ボツワナの死刑制度:「絶対的(必要的)死刑」の存在
ボツワナは、2026年8月現在も死刑制度を維持する数少ないアフリカ諸国の一つである。
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現状(2026年8月時点)
ボツワナ共和国は、2026年8月現在も死刑制度を維持しているアフリカ諸国の一つである。死刑は単なる歴史的な残存制度ではなく、憲法上一定の条件の下で生命を奪う刑罰を認める仕組みと、刑法などの個別法規によって具体化された制度として現在も存続している。
ボツワナ政府は近年も死刑制度そのものを廃止する方針を採っていない。2026年3月には法務・矯正サービス相が議会答弁で、死刑について政府による公式なモラトリアムは存在せず、法律上なお有効な刑罰であると説明している。また、同時点で19人が死刑囚として収監されていることも政府から明らかにされている。
この制度を理解するうえで重要なのが、ボツワナ法における「死刑が可能である犯罪」と「死刑が原則として義務づけられる犯罪」を区別することである。一般に英語圏の法制度研究では、後者について「mandatory death penalty」、すなわち「必要的死刑」「絶対的死刑」と表現されることがあるが、ボツワナの制度では、特に殺人について「情状酌量事情(extenuating circumstances)」の有無が刑の決定に重要な意味を持つため、単純な意味での完全自動的な死刑制度と理解することには注意が必要である。
ボツワナの死刑制度および「必要的死刑」の概要
ボツワナの死刑制度の法的基礎には、憲法上の生命権規定と刑事法規がある。ボツワナ憲法は生命を保護する一方、「ボツワナで有効な法律に基づく犯罪について裁判所が下した刑の執行」という例外を明示しており、死刑そのものを憲法上当然に禁止する構造にはなっていない。
この点は、死刑を憲法上違憲とする方向に進んだ南アフリカなどとは大きく異なる。2026年のボツワナ政府関係者の説明でも、憲法は裁判所の命令による生命の剥奪を一定の場合に認めており、死刑制度を廃止するには司法判断だけではなく、憲法・法律を含めた政治的、立法的な手続が必要だという認識が示されている。
刑法上、とりわけ重要なのが殺人である。ボツワナ刑法典203条は、殺人について有罪となり、かつ「情状酌量事情」が認められない場合に死刑を科す仕組みを採っているため、殺人については「必要的死刑」と説明されることがある。
しかし、この制度を「殺人罪で有罪になれば、どのような事情があっても必ず死刑」と説明するのは正確ではない。情状酌量事情の有無が刑罰を左右するため、裁判所による事実認定と量刑判断の段階が存在するからである。
ここにボツワナ型の「必要的死刑」の特殊性がある。すなわち、形式的には死刑が強く予定された犯罪であっても、個々の事件について被告人の置かれた状況や犯罪の具体的事情を裁判所が検討する余地が残されているのである。
この点は、国際人権法上の問題を考える際にも極めて重要である。国連自由権規約委員会は、死刑制度を維持する国家であっても、死刑が「最も重大な犯罪」に限定され、かつ自動的・必要的に科される制度であってはならないとの立場を明確にしている。
また、死刑判決を受けた者には恩赦または減刑を求める権利が自由権規約6条4項によって認められている。したがって、死刑制度を存続させる国家であっても、司法手続だけでなく、最終的な減刑・恩赦の可能性を含めた制度全体が国際人権法との関係で評価されることになる。
ボツワナの場合、実際に死刑判決が最終的な死刑執行に直結するわけではない。司法手続を経た後、恩赦を求める手続が存在し、政府説明によれば2026年3月時点でも、上訴を終えた死刑囚の一部について恩赦申請が提出されている。
したがって、「絶対的(必要的)死刑」という表現を用いる場合には、二つの意味を区別する必要がある。一つは「法律が特定犯罪について死刑を原則的な刑として予定している」という意味であり、もう一つは「裁判官が被告人の個別事情を考慮する余地なく自動的に死刑を宣告しなければならない」という意味である。
ボツワナの制度を検証する場合、前者については明確な根拠が存在する一方、後者については情状酌量事情、上訴、恩赦などを考慮する必要があり、単純な「完全自動型の死刑」と同一視することはできない。この違いこそが、ボツワナの死刑制度をめぐる法的議論の出発点となる。
必要的死刑が規定されている主な犯罪
ボツワナの死刑制度をさらに詳しく見ると、中心に位置するのは殺人である。しかし、死刑の対象は殺人だけに限定されているわけではなく、国家に対する重大犯罪などにも死刑を予定する法体系が存在する。
ボツワナ司法当局自身も、死刑が問題となる代表的な事件として殺人や反逆罪を挙げている。こうした死刑対象事件では、被告人に国費による弁護人を付する「pro deo counsel(プロ・デオ・カウンセル)」の制度も設けられており、死刑判決につながり得る刑事事件について最低限の防御権を保障する仕組みが存在する。
ただし、死刑対象犯罪のすべてについて、殺人とまったく同じ量刑構造が採用されているわけではない。このため、「ボツワナには必要的死刑が存在する」という命題を正確に評価するには、犯罪類型ごとに条文、刑罰の文言、情状酌量の適用可能性、恩赦の対象範囲などを個別に検討する必要がある。
必要的死刑が規定されている主な犯罪
ボツワナの死刑制度を検証すると、死刑を予定する犯罪は単一ではない。刑法典(Penal Code)には国家に対する犯罪、海賊行為、生命に対する犯罪などについて死刑規定が置かれており、さらに軍事刑法の領域にも死刑という刑罰が組み込まれている。
ただし、ここで注意すべきなのは、「死刑を科すことができる犯罪」と「有罪判決を受ければ原則として死刑を科さなければならない犯罪」は同じではないという点である。ボツワナ刑法典の条文は、犯罪によって「shall be sentenced to death(死刑に処される)」という強い形式を採用している一方、特定の犯罪については別条文によって「情状酌量事情」がある場合の減刑を明示的に認めている。
したがって、ボツワナの「必要的死刑」を研究する場合には、刑罰規定だけを抜き出して判断するのではなく、犯罪構成要件、情状酌量規定、証拠法則、上訴、恩赦を含む一連の制度として捉える必要がある。
