日本で不正アクセスの「じゅうたん爆撃」、AI普及による攻撃の「手軽化」と「低コスト化」
日本で問題となっている不正アクセスの広がりは、単に攻撃技術が高度化したという話ではない。インターネット上の多数のシステムを自動的に調査し、設定不備や脆弱性を探し続ける攻撃に人工知能が加わることで、攻撃の準備や情報処理を効率化できる環境が生まれている。

現状(2026年10月時点)
企業や行政機関、医療機関、個人を狙うサイバー攻撃は、特定の組織に侵入して機密情報を盗み出す従来型の攻撃に加え、多数のシステムを一斉に調べ、侵入できる弱点を探し続ける攻撃へと広がっている。こうした広範囲への攻撃を「じゅうたん爆撃」と表現するなら、その特徴は、攻撃対象を絞り込む前から大量の接続先を調査し、脆弱な機器や設定不備のあるシステムを効率よく見つけ出す点にある。
人工知能(AI)の普及は、この傾向を加速させる要因の1つとなっている。攻撃者は、プログラムの作成、公開情報の整理、攻撃対象の選別、偽の電子メールの文章作成などにAIを利用できるため、従来は専門知識や相当な作業時間を必要とした工程の一部を短縮できるようになった。
ただし、AIが関与した攻撃のすべてが高度な自律型攻撃というわけではない。既存の攻撃用ツールや自動探索の仕組みに生成AIを組み合わせたものも含まれるため、被害の増加をそのままAIだけの影響とみなすことは適切ではない。
日本国内で警戒すべきなのは、攻撃の対象が大企業や中央官庁に限られない点である。セキュリティー担当者が少ない中小企業、更新が滞ったネットワーク機器、外部サービスとの接続部分、委託先のシステムなども攻撃の入口となり得るため、組織の規模や知名度にかかわらず、インターネットに接続されたシステム全体が継続的な危険にさらされている。
背景と攻撃の手法
「じゅうたん爆撃」型の攻撃を理解するには、サイバー攻撃が成立するまでの過程を分解する必要がある。攻撃者は、インターネット上で公開されている機器や接続先を広範囲に調査し、古いソフトウェア、修正されていない欠陥、推測しやすい認証情報、外部に公開された管理画面などを探し出す。
攻撃対象の探索そのものは、人工知能が普及する以前から行われてきた。自動探索用のプログラムを使えば、多数の接続先を機械的に調べることができ、発見した弱点を攻撃に利用する仕組みも既に存在していたため、近年の変化をすべて人工知能の登場によって説明することはできない。
重要なのは、既存の自動化技術に人工知能が加わることで、攻撃の準備から実行、結果の分析に至るまでの作業を、より柔軟に組み合わせられるようになった点である。例えば、公開情報から組織の構成や取引関係を整理し、攻撃対象の候補を抽出し、相手の業務内容に合わせた偽の連絡文を作成するといった作業を支援できる。
代表的な攻撃手法には、盗み出した認証情報などを利用して正規の利用者になりすます不正ログイン、システムの欠陥を悪用する侵入、偽のウェブサイトや電子メールを用いて情報を盗むフィッシング、侵入後にデータを暗号化して身代金を要求するランサムウェア攻撃などがある。これらは別々の攻撃として現れる場合もあるが、情報を盗み、侵入範囲を広げ、金銭的利益を得るという一連の犯罪活動の中で組み合わされることもある。
警察庁が公表した2025年のサイバー空間をめぐる情勢では、サーバーなどの脆弱性を探索する不審なアクセスが過去最多となり、生成人工知能を悪用してフィッシングサイトや不正プログラムを作成する犯罪も確認された。さらに、ランサムウェアによる被害は226件に達し、フィッシングの報告件数は約245万4,300件に上ったほか、インターネットバンキングに係る不正送金の被害額も約103億9,700万円となった。
これらの数値は、攻撃の広がりと被害の深刻さを示す重要な指標である。ただし、不審なアクセス、フィッシングの報告、ランサムウェア被害、不正送金はそれぞれ集計対象が異なり、単純に合算して攻撃件数や被害者数を算出することはできない。
人工知能の普及による攻撃の「手軽化」と「低コスト化」
人工知能の普及がもたらす大きな変化は、サイバー攻撃に必要な専門知識と作業時間の一部を減らせることである。従来、攻撃者が対象組織の情報を調べ、プログラムを作成し、攻撃用の文章を整え、得られた結果を分析するには、相応の技術力と人手が必要だった。
生成人工知能は、プログラムの作成支援、文章の翻訳、公開情報の要約、攻撃に利用され得る設定上の問題の整理などを短時間で行える。これによって、熟練した技術者でなくても一部の作業に取り組みやすくなり、少人数の攻撃者が扱える対象の範囲が広がる可能性がある。
特に、偽の電子メールやウェブサイトを作成する工程では、文章の不自然さを減らしたり、相手の業種や役職に応じて表現を変えたりすることが容易になる。従来のように、誤字脱字や不自然な日本語を手掛かりとして不審な連絡を見分ける方法だけでは、攻撃を見抜けない場面が増えると考えられる。
また、攻撃者が人工知能を利用することで、調査や文章作成にかかる時間が短くなれば、同じ時間内に試せる攻撃対象の数を増やせる。個々の攻撃に多額の費用をかける必要がなくなれば、従来は採算が合わなかった小規模な組織や個人を狙う攻撃も実行しやすくなる。
