コンテンプト・オブ・コート 5-24
アンカレッジ警察署。
カーティス・ハミルトン刑事は、上司の前に立っていた。
机の上には、郊外の崖下で発見された男性の遺体に関する報告書が置かれている。
カーティスは報告書を指で押さえた。
「もう一度、捜査し直すべきではありませんか?」
上司は書類から顔を上げた。
「何度も言わせるな。自殺で処理しろ」
「ですが、遺体の傷や現場の状況に不自然な点があります」
「ポケットに督促状があっただろ。遺書も見つかっている」
「借金は大した額じゃありません。それなのに、家族を残して自殺しますかね?」
カーティスは一歩前に出た。
「もう少し調べるべきです」
上司は苛立ったように机を叩いた。
「上から捜査終了の指示が出ている。終わりだ」
「しかし――」
「命令が聞こえなかったのか?」
カーティスは口を閉じた。
上司は報告書を手に取り、彼の胸元へ押し返した。
「余計なことをするな。お前は以前も、終わった事件を蒸し返して問題になっただろう」
「……分かりました」
カーティスは報告書を受け取った。
納得したわけではなかった。
だが、これ以上言っても無駄だと分かっていた。
執務室を出る。
廊下を歩きながら、カーティスは報告書を見下ろした。
遺書。
借金の督促状。
崖下で見つかった遺体。
それだけで自殺と決めつけていいのか。
カーティスには、どうしても納得できなかった。
そのとき、廊下の向こうから女性が歩いてきた。
ローリー・ブルックスだった。
カーティスは足を止めた。
「……ローリー」
ローリーも立ち止まった。
「カーティス刑事」
カーティスは少し驚いたように笑った。
「どうしたんだ、こんなところで」
ローリーは、カーティスが手にしている報告書へ目を向けた。
「刑事、いろいろ大変ですね」
カーティスは苦笑した。
「これも仕事だよ」
カーティスは報告書を脇に抱えた。
ローリーは少し考え、鞄からメモを取り出した。
そこには、先ほどネットで見つけた新聞記事の情報が書かれていた。
「実は、お聞きしたいことがあるんです」
「何だい?」
「二十年前に亡くなった、リサ・グリーンという女性弁護士の事件です」
カーティスの表情が変わった。
「……リサ・グリーン?」
「はい。グレート・プラーンズ・ヘラルドの記事を見つけました。彼女は市内の事務所で亡くなったと書かれていました」
カーティスはしばらくローリーを見つめた。
「どうして、その事件を?」
ローリーは言葉を選んだ。
「気になることがあって」
カーティスは周囲を確認してから、声を落とした。
「少し待っていてくれ」
そう言うと、書類棚のある部屋へ入っていった。
数分後、カーティスは薄いファイルを持って戻ってきた。
「公開できる範囲の資料をコピーしておいた。原本は残っていないが、これなら渡せる」
ローリーはファイルを受け取った。
「ありがとうございます」
カーティスは廊下の椅子に腰を下ろした。
「この事件は、俺が担当していた」
「そうだったんですね」
「ああ。彼女は素晴らしい弁護士だったよ」
カーティスは遠くを見るような目をした。
「依頼人のためなら、相手が誰だろうと引かなかった。あんな人が、幼い息子を残して自殺するなんてな……」
ローリーは顔を上げた。
「何か、気になることでもあったんですか?」
カーティスはすぐには答えなかった。
やがて、低い声で言った。
「あのときも、上から捜査を打ち切るよう指示が出た」
ローリーは息をのんだ。
「そのうえ、捜査終了後に資料の原本が消えた」
「原本が……?」
「ああ。俺も何度も確認した。だが、見つからなかった」
カーティスはファイルを見つめた。
「この事件には何か裏がある。ずっと気がかりだった」
ローリーは手元の資料を握りしめた。
「……自殺ではなかった可能性があるんですか?」
カーティスはローリーを見た。
「これは俺の勘だ」
一度、言葉を切る。
「彼女は息子を残して自殺するような人じゃない」
ローリーの指が、ファイルの端を強く握った。
二十年前。
母親が失踪した日。
リサ・グリーンが亡くなった日。
二つの日付が、頭の中で重なった。
ローリーはファイルを見つめた。
もう、偶然とは思えなかった。
