に比較するだけでは不十分である。接種率の変化、予防できる感染症やがんの数、長期的な免疫持続性、追加接種が必要になる可能性まで含めた費用対効果分析が必要になる。
1回接種をめぐる「懸念点」と慎重論
1回接種を支持する研究が増えている一方で、慎重論にも合理的な根拠がある。最大の問題は、1回接種によって得られる免疫が、2回または3回接種と同じ期間にわたって維持されるかどうかについて、まだ完全な答えが出ていないことだ。
現在の研究では、1回接種後にも非常に高い予防効果が確認されている。しかし、HPVワクチンを接種する対象者の多くは10代前半であり、実際にHPV感染リスクが高まるのはその後であるため、数十年単位の防御効果を評価するには長期追跡が必要になる。
また、臨床試験で確認された結果を、異なる国や人口集団にそのまま当てはめられるとは限らない。接種時の年齢、性別、HPVへの既感染状況、ワクチン製品、接種間隔、免疫状態などによって、得られる効果が変わる可能性があるからだ。
さらに、HPVには多くの型が存在する。子宮頸がんとの関連が特に強い16型と18型だけでなく、その他の発がん性HPV型も存在するため、1回接種によって9価ワクチンが対象とする型全体にどの程度の長期的防御が得られるのかは、引き続き検証が必要である。
免疫機能が低下している人については、さらに慎重な扱いが必要になる。世界保健機関は、HIV感染者など免疫機能が低下している人について、1回接種ではなく少なくとも2回、可能であれば3回の接種を推奨している。
このことからも分かるように、「1回接種」という考え方は、すべての人に一律に適用する制度ではない。健康な若年者を中心とする集団では1回接種が有力な選択肢になっている一方、特定のリスクを持つ人については従来型の複数回接種が維持される可能性が高い。
長期的な免疫持続性の不確実性
1回接種に対する最大の科学的な慎重論は、長期的な免疫持続性である。ワクチン接種後の抗体価が高いことだけでなく、その防御力が何年間維持されるのか、さらに抗体価が低下した後も免疫記憶によって感染を防げるのかという問題がある。
HPVワクチンでは、接種後に抗体価が時間とともに低下すること自体は異常ではない。重要なのは、抗体価が低下したことと、感染予防効果が失われたことを同一視できない点である。
実際、これまでの追跡研究では、1回接種後にも長期間にわたり高い予防効果が維持される可能性が示されてきた。ESCUDDO試験も、この問題をさらに明確にするための重要なデータを提供しているが、試験期間だけで生涯にわたる防御を証明することはできない。
そのため、今後重要になるのが長期追跡である。10年、20年という単位で感染率や前がん病変を追跡し、1回接種者と2回接種者の間に本当に臨床的に意味のある差がないのかを確認する必要がある。
制度的・医療保険上のハードル
科学的に1回接種が合理的になったとしても、実際に制度を変更するには別の問題がある。ワクチンの承認、予防接種スケジュール、保険給付、公費負担、医療機関の請求制度などは国ごとに異なり、科学的な推奨と制度上の扱いが必ずしも同時に変わるわけではない。
米国では特にこの点が重要になる。専門家が1回接種を支持するデータを認めても、米国疾病予防管理センターの推奨や保険会社の給付基準、各州の制度などが直ちに一斉変更されるとは限らない。
また、医療現場にとっては「1回接種でもよい」という制度変更が、かえって混乱を招く可能性もある。対象年齢によって回数が異なり、免疫機能低下者には別のスケジュールが必要となれば、医療従事者が適切な対象者を判定しなければならない。
したがって、接種回数を減らすことは制度を単純化する一方で、例外規定を明確にしなければ新たな混乱を生む。1回接種を導入する場合には、「誰が1回でよいのか」「誰には2回以上が必要なのか」を明確に示すことが不可欠である。
1回接種の本当の意味
ここまでの研究を総合すると、1回接種の最大の価値は「2回目を省略できる」という単純な話ではない。HPVワクチンを必要としている人に、より簡単な仕組みで、より早く、より広く届けられる可能性にある。
