AI搭載テレビ、業界の未来を占う「2つの賭け」
テレビ市場の成熟化と放送離れが進む中、AIは業界に残された数少ない成長機会となっている。

現状(2026年6月時点)
2026年のテレビ業界は大きな転換点にある。テレビメーカー各社は長年にわたり、高画質化、高音質化、大画面化を競争軸としてきたが、その差別化効果は年々低下している。
液晶パネルや有機ELパネルの性能向上によって映像品質は成熟段階に入り、多くの消費者にとっては「十分にきれいなテレビ」が当たり前となった。その結果、性能向上だけでは買い替え需要を創出しにくい状況が続いている。
さらに動画配信サービスの普及によって、テレビは「放送を見る装置」から「インターネットコンテンツを視聴するディスプレイ」へと変化した。テレビメーカーは映像機器メーカーとしてだけではなく、ソフトウェア企業としての競争を迫られている。
こうした状況の中で、シャープと中国TCLの日本法人は、AIをテレビの中心価値へ据える新戦略を打ち出した。両社とも「AIテレビ」を掲げているが、その思想や目的は大きく異なっている。
テレビが売れない…
日本のテレビ市場は長期的な縮小傾向にある。JEITA(電子情報技術産業協会)の統計では、国内薄型テレビ出荷台数はコロナ禍以降に反動減が続き、買い替えサイクルの長期化も進行している。物価高による消費抑制も市場縮小を加速させている。
テレビは耐久消費財であり、一度購入すると7〜10年以上使用されることも珍しくない。そのためスマートフォンのような短期買い替え需要を期待できない。
また若年層を中心にテレビ離れが進んでいる。YouTube、Netflix、Amazon Prime Video、TikTokなどが主要な視聴メディアとなり、テレビ受像機そのものの存在意義が問われる時代となった。
メーカー側から見ると、テレビ事業は典型的なコモディティ市場である。価格競争が激しく、利益率は低い。中国メーカーの台頭によって、従来の日本メーカーはさらに厳しい競争環境に置かれている。
AI技術の導入という大きな賭け
こうした状況を打開するために各社が注目したのが生成AIである。
2022年以降、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(LLM)が急速に普及し、AIとの自然対話が現実的なものとなった。GoogleのGeminiなどマルチモーダルAIの登場により、AIはスマートフォンやPCだけでなく家庭内機器への搭載が進み始めている。
テレビメーカーにとってAIは単なる新機能ではない。テレビを「受動的な視聴装置」から「能動的な知能端末」へ変える可能性を持つ技術である。
しかしAI導入には大きなリスクも存在する。消費者が本当にテレビとの対話を求めているのか、AI機能が購入動機になるのかは未知数だからである。
その意味でシャープとTCLのAIテレビは、業界全体の未来を占う実験とも言える。
両社のAIテレビ戦略の比較概要
シャープは「感情的価値」を重視している。
一方でTCLは「機能的価値」を重視している。
シャープはテレビを家族の会話相手として位置付ける。対してTCLはGoogle Geminiを活用し、テレビを高度なAIアシスタントとして進化させようとしている。
前者は人間との関係性を重視する戦略であり、後者は実用性と利便性を重視する戦略である。
コアコンセプト
シャープのコアコンセプトは「テレビとの共生」である。
テレビを単なる映像表示装置ではなく、家庭内に存在する人格的パートナーへ変えることを目指している。AIキャラクターが利用者を学習し、日常会話を通じて関係を深める設計となっている。
TCLのコアコンセプトは「AIによる視聴体験の最適化」である。
テレビ操作や設定変更を自然言語で実現し、ユーザーが複雑なメニューを操作する必要をなくすことを目指している。
採用AI技術
シャープは独自開発の生成AI基盤を採用している。
同社は「共感知性」と「探索知性」を組み合わせた独自AIを強調している。ユーザーの感情や文脈を理解しながら会話を継続することを特徴としている。
TCLはGoogleのGeminiを採用している。
GeminiはGoogleが開発した大規模マルチモーダルAIであり、検索、知識処理、自然言語理解、音声認識などを統合的に実現している。TCLは自社AIではなく、Googleエコシステムを最大限活用する戦略を採用している。
主な機能
シャープの主機能は会話である。
AIキャラクターとの雑談、生活相談、番組推薦、テレビ操作支援などが中心となる。テレビとのコミュニケーションそのものが価値となる。