ただし、人工知能を利用すれば、必ず攻撃の成功率が高まり、費用が大幅に下がると断定することはできない。生成されたプログラムには誤りが含まれることがあり、攻撃対象の環境に適合させる作業や、侵入後の活動には専門的な知識が必要となる場合もある。
したがって、問題の核心は人工知能が従来存在しなかった攻撃をすべて生み出したことではなく、既存の攻撃手法を実行する際の障壁を下げ、攻撃の規模や頻度を拡大させる可能性にある。防御側にとっては、攻撃の高度さだけで危険度を判断するのではなく、単純な攻撃が大量に繰り返される状況を想定し、日常的な監視と基本的な対策を強化することが重要になる。
常軌を逸した流出件数(2026年)
2026年の日本では、企業や行政機関に対する不正アクセスと個人情報漏えいが相次ぎ、攻撃対象の広がりが改めて問題となっている。特に重要なのは、従来から知られているランサムウェアだけでなく、複数の製品やサービスを対象に脆弱性や設定上の不備を探し、情報を盗み出そうとする攻撃が確認されている点である。
2026年10月8日、一般社団法人JPCERTコーディネーションセンターは、国内組織で不正アクセスによる個人情報などの漏えい被害が相次いでいるとして注意喚起を公表した。同センターによると、確認された事案には、さまざまなソフトウェアの既知の脆弱性を探索する攻撃に加え、アプリケーションの管理用接続機能を通じた不正操作や、管理設定の不備を悪用した可能性がある事例が含まれる。
この注意喚起が示すのは、攻撃が必ずしも単一の製品や共通の欠陥だけを狙っているわけではないという現実である。攻撃者が標的ごとに異なる弱点を探す場合、防御側は特定の製品を更新するだけでは十分でなく、公開システム全体の構成、認証の仕組み、管理機能への接続制限、保存データへのアクセス権限を横断的に点検する必要がある。
2026年上半期の国内セキュリティー事故を独自集計した民間企業の報告では、公表された組織の事故は727件で、このうち不正アクセスが267件と最多だった。これは公表情報や報道をもとに集計した数字であり、日本国内で実際に発生したすべての事故を網羅する公式統計ではないが、企業活動における不正アクセスの存在感を把握するうえで参考になる。
一方、個人情報保護委員会が公表した2025年度の年次報告では、個人情報取扱事業者などから報告された漏えい等の事案は17,139件に達した。この集計には、情報の漏えいだけでなく、滅失や毀損、漏えいのおそれがある事案も含まれているため、すべてをサイバー攻撃による流出と解釈してはならない。
したがって、流出件数を論じる際には、攻撃の試行回数、組織が公表した事故件数、法令に基づく漏えい等の報告件数、被害を受けた個人の人数を明確に区別することが欠かせない。異なる指標を一括して「流出件数」と呼ぶと、被害の規模を過大にも過小にも評価しかねず、実態に即した対策の優先順位を誤る危険がある。
人間を超えるスピードと物量
サイバー攻撃の自動化がもたらす最大の脅威は、攻撃者が人間の作業速度を大幅に上回る規模で対象を調査し、試行を繰り返せる点にある。人間の担当者が1台ずつ機器を確認する一方、攻撃者は自動化された仕組みを利用して多数の接続先を並行して調べ、応答の違いや設定上の特徴から攻撃可能な対象を選別できる。
この非対称性は、攻撃の成功率が必ずしも高くなくても成立する。個々の試行で得られる成果が小さくても、試行回数を増やすことで、脆弱なシステムや管理が不十分な機器を発見する機会が増えるからである。
人工知能が加われば、収集した情報の分類や攻撃対象の特徴分析、作業の優先順位付けなどを支援できる可能性がある。従来は人間が手作業で整理していた情報を短時間で処理できれば、攻撃者はより多くの対象に対して攻撃を試みられる一方、防御側には膨大な警告やアクセス記録を分析する負担が生じる。
ただし、「人工知能が人間を超えた」という表現は、何を比較するかによって意味が変わる。単純な探索や定型的な処理では機械が人間を大幅に上回る一方、攻撃の意図を正確に把握すること、複雑な環境で侵入を継続すること、被害の全容を判断することなどには、依然として人間の分析や専門知識が必要になる場合が多い。
したがって、問題の本質は人工知能が人間の能力をあらゆる面で超えたことではなく、自動化によって攻撃の量と頻度が拡大し、防御側の分析能力を圧迫する点にある。攻撃者の作業を完全に止めることが難しい以上、防御側は個々の攻撃をすべて人間が確認する方法から、機械による一次選別と人間による重要事案の判断を組み合わせる体制へ移行する必要がある。
浮き彫りになった主な課題
2026年の国内事案から浮かび上がる課題の1つは、外部からアクセスできるシステムの管理が、組織全体で統一されていないことである。一般向けのサービスだけでなく、従業員向けの管理画面、データ分析用の仕組み、保守運用用の機能なども、設定や認証が不十分であれば攻撃の入口になり得る。
