全国の書店1万店割れ「リアル書店復興へのロードマップ」
2026年、日本の書店数は9,993店となり、統計上初めて1万店を割り込んだ。これは単なる店舗減少ではなく、日本の出版流通構造そのものが転換期に入ったことを示す象徴的出来事である。
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現状(2026年6月時点)
2026年6月、日本の出版業界にとって象徴的な転換点が訪れた。一般社団法人日本出版インフラセンター(JPO)の調査によると、全国の書店数は2025年度末時点で9,993店となり、統計上初めて1万店を下回った。
書店は単なる小売店舗ではなく、出版文化を支える地域インフラとして機能してきた。書籍の流通拠点であると同時に、知識・情報・文化へのアクセスを担う公共的役割を果たしてきた存在である。
しかし現在、その基盤は急速に縮小している。紙媒体市場の長期低迷、ネット書店の普及、電子出版の成長、人口減少、読書習慣の変化などが複合的に作用し、全国各地で書店閉店が続いている。
この問題は単なる業界不況ではない。出版流通網の縮小は、地域住民の知的アクセス環境や文化資本の格差拡大とも直結する社会問題として認識され始めている。
日本出版インフラセンター(JPO)の統計
JPOによると、2025年度末の全国書店数は9,993店であった。
前年度(2024年度)の10,417店から424店減少しており、減少率は約4.1%である。1994年度以降の統計で見ると、1998年度の24,237店をピークとして減少が続いている。
つまり約27年間で14,000店以上が消滅した計算になる。
現在の店舗数はピーク時の約41%に過ぎず、日本全国の書店網は事実上「半壊状態」に近い規模まで縮小している。
現状のデータ検証(何が起きているのか)
単純に「本が売れなくなったから書店が減った」と説明するのは不十分である。
実際には出版市場全体は依然として1兆5,000億円規模を維持している。問題は市場の消滅ではなく、市場構造の変化である。
かつて書店は紙媒体流通の中心だった。しかし現在は、
- 電子書籍
- ネット書店
- サブスクリプション
- SNS経由の情報消費
へと消費行動が分散している。
その結果、「本は読まれているが書店では買われない」という現象が進行しているのである。
書店数の推移:ついに大台を割り込む
書店数推移を概観すると以下のようになる。
| 年度 | 書店数 |
|---|---|
| 1998年度 | 24,237店 |
| 2003年度 | 約20,880店 |
| 2013年度 | 約14,000店台 |
| 2023年度 | 10,918店 |
| 2024年度 | 10,417店 |
| 2025年度 | 9,993店 |
減少ペースは近年も鈍化していない。
むしろ地方都市や郊外を中心に閉店が加速しており、「1万店割れ」は通過点に過ぎないとの見方も強い。
10年前との比較
2015年前後には全国で約13,000〜14,000店の書店が存在していた。
それと比較すると、現在は約3割近い店舗が消滅したことになる。
この10年間で特に変化したのは電子書籍市場である。
スマートフォンの普及と通信環境の高速化により、「本を買う場所」がリアル店舗からオンライン空間へ移行した。
従来の書店経営を支えていた来店客数は大幅に減少した。
最盛期との比較
1998年の24,237店が歴史的ピークであった。
当時は全国どの駅前にも書店があり、地方都市でも複数店舗が競合していた。
しかし、現在の9,993店はピーク時の41%程度である。
言い換えれば、日本の書店網は約6割が消滅したことになる。
これはコンビニやドラッグストアなど他業界では見られない規模の構造縮小である。
「無書店」自治体の増加
近年特に深刻化しているのが「無書店自治体」の増加である。
無書店自治体とは、自治体内に書店が1店舗も存在しない地域を指す。
2024年時点で全国自治体の約3割近くが無書店自治体となっているとされる。
地方部では書店だけでなく、雑誌を扱うコンビニも減少している。
その結果、住民は書籍購入のために隣接自治体まで移動するか、ネット通販を利用するしかない状況が生じている。
これは文化インフラの地域格差拡大を意味する。
出版市場の推移:紙の市場が1兆円割れ
2025年の出版市場は、