TCLの主機能は操作支援である。
音声による画質調整、音響設定変更、トラブル解決、コンテンツ検索など実務的機能が中心となる。ユーザーは「画面が暗い」「セリフが聞き取りにくい」と話しかけるだけで最適化が可能である。
マネタイズ
AIテレビの本質的な狙いはハードウェア販売だけではない。
将来的には広告、コンテンツ推薦、サブスクリプション、EC連携、家庭内データ活用など継続収益モデルの構築が視野に入る。
テレビが日常的な対話端末になれば、メーカーは従来よりも深く利用者との接点を持つことができる。これはスマートフォン事業者が築いたプラットフォームモデルに近い発想である。
シャープの検証・分析:「話し相手」としてのテレビ
独自機能「AQUOS AI」
2026年5月、シャープはAQUOS AIを正式投入した。
AQUOS AIはAIキャラクターとの会話を中心に設計されている。テレビ画面上に登場するキャラクターと自然な対話を行うことができる。
従来の音声アシスタントとの最大の違いは、命令実行よりも会話継続に重点が置かれている点である。
バーチャルキャラクター
シャープは人格を持つAIキャラクターを前面に押し出している。
これは高齢者の孤独対策や家族コミュニケーション支援まで視野に入れた設計と考えられる。実際に同社は「寄り添うパートナー」という表現を使用している。
テレビは家庭のリビングに常設される機器である。そのためスマートフォンよりも長時間接触する可能性がある。
シャープはこの特性を利用し、「最も身近なAI」の地位獲得を狙っていると考えられる。
3つの軸
シャープの戦略は大きく3つの軸で整理できる。
第1は感情的価値である。利用者との会話を通じて心理的なつながりを形成する。
第2はコンテンツナビゲーションである。番組や配信サービス選択を支援する。
第3は家電インターフェースである。将来的にはスマートホーム連携の中核になる可能性を持つ。
マネタイズへの挑戦
シャープの挑戦は極めて野心的である。
もしユーザーが毎日AIキャラクターと会話するようになれば、テレビは家庭内プラットフォームへ進化する。
しかし同時に課題も大きい。利用者が本当にテレビとの雑談を望むのかは不透明である。スマートフォンやスマートスピーカーとの差別化も必要になる。
つまりシャープの戦略は成功すれば大きいが、不確実性も高い「ハイリスク・ハイリターン型」と評価できる。
中国TCLの検証・分析:「Gemini」による実用性の追求
圧倒的な実用性とエコシステム
TCLは極めて現実的な戦略を採用している。
独自AI開発に莫大な投資を行うのではなく、GoogleのGeminiを活用することで最先端AIを即座に利用可能にした。
これは技術競争ではなく、実装競争に集中する戦略である。
Google Geminiの統合
Geminiはテレビ設定そのものを自然言語で操作できる。
ユーザーは技術知識を持たなくても、「スポーツ向け画質にして」「会話を聞き取りやすくして」と話しかけるだけで設定変更が可能である。
従来のテレビ設定メニューは複雑であり、多くの利用者は最適化を行っていなかった。Geminiはこの問題を解決する。
強力なハードウェア
TCLの強みはハードウェア競争力にもある。
同社は大型テレビ、Mini LEDテレビ分野で世界有数の出荷規模を持ち、量産効果による価格競争力を確保している。Omdiaによると、Mini LED市場でも高いシェアを維持している。
AI機能を搭載しながら価格競争力を維持できる点は大きな優位性となる。
グローバル標準戦略
TCLはGoogleエコシステムとの連携を軸にしている。
Google TV、Android TV、Geminiを統合することで、世界共通のユーザー体験を提供できる。
これは独自路線を取る日本メーカーとは対照的な戦略である。
業界における構造的背景(なぜAIなのか)
テレビのコモディティ化と放送離れ
AI導入の背景にはテレビ市場の構造変化がある。
画質競争だけでは差別化できず、放送視聴時間も減少している。メーカーは新しい価値提案を必要としている。
AIはその数少ない有力候補である。
テレビがユーザーを理解し、推薦し、会話し、操作を支援する存在になれば、新たな市場を創出できる可能性がある。
ハードウェア製造からの脱却
テレビメーカーはハードウェア企業からサービス企業への転換を迫られている。
スマートフォン市場ではAppleやGoogleが示したように、利益の源泉は端末販売だけではなくサービス収益へ移行している。
テレビ業界も同様の方向へ向かっている。