もう1つは、システムの管理者が把握していない接続先や機能が残っている可能性である。事業部門が独自に導入したサービス、開発時に一時的に公開した機能、古いシステムとの連携などが管理台帳に反映されていなければ、組織は自らの攻撃対象となる範囲を正確に把握できない。
さらに、脆弱性への対応が遅れる問題も深刻である。修正プログラムが公開されていても、業務への影響を懸念して適用が先送りされたり、保守契約が終了した機器が使われ続けたりすれば、攻撃者に利用可能な弱点が長期間残ることになる。
認証管理にも課題がある。パスワードの使い回し、多要素認証の未導入、退職者や委託先のアカウントの削除漏れ、過剰な管理者権限などは、脆弱性を直接悪用しなくても不正アクセスを成立させる要因となる。
こうした問題は、必ずしも高度な攻撃技術がなければ発生しないものではない。むしろ、基本的な管理の不備が残っていると、比較的単純な自動攻撃でも侵入の機会を得られるため、先端技術への対策と同時に、資産管理、更新管理、権限管理といった基礎的な対策を徹底する必要がある。
「数」と「速度」の圧倒的な非対称性
攻撃側と防御側の大きな違いは、作業の目的と許容できる失敗の範囲にある。攻撃者は、多数の接続先のうちごく一部で成功すれば目的を達成できる場合があるが、防御側は組織の重要なシステムを守るため、広範囲の機器や接続経路に対して継続的な管理を行わなければならない。
例えば、攻撃者が複数のシステムを調査し、そのうち1つの管理機能への侵入に成功すれば、そこから顧客情報や社内資料にアクセスできる可能性がある。対して防御側は、公開サーバー、従業員端末、委託先との接続、認証基盤、バックアップ環境など、異なる性質を持つ多数の対象を同時に管理する必要がある。
この構造では、攻撃者にとっての成功条件は比較的限定される一方、防御側には多くの失敗を防ぐ責任が生じる。人工知能や自動化技術が攻撃側の作業をさらに効率化すれば、この差は広がる可能性がある。
もっとも、防御側にも自動化という対抗手段がある。公開資産の自動発見、脆弱性情報との照合、不審な接続の検知、アクセス権限の見直しなどを継続的に実施すれば、人手だけに頼る場合よりも広範囲を効率よく監視できる。
重要なのは、攻撃側の速度に合わせてすべての警告を人間が確認することではない。重大な兆候を優先して検知し、危険度の高い接続を迅速に制限できるよう、機械による処理と人間による判断を適切に組み合わせることである。
従来の防御体制の限界
従来の情報セキュリティー対策では、社内ネットワークと外部ネットワークの境界に防御装置を設置し、外部からの不正な接続を遮断する考え方が重視されてきた。しかし、クラウドサービスの利用、在宅勤務、外部委託、スマートフォンの業務利用が広がった現在、業務システムは単一の境界の内側だけに存在しているわけではない。
外部からの接続を制限していても、正規の認証情報が盗まれたり、管理用の接続機能が悪用されたりすれば、攻撃者が正規利用者を装って内部情報にアクセスする可能性がある。侵入を防ぐことだけに重点を置き、侵入後の不審な操作を監視していなければ、情報の窃取が進んでから初めて異常に気付く事態も起こり得る。
また、警告を大量に出すだけの監視システムにも限界がある。検知結果を確認する担当者が不足していたり、警告の重要度が適切に設定されていなかったりすると、重大な兆候が大量の通知に埋もれてしまう。
対策を強化する際には、侵入防止、侵入の検知、被害の拡大防止、復旧という複数の段階を一体として設計することが重要である。侵入を完全に防ぐという前提を捨て、侵入が発生しても重要情報へのアクセスを制限し、被害を局所化できる仕組みを整える必要がある。
情報の二次被害リスク
情報漏えいの深刻さは、最初の流出だけでは測れない。盗み出された情報が犯罪者間で共有されたり、闇市場で売買されたり、別の詐欺や不正ログインに利用されたりすることで、被害が長期化する可能性がある。
氏名、住所、電話番号、電子メールアドレスなどが流出すると、攻撃者はそれらを組み合わせて、実在する企業や担当者を装った連絡を作成できる。取引履歴や勤務先、利用サービスなどの情報まで含まれていれば、受信者の状況に合わせた詐欺を仕掛けやすくなる。
認証情報や認証用の秘密情報が流出した場合には、別のサービスへの不正ログインにつながる危険がある。特に、複数のサービスで同じパスワードを使用していると、1つのサービスで発生した漏えいが、無関係な金融サービスや業務システムへの侵入に波及するおそれがある。
企業にとっても、情報漏えいは顧客への通知や調査費用だけの問題ではない。業務停止、取引先からの信頼低下、契約上の責任、規制当局への報告、訴訟対応などが重なれば、直接的な損失を上回る長期的な負担が生じることもある。
そのため、漏えいが判明した際には、対象となった情報の種類と範囲を把握するだけでなく、流出した認証情報の無効化、関連アカウントの監視、被害を受ける可能性がある利用者への注意喚起などを並行して進めなければならない。流出した情報が既に第三者へ渡っている可能性を考慮し、最初の侵入経路を塞ぐことと、二次被害を防ぐことを別々の課題として扱う必要がある。
