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米国で深刻化する低所得者の住宅難、空室なのに住めない矛盾、何が起きているのか

米国で起きている「空室なのに住めない」という現象は、住宅市場が単純に「住宅不足」になっていることを示すだけではない。むしろ、住宅の価格、所得、制度上の入居資格、補助金、地域ごとの供給構造がかみ合っていないことを示す現象である。
米国の集合住宅(Getty Images)
現状(2026年9月時点)

2026年の米国住宅問題を考えるうえで、極めて象徴的な現象が起きている。それは、「低所得者向け、あるいは「アフォーダブル(affordable、手頃な価格の)」と位置づけられた住宅が存在し、しかも空室があるのに、最も住宅を必要としている低所得者がそこへ入居できない」という矛盾である。

一見すると、住宅問題の原因は単純に「住宅が足りない」ことのように見える。しかし、実際には「住宅の総量」と「特定の所得水準の人が、実際に借りられる住宅の量」は別問題であり、この二つを混同すると米国の住宅危機の核心を見失う。

米国の低所得者向け住宅政策を研究する「National Low Income Housing Coalition(NLIHC:全米低所得者住宅連合)」の2026年版「The Gap」によると、米国には極度の低所得層が実際に負担可能で、なおかつ利用可能な賃貸住宅が720万戸不足している。対象となる極度の低所得世帯は約1,100万世帯に達するため、100世帯に対して利用可能な住宅はわずか35戸しかない。

つまり、米国では「住宅がない」という問題だけでなく、「ある住宅が、必要としている所得層に届いていない」という問題が同時に進行している。これは住宅市場の需給だけでは説明しにくく、住宅政策、所得格差、補助制度、建設コスト、家賃設定、行政手続きなどが複雑に絡み合った構造的問題である。

さらに重要なのは、極度の低所得層が米国社会のごく一部に限られているわけではない点である。NLIHCによれば、全米の約4,600万の賃貸世帯のうち約1,100万世帯が極度の低所得層に該当し、これは賃貸世帯のおよそ4分の1に相当する。

しかも、この層のすべてが無職というわけではない。NLIHCの分析では、極度の低所得世帯の中には高齢者や障害者が多数含まれる一方、労働市場に参加している世帯も約4割存在し、その中には週40時間以上働いている人も少なくない。

したがって、「働けば住宅を借りられる」という単純な市場論では説明できない。低賃金労働、物価上昇、家賃上昇、住宅供給の地域的偏在が重なると、フルタイムで働いていても市場家賃を払えない層が発生するからである。

構図の要点:「空室なのに住めない」とはどういうことか?

ここでいう「空室なのに住めない」とは、米国全体で住宅が余っているという意味ではない。より正確には、住宅市場に空室が存在する一方、その住宅の家賃や入居条件が、住宅を最も必要としている低所得世帯の支払い能力や資格条件と一致していないという意味である。

この違いは極めて重要である。たとえば、ある住宅が「低所得者向け住宅」として指定されていても、その家賃が地域中央値所得(AMI)の50~60%程度を基準に設定されているなら、AMIの30%以下に相当する極度の低所得世帯にとっては依然として高すぎる可能性がある。

2026年9月にAPが報じた調査は、この矛盾を具体的に示している。テキサス州オースティンでは、市が「アフォーダブル(affordable、手頃な価格の)」と分類する住宅が4,500戸以上、全体の約16%に相当する規模で空室となっている一方、極めて所得の低い住民の中には、最も安価な住宅でさえ負担することが困難な人々が存在する。

ここで注意すべきなのは、「空室=誰でも入居できる住宅」ではないという点だ。住宅には家賃だけでなく、所得審査、信用履歴、保証、申請書類、待機リスト、入居資格などの条件があり、これらをすべて満たさなければ「空いている住宅」は「利用可能な住宅」にはならない。

さらに、住宅政策における「アフォーダブル(affordable、手頃な価格の)」という言葉そのものにも注意が必要である。一般的な意味では「安い住宅」と理解されがちだが、政策上はしばしば地域の所得水準に対して一定割合の家賃で提供される住宅という意味で使われるため、「最貧困層でも払える住宅」と必ずしも同義ではない。

この違いを図式化すると、問題の構造は明確になる。

「アフォーダブル住宅(Affordable Housing)」≠「極度の低所得者が払える housing」

さらに、

「空室がある」≠「極度の低所得者が入居できる」

という関係になる。

ここに現在の米国住宅政策の大きな盲点がある。

極度の低所得層の圧倒的な不足

NLIHCの2026年版「The Gap」が示す数字は、この問題の深刻さを端的に表している。極度の低所得層向けに「手頃で、かつ利用可能」な賃貸住宅は全国で720万戸不足しており、100世帯に対して35戸しか存在しない。

これは、単純な「住宅不足率」というより、所得と家賃の組み合わせによって発生するアクセス可能性の不足である。仮に住宅市場全体に多数の空室が存在したとしても、それらの家賃が極度の低所得層の支払い能力を超えていれば、その住宅はこの層にとって事実上存在しないのと同じだからである。

さらに、この不足は特定の州だけに限定されていない。NLIHCによれば、2026年時点で全米50州とワシントンD.C.のすべてにおいて、極度の低所得者向けの「Affordable and available(手頃な価格で、いつでも入手(利用)できる)」住宅が不足している。州別に見ると、100世帯当たりの利用可能住宅数はネバダ州の16戸からサウスダコタ州の73戸まで大きな差があるが、どの州にも十分な供給は存在しない。

この事実は、問題を単なる「ニューヨークやロサンゼルスなどの超高コスト都市の問題」として扱うことができないことを意味する。大都市圏では特に深刻だが、低所得者向け住宅の不足そのものは全米規模の構造問題となっている。

そして、ここで「空室なのに住めない」という現象が重要になる。住宅不足を単純に「もっと建設すればよい」と考えると、住宅政策の焦点が中間所得層や比較的高い所得層向けの供給増加に偏り、最も所得の低い層の問題が取り残される可能性があるからである。