もし1回接種でも長期間にわたって高い感染予防効果が維持され、なおかつ接種完了率が上昇するなら、個人レベルだけでなく集団レベルでも大きな利益が生まれる。特に子宮頸がんの予防が十分に行き届いていない国や地域では、この効果は非常に大きい。
逆に、1回接種の防御効果が時間とともに大きく低下するなら、長期的には追加接種が必要になる可能性がある。そのため現在の議論は、「1回か2回か」という二者択一ではなく、「1回接種を基本としながら、将来的に追加接種が必要になる人をどう判定するか」という方向へ発展する可能性もある。
そして、この問題を考える際には、科学的な有効性と政策としての有効性を区別する必要がある。1回接種が2回接種に対して非劣性を示したとしても、それだけで世界中のすべての国が同じ制度へ変更するわけではなく、それぞれの国が接種率、医療制度、費用、対象人口、長期追跡データを踏まえて判断することになる。
国際的な潮流
HPVワクチンの接種回数をめぐる国際的な潮流は、明らかに変化している。かつては複数回接種が当然とされていたが、現在では、健康な若年者を中心として1回接種を選択肢に含める国際的な考え方が広がっている。
その転換点となったのが、世界保健機関による2022年の推奨変更である。世界保健機関は9〜14歳について1回または2回、15〜20歳についても1回または2回を選択肢とし、21歳を超える女性には2回を推奨する方針を示した。免疫機能が低下している人については、少なくとも2回、可能であれば3回とするなど、対象者によって区別している。
この変更の背景には、1回接種を支持する研究結果だけでなく、世界的なHPVワクチンの接種率を引き上げる必要性がある。世界保健機関は、1回接種を導入することで接種プログラムを簡素化し、ワクチンの供給量を有効に利用し、より多くの少女に接種できる可能性を重視している。
実際、世界ではHPVワクチンの接種機会そのものが十分に確保されていない地域が依然として多い。こうした地域では、複数回接種を前提とする制度よりも、1回で完了できる制度の方が現実的に運用しやすい場合がある。
一方、すべての高所得国が直ちに1回接種へ移行したわけではない。研究データの蓄積速度、国内の接種率、医療制度、保険制度、ワクチンの承認条件などが異なるため、国によって制度変更のタイミングには大きな差がある。
日本の状況
日本では、2026年10月時点でHPVワクチンの定期接種は複数回接種を基本としている。2026年4月からは定期接種で使用されるHPVワクチンが9価ワクチンに一本化され、対象者については原則として15歳になるまでに1回目を接種した場合は2回、15歳になってから接種を開始した場合は3回という仕組みになっている。
ここで重要なのは、日本の制度が「2回接種」に固定されているわけではないという点である。接種開始年齢によって必要回数を変えており、若年者についてはすでに3回から2回へと負担を軽減する考え方が取り入れられている。
これは世界的な研究動向とも矛盾しない。若年者では強い免疫反応が期待できるため、成人より少ない回数で十分な効果が得られる可能性が高いからである。
一方、日本では現段階で世界保健機関が認める「1回接種」という選択肢は、定期接種の標準スケジュールとして導入されていない。つまり、日本は国際的な1回接種の流れを無視しているというより、科学的なデータの蓄積を見ながら従来の制度を維持している段階と見るべきである。
なぜ日本では1回接種になっていないのか
日本が1回接種へ移行していない理由として、まず考えるべきなのは長期的な臨床データの蓄積である。HPVワクチンは、接種した直後の抗体価だけでなく、10年、20年という長期にわたって感染を防げるかどうかが重要なワクチンだからである。
さらに、日本の制度では9価ワクチンが中心となっている。9価ワクチンは、子宮頸がんとの関連が強いHPV16型、18型に加えて、その他の発がん性HPV型などを対象としているため、9価ワクチンの1回接種による長期的な防御について、日本の人口集団でどの程度の効果が維持されるのかを慎重に評価する必要がある。