「AIの過大評価」と「基本的な備えの欠落」
人工知能を利用したサイバー攻撃が注目されるなか、企業や行政機関が警戒すべきなのは、攻撃技術の進化そのものだけではない。人工知能を万能の攻撃手段とみなす過大評価と、人工知能を導入すれば従来のセキュリティー対策を省略できるという誤解も、組織の防御力を損なう要因となる。
生成型の人工知能は、文章の作成、プログラムの補助、情報の整理、作業手順の提案などを支援できるが、出力が常に正確であるとは限らない。存在しない情報を事実のように示したり、古い情報を最新のものとして扱ったり、実行環境に適合しないプログラムを生成したりする可能性がある。
攻撃者にとっても、人工知能の出力をそのまま利用すれば攻撃が成功するとは限らない。生成されたプログラムに欠陥があれば意図した動作をしない場合があり、標的のシステム構成や防御機能に対応するためには、追加の調査や専門知識が必要になる。
したがって、人工知能の普及を理由に、あらゆる攻撃が高度化し、従来の防御手段が無意味になったと考えるのは適切ではない。むしろ、既存の攻撃手法が人工知能によって効率化される一方、基本的な対策が不十分な組織では、従来型の攻撃でも被害が発生し得るという点を重視すべきである。
例えば、外部に公開された管理画面のアクセス制限が不十分であったり、重要なシステムに多要素認証が導入されていなかったりすれば、高度な人工知能を利用しなくても侵入の機会が生まれる。脆弱性の修正が遅れ、不要なアカウントが残り、バックアップの復元試験も行われていない場合には、侵入後の被害も拡大しやすい。
このような基本的な問題は、最新の人工知能製品を導入しただけでは解消されない。組織が管理する情報資産を把握し、更新状況を確認し、権限を適切に設定し、異常を検知した際の対応手順を整えるという地道な作業が、防御の土台となる。
もう1つの課題は、人工知能を業務に導入すること自体が、新たな情報管理上の危険を生む可能性である。従業員が機密文書、顧客情報、認証情報などを外部の人工知能サービスに入力すれば、サービスの設定や契約条件、データの保存・利用方針によっては、組織が想定しない情報の取り扱いにつながるおそれがある。
このため、人工知能の導入を進める企業は、利用可能なサービス、入力してよい情報、保存期間、利用権限、出力結果の確認方法を明確にする必要がある。攻撃を防ぐために人工知能を利用する場合でも、人工知能そのものが新たな情報漏えい経路にならないよう、利用規程と技術的な制御を組み合わせることが重要である。
今後の展望と対策の方向性
今後のサイバーセキュリティー対策では、人工知能を利用する攻撃を特別な例外として扱うのではなく、既存の攻撃手法がより大規模かつ効率的に実行される可能性を前提とする必要がある。対策の中心は、攻撃者が利用できる弱点を減らし、侵入の兆候を早期に発見し、被害が発生した場合にも重要な情報や業務を守れる体制を整えることにある。
独立行政法人情報処理推進機構が2026年1月に公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、組織向けの脅威として、ランサム攻撃が1位、サプライチェーンや委託先を狙った攻撃が2位、人工知能の利用をめぐるサイバーリスクが3位となった。人工知能のリスクが初めて選出された一方、ランサム攻撃とサプライチェーン攻撃は引き続き上位に位置しており、新しい技術への対処と従来型の対策を並行して進める必要性が示されている。
この結果から導かれるのは、人工知能だけに焦点を当てた対策では不十分だということである。攻撃者が人工知能を利用しても、侵入の入口となる脆弱性、盗まれた認証情報、過剰なアクセス権限、管理されていない外部接続といった問題が残っていれば、被害を防ぐことは難しい。
対策の優先順位を決める際には、まず自組織の情報資産と外部接続を把握し、事業への影響が大きいシステムから重点的に管理することが望ましい。そのうえで、脆弱性の修正、多要素認証、権限の最小化、ログの監視、バックアップの保護、事故発生時の連絡・復旧手順を組み合わせることで、攻撃の成功可能性と被害の大きさをともに抑えられる。
防御の自動化も重要な方向性となるが、すべての判断を人工知能に委ねることが目的ではない。機械が大量の情報を分類し、定型的な対応を実施する一方で、重大な判断や業務への影響を伴う対応は人間が確認するという役割分担が、現実的な対策となる。
人工知能を活用した「防御の自動化」
人工知能を防御に利用する場合、特に有効性が期待されるのは、大量の警告やアクセス記録から異常な兆候を抽出し、担当者が確認すべき事案を優先順位付けする用途である。企業のネットワークには日常的に大量の通信が発生するため、すべてを人間が目視で確認する方法では、異常の発見が遅れる可能性がある。
人工知能を活用した分析システムは、通常とは異なる接続時間、アクセス元の変化、短時間に繰り返される認証失敗、普段利用しないデータへのアクセスなどを手掛かりに、不審な活動を検知する支援ができる。複数のシステムに分散した記録を関連付けることで、単独の警告では見えにくい攻撃の兆候を発見できる可能性もある。