殺人
死刑制度の中心にあるのが殺人罪である。ボツワナ刑法典は殺人について死刑を予定しており、一般的な説明では、ボツワナでは殺人が最も主要な死刑対象犯罪と位置づけられている。
しかし、殺人罪についても「殺人の有罪判決=必ず死刑」という単純な構造ではない。刑法典には情状酌量事情を扱う仕組みが存在し、事件の具体的事情によっては死刑ではなく自由刑が選択される余地がある。
この制度上の特徴は、ボツワナの死刑を「絶対的死刑」と呼ぶことの難しさを端的に示している。すなわち、犯罪類型としては死刑が強制的に予定されていても、裁判所が事件の背景事情を認定する段階で死刑を回避できる場合があるからである。
したがって、殺人については「必要的死刑」という表現を使うこと自体には一定の法的根拠があるものの、それを「裁判官に量刑上の判断が一切存在しない完全自動型の死刑」と理解するのは適切ではない。
国家反逆罪
殺人と並んで特徴的なのが反逆罪(treason)である。刑法典34条は、違法な手段によって政府を転覆しようとする行為、武力によって政府の法律・政策を変更しようとする行為、国家の行政権を武力によって奪取しようとする行為などを反逆罪として規定し、原則として死刑を予定している。
これは単なる政治的反対意見や政府批判を直接死刑対象とする規定ではない。刑法典が問題としているのは、国家統治の基本構造を武力または違法な手段によって転覆する行為であり、刑罰体系上、国家の存立に対する極めて重大な犯罪として扱われている。
さらに重要なのが、反逆罪についても「情状酌量事情」を考慮する明文規定が存在することである。刑法典40条は、34条または35条の犯罪について裁判所が情状酌量事情の存在を認めた場合、死刑の代わりに15年以上25年以下の拘禁刑を科すことができると定めている。
つまり、反逆罪についても「死刑規定は存在するが、絶対に死刑しか選択できない」という構造ではない。この点は、ボツワナの必要的死刑を理解するうえで極めて重要である。
外国によるボツワナ侵略の教唆
反逆罪の関連犯罪として特に注目されるのが、外国人にボツワナへの武力侵攻を教唆する行為である。刑法典35条は、外国人に対して武装部隊を率いてボツワナを侵略するよう教唆した者を犯罪とし、34条と同様に死刑を予定している。
これは単なる外国との接触や外交上の協力を処罰する規定ではなく、外国勢力による武力侵攻を直接促す行為を対象とする。したがって、国家主権・領土保全に対する重大な攻撃を刑法上の死刑対象として位置づけていると理解できる。
ここでも刑法典40条が重要になる。35条の犯罪について情状酌量事情が認められれば、裁判所は死刑に代えて15年以上25年以下の拘禁刑を選択できるため、外国による侵略の教唆についても絶対的な意味での自動死刑ではない。
この構造から見ると、ボツワナ刑法における必要的死刑は「犯罪の成立と同時に機械的に刑が確定する制度」というよりも、「犯罪が成立した場合には死刑を基本刑として強く要求しつつ、法律上認められた例外によって減刑を可能にする制度」と表現する方が正確である。
海賊行為に伴う殺意ある暴行
ボツワナの死刑制度をめぐって特に興味深いのが、海賊行為に関連する死刑規定である。ボツワナは内陸国であるため一見すると奇妙に見えるが、刑法典には海賊行為について詳細な規定が置かれている。
刑法典63条1項は海賊行為そのものについて終身刑またはそれより軽い拘禁刑を定めている。しかし63条2項では、海賊行為を行う際、その直前・直後を含め、船上の者または船に属する者を殺害する意図をもって暴行した場合、またはその生命を危険にさらす違法行為をした場合について、死刑を科すことを規定している。
ここでは、単純な海賊行為と死刑対象となる加重類型が明確に区別されている。つまり、海賊行為そのものが直ちに死刑になるわけではなく、殺害意思を伴う暴行など、生命に対する極めて重大な危険を発生させた場合に死刑が予定される構造である。
この規定は、ボツワナの刑法が旧来の英米法系刑法の影響を強く残していることを示す一例でもある。現代のボツワナが内陸国家であることと、刑法典に海賊罪が存在することは矛盾しないが、実務上の適用可能性は殺人罪などと比較して著しく限定されると考えるべきである。
軍法上の特定の重罪
死刑制度のもう一つの領域が軍事刑法である。現在のBotswana Defence Force Act(ボツワナ国防軍法)には軍事犯罪、軍法会議、刑罰、死刑判決の承認などに関する規定が置かれている。法律の構成を見ると、軍人に対する刑事責任は通常の刑法とは別に、軍務の特殊性を考慮した制度の下で処理される。
現行法は軍法会議が科すことのできる刑罰として死刑を含む構造を維持している。また、死刑判決については独立した「approval of death sentence(「死刑判決の承認)」の手続が置かれており、軍法会議で死刑判決が出た場合でも、それだけで直ちに執行されるわけではない。
この点は、軍法上の死刑を「必要的死刑」と評価する際にも注意を要する。軍法会議に死刑を科す権限が存在することと、特定の軍事犯罪について裁判所が必ず死刑を宣告しなければならないことは、法的には別問題だからである。
さらに、死刑判決に対しては異議申立てや再審査に相当する仕組みが設けられている。したがって軍事法制においても、死刑は最終的な刑罰として存在する一方、司法・行政上の複数の審査段階を経る構造になっている。
「必要的死刑」と呼ばれる制度の実像
以上を整理すると、ボツワナ刑法における死刑対象犯罪には、少なくとも殺人、反逆罪、外国による侵略の教唆、海賊行為に伴う殺意ある暴行などが存在する。また、軍事法制にも死刑を科し得る仕組みが存在する。
しかし、これらを一括して「絶対的死刑」と呼ぶ場合には法的な精密さが必要である。特に反逆罪と外国による侵略の教唆については、刑法典40条が情状酌量事情による15~25年の拘禁刑への変更を明文で認めている。
このため、ボツワナ型の必要的死刑は、「死刑を基本的・原則的な刑として法律が指定している」という意味では強いが、「裁判官が被告人の事情を一切考慮できない」という意味では絶対的ではない。むしろ「原則として死刑を要求する法規範と、個別事情による例外的な減刑制度が併存する制度」と捉える方が、法文の構造に忠実である。