AIはその転換を実現する中核技術と位置付けられている。
テレビ業界の未来を占う「2つの賭け」
シャープの賭け
シャープは「感情」を売ろうとしている。
テレビを友人や家族のような存在へ進化させることで、新しい需要を創出しようとしている。
これは日本企業らしいヒューマンインターフェース重視の発想であり、成功すれば世界的にも独自性を発揮できる。
TCLの賭け
TCLは「利便性」を売ろうとしている。
ユーザーがすぐに価値を実感できる実用機能をAIで提供し、テレビ体験全体を改善する。
こちらはより合理的で成功確率が高い戦略と考えられる。
今後の展望
短期的にはTCL型が優勢になる可能性が高い。
利用者はAIとの雑談よりも、操作の簡略化やコンテンツ検索の効率化に価値を感じやすいからである。
しかし長期的にはシャープ型が新市場を生む可能性もある。
高齢化社会が進展する日本では、会話相手としてのAI需要が拡大する可能性がある。テレビは家庭内で最も自然に設置されるデバイスであり、その優位性は無視できない。
最終的には両モデルが融合する可能性も高い。感情的価値と実用的価値を兼ね備えたAIテレビこそが次世代標準になる可能性がある。
まとめ
2026年時点のAIテレビ競争は、単なる新機能競争ではない。
それはテレビの存在意義を再定義する競争である。
シャープは「テレビを話し相手にする」という大胆な挑戦を行っている。一方でTCLはGoogle Geminiを活用し、テレビを最も使いやすい家電へ進化させようとしている。
前者は感情価値の創出、後者は機能価値の最大化である。
テレビ市場の成熟化と放送離れが進む中、AIは業界に残された数少ない成長機会となっている。シャープとTCLが進める二つの異なる賭けは、今後のテレビ産業がハードウェア企業からAIサービス企業へ変貌できるかを占う重要な試金石である。
参考・引用リスト
- シャープ「AQUOS AI」公式説明資料
- シャープ「テレビ向けAQUOS AIサービス提供開始」プレスリリース(2026年5月)
- シャープ「AQUOS OLED S7Aライン AI機能紹介」
- シャープ「AQUOS XLED新製品発表資料」
- Google Gemini Technical Report(Gemini Team)
- Google TV/Android TV向けGemini展開関連資料
- TechSpot「Google rolls out Gemini AI to Google TV and Android TV devices」
- Tom's Guide「Gemini will now let you change TCL TV settings using your voice」
- TechRadar「Gemini on Google TV picture settings update」
- T3「I've been reviewing TVs for decades」
- Android Central「Google TV's getting ready for the World Cup and Gemini」
- JEITA(電子情報技術産業協会)テレビ出荷統計
- Omdiaテレビ市場調査レポート
- 総務省 情報通信白書
- Deloitte Digital Media Trends Report
- PwC Global Entertainment & Media Outlook
- McKinsey「The Future of Consumer Electronics」
- IDC Worldwide Smart Home Device Forecast
- Counterpoint Research TV Market Reports
- 各種業界報道・市場分析資料
ロボホンの知見を活かしたコミュニケーション機能
シャープのAIテレビを理解するうえで見落としてはならないのが、同社が長年開発を続けてきたコミュニケーションロボット「RoBoHoN(ロボホン)」の存在である。
一般的にテレビメーカーは映像技術や音響技術には強みを持つが、人間との自然な会話体験の設計については必ずしも豊富な経験を有していない。しかし、シャープは2016年からロボホン事業を展開し、人とAIが長期間関係を構築するための知見を蓄積してきた。
ロボホンの特徴は、単なる音声アシスタントではなく「感情移入を促す存在」として設計されている点にある。天気予報やスケジュール管理だけではなく、雑談、歌、ダンス、挨拶、思い出共有など、人間との心理的距離を縮める機能が重視されている。
