NATOの新戦略「勝利の理論」、侵攻者を撃退する「阻止、打撃、粉砕」、強化される欧州の防衛力
北大西洋条約機構の新たな「勝利の理論」と「阻止・打撃・粉砕」の構図は、侵攻を受けてから反撃するのではなく、相手に侵攻の成功を期待させない防衛体制を構築する考え方である。その実現には、前線の防衛力、精密攻撃能力、防空、情報収集、兵站、産業基盤を連動させなければならない。

現状(2026年11月時点)
2026年11月現在、欧州の安全保障環境は、冷戦終結後で最も厳しい局面の1つにある。2022年2月に始まったロシアによるウクライナ全面侵攻は長期化し、欧州諸国はロシアがウクライナだけでなく、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国に対しても軍事的圧力を強める可能性を警戒している。
特に懸念されているのは、大規模な通常戦力による侵攻だけではない。無人機の領空侵犯、重要インフラへの破壊工作、サイバー攻撃、通信網や海底ケーブルへの妨害、情報操作など、軍事行動と非軍事的手段を組み合わせた活動が増加していることである。
こうした行動は、必ずしも直ちに全面戦争を引き起こすものではない。しかし、相手国の社会や経済に継続的な損害を与え、政府の意思決定を混乱させ、NATO加盟国間の意見対立を誘発する効果がある。ロシアにとっては、加盟国の領土を大規模に占領することなく、同盟の結束と軍事的対応能力を弱める手段になり得る。
この状況を踏まえ、NATOは従来の抑止政策を、実際に侵攻が発生した場合に敵軍を撃退するための具体的な作戦構想へと発展させている。重要なのは、敵に侵攻を思いとどまらせるだけでなく、侵攻が始まった場合にも、敵が軍事目標を達成できないことを実力で示すという考え方である。
その転換を象徴するのが、2026年10月12日、ワルシャワ安全保障フォーラムで北大西洋条約機構欧州連合軍最高司令官のアレクサス・グリンケウィッチ米空軍大将が公表した新たな軍事構想「勝利の理論」である。同構想は、NATOが攻撃を受けた場合、侵攻を阻止し、敵の攻撃能力を弱体化させ、最終的には敵の軍事作戦を支える体系全体を破壊するという考え方を示したものだ。
グリンケウィッチ大将は、NATOが防衛同盟であることを強調しながらも、加盟国への攻撃には全面的に対抗する姿勢を明確にした。これは単なる政治的警告ではなく、加盟国の領土防衛に必要な兵力、装備、情報、補給、指揮統制を一体的に運用するという軍事的意思表示でもある。
ただし、「勝利の理論」は、特定の戦争について作戦計画や攻撃目標を詳細に定めたものではない。最高司令官がNATOの軍事力をどのように運用し、侵攻を失敗に終わらせるのかという基本的な考え方を示した戦略的な指針と理解する必要がある。
NATOの新戦略「勝利の理論」と「阻止・打撃・粉砕」の構図
「勝利の理論」の中心にあるのは、敵の侵攻を3段階で無力化する構想である。グリンケウィッチ大将が示した原則は、侵攻を阻止する、敵の攻撃を鈍化させる、そして敵の戦闘能力と作戦遂行体系を破壊するという3つの段階から構成される。
第1段階では、敵がNATO加盟国の領土を占領し、軍事的な足場を確保することを阻止する。第2段階では、侵攻が継続した場合、敵の進撃を止め、兵力や補給能力を削り、攻撃の勢いを失わせる。第3段階では、敵の部隊だけでなく、その部隊を動かす指揮機構、兵站、予備戦力、後方支援能力まで攻撃対象とし、継続的な戦闘を不可能にする。
この3段階は、単純に時間の経過に沿って順番に実施されるものではない。敵の攻撃規模や戦況によっては複数の段階が同時に進行し、航空、陸上、海上、宇宙、サイバーなどの各領域が連携して運用される。