この問題は単なる用語の問題ではない。国際人権法では、死刑を維持する国家であっても、裁判所が個別事情を考慮できるか、刑罰が自動的に決まる仕組みになっていないかが重要な評価対象になるからである。
したがって、ボツワナの制度を「必要的死刑の存在」として論じる場合、次の焦点は、死刑を予定する犯罪の条文そのものから、実際の裁判でどの程度裁判官の裁量が認められているのかへ移ることになる。
「必要的死刑」をめぐる法的な仕組みと緩和の試み
ボツワナの死刑制度を法的に検討すると、最大の特徴は「死刑を原則とする規定」と「個別事情によって死刑を回避できる仕組み」が同時に存在している点にある。特に殺人について、刑法典203条1項は有罪となった者について死刑を科すと規定する一方、同条2項は裁判所が「情状酌量事情(extenuating circumstances)」があると判断した場合、死刑以外の刑を科すことを認めている。
このため、ボツワナの制度は法技術的には「条件付きの必要的死刑」と捉えるのが適切である。すなわち、殺人罪について死刑は基本的な法定刑として強く予定されているが、情状酌量事情が認められれば裁判所は死刑から離れることができる。
この仕組みは南部アフリカに広く存在した歴史的な法制度の影響を受けている。アンドリュー・ノヴァクの研究によれば、南アフリカで形成された「情状酌量事情」の法理は、ボツワナを含む複数の南部アフリカ諸国へ継承され、形式的な必要的死刑の厳格さを緩和する役割を果たしてきた。
しかし、この制度は現代的な裁量型死刑とは根本的に異なる。裁量型死刑では、裁判所が犯罪の重大性と被告人の事情を総合的に判断し、死刑を選択する積極的な理由を示すのに対し、情状酌量事情型の制度では、まず死刑が基本的な出発点となり、それを回避する事情が存在するかが問題となるからである。
立証責任と裁判所の裁量
ここで特に重要なのが、情状酌量事情をめぐる立証構造である。ボツワナの制度では、死刑を回避するための事情について被告人側が主張・立証することが重要な意味を持ってきたため、死刑判決における立証責任の配分が人権法上の論点となっている。
ノヴァクは、この制度について、必要的死刑の厳格さを緩和する一方で、被告人側に負担を負わせる構造になっていることを問題として指摘している。通常の裁量型死刑であれば検察側が死刑を正当化する加重事情を示すことが中心となるのに対し、情状酌量事情型では、被告人が死刑を回避するための事情を示すという逆方向の構造になり得る。
この違いは小さく見えて、実際には極めて大きい。死刑という不可逆的な刑罰を科す場面では、裁判所が「なぜ死刑にするのか」を積極的に判断する制度と、「なぜ死刑を回避できるのか」を被告人側が示す制度では、刑事司法上のリスク配分が異なるからである。
ボツワナ刑法典203条3項は、情状酌量事情の有無を判断する際、「被告人が属する社会階層における通常人の行動基準」を考慮するよう裁判所に求めている。これは、犯罪行為を行った時点での被告人の精神状態や社会的環境を評価するうえで重要な規定である一方、何をもって「通常人」とするのかという評価上の難しさも生じさせる。
このような仕組みは、死刑判決に一定の個別化を導入するという意味では重要である。しかし、裁判官が情状酌量事情を認めなければ死刑が原則として残るため、裁判官の裁量は「死刑を選択する自由」よりも、「死刑を回避できる例外を認定する裁量」として作用する。
したがって、ボツワナの制度を現代的な意味での完全な裁量型死刑制度と評価することは難しい。むしろ、必要的死刑を出発点として、司法判断によってその厳格性を部分的に緩和する制度と見る方が実態に近い。
「絶対的死刑」という表現の検証
ここで、本稿の中心的な問題である「絶対的(必要的)死刑」という表現を改めて検討する必要がある。法文だけを見ると、ボツワナ刑法典203条1項は殺人について「shall be sentenced to death(死刑に処される)」と明記しており、必要的死刑と評価する十分な根拠がある。
実際、南アフリカ憲法裁判所もボツワナ法について、情状酌量事情がない場合には殺人に対する死刑が「mandatory(義務的な、強制的な)」であると説明している。この判断は、ボツワナの制度を国際的な死刑制度の比較研究において「必要的死刑」の一類型として扱うことに一定の根拠を与えている。
しかし、「mandatory」という英語をそのまま「絶対的」と翻訳することには注意が必要である。情状酌量事情が認定された場合には死刑以外の刑が可能であるため、殺人罪について絶対に例外のない死刑制度が存在するわけではないからである。
より正確には、「情状酌量事情が認められない殺人について死刑を必要的に科す制度」と表現するべきである。この表現なら、死刑の原則性と司法上の例外の双方を同時に説明できる。
反逆罪などにおける緩和制度
殺人だけでなく、反逆罪などにも情状酌量による緩和制度が存在する。刑法典40条は、34条または35条に該当する反逆罪等について、裁判所が情状酌量事情を認めた場合、死刑に代えて15年以上25年以下の拘禁刑を科すことができると規定している。
これは非常に重要な点である。国家に対する最重大犯罪についても、法律自体が死刑から自由刑への転換ルートを明示しているため、ここでも「死刑しか存在しない」という意味での絶対性は否定される。
さらに反逆罪については、通常の刑事事件以上に厳格な立証規則が置かれている。刑法典41条によれば、被告人自身の有罪答弁がない場合、原則として少なくとも二人の証人による同一の明示的行為についての証言、または異なる明示的行為についてそれぞれ一人ずつの証言が必要とされる。
この規定は、国家に対する犯罪について刑罰が極めて重いこととの均衡を図るものと理解できる。死刑につながり得る犯罪である以上、国家側が犯罪事実を立証する際に一定の証拠上のハードルを設けることには、誤判防止という観点から重要な意味がある。
実務上の問題点
しかし、制度上の緩和措置が存在することだけで、必要的死刑の問題が解消されるわけではない。最大の問題は、情状酌量事情の認定が裁判官の評価に依存するため、同じような犯罪類型であっても事件の事情や司法判断によって結論が変わり得ることである。
