にんじん、健康神話の大誤解、知っておくべきこと
にんじんは健康神話が生まれやすい代表的な食品である。「目に良い」という話にはβ-カロテンとビタミンAという科学的根拠が存在するが、それを視力回復へ結び付けるのは誇張である。
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現状(2026年9月時点)
「にんじん」は日常的に食べられている野菜の中でも、とりわけ「健康に良い」というイメージが強い食品である。鮮やかな橙色の由来となるβ-カロテンを豊富に含み、体内では一部がビタミンAに変換されることから、視覚、皮膚、粘膜などとの関係が注目されてきた。
一方で、にんじんについては、科学的に確認されている栄養上の特徴と、昔から繰り返されてきた健康神話が混在している。「食べれば視力が良くなる」「生で食べると栄養を最大限に取れる」「加熱すると栄養がなくなる」といった説明は、その典型である。
問題は、これらの話が完全な嘘というわけではない点にある。β-カロテンがビタミンAの供給源になること、ビタミンAが正常な視覚機能に必要であることなどには科学的根拠があるが、そこから「にんじんを食べれば視力が回復する」という結論まで飛躍すると、意味が変わってしまう。
現在の栄養学では、食品単体を「病気を治す食品」として評価するよりも、食事全体の中でどの栄養素をどれだけ摂取できるか、さらにその栄養素が実際に体内へどれだけ吸収され利用されるかを見ることが重要になっている。特にβ-カロテンは、食品の形状、加熱、粉砕、油脂との組み合わせなどによって利用されやすさが変わることが、研究によって明らかになっている。
つまり、2026年時点でのにんじん評価は、「昔から言われてきた健康食品だから食べる」という段階から一歩進み、「どの成分が、どのような条件で、どの程度役立つのか」を考える段階に入っているといえる。
よくある「にんじんの健康神話」と検証
にんじんに関する健康情報を整理すると、いくつかの誤解が繰り返し登場する。代表的なのが、「にんじんを食べれば目が良くなる」「生で食べるほうが栄養を逃さない」「加熱すると栄養が壊れる」といった説明である。
これらには、それぞれ科学的な事実を含む部分があるため、単純に「全部間違い」とするのも正確ではない。むしろ、正しい情報の一部だけが強調され、そこから過剰な健康効果が付け加えられたものと考えるほうが実態に近い。
特に重要なのが、β-カロテンの「含有量」と「吸収量」は同じではないという点である。食品中に成分が存在していても、それがそのまま人間の体内で利用されるわけではなく、消化の過程で食品組織から取り出され、吸収され、さらに必要に応じて代謝される必要がある。
この違いを理解すると、にんじんをめぐる多くの健康神話が整理しやすくなる。生か加熱かという二択ではなく、「どの調理法なら目的とする栄養成分を利用しやすいのか」という視点が重要になるのである。
① 神話:「にんじんを食べれば目が良くなる・視力が回復する」
「にんじんは目に良い」という話には、確かな科学的根拠が存在する。にんじんに多く含まれるβ-カロテンは体内でビタミンAに変換され、ビタミンAは正常な視覚機能の維持に必要な栄養素であるためだ。
特にビタミンAは、暗い場所で物を見るための視覚機能に関係している。ビタミンAが不足すれば夜盲などの視覚障害につながる可能性があり、その意味ではβ-カロテンを含む食品を適切に摂取することには明確な栄養上の意味がある。
しかし、ここから「にんじんをたくさん食べれば視力が良くなる」という話になると、科学的な意味は大きく変わる。視力は角膜、水晶体、網膜、視神経など複数の器官や構造によって成立しており、近視や遠視、乱視、白内障などの原因もそれぞれ異なるからである。
したがって、β-カロテンを摂取することと、近視の視力が回復することは同じではない。栄養不足によって生じる視覚機能の問題を防ぐことと、すでに存在する屈折異常や眼疾患を食品によって治療することを区別しなければならない。
この「目に良い」というイメージが強く広まった背景には、戦時中の情報戦も関係しているとされる。第二次世界大戦期の英国では、夜間に活動する戦闘機の能力について、パイロットがにんじんを食べているため視力が優れているという趣旨の情報が利用されたことが知られている。
しかし、ここでも重要なのは、にんじんの栄養価そのものと、「にんじんを食べれば暗闇でも特別によく見える」という物語を分けて考えることである。β-カロテンがビタミンAの供給源となるという生理学的事実から、通常以上の視力が得られるという結論は導けない。
むしろ現在の栄養学から見れば、にんじんの価値は「視力を上げる食品」という一点に限定する必要がない。β-カロテンを含む野菜を日常的に摂取し、ビタミンAを含む食事を適切に構成することによって、正常な身体機能を支えるという位置付けで理解するほうが正確である。
検証・事実:誤解(誇張)
結論からいえば、「にんじんを食べれば目が良くなる」という表現は、一部の正しい栄養学的事実を大きく拡大した説明である。正確には、「にんじんに含まれるβ-カロテンはビタミンAの供給源となり、ビタミンAは正常な視覚機能の維持に必要である」と表現するべきである。
さらに注意すべきなのは、β-カロテンの体内利用量には個人差があり、食品から摂取したβ-カロテンがすべてビタミンAになるわけではないことである。β-カロテンの吸収や代謝には、食品の状態、食事中の脂質、消化管内での処理など複数の要因が関係している。
したがって、「目のためだから毎日にんじんを大量に食べる」という発想も合理的ではない。重要なのは、にんじんを含むさまざまな野菜や食品から栄養素をバランスよく摂取し、特定の食品に健康効果を集中させないことである。
ここで、にんじんに対するもう1つの大きな誤解が浮かび上がる。それが「生で食べるほうが、にんじんの栄養を最も効率よく摂取できる」という考え方である。
実際には、β-カロテンについては、生の状態が常に有利とは限らない。にんじんの細胞構造に閉じ込められているカロテノイドは、加熱や粉砕によって食品組織から取り出されやすくなり、結果として体内で利用される割合が高くなる場合がある。
この点は、次回以降の検証で特に重要になる。「加熱すると栄養が壊れる」という一般論だけでは、にんじんの栄養価を正しく評価できないからである。
現時点での整理