実際、2026年の議論では、低所得者向け住宅政策の中心的制度である「Low-Income Housing Tax Credit(LIHTC:低所得者向け住宅税額控除)」が大きな論点となっている。LIHTCは米国最大級のアフォーダブル住宅供給政策として約40年間にわたり大量の住宅を生み出してきた一方、その多くが極度の低所得層よりも比較的所得の高い「低所得層」を対象としているという批判がある。APによれば、2024年にLIHTCによって資金供給された住宅のうち、極度の低所得層向けとして位置づけられたものは約12%だった。

ここに、「住宅を作っているのに、最も住宅に困っている人の不足が解消しない」という政策上のねじれが生まれる。

つまり問題は、住宅政策が何もしていないことではない。むしろ、相当量の公的支援が投入され、アフォーダブル住宅も建設されているにもかかわらず、その支援のターゲットと最も深刻な需要の位置が一致していないことが問題なのである。

「手頃(アフォーダブル)」と謳われる物件の空室

この現象を理解するには、「誰にとって手頃なのか」という視点が不可欠である。住宅政策では地域の中央値所得、すなわち「AMI(Area Median Income、特定地域の世帯所得の中央値)」を基準として所得層を区分することが多く、たとえば50%AMIや60%AMIを対象とする住宅が「低所得者向け」として扱われることがある。

しかし、同じ地域の30%AMI以下の世帯にとっては、その家賃が高すぎることがある。つまり、「低所得者向け住宅」という一つのカテゴリーの中に、低所得層と極度の低所得層という異なる市場が存在するのである。

オースティンの事例はこれを象徴している。APの報道によれば、同市における50%AMI以上を対象とする住宅では、単身者の想定所得が約4万7,000ドルである一方、極度の低所得層は約2万8,000ドル未満であり、両者の間には大きな所得差が存在する。

したがって、前者を基準に「アフォーダブル(affordable、手頃な価格の)」と設定された家賃は、後者にとっては決して手頃ではない。制度上は低所得者向けでも、実際の貧困層から見れば「高すぎる住宅」になり得る。

この現象が進むと、住宅の空室と住宅難が同時に発生する。住宅所有者や開発業者から見れば「空室」、政策当局から見れば「アフォーダブル住宅の供給」、しかし極度の低所得者から見れば「自分には借りられない住宅」となる。

これこそが、2026年の米国住宅問題を理解するうえで重要な「空室なのに住めない」という矛盾の正体を解く入口である。

矛盾の正体

ここまでは米国の住宅問題を「住宅の絶対量が足りない」という一言だけで説明することはできないと整理した。2026年時点でより重要なのは、住宅の供給量と、極度の低所得世帯が実際に利用できる住宅の供給量が大きく乖離していることである。

この乖離を生み出す最大の要因の一つが、住宅政策における「低所得者」の定義と、現実に最も困窮している世帯との間に存在する所得水準の差である。HUDでは一般に、地域中央値所得(AMI)の30%以下を極度の低所得層(Extremely Low-Income)として扱うが、LIHTCでは50%や60%AMIを基準とする住宅が制度の中心になっている。

つまり、「低所得者向け住宅を作る」という政策目標と、「最も所得の低い人が入居できる住宅を作る」という目標は、必ずしも同じではない。この差が、住宅が存在するにもかかわらず、ホームレス状態に陥る人や、家賃負担に耐えられない人が減らないという現象につながっている。

なぜこの矛盾が起きるのか?(構造的要因の分析)

① 住宅開発・税額控除制度(LIHTC)のターゲットのズレ

米国のアフォーダブル住宅政策を考える際、中心的な存在となるのが「Low-Income Housing Tax Credit(LIHTC:低所得者向け住宅税額控除)」である。LIHTCは1986年に創設されて以来、民間の住宅開発に税制上のインセンティブを与えることで、低所得者向け賃貸住宅を大量に供給してきた。2026年にUrban Instituteが公表した分析では、制度創設から40年間にLIHTCによって融資・支援された住宅は約330万~370万戸に達し、米国最大の連邦アフォーダブル賃貸住宅開発支援策となっている。

したがって、LIHTCを「役に立っていない制度」と評価するのは正確ではない。むしろ問題は、大量の住宅を生み出すことには成功した一方で、最も所得の低い層に住宅を届ける仕組みとしては限界があるという点にある。

LIHTCでは、代表的な所得ターゲットとして「20%の住宅を50%AMI以下の世帯に提供する」方式、または「40%を60%AMI以下の世帯に提供する」方式が存在する。HUDの制度評価によれば、実際には60%AMIを基準とする40%方式を採用するプロジェクトが圧倒的に多い。

ここに最初の構造的なズレが生じる。30%AMI以下という極度の低所得層からすれば、60%AMI向けに設計された住宅は「低所得者向け」であっても、自分の所得では負担できない場合がある。

さらに重要なのは、LIHTCの家賃が個々の入居者の実際の所得に応じて変動する仕組みではないことである。基本的には住宅そのものに所得制限と家賃上限が設定されるため、入居者の所得が非常に低くても、その人の所得に合わせて家賃が自動的に引き下げられるわけではない。

これは制度設計上、非常に重要な違いである。たとえば、月収2,000ドルの世帯と月収3,500ドルの世帯が同じLIHTC住宅に入居する場合、後者には比較的負担可能な家賃でも、前者にとっては生活費を大幅に圧迫する可能性がある。

問題点

LIHTCの制度的特徴を整理すると、第一の問題は「低所得者向け」という名称から想像されるほど、必ずしも最貧困層を直接ターゲットとしていないことである。制度上の所得上限が比較的高い一方、極度の低所得世帯については、追加的な補助制度がなければ入居後の家賃負担が重くなり得る。

第二の問題は、住宅開発側にも経済合理性が存在することである。住宅を建設するには土地費、建設費、融資費用、保険、固定資産税、管理費、修繕費などが必要であり、これらのコストを完全に無視して家賃だけを大幅に引き下げることはできない。

その結果、政策側が「より安い住宅」を要求すればするほど、開発事業としての採算性が低下するというジレンマが生じる。公的補助を増やさなければ、開発業者は住宅を建設できず、補助を増やせば財政負担が増大する。