また、海外の臨床試験の結果をそのまま日本の制度に適用することにも注意が必要である。接種年齢、既感染率、接種率、検診制度、医療アクセスなどが異なるため、同じワクチンでも集団全体に及ぼす影響は国によって変わる可能性がある。
日本では子宮頸がん検診も並行して行われている。したがって、HPVワクチンの接種回数だけを単独で評価するのではなく、ワクチン接種と子宮頸がん検診を組み合わせた総合的ながん予防政策として考える必要がある。
日本でも1回接種が検討される可能性
では、日本でも将来的に1回接種が検討される可能性はあるのか。結論からいえば、可能性そのものは十分にあるが、2026年10月時点で「近く1回接種へ変更される」と予測するのは早い。
今後、ESCUDDO試験の長期追跡結果や、その他の国・地域で実施された1回接種の追跡研究が蓄積されれば、1回接種と2回接種の差についてさらに明確な評価が可能になる。特に、感染予防効果が10年以上にわたって維持されることが確認されれば、1回接種を支持する根拠はさらに強くなる。
また、1回接種を導入した国で実際に接種率が上昇したのか、子宮頸部のHPV感染率や前がん病変がどの程度減少したのかという「現実世界」のデータも重要になる。臨床試験だけでなく、実際の予防接種事業で同じ結果が得られるかどうかが政策判断を左右する。
日本の場合、すでに若年者について2回接種を採用しているため、1回接種への変更によってどれほど追加的な利益が得られるのかを慎重に計算する必要もある。3回から2回への変更と比べると、2回から1回への変更による追加的な負担軽減効果は相対的に小さくなる可能性があるからだ。
一方で、2回目の接種を受ける人が一定数脱落しているのであれば、1回接種への変更によって「接種完了率」が大幅に高まる可能性がある。この効果が大きければ、1回接種の政策的価値は単なる医療費削減を超えて、子宮頸がん予防そのものの強化につながる。
1回接種と2回接種をどう比較すべきか
ここまでの議論を整理すると、1回接種と2回接種は単純に「どちらが医学的に優れているか」だけで比較すべきではない。少なくとも「個人レベルの予防効果」「効果の持続期間」「接種完了率」「人口集団全体の感染予防効果」「費用」「医療資源」「安全性」の7つの観点から評価する必要がある。
個人レベルでは、ESCUDDO試験によって1回接種が2回接種に対して非劣性を示す重要なデータが得られた。しかし、長期的な免疫持続性についてはなお追跡が必要であり、すべての対象者について2回接種と完全に同じと断定できる段階ではない。
公衆衛生の観点では、1回接種のメリットが大きくなる可能性がある。接種回数を減らせば、接種機会を増やしやすくなり、医療機関への再訪を減らし、ワクチン供給量を効率的に使えるためである。
一方、2回接種には「すでに長期間にわたる経験がある」という強みがある。1回接種に比べて長期的な免疫についてのデータが蓄積されており、政策としての不確実性が相対的に小さい。
つまり、現在の科学的状況は「1回接種が正解、2回接種が間違い」というものではない。より正確には、1回接種が以前考えられていたほど不十分ではなく、十分な予防効果を持つ可能性が高まったため、従来の2回接種を維持することが本当に必要なのかを再検討する段階に入ったということである。
米国と日本の違いから見えるもの
米国で議論が再燃していることは、日本にとっても無関係ではない。米国は大規模な研究機関を持ち、HPVワクチンの臨床試験や長期追跡研究にも深く関わっているため、米国の政策議論は今後の国際的な接種方針にも影響を与える可能性がある。
ただし、米国の政策判断をそのまま日本に輸入する必要はない。米国と日本では医療保険制度、予防接種制度、接種場所、学校との関係、子宮頸がん検診の仕組みなどが異なるからである。
むしろ日本が注目すべきなのは、米国や世界保健機関が「何回打つべきか」という議論を、「限られた医療資源で何人を守れるか」という議論へ発展させている点である。これは日本のHPVワクチン政策を考えるうえでも重要な視点になる。
今後の展望
