コンテンプト・オブ・コート 1-4
2018年3月。ニューヨーク市マンハッタン。午後10時57分。
「選べ」
マイクの声が部屋に残った。
ジョニーは答えなかった。
拳銃を持った男たちも動かない。
壁時計の秒針が進む。
午後10時57分。
あと一時間。
ジョニーはマイクのスマートフォンを見た。
画面には予約投稿の表示。
午前零時。
その下には複数のファイル名が並んでいる。
「本当に公開する気か?」
「する」
「自分も巻き込まれるぞ」
「俺は最初から巻き込まれている」
「何のためにそこまでやる?」
「依頼人を助けるためだ」
ジョニーは鼻で笑った。
「正義の味方か?」
「違う」
マイクは言った。
「弁護士だ」
その時だった。
廊下から足音が聞こえた。
今度は一人だった。
ゆっくりとした足音。
靴底が床を叩く。
ジョニーの部下がドアへ銃口を向けた。
「誰だ?」
返事はない。
足音だけが近づいてくる。
やがてドアの前で止まった。
ジョニーが手を上げる。
部下がドアを開けた。
そこに男が立っていた。
六十歳前後。
大柄だった。
白髪交じりの短い髪。
黒いコート。
無駄な装飾のない服装。
男は部屋の中を見た。
銃。
縛られたロウ。
そしてマイク。
「遅かったな」
マイクが言った。
男はマイクを見た。
「お前が勝手に始めたんだろう」
「そうだった」
「それで?」
「少し面倒になった」
男は部屋に入った。
ジョニーの部下が銃を向ける。
男は銃口を見た。
「下ろせ」
「何だと?」
「その玩具を下ろせと言った」
男の声は低かった。
部下が笑う。
「お前、状況が分かってないな」
男は答えなかった。
ただ、男の背後から別の人間が姿を見せた。
スーツ姿の男だった。
さらに廊下の奥に二人。
全員、無言だった。
ジョニーが目を細める。
「ヒューイ……」
男がジョニーを見る。
「知っているなら話は早い」
ヒューイ・フリーマン。
元米軍特殊部隊。
現在は民間軍事会社を経営している。
表向きは海外警備と危機管理を請け負う会社。
だが、その業界でヒューイの名前を知らない人間は少ない。
戦場で生き残り、軍を離れてからも戦場に近い仕事を続けている男だった。
ヒューイはマイクを見る。
「怪我は?」
「ない」
「嘘だな」
「頬を少し殴られた」
「それを怪我と言う」
「仕事に支障はない」
「そうか」
ヒューイはロウを見る。
「この男か?」
「俺の依頼人だ」
「なら、連れて帰れ」
ジョニーが口を挟んだ。
「待て」
ヒューイがジョニーを見る。
「何だ?」
「これは俺たちの問題だ」
「そうか」
「マイクには関係ない」
「逆だ」
ヒューイは淡々と言った。
「マイクが関係しているから俺が来た」
ジョニーはマイクを睨んだ。
「お前が呼んだのか?」
「呼んでない」
「じゃあどうして……」
「ヒューイは俺の師匠だ」
ジョニーがヒューイを見る。
「師匠?」
「昔、世話になった」
ヒューイはマイクに言った。
「今でも世話をしているつもりはない」
「知ってる」
「なのに、なぜ俺を呼んだ?」
「呼んでない」
「そうだったな」
ヒューイは少しだけ笑った。
ジョニーの部下が銃を構えた。
「話は終わったか?」
ヒューイは男を見る。
「まだだ」
「こいつは俺たちの客だ」
「客?」
「そうだ」
「椅子に縛って殴るのが客への対応か?」
「お前には関係ない」
「関係ある」
ヒューイの声が低くなる。
「マイクがいる」
ジョニーがマイクを見る。
マイクは黙っていた。
ヒューイは続けた。
「マイクの話に応じろ」
「断ったら?」
ヒューイはジョニーを見た。
「痛い目に合う」