- 紙+電子合計:1兆5,462億円
であった。
しかし注目すべきは紙市場である。
紙の出版市場は9,647億円となり、1976年以来約50年ぶりに1兆円を割り込んだ。
これは出版業界において極めて象徴的な出来事である。
紙媒体が主役だった時代の終焉を示す数字といえる。
紙の書籍:5,939億円
紙の書籍市場は5,939億円であった。
前年並みを維持しており、一部ベストセラー効果もあって微増となった。
つまり現在の問題は必ずしも「本そのもの」ではない。
むしろ雑誌市場の崩壊が出版流通全体を揺るがしている。
書籍分野は一定の需要を維持しているが、それだけでは書店経営を支えきれない状況にある。
紙の雑誌:3,708億円
紙の雑誌市場は3,708億円で前年比10%減となった。
特に週刊誌は前年比17.9%減と急落している。
かつて雑誌は書店経営の主力商品であった。
毎週・毎月の定期購入需要が来店動機を生み、書籍販売にも波及効果を与えていた。
しかし、スマートフォンとSNSの普及によって速報性や娯楽性がデジタルへ移行し、雑誌の存在意義そのものが大きく変化している。
電子出版:5,815億円
電子出版市場は5,815億円となった。
紙市場9,647億円との差は急速に縮小している。
内訳を見ると電子コミックが5,273億円を占めており、市場成長の中心となっている。
つまり出版市場全体は消滅していない。
市場の重心が紙から電子へ移動しているのである。
書店減少を招いた5つの構造的要因
書店減少の背景には複数要因がある。
主な構造要因は以下の5つである。
- 雑誌市場の崩壊
- ネット書店・電子書籍の拡大
- 再販制度と返品制度の限界
- コスト上昇への対応困難
- 読書行動そのものの変化
これらは相互に関連しながら書店経営を圧迫している。
「雑誌崩壊」によるビジネスモデルの破綻
長年、書店経営は雑誌販売によって支えられてきた。
雑誌は定期的に売れ、回転率も高かった。
書店は雑誌で来店客を確保し、そのついでに単行本や文庫を販売する構造だった。
しかし、雑誌市場の急縮小により、このビジネスモデルは根本から崩壊した。
現在の書店は「集客商品」を失った状態にある。
ネット書店と電子書籍の利便性(タイムパフォーマンス)
消費者にとってネット書店は圧倒的に便利である。
24時間注文可能であり、自宅配送も受けられる。
電子書籍はさらに利便性が高い。
購入直後に読めるため、移動時間や来店時間が不要となる。
現代社会ではタイムパフォーマンス(時間効率)が重視される傾向が強まっている。
その価値観とリアル書店のビジネスモデルは本質的に相性が悪い。
再販制度と「低粗利・高返品率」の限界
日本の出版流通は再販制度によって価格競争が制限されている。
書店は自由に値引きできない。
一方で利益率は高くなく、返品率も依然として高水準である。
売れ残りリスクを出版社と共有できる利点はあるが、物流コストや管理コストが増大する中では制度疲労が目立ち始めている。
コスト上昇を価格転嫁できない構造
近年は、
- 人件費上昇
- 電気料金上昇
- 物流費上昇
- 家賃上昇
が続いている。
しかし再販制度の下では書店側が自由に価格調整できない。
結果として利益率は圧縮され続ける。
中小書店ほど影響は深刻であり、閉店圧力が高まっている。
読書離れと「セレンディピティ(偶然の出会い)」の喪失
近年は動画、SNS、ゲーム、配信サービスが可処分時間を奪っている。
読書時間そのものが減少していることは否定できない。
同時に、ネット検索中心の消費行動は「目的買い」を促進する。
その結果、書店で偶然本と出会うセレンディピティが失われつつある。
文化形成において重要だった偶発的な知的発見の機会が減少しているのである。
官民の動き
こうした状況を受け、官民双方で対策が進められている。
単なる産業保護ではなく、文化インフラ維持の観点から支援策が検討されている。
特に地方部では書店の有無が教育環境や地域文化に直結するため、公的関与の必要性が議論されている。
経済産業省による「書店振興プロジェクト」
経済産業省は2024年に「書店活性化プラン」を公表した。
ICタグ導入や流通効率化、データ活用などを通じて書店経営の改善を目指している。
また地域書店を文化拠点として位置付ける政策議論も進んでいる。
ただし、これだけで構造問題を解決できるとの見方は少ない。