ここまでの検証から、にんじんについて最初に押さえるべきなのは、「健康に良い」という結論そのものではなく、何が、なぜ、どの程度良いのかを分解して考えることである。
β-カロテンは確かに重要な成分であり、ビタミンAの供給源として視覚機能を含む身体機能を支える。しかし、「視力を回復させる食品」と表現するのは科学的な根拠を超えた誇張である。
そして、にんじんの栄養価を考える際には、含まれている栄養素の量だけでなく、調理によってそれらがどれだけ利用しやすくなるかを見る必要がある。研究では、加熱・粉砕したにんじんからのβ-カロテン吸収が、生の刻んだにんじんより高くなった例も確認されている。
つまり、にんじんは「生で食べるほど健康的」という単純な食品ではない。むしろ、調理方法や食べ合わせまで含めて考えることで、その栄養上の実力をより正確に評価できる食品なのである。
② 神話:「生で食べると、酵素(アスコルビナーゼ)が他の野菜のビタミンCを破壊する」
にんじんについて昔から語られてきたもう1つの話が、「生のにんじんにはアスコルビナーゼという酵素が含まれており、ほかの野菜と一緒に食べるとビタミンCを破壊する」という説である。特に、にんじんを使った生野菜サラダや野菜ジュースについて、この説明を見かけることがある。
この話には科学的な背景がまったくないわけではない。アスコルビナーゼと呼ばれる酵素群には、アスコルビン酸、すなわちビタミンCの酸化に関係する働きが知られており、にんじんを含む一部の植物組織にそのような活性が確認されている。
しかし、「にんじんを生で食べると、一緒に食べた野菜のビタミンCが体内で破壊される」という説明になると、話はかなり単純化されている。実際の食事では、酵素の活性、食品の酸性度、加熱の有無、食べるまでの時間、消化管内での環境など、多数の条件が関係するからである。
まず重要なのは、アスコルビナーゼによる反応を、そのまま「ビタミンCが完全に消滅する」と理解してはいけないことである。ビタミンCは酸化されることで別の化学形態になるが、その過程は食品中でのビタミンCの存在状態や、その後の反応環境によって変化する。
さらに、アスコルビナーゼの働きは熱に弱いという特徴がある。そのため、にんじんを加熱した場合には酵素活性が低下し、ビタミンCの酸化を促進する作用も抑えられると考えられている。
ただし、ここで「だから生のにんじんは危険だ」と考えるのも適切ではない。通常の食生活で、にんじんを生で食べたことによって、他の食品から摂取したビタミンCが実質的に不足するというほど単純な関係にはならないからである。
検証・事実:部分的誤解・過剰な心配
この神話は、酵素の存在という出発点には一定の事実があるものの、それを日常の食生活における重大な栄養損失へと拡大した点に問題がある。したがって、「完全なデマ」とするより、「部分的に正しい現象を過度に心配する情報」と評価するのが妥当である。
食品中でビタミンCが酸化される可能性があること自体は否定できない。しかし、ビタミンCの栄養価を考える場合には、食事全体からどれだけ摂取しているか、調理や保存によってどれだけ失われるかを総合的に見る必要がある。
そもそもビタミンCは、食品を切ったり、空気に触れさせたり、加熱したりすることでも減少し得る。したがって、「にんじんのアスコルビナーゼだけがビタミンCを破壊する」という理解は、ビタミンCの損失を決める複数の要因を無視している。
また、食品中で起こる化学反応と、人間が実際に食べた後の栄養吸収は同一ではない。食品を口にする前の段階で多少の酸化が起きたとしても、それだけで食事中のビタミンCがすべて失われるわけではない。
この点からも、にんじんとビタミンCをめぐる情報では、「酵素が存在する」という事実と、「そのために野菜のビタミンC摂取が大幅に無効になる」という結論を分ける必要がある。
むしろ日常的な食生活で優先すべきなのは、にんじんを避けることではない。新鮮な野菜や果物を適切に摂取し、長時間の保存や過度な加熱などによる栄養素の損失を必要に応じて抑えることである。
特にビタミンCは水溶性であるため、長時間水にさらしたり、茹で汁を捨てたりする調理では損失が生じやすい。一方で、蒸す、電子レンジで加熱する、短時間で調理するなど、条件によって損失を抑えられる方法もある。
したがって、「にんじんと他の野菜を一緒に食べないほうがよい」という結論に導く必要はない。にんじんを使ったサラダや野菜料理は、通常の食生活の一部として問題なく取り入れることができる。
③ 神話:「にんじんは生で食べるより、加熱したほうが栄養が逃げる」
次に検証すべきなのが、「野菜は生で食べるほど栄養を取れる」という考え方である。一般論としては、加熱によって一部の水溶性ビタミンなどが減少することがあるため、この考え方には一定の根拠がある。
しかし、にんじんをβ-カロテンという観点から評価すると、事情はかなり異なる。β-カロテンは水溶性ビタミンではなく、植物の細胞組織の中に存在する脂溶性の成分であるため、「加熱したらすべて流れ出る」という単純な構造ではない。
むしろ、加熱によって植物細胞の構造が変化すると、細胞壁などに囲まれていたカロテノイドが取り出されやすくなる場合がある。さらに、加熱や細胞組織の破砕によって消化管内で利用可能な状態になりやすくなることも、研究で示されている。
実際に、生のにんじん、加熱したにんじん、細かく処理したにんじんなどを比較した研究では、処理方法によってβ-カロテンの生体利用性が変化することが報告されている。つまり、「生だから吸収率が高い」という単純な関係ではない。
検証・事実:真逆の事実(加熱のほうが吸収率UP)
にんじんについて特に重要なのは、加熱によってβ-カロテンの吸収されやすさが高まる場合があるという点である。これは「加熱すると栄養がすべて壊れる」という一般的なイメージとは反対の現象である。
β-カロテンは、にんじんの細胞構造の中に存在しているため、単純に「含有量が多いか少ないか」だけでは、人間が実際に利用できる量を判断できない。食品中に存在する成分が、消化・吸収の過程でどれだけ利用可能になるかを考える必要がある。
研究では、加熱したにんじんを摂取した場合に、生のにんじんよりも血中のカロテノイド濃度が高くなるケースが報告されている。これは、加熱によってβ-カロテンそのものが増えたという意味ではなく、食品組織からβ-カロテンが取り出され、吸収されやすくなった可能性を示すものである。