ここで重要なのは、従来型の領土防衛と新構想の違いである。従来の防衛では、敵の侵攻を国境付近で食い止め、必要に応じて後退しながら防衛線を維持する考え方が重視される場合があった。
これに対して新構想は、敵に領土を占領させないことを重視し、侵攻部隊が作戦目的を達成する前に、その戦闘能力と継戦能力を奪うことを目指す。敵の前進を止めるだけではなく、敵が再攻撃を実施するための条件そのものを破壊するという発想である。
なお、3段階の原語上の意味は「阻止・鈍化・撃破」に近い。したがって、本稿で用いる「阻止・打撃・粉砕」は、軍事的な内容を日本語で理解しやすくするための整理であり、NATOが正式に採用した日本語の作戦名称ではない。
この構想の背景には、ウクライナ戦争で明らかになった現代戦の教訓がある。戦車や歩兵による前線の戦闘だけでなく、無人機による偵察、精密誘導兵器による攻撃、電子戦、通信妨害、補給路への攻撃が戦局を左右するようになった。
NATOは、こうした戦争の変化を踏まえ、敵の部隊を発見してから攻撃するまでの時間を短縮し、複数の軍事領域を連動させることで、敵の作戦行動を継続的に妨害する方向へ進んでいる。
阻止――侵攻部隊に領土を占領させない防衛
最初の段階である「阻止」は、敵の侵攻部隊がNATO加盟国の領土に進入し、占領地域を確保することを防ぐ取り組みである。防衛の成否を左右する最も重要な段階であり、敵に軍事的既成事実をつくらせないことが最大の目的となる。
ロシアがバルト3国やポーランドなどの東部加盟国に対して限定的な軍事侵攻を実施した場合、NATOが初動で十分な対応を取れなければ、短期間で重要拠点や交通路を占拠される危険がある。その後に反撃を開始しても、奪われた領土の奪還には大規模な兵力と時間が必要になり、戦闘の長期化や民間人の犠牲を招く可能性が高い。
このため、阻止段階では、東部加盟国に配備された地上部隊を中心に、航空戦力、防空部隊、情報収集能力、砲兵、無人機などを組み合わせ、侵攻部隊の進撃を初期段階から妨害する。敵の部隊を発見し、移動経路を把握し、進撃の要所で攻撃を加えることが基本となる。
特に重要なのが、敵の侵攻を早期に把握する情報収集能力である。人工衛星、無人偵察機、地上レーダー、電子情報収集装置などを組み合わせれば、敵部隊の集結や移動、補給活動を継続的に監視できる。
さらに、無人機や自動化された監視装置を活用すれば、従来よりも広い地域を少ない人員で監視できる。これにより、敵の奇襲や小規模な越境攻撃に対する発見能力を高め、対応部隊を迅速に投入できるようになる。
防空能力も不可欠である。侵攻の初期段階では、敵が航空機、巡航ミサイル、弾道ミサイル、無人機などを使用し、飛行場、通信施設、弾薬庫、指揮所を攻撃する可能性があるためだ。地上部隊が十分な戦闘能力を発揮するには、航空攻撃から部隊と重要施設を守る防空網が必要となる。
また、阻止は前線に配備された部隊だけで完結するものではない。道路、鉄道、橋梁、港湾、燃料施設などの輸送基盤を維持し、増援部隊を速やかに前線へ移動させる能力も求められる。
NATOの防衛構想では、加盟国の部隊がそれぞれ独立して行動するのではなく、共通の指揮体系と情報共有の仕組みを通じて連携することが重要となる。敵の侵攻を最初の段階で食い止めるためには、各国の部隊が迅速に展開し、国境を越えて作戦を実施できる体制が必要だからだ。
ただし、この段階には現実的な制約もある。東部加盟国の地理的条件、部隊の配置、弾薬備蓄、防空能力には国ごとの差があり、すべての地域で同じ水準の防衛態勢を構築することは容易ではない。
