コンテンプト・オブ・コート 1-2
2018年3月。ニューヨーク市マンハッタン。午後10時52分。
ドアが開いた。
マイク・ハンターが入ってきた。
濡れた黒いコート。
片手に革の鞄。
髪には雨が残っている。
マイクは部屋の中を一度見回した。
最初に目に入ったのは、椅子に縛られたダニエル・ロウだった。
次に、その周囲にいる四人の男。
最後にジョニー。
マイクはドアを閉めた。
「ダニエル」
「マイク……」
ロウの声は弱かった。
マイクはロウの顔を見た。
頬が腫れている。
シャツも破れている。
それだけ確認すると、マイクはジョニーに視線を移した。
「依頼人を返してもらおう」
ジョニーは黙っていた。
マイクは一歩進んだ。
その瞬間、左右の男が動いた。
拳銃が二丁。
ジャケットの下から出てくる。
マイクは止まった。
「それ以上動くな」
男が言った。
マイクは両手を少し上げた。
「分かった」
「鞄を床に置け」
マイクは革の鞄を床に置いた。
「蹴れ」
「そこまで信用がないのか?」
「いいから蹴れ」
マイクは鞄を蹴った。
鞄が床を滑り、部屋の中央で止まった。
男の一人が近づき、鞄を拾い上げる。
中身を確認する。
書類。
ノートパソコン。
携帯電話。
男がジョニーを見る。
ジョニーは頷いた。
「問題ない」
マイクは笑わなかった。
「俺は武器を持っていない」
「弁護士が武器を持ってないとは限らない」
「その通りだ」
マイクは両手を下ろした。
「俺の武器は法律だ」
ジョニーが鼻で笑った。
「法律?」
「そうだ」
「ここで法律が何の役に立つ?」
「使い方次第だ」
ジョニーがマイクの前まで歩いてきた。
距離は1メートルもない。
「お前がマイク・ハンターか」
「そうだ」
「依頼人を助けに来たのか?」
「それ以外に何がある」
「帰れ」
「断る」
ジョニーの目が変わった。
「ここはお前の法廷じゃない」
「知ってる」
「なら分かるだろ」
「何が?」
「ここでは俺たちがルールを決める」
マイクはジョニーの目を見た。
「それは長続きしない」
「どういう意味だ?」
「俺は記憶力がいい」
ジョニーが眉を動かした。
「何を覚えてる?」
「お前の顔」
マイクは部屋にいる男たちを順番に見た。
「三人の顔も」
「それがどうした」
「警察に説明できる」
ジョニーは笑った。
「警察?」
「そう」
「通報するのか?」
「必要ならな」
ジョニーが一歩近づいた。
「今すぐ通報してみろ」
マイクは黙った。
ジョニーはマイクの肩を軽く押した。
「携帯は?」
「ポケットだ」
「出せ」
マイクはゆっくりと右手をポケットに入れた。
その瞬間、二人の男が拳銃を構え直した。
「ゆっくりだ」
「分かってる」
マイクは携帯電話を取り出した。
ジョニーが手を伸ばす。
マイクは渡した。
ジョニーは画面を見る。
「電源が入ってない」
「電池が切れた」
「嘘だな」
「確認してみろ」
ジョニーが電源ボタンを押す。
画面は点かなかった。
ジョニーは携帯電話を床に投げた。
「お前、ずいぶん落ち着いてるな」
「慌てる理由がない」
「目の前に銃がある」
「見えている」
「怖くないのか?」
マイクは少し考えた。
「怖いかどうかは問題じゃない」
「何が問題だ?」
「依頼人が無事かどうかだ」
ロウがマイクを見た。
「マイク、帰れ」
「黙ってろ」
「こいつらは危険だ」
「見れば分かる」
「俺のせいでお前まで……」
「それ以上言うな」
マイクの声は低かった。
「俺は依頼を受けた」
ジョニーが笑った。
「弁護士ってのは面白いな」
「探偵でもある」
「そうだったな」
ジョニーがマイクの顔を見た。
「私立探偵で、弁護士資格まで持ってる」
「調べたのか」
「お前が誰なのかぐらい調べる」
「なら、俺が依頼人を見捨てないことも分かってるはずだ」
ジョニーは答えなかった。
部屋の奥にいる男が口を開いた。
「ジョニー、こいつ一人だ」
「分かってる」
「なら――」
「待て」
ジョニーが遮った。
マイクの視線が動いた。
部屋にいる男たち。
拳銃。
出口。
窓。
距離。
人数。
マイクは一つずつ確認していた。
ジョニーが気づく。
「何を見てる?」
「部屋」
「何のために?」
「出る方法を考えてる」
男が笑った。
「無理だ」
マイクは男を見た。
「そうかな」
「銃がある」
「四人とも撃つ気か?」
「必要ならな」
「撃ったら音がする」
「だから?」
「この建物には他の事務所もある」
ジョニーが黙る。
「通報される」
「誰が通報する?」
「誰かだ」
「ここは夜だ」
「だから?」
「誰も来ない」
「なら都合がいい」
マイクは言った。
「お前たちにとってはな」
ジョニーが眉を寄せた。
「どういう意味だ?」
マイクは答えなかった。
その代わり、ロウを見た。
「怪我は?」
「大したことない」
「立てるか?」
「たぶん」
「分かった」
ジョニーがマイクの前に立ちはだかった。
「帰れと言ったはずだ」
「依頼人を連れて帰る」
「できると思うか?」
「やってみる」
「馬鹿か?」
「よく言われる」
ジョニーは拳を握った。
マイクは動かなかった。
一秒。
二秒。
三秒。
部屋の空気が変わった。
ジョニーが拳を振り上げる。
マイクはわずかに身体を引いた。
拳が頬をかすめた。
マイクは反撃しなかった。
その代わり、ジョニーの背後を見た。
「そこをどけ」
「嫌だと言ったら?」
「面倒になる」
「もうなってる」
ジョニーは再び拳を構えた。
その時だった。
外から車のブレーキ音が聞こえた。
全員が窓を見る。
続いて、車のドアが複数閉まる音。
ジョニーの部下が窓際に走った。
「何だ?」
「車です」
「何台?」
「三台」
ジョニーの顔から笑みが消えた。
マイクも窓を見た。
暗い道路に黒い車が三台停まっている。
一台目から男が降りた。
二台目からも男が降りる。
最後の車からは、誰も降りなかった。
ジョニーが小さく舌打ちした。
「誰だ?」
部下が答える。
「分かりません」
マイクは何も言わなかった。
ジョニーがマイクを見る。
「お前の仲間か?」
「違う」
「嘘だろ」
「本当に知らない」
ジョニーはマイクを睨んだ。
その時、廊下から足音が聞こえた。
一人ではない。
複数。
ゆっくり近づいてくる。
ジョニーの部下たちが拳銃を構える。
ロウは椅子に座ったまま動けない。
マイクだけが静かだった。
ジョニーが低い声で言った。
「お前、本当に一人で来たんだろうな?」
「そう言った」
「誰にも連絡してないな?」
マイクは答えなかった。
ジョニーが近づく。
「聞いてるのか?」
マイクは床に落ちた自分の携帯電話を見た。
そして言った。
「俺は最初から一人だ」
廊下の足音が止まった。
部屋の中に沈黙が落ちる。
マイクはジョニーを見た。
「ただし、お前たちが誰を敵に回したのかは知らない」
その瞬間、廊下の向こうから声がした。
「ジョニー」
ジョニーの顔が強張った。
マイクは初めて、その声の主に興味を示した。