さらに、野菜を加熱した際には、栄養素ごとに反応が異なることも重要である。ある成分は加熱によって減少する一方、別の成分は利用しやすくなることがあるため、「加熱=栄養破壊」と一括りにすることはできない。
にんじんのβ-カロテンについては、加熱だけでなく、切る、すりつぶす、細かくするなどの物理的な処理も利用性に影響する。植物細胞を壊すことで、細胞内部に存在する成分が消化液に接触しやすくなるためである。
ここに「油脂」というもう1つの要素が加わる。β-カロテンは脂溶性成分であるため、油脂を含む食事と組み合わせることで、カロテノイドの吸収が高まりやすくなることが知られている。
これは、にんじんを油で炒めるという日本の一般的な調理法が、単に味や食感を変えるだけではなく、β-カロテンの利用性という観点でも合理性を持つ可能性を示している。もちろん、油を大量に使えばよいという意味ではなく、通常の食事の範囲で適量の油脂と組み合わせればよい。
したがって、「生のにんじんを食べることが最も健康的」という考え方は修正する必要がある。生食にも食感や調理上の利点がある一方、β-カロテンを効率よく利用したいのであれば、加熱調理を選択肢から外す理由はない。
「栄養が逃げる」という言葉の落とし穴
ここで注意したいのが、「栄養が逃げる」という表現そのものの曖昧さである。野菜を加熱すると栄養価が一律に低下するように聞こえるが、実際には栄養素ごとに熱、水、酸素、調理時間への反応が異なる。
例えば、水に溶けやすい成分は茹でることで煮汁へ移動する可能性がある一方、細胞組織に強く結び付いている成分は、加熱によってむしろ取り出しやすくなる場合がある。したがって、調理前後の「含有量」だけではなく、「体内でどれだけ利用できるか」を見る必要がある。
この考え方は、にんじんの栄養評価に限らず、食品全般を理解するうえでも重要である。食品の栄養価は、成分表に記載された数字だけで決まるのではなく、食品の構造、調理方法、食べ合わせ、消化吸収などによって実際の利用性が変化するからである。
生食と加熱食は対立させる必要がない
ここまでを整理すると、「生のにんじん」と「加熱したにんじん」のどちらか一方だけが正解というわけではない。生食には生食の利点があり、加熱には加熱の利点があるため、目的に応じて使い分けるのが合理的である。
生のにんじんは食感を楽しみやすく、サラダなどで手軽に摂取できる。一方、加熱したにんじんは柔らかくなり、細胞組織が変化することでβ-カロテンを利用しやすくなる可能性がある。
したがって、「生で食べることが健康的」という固定観念から離れ、さまざまな調理法で食べることが最も現実的である。生、蒸す、煮る、炒めるなどを組み合わせれば、特定の調理法に栄養価を集中させる必要もない。
ここまでの結論
にんじんをめぐる生食神話には、科学的事実と誇張が混在している。アスコルビナーゼがビタミンCの酸化に関係するという現象は存在するものの、それを理由に「にんじんと他の野菜を一緒に食べてはいけない」と考えるのは過剰な解釈である。
同様に、「加熱すると栄養が逃げる」という説明も、にんじんのβ-カロテンについては必ずしも当てはまらない。むしろ加熱や細胞組織の破壊によってβ-カロテンの生体利用性が高まる場合があり、油脂との組み合わせも吸収を考えるうえで重要になる。
にんじんを正しく評価するには、「生か加熱か」という単純な二択ではなく、栄養素ごとの性質を見る必要がある。次に問題となるのは、では実際ににんじんにはどのような健康上の実力があるのかという点である。
その中心に位置するのが、β-カロテンをはじめとするカロテノイドの抗酸化作用である。次回は、にんじんの「真の実力」をテーマに、抗酸化作用、加齢との関係、腸内環境、食物繊維などについて、健康神話と科学的根拠を切り分けながら検証する。
正しく知っておくべき「にんじんの真の実力」
ここまで、にんじんについて広く知られている「目に良い」「生で食べるべき」といった話を検証してきた。そこから見えてくるのは、にんじんが特別な万能食品だから価値があるのではなく、含まれている栄養成分の性質を理解することで、その実力を正確に評価できる食品だということである。
にんじんの代表的な成分としてまず挙げられるのがβ-カロテンである。β-カロテンはカロテノイドの一種で、植物に含まれる色素成分であり、人間の体内では必要に応じてビタミンAへ変換されるほか、抗酸化作用を持つ成分としても研究されている。
ただし、「抗酸化作用がある」ことと、「食べれば老化が止まる」ことは同じではない。食品に含まれる抗酸化成分を摂取することは健康的な食生活の一部になり得るが、単一の食品によって加齢そのものを防止できるとする科学的根拠はない。
この違いを理解することが、にんじんを健康食品として正しく評価するための出発点になる。
強力な抗酸化作用によるアンチエイジング
β-カロテンをはじめとするカロテノイドには、酸化ストレスに関係する反応を抑制する働きが知られている。体内では酸素を利用したエネルギー代謝などによって活性酸素種が生じるため、こうした酸化反応と生体防御機構とのバランスは健康維持にとって重要な要素となる。
β-カロテンは、こうした酸化ストレスとの関係から長く研究対象となってきた。特に野菜や果物を多く含む食事が健康状態と関連するという研究は多数存在し、その中でカロテノイドなどの植物由来成分が果たす役割についても検討されている。
しかし、ここでも「抗酸化作用」という言葉が健康神話を生みやすい。抗酸化作用が確認されている成分を食べれば、そのまま体内の老化を止めたり、肌の老化を防いだり、寿命を延ばしたりできるという意味ではない。
人間の老化は、遺伝的要因、代謝、炎症、紫外線、喫煙、飲酒、睡眠、身体活動、感染症、生活環境など、多数の要因が複雑に関係して進行する。したがって、にんじんのβ-カロテンだけを取り出して「アンチエイジング食品」と呼ぶことには限界がある。
一方で、野菜を十分に含む食生活そのものが健康維持に重要であることは、多くの公的機関が一貫して示している。にんじんはその中で、β-カロテンなどを摂取できる食品の1つとして位置付けるのが適切である。
つまり、にんじんの抗酸化作用を評価するなら、「食べれば老化しない」という方向ではなく、「健康的な食事を構成する植物性食品の1つとして、抗酸化成分を供給する」と理解するべきである。
β-カロテンは「量」だけでなく「利用性」が重要