今後の最大の焦点は、1回接種後の防御効果がどこまで長期間維持されるかである。ESCUDDO試験などの結果が長期追跡によって確認され、さらに複数の国で同様の結果が再現されれば、1回接種を支持する科学的根拠は一段と強固になる。
次に重要なのが、実際の接種率への影響である。1回接種へ変更することで接種開始者だけでなく、接種完了者も増加することが確認されれば、臨床試験の結果と公衆衛生上の利益が結び付く。
また、将来的には「全員1回」という単純な制度ではなく、年齢や免疫状態などによって接種回数を分ける柔軟な制度が主流になる可能性もある。健康な若年者には1回、特定のリスクを持つ人には2回または3回という考え方である。
さらに、将来の研究では「追加接種が必要な人をどう判断するか」という問題も重要になる。一定期間後に免疫状態を調べる方法が実用化されれば、全員に一律の追加接種を行うのではなく、必要な人だけに追加接種する制度が考えられる可能性もある。
まとめ
HPVワクチンをめぐる接種回数の議論は、単なる「1回か2回か」という数字の問題ではない。そこには、ワクチンの有効性、免疫の持続性、接種率、医療アクセス、費用、医療資源、そして将来の子宮頸がん予防をどのように最大化するかという複数の問題が重なっている。
2026年10月時点で最も重要な科学的変化は、1回接種でも高いHPV感染予防効果が得られることを示す臨床データが蓄積していることである。特にESCUDDO試験は、1回接種が2回接種に対して非劣性であることを大規模な無作為化試験で示した点で、今後の政策議論に大きな影響を与える可能性がある。
一方で、1回接種をすべての人に適用できることが確定したわけではない。長期的な免疫持続性、男性や特定の集団におけるデータ、ワクチンの種類による違いなど、今後も検証すべき問題は残っている。
日本については、現時点では2回または3回接種が基本であり、1回接種へ移行する段階にはない。しかし、世界保健機関の方針転換、ESCUDDO試験などの臨床研究、各国の実際の接種事業から得られるデータが蓄積すれば、日本でも接種回数を再検討する議論が始まる可能性はある。
最も重要なのは、接種回数そのものを目的にしないことである。HPVワクチンの最終的な目的は、できるだけ多くの人をHPV感染から守り、将来の子宮頸がんをはじめとするHPV関連がんを減らすことにある。その目的に照らして1回接種と2回接種のどちらがより大きな公衆衛生上の利益を生むのかを、臨床試験だけでなく長期追跡、接種率、費用対効果、実社会でのデータを含めて判断する必要がある。
そして現在の科学的状況を最も正確に表現するなら、「HPVワクチンは1回で十分と決着した」のでも、「2回接種を続けなければならない」のでもない。1回接種でも十分な予防効果が得られる可能性を示す証拠が非常に強くなったため、これまで当然とされてきた複数回接種を、本当にすべての対象者に必要とするのかを再検討する時代に入ったと評価するのが妥当である。
参考・引用リスト
- 世界保健機関「HPVワクチン接種スケジュールに関する推奨の更新」2022年。1回または2回接種を選択肢とする現在の国際的な政策転換の主要資料である。
- 世界保健機関「子宮頸がん予防のためのHPVワクチンに関する立場文書」。HPVワクチンの有効性、安全性、接種対象、1回接種を含む接種方法について体系的に整理している。
- 米国疾病予防管理センター「HPVワクチン接種に関する考慮事項」。米国における年齢別の接種回数、接種間隔、免疫機能低下者への対応などを示す現行資料である。
- 米国疾病予防管理センター・予防接種実施諮問委員会「HPVワクチンに関する会議資料」。1回接種の有効性、免疫持続性、男性におけるデータ、政策変更の可能性などが議論されている。
- 米国国立がん研究所「ESCUDDO試験」。コスタリカで実施された大規模無作為化試験の背景、研究目的、試験設計などを説明している。
- ESCUDDO試験の主要論文。12〜16歳の女子20,330人を対象として、HPVワクチン1回接種と2回接種を比較し、HPV16型・18型の持続感染に対する非劣性を検証した大規模臨床試験である。2025年に公表された。