ノヴァクは、ボツワナの制度について、情状酌量事情の判断には客観的な明確基準が十分に存在せず、判例上形成された基準への依存が大きいことを指摘している。また、控訴審における審査のあり方も含め、裁量の透明性には問題が残ると分析している。
これは「死刑を回避できる制度があるから安全」という単純な話ではない。むしろ、死刑を回避できるかどうかが被告人側の主張能力、弁護活動、証拠の提出、裁判官による社会的・心理的事情の評価などに左右されるなら、制度そのものの予測可能性と公平性が問題となる。
さらに、死刑は誤判が後から完全に回復できないという特殊性を持つ。無期刑や長期拘禁刑であれば再審や釈放によって被害を一定程度回復できる可能性があるのに対し、死刑執行後にはその可能性そのものが失われる。
このため、必要的死刑制度では「有罪か無罪か」だけではなく、「死刑にするほどの責任があるか」を個別に判断できる仕組みが極めて重要になる。ボツワナの情状酌量制度はその役割の一部を担っているものの、国際人権法が求める個別化された量刑との間にはなお緊張関係が残っている。
国際人権法との接点
この問題は国内法だけで完結しない。ボツワナは国際人権法上、自由権規約(ICCPR)の締約国であり、死刑制度を維持する場合でも、その運用について国際的な制約を受ける。
ICCPR第6条は生命に対する権利を認めたうえで、死刑を廃止していない締約国についても、死刑を「最も重大な犯罪」に限定することを要求している。また、死刑判決を受けた者について恩赦、減刑または刑の変更を求める権利も認めている。
国連自由権規約委員会の解釈では、「最も重大な犯罪」という限定は厳格に理解されるべきであり、死刑の必要的・自動的適用は、生命権と個別的量刑判断との関係から重大な問題を生じさせる。したがって、ボツワナの「情状酌量事情」制度が国際基準をどこまで満たしているかが重要な検討課題となる。
「必要的死刑」の限界
ここまでの分析から、ボツワナの死刑制度には三つの層が存在すると整理できる。第一に、法律が特定犯罪について死刑を原則として規定するという「必要的」な側面、第二に、情状酌量事情によって死刑を回避できるという「司法的緩和」の側面、第三に、上訴や恩赦などによって最終的な執行を阻止し得る「事後的保障」の側面である。
この三層構造を無視して「ボツワナには絶対的死刑がある」と断定すると、制度の実態を過度に単純化することになる。一方で、「情状酌量制度があるから必要的死刑ではない」とするのも正確ではない。
むしろボツワナの制度は、必要的死刑を法的出発点として維持しながら、その極端な結果を情状酌量、司法審査、恩赦などによって部分的に緩和する制度と評価するのが妥当である。
国際人権法および地域人権機関からの批判
ボツワナの死刑制度をめぐる問題は、国内刑法だけでは完結しない。ボツワナは自由権規約(ICCPR)を批准しているため、死刑制度を維持する場合であっても、生命に対する権利、公正な裁判、恩赦・減刑を求める権利など、同規約が定める国際的義務との整合性が問われる。
特に問題となるのが、死刑が必要的に科される可能性である。国際人権法では、死刑を存置する国家に対しても、犯罪の重大性だけでなく、個々の被告人の事情を考慮した量刑判断が求められる方向が強まっている。
この観点から見ると、ボツワナの「情状酌量事情」制度は重要な緩和措置である一方、それだけで必要的死刑の問題を完全に解消したとは評価しにくい。死刑を回避する事情を裁判所が認定できるとしても、その仕組みが十分に明確で、公平で、すべての死刑事件に実効的に適用されるかが別途問題となるからである。
国際人権規約(ICCPR)および国連の立場
ICCPR第6条は、すべての人間が生命に対する固有の権利を有すると規定している。同条は死刑を直ちに全面禁止する条文ではないが、死刑を廃止していない国についても、「最も重大な犯罪」に限って適用すること、適正な裁判を経ること、死刑判決を受けた者に恩赦または減刑を求める権利を保障することなど、厳格な条件を設定している。
さらに重要なのが、国連自由権規約委員会の一般的意見第36号である。同委員会は、死刑を存置している国家であっても、その適用は「最も重大な犯罪」に限定され、しかも例外的な場合にのみ、最も厳格な制限の下で行われなければならないとの解釈を示している。これは、死刑制度を単純に国内刑法上の政策問題として扱うことを困難にするものである。
一般的意見第36号において特に重要なのは、死刑判決に際して個別的事情を考慮する必要性である。犯罪の名称だけによって刑罰が自動的に決定される制度では、被告人の責任の程度、犯行時の精神状態、強制や脅迫の有無、社会的・個人的背景などを十分に考慮できない危険があるためである。
この考え方からすれば、「必要的死刑」は国際人権法と構造的な緊張関係にある。死刑が生命を不可逆的に奪う刑罰である以上、個々の事件において刑罰の必要性と比例性を慎重に判断することが求められ、法律上の犯罪類型だけで死刑を自動的に確定させることには大きな問題が生じる。
また、ICCPR第6条4項は、死刑判決を受けたすべての者に恩赦、減刑または刑の変更を求める権利を認めている。したがって、死刑判決が出た後に国家がどのような減刑・恩赦制度を用意しているかも、制度全体の人権適合性を判断する重要な要素となる。
この点から見ると、ボツワナに恩赦制度が存在することは重要な意味を持つ。しかし、国際人権法の観点では、恩赦は裁判所による個別的な量刑判断を完全に代替するものではなく、司法段階で個人の事情を考慮できること自体が重要である。
つまり、「死刑判決を出しても、後で大統領等が減刑できる」という構造だけでは、必要的死刑の問題を完全に解決できない。刑罰を決定する裁判段階において、被告人の個別事情が実質的に評価されることが重要になる。
必要的死刑と「最も重大な犯罪」
ICCPR第6条との関係では、死刑対象犯罪そのものの範囲も問題になる。国連自由権規約委員会は、「最も重大な犯罪」という概念を極めて限定的に解釈しており、単に国内法が重大犯罪と指定しているというだけでは足りないと考えている。
この原則に照らすと、殺人のように故意に他人の生命を奪う犯罪と、国家に対する犯罪、軍事犯罪、その他の犯罪とを一律に死刑対象とすることには慎重な検討が必要となる。特に、実際に人を死亡させていない犯罪について死刑を予定する場合には、「生命を奪う刑罰を科すほどの犯罪なのか」という比例性の問題が強く現れる。