β-カロテンを考える際には、食品中の含有量だけでなく、生体利用性という概念が重要になる。生体利用性とは、簡単にいえば、食品として摂取した成分が消化・吸収などを経て、実際に体内で利用できる割合を考える概念である。
前回確認したように、にんじんのβ-カロテンは細胞組織の中に存在するため、調理や加工によって利用性が変化する。細胞構造が壊れることで、消化液が成分に接触しやすくなり、吸収される割合が高くなる場合がある。
さらに、β-カロテンは脂溶性であるため、脂質を含む食事との組み合わせも重要になる。研究では、野菜に含まれるカロテノイドの吸収について、食事中の脂質量や調理・加工状態が影響することが報告されている。
これは、「油を使わず、生のまま食べるほうが健康的」という固定観念を修正する材料になる。適量の油脂を使った調理は、カロテノイドの利用性を高める可能性があるからである。
したがって、にんじんの栄養価を高めるために「生食だけに限定する」必要はない。炒め物、煮物、スープなど、さまざまな料理に取り入れることで、日常的に摂取しやすくなる。
腸活・便秘解消への貢献
にんじんのもう1つの重要な特徴が食物繊維である。食物繊維は人間の消化酵素では完全に分解されない成分を含み、消化管を通過する過程や大腸内で腸内細菌の活動に影響を与える。
食物繊維を十分に摂取することは、排便状態の維持や腸内環境の改善に関係する。特に便のかさを増やし、腸管内の内容物の移動を促すことは、便秘対策を考えるうえで重要である。
にんじんには水に溶ける性質を持つ食物繊維と、水に溶けにくい性質を持つ食物繊維の双方が含まれている。これらは食品全体として摂取されることで、腸管内の便の状態や腸内細菌との関係に影響する。
ただし、「にんじんを食べれば必ず便秘が治る」という説明もまた誇張である。便秘には食物繊維の不足だけでなく、水分摂取量、身体活動、食事量、生活習慣、薬剤、疾患などさまざまな要因が関係する。
そのため、にんじんを便秘解消の特効薬のように扱うのは適切ではない。むしろ、野菜、果物、豆類、全粒穀物などから食物繊維を継続的に摂取し、十分な水分と身体活動を組み合わせるという考え方が基本になる。
また、食物繊維を急に大量摂取すると、腹部膨満感やガスなどが生じる場合がある。腸活という言葉だけを強調して一度に大量の野菜を食べるのではなく、普段の食事の中で徐々に摂取量を増やすほうが現実的である。
腸内細菌との関係をどう考えるか
近年は、食物繊維と腸内細菌の関係が広く研究されている。腸内細菌は食物繊維などの成分を利用し、その代謝によってさまざまな物質を生み出すため、食事内容が腸内環境に影響する可能性がある。
ただし、「にんじんを食べれば善玉菌が増える」といった単純な説明は避ける必要がある。腸内細菌の構成は、食事全体、年齢、生活習慣、薬剤、身体状態など多くの要因によって変化するためである。
したがって、にんじんを腸活食品として評価する場合も、単独の食品に特別な作用を期待するのではなく、食物繊維を含む多様な植物性食品を継続して食べることの一環として考えるべきである。
にんじんの栄養価を「食品全体」で考える
にんじんの価値はβ-カロテンだけではない。食物繊維に加え、カリウムなどの栄養素も含み、比較的低エネルギーで料理に取り入れやすいという食品としての利点がある。
また、にんじんは保存性や調理のしやすさにも優れている。生で食べる、煮る、炒める、蒸す、スープにするなど調理方法が多く、他の食品との組み合わせによって食事全体の栄養構成を整えやすい。
こうした「使いやすさ」は、健康食品として意外に重要な要素である。どれほど栄養価の高い食品でも、入手しにくかったり、調理しにくかったり、継続的に食べにくかったりすれば、日常の栄養改善にはつながりにくいからである。
その点、にんじんは特別な健康食品というより、日常の食事に無理なく組み込める栄養価のある野菜として評価するのが適切である。
抗酸化作用を「アンチエイジング」と呼ぶ際の注意
近年、食品広告や健康情報では「抗酸化」「老化防止」「アンチエイジング」という言葉が一緒に語られることが多い。しかし、これらの言葉を同一視することには問題がある。
抗酸化作用は化学的・生理学的な作用を示す言葉であり、それだけで人間の老化現象全体を抑制することを意味しない。特定の食品成分が試験管内で抗酸化作用を示したとしても、同じ効果が人間の体内で同じ強さで起こるとは限らない。
さらに、抗酸化物質を大量に摂取すればするほど健康になるという考え方にも注意が必要である。栄養素や生理活性物質には適切な範囲があり、食品から摂取することと、高濃度の成分をサプリメントなどで大量摂取することは区別しなければならない。
この点は、次回扱う「摂りすぎの弊害」にもつながる。にんじんは健康的な食品だが、「健康的だから多ければ多いほどよい」という考え方は、栄養学的には成立しない。
にんじんの「真の実力」を一言で表すなら
にんじんの最大の価値は、1つの健康効果が突出していることではない。β-カロテン、食物繊維など複数の成分を含み、日常の食事に取り入れやすいという総合力にある。
β-カロテンはビタミンAの供給源となり、正常な視覚機能などを支える。食物繊維は排便や腸内環境を含む消化管の健康を考えるうえで重要であり、さらにカロテノイドなど植物由来成分の存在も、にんじんを栄養価の高い野菜として評価する理由になる。
ただし、ここまでの内容を「にんじんは万能健康食品である」という結論にしてはいけない。科学的に正確な評価は、「にんじんには健康維持に役立つ複数の栄養成分が含まれており、バランスのよい食生活の中で有用な食品である」というところにある。
これは一見すると地味な結論だが、健康情報を正しく理解するうえでは極めて重要である。食品の価値を過剰に宣伝するのではなく、確実に分かっている作用と、まだ明確ではない作用を分けて考えることが必要だからである。
次に問題となる「皮」の価値
にんじんをめぐるもう1つの論点が、皮をむくべきかどうかである。一般には「皮には栄養が集中している」という説明が広く知られているが、これも単純化された情報であり、部位によって成分量が一律に決まっているわけではない。
一方、にんじんの皮を厚くむけば、皮の周辺を含む外側部分を廃棄することになるため、食品全体として摂取できる成分が減る可能性はある。特に家庭料理では、よく洗浄したうえで薄くむく、あるいは皮をむかずに調理するという選択にも合理性がある。