また、脆弱性情報と自組織の資産管理情報を照合し、修正を優先すべきシステムを抽出する作業にも自動化の余地がある。外部に公開された重要なシステムに重大な脆弱性が存在し、悪用の危険性が高い場合には、業務への影響や代替手段を考慮しながら、修正作業を優先的に進めることができる。
ただし、人工知能が不審と判定した通信をすべて遮断すればよいわけではない。誤検知によって正規の業務が停止する可能性があるほか、攻撃者が検知の仕組みを回避する行動を取ることも考えられるため、自動遮断の対象や条件を慎重に設定する必要がある。
現実的な導入方法としては、初めに人工知能による分析結果を担当者に提示し、判断の精度を検証することが望ましい。その後、危険度が高く、対応手順が明確で、誤判定による影響を限定できる事案から自動対応を導入し、実績に応じて適用範囲を広げる方法が考えられる。
さらに、自動化システム自体の安全性を確保する必要がある。人工知能が参照する情報の信頼性、操作権限、判断の記録、誤作動時の停止手段を管理しなければ、防御を目的としたシステムが新たな障害や情報漏えいの原因となる可能性がある。
多層防御とAPI・認証プロセスの強化
攻撃の入口が多様化する状況では、単一の防御装置や製品に依存する対策では不十分である。多層防御とは、外部からの接続制限、認証、アクセス権限、通信の監視、端末の保護、データの暗号化、バックアップなど、異なる役割を持つ対策を重ねる考え方である。
この方式では、1つの防御策を突破された場合でも、別の仕組みによって侵入の拡大や情報の持ち出しを防げる可能性がある。例えば、認証情報が盗まれても、多要素認証や接続元の制限、異常な利用の検知、重要データへのアクセス制限が機能すれば、被害を抑えられる場合がある。
特に注意すべきなのが、APIと呼ばれる、異なるソフトウェアやサービス同士が情報をやり取りするための接続機能である。APIはクラウドサービスや業務システムの連携に不可欠だが、認証やアクセス権限の設定が不十分であれば、本来アクセスできない情報を第三者が取得したり、許可されていない操作を実行したりする危険がある。
APIの保護では、利用者や接続するシステムの認証だけでなく、アクセスできるデータの範囲、実行可能な操作、通信量の制限、異常な利用の監視を組み合わせることが重要である。さらに、開発時の検査と運用中の監視を連携させ、使用していないAPIや管理用の接続機能が外部に公開されたままにならないよう管理する必要がある。
認証については、多要素認証の導入に加え、アカウントごとに必要最小限の権限を付与し、管理者権限の利用を厳しく制限することが望ましい。従業員や委託先の担当者が異動・退職した際には権限を速やかに見直し、長期間使われていないアカウントや不要な接続経路を整理することも欠かせない。
こうした対策は、人工知能を利用する攻撃だけでなく、従来型の不正アクセスにも有効である。高度な攻撃技術を完全に見抜くことが難しい状況でも、認証と権限管理を適切に設計すれば、攻撃者が利用できる経路を減らし、侵入後の行動を制限できる。
サプライチェーン全体のセキュリティー底上げ
自社のシステムを厳重に保護していても、取引先や委託先のセキュリティーが不十分であれば、そこを経由して被害が広がる可能性がある。企業の業務は、外部のクラウドサービス、ソフトウェア開発会社、保守事業者、決済サービスなどに依存しており、これらの接続関係全体が攻撃の対象となり得る。
サプライチェーン攻撃では、攻撃者が直接の標的に侵入する代わりに、セキュリティー対策が比較的弱い取引先や委託先を狙う場合がある。そこで得た認証情報や接続権限を利用して、取引先のシステムや共有データにアクセスできれば、最初に侵入された組織だけでなく、その先の複数の組織にも影響が及ぶおそれがある。
このため、委託先の選定や契約の段階で、情報セキュリティー上の責任、事故発生時の報告期限、アクセス権限の管理、データの保管・削除方法などを明確にすることが重要である。契約を締結して終わりにするのではなく、委託先の対策状況や外部接続の必要性を定期的に確認し、業務内容の変更に応じて権限を見直す必要がある。
中小企業に対して、大企業と同じ規模の設備や専門人員を一律に求めることは現実的ではない。そのため、最低限実施すべき対策を明確にし、更新管理、多要素認証、バックアップ、事故連絡体制など、被害の予防と復旧に直結する項目から優先的に整備することが有効である。
発注側にも責任がある。短納期や過度な費用削減を求めながら、高度なセキュリティー対策だけを委託先に要求すれば、実効性のある防御体制を維持することは難しくなるため、費用負担や技術支援、情報共有の仕組みを含めて、取引関係全体の安全性を高める視点が必要となる。
人工知能が攻撃の準備や対象選定を効率化する時代には、1つの組織が自社の設備だけを守る発想から脱却する必要がある。取引先を含む接続関係を把握し、重大な事故が発生した際に迅速に情報を共有できる体制を整えることが、広範囲に波及する攻撃への備えとなる。