したがって、阻止の実効性は、単に前線部隊の兵力を増やすだけでは決まらない。敵の動きを正確に把握する情報能力、初動対応の速さ、継続的な補給、加盟国間の共同作戦能力をどこまで確保できるかが決定的な要素となる。
打撃――侵攻部隊の勢いを奪い、継続的な攻撃を不可能にする
「勝利の理論」の第2段階は、侵攻部隊の攻撃を鈍化させ、さらなる前進を阻止することである。本稿では、指定された構成に従って、この段階を「打撃」と呼ぶ。
第1段階の「阻止」が敵に領土を占領させないための初動防衛であるのに対し、第2段階では、侵攻を継続しようとする敵の部隊に対して、より広範囲かつ継続的な攻撃を加える。敵の進撃速度を低下させ、部隊間の連携を妨害し、攻撃を続けるために必要な戦闘能力を段階的に削っていくことが目的となる。
この段階で重要になるのは、敵の兵力を単純に減らすことではない。敵が保有する火力、機動力、情報収集能力、通信能力、補給能力を総合的に低下させ、組織的な攻撃を続けられない状態に追い込むことである。
例えば、ロシア軍が東欧のNATO加盟国に対して大規模な地上侵攻を開始した場合、前線の戦車や装甲車両だけを攻撃しても、敵の攻撃能力を完全に奪うことは難しい。後方から弾薬や燃料が補給され、予備部隊が投入され、指揮所から新たな命令が送られれば、損害を受けた部隊も再編成される可能性があるためだ。
そこで、NATOは敵の前線部隊と後方支援を一体的に捉え、複数の軍事領域から攻撃を加える必要がある。地上部隊による防衛に加え、航空戦力、無人機、電子戦、宇宙からの情報収集、長距離攻撃能力を連携させ、敵が攻撃態勢を立て直すことを困難にする。
特に重要なのが、無人機と人工知能を活用した情報収集・分析能力である。多数の無人機や各種センサーから得られる情報を統合すれば、敵部隊の移動、火砲の展開、補給活動などを継続的に把握できる。
人工知能を利用した情報分析は、膨大な情報の中から攻撃対象となる可能性の高い目標を抽出し、指揮官の判断を支援する役割を担う。これによって、敵を発見してから攻撃を実施するまでの時間を短縮し、敵が防御態勢を整える前に対応する能力を高められる。
ウクライナ戦争では、安価な無人機が高価な戦車や装甲車両に大きな損害を与え、偵察と攻撃を組み合わせた戦術が広く普及した。従来は高性能な航空機や大型兵器が担っていた任務の一部を、比較的安価な無人機が代替するようになったことは、現代戦の大きな変化である。
ただし、無人機の導入だけで戦闘能力が飛躍的に高まるわけではない。通信妨害による操縦不能、衛星測位への妨害、悪天候、電池の持続時間、電子戦への脆弱性など、実戦上の制約も多い。
このため、NATOが目指すべきなのは、無人機に過度に依存することではなく、有人航空機、地上レーダー、衛星情報、電子戦装備、砲兵、ミサイルなどを組み合わせた多層的な戦闘体系の構築である。特定の兵器が機能しなくなっても、別の手段で敵を発見し、攻撃を継続できる仕組みが必要となる。
また、打撃段階では、航空優勢の確保が重要な意味を持つ。敵の航空機や無人機による攻撃を抑え、NATO側の航空機が安全に活動できる環境を整えれば、地上部隊への支援や敵の移動経路への攻撃を効率的に実施できる。
航空優勢は、必ずしも敵の航空戦力を完全に排除することを意味しない。少なくとも作戦地域において、NATO側が必要な時間と場所で航空戦力を運用できる状態を確保することが現実的な目標となる。