ただし、皮を食べることを「絶対条件」と考える必要はない。次回は、にんじんの皮にどの程度の栄養的意味があるのかを整理しながら、農薬や衛生面を含め、実際の家庭でどのように扱うのが合理的なのかを検討する。
さらに、にんじんの健康効果を語るうえで避けて通れないのが「摂りすぎ」の問題である。健康食品というイメージが強いほど、大量に食べればさらに健康になるという誤解が生まれやすいからである。
皮の栄養価値
にんじんを食べる際、「皮には栄養が集中しているので、絶対にむかないほうがよい」という説明を目にすることがある。この情報にも一定の根拠はあるが、「皮だけが特別に栄養豊富で、むいた瞬間ににんじんの栄養価が失われる」という理解は正確ではない。
にんじんの外側部分には、β-カロテンやフェノール性化合物など、植物由来の成分が比較的多く存在することを示した研究がある。ある品種を対象とした研究では、皮の部分でカロテノイド濃度が可食部の内部より高く、フェノール酸についても大きな差が確認された。
この結果だけを見ると、「にんじんは皮ごと食べるべきだ」と思いやすい。しかし、研究で確認された成分量は品種、栽培条件、成熟度、部位などによって変化するため、すべてのにんじんで同じ比率になるとは限らない。
また、家庭でいう「皮」は、植物学的に厳密な意味での皮だけを指しているわけではない。ピーラーなどで薄く削った場合には、表面近くの組織も一緒に除去されるため、「皮をむいたから栄養が全部なくなった」という考え方は適切ではない。
むしろ重要なのは、必要以上に厚く削らないことである。にんじんの表面を薄くむく、あるいは十分に洗浄してそのまま調理すれば、廃棄する部分を減らし、食品全体を効率よく利用できる。
ただし、皮を食べることを健康維持の絶対条件にする必要はない。土壌由来の汚れなどを十分に洗い落とし、調理環境や食品の状態を考慮したうえで、皮を残すかむくかを判断すればよい。
ここで注意したいのは、「皮に栄養が多い」という情報が、別の健康神話に変化してしまうことである。「皮を食べなければ健康効果が得られない」という説明には科学的な根拠がない。
にんじんの栄養価は、皮だけで決まるものではない。内部の可食部にもβ-カロテンなどのカロテノイドが含まれており、食品全体を食べることによって十分な栄養成分を摂取できる。
皮をむくことは「栄養を捨てること」なのか
食品ロスという観点から考えると、必要以上に皮を厚くむかないことには意味がある。皮やその周辺部分を大量に廃棄すれば、その部分に含まれる栄養成分も同時に捨てることになるからである。
一方、衛生面や食感を理由に皮をむくことが合理的な場合もある。特に表面の汚れが落としにくい場合や、料理の食感を整えたい場合には、皮をむくこと自体を問題視する必要はない。
つまり、「皮を食べるか、むくか」は健康効果の絶対的な問題ではなく、食品をどれだけ無駄なく、安全に、おいしく利用するかという問題として考えるほうが適切である。
にんじんを皮ごと調理できる料理では皮を残し、口当たりを重視する料理では薄くむく。この程度の柔軟な使い分けで十分であり、「皮を食べなければ栄養不足になる」と考える必要はない。
注意すべきポイント(摂りすぎの弊害)
健康食品について最も起こりやすい誤解の1つが、「体に良いものなら、たくさん摂るほど効果が高くなる」という考え方である。にんじんについても、β-カロテンが豊富だから大量に食べれば、目や肌、老化対策などへの効果がさらに強くなると考える人がいる。
しかし、栄養学では「必要量を超えて摂取すれば、その分だけ健康効果が増える」とは限らない。身体は栄養素を一定の仕組みで吸収・代謝しており、過剰な摂取がそのまま有益な方向へ働くとは限らない。
ここで重要なのが、β-カロテンとビタミンAを区別することである。にんじんに含まれるβ-カロテンは、体内で必要に応じてビタミンAへ変換される「プロビタミンA」であり、動物性食品などに含まれる、あらかじめビタミンAとして存在する成分とは性質が異なる。
米国の国立衛生研究所の資料でも、植物性食品に含まれるβ-カロテンを大量に摂取した場合には皮膚が黄色から橙色になることがある一方、あらかじめ形成されたビタミンAを大量摂取した場合にみられるような毒性とは区別されている。
この違いを理解していないと、「にんじんを食べすぎるとビタミンA中毒になる」という別の誤解につながる。通常の食品としてにんじんを食べることと、高濃度のビタミンA製剤などを大量摂取することは同じではない。
一方で、「β-カロテンならいくら摂っても完全に問題ない」と考えるのも適切ではない。大量摂取を続ければ、後述する柑皮症が起こる可能性があり、さらに食品ではなく高用量のβ-カロテン補給剤については別の安全性上の問題が確認されている。
したがって、にんじんについては「食べすぎを恐れて避ける必要はないが、健康効果を期待して極端な大量摂取をする必要もない」というのが妥当な位置付けになる。
柑皮症(かんぴしょう)
にんじんの大量摂取について最も分かりやすい例が、柑皮症である。これはβ-カロテンなどのカロテノイドが体内に多く蓄積することで、皮膚が黄色から橙色に見えるようになる状態である。
医学的には、血中のカロテン濃度が高くなった状態を柑皮血症、その結果として皮膚が黄色く見える状態を柑皮症などと呼ぶ。特に手のひらや足の裏などで色の変化が目立つことがある。
柑皮症の大きな特徴は、一般に健康上の危険性が低いことである。β-カロテンを多く含む食品の摂取量を減らすことで、通常は徐々に皮膚の色が元に戻っていく。
この点は、にんじんの過剰摂取を考えるうえで重要である。皮膚が黄色くなったからといって、直ちに「肝臓が悪くなった」「ビタミンA中毒になった」と判断することはできない。
特に黄疸との区別が重要になる。柑皮症では皮膚の色が変化しても、白目の部分まで同じように黄色くなるとは限らないのに対し、黄疸では眼球結膜にも黄染が現れることがある。
ただし、皮膚が黄色くなった原因を自己判断だけで決めるべきではない。食事を変えても改善しない場合、白目も黄色い場合、体調不良など別の症状を伴う場合には、肝臓や胆道など別の原因が隠れている可能性もあるため、医療機関で確認する必要がある。
つまり、柑皮症そのものは「にんじんの毒性」を示す現象ではない。むしろ、食品由来のβ-カロテンは必要量を超えて摂取しても、そのすべてがビタミンAに変換されるわけではないことを示す一例と考えられる。