ボツワナ刑法が反逆罪や外国による侵略の教唆などについて死刑を規定していることは、こうした国際的基準との関係で検討対象となる。国内法上は国家の安全保障に対する極めて重大な犯罪であっても、ICCPR上の「最も重大な犯罪」という基準を自動的に満たすとは限らないからである。
この意味で、ボツワナの死刑制度における問題は、「死刑が存在するかどうか」だけではない。どの犯罪について死刑を認めるのか、どのような手続で死刑を宣告するのか、被告人の個別事情をどこまで考慮するのかという三つの問題が一体となっている。
アフリカ人権委員会の判断
国際的批判の中でも、ボツワナにとって直接的な意味を持つのがアフリカ人権委員会の判断である。アフリカ人権委員会は、ボツワナの死刑制度について複数の事件で問題を取り上げ、死刑執行のモラトリアムや制度廃止に向けた措置を求めてきた。
代表的なのが、2011年に判断され、2013年に公表された「Spilg and Mack & DITSHWANELO v. Botswana(スピルグおよびマック & ディツワネロ 対 ボツワナ共和国事件)」である。同事件では、アフリカ人権憲章5条についてボツワナによる違反を認定し、同時に死刑執行のモラトリアムを求める決議に従うこと、死刑廃止に向けた緊急措置を取ることをボツワナに要請した。
この判断は、死刑そのものについてアフリカ人権憲章4条違反を認定したものではなかった点にも注意が必要である。つまり、当時のアフリカ人権委員会の判断は、死刑制度をただちに違法と宣言するものではなく、個別事件における処遇の問題と、死刑制度そのものの廃止を求める政策的・人権的立場を組み合わせたものだった。
その後の「Interights & Ditshwanelo v. Botswana(インターライツおよびディツワネロ 対 ボツワナ共和国事件)」では、アフリカ人権委員会はボツワナによるアフリカ人権憲章1条および5条の違反を認定し、死刑執行のモラトリアムに関する決議を遵守すること、さらに死刑廃止に向けた措置を取るよう強く求めた。
ここで注目すべきなのは、アフリカ人権委員会が単に「死刑判決を出すこと」だけを問題にしているのではないことである。死刑囚の処遇、刑務所における人間の尊厳、執行手続、国家による生命剥奪のあり方を含め、死刑制度全体を人権保障の観点から検討している。
死刑執行とアフリカ人権委員会
アフリカ人権委員会は、ボツワナが実際に死刑を執行したことについても強い批判を行っている。2020年3月28日にモアビ・セアベロ・マビレツァとマツヒディソ・ツィッド・ボイカニョの2人が執行された際、同委員会は翌月、死刑執行に遺憾の意を表明した。
同委員会は、この執行についてアフリカ人権憲章4条が保障する生命に関する権利および5条が禁止する残虐、非人道的または品位を傷つける取扱いとの関係を問題視した。そして改めて死刑執行のモラトリアムを設けるようボツワナ政府に求めた。
これは、ボツワナがアフリカ大陸における死刑廃止の流れから距離を置いていることを示す重要な事例である。特に南部アフリカでは死刑廃止国が増えており、2025年にジンバブエも死刑を正式に廃止したことで、ボツワナは南部アフリカ地域における極めて例外的な存在となった。
執行の非公開性と処遇
ボツワナの死刑制度について国際人権上さらに問題となるのが、死刑囚とその家族に対する情報提供や執行手続の透明性である。人権団体や国際的な監視機関は、死刑執行の日時について死刑囚本人や家族に十分な情報が提供されないこと、執行後の遺体の扱いについても問題があることを指摘している。
このような非公開性は、死刑制度の人権問題を単なる「死刑に賛成か反対か」という二分法から、刑罰執行の透明性という別の問題へ広げる。国家が人の生命を合法的に奪うのであれば、その手続が公正であること、恣意的でないこと、そして人間の尊厳を損なわないことを社会が検証できる必要があるからである。
また、死刑執行までの長期収監そのものも問題となる。死刑囚が長期間にわたって死刑執行の可能性を抱えたまま拘禁される場合、それが精神的苦痛や非人道的処遇につながらないかという問題が生じる。
したがって、ボツワナの死刑制度を評価する際には、「死刑判決が法律上正当か」という一点だけでなく、死刑囚がどのような環境で拘禁され、どの程度の情報を与えられ、どのような手続を経て最終的な執行に至るのかを検討する必要がある。
国連・地域機関から見たボツワナの位置
こうして見ると、ボツワナの死刑制度は国際社会から一様に「違法」と断定されているわけではないが、明確な縮減・廃止圧力を受けていることが分かる。ICCPRは死刑を存置する国家に一定の余地を残しているものの、その適用範囲を厳しく限定し、個別事情を考慮した司法手続と恩赦・減刑の可能性を要求する方向に発展している。
一方、アフリカ人権委員会は、より明確に死刑廃止を志向している。ボツワナに対しても、個別事件の救済だけでなく、モラトリアムを経て死刑そのものを廃止する方向へ進むよう繰り返し要請している。
この二つの国際的圧力に対して、ボツワナ国内では別の力が働いている。それが死刑を支持する強い世論である。
国内の社会構造・世論および今後の動向
ボツワナでは、死刑制度が単純に政府だけによって維持されているわけではない。2024年に実施され、2025年1月に公表されたAfrobarometer(アフロバロメーター)の全国調査では、回答者の81%が「殺人など最も重大な犯罪に対する刑罰として死刑は適切」と回答した。
この数字は極めて高い。女性では86%、男性では77%、高齢層では85%、若年層では75%が死刑を支持しており、都市部と農村部の双方で支持が広く確認されている。つまり、死刑支持は特定の地域や年齢層だけに限定された現象ではない。
さらに、同じ調査では38%が、司法制度において人々が「しばしば」または「常に」不平等な扱いを受けていると回答している。この結果は、死刑制度そのものへの支持とは別に、「重大な刑罰を科す司法制度が公平に機能しているのか」という問題意識も国内に存在することを示している。
ここには一つの大きな逆説がある。国際人権機関は死刑廃止を求める方向に動いている一方、国内世論は死刑の存続を強く支持しているため、政府が制度を廃止しようとすれば、国際人権上の理念と民主的な世論との間に政治的緊張が生じるのである。
