SHARE:

コンテンプト・オブ・コート 1-6

2018年3月。ニューヨーク市。ニューヨーク州弁護士会。午前10時16分。

白い壁の会議室に、ローリー・ブルックスは一人で座っていた。

机の向こうには三人の弁護士がいる。

中央に座っている男が書類をめくった。

「ローリー・ブルックス弁護士」

「はい」

「昨日、連邦裁判所において、担当裁判官に対する不適切な発言および身体的接触を行ったことは事実ですか?」

「事実です」

「裁判官を侮辱したことも?」

「はい」

「誤判野郎、と」

「言いました」

「裁判官の肩を押したことも?」

「押しました」

中央の男が書類を閉じた。

「理由を説明してください」

ローリーは椅子の背にもたれた。

「判決が間違っていたからです」

「それは理由になりません」

「私には理由です」

「あなたは弁護士です」

「知っています」

「裁判官の判断に不服があるなら、控訴という手続きがあります」

「分かっています」

「なら、なぜあのような行動を?」

ローリーは数秒黙った。

「我慢できなかった」

三人の視線が集まった。

「被告人は何年も夫から暴力を受けていました。子供の前で殴られ、警察にも助けを求めていた。それでも裁判官は三十年を言い渡した」

「それは裁判所が判断することです」

「だから、私は弁護士として法廷に立った」

「では、あなたは自分の行為が正当だったと?」

「身体的に押したことは正当化できません」

ローリーは言った。

「でも、判決に異議を唱えたことは間違っていません」

中央の男はローリーを見た。

「あなたは反省していない」

「押したことについては反省しています」

「裁判官を侮辱したことは?」

「していません」

「昨日、侮辱したと認めましたね」

「言葉は撤回しません」

「なぜです?」

ローリーはまっすぐ相手を見た。

「誤判だったからです」

会議室に沈黙が落ちた。

中央の男が隣の弁護士を見る。

隣の弁護士は書類に目を落とした。

「弁護士会として、今回の行為を重大な職業倫理違反と判断します」

ローリーは黙って聞いている。

「よって、ローリー・ブルックス弁護士に対し、六か月間の業務停止処分を科します」

「分かりました」

「異議は?」

「ありません」

「処分についてですか?」

「はい」

ローリーは立ち上がった。

「でも、判決については異議があります」

中央の男が顔を上げる。

「その件は別問題です」

「私には同じ問題です」

ローリーは椅子を戻した。

「弁護士は依頼人を守るために法廷に立つ。それを忘れたら、弁護士でいる意味がない」

三人は何も言わなかった。

ローリーは会議室を出た。

廊下に出ると、壁際に同僚の弁護士が立っていた。

「ローリー」

「何?」

「六か月だ」

「聞いた」

「長いぞ」

「半年なら半年」

「事務所はどうする?」

ローリーは手に持った封筒を見た。

業務停止処分通知。

「閉める」

「本当に?」

「仕事ができないのに開けておく意味がない」

「戻ってくるんだろ?」

ローリーは答えなかった。

そのまま歩き出した。

「ローリー」

呼び止める声。

振り返らない。

「少し頭を冷やせ」

ローリーは足を止めた。

「冷えてるわ」

それだけ言って歩き去った。


午後2時03分。

ローリーは昨日の法廷へ戻っていた。

処分通知をバッグに入れている。

裁判官の執務室前に立つ。

受付の職員が顔を上げた。

「ブルックス弁護士?」

「裁判官に会いたい」

「面会の予定は?」

「ない」

「では――」

「構わないわ」

ローリーは扉を開けた。

中には昨日の裁判官がいた。

机の上には書類が積まれている。

裁判官が顔を上げた。

「何の用ですか?」

「昨日のこと」

「弁護士会の処分なら聞いています」

「そう」

ローリーは椅子に座らなかった。

「六か月です」

「あなた自身の行動の結果でしょう」

「分かっています」

「なら、何をしに来たんです?」

ローリーは裁判官を見た。

「謝罪ではありません」

裁判官の眉が動く。

「では?」

「撤回しに来ました」

「何を?」

ローリーは一歩近づいた。

「昨日言ったことを」

裁判官が黙る。

「私はあなたに言いました」

ローリーの声は低かった。

「誤判野郎、と」

「ええ」

「今もそう思っています」

裁判官は椅子の背に身体を預けた。

「あなたは六か月の業務停止を受けたばかりでしょう」

「だから?」

「自分の立場を理解していますか?」

「理解しています」

「なら、なぜまた同じことを?」

「事実だからです」

「判決は法に基づいています」

「それなら控訴します」

「どうぞ」

「必ずします」

裁判官はローリーを見つめた。

「あなたは自分が正しいと思っている」

「少なくとも、依頼人を見捨てなかったことについては」

「裁判官を侮辱するのも仕事ですか?」

「違います」

ローリーは答えた。

「だから処分を受けました」

「では何が言いたい?」

ローリーは少しだけ間を置いた。

「あなたが昨日したことは、法律の範囲にある」

「当然です」

「でも、人間として正しいとは思わない」

裁判官の顔が険しくなる。

ローリーは続けた。

「それだけです」

「もう帰ってください」

「分かりました」

ローリーは扉へ向かった。

ドアノブに手をかける。

そして振り返った。

「最後に一つ」

裁判官は黙っている。

「あなたが昨日三十年を言い渡した女性には、子供がいます」

「知っています」

「その子供たちは母親を必要としている」

「……」

「私は弁護士だから、あなたを裁けない」

ローリーは言った。

「でも、間違っていると思ったことを間違っていると言うことはできます」

裁判官は何も答えなかった。

ローリーはドアを開ける。

「それが、私の仕事です」

扉が閉まった。

廊下を歩く。

六か月。

仕事はできない。

事務所も閉める。

収入もない。

それでも、ローリーは歩みを止めなかった。

建物の外へ出る。

ニューヨークの風が吹いていた。

ローリーはバッグから処分通知を取り出した。

紙を一度見て、封筒へ戻す。

「六か月か……」

小さく呟く。

そしてタクシーを止めた。

「空港まで」

タクシーに乗り込む。

運転手がミラー越しに聞いた。

「どちらの空港?」

「JFK」

ローリーは窓の外を見た。

ニューヨークの街が後ろへ流れていく。

その視線には迷いがなかった。

帰る場所は一つしかない。

アラスカだった。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします
あなたへのおすすめ