なぜβ-カロテンでビタミンA中毒になりにくいのか
ビタミンAには、食品中で最初からビタミンAとして存在する形態と、体内でビタミンAへ変換される形態がある。β-カロテンは後者に当たり、体内では必要に応じてビタミンAへ変換される。
このため、にんじんを大量に食べた場合には、β-カロテンが皮膚に蓄積して色が変わることはあっても、動物性食品や一部のサプリメントなどから摂取する「形成済みビタミンA」の大量摂取と同じ毒性が生じるわけではない。国立衛生研究所も、β-カロテンについては通常のビタミンA上限量とは異なる扱いをしている。
ここから重要な原則が導かれる。「β-カロテンを多く含む食品」と「高用量のビタミンAを含む製品」は、安全性を同じ尺度で判断してはいけないということである。
これは、にんじんの安全性を考える際だけでなく、健康食品やサプリメント全般を評価するときにも重要な考え方である。食品に含まれる成分を濃縮して摂取すれば、食品そのものとは異なる摂取量や身体への影響が生じる可能性がある。
食品としてのにんじんと高用量サプリメントは別物
β-カロテンについて特に注意すべきなのが、喫煙者などを対象に行われた高用量補給の研究である。高用量のβ-カロテン補給剤を長期間摂取した喫煙者、元喫煙者、アスベスト曝露者では、肺がんリスクや死亡リスクの上昇が確認された研究がある。
国立衛生研究所も、こうしたリスクは食品としてのにんじんを食べることではなく、高用量のβ-カロテン補給剤に関する問題として説明している。したがって、「β-カロテンは危険な成分だから、にんじんも危険だ」と結論づけるのは誤りである。
ここには、現代の健康情報を読むうえで非常に重要な原則がある。それは「成分の名前が同じだから、食品とサプリメントの効果や安全性も同じ」と考えてはいけないということである。
にんじんはβ-カロテンだけを単独で摂取する食品ではない。食物繊維、複数のカロテノイド、その他の植物由来成分などを含む食品全体として摂取するため、高濃度の単一成分を補給する場合とは条件が異なる。
したがって、通常の食生活でにんじんを食べることを、β-カロテン補給剤の研究結果と直接結びつけることはできない。むしろ重要なのは、食品は食品として、サプリメントはサプリメントとして、それぞれの根拠と安全性を評価することである。
「にんじんを毎日食べる」は問題なのか
ここまでの内容からすると、「毎日にんじんを食べてはいけない」という結論にはならない。むしろ、通常の食事の中で適量のにんじんを継続的に食べることは、野菜の摂取量を確保する方法の1つになる。
問題になるのは、健康効果を期待して極端な量を毎日摂取するケースである。例えば、通常の食事を置き換えるほど大量のにんじんを食べたり、濃縮したにんじんジュースを大量に飲み続けたりすれば、栄養の偏りや柑皮症につながる可能性がある。
また、にんじんだけで必要な栄養素をすべて補えるわけではない。たんぱく質、脂質、各種ビタミン、ミネラルなどを幅広い食品から摂取する必要があるため、特定の野菜への極端な集中は食事全体のバランスを崩す可能性がある。
したがって、「毎日食べるかどうか」よりも、「多様な食品の中ににんじんを組み込んでいるか」が重要になる。健康的な食生活では、特定の食品を神格化するのではなく、食品群全体の組み合わせを考えることが基本となる。
にんじん健康神話から見える共通パターン
ここまで検証してきた神話には、共通する構造がある。「β-カロテンが豊富」という事実から「目が良くなる」、「抗酸化作用がある」から「老化が止まる」、「皮に成分が多い」から「皮を食べなければならない」というように、事実から結論までの距離が大きくなっている。
これは健康情報で頻繁に起こる現象である。研究で確認された生化学的作用、動物実験、観察研究、人を対象とした介入研究、そして実際の健康効果は、それぞれ証拠としての意味が異なる。
したがって、「研究で効果が確認された」という文章を見た場合には、何を対象に、どの程度の量を、どのような条件で調べた研究なのかを確認する必要がある。試験管内での作用を、そのまま人間の健康効果として扱うこともできない。
にんじんの価値を正しく理解するためには、この証拠の階層を意識する必要がある。そうすれば、にんじんを過小評価することも、逆に万能食品として過大評価することも避けられる。
にんじんの皮には、内部の可食部とは異なる特徴的な成分分布が確認されており、薄くむく、あるいは皮ごと食べることには栄養面や食品ロスの面で一定の合理性がある。しかし、「皮こそ栄養の本体」という理解は誇張であり、皮をむいてもにんじんの栄養価が失われるわけではない。
一方、β-カロテンの摂りすぎによって皮膚が黄色から橙色になる柑皮症は、にんじんを極端に大量摂取した場合などに起こり得る。ただし、これは通常は有害性の低い状態であり、形成済みビタミンAの過剰摂取による中毒とは明確に区別する必要がある。
そして最も重要なのは、食品としてのにんじんと、高用量のβ-カロテン補給剤を同じものとして扱わないことである。にんじんは日常の食事に取り入れる価値のある野菜だが、「健康効果を最大化するために大量摂取する」という考え方は、科学的にも実践的にも必要ない。
ここまでの検証を踏まえると、にんじんは「目を良くする特効食品」でも「老化を止める食品」でも「食べれば食べるほど健康になる食品」でもない。しかし、β-カロテンや食物繊維などを含む身近な野菜として、健康的な食生活を支える価値は十分にある。
今後の展望
にんじん研究は、単純な栄養成分の分析から、食品を食べた後に成分がどのように吸収され、体内でどのように利用されるかという段階へ進んでいる。特にβ-カロテンを含むカロテノイドについては、食品の品種、成熟度、調理方法、粉砕状態、食事中の脂質などによって生体利用性が変化することが重要な研究課題となっている。
今後は、「にんじんにβ-カロテンが何ミリグラム含まれているか」という単純な成分分析だけでなく、「実際に人間の体内へどれだけ吸収されるのか」という視点がさらに重要になると考えられる。これは、同じ量のβ-カロテンを含む食品であっても、食品構造や調理法によって身体が利用できる量が変わる可能性があるためである。
また、カロテノイドについては、β-カロテンだけでなく、α-カロテンなど複数の成分が存在する。これらが単独で作用するのか、複数の植物性成分との組み合わせによって作用が変化するのかについても、引き続き研究する価値がある。