これはAmazon AlexaやGoogle Assistantとは発想が異なる。AlexaやGoogle Assistantは「便利な道具」であるのに対し、ロボホンは「関係性を築く対象」として開発されてきた。
AQUOS AIに搭載されるバーチャルキャラクターは、このロボホンで培われた思想の延長線上にあると考えられる。テレビ画面内に存在するAIキャラクターが継続的にユーザーを学習し、会話履歴や好みを反映しながら関係性を深めていく構想は、まさにロボホンが目指してきた世界観そのものである。
特に日本市場では高齢化が進行している。国立社会保障・人口問題研究所の推計では単身高齢世帯は今後も増加すると見込まれている。
そのためシャープが狙っている市場は、単なるテレビ市場ではなく、「孤独対策市場」「見守り市場」「コミュニケーション市場」である可能性が高い。
テレビは家庭内で最も存在感の大きい家電である。スマートスピーカーが普及しても利用頻度が低下するケースは多いが、テレビは日常生活の中心に設置され続ける。
シャープはロボホンで培ったコミュニケーション技術をテレビへ移植することで、「家庭に常駐するAIパートナー」という新たなポジションを狙っていると分析できる。
ただし課題も存在する。ロボホンは熱心な支持層を獲得した一方で、大衆市場を獲得したとは言い難い。
つまり「AIとのコミュニケーションを楽しむ層」がどれほど存在するかは依然として未知数である。AQUOS AIはロボホンの成功要素をテレビへ拡張する挑戦であると同時に、ロボホンが抱えていた市場規模の限界を克服できるかが問われる試みでもある。
TCL:スマートツールとしての利便性と圧倒的なコスト競争力
一方のTCLは極めて中国メーカーらしい現実主義的な戦略を採用している。
同社のAI戦略の本質は「人格」ではなく「ツール」である。
TCLはユーザーと感情的な関係を構築しようとはしていない。代わりに「テレビを最も使いやすい機器にする」ことへ集中している。
これは過去20年間の消費者行動の変化と整合性が高い。
スマートフォン市場においても、消費者が最終的に評価するのは感情的な体験よりも、検索速度、操作性、アプリ環境、利便性といった実用価値であった。
TCLはこの歴史をテレビ市場へ適用している。
Geminiによる自然言語操作は、複雑化したテレビUIを根本から変える可能性を持つ。利用者は設定メニューの階層構造を覚える必要がなくなる。
「スポーツ観戦向けにして」「夜だから明るさを下げて」「ニュースが見たい」と話すだけでテレビが理解する世界が実現すれば、従来のリモコン中心UIは大きく変化する。
さらにTCL最大の武器は価格である。
現在のテレビ市場では、消費者の多くがブランドよりも価格とサイズを重視している。
市場調査会社各社のレポートでも、世界市場において中国メーカーは高性能・低価格戦略によってシェアを拡大している。
TCLは自社でパネル供給網を持ち、大規模生産体制を構築しているため、AI機能を追加しても価格上昇を抑制できる。
ここがシャープとの決定的な違いである。
シャープが「新しい体験価値」を売ろうとしているのに対し、TCLは「より便利なテレビを安く売る」ことに集中している。
市場原理だけで考えるなら、後者の方が普及しやすい。
なぜなら消費者はAIテレビに興味を持っていても、それ自体に高額な追加料金を支払うとは限らないからである。
つまりTCLの戦略は革新性こそ限定的だが、事業としての成功確率は高いと評価できる。
テレビに「癒やし」を求めるか「機能的消費」を求めるか
シャープとTCLの違いは、実はテレビの未来像そのものに対する哲学の違いである。
シャープはテレビを「癒やしの存在」へ進化させようとしている。
対してTCLはテレビを「究極の便利ツール」へ進化させようとしている。
この違いは、現代社会におけるAI活用の二大潮流とも一致している。
第一の潮流は「コンパニオンAI」である。
ChatGPT、Character.AI、Replikaなどに代表されるように、人々はAIとの対話そのものに価値を見出し始めている。
AIを検索エンジンではなく、相談相手や会話相手として利用する人々が増加している。
第二の潮流は「エージェントAI」である。
こちらはAIを作業代行ツールとして利用する考え方であり、GeminiやCopilotが代表例である。
ユーザーは感情的交流を求めず、効率化と利便性を求める。
シャープは前者をテレビへ持ち込んでいる。
TCLは後者をテレビへ持ち込んでいる。
興味深いのは、どちらが正解か現時点では誰にも分からないことである。