結果

この構造の結果として生まれるのが、「政策上はアフォーダブル住宅、しかし極度の低所得者にとっては依然として高すぎる住宅」である。

2026年9月にAPが報じた事例は、この問題を象徴している。オースティンでは4,500戸を超える「アフォーダブル(affordable、手頃な価格の)」と分類された住宅が空室になっており、その空室率は約16%に達する一方、最も貧しい住民にはそれらの住宅を借りる所得がないケースが生じている。

これは住宅市場の通常の「空室」とは異なる。市場に住宅が存在するにもかかわらず、その住宅が必要な人々の購買力から外れているため、需要と供給が接続していないのである。

② 開発コストと家賃設定の経済的ジレンマ

第二の要因は、アフォーダブル住宅を作る側が直面する経済的ジレンマである。住宅は「安く作って安く貸せばよい」という単純な商品ではなく、土地取得から設計、建設、金融、維持管理まで膨大な固定費と継続費用を必要とする。

特に大都市圏では土地価格が高く、建設労働者の賃金、資材価格、保険料、金利なども事業費を押し上げる。結果として、建設業者が低所得者向け住宅を開発しようとしても、低い家賃だけでは投資回収が困難になる。

そこでLIHTCなどの税制上の支援が投入される。しかし、補助金や税額控除によって建設を可能にしても、住宅の運営には毎年コストが発生するため、家賃をどこまで下げられるかには限界がある。

このため、LIHTC住宅では「市場価格より安い」ことと「極度の低所得者が払える」ことが同じ意味にならない。HUDも、LIHTCの家賃上限は50%または60%AMIを基準として設定され、入居者本人の所得の30%を基準に直接決定されるわけではないと説明している。

この仕組みは、住宅政策として合理的な面も持っている。入居者の所得が変化するたびに家賃を再計算する必要がなく、住宅の収益性をある程度確保しながら民間資本を呼び込めるからである。

しかし、その合理性がそのまま最貧困層へのアクセスを保証するわけではない。住宅を「供給する政策」と、住宅費を「支払えるようにする政策」が分離していることが問題なのである。

この違いを理解することは重要だ。LIHTCは主として「住宅という資産を供給する側」に働きかける制度であるのに対し、住宅バウチャーなどは「家賃を支払う側」の購買力を補強する制度である。

前者だけを増やしても、極度の低所得層が支払える家賃水準まで下がるとは限らない。反対に、後者だけを増やしても、バウチャーを利用できる住宅そのものが不足すれば問題は解決しない。

したがって、米国の住宅政策には、供給側補助と需要側補助をどのような割合で組み合わせるかという根本的な政策課題が存在する。

③ 市場価格(マーケットレート)との逆転現象と「手続きの煩雑さ」

さらに奇妙なのが、地域によってはアフォーダブル住宅と市場価格住宅との価格差が縮小し、場合によっては「補助対象住宅を借りるより、市場価格の住宅を探した方が簡単」という逆転現象が起きることである。

住宅市場が弱含みになった地域では、家主が空室を埋めるために市場家賃を引き下げたり、入居時の特典を付けたりすることがある。その結果、LIHTCなどの制度住宅との実質的な価格差が小さくなれば、入居資格を確認するための複雑な手続きや書類提出を伴う住宅を選ぶメリットが低下する。

APが2026年に取材した事例でも、アフォーダブル住宅の家賃と市場価格の住宅の家賃との差が縮小している地域が取り上げられている。市場価格住宅の方が申請手続きが簡単で、入居までの時間も短ければ、一定の所得層にとってはそちらを選ぶインセンティブが生じる。

ここで「空室」がさらに複雑な意味を持つ。制度住宅が空いているからといって、単純に「そこへ低所得者を入れればよい」とはいかないのである。

所得確認、家族構成の確認、資産・収入資料、過去の賃貸履歴など、制度によって異なる審査が必要となる場合がある。制度の適正運用には必要な手続きだが、住宅を緊急に必要とする人にとっては、それ自体が入居への障壁になる。

つまり、「住宅価格の問題」に加えて、制度を利用するための取引コストが存在する。

これは特に、住居を失ったばかりの人、収入が不安定な人、必要書類を保管できない人などにとって重大である。住宅が空いていても、制度の入口までたどり着けなければ、その住宅は実質的に利用できない。

④ 家賃補助バウチャーの深刻な不足

こうした問題を直接的に緩和する手段が「Housing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)」、いわゆる「セクション8(Section 8)」バウチャーである。これは低所得世帯の家賃負担を補助し、一定の条件を満たす民間賃貸住宅を利用できるようにする制度であり、住宅そのものではなく入居者の支払い能力を補強する仕組みである。

理論的には、この制度は「住宅はあるが、所得が足りない」という問題に非常に適している。家賃そのものを大幅に下げなくても、補助によって入居者が負担できる水準まで実質的な家賃負担を引き下げられるからである。

ところが最大の問題は、必要とするすべての世帯にバウチャーが行き渡っていないことである。2026年のAP報道でも、資格を持つ世帯のうち実際に住宅バウチャーを受け取れるのは約4分の1にとどまるとされ、予算上の制約が制度の大きなボトルネックになっている。

ここでも米国住宅政策の矛盾が表れる。住宅を安くする制度は存在する。しかし、その制度を利用できる人の数が限られているのである。

その結果、極度の低所得世帯は、「市場価格の住宅は高すぎる」「LIHTC住宅も所得に対して高すぎる」「バウチャーは受給できない」という三重の壁に直面する。

これが「空室なのに住めない」という現象を、単なる住宅市場の需給問題から所得再分配と社会保障制度の問題へと変えている。

そして、この問題の帰結は単なる「空室率の上昇」ではない。住宅を確保できない世帯では、所得の大部分を家賃に投入するレント・バーデンが深刻化し、最終的には住居喪失やホームレス状態へ移行するリスクが高まる。

この矛盾がもたらしている社会的影響

ここまで見てきたように、米国の住宅問題は単純な「住宅戸数の不足」ではない。市場には住宅が存在し、アフォーダブル住宅として公的支援を受けた物件さえ存在するにもかかわらず、極度の低所得世帯が実際にアクセスできる住宅が不足しているという「質的な供給不足」が発生している。