さらに、電子戦による通信妨害や情報ネットワークへの攻撃も重要になる。現代の軍隊は、指揮所と前線部隊、偵察部隊と攻撃部隊、後方の補給拠点がデジタル通信網によって結ばれているため、その一部が機能しなくなるだけでも作戦全体に影響が及ぶ。
敵の通信能力を低下させれば、前線部隊への命令伝達が遅れ、部隊間の連携が崩れる可能性がある。攻撃対象の位置情報が正確に共有されなければ、火力の集中や補給の調整も難しくなる。
このように、打撃段階は、敵の前進を物理的に止めるだけでなく、敵軍の組織的な行動を妨害する段階でもある。敵が兵力を保有していても、それを効果的に運用できなければ、侵攻作戦を成功させることは難しくなる。
打撃段階の核心――戦場全体を一体化する統合作戦
打撃を実効性のあるものにするには、各国が保有する兵器や部隊を個別に運用するのではなく、戦場全体を1つの情報・作戦体系として機能させる必要がある。
例えば、偵察衛星が敵の部隊移動を把握し、無人機が前線の状況を確認する。その情報を指揮所が分析し、地上部隊や航空部隊に共有することで、敵の動きに応じた迅速な対応が可能になる。
この仕組みでは、情報の正確性と共有速度が戦闘力を左右する。各国の装備や通信方式が異なれば、情報を統合するための調整に時間がかかり、攻撃の機会を逃す可能性がある。
NATOにとって、加盟32カ国の軍事力を効果的に結びつけることは大きな課題である。兵器の規格、通信設備、情報保全の基準、指揮系統などを可能な限り共通化し、国境を越えて作戦を実施できる環境を整える必要がある。
また、敵の攻撃を受けた場合に備え、指揮所や通信施設を分散させることも重要だ。中央の指揮機能が破壊されても、現場の部隊が状況に応じて行動を継続できるよう、指揮権限の分散や代替通信手段を整備する必要がある。
一方、人工知能による目標選定や攻撃判断の自動化には、誤認や誤作動の危険が伴う。民間施設と軍事施設の識別、攻撃による民間人被害の予測、攻撃の必要性と均衡性の判断など、人間による適切な監督が欠かせない。
したがって、情報技術の高度化は、単純な自動攻撃能力の拡大として捉えるべきではない。情報の精度、判断の透明性、指揮官の責任、国際人道法の順守を組み込んだ形で運用することが必要となる。
粉砕――敵の軍事作戦を支える体系そのものを破壊する
第3段階の「粉砕」は、「勝利の理論」の中核をなす最終段階である。敵が侵攻を継続し、予備兵力を投入して攻撃を続けようとする場合、NATOは前線の侵攻部隊だけでなく、その部隊を支え、動かし、戦闘を継続させている軍事体系全体を無力化することを目指す。
ここでいう軍事体系とは、前線の兵士や戦車、砲兵だけを指すものではない。軍司令部、通信施設、情報収集網、弾薬庫、燃料貯蔵施設、輸送拠点、整備施設、予備部隊、補給路など、軍事作戦を成立させるための広範な機能を含む。
現代の軍隊は、前線の戦闘部隊だけで独立して戦うことはできない。燃料や弾薬が不足すれば戦車や火砲は十分に活動できず、通信網が寸断されれば指揮官は部隊の状況を把握できなくなる。整備施設が機能しなければ、損傷した兵器を修理して戦線に戻すことも難しくなる。
したがって、敵の戦闘能力を根本から奪うには、前線の兵力を減らすだけでは不十分である。敵が兵器を運用し、部隊を再編成し、補給を受け、再攻撃を実施するための条件を同時に崩す必要がある。
この段階で重視されるのが、長距離精密攻撃能力である。航空機、巡航ミサイル、各種誘導兵器などを組み合わせ、侵攻部隊の作戦を支える重要な軍事目標に対して攻撃を実施するという考え方だ。
特に、指揮統制機能への打撃は大きな意味を持つ。敵軍の司令部や通信施設が機能しなくなれば、前線部隊への命令伝達や複数部隊の連携が困難になる。各部隊が個別に戦闘を続けることはできても、軍全体として統一された作戦を遂行する能力は低下する。