部屋が静かになった。
ジョニーが笑う。
「脅しているのか?」
「忠告だ」
「俺たちは何人いると思ってる?」
「見れば分かる」
「銃もある」
「それも見れば分かる」
「なら――」
ヒューイが一歩進んだ。
「使ってみろ」
ジョニーの部下が銃を握る。
ヒューイの後ろにいた男たちも同時に動いた。
空気が変わった。
誰も銃を撃たない。
だが、撃てば終わる。
そのことを全員が理解していた。
マイクが口を開いた。
「ヒューイ」
「何だ?」
「ロウを連れて帰りたい」
「分かった」
ヒューイはジョニーを見る。
「縛っている男を解け」
「断る」
「そうか」
ヒューイは一歩下がった。
「なら、マイクの要求に応じろ」
「記録を公開するつもりだ」
「聞いた」
「なら分かるだろ」
「分かっている」
ヒューイはジョニーに近づいた。
「マイクは一度決めたら変えない」
ジョニーが言う。
「お前が止めればいい」
「止めない」
「なぜだ?」
ヒューイはマイクを見た。
「俺が育てた男だからだ」
マイクが眉を動かした。
「育てた?」
「違うか?」
「鍛えただけだろ」
「それを育てたと言う」
ジョニーは二人を見た。
「お前たちは何なんだ?」
「何でもない」
ヒューイが答えた。
「ただの師弟だ」
「ただの?」
「そうだ」
ヒューイは静かに言った。
「だからこそ、お前たちは運が悪い」
ジョニーは黙った。
ヒューイはロウのところへ歩いた。
男が銃を向ける。
「止まれ」
ヒューイは止まらない。
「撃つぞ」
「撃てばいい」
男の指が引き金に触れる。
その瞬間、マイクが言った。
「やめろ」
ヒューイが振り返る。
「何だ?」
「俺の依頼人だ」
「そうだったな」
ヒューイは一歩横へ移動した。
マイクがロウのところへ向かう。
ジョニーは止めようとした。
しかし、ヒューイがその前に立った。
「どけ」
「嫌だ」
「お前に関係ない」
「さっき同じことを言ったな」
ヒューイは淡々と言った。
「俺にも関係ない」
ジョニーが睨む。
「ならなぜここにいる?」
「マイクがいるからだ」
「それだけか?」
「それだけだ」
マイクはロウの拘束を確認した。
「鍵を」
ジョニーが部下を見る。
男は動かない。
ヒューイが言った。
「鍵を渡せ」
男はジョニーを見る。
ジョニーは数秒黙った。
そして顎を動かした。
男が鍵を投げる。
マイクが受け取った。
ロウの手を縛っていた拘束具を外す。
ロウは立ち上がった。
「歩けるか?」
「歩ける」
「行こう」
マイクはロウを支えた。
部屋の出口へ向かう。
ジョニーは黙っていた。
ヒューイの横を通り過ぎるとき、マイクが足を止めた。
「ヒューイ」
「何だ?」
「助かった」
「礼はいらない」
「そうか」
「ただし」
ヒューイがマイクを見る。
「お前が今からやろうとしていることは、ニューヨークだけの話じゃない」
マイクは答えなかった。
ヒューイは続けた。
「本気なら、覚悟しておけ」
「している」
マイクはそう言って、ロウとともに廊下へ出た。
ヒューイも後に続いた。
最後に部屋を出る直前、ヒューイが振り返る。
「ジョニー」
「何だ?」
「マイクの話に応じろ」
「……」
「応じなければ」
ヒューイは静かに言った。
「本当に痛い目に合う」
ドアが閉まった。
部屋に残されたジョニーは、しばらく動かなかった。
机の上には税務記録。
壁時計は午後10時59分を示している。
午前零時まで、あと一時間。
ジョニーは書類を一枚取り上げた。
そこには、テラ・インフラテックへ流れた金の記録が残っていた。
「クソ……」
初めて、ジョニーの声に焦りが混じった。