この問題が深刻なのは、住宅にアクセスできない状態が、そのまま生活基盤の不安定化につながるからである。住宅は単なる消費財ではなく、雇用、教育、医療、家族生活、地域社会への参加を支える基盤であり、住宅を失えば他の社会問題も連鎖的に悪化する。

NLIHCの2026年版「The Gap」によれば、極度の低所得世帯は約1,100万世帯に達する一方、その世帯が実際に利用できる手頃な賃貸住宅は大幅に不足している。100世帯当たり35戸という供給水準は、極度の低所得層のすべてが住宅を確保することは構造的に不可能であることを示している。

このような需給ギャップが存在すると、住宅を確保できなかった世帯は、より安い地域への転居、家族や知人との同居、車中生活、ホテルなどの一時的な居住、さらにはホームレス状態へと追い込まれる可能性がある。

ここで重要なのは、ホームレス問題を「住宅を失った人個人の問題」として捉えないことである。住宅費と所得の構造的な乖離が拡大すれば、一定の所得層では、失業や病気、離婚、家族構成の変化、突然の支出といった比較的小さなショックでも住宅を維持できなくなる。

したがって、ホームレス問題は住宅市場の最終段階で表面化する「住宅アクセスの失敗」として捉える必要がある。

ホームレス問題の慢性化

米国ではホームレス問題が長期化しており、住宅費の高騰と低所得層向け住宅の不足がその背景の一つとなっている。米国住宅都市開発省(HUD)が毎年実施する「Point-in-Time Count(PITカウント)」は、特定時点におけるホームレス状態の人々を把握する主要な統計であり、2024年には約77万人がホームレス状態にあると推計された。これは2007年に比較可能な統計が始まって以来の高水準だった。

2025年の調査でもホームレス人口は高い水準にあり、住宅費負担の増大、住宅供給不足、移民の流入、自然災害など複数の要因が重なっている。したがって、ホームレス増加を単一の原因だけで説明することはできないが、住宅の「手頃さ」が失われていることは、その重要な背景の一つである。

特に深刻なのは、ホームレス状態に陥る前段階で住宅費を支払えなくなっている世帯が大量に存在することである。ホームレス統計は住宅を完全に失った人を中心に捉えるため、その手前にある「家賃を払うために食費や医療費を削っている世帯」「家賃滞納を繰り返している世帯」「複数世帯で一つの住宅を共有している世帯」まで十分には表さない。

そのため、ホームレス人口だけを見て住宅危機の規模を判断すると、問題を過小評価する可能性がある。ホームレスは住宅危機全体の一部が最も極端な形で可視化されたものと考えるべきである。

さらに、住宅を一度失うと再び安定した住宅へ戻ることも容易ではない。保証金、初月家賃、信用審査、安定した収入、身元確認など、通常の賃貸契約を結ぶための条件を満たせない場合があるためである。

ここでも「空室なのに住めない」という問題が現れる。物理的には住宅が存在していても、住宅を失った人がそこへ戻るための経済的・制度的条件を満たせなければ、その住宅は実質的な解決策にならない。

深刻な「レント・バーデン(家賃負担率)」

住宅危機を測定するうえでもう一つ重要な指標が「レント・バーデン」、すなわち家賃負担である。米国では一般に、世帯収入の30%を超えて住宅費を負担すると「Cost-burdened(コスト・バーデンド)」、50%を超えると「Severely cost-burdened(重度住居費負担過重)」とする考え方が広く用いられている。

この基準の意味は大きい。家賃が所得の30%であれば、残り70%を食費、交通費、医療費、教育費、通信費などに充てられるが、家賃が50%を超えると、住宅以外の生活費に使える所得が半分以下になるからである。

NLIHCによれば、極度の低所得層では住宅費の半分を超える「Severely cost-burdened(重度住居費負担過重)」を抱える世帯が極めて多く、2026年の分析でも約74%が深刻な住宅費負担状態にあるとされる。

ここから見えてくるのは、「住宅を確保できている」ことと「住宅問題が解決している」ことは同じではないという事実である。住む場所があっても、家賃を支払った後に生活を維持できる所得が残らなければ、その住宅は長期的に安定した住居とは言いにくい。

例えば月収が2,500ドルの世帯で家賃が1,250ドルなら、家賃だけで所得の50%になる。残り1,250ドルから食費、光熱費、交通費、医療費、通信費などを支払うことになり、予想外の出費が発生しただけで家賃滞納につながる可能性がある。

さらに、家賃負担が高い世帯ほど、生活費を削ることで住宅を維持しようとする傾向がある。そのため、統計上は「ホームレスではない」世帯の中にも、実際には非常に脆弱な生活基盤しか持たない人々が大量に存在する。

この点で、住宅政策を「ホームレスになった人への支援」だけに限定することには限界がある。むしろ、ホームレスになる前の段階で家賃負担を軽減し、住宅を失うリスクそのものを下げる政策が重要になる。

「空室」があってもレント・バーデンは解消しない

ここで改めて「空室なのに住めない」という現象とレント・バーデンを結びつける必要がある。住宅市場に空室があっても、その家賃が所得の50%、60%、あるいはそれ以上を必要とするなら、極度の低所得者にとっては選択肢にならない。

つまり、住宅市場における「空室率」と、低所得者の住宅危機を示す「住宅費負担率」は別の指標である。空室率が上昇したからといって、低所得者の住宅難が自動的に解消されるわけではない。

むしろ市場家賃が所得に対して高すぎる場合、住宅市場には空室が存在しながら、低所得世帯は住宅を確保できないという奇妙な状態が成立する。この現象は「住宅の数量不足」というより、住宅価格と所得分布のミスマッチとして理解した方が正確である。

2026年にAPが報じたオースティンの事例は、その具体例として注目される。市がアフォーダブルと分類した住宅が空室となっている一方、それでも最も所得の低い住民には高すぎるという状況が確認されており、単純な住宅建設だけでは問題を解決できないことを示している。

この構造では、開発業者から見れば「入居者がいない」という問題になり、低所得者から見れば「払える住宅がない」という問題になる。同じ住宅市場の中で、供給側と需要側が存在しているのに、価格によって両者が接続できないのである。