スマートフォンの歴史を見ると機能性が勝利したように見える。しかしSNSや動画配信の成功を見ると、人間は効率だけではなく感情的体験にも大きな価値を感じている。
したがってAIテレビ市場は、「感情市場」と「効率市場」のどちらがより大きく成長するのかを検証する巨大な社会実験とも言える。
テレビの未来
AIテレビ競争の本質は、テレビという製品カテゴリーが存続できるかどうかに関わっている。
現在の若年層にとってテレビは必須デバイスではない。
スマートフォン、タブレット、PCによって大部分の動画視聴が可能である。
もしテレビが単なる大型ディスプレイであり続けるなら、長期的には価格競争に巻き込まれ続ける可能性が高い。
そのためテレビメーカーは新しい存在意義を模索している。
今後のテレビは大きく3つの方向へ進化する可能性がある。
第一は「ホームAIハブ」である。
テレビが家庭内AIの中枢となり、家電制御、見守り、健康管理、買い物支援などを担う。
この方向性はシャープが目指す未来に近い。
第二は「スマートエージェント端末」である。
ユーザーの意図を理解し、最適なコンテンツや設定を自動提案する。
こちらはTCLやGoogleが目指す未来像に近い。
第三は「生活OS化」である。
テレビが映像機器ではなく、家庭内デジタルサービスのプラットフォームになる。
広告、EC、金融、教育、ヘルスケアなどを統合する巨大なサービス基盤へ変化する可能性がある。
この場合、テレビメーカーの競争相手は他のテレビメーカーではなくなる。
Google、Amazon、Apple、OpenAIなどのAIプラットフォーム企業との競争になる。
その意味で、現在のAIテレビ競争はテレビ業界内部の戦いではない。
家庭内AIプラットフォームの主導権争いの始まりである。
シャープの「癒やしと共生」、TCLの「利便性と効率化」は、その入り口に過ぎない。
最終的に勝者となるのは、ユーザーが毎日使いたくなる理由を提供できるAIテレビである。会話なのか、便利さなのか、あるいは両者を融合した新しい価値なのか。その答えが明らかになるのは、これから数年間の市場の反応次第である。
全体まとめ
2026年現在、テレビ業界は誕生以来最大級の転換点に直面している。かつてテレビメーカーの競争軸であった高画質化、高音質化、大画面化はすでに成熟段階へ到達し、消費者が体感できる性能差は縮小している。さらにインターネットと動画配信サービスの普及によって、テレビは「放送を見るための装置」という従来の役割を失いつつある。若年層を中心にテレビ離れが進行し、Netflix、YouTube、Amazon Prime Video、TikTokなどの利用が日常化した結果、テレビそのものの存在意義が問われる時代となった。
加えて、中国メーカーの台頭によってテレビ市場は極度の価格競争へ突入している。液晶パネルや半導体などの主要部材がグローバル化したことで、技術的優位性だけで高い利益を維持することが困難になった。かつて日本メーカーが得意としていた高品質戦略は徐々に機能しなくなり、テレビ事業は典型的なコモディティ市場へ変化したのである。
こうした構造的な問題に対し、テレビメーカー各社が新たな成長戦略として注目しているのがAIである。しかし、ここで重要なのは、AIテレビとは単なる新機能搭載モデルではないという点である。AIテレビの本質はテレビの定義そのものを変える試みであり、「映像表示機器」から「知能端末」への進化を意味している。
その象徴がシャープとTCLの日本市場におけるAIテレビ戦略である。両社は同じAIを採用しながらも、その思想と目的は根本的に異なっている。
シャープが目指しているのは「テレビとの共生」である。同社はAQUOS AIを通じて、テレビを単なる家電ではなく、会話し、寄り添い、関係性を構築する存在へ変えようとしている。そこにはロボホンで培われたコミュニケーション設計思想が色濃く反映されている。
ロボホンは発売当初から「便利なロボット」ではなく「一緒に暮らすパートナー」として設計されてきた。ユーザーはロボホンを通じて情報を得るだけではなく、会話し、感情移入し、愛着を形成する。シャープはこの知見をテレビへ移植しようとしているのである。
従来の音声アシスタントはユーザーの命令を実行することが主目的だった。しかしAQUOS AIは、命令の実行だけでなく、会話そのものに価値を持たせることを目指している。これは家電メーカーというよりも、コミュニケーションサービス企業に近い発想である。