- 米国におけるHPVワクチン1回接種の数理モデル研究。1回接種への移行がHPV感染、子宮頸がん、接種率、長期的な健康効果に与える影響をモデル化している。
- 厚生労働省「HPVワクチンに関する情報」。日本の定期接種制度、対象年齢、接種回数、ワクチンの種類、副反応、安全性などについての公的情報である。
- 厚生労働省「9価HPVワクチンに関する情報」。日本における9価ワクチンの定期接種化、接種スケジュールなどについて整理している。
- 国立感染症研究所・関連公的資料。HPV感染、子宮頸がん、HPVワクチンの感染予防効果など、日本における疫学的背景を確認するための資料である。
追記:米国での議論をどう見るべきか
今回の議論を最も簡潔に整理すると、HPVワクチンの接種回数をめぐる世界の考え方は、「多く接種するほどよい」という発想から、「十分な予防効果を確保しながら、できるだけ多くの人に届けるには何回が最適なのか」という発想へ移行している。
その背景には、HPVワクチンそのものの研究が進んだことがある。特に若年者では1回接種でも強い免疫反応が得られ、その後のHPV感染を高い確率で防げることを示す研究が蓄積されてきた。
そして、2025年に公表されたESCUDDO試験は、この流れをさらに強めた。12〜16歳の女子20,330人を対象とした大規模無作為化試験で、2価ワクチン、9価ワクチンのいずれについても、1回接種は主要評価項目であるHPV16型・18型の持続感染予防において2回接種に対して非劣性を示した。
この結果は、HPVワクチン政策にとって極めて重要である。ただし、「1回接種なら2回接種とあらゆる意味で完全に同じ」ということを証明したものではなく、対象となった年齢、性別、主要評価項目、追跡期間などを考慮して解釈する必要がある。
特に残る問題が長期的な免疫持続性である。若年期に1回接種した人が、10年、20年後にも十分な防御を維持できるのか、2回接種との差が将来的に現れないのかについては、今後も長期追跡研究が必要となる。
また、免疫機能が低下している人などでは、1回接種をそのまま適用できない。世界保健機関も、このような集団については複数回接種を推奨しており、「1回接種」という考え方をすべての人に一律適用するものとは位置付けていない。
それでも、1回接種の可能性が持つ公衆衛生上の意味は大きい。最大のメリットは、2回目、3回目の接種を受けられない人を減らし、初回接種を受けた時点で予防効果を確保できる点にある。
さらに、医療機関への再訪回数、接種管理、予約、行政事務、医療従事者の負担なども減らせる可能性がある。ワクチンそのものの費用だけでなく、接種事業全体に必要な資源を効率化できることが、1回接種の大きな政策的メリットとなる。
世界保健機関が1回または2回という柔軟な選択肢を認めたのも、こうした事情を総合的に考慮したためである。これは「1回接種が医学的に唯一の正解になった」という意味ではなく、各国が自国の接種率、医療体制、ワクチン供給、費用、対象人口などを踏まえて最適な制度を選択できるようにしたものと理解すべきである。
2026年の米国で接種回数をめぐる議論が再び注目されているのは、こうした科学的変化が政策判断の領域に入ってきたためである。米国ではすでに3回から2回へ接種回数を減らした経験があるため、1回接種という次の段階を検討することは、これまでの政策変更の延長線上にもある。
ただし、米国で議論されていることと、米国の標準制度がすでに1回接種へ変更されたことは同じではない。2026年10月時点でも、米国疾病予防管理センターの基本的な接種体系は、15歳未満で開始する場合の2回接種と、15歳以上で開始する場合の3回接種を中心としている。
したがって、現状を正確に表現するなら、「米国が1回接種へ移行した」のではなく、「1回接種を支持する科学的根拠が強まり、従来の2回接種を維持する必要性について政策的な再検討が進んでいる」とするのが適切である。
さらに、米国の政策変更を考える場合には、科学だけでなく保険制度や医療提供体制も重要になる。仮に専門家が1回接種を支持しても、承認条件、保険給付、医療機関の請求、州ごとの制度などを調整しなければ、実際の接種現場を変更することはできない。