政策的ジレンマへの批判

この問題から、米国住宅政策が抱える大きなジレンマが浮かび上がる。第一の選択肢は住宅供給を増やすことであり、第二の選択肢は低所得者の購買力を補助することであり、第三の選択肢はその両方を組み合わせることである。

供給を増やす政策には明確な合理性がある。住宅が不足している地域で住宅建設を増やせば、中長期的には需給を改善し、家賃上昇圧力を抑える可能性がある。

しかし、ここで問題となるのが「どの所得層向けの住宅を増やすのか」である。高所得者向け住宅を大量に建設しても、極度の低所得層が直接利用できるとは限らない。

一方、極度の低所得層だけを対象として家賃を大幅に引き下げれば、開発・運営コストとの差額を政府などが負担する必要がある。これは財政支出の増加につながるため、政治的な合意形成が難しくなる。

さらに、住宅バウチャーを拡大する政策にも問題がある。バウチャーによって需要側の購買力を高めても、住宅供給が限られていれば、大家がバウチャー利用者を受け入れない、あるいは対象住宅が不足する可能性がある。

逆に住宅供給だけを増やしても、極度の低所得層の所得が低すぎれば、その住宅を借りることができない。したがって、「供給政策か所得補助政策か」という二者択一そのものが不適切なのである。

必要なのは、住宅建設への補助、土地利用規制の改革、低所得層への家賃補助、既存住宅の保存、ホームレス予防などを組み合わせる政策である。

しかし、それには当然ながら財政負担が伴う。米国の住宅問題が難しいのは、「何をすればよいのか」が全く分からないからではなく、必要な規模で政策を実施するには相当な財源と政治的意思が必要になるからである。

そして、この点こそがLIHTCやHousing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)をめぐる議論の核心となる。前者は住宅を供給する力を持つが最貧困層への到達に限界があり、後者は低所得者の支払い能力を補えるが、必要なすべての世帯をカバーできていない。

この二つの制度の間に存在する空白こそが、「アフォーダブル住宅があるのに、極度の低所得者が住めない」という現象を理解する鍵である。

2026年の米国住宅危機を分析すると、住宅問題は「空き家があるかないか」という単純な数量問題ではない。誰が、どの家賃なら、どのような条件で、その住宅にアクセスできるのかという分配の問題である。

住宅が空いているにもかかわらず低所得者が入居できない場合、その空室は住宅危機の解決には直結しない。むしろ、その空室とホームレス、レント・バーデンが同時に存在していること自体が、現在の住宅政策と所得構造のミスマッチを示している。

政策的ジレンマへの批判

ここまでの分析から明らかなのは、米国の住宅危機を単純に「住宅をもっと建てれば解決する」と考えることには限界があるという点である。住宅供給そのものの不足は確かに重要だが、極度の低所得層については、建設された住宅が本人の所得で利用可能かどうかが別の問題として残る。

NLIHCの2026年版「The Gap」によると、極度の低所得世帯向けの「手頃かつ利用可能な」賃貸住宅は全国で720万戸不足しており、100世帯当たりわずか35戸しか存在しない。しかも、極度の低所得層の87%が所得の30%超を住宅費に支出し、74%が50%超を支出するという状況にある。

したがって、政策の目標は単純な「住宅戸数の増加」から、「最も低い所得層が実際に利用できる住宅戸数の増加」へと転換する必要がある。この違いを無視すると、統計上は住宅供給が増えているのに、ホームレスや深刻な家賃負担が減らないという現象が続くことになる。

一方、供給側への支援を弱めることも適切ではない。土地、建設、金融、保険、維持管理などのコストが高い地域では、補助なしに極端に安い家賃の住宅を大量供給することは難しいからである。

したがって必要なのは、LIHTCなどの供給側政策と、Housing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)などの需要側支援を対立させることではない。両者を同時に拡大し、しかも最も低所得の世帯へ政策効果を集中させることが重要になる。

LIHTCを「より深く」する必要性

最も重要な改革候補の一つがLIHTCである。LIHTCは米国のアフォーダブル賃貸住宅を増やすうえで極めて重要な制度だが、NLIHCは2026年の政策提言で、現在のLIHTCだけでは極度の低所得世帯が負担できる水準まで家賃を下げることが難しいと指摘している。

そこで考えられるのが、極度の低所得層向け住宅を開発する場合に、より大きな税額控除を与える仕組みである。つまり、単に「低所得者向け住宅を建設した」ことだけを評価するのではなく、「どれほど低い所得層まで対応できる住宅を建設したか」を政策上の評価軸にする。

NLIHCが支持する「Affordable Housing Credit Improvement Act(AHCIA:手頃な価格の住宅税額控除改善法案)」などでは、極度の低所得層向け住宅を供給する開発者に追加的な税制上のインセンティブを与える方向が提案されている。これはLIHTCそのものを縮小するのではなく、制度の内部に「より深いアフォーダビリティ」を組み込む考え方である。

この方向性には合理性がある。市場価格に近い低所得者向け住宅をさらに増やすより、現在最も不足している30%AMI以下の世帯向け住宅を優先した方が、住宅危機の最も深刻な部分を直接的に改善できるからである。

ただし、LIHTC改革だけで問題が解決するわけではない。極度の低所得者向け住宅では家賃収入だけで建設費と運営費を回収することが難しく、追加的な補助金や住宅バウチャーなどを組み合わせなければ、長期的な運営が困難になる可能性がある。

供給側政策とバウチャーを組み合わせる

この問題を解くうえで重要なのが、LIHTCとHousing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)を別々の政策として考えないことである。NLIHCも2026年の政策提言において、LIHTCの拡大に合わせてHousing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)を拡大する必要性を強調している。

その理由は明確である。LIHTCは「住宅を作る」制度であり、バウチャーは「その住宅を借りるための購買力を補う」制度だからである。

例えば、30%AMI以下の世帯向け住宅を建設したとしても、その世帯の所得が極端に低ければ、設定された家賃を自力で払えない場合がある。そこにバウチャーを組み合わせれば、住宅所有者には一定の家賃収入が確保され、入居者には過大な家賃負担を避ける余地が生まれる。