今後の展望
今後のサイバーセキュリティーを考えるうえで重要なのは、人工知能による攻撃が一時的な流行ではなく、既存の攻撃手法を変化させる技術の1つとして定着する可能性である。攻撃者が情報収集、文章作成、プログラム開発、結果分析などの作業に人工知能を利用すれば、攻撃を実行するまでの時間を短縮し、より多くの対象を並行して調査できるようになる。
特に警戒すべきなのは、攻撃の高度化と単純化が同時に進む可能性である。高度な技術を持つ攻撃者が人工知能を利用して活動を効率化する一方、専門知識が限られる者も既存の攻撃用ツールや生成型人工知能を利用し、フィッシングや認証情報の窃取などを試みやすくなることが考えられる。
ただし、人工知能の進歩によって、すべての攻撃が自律的に実行される未来が確実に訪れると断言することはできない。実際の攻撃では、対象環境への適合、侵入後の判断、検知の回避、取得した情報の利用など、個別の状況に応じた判断が必要となるため、技術の進歩と実際の攻撃能力を区別して評価しなければならない。
一方、防御側でも人工知能の利用が進めば、膨大なアクセス記録の分析、脆弱性の優先順位付け、不審な通信の検知、事故対応の支援などを効率化できる可能性がある。攻撃側だけが人工知能を利用するわけではないため、今後の脅威の程度は、攻撃者の能力だけでなく、防御側が技術を適切に導入し、継続的に運用できるかどうかにも左右される。
日本では、企業のデジタル化、クラウドサービスの利用拡大、業務の外部委託、システムの相互接続が進んでいる。これらは生産性の向上に寄与する一方、接続経路や管理対象を増やし、組織が把握しなければならない情報資産の範囲を広げるため、セキュリティー対策を事業運営の一部として位置付けることが必要になる。
今後は、個々の企業が自社の設備だけを守る対策から、取引先、委託先、クラウドサービス、ソフトウェア供給元を含む全体的なリスク管理へと重点を移す必要がある。特に、サイバー攻撃による業務停止が社会インフラや物流、医療、金融などに波及する場合、被害は情報漏えいにとどまらず、社会機能の維持にも影響を及ぼす可能性がある。
日本企業に求められる実践的な対策
日本企業が優先すべきなのは、人工知能を使った高度な防御システムを導入することだけではない。まず、インターネットに接続している機器、公開サーバー、業務用のクラウドサービス、外部委託先との接続、利用中のアカウントを正確に把握し、管理対象から漏れているシステムを減らすことが重要である。
次に、脆弱性の修正と認証の強化を徹底する必要がある。重要なシステムに対する多要素認証の導入、不要な管理用接続の閉鎖、過剰な権限の削減、利用されていないアカウントの停止などは、攻撃者が利用できる経路を減らすうえで効果が期待できる。
さらに、侵入を完全に防ぐことだけを目標とせず、侵入された場合の被害を限定する仕組みを整えるべきである。重要なシステムをネットワーク上で分離し、一般利用者のアカウントから機密情報や管理機能へ自由にアクセスできないようにすることで、侵入が発生した際の影響範囲を抑えられる。
バックアップについても、データを保存しているだけでは十分ではない。攻撃者が本番環境と同時にバックアップを削除・暗号化できないように分離し、実際に復旧できることを定期的に検証する必要がある。
これらの対策を実行するには、技術面だけでなく、経営上の判断も欠かせない。情報セキュリティーを情報システム部門だけの責任にすると、予算不足や人員不足、業務部門との調整の遅れによって対応が進まない場合があるため、経営層が事業継続上のリスクとして認識し、必要な予算と責任者を明確にすることが求められる。
中小企業では、専任のセキュリティー担当者を配置することが難しい場合もある。その場合は、専門事業者の支援や公的機関が提供する情報を活用し、更新管理、認証強化、バックアップ、事故発生時の連絡手順など、優先度の高い対策から段階的に実施する方法が現実的である。
行政・専門機関・企業の連携
広範囲に及ぶサイバー攻撃への対処では、個々の組織による防御だけでなく、攻撃情報や被害情報を共有する仕組みが重要となる。ある組織で発見された不正アクセスの兆候や悪用された脆弱性が速やかに共有されれば、同じ弱点を抱える別の組織が事前に対策を講じられる可能性がある。
ただし、情報共有を進める際には、被害組織の機密情報や個人情報を不必要に公開しない配慮が必要である。共有すべき情報の範囲、報告方法、情報を受け取った組織の利用目的を明確にし、被害を受けた企業が報告をためらわない環境を整えることが重要となる。
行政機関や専門機関には、脆弱性情報の提供、注意喚起、事故対応の支援、人材育成、対策基準の整備などが求められる。企業側も、公表された警告を読むだけでなく、自組織が影響を受ける可能性を評価し、必要な修正や設定変更を実施しなければならない。
また、セキュリティー対策の実施状況を、製品の導入数や予算額だけで評価するのは適切ではない。重大な脆弱性を修正するまでの時間、不審なアクセスを検知してから対応を開始するまでの時間、復旧に要する時間、バックアップの復元成功率など、実際の防御能力を示す指標を用いて改善状況を検証する必要がある。