生き残りをかけたリアル書店の「二極化」と新しい胎動
現在の書店業界では二極化が進んでいる。
大型複合店として成長する企業と、小規模ながら独自性で支持を集める独立系書店である。
中途半端な総合書店は競争力を失いやすい。
そのため差別化が重要な経営課題となっている。
「コト消費」と空間価値の提供(大型店・複合店)
大型書店は単なる販売空間から体験空間へ転換している。
カフェ、イベント、ワークスペース、雑貨販売などを組み合わせることで滞在価値を高めている。
本を買う場所ではなく、本を中心とした体験を提供する場所へ進化しているのである。
これはECでは代替しにくい価値である。
「文脈棚」と専門性(独立系・セレクトショップ型)
独立系書店では専門分野への特化が進む。
店主の思想やテーマに基づく「文脈棚」が特徴である。
利用者は単なる商品ではなく、キュレーションされた知識との出会いを求めて来店する。
アルゴリズム推薦では代替できない価値として注目されている。
今後の展望
今後も全国書店数の減少は続く可能性が高い。
人口減少とデジタル化の流れは不可逆的だからである。
ただし、リアル書店が完全消滅する可能性は低い。
むしろ文化拠点型・体験型・専門特化型へ再編されながら存続していく可能性が高い。
書店の未来は「本を売る場所」から「知的体験を提供する場所」への転換にかかっている。
まとめ
2026年、日本の書店数は9,993店となり、統計上初めて1万店を割り込んだ。これは単なる店舗減少ではなく、日本の出版流通構造そのものが転換期に入ったことを示す象徴的出来事である。
背景には紙媒体市場の縮小、雑誌ビジネスの崩壊、ネット書店と電子出版の拡大、再販制度の限界、読書行動の変化がある。特に雑誌市場の急減は、長年続いた書店経営モデルを根本から揺るがした。
一方で出版市場全体は依然として1兆5,000億円規模を維持している。問題は読書文化の消滅ではなく、消費チャネルの変化である。
今後のリアル書店は、従来型の大量販売モデルから脱却し、体験価値、専門性、地域文化拠点としての役割を強化していく必要がある。大型複合店と独立系専門書店を中心とした新しい書店像が形成される可能性は高い。
書店減少問題は経済問題であると同時に文化政策の課題でもある。知識へのアクセス機会をいかに維持するかという観点から、官民双方の取り組みが今後ますます重要になると考えられる。
参考・引用リスト
- 一般社団法人日本出版インフラセンター(JPO)「全国書店数調査」
- 公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所『出版指標 2026年冬号』関連報道
- 読売新聞「全国の書店1万店割れ、紙の出版市場の不振やネット書店の伸長で」
- ITmedia NEWS「紙の出版市場がついに1兆円割れ」
- ORICON NEWS「2025年出版市場規模発表」
- RTB SQUARE「2025年出版市場規模(紙+電子)」
- TBS NEWS DIG「街から消える書店―国の支援は必要か」インタビュー(今村翔吾氏・藻谷浩介氏)
- 経済産業省「書店活性化プラン(書店振興プロジェクト)」関連資料・政策文書
- 出版科学研究所 各年版『出版指標』『出版月報』
- 日本出版販売株式会社(日販)・株式会社トーハン各種流通統計資料
- 文化庁「読書活動推進施策」関連資料
- 総務省統計局「家計調査」「社会生活基本調査」関連データ
- 出版文化産業振興財団(JPIC)各種報告書
- 日本書籍出版協会 各種統計資料
- 書店経営・出版流通に関する学術研究および業界レポート各種
「昭和型出版流通モデル」の本質とその限界
全国の書店数が1万店を割り込んだ背景を理解するためには、単に「ネットに負けた」という表面的な説明では不十分である。むしろ重要なのは、戦後から高度経済成長期にかけて形成された「昭和型出版流通モデル」が、社会構造の変化によって機能しなくなったという視点である。
現在起きている書店減少は、個別企業の経営努力不足ではなく、長年続いた流通システムそのものの寿命が近づいている現象として理解する必要がある。
昭和型出版流通モデルとは何だったのか
昭和期の出版業界は、世界的にも特殊な流通システムによって支えられていた。
その中心にあったのが、
- 再販売価格維持制度(再販制度)
- 委託販売制度
- 全国書店網