この組み合わせは、「空室なのに住めない」という問題への直接的な対策にもなる。住宅の供給と入居者の支払い能力を同時に調整することで、住宅市場の「供給」と「需要」を制度的につなげられるからである。

しかし、ここにも財政上の制約がある。2026年度のHUD関連予算では、Housing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)など既存の賃貸支援を維持するための大規模な予算が確保された一方、2026年には一部の公共住宅機関が資金不足のリスクに直面し、HUDは資金不足状態にある機関に対して新規バウチャー発行を原則停止する措置を示している。

つまり、バウチャーは制度上有効でも、財源が不足すれば「存在する制度」と「実際に利用できる制度」の間に新たなギャップが生まれる。

「空室」を減らすだけでは不十分

政策当局が注意すべきなのは、空室率だけを改善指標にしないことである。空室住宅を埋めること自体は重要だが、どの所得層が入居したのかを確認しなければ、住宅政策の本当の効果は測れない。

例えば、アフォーダブル住宅の空室率が低下しても、60%AMI程度の世帯ばかりが入居し、30%AMI以下の世帯が依然として締め出されているなら、最も深刻な住宅不足は解決していない。

したがって政策評価には、「住宅戸数」「空室率」「平均家賃」だけでなく、「所得階層別の入居率」「家賃負担率」「極度の低所得世帯の住宅確保率」などを組み込む必要がある。

これは住宅政策を「建設実績中心」から「生活結果中心」へ転換することを意味する。何戸建設したかではなく、住宅を必要とする人が実際に安定した住居を確保できたかを評価するのである。

開発コストを下げる政策

もう一つ重要なのが、住宅建設そのもののコストを引き下げることである。土地利用規制、ゾーニング、許認可、建築基準、審査期間などが住宅開発を遅らせれば、最終的な建設費に上乗せされる。

HUDは2026年度の政策方針として、アフォーダブル住宅の開発と利用を妨げる障壁を取り除き、過度な規制を減らすことを掲げている。さらに2026年9月には、住宅建設や賃貸コストを押し上げるとHUDが判断した一部の規制上の負担を見直す措置も打ち出された。

こうした規制改革には一定の合理性がある。建設期間が短縮され、不要なコストが減れば、同じ公的資金でもより多くの住宅を供給できる可能性があるからである。

ただし、「規制緩和=低所得者向け住宅が増える」と自動的に考えることも危険である。規制を緩和して住宅建設が容易になっても、開発業者がより収益性の高い市場価格住宅を選べば、極度の低所得層向け住宅の不足は残る。

したがって、規制改革はLIHTC、住宅バウチャー、土地利用政策などと組み合わせて初めて低所得者住宅政策として機能する。

「行政手続き」という見えにくい障壁

住宅政策の改革では、家賃や住宅戸数だけでなく、制度利用の手続きを簡素化することも重要である。

2026年には、バウチャー制度について住宅検査や家主参加を促進し、適格世帯がより迅速に住宅へ入居できるようにする政策が議論されている。7月に成立した「21st Century ROAD to Housing Act(21世紀の住宅供給・価格適正化法)」には、Housing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)利用世帯がより早く住宅へ入居できるようにする措置も含まれた。

これは「空室なのに住めない」という問題に対して非常に重要である。住宅が存在していても、審査、検査、契約、補助金手続きなどに時間がかかれば、その間に住宅が別の入居者へ回ることがあるからである。

制度の厳格さには不正防止や公平性を確保する意味がある。しかし、制度の適正化と利用者のアクセス性は別問題であり、書類や手続きが過度に複雑になれば、本来支援を受けるべき人ほど制度から排除される可能性がある。

そのため今後は、「不正を防ぐための制度」と「必要な人を迅速に住宅へつなげる制度」のバランスを再設計する必要がある。

今後の展望

2026年の米国では、住宅政策をめぐる議論そのものも転換点を迎えている。7月には超党派の「21st Century ROAD to Housing Act(21世紀の住宅供給・価格適正化法)」が成立し、住宅供給、農村部の住宅、バウチャー利用の円滑化など幅広い政策が盛り込まれた。NLIHCはこの法律について、1990年代以降では初めての大規模な超党派住宅法案の成立と評価している。

一方で、住宅危機の規模を考えると、個別の制度改革だけで短期間に解決できる状況ではない。720万戸という極度の低所得層向け住宅不足は、住宅政策だけでなく、低賃金、地域格差、土地価格、建設費、社会保障などの問題と結びついている。

今後もっとも重要なのは、「住宅供給の拡大」「極度の低所得層への直接的な家賃支援」「既存アフォーダブル住宅の保存」「住宅建設コストの削減」「制度利用の簡素化」を一つの政策体系として考えることである。

特に、住宅供給の拡大だけに政策資源を集中させるのではなく、30%AMI以下の世帯にどの程度の住宅が届いているのかを継続的に検証する必要がある。住宅政策の成功とは、建設業界にとって住宅を作りやすくすることだけではなく、最も困窮している人が実際に安定した住宅を得られることだからである。

また、既存住宅の保存も重要になる。HUD自身も、米国の公共住宅ストックの多くが築50年以上で、大規模な資本改善を必要としていることを課題として挙げている。新築だけに注目すると、現在存在している貴重な低家賃住宅が老朽化や再開発によって失われる可能性がある。

まとめ

米国で起きている「空室なのに住めない」という現象は、住宅市場が単純に「住宅不足」になっていることを示すだけではない。むしろ、住宅の価格、所得、制度上の入居資格、補助金、地域ごとの供給構造がかみ合っていないことを示す現象である。

LIHTCは大量のアフォーダブル住宅を生み出してきたが、それだけでは極度の低所得層に十分な住宅を提供できない。Housing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)はこのギャップを埋める重要な制度だが、必要とする世帯すべてに行き渡っているわけではなく、資金不足や行政手続きが利用可能性を制限することがある。