人工知能を活用した防御についても、導入した事実を成果とみなすべきではない。誤検知の割合、重大な事案の見逃し、対応時間の短縮、担当者の負担の変化などを継続的に確認し、実際の効果が得られているかを判断することが重要である。
まとめ――人工知能時代の防御は「基本」と「自動化」の両立が鍵となる
日本で問題となっている不正アクセスの広がりは、単に攻撃技術が高度化したという話ではない。インターネット上の多数のシステムを自動的に調査し、設定不備や脆弱性を探し続ける攻撃に人工知能が加わることで、攻撃の準備や情報処理を効率化できる環境が生まれている。
この変化を「じゅうたん爆撃」と表現する場合、重要なのは攻撃の量と速度である。攻撃者は多数の対象に対して試行を繰り返し、その一部で成功すれば目的を達成できる場合がある一方、防御側は重要なシステムや情報資産を幅広く保護し続けなければならない。
しかし、人工知能が普及したからといって、従来の防御策が無意味になるわけではない。脆弱性の修正、多要素認証、適切な権限管理、外部接続の制限、ログの監視、バックアップの保護といった基本的な対策は、今後も防御の中心であり続ける。
そのうえで、人工知能による分析や防御の自動化を取り入れれば、大量の警告を整理し、重要な事案を優先して対応する能力を高められる可能性がある。ただし、自動化には誤検知や見逃し、情報管理上の問題も伴うため、人間による監督と検証を維持しなければならない。
また、サプライチェーン全体の安全性を高めることも欠かせない。自社の防御が強固でも、委託先や取引先のシステムが侵害されれば被害が波及する可能性があるため、情報共有、委託先管理、事故対応の連携を組織の枠を超えて進める必要がある。
最終的に求められるのは、攻撃側と同じ速度であらゆる作業を人間がこなすことではない。攻撃者が利用できる弱点を減らし、異常を機械的に検知し、重大な事案に人間の判断を集中させ、侵入されても被害を限定して迅速に復旧できる体制を築くことである。
人工知能は攻撃にも防御にも利用される技術であり、その存在だけで安全性が決まるわけではない。日本の企業や行政機関にとって重要なのは、人工知能への過信を避け、基本的な管理を徹底しながら、技術と人材、組織運営を一体として改善することである。
参考・引用リスト
本稿の検証・分析に当たっては、以下の公的機関・専門機関の資料を主要な参照先とする。統計については公表主体、対象期間、集計方法を確認し、攻撃の試行件数、事故件数、漏えい等の報告件数、被害者数を区別して扱う必要がある。
1. 警察庁『令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について』。国内のサイバー犯罪、ランサムウェア、フィッシング、不正アクセスなどの状況を把握するための基礎資料。
2. 一般社団法人JPCERTコーディネーションセンター。不正アクセス、脆弱性、サイバー攻撃に関する注意喚起と技術情報を公表する専門機関。
3. 個人情報保護委員会。個人情報の漏えい等の報告制度、個人情報保護に関する年次報告、事業者向けの注意喚起などを公表している。
4. 独立行政法人情報処理推進機構『情報セキュリティ10大脅威 2026』。組織に対するランサム攻撃、サプライチェーン攻撃、人工知能の利用に伴うリスクなどを整理した資料。
5. 米国国立標準技術研究所『サイバーセキュリティー・フレームワーク第2.0版』。組織の統治、リスク把握、防御、検知、対応、復旧を体系的に整理した枠組み。
6. 欧州連合サイバーセキュリティー機関。脅威動向、サイバーセキュリティー政策、リスク管理、技術的対策などに関する報告書を公表している。
7. サイバーセキュリティ戦略本部。日本のサイバーセキュリティー政策、政府全体の取り組み、重要インフラや社会全体の防御に関する資料を確認するための参照先。
資料の利用に関する留意点
2026年10月時点の分析では、年間の確定値と、上半期など特定期間の速報・集計値を混同してはならない。また、民間企業が独自に集計した事故件数は、公式統計とは対象や収集方法が異なるため、国内の全被害を網羅する数字として扱うことはできない。
さらに、人工知能が攻撃の効率を高める可能性と、人工知能によって実際の被害がどれほど増加したかという問題は別である。後者を実証するには、攻撃手法、被害の規模、攻撃者の人工知能利用の有無などを比較できるデータが必要となるため、相関関係だけから人工知能を被害増加の唯一の原因と結論付けるべきではない。
追記:日本のサイバー防衛に残された課題と結論
本稿の中心テーマである「じゅうたん爆撃」は、多数のシステムに対して広範囲に攻撃を試みる状況を説明する比喩としては有効である。ただし、これはサイバーセキュリティー分野で攻撃手法を厳密に分類するための統一された技術用語ではないため、実際の攻撃の性質を検証する際には、脆弱性探索、不正ログイン、情報窃取、ランサムウェアなど、具体的な手法に分けて分析する必要がある。