- 雑誌大量流通
の四位一体構造である。
出版社は大量に本や雑誌を発行し、取次会社(日販・トーハンなど)が全国へ配送する。書店は売れ残っても返品できるため在庫リスクをほとんど負わずに済む。
一方で価格は全国一律であり、どの書店でも同じ値段で販売された。
この仕組みは出版文化の普及に極めて有効だった。
高度成長期との相性が極めて良かった
昭和型モデルは高度経済成長期の社会環境と非常に相性が良かった。
当時は人口が増加していた。
都市部では新しい住宅地が次々と誕生し、学校数も増加していた。
さらにテレビ局や出版社、広告産業も急成長していたため、雑誌や書籍に対する需要が右肩上がりで拡大していた。
つまり市場そのものが毎年成長していたのである。
「大量生産・大量流通・大量消費」の出版版
昭和型モデルの本質は製造業と同じである。
大量生産し、大量流通させ、大量消費によって利益を確保する仕組みだった。
雑誌はその象徴であった。
週刊誌、月刊誌、漫画雑誌、女性誌、情報誌などが全国へ配送され、定期的な来店需要を生み出していた。
現在の書店が失った最大の武器は、この雑誌による集客装置なのである。
なぜ限界が訪れたのか
しかし、このモデルは成長社会を前提としていた。
人口が増え続ける。
店舗数も増え続ける。
読者も増え続ける。
こうした前提が崩れると、システム全体が機能不全に陥る。
現在の日本はまさにその状態である。
雑誌崩壊がシステム全体を破壊した
最も大きな変化は雑誌需要の崩壊である。
かつて雑誌が担っていた機能は、
- ニュース
- 芸能情報
- ファッション情報
- 趣味情報
- 地域情報
などであった。
しかし、現在はスマートフォン一台で代替可能になった。
速報性ではSNSやニュースアプリに勝てず、専門性ではYouTubeやオンラインコミュニティに勝てない。
その結果、雑誌は来店動機としての役割を失った。
物流コストだけが残った
雑誌が売れなくなっても流通システムは維持しなければならない。
しかし配送コスト、人件費、燃料費は上昇している。
つまり出版業界は、「売上が減る一方で固定費だけが増える」という典型的な構造不況に陥った。
これは個別企業の努力だけでは解決しにくい問題である。
「紙の書籍」の底堅さと需要の本質
一方で興味深い現象も起きている。
紙の雑誌は急速に縮小しているにもかかわらず、紙の書籍市場は比較的底堅く推移している。
これは紙媒体の価値が完全に失われたわけではないことを意味する。
むしろ「紙に適したコンテンツ」と「デジタルに適したコンテンツ」が分離し始めているのである。
情報と知識は別物である
雑誌が提供していたのは主に情報である。
情報は鮮度が重要になる。
新しいほど価値が高い。
そのため更新速度の速いインターネットとの競争に敗れやすい。
しかし、書籍が提供するのは知識や思想である。
知識は鮮度だけでは価値が決まらない。
この違いは極めて重要である。
紙は「深く読む」ためのメディア
脳科学や認知心理学の研究では、紙媒体は深い読解に適していることが数多く指摘されている。
紙では、
- 全体構造を把握しやすい
- 集中力が維持しやすい
- 記憶に残りやすい
といった傾向が報告されている。
もちろん電子書籍にも利点はある。
しかし長時間の熟読や学習用途では、依然として紙を好む読者は少なくない。
所有価値という需要
電子データは利用権である。
一方で紙の本は所有物である。
この違いも大きい。
人は本を読むためだけに買うわけではない。
本棚に置く。
蔵書として集める。
再読する。
子どもに受け継ぐ。
こうした文化的所有欲が存在する。
紙の本には物質としての価値が残っているのである。
「残したい本」は紙になる
現在、多くの読者は使い分けを行っている。
娯楽作品や一回読むだけの作品は電子。
何度も読み返したい本は紙。
この傾向は年々強まっている。
つまり紙は消滅するのではなく、高付加価値商品として再定義されつつあるのである。
リアル書店復興へのロードマップ:2つの軸
今後の書店再生を考える際、単に「本をたくさん売る」発想では限界がある。
重要なのは役割の再定義である。
そのための軸は大きく二つ存在する。
第一の軸:地域インフラ化
一つ目は地域インフラとしての機能強化である。
書店は本を販売するだけでなく、
- 学習支援
- 地域交流
- 文化活動
- 子どもの読書支援
などを担う拠点になり得る。