2024年の政権交代後、この問題はさらに注目されるようになった。新大統領ドゥマ・ボコは弁護士として死刑反対の立場を取ってきた人物であり、死刑が殺人増加の抑止に十分な効果を示していないとの主張も行ってきたが、世論の圧倒的な支持を背景に制度改革は容易ではない。
今後の展望
2026年8月時点で見ると、ボツワナの死刑制度は「直ちに廃止へ向かっている制度」と評価することはできない。むしろ、国内法上の死刑制度、強い国民支持、国際人権機関からの廃止要求という三つの力が同時に存在している状態と評価する方が正確である。
今後の改革にはいくつかの段階が考えられる。第一は、死刑の執行停止というモラトリアム、第二は、必要的死刑の廃止と裁量的死刑への移行、第三は、死刑対象犯罪の縮小、第四は、最終的な死刑制度そのものの廃止である。
特に現実的な法改正として注目されるのは、「必要的死刑」をなくし、すべての死刑事件について裁判所が個別事情を考慮できる制度へ移行することである。これは死刑廃止そのものより政治的抵抗が小さい可能性があり、同時に国際人権法上の最大の問題の一つである自動的・必要的な量刑を緩和できる。
もっとも、こうした改革が実現するかどうかは、法律専門家や国際機関だけでは決まらない。殺人犯罪に対する社会の不安、被害者と遺族の感情、犯罪抑止への期待、政治家の選挙上の判断などが複雑に絡み合うためである。
したがって、ボツワナの今後を予測する場合、「国際社会が死刑廃止を求めているから、いずれ廃止される」と単純に考えるべきではない。むしろ、国内世論をどのように変化させるか、死刑以外の刑罰が重大犯罪への十分な対応となり得ることを社会にどのように説明するかが、制度改革の成否を左右する。
高い世論の支持
ボツワナの死刑制度が現在まで存続している最大の理由の一つは、国民の間に死刑を支持する意見が非常に強いことである。Afrobarometer(アフロバロメーター)が2024年にボツワナで実施し、2025年1月に公表した調査では、回答者の81%が「殺人など最も重大な犯罪に対する刑罰として死刑は適切」と回答している。
この支持率は、単なる僅差の多数派とは性格が異なる。女性では86%、男性では77%が支持し、55歳以上では85%、18~35歳でも75%が支持しているため、性別・年齢によって多少の差はあるものの、社会の広い範囲に死刑支持が浸透している。
地域別に見ても、都市部と農村部の双方で死刑支持は高い。都市部では82%、農村部では80%が支持しており、死刑をめぐる社会的態度が特定の地域だけに集中したものではないことが分かる。
このような世論は、死刑廃止を主張する政府にとって大きな政治的制約になる。2024年の総選挙で政権交代を実現したボツワナ民主改革党(BDP)から野党連合側へ政権が移り、新大統領となったドゥマ・ボコは弁護士時代から死刑反対を主張してきたが、死刑問題について急激な制度変更を行えば国民世論との衝突を招く可能性がある。
ここには、死刑制度をめぐる民主主義上の難題が存在する。人権保障の観点からは国家が多数派の意思にかかわらず生命権を守るべきだという考え方がある一方、民主政治の観点からは、圧倒的多数の国民が支持する刑罰を政治家が一方的に廃止することにも大きな政治的コストが伴う。
したがって、ボツワナの死刑廃止を実現するには、単に法律を改正するだけでは不十分である。死刑に代わる終身刑や長期拘禁刑が重大犯罪を十分に処罰できること、犯罪被害者と遺族の利益をどのように保障するのか、そして死刑が犯罪抑止に本当に必要なのかという問題について、社会的議論を積み重ねる必要がある。
執行の非公開性と処遇
ボツワナの死刑制度を考える際には、死刑判決の存在だけでなく、実際の執行方法も重要である。ボツワナでは死刑執行が公開の刑事手続として行われるわけではなく、執行日時や場所、死刑囚本人・家族への通知のあり方などについて透明性の問題が指摘されてきた。
特に国際人権団体は、死刑執行の日程が事前に死刑囚や家族へ十分に通知されない場合があることを問題視してきた。死刑という不可逆的な刑罰を執行する以上、本人や家族が最終的な司法手続や恩赦手続について必要な情報を得られることは、単なる行政上の便宜ではなく、基本的人権の問題となる。
また、死刑囚は死刑執行まで長期間にわたり拘禁されることがある。死刑判決を受けた者が長期間にわたり執行の恐怖を抱えながら生活することについては、国際的にも「死刑囚の待機状態」そのものが人道上の問題となり得るとの議論が存在する。
さらに、執行後の遺体の扱いや遺族への情報提供も問題となる。死刑制度では国家が被告人の生命を奪うため、通常の刑事罰以上に高い透明性と説明責任が要求されるべきであり、執行過程が不透明であれば制度全体に対する市民の検証可能性が低下する。
この点についてアフリカ人権委員会は、ボツワナの死刑執行に対して繰り返し懸念を表明してきた。特に2020年の2人の死刑執行については、生命に対する権利と人間の尊厳に関わる問題として強く批判し、死刑執行のモラトリアムを改めて求めている。
死刑執行の実績と「抑止力」の問題
ボツワナでは死刑が実際に執行されているため、同国の制度は単なる法律上の死刑制度ではない。死刑判決が確定しても執行されない国とは異なり、政府が最終的に刑を執行する可能性が現実に存在する。
しかし、死刑が実際に執行されていることと、死刑が犯罪抑止に有効であることは別問題である。死刑支持者は、殺人などの重大犯罪に対する究極的な抑止力として死刑を位置づけることが多いが、死刑が存在することによって殺人がどれだけ減少したのかを明確に証明することは難しい。
ボツワナ国内でも、死刑制度を支持する側は「最も重大な犯罪に対して最も重い刑罰を科す」という応報的な考え方を重視する。一方、死刑廃止論者は、死刑の犯罪抑止効果には決定的な証拠がなく、誤判の可能性を考慮すれば不可逆的な刑罰を維持する合理性は乏しいと主張する。
2024年に大統領へ就任したドゥマ・ボコも、死刑が殺人犯罪を抑止する十分な証拠はないとの立場を示している。ボコ大統領の存在は、ボツワナにおける死刑議論が「死刑支持の世論」対「国際人権法」という二項対立だけではなく、国内政治そのものの問題になっていることを示している。
