3400年の歴史を持つ古代アステカの球技「ウラマ」、メキシコで注目を集める理由
ウラマは手や足を使わず、主に腰で硬いゴム球を打ち返す競技で、宗教儀礼や政治行事とも深く結びついていた。
.jpg)
メキシコ西部シナロア州の集落で子どもたちが重さ約3キロのゴム製ボールを腰で打ち合っている。裸足のまま土のコートを駆け回る彼らがプレーしているのは、「ウラマ」と呼ばれる古代球技だ。起源は約3400年前にさかのぼり、マヤやオルメカ文明などメソアメリカ世界で広く行われていた。現在、FIFAワールドカップを共同開催するメキシコでは、この伝統競技を再評価する動きが広がっている。
ウラマは手や足を使わず、主に腰で硬いゴム球を打ち返す競技で、宗教儀礼や政治行事とも深く結びついていた。マヤの聖典「ポポル・ヴフ」では、球技が光と闇、生と死の均衡を象徴する存在として描かれている。メキシコから中米にかけて約2000カ所の球技場跡が発見されており、この競技が広範囲で重要な役割を担っていたことを示している。
近年の発掘調査では、オアハカ州で約3400年前の球技場跡が見つかり、ウラマの歴史が従来考えられていたより古いことも明らかになった。研究者らは山岳地帯の文明も球技の発展に大きく関与していた可能性があると指摘している。
しかし、16世紀のスペイン征服後、ウラマは厳しい弾圧を受けた。征服者エルナン・コルテス(Hernán Cortés)はウラマに驚嘆した一方、スペイン当局やカトリック教会は異教文化の象徴として競技場を破壊し、競技そのものを禁止した。結果として、ウラマはメキシコ北西部の一部地域に細々と残るだけとなった。
その伝統を守ってきたのがシナロア州の集落である。競技者だった故アウレリオ・オスナ(Aurelio Osuna)さんの妻マリア・エレーラ(María Herrera)さんは孫たちに競技を教え続けている。長男も自らの子どもに技術とルールを伝えている。シナロア州では麻薬カルテルの影響が深刻で、エレーラさんは「子どもたちを健全な活動に参加させる必要がある」と語る。
ウラマ復興の契機となったのは1968年メキシコ五輪だった。開会式で披露された古代球技は国内外の関心を集め、その後の研究や保存活動につながった。1990年代には観光地リビエラ・マヤのリゾート施設が演目として採用し、海外公演や広告出演の機会も増えた。現在では約1000人が競技を続けている。
一方で、競技者たちの間には複雑な思いもある。観光や広告で「異国的な見世物」として消費されることへの反発だ。メキシコ国立自治大学の研究者エミリー・カレオン(Emily Carreon)氏は、「生きた化石のように扱うべきではない」と訴える。若い競技者も「自分たちはサーカスの猿ではない」と語る。競技の継承には単なる観光資源化ではなく、学校教育や地域支援など制度的な後押しが必要だとの声が強まっている。