図書館と商業施設の中間的存在として再構築する考え方である。
第二の軸:知的キュレーション機能
二つ目は選書機能の強化である。
現代人は情報不足ではない。
むしろ情報過剰である。
問題は「何を読むべきか分からない」ことである。
そのため今後の書店には、「本を集める能力」ではなく、「本を選ぶ能力」が求められる。
アルゴリズムにはできない仕事
ECサイトは過去の購入履歴から推薦を行う。
つまり延長線上の提案が得意である。
しかし人間の書店員は異分野を結び付けられる。
文学と哲学。
歴史と経済。
科学と芸術。
こうした予想外の接続を生み出せる。
これこそがリアル書店の最大の武器である。
求められるのは「本を売る店」からの脱却
現在の書店問題を考える上で最も重要な論点はここにある。
書店は本を売る場所であり続けるべきなのか。
答えは部分的には否である。
なぜなら「本を買う」だけならネットの方が圧倒的に便利だからである。
書店が売るべきものは何か
今後の書店が提供すべき価値は、
- 発見
- 体験
- 学び
- 交流
- 知的刺激
である。
本はその媒介に過ぎない。
つまり商品中心から体験中心への転換が必要になる。
書店は「知のプラットフォーム」へ
20世紀の書店は流通拠点だった。
21世紀後半の書店は知的コミュニティの拠点になる可能性がある。
イベント。
読書会。
著者講演。
地域交流。
ワークショップ。
こうした活動は電子書籍では代替できない。
書店は消えるのか、それとも進化するのか
書店数の減少自体は今後も続く可能性が高い。
人口減少とデジタル化は止められないからである。
しかし、それは書店文化の終焉を意味しない。
むしろ現在起きているのは、「大量流通時代の書店」の終わりであり、「知的体験を提供する場としての書店」の始まりとも解釈できる。
昭和型出版流通モデルは、人口増加と雑誌大量流通によって成立した歴史的システムだった。しかし、その前提条件は既に失われた。今後の書店は、本そのものを売る産業から、人と知識、人と人を結び付ける文化インフラへと進化できるかどうかが生存条件になるのである。
全体まとめ
日本全国の書店数が1万店を割り込んだという事実は、単なる業界ニュースではない。それは戦後日本が築き上げてきた出版流通システムの転換点を示す象徴的な出来事であり、日本社会における知識・情報・文化の流通構造そのものが大きな変化の局面を迎えていることを意味している。
2025年度末時点で全国の書店数は9,993店となり、日本出版インフラセンター(JPO)の統計開始以来、初めて1万店を下回った。最盛期である1998年度の24,237店と比較すると、約6割の書店が姿を消したことになる。この数字は単なる店舗数の減少ではなく、日本全国に張り巡らされていた出版流通網が大幅に縮小したことを示している。
かつて日本の出版業界は、世界的にも特異なほど強力な流通システムを持っていた。出版社が大量に本や雑誌を発行し、取次会社が全国へ配送し、書店が販売するという仕組みである。そこには再販売価格維持制度と委託販売制度が存在し、全国どこでも同じ価格で本が購入できる環境が整備されていた。このシステムは高度経済成長期と極めて相性が良く、人口増加と経済成長を背景に巨大な出版市場を形成した。
しかし、この「昭和型出版流通モデル」は、人口増加と大量消費社会を前提として成立していた。人口が増え続け、読者が増え続け、雑誌が大量に売れ続けることがシステム維持の前提条件だった。しかし、現在の日本は少子高齢化と人口減少社会に入り、その前提そのものが失われている。
特に大きな影響を与えたのが雑誌市場の崩壊である。かつて雑誌は書店経営の生命線だった。週刊誌、月刊誌、漫画雑誌、女性誌、情報誌などが定期的に来店客を呼び込み、その流れで単行本や文庫本が販売されていた。雑誌は利益商品であると同時に集客装置でもあったのである。
しかし、スマートフォンとインターネットの普及によって状況は一変した。ニュースはニュースアプリやSNSが担い、芸能情報は動画サイトやSNSが担い、趣味情報は専門サイトやコミュニティが担うようになった。その結果、雑誌が果たしていた役割は急速に縮小し、紙の雑誌市場は長期的な減少局面に入った。