日本への影響
日本は2026年10月時点で、1回接種を定期接種の標準としていない。現在は9価HPVワクチンを中心に、15歳になるまでに1回目を接種した場合は2回、15歳になってから開始した場合は3回という制度が基本である。
したがって、日本で直ちに1回接種へ変更する必要があると結論付けることはできない。一方、世界保健機関の推奨やESCUDDO試験などの研究結果を考慮すれば、日本の制度も今後の研究結果を継続的に検証し、必要であれば接種回数の妥当性を再評価することが望ましい。
特に重要なのは、日本の制度がすでに年齢によって2回と3回を使い分けている点である。これは「接種回数はすべての人で同じでなければならない」という考え方ではなく、接種時の年齢や免疫反応を考慮して最適化する考え方がすでに制度に取り入れられていることを意味する。
今後1回接種の長期的な有効性がさらに確認されれば、日本でも「1回接種を選択肢として認めるべきか」という議論が本格化する可能性がある。その際には、海外の制度をそのまま導入するのではなく、日本の接種率、子宮頸がん検診、医療アクセス、費用対効果などを含めて総合的に判断する必要がある。
最後に
HPVワクチンの1回接種をめぐる議論は、単なるワクチン接種回数の削減論ではない。これは、科学的に確認された予防効果と、現実の社会でできるだけ多くの人を守るための公衆衛生政策をどのように結び付けるかという問題である。
現時点で最も確実に言えるのは、健康な若年者に対する1回接種の有効性を支持する科学的根拠が以前より大幅に強くなったということである。特に大規模なESCUDDO試験によって、1回接種が2回接種に対してHPV16型・18型の持続感染予防で非劣性を示したことは、この議論における重要な転換点となった。
しかし、1回接種がすべての人に対して2回接種と完全に同等であると結論する段階にはまだない。長期的な免疫持続性、対象集団による違い、男性を含む各集団でのデータ、ワクチンの種類による違いなど、今後も検証すべき課題が残されている。
したがって、「HPVワクチンは1回で十分」という表現は、現時点では単純化しすぎている。より正確なのは、「健康な若年者では1回接種でも高い予防効果が期待できることを示す強力な科学的根拠が蓄積し、1回接種を公衆衛生上の選択肢として検討できる段階に入った」という評価である。
そして、1回接種の最大の意義は、2回目をなくすことそのものではない。接種のために必要な時間、費用、医療資源、行政上の負担を減らしながら、より多くの人にHPVワクチンを届けられる可能性にある。
逆に、2回接種にも重要な意味がある。長期的な安全性と有効性について蓄積された経験があり、1回接種よりも不確実性が小さいため、長期的なデータが十分に蓄積するまで現行制度を維持するという判断にも合理性がある。
結局のところ、問題は「1回か2回か」という数字だけではない。どの対象者に、どのワクチンを、何歳で、何回接種することが、個人と社会の双方にとって最も大きなHPV関連がん予防効果をもたらすのかという問題である。
2026年10月時点では、その答えが世界中で完全に統一されたわけではない。しかし、HPVワクチン政策が「複数回接種を当然とする時代」から、「科学的根拠と公衆衛生上の実効性を比較して最適な接種回数を決める時代」へ移りつつあることは明確である。
日本にとっても、この変化は将来の予防接種政策を考えるうえで重要な意味を持つ。今後はESCUDDO試験などの長期追跡結果、各国の実際の接種率、HPV感染率、前がん病変や子宮頸がんの発生状況、費用対効果などを継続的に検証し、その結果に応じて接種回数を柔軟に見直していくことが求められる。
最終的な目標は、1回接種を実現することでも、2回接種を維持することでもない。HPV感染を最大限に防ぎ、将来の子宮頸がんを含むHPV関連がんをできるだけ減らすことである。その目的に最も適した接種方法を、最新の科学的根拠に基づいて選択することが、これからのHPVワクチン政策に求められている。