特に高齢化社会が進む日本において、この戦略は大きな可能性を持つ。単身高齢世帯の増加、地域コミュニティの希薄化、孤独問題の深刻化といった社会的課題を考えれば、「話し相手としてのテレビ」というコンセプトには一定の需要が存在する可能性がある。
テレビはリビングの中心に常設される数少ないデバイスであり、スマートフォンよりも生活空間への浸透度が高い。もし利用者が毎日テレビと会話するようになれば、テレビは家庭内AIの中核へと進化する可能性を持つ。
しかし同時に、この戦略には大きな不確実性も存在する。多くの消費者が本当にテレビとの会話を求めているのかは現時点では不明だからである。スマートスピーカーでさえ利用頻度の低下が指摘される中で、テレビとの継続的な対話文化が定着する保証はない。
つまりシャープの戦略は、成功すれば新市場を創出する可能性を持つ一方で、消費者行動の変化に大きく依存するハイリスク・ハイリターン型の挑戦であると言える。
これに対してTCLの戦略は極めて実用主義的である。
TCLはGoogle Geminiを活用し、テレビを「最も使いやすい家電」へ進化させようとしている。同社は独自AI開発に巨額投資を行うのではなく、Googleという世界最大級のAIエコシステムを利用することで、最新技術を迅速に製品へ実装する道を選択した。
この戦略の中心にあるのは感情ではなく利便性である。
利用者は「スポーツ向けの画質にして」「音声を聞き取りやすくして」「おすすめの映画を探して」と自然言語で話しかけるだけでよい。複雑な設定メニューを操作する必要はなく、AIが最適な環境を提供する。
この発想は、現在の消費者ニーズとの親和性が高い。多くの利用者はテレビに人格を求めているわけではなく、より簡単で快適な利用体験を求めているからである。
さらにTCLは世界有数のテレビメーカーとして圧倒的な量産能力と価格競争力を持つ。AI機能を搭載しながら価格上昇を最小限に抑えられることは大きな優位性である。
消費者の立場から見れば、「高価なAIテレビ」よりも「今までと同じ価格で便利になったAIテレビ」の方が受け入れやすい。したがって短期的な市場競争においては、TCL型の実用性重視モデルの方が優位に立つ可能性が高い。
しかし、ここで注目すべきなのは、両社の違いが単なる製品戦略の違いではないということである。
その本質は、「人々はテレビに何を求めるのか」という根本的な問いに対する異なる回答なのである。
シャープはテレビに癒やしや共感を求めている。テレビを感情的な存在へ変えようとしている。
一方でTCLはテレビを機能的ツールとして捉えている。テレビを効率的な生活支援端末へ進化させようとしている。
言い換えれば、シャープは「コンパニオンAI」の思想をテレビへ持ち込み、TCLは「エージェントAI」の思想をテレビへ持ち込んでいるのである。
これは現在のAI業界全体で進行している二つの潮流とも一致する。
一方には、会話や共感を重視するAIがある。もう一方には、仕事や作業を代行するAIがある。
テレビ業界は今、そのどちらが未来の主流になるのかを検証する巨大な社会実験の舞台となっている。
さらに長期的視点で見るならば、この競争はテレビメーカー同士の競争ですらなくなる可能性がある。
AIがテレビの中心になるということは、テレビが家庭内デジタルプラットフォームになることを意味する。そこでは動画視聴だけではなく、買い物、広告、教育、健康管理、見守り、スマートホーム制御など様々なサービスが統合される可能性がある。
その時、競争相手は他のテレビメーカーではなくなる。Google、Amazon、Apple、OpenAIなどのAIプラットフォーム企業との競争になる。
つまり現在のAIテレビ競争は、テレビの未来を決める戦いであると同時に、家庭内AIプラットフォームの主導権争いの始まりでもある。
最終的に勝者となるのは、単に優れたAIを搭載したメーカーではない。利用者の日常生活の中で継続的に価値を提供し続けられるメーカーである。
テレビに求められるのは癒やしなのか、それとも利便性なのか。人々はテレビを家族のような存在として受け入れるのか、それとも高性能なツールとして利用するのか。その答えはまだ誰にも分からない。
しかし一つだけ確実に言えることがある。それは、AIの登場によってテレビは再び進化の可能性を獲得したということである。
シャープの「共生型AIテレビ」とTCLの「実用型AIテレビ」は、その方向性こそ異なるものの、いずれもテレビを単なる映像表示装置から脱却させようとする挑戦である。そして、この二つの挑戦の行方こそが、今後10年のテレビ産業の姿を決定づける重要な試金石になるのである。