2025年の紙の雑誌市場は3,708億円となり、前年から約10%減少した。一方で紙の書籍市場は5,939億円を維持している。この差は極めて重要である。現在の出版不況は「本が読まれなくなった」ことを意味しているのではなく、「雑誌によって支えられていた出版流通モデルが機能しなくなった」ことを意味しているのである。
また、出版市場全体が消滅しているわけでもない。2025年の出版市場規模は紙と電子を合わせて1兆5,462億円に達している。市場そのものは依然として巨大であり、人々が知識や物語を求めなくなったわけではない。ただし、その消費形態が大きく変化したのである。
その変化を象徴するのが電子出版市場の拡大である。電子出版市場は5,815億円に達し、紙市場との差は急速に縮小している。特に電子コミックは市場成長の中心となり、出版業界全体を支える存在になっている。つまり現在起きているのは出版文化の衰退ではなく、媒体の移行である。
さらに、ネット書店の普及も書店減少を加速させた。ネット書店は24時間利用可能であり、在庫検索も容易である。電子書籍であれば購入直後に読むこともできる。現代社会ではタイムパフォーマンスが重視される傾向が強く、目的の本を最短時間で入手したいという需要に対して、ネット書店や電子書籍は極めて高い利便性を提供している。
その一方で、リアル書店には依然として代替困難な価値が存在する。それがセレンディピティ、すなわち偶然の出会いである。インターネットは目的検索に優れているが、自分が知らない本との偶発的な出会いを生み出すことは得意ではない。書店では棚を歩きながら予期しなかった本と出会うことができる。この体験はアルゴリズムによる推薦とは本質的に異なる。
また、紙の書籍そのものにも根強い需要が存在する。紙の本は単なる情報媒体ではない。深く読むための道具であり、所有する文化財であり、記憶を定着させる媒体でもある。認知科学や教育学の研究では、紙媒体は長文読解や深い理解に適していると指摘されている。電子書籍が普及しても紙の本が消滅しない理由はここにある。
現在、多くの読者は電子と紙を使い分けている。一度読めば十分な作品は電子で購入し、長く手元に残したい本は紙で購入する。この傾向は今後さらに強まる可能性が高い。つまり紙の本は大量消費財から高付加価値商品へと変化しているのである。
こうした状況を受け、政府も対策に乗り出している。経済産業省は書店振興プロジェクトを立ち上げ、流通効率化や経営改善支援を進めている。また、無書店自治体の増加が地域文化や教育環境に与える影響についても議論が進められている。
しかし、書店の未来を考える際に重要なのは、単なる延命策ではない。求められているのは役割の再定義である。これからの書店は「本を売る店」という発想から脱却しなければならない。
今後のリアル書店復興には二つの軸が存在する。一つは地域文化インフラとしての機能強化である。書店は地域住民が集まり、学び、交流する文化拠点になり得る。読書会や講演会、子ども向けイベントなどを通じて地域コミュニティを形成する場として機能できる。
もう一つは知的キュレーション機能の強化である。現代社会の問題は情報不足ではなく情報過剰である。膨大な情報の中から何を読むべきか分からない人々に対して、書店は選書という価値を提供できる。特に独立系書店が展開する「文脈棚」は、単なる商品陳列ではなく知識の編集作業であり、アルゴリズムには代替できない役割を果たしている。
大型書店もまた進化を始めている。カフェ、イベントスペース、雑貨販売、ワークスペースなどを組み合わせ、本を中心とした体験空間を提供している。これは物販から体験価値への転換であり、ネット通販との差別化戦略でもある。
結局のところ、書店数の減少は今後も続く可能性が高い。人口減少とデジタル化の流れは不可逆的であり、かつてのような2万店規模の書店網が復活する可能性は低い。しかし、それは書店文化の終焉を意味するものではない。
むしろ現在起きているのは、「大量流通を前提とした昭和型書店」の終わりであり、「知的体験と文化的交流を提供する新しい書店」の誕生過程と見ることもできる。本を売ること自体が目的だった時代から、人と知識、人と人、人と文化を結び付けることが目的となる時代への移行である。
全国書店1万店割れという出来事は、日本の出版文化にとって危機であると同時に、新しい書店の役割を再定義する契機でもある。これからの書店が生き残るかどうかは、本を販売する場所としてではなく、知的価値を創造する場所として存在意義を示せるかどうかにかかっているのである。