したがって、米国住宅政策の核心的課題は、単純な「住宅不足」ではなく、「最も住宅を必要としている人が、実際に利用できる住宅の不足」にある。

この観点から見ると、空室住宅が存在することは住宅危機への反証にはならない。むしろ、空室があるのにホームレスが存在し、アフォーダブル住宅があるのに極度の低所得者が入居できず、住宅を持つ世帯でさえ所得の半分以上を家賃に費やしているという状況そのものが、現在の住宅政策の構造的な限界を示している。

そして、解決の方向性も見えてくる。「住宅を作る政策」と「住宅を払えるようにする政策」を統合し、その対象を最も低所得の世帯へ重点化することである。

最終的に問われるべきなのは、「米国に何戸の住宅が存在するか」ではない。「住宅を必要としている人が、実際に住める住宅が何戸存在するのか」という問いである。

この視点に立てば、「空室なのに住めない」という一見不可解な現象は、実は矛盾ではない。それは、住宅という物理的な資産の供給と、人々が住宅を利用できる経済的能力との間に巨大な断絶が生じていることの表れなのである。


参考・引用資料

  • National Low Income Housing Coalition(NLIHC), The Gap: A Shortage of Affordable Homes 2026.
  • National Low Income Housing Coalition, 2026 Public Policy Priorities.
  • National Low Income Housing Coalition, “The 21st Century ROAD to Housing Act Becomes Law,” July 2026.
  • National Low Income Housing Coalition, “Final HUD Spending Bill for FY26 Released,” January 2026.
  • U.S. Department of Housing and Urban Development, Fiscal Year 2026 Annual Performance Plan.
  • U.S. Department of Housing and Urban Development, “HUD Takes Action to Make Housing More Affordable,” September 1, 2026.
  • U.S. Department of Housing and Urban Development, FY2025 Agency Financial Report / Top Management Challenges.

追記:「住宅がある」のに「住めない」米国住宅危機の本質

ここまでの検証から、2026年の米国住宅危機は「住宅が足りない」という一つの言葉だけでは説明できないことが分かる。最大の問題は、住宅の存在量と、低所得者が実際に利用できる住宅量が一致していないことにある。

NLIHCの2026年版「The Gap」によると、極度の低所得世帯向けに「手頃で、かつ利用可能」な賃貸住宅は全国で720万戸不足している。100世帯当たりの利用可能住宅は35戸にすぎず、この数字は市場全体の住宅戸数だけを増やしても問題が自動的に解消されないことを示している。

一方、2026年9月にAPが報じたオースティンなどの事例では、「アフォーダブル(affordable、手頃な価格の)」と分類された住宅に空室が存在している。ここに米国住宅政策の最も重要な矛盾がある。

つまり、「住宅が存在すること」と「その住宅に住めること」は別である。

この差を埋めるには、今後の住宅政策を「建設戸数中心」から「住宅へのアクセス中心」へ転換する必要がある。住宅を何戸建設したかだけでなく、どの所得階層の世帯が実際に入居できたのか、入居後に過度な家賃負担を抱えていないかまで評価しなければならない。

「30%AMI以下」を政策の中心に据える必要性

特に重要なのは、極度の低所得層を住宅政策の中心に置くことである。現在の米国では「低所得者向け住宅」と呼ばれる住宅の中にも所得水準による大きな差があり、50%AMIや60%AMI向けの住宅が、30%AMI以下の世帯には依然として高すぎる場合がある。

したがって、今後は「低所得者向け」という大きなカテゴリーだけで政策効果を評価するのではなく、30%AMI以下、30~50%AMI、50~60%AMIなど、所得階層別に住宅供給量を把握する必要がある。

これはLIHTCにも当てはまる。LIHTCは米国のアフォーダブル住宅政策において非常に大きな役割を果たしてきたが、最も貧しい層にとって十分に安い住宅を供給するには、追加的な補助を組み合わせる必要がある。

この改革の方向性としては、極度の低所得世帯向け住宅を建設するプロジェクトに対して追加的な税額控除や補助を与える方法が考えられる。そうすれば、開発業者にとって採算が取りにくい低家賃住宅にも投資する経済的インセンティブを与えられる。

バウチャー政策の拡充

もう一つの柱は「Housing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)」の拡充である。これは住宅そのものを安くするのではなく、低所得世帯の住宅費負担を補助するため、今回の「空室なのに住めない」という問題に対して非常に直接的な効果を持つ。

ただし、バウチャー制度にも大きな限界がある。2026年のAP報道では、制度上資格を持つ世帯のうち実際にバウチャーを受け取れる世帯は約4分の1にとどまるとされ、必要な世帯すべてを支援できていない。

ここから導かれる結論は明確である。バウチャーを拡大しなければならないが、バウチャーだけでも解決できない。

住宅供給が不足していれば、バウチャーを持っていても入居できる物件が見つからない。一方、住宅供給だけを増やしても、極度の低所得世帯が家賃を払えなければ空室が残る。

したがって、

供給側=LIHTCなどによる住宅建設

需要側=Housing Choice Voucherなどによる家賃補助

という二つの政策を同時に強化する必要がある。

既存住宅を守るという第三の政策

さらに見落としてはならないのが、既存のアフォーダブル住宅を維持する政策である。新しい住宅を建設するだけではなく、現在存在している低家賃住宅が市場価格住宅へ転換されたり、老朽化によって失われたりすることを防がなければならない。

米国では公共住宅を含む既存住宅ストックの老朽化も深刻な問題となっている。HUDは公共住宅ストックの多くが築50年以上で、大規模な資本改善を必要としていると指摘している。

これは住宅政策上、非常に重要な論点である。新築住宅を1戸増やすことには多額の費用が必要だが、既存の低家賃住宅を維持できれば、比較的低いコストでアフォーダブルな住宅ストックを守れる可能性があるからである。

つまり今後の政策は、「新しく作る」だけではなく、「今あるものを失わせない」という発想を組み込む必要がある。

「空室率」を政策指標にしてはいけない

今回のテーマを通じて、もう一つ重要な政策上の教訓が得られる。それは、空室率だけを見て住宅市場を評価してはいけないということである。

市場全体の空室率が上昇していても、その空室住宅の家賃が極度の低所得世帯の支払い能力を超えていれば、住宅危機は解消しない。逆に空室率が低くても、低所得世帯が安定して住宅を確保できている地域であれば、問題の性格は異なる。

