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誕生から125年、米国の定番「PB&J」はなぜ生き残ったのか、お弁当から高級店まで進化

誕生から125年を経ても米国の弁当の王者であり続ける理由は、時代に合わせて姿を変えながら、誰でも作れるという原点を失わなかったことにある。
ピーナッツとジャムのイメージ(AP通信)

米国の子どもたちの弁当を象徴する食べ物、ピーナッツバターとジャムのサンドイッチ「PB&J」が今年、誕生から125年を迎えた。甘いジャムと塩気のあるピーナッツバターをパンで挟むだけという単純な料理だが、安価で作りやすく、保存もしやすいことから世代を超えて米国人の食生活に定着している。現在では弁当だけでなく、デリやレストラン、高級料理店でも独自のアレンジが登場している。

PB&Jの最初の記録とされるのは1901年。ジュリア・デイビス・チャンドラー(Julia Davis Chandler)が「ボストン・クッキング・スクール・マガジン」に掲載したレシピで、カシスやクラブアップルのゼリーとピーナッツペーストを使ったティーサンドイッチだった。当時は富裕層が楽しむしゃれた軽食という位置付けで、現在の子ども向け弁当とは異なる存在だった。

その後、1920~30年代に市販のピーナッツバターとスライス済みパンが普及すると、PB&Jは一気に身近な食品になった。ピーター・パンやスキッピーなどのブランドが市場を広げ、1950年代にはジフも加わった。パン、ピーナッツバター、ジャムという3種類の安価な食材を組み合わせるだけで、調理にほとんど手間がかからない点も普及を後押しした。

PB&Jの強さは、基本形を維持しながら中身を自在に変えられる点にもある。伝統的には白パンにクリーミーまたは粒入りのピーナッツバター、ブドウやイチゴのジャムを合わせるが、現在は全粒粉パンや天然素材のナッツバター、砂糖を使わないジャムなども選ばれる。ピーナッツアレルギーへの対応から、アーモンドバターやヒマワリ、亜麻、カボチャの種を使った代替品も広がっている。

地域ごとの個性的な食べ方も多い。南部や中西部ではフライパンで焼いたPB&Jが親しまれ、ピクルスやポテトチップスを加えて食感を変える例もある。ニューイングランドではジャムの代わりにマシュマロクリームを使う「フラッファーナッター」が定番で、テキサスではハラペーニョ入りジャムやベーコンを組み合わせる食べ方も存在する。さらに南部州の祭りでは、PB&Jそのものを揚げた料理まで登場する。

レストランでは、PB&Jは安価な子ども向け食品というイメージから離れ、高級料理の素材にもなっている。テキサス州サンアントニオの専門店では卵、ベーコン、イチゴとハラペーニョのジャムを組み合わせたメニューが提供され、ペンシルベニア州フィラデルフィアではフロステッドフレークをまとわせて焼いたPB&Jも登場する。ニューヨークではフォアグラのガナッシュを使った一品が24ドルで提供されているという。

さらに、ピーナッツバターそのものも多様化している。ピスタチオやアーモンド、メープルシロップ、シナモンなどを加えた商品が販売され、ジャムにもチアシードやメープルシロップ、プレッツェル、桃、リンゴ、ザクロなどさまざまな素材を組み合わせられる。パンも食パンだけでなく、クロワッサンやブリオッシュ系のパンなどに置き換えられる。

それでもPB&Jが125年間生き残った最大の理由は、変化できる一方で、原型が極めて単純なことにある。材料を塗って挟むだけで完成し、特別な調理器具も必要ない。安価で腹持ちがよく、学校や職場、キャンプ、ピクニックなど場所を選ばず食べられるという実用性が、流行に左右されにくい強さにつながっている。

そしてPB&Jには、単なる食品以上の意味もある。米国人にとっては子どものころの学校給食や家庭の弁当を思い起こさせる「懐かしさ」の象徴でもある。高級食材を加えて別の料理へ変化させても、ピーナッツバターとジャム、パンという組み合わせが残る限り、PB&Jは子ども時代の味として受け継がれていく。誕生から125年を経ても米国の弁当の王者であり続ける理由は、時代に合わせて姿を変えながら、誰でも作れるという原点を失わなかったことにある。

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