もっとも、死刑廃止論がただちに多数派になるとは考えにくい。Afrobarometer(アフロバロメーター)の81%という数字は、死刑に対する国民の態度が依然として非常に強固であることを示しているからである。
死刑制度を支える社会構造
ボツワナで死刑支持が強い背景には、重大犯罪に対する応報感情だけでなく、国家による秩序維持への期待もある。犯罪によって生命を奪われた被害者とその家族から見れば、死刑は国家が犯罪の重大性を認める象徴的な刑罰として受け止められる場合がある。
また、死刑制度を維持することは、政府が犯罪に対して厳格な姿勢を示しているという政治的メッセージにもなる。特に殺人事件などが社会的に大きく報道される場合、死刑廃止は「犯罪者に甘い政策」と受け取られるリスクがある。
そのため、政府が死刑廃止を進めるには、単に「人権上問題がある」と説明するだけでは不十分である。被害者支援、犯罪捜査能力、司法の迅速化、終身刑・長期刑の制度整備などを同時に進め、死刑がなくても国家が重大犯罪に対して十分な責任を果たせることを示す必要がある。
必要的死刑の法的評価
ここまでの検討を総合すると、「ボツワナには必要的死刑が存在する」という命題は、一定の条件付きで肯定できる。特に殺人について、情状酌量事情が認められなければ死刑が原則として科されるため、法的文言と判例上の理解から「mandatory death penalty(相対的死刑・義務的死刑判決)」と評価することには根拠がある。
しかし、「絶対的死刑」という日本語を「どのような事情があっても必ず死刑になる制度」という意味で使うなら、結論は否定的になる。情状酌量事情による減刑、上訴、恩赦・減刑の制度が存在するため、ボツワナの死刑制度には複数の段階で死刑を回避する可能性が存在する。
したがって、本稿の最終的な法的評価としては、ボツワナには「必要的死刑」と呼び得る制度は存在するが、「例外を一切認めない絶対的死刑」が存在するわけではないと整理するのが最も正確である。
より厳密に表現すれば、「情状酌量事情が認められない一定の重大犯罪について死刑を原則的・強制的に科す制度」が存在するということである。この意味で、ボツワナの制度は裁量型死刑と完全自動型死刑の中間に位置する特殊な法構造を持っている。
国際人権法上の最終評価
国際人権法の観点からは、さらに厳しい評価が必要となる。ICCPR第6条の解釈では、死刑は「最も重大な犯罪」に限定されなければならず、個別事情を考慮しない自動的な死刑判決には重大な問題がある。
ボツワナに情状酌量制度が存在することは国際基準への適合性を高める要素である。しかし、死刑を回避するための事情をどのように立証するのか、裁判所がどの程度広い裁量を持つのか、弁護人が十分な活動を行えるのかという問題は残されている。
さらに、反逆罪や侵略教唆など、必ずしも直接的な殺人を伴わない犯罪について死刑を予定することは、ICCPRの「最も重大な犯罪」という基準との緊張を生む。したがって、今後の改革では死刑制度そのものの廃止だけでなく、まず死刑対象犯罪を殺人など極めて限定された犯罪に絞ることも重要な選択肢となる。
アフリカにおけるボツワナの特殊性
アフリカ大陸では死刑廃止に向かう国が増えている。特に南部アフリカ地域では、南アフリカ、ナミビア、モザンビーク、アンゴラ、マラウイ、ザンビアなど、死刑を廃止または長期間執行していない国が多く、2025年にはジンバブエも死刑廃止へ移行した。
そのため、ボツワナの制度は地域的にも特殊な位置を占める。隣接する南部アフリカ諸国で死刑廃止が進む一方、ボツワナでは高い国民支持を背景として死刑がなお現実の刑罰として維持されているからである。
この状況は、ボツワナが単純に「人権後進国」であることを意味しない。むしろ、民主的な世論によって支持された刑罰制度を、国際人権法の発展とどのように調整するかという、現代民主国家が直面する普遍的な問題を非常に明瞭に示している。
今後の展望
2026年8月時点で、ボツワナの死刑制度が短期間で完全廃止されると断定することはできない。政府内部に死刑廃止を志向する政治勢力が存在する一方、国民の約8割が重大犯罪について死刑を支持しているため、急激な廃止には相当な政治的抵抗が予想される。
現実的な改革の第一歩としては、必要的死刑の廃止が考えられる。すべての死刑対象犯罪について裁判官が被告人の年齢、精神状態、犯行状況、共犯関係、強制・脅迫の有無、犯罪後の態度などを総合的に考慮できる制度に変更すれば、死刑制度を直ちに全面廃止しなくても、国際人権法との緊張を大幅に緩和できる。
第二の段階として、死刑対象犯罪を「意図的かつ重大な生命侵害」に限定する方法がある。反逆罪や侵略教唆など、必ずしも直接的な生命侵害を伴わない犯罪から死刑を削除すれば、ICCPR第6条の「最も重大な犯罪」という基準に近づけることができる。
第三の段階が、死刑執行のモラトリアムである。アフリカ人権委員会が繰り返し求めてきたモラトリアムを実施すれば、死刑制度を法律上残したまま、実際の生命剥奪を停止することができる。
最終段階は死刑の全面廃止である。ただし、その実現には国内世論の変化が不可欠になる可能性が高い。死刑支持率81%という現状を考えれば、法改正だけで制度を廃止するより、犯罪被害者支援、刑事司法制度の改善、終身刑制度の強化、誤判防止策などを同時に進めることが重要になる。
まとめ
ボツワナは、2026年8月現在も死刑制度を維持する数少ないアフリカ諸国の一つである。殺人を中心として、反逆罪、外国による侵略の教唆、海賊行為に伴う殺意ある暴行などについて死刑を予定する刑法体系が存在し、さらに軍事法制にも死刑の仕組みが残されている。
その意味では、ボツワナに「必要的死刑」が存在すると評価することには十分な法的根拠がある。特に殺人について、情状酌量事情が認められない場合に死刑を科す制度は、比較法上明確にmandatory death penalty(相対的死刑・義務的死刑判決)の一類型として理解できる。
しかし、「絶対的死刑」という表現を「例外なく自動的に死刑になる制度」と定義するなら、その評価は正しくない。情状酌量事情による減刑、上訴、恩赦・減刑などの制度が存在し、裁判所や行政によって死刑を回避する可能性が残されているからである。
