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南アフリカ・反アパルトヘイト「女性行進」から70年

アパルトヘイトは1994年に終わり、南アの女性はかつてのように人種を理由として移動や就労を制限されることはなくなった。
2022年8月1日/南アフリカ、ヨハネスブルグの裁判所前、集団レイプ事件に抗議するデモ(Shiraaz Mohamed/AP通信)

南アフリカでは8月9日、アパルトヘイト(人種隔離政策)に抗議した「女性行進」から70年の節目を迎えた。1956年8月9日、約2万人の女性が首都プレトリアに集まり、黒人女性に移動を制限する身分証「パス」の携帯を強制する法律に抗議した。黒人女性だけでなく、インド系や白人の女性も参加したこの行動は、白人少数派による支配に対する反アパルトヘイト運動の重要な転機となった。

当時、参加者は逮捕や拷問、場合によっては命を失う危険を冒して抗議した。この行進を母親とともに組織したラムニー・ディナット(Ramni Dinat、84歳)さんは、当時は歴史に残るとは考えず、「何かを変えられると信じた普通の女性だった」と振り返る。行進の参加者や反アパルトヘイト活動家の多くが収容されたヨハネスブルクの「女性刑務所」は、現在では博物館となり、著名な活動家だけでなく、歴史に名前を残さなかった多くの女性たちの功績を伝えている。

アパルトヘイトは1994年に終わり、南アの女性はかつてのように人種を理由として移動や就労を制限されることはなくなった。しかし、女性の自由が完全に実現したとは言い難い。現在も深刻なジェンダーに基づく暴力が続いており、UNウィメン(国連女性機関)の支援を受けた2024年の調査では、南アの女性の3人に1人以上が生涯に身体的または性的暴力を経験したとされる。

経済面でも格差は残る。政府統計によると、女性は男性より失業率が高く、無償の家事・介護労働を多く担う一方、組織の上級職に占める割合は低い。パラリンピックの車いすテニス選手、コーガトソ・モンジャネ(Kgothatso Montjane選手も、競技で成功するまでに経済的な障壁を乗り越える必要があったと語る。彼女は2024年のウィンブルドン車いすテニス女子ダブルスで優勝し、四大大会すべてに出場した初の黒人南ア人女性となった。

1956年の女性たちが切り開いた道は、現在の女性たちの権利と機会の基盤になった。一方で、暴力や貧困、経済格差が自由な生活を妨げている現実もある。かつての刑務所を博物館に変え、その建物の一部には旧刑務所のれんがが再利用されている。過去の抑圧の象徴を未来のために生かすこの姿は、歴史を記憶しながら次の課題に向き合う南アの姿を象徴している。1956年の行進から70年を経ても、自由を求める闘いは世代を超えて続いている。

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