したがって、今後は住宅政策の成果を測定する指標そのものを変える必要がある。

重要なのは、

  • 極度の低所得世帯向け住宅戸数
  • 100世帯当たりの利用可能住宅数
  • 世帯所得に対する住宅費負担率
  • 30%AMI以下の世帯の住宅確保率
  • バウチャーの受給率
  • バウチャー取得から入居までの期間
  • アフォーダブル住宅の空室期間
  • ホームレス状態へ移行する世帯数

などである。

こうした指標を組み合わせることで、初めて「住宅があるのに住めない」という現象を正確に把握できる。

住宅政策と貧困政策を分離しない

さらに根本的な問題として、米国では住宅政策と所得政策を切り離して考えることが難しくなっている。

住宅費が高いからといって、住宅政策だけで家賃を無限に下げることはできない。極度の低所得世帯の所得そのものが低ければ、一定水準以上の住宅費を負担することは構造的に困難だからである。

そのため、住宅政策と同時に、最低賃金、所得補助、障害者・高齢者向け給付、就労支援、子育て支援なども重要になる。

特に重要なのは、「住宅を確保できる最低所得」を社会としてどのように設定するのかという問題である。

住宅価格だけを抑えようとすれば、建設業者や住宅所有者の経済的インセンティブとの衝突が生じる。しかし所得側を支援すれば、住宅市場の価格形成を大きく歪めずに住宅アクセスを改善できる可能性がある。

その意味で、住宅危機は住宅政策だけの問題ではなく、米国の所得分配と社会保障制度の問題でもある。

「空室なのに住めない」という現象から見えるもの

今回のテーマで最も重要な発見は、「住宅不足」という言葉の意味を再定義する必要があることだ。

一般的には、住宅不足とは「住宅戸数が人口に対して少ないこと」を意味する。しかし低所得者住宅の場合、より重要なのは「ある所得水準の世帯が、実際に利用できる住宅がどれだけ存在するか」である。

例えば、家賃2,000ドルの住宅が100戸空いていたとしても、月収2,500ドルの世帯がその家賃を支払えば生活費がほとんど残らないなら、その100戸はその世帯にとって現実的な住宅供給とはいえない。

逆に、家賃1,000ドルの住宅が不足していれば、住宅市場全体に空室が存在していても、低所得者市場では「供給不足」が発生している。

この意味で、米国の住宅危機は一つの住宅市場ではなく、所得階層ごとに異なる複数の住宅市場が重なっていると考えた方が理解しやすい。

総合評価

以上を総合すると、2026年の米国住宅問題について「空室住宅があるのだから住宅不足ではない」という主張は正確ではない。一方で、「住宅が足りないから空室が存在する」という説明も矛盾している。

実際には、異なる価格帯・所得層の住宅市場で需給が分断されているのである。

市場価格住宅が余っていても極度の低所得者向け住宅が不足することはあり得る。反対に、アフォーダブル住宅が建設されても、それが60%AMIなど比較的高い所得層を対象としていれば、30%AMI以下の世帯の住宅危機は残る。

したがって、「空室なのに住めない」という現象は住宅政策の失敗を示す単純な証拠ではなく、住宅供給、所得、補助制度、入居資格、地域市場が複雑に分断されていることを示す重要な症状と位置づけるべきである。

最後に

米国の住宅危機を一言で表現するなら、「住宅がない」のではなく、「必要な人が払える住宅がない」という問題である。

2026年のNLIHCの分析が示す720万戸の不足は、この問題を数字として明確に示している。極度の低所得層に対しては、住宅の「アフォーダブル(affordable、手頃な価格の)」という表示だけでは不十分であり、実際に利用可能かどうかまで検証しなければならない。

LIHTCは今後も重要な制度であり続けるだろう。しかし、制度を拡大するだけではなく、30%AMI以下の世帯へより強く重点化する必要がある。

同時にHousing Choice Voucher(ハウジング・チョイス・バウチャー)を拡充し、住宅を借りる側の購買力を高めなければならない。さらに、住宅建設コストの削減、土地利用規制の見直し、行政手続きの簡素化、既存アフォーダブル住宅の保存も不可欠となる。

そして最も重要なのは、住宅政策の評価基準を変えることである。

「何戸建てたか」ではなく、「誰が実際に住めたか」。

「空室率が下がったか」ではなく、「最も低所得の世帯が住宅を維持できたか」。

この視点への転換がなければ、米国では今後も「アフォーダブル住宅があるのに、ホームレスがいる」「空室があるのに、住宅を失う人がいる」「住宅を確保しているのに、所得の半分以上を家賃に奪われる」という矛盾が繰り返される可能性が高い。

結局のところ、米国の住宅危機の本質は、住宅の「量」だけではなく、価格と所得の接続に失敗していることにある。

「空室なのに住めない」という現象は、その断絶を最も分かりやすく可視化したものだ。住宅市場に存在する物件数と、人間が安心して暮らせる「住まい」の数は同じではない。

この違いを政策の中心に据えない限り、住宅供給を増やしても、住宅危機の最も深刻な部分は残り続ける。


参考・引用リスト(追記)

  • National Low Income Housing Coalition(NLIHC), The Gap: A Shortage of Affordable Homes 2026.
  • National Low Income Housing Coalition, 2026 Public Policy Priorities.
  • National Low Income Housing Coalition, “NLIHC Releases The Gap 2026: A Shortage of Affordable Homes.”
  • National Low Income Housing Coalition, “The 21st Century ROAD to Housing Act Becomes Law.”
  • U.S. Department of Housing and Urban Development(HUD), Evaluation of the Low Income Housing Tax Credit Final Report.
  • U.S. Department of Housing and Urban Development, LIHTC Tenant Data Documentation.
  • U.S. Department of Housing and Urban Development, Fiscal Year 2026 Annual Performance Plan.
  • U.S. Department of Housing and Urban Development, Agency Financial Report.
  • Urban Institute, “LIHTC at 40: How Much Affordable Housing Has Been Built in Your State?”
  • Associated Press, “The poorest in the US can't find housing even as low-income units sit empty,” September 7, 2026.
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