コンテンプト・オブ・コート 1-1
2018年3月。ニューヨーク市マンハッタン。午後10時47分。
雨が降っていた。
マンハッタン南部の古い倉庫街では、夜になると人通りが消える。
街灯の下をタクシーが一台通り過ぎた。
その先に、三階建ての古いレンガ造りの建物がある。
一階は閉鎖された自動車部品店だった。
二階の事務所だけに明かりがついていた。
窓にはブラインドが下りている。
その部屋の中央で、男が椅子に座らされていた。
ダニエル・ロウ。
五十二歳。
会計士だった。
白いワイシャツの襟元は乱れ、眼鏡は床に落ちている。
右の頬が腫れていた。
両手は背中側で縛られている。
向かいにはジョニーがいた。
三十代の男だった。
黒いジャケットを着て、両手をポケットに入れている。
その後ろに三人の男が立っていた。
ジョニーは机の上に置かれた書類を一枚持ち上げた。
「これを説明しろ」
ロウは黙っている。
ジョニーは書類を机に戻した。
「聞こえなかったか?」
「聞こえている」
「なら答えろ」
「俺は会計士だ。会社の経理を処理しただけだ」
「どこの会社だ?」
「顧客の会社だ」
「その顧客が誰か聞いてるんじゃない」
ジョニーが書類を指で叩いた。
「金がどこへ行ったか聞いている」
ロウは視線を落とした。
書類には複数の会社名が並んでいる。
建設。
不動産。
運輸。
警備。
表向きは互いに関係のない会社だった。
しかし、送金先を追えば同じ場所にたどり着く。
「知らない」
ジョニーはため息をついた。
「三回目だ」
「本当に知らない」
後ろにいた男がロウの椅子を蹴った。
椅子が床を滑った。
ロウの身体が前に倒れる。
「やめろ」
「黙ってろ」
男がロウの肩をつかんで起こす。
ジョニーは止めなかった。
「ハンターに何を話した?」
ロウの目が動いた。
ジョニーは笑わなかった。
「マイク・ハンターだ」
ロウは黙った。
「弁護士のハンター」
「……顧客に弁護士を紹介することはある」
「紹介じゃない」
ジョニーは机の引き出しから写真を取り出した。
マイク・ハンターが事務所から出てくるところを撮った写真だった。
「お前と一緒にいるところを見られてる」
ロウは写真を見た。
「弁護士に相談した。それだけだ」
「何を相談した?」
「仕事のことだ」
「嘘だな」
「本当だ」
ジョニーは椅子を引き寄せた。
ロウの前に座る。
「お前は三十年間、会計帳簿を見てきた」
「だから何だ」
「数字は嘘をつかない」
「数字を扱う人間は嘘をつく」
ジョニーの目が細くなった。
「賢いな」
「褒めてるのか?」
「いや」
ジョニーが立ち上がった。
「確認してるだけだ」
男がロウの胸ぐらをつかんだ。
「最後に聞く」
ジョニーが言った。
「帳簿の原本はどこだ」
「事務所だ」
「事務所のどこだ」
「金庫」
「暗証番号」
ロウは答えなかった。
男の拳がロウの腹に入った。
ロウの身体が折れる。
椅子が軋んだ。
「暗証番号」
「……知らない」
「お前の金庫だろ」
「会社の金庫だ」
「誰が開けられる?」
「社長だ」
「名前は?」
ロウは答えなかった。
ジョニーが近づいた。
「ケンドリック・コールか?」
ロウの顔が強張った。
一瞬だった。
だが十分だった。
ジョニーは男に手を上げた。
「もういい」
男が離れる。
ロウは息を整えようとした。
「お前たちは何なんだ」
「質問する側だ」
「俺を殺すのか?」
ジョニーは答えなかった。
ロウは笑った。
乾いた笑いだった。
「なら、殺せ」
「どうして?」
「どうせ逃がす気はない」
「そう思うか?」
「違うのか?」
ジョニーは窓際まで歩いた。
ブラインドの隙間から外を見る。
雨が道路を濡らしていた。
「ハンターはどうしている?」
「知らない」
「今もお前を探してると思うか?」
ロウは黙った。
ジョニーは振り返った。
「俺なら探す」
その言葉に、ロウが顔を上げた。
「マイクは来る」
ジョニーは笑った。
「弁護士だから?」
「違う」
ロウは言った。
「あいつは依頼人を見捨てない」
ジョニーはしばらくロウを見た。
そして、低い声で言った。
「それなら好都合だ」
部下の一人がスマートフォンを見る。
「来ました」
ジョニーが振り返った。
「誰が?」
「ハンターです」
ジョニーの口元がわずかに動いた。
「早いな」
ロウが息を呑んだ。
「言っただろ」
ジョニーは部下たちを見る。
「全員、準備しろ」
男たちが動き始める。
一人が入口へ向かう。
もう一人が窓際へ移動する。
三人目がジャケットの内側に手を入れた。
ロウはジョニーを見た。
「何をするつもりだ」
ジョニーは答えなかった。
階下から車のドアが閉まる音がした。
続いて、建物の入口が開く。
足音が聞こえた。
一階。
二階。
階段を上がってくる。
一定の間隔だった。
急いでいない。
ジョニーが時計を見る。
午後10時52分。
足音が止まった。
部屋の前だった。
ノックはなかった。
ジョニーが部下に目配せする。
男がドアの脇に立つ。
ジョニーはロウの前に立った。
「お前の弁護士だ」
ロウが答える。
「そうだ」
「なら、よく見ておけ」
ジョニーはドアを見た。
「どんな弁護士なのか」
ドアノブが動いた。
ジョニーの部下たちが身構える。
ロウは目を閉じた。
次の瞬間。
ドアが開いた。