したがって、最も正確な結論は、「ボツワナには必要的死刑の法的構造が存在するが、それは完全な意味での絶対的死刑ではない」というものである。ボツワナの制度は、必要的死刑を出発点としながら、司法上の情状酌量と行政上の恩赦によってその厳格性を緩和する独特の二重構造を形成している。
一方で、国際人権法の観点からは、その構造自体が問題となる。死刑を存置する場合であっても、ICCPR第6条が求める「最も重大な犯罪」への限定、個別的な量刑判断、適正手続、恩赦・減刑へのアクセスなどが保障されなければならない。
さらにアフリカ人権委員会は、ボツワナに対して死刑執行のモラトリアムと死刑廃止を繰り返し求めている。これは単なる刑罰政策への意見ではなく、アフリカ人権憲章に基づく生命と人間の尊厳の保障を死刑制度との関係でどう実現するかという地域的な人権問題である。
それでも、ボツワナ国内では死刑支持が非常に強い。2024年調査を基礎とするAfrobarometer(アフロバロメーター)の2025年公表データでは、81%が殺人など最も重大な犯罪について死刑を適切な刑罰と回答しており、死刑廃止には国内世論という大きな壁が存在する。
したがって、ボツワナの死刑制度の将来は、単純な「存続か廃止か」という二択ではなく、必要的死刑の廃止、死刑対象犯罪の縮小、執行モラトリアム、死刑囚の処遇改善、最終的な死刑廃止という複数の段階を通じて考える必要がある。
最終的に、この問題が示しているのは、死刑制度そのもの以上に、国家が生命を奪う権限をどこまで認めるのか、そして民主的多数派の意思と個人の基本的人権をどのように調整するのかという現代法の根本問題である。ボツワナは、その矛盾が非常に鮮明に現れている事例の一つと評価できる。
参考・引用リスト
1.ボツワナ国内法・政府資料
- Constitution of Botswana
ボツワナ共和国憲法。生命権および裁判所の刑事判決に基づく生命剥奪に関する規定を確認するための基本資料。 - Penal Code, Botswana
ボツワナ刑法典。殺人、反逆罪、外国による侵略の教唆、海賊行為、情状酌量事情など、本稿で検討した死刑制度の主要な法的根拠。 - Botswana Defence Force Act
ボツワナ国防軍法。軍法会議における死刑および死刑判決の承認手続に関する資料。 - Government of Botswana, DailyNews
ボツワナ政府公式ニュース。2026年の死刑囚数、政府の死刑制度に対する立場などの最新情報の確認に使用。
2.国際人権法・国連資料
- International Covenant on Civil and Political Rights (ICCPR), Article 6
自由権規約第6条。生命に対する権利、死刑、最も重大な犯罪、恩赦・減刑に関する国際法上の基本規定。 - UN Human Rights Committee, General Comment No. 36, Article 6: Right to Life
国連自由権規約委員会一般的意見第36号。死刑の適用範囲、必要的・自動的死刑、個別的量刑判断などを検討する際の主要資料。 - UN Human Rights Committee, Concluding Observations on Botswana
ボツワナの人権状況に関する国連自由権規約委員会の資料。死刑制度および生命権に関する国際的評価を確認するための資料。
3.アフリカ人権制度
- African Charter on Human and Peoples' Rights
アフリカ人権憲章。生命に対する権利、人間の尊厳、残虐・非人道的・品位を傷つける取扱いの禁止に関する基本文書。 - African Commission on Human and Peoples' Rights, Spilg and Mack & Ditshwanelo v. Botswana
ボツワナの死刑制度および死刑囚の処遇について検討された重要な個人通報事件。 - African Commission on Human and Peoples' Rights, Interights & Ditshwanelo v. Republic of Botswana
ボツワナに対する死刑執行のモラトリアムおよび死刑廃止に向けた措置について重要な判断を示した事件。 - African Commission on Human and Peoples' Rights, Statement on the Execution of Moabi Seabelo Mabiletsa and Matshidiso Tshidiso Boikanyo
2020年の死刑執行についてアフリカ人権委員会が発表した声明。
4.専門研究・比較法研究
- Andrew Novak, “The Death Penalty in Africa: Foundations and Future Prospects” 等の死刑制度研究
ボツワナを含むアフリカ諸国の必要的死刑、情状酌量事情、死刑制度改革について比較法的に分析した研究。 - South African Constitutional Court, Botswana-related death penalty jurisprudence
南アフリカ憲法裁判所によるボツワナの必要的死刑制度への言及を含む判例。mandatory death penaltyと情状酌量事情の関係を比較法的に検討するうえで重要である。
5.世論調査・社会分析
- Afrobarometer, “Batswana heavily favour continued use of the death penalty, new Afrobarometer survey shows” (2025)
2024年に実施されたボツワナの世論調査を2025年1月に公表したもの。死刑支持率81%という、本稿の国内世論分析における主要データ。
6.国際報道・人権資料
- Associated Press (AP)
2025年のジンバブエ死刑廃止など、南部アフリカ地域における死刑制度の変化を確認するための報道資料。 - Freedom House, Freedom in the World: Botswana
ボツワナの人権、司法制度、死刑執行の透明性などを検討する際の補助資料。