さらに注目されるのが、腸内環境との関係である。食物繊維をはじめとする植物性食品の成分が腸内細菌によって利用され、その代謝産物が人体に影響するという研究が進んでいるため、にんじんについても「含まれている栄養素」だけではなく、「腸内で何が起きるのか」という視点が重要になっていく可能性がある。
ただし、腸内細菌研究については、まだ健康情報として単純化できない部分が多い。特定の食品を食べれば特定の菌が増え、それだけで健康になるという説明は、腸内細菌叢の複雑さを考えると慎重に扱う必要がある。
今後さらに重要になるのは、個人差を考慮した栄養研究である。年齢、遺伝的特徴、腸内環境、食習慣、身体活動量などによって、同じ食品を食べた場合でも栄養素の吸収や代謝が異なる可能性があるからである。
こうした研究が進めば、将来的には「にんじんは誰にとっても同じように健康的」という単純な評価から、「どのような人が、どのような調理法で、どの程度食べると合理的なのか」という、より個別化された栄養評価へ移行していく可能性がある。
「健康神話」から「食品科学」へ
にんじんをめぐる今回の検証で明らかになったのは、健康神話の多くが完全な嘘から生まれているわけではないということである。むしろ、科学的に正しい事実の一部が強調され、そこに分かりやすい物語が付け加えられることで、神話が形成されている。
「β-カロテンはビタミンAの供給源になる」という事実は、「にんじんを食べれば視力が良くなる」という話へ変化した。「抗酸化作用がある」という事実は、「老化を防ぐ」という表現へ拡大され、「皮に成分が多い」という情報は、「皮を食べなければならない」という極端な主張へ変わっていった。
この変化は、健康情報を受け取る側にも注意を求める。ある食品に特定の栄養素が含まれていることと、その食品を食べることで特定の病気が予防・治療できることは、科学的には別の命題だからである。
特に、「研究で確認された」「専門家が推奨している」といった言葉だけで判断するのは危険である。研究対象が細胞なのか動物なのか人間なのか、観察研究なのか介入研究なのか、摂取量が通常の食事の範囲なのか、それとも高用量なのかによって、結果の意味は大きく異なる。
したがって、食品の健康情報を見る際には、「何が確認されているのか」「どこまで確認されているのか」「通常の食事で再現できるのか」の3点を確認することが重要になる。
にんじんは、この考え方を学ぶうえで非常に分かりやすい食品である。β-カロテンという明確な特徴を持ちながら、そこから「視力回復」「老化防止」「万能健康食品」といった結論を導くことはできないからである。
にんじんを実際の食生活でどう食べるか
では、にんじんをどのように食べるのが合理的なのか。結論は意外に単純で、特別な健康法として扱うのではなく、通常の食事の中でさまざまな調理法を使って食べればよい。
生食には生食の利点があり、加熱には加熱の利点がある。β-カロテンの利用性を考えれば、加熱や細胞組織の破砕には合理性があり、適量の油脂と組み合わせることも吸収の観点から意味がある。
一方で、生のにんじんを食べること自体を避ける必要もない。食感を楽しみながらサラダなどで食べることも、食生活の多様性を高める方法の1つである。
皮についても同様である。十分に洗浄できる場合には皮ごと食べてもよく、料理の食感や衛生面を考えて薄くむいても問題ない。
重要なのは、皮を食べることや加熱することを「健康法」として極端に考えないことである。にんじんの価値は、特定の食べ方を守った場合だけ発揮されるものではない。
また、にんじんだけを大量に食べる必要もない。野菜にはそれぞれ異なる栄養成分が含まれているため、緑黄色野菜、淡色野菜、豆類、果物、穀類などを組み合わせるほうが、食事全体としては合理的である。
にんじんを毎日の料理に少量ずつ取り入れる方法でも十分である。炒め物、煮物、スープ、サラダ、蒸し料理など、さまざまな形で食べることで、特定の調理法にこだわらず継続的な摂取が可能になる。
にんじんについて本当に注意すべきこと
にんじんそのものは一般的な食品として安全性の高い野菜である。しかし、「健康に良い」という理由だけで極端な量を摂取する必要はない。
大量摂取によって起こり得る代表的な現象が柑皮症であり、皮膚が黄色から橙色に変化することがある。通常は摂取量を減らすことで改善するが、白目まで黄色くなる場合や、食事を変えても色調が改善しない場合には、単純な柑皮症と決めつけず医療機関で確認することが重要である。
また、食品としてのにんじんと、β-カロテンを高濃度で含む補給剤を同じように考えてはいけない。特に喫煙者や元喫煙者を対象とした高用量β-カロテン補給については、肺がんリスクなどとの関連が報告されているため、サプリメントの利用には食品とは異なる注意が必要になる。
これは「にんじんを食べると肺がんになる」という意味ではない。あくまで高用量の補給剤に関する研究結果であり、通常の食事からβ-カロテンを摂取することとは区別しなければならない。
この区別を曖昧にすると、健康情報は逆方向にも誤解される。「β-カロテンは危険」という情報を見て、にんじんまで避ける必要はないのである。
3つの神話を最終検証する
ここで、今回の中心となった3つの神話をまとめる。
第1の「にんじんを食べれば目が良くなる」という説は、誤解・誇張と評価できる。β-カロテンは体内でビタミンAに変換され、ビタミンAは正常な視覚機能に必要だが、にんじんを食べることで近視などの屈折異常が治ったり、正常範囲を超えて視力が向上したりすることを意味しない。
第2の「生のにんじんに含まれるアスコルビナーゼが、他の野菜のビタミンCを破壊する」という説は、部分的な事実を過度に一般化したものと評価できる。酵素によるビタミンCの酸化に関係する現象は存在するが、通常の食事でにんじんと他の野菜を一緒に食べることを避けなければならないという根拠にはならない。
第3の「加熱するとにんじんの栄養が逃げる」という説も、一面的な説明である。加熱によって一部の栄養成分が減少する場合はあるが、β-カロテンについては食品組織が軟化・破壊されることで、むしろ体内で利用されやすくなる場合がある。
この3つを総合すると、にんじんは「生で食べなければ意味がない食品」でも、「加熱してはいけない食品」でもない。目的や料理に応じて生食と加熱食を使い分けることが、もっとも現実的な方法である。