また、大量のアクセスが観測されたことと、大規模な情報流出が発生したことは同じではない。アクセスの試行が多くても侵入が成功したとは限らず、侵入が確認されても個人情報の流出が立証されているとは限らないため、攻撃の規模と被害の規模を区別することが分析の基本となる。
人工知能の関与についても、同様の慎重さが必要である。攻撃者が人工知能を利用した事例が確認されていても、個々の事件で人工知能がどの工程に使われたか、攻撃の成功率や被害額をどの程度押し上げたかが明らかでなければ、被害全体を人工知能の影響として説明することはできない。
したがって、日本のサイバー攻撃の現状を正確に評価するには、攻撃の自動化が以前から存在したことを踏まえたうえで、人工知能によって何が変化したのかを具体的に検証する必要がある。こうした区別を欠くと、危機感を過度にあおる一方で、実際に改善すべき管理上の問題を見落とすおそれがある。
2026年の被害統計を読む際の注意点
サイバー攻撃の深刻さを説明する際、件数や金額などの数字は重要な根拠となる。しかし、統計にはそれぞれ異なる定義があり、報告対象、調査期間、集計方法、重複の扱いが異なる数字を直接比較すると、実態を誤って解釈する危険がある。
例えば、フィッシングの報告件数は、偽のウェブサイトや電子メールなどが報告された件数であり、必ずしも被害者の人数や金銭的被害額を示すものではない。個人情報の漏えい等の報告件数も、サイバー攻撃による流出だけでなく、誤送信や紛失などを含む場合があるため、報告件数の増加をそのまま不正アクセスの増加とみなすことはできない。
また、年間の統計が確定する前に公表された上半期の数字を、年間実績として扱うことも避けなければならない。2026年10月時点で利用できる情報については、対象期間と公表日を確認し、確定値、速報値、民間企業の独自集計を明確に区別する必要がある。
この点は、情報の信頼性を重視する論文形式の分析において特に重要である。数字の大きさを強調することよりも、その数字が何を数え、何を数えていないのかを説明することが、読者に正確な状況認識を提供するうえで欠かせない。
日本社会が優先すべき取り組み
今後、日本社会が重点的に取り組むべき課題は、第一に、企業や行政機関が管理する情報資産を正確に把握することである。インターネットに公開されたシステム、管理用の接続機能、外部サービスとの連携、委託先のアカウントなどを継続的に確認し、管理者が存在しないシステムや不要な接続経路を減らす必要がある。
第二に、基本的な防御策を組織全体に定着させることである。脆弱性の修正、多要素認証、最小権限の原則、不要なアカウントの停止、ログの監視、バックアップの分離と復旧試験は、人工知能を利用する攻撃にも従来型の攻撃にも有効な対策となる。
第三に、限られた人員で大量の警告に対応できるよう、防御の自動化を進めることである。人工知能や自動分析システムを活用して異常の検知と優先順位付けを効率化し、担当者が重大な事案の判断や被害の封じ込めに集中できる環境を整えることが重要となる。
第四に、取引先や委託先を含むサプライチェーン全体の安全性を高めることである。情報共有、事故時の連絡手順、接続権限の管理、委託先の対策状況の確認を進め、ある組織の侵害が別の組織へ波及する可能性を減らす必要がある。
第五に、技術的な対策だけでなく、人材育成と経営上の責任を明確にすることである。セキュリティーを情報システム部門だけの問題として扱わず、事業継続や顧客の信頼に関わる経営課題として位置付けることで、必要な予算、人員、対応権限を確保しやすくなる。
最後に
人工知能の普及は、サイバー攻撃の準備や情報処理を効率化し、多数の対象を調査する攻撃を支援する可能性がある。しかし、攻撃の自動化は人工知能の登場以前から存在しており、現在の被害をすべて人工知能だけの影響として説明することは適切ではない。
本稿で分析した「数」と「速度」の非対称性は、攻撃者が多数の対象に対して試行を繰り返せる一方、防御側は重要なシステムと情報資産を幅広く保護し続けなければならないという構造にある。この問題に対抗するには、すべての攻撃を人間が個別に処理する方法から脱却し、自動化によって異常を早期に発見し、重要な判断に人間の能力を集中させる体制が必要である。
同時に、人工知能への過信を避け、基本的なセキュリティー管理を徹底することも不可欠である。脆弱性を放置せず、認証を強化し、アクセス権限を適切に管理し、バックアップと復旧手順を検証するという対策は、新しい技術が普及しても防御の基礎であり続ける。
さらに、企業単独の対策には限界があるため、行政機関、専門機関、取引先、委託先が連携し、脅威情報の共有や事故対応の協力を進める必要がある。特に、中小企業などの防御能力を底上げすることは、個々の組織を守るだけでなく、サプライチェーン全体の被害を抑えるうえでも重要となる。
結局のところ、人工知能時代のサイバー防衛を左右するのは、人工知能を導入したかどうかだけではない。基本的な防御を確実に実施し、自動化を適切に活用し、組織全体で継続的に改善できるかどうかが、攻撃の規模と速度に対抗するための決定的な要素となる。