にんじんの本当の価値
にんじんの本当の価値は、神話的な「特効作用」にあるのではない。β-カロテンをはじめとするカロテノイド、食物繊維などを含み、安定して日常の食事に取り入れられるという、食品としての総合的な使いやすさにある。
β-カロテンはビタミンAの供給源となり、正常な視覚機能を含む身体機能を支える。また、カロテノイドには抗酸化作用が知られており、食物繊維は腸管の健康や排便状態を考えるうえで重要である。
ただし、これらの事実から「にんじんを食べれば老化しない」「便秘が治る」「病気を予防できる」といった個別の効果を保証することはできない。食品の健康効果は、食事全体と生活習慣の中で考える必要がある。
むしろ、にんじんのような身近な野菜を継続して食べることの価値は、派手な即効性ではなく、長期間にわたって食生活の栄養密度を支える点にある。
まとめ
にんじんは健康神話が生まれやすい代表的な食品である。「目に良い」という話にはβ-カロテンとビタミンAという科学的根拠が存在するが、それを視力回復へ結び付けるのは誇張である。
「アスコルビナーゼが他の野菜のビタミンCを破壊する」という話も、酵素による酸化という現象自体は存在するものの、通常の食事で過度に心配する必要はない。にんじんと他の野菜を一緒に食べることを避ける合理的な理由にはならない。
「加熱すると栄養が逃げる」という考え方についても、栄養素によって事情は異なる。特にβ-カロテンは、加熱や細胞組織の破砕によって利用性が高まる可能性があり、生食だけが優れているわけではない。
にんじんの抗酸化作用についても、科学的に確認されている成分の働きと、「アンチエイジング」という宣伝的な表現は区別する必要がある。健康的な食事の一部としてカロテノイドを摂取することには意味があるが、にんじんだけで老化を止めることはできない。
食物繊維についても同様である。にんじんは腸内環境や排便を支える食物繊維を含むが、便秘の原因は多様であり、にんじんを食べれば必ず便秘が解消するわけではない。
皮については、外側の組織に特定の植物由来成分が比較的多いことが確認されているため、十分に洗浄したうえで皮ごと食べることには一定の合理性がある。しかし、皮をむいたからといって、にんじんの栄養価が失われるわけではない。
そして、にんじんを大量に食べれば食べるほど健康になるわけでもない。極端な摂取では柑皮症が生じることがあり、さらに高用量のβ-カロテン補給剤については、食品としてのにんじんとは異なる安全性上の問題がある。
結局のところ、にんじんは「奇跡の健康食品」ではない。しかし、β-カロテン、食物繊維などを含む身近で調理しやすい野菜として、健康的な食生活に組み込む価値は十分にある。
最も重要なのは、特定の食品に過剰な期待を寄せることではない。にんじんを含む多様な食品を組み合わせ、適切な量を継続して食べることこそ、科学的根拠に沿った現実的な健康管理である。
最終評価
本稿で検証した「にんじんの健康神話」を整理すると、結論は次のようになる。
「にんじんを食べれば目が良くなる」は、誤解・誇張である。正しくは、β-カロテンがビタミンAの供給源となり、ビタミンAが正常な視覚機能の維持に必要ということである。
「生のにんじんが他の野菜のビタミンCを破壊する」は、部分的な事実を過度に心配した説明である。アスコルビナーゼに関する現象は存在するが、通常の食生活でにんじんと他の野菜を避ける必要はない。
「加熱するとにんじんの栄養が逃げる」は、一面的な誤解である。栄養素によって加熱の影響は異なり、β-カロテンについては加熱によって生体利用性が高まる可能性がある。
「にんじんはアンチエイジング食品である」は、抗酸化作用を過度に拡大した表現である。β-カロテンなどの植物由来成分には生理学的な意義があるが、食品単独で老化を防止できるという意味ではない。
「にんじんを食べれば便秘が治る」も、過剰な単純化である。食物繊維を含むことには明確な栄養上の意味があるが、便秘対策は水分、運動、食事全体、生活習慣などを総合的に考える必要がある。
「皮を食べなければ栄養が取れない」という説も、誇張である。皮や外側部分に比較的多く含まれる成分はあるものの、内部の可食部にも重要な栄養成分が含まれている。
そして「にんじんは多く食べるほど健康になる」という考え方は、明確に修正すべき神話である。大量摂取による柑皮症の可能性もあるため、健康効果を求めて極端な量を摂取する必要はない。
にんじんを正しく評価するためのキーワードは、「万能」ではなく「総合力」である。特定の効果だけを強調せず、栄養成分、調理法、吸収、生体利用性、食事全体という複数の視点から見ることで、にんじんの価値を過不足なく理解できる。
参考・引用リスト
- 国立衛生研究所・栄養補助食品局「ビタミンAおよびカロテノイドに関する資料」。ビタミンAの機能、β-カロテンの体内変換、過剰摂取、高用量補給剤に関する安全性情報を参照した。
- 米国国立医学図書館・国立バイオテクノロジー情報センター。β-カロテン、ビタミンA、カロテノイドの生理作用および生体利用性に関する資料を参照した。
- 米国国立衛生研究所・国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所「便秘と食事・栄養」。食物繊維、水分摂取、便秘対策に関する情報を参照した。
- 世界保健機関「健康的な食事」。野菜・果物を含む多様な食品による食生活と健康との関係について参照した。
- カロテノイドの生体利用性に関する医学・栄養学研究。生にんじんと加熱・加工したにんじんにおけるβ-カロテンの吸収性の違いについて参照した。
- にんじんの部位別成分分析に関する研究。皮および外側組織におけるカロテノイド、フェノール性化合物などの分布について参照した。
- 柑皮症・柑皮血症に関する医学文献。β-カロテンの過剰摂取による皮膚色変化と、黄疸などとの鑑別について参照した。
- 高用量β-カロテン補給に関する臨床研究および公的安全性資料。喫煙者・元喫煙者などにおける高用量補給剤のリスクと、食品由来β-カロテンとの違いについて参照した。
- ビタミンCおよび植物由来酵素に関する食品科学研究。アスコルビン酸の酸化と、食品の調理・保存条件による変化について参照した。
- 食物繊維および腸内細菌に関する栄養学・消化器医学研究。食物繊維の摂取と腸内環境、排便状態との関係について参照した。