兵站への攻撃も同様に重要である。大規模な地上戦では、膨大な量の燃料、弾薬、食料、交換部品が必要になる。これらを前線まで運ぶ鉄道、道路、橋梁、輸送車両、補給拠点が機能しなくなれば、侵攻部隊は時間の経過とともに戦闘能力を失っていく。
ウクライナ戦争でも、兵站の重要性は繰り返し確認された。ロシア軍は侵攻初期に広範囲で進撃したものの、補給路の確保や輸送能力に問題を抱え、前線部隊の燃料不足や弾薬不足が作戦遂行に影響した。
一方、ウクライナ側は長距離攻撃兵器や無人機などを活用し、ロシア軍の弾薬庫、燃料施設、輸送拠点などに損害を与えてきた。こうした攻撃は、前線で直接交戦することなく、敵の戦闘能力を後方から低下させる効果を持つ。
NATOの新構想も、こうした戦争の教訓を取り込んでいる。敵の前線部隊を撃退するだけではなく、敵が戦闘を継続するための軍事的基盤を攻撃することで、侵攻そのものを維持できない状態に追い込むという発想である。
ただし、粉砕は敵国全体の破壊や政権転覆を意味するものではない。重要なのは、NATO領土への侵攻を遂行している軍事体系を無力化し、敵に攻撃を継続する能力を失わせることだ。
この区別は、核保有国であるロシアとの軍事的対峙を考えるうえで極めて重要である。ロシア本土への攻撃が拡大し、軍事目標と民間施設の区別が曖昧になれば、紛争がNATOとロシアの全面戦争に発展する危険がある。
したがって、NATOには、侵攻を撃退するために必要な軍事力を行使しながら、戦争の目的を限定し、核兵器の使用を含む過度なエスカレーションを回避するという難しい判断が求められる。
後方支援と指揮機能を狙う戦略の意味
粉砕段階で特に注目されるのは、戦場の範囲が前線だけに限定されないことである。敵の軍事力を支える後方の機能も作戦対象として考えられるため、従来の国境防衛という概念を超えた広域的な戦闘が想定される。
例えば、敵の侵攻部隊が国境を越えて進撃している場合、その部隊に弾薬を供給する輸送拠点や燃料施設、指揮命令を伝達する通信網が後方に存在する。これらが機能し続ける限り、敵は損害を受けても攻撃を再開する可能性がある。
そのため、敵の戦闘部隊と後方支援機能を切り離し、軍事作戦全体の連動性を失わせることが重要となる。これは、敵の兵力を物理的に全滅させるよりも、作戦遂行能力を体系的に奪うことを重視する考え方である。
また、サイバー攻撃や電子戦は、後方支援機能を妨害する手段として重要性を増している。輸送管理システム、軍事通信網、補給管理設備などが攻撃を受ければ、物理的な施設が破壊されなくても軍事活動に深刻な支障が生じる可能性がある。
ただし、サイバー攻撃の効果は必ずしも持続的ではない。システムの復旧や代替通信への切り替えによって影響が限定される場合もあり、物理的な攻撃や電子戦と組み合わせた運用が必要になる。
さらに、宇宙空間の利用も不可欠である。人工衛星は通信、測位、気象情報、偵察などを支えており、現代の軍事作戦の基盤になっている。敵の衛星利用を妨害する能力だけでなく、自国の衛星や関連地上施設を防護する能力も重要となる。
NATOにとって、これらの能力を一体的に運用することは、加盟国の軍事技術や情報共有の水準を引き上げることを意味する。単独の兵器の性能だけでなく、情報収集から判断、攻撃、戦果確認までを結びつける能力が、最終的な戦闘力を左右する。
「阻止・打撃・粉砕」を一体化する意味
3段階の構想は、個別に切り離して理解するよりも、相互に連動する1つの防衛体系として捉える必要がある。
「阻止」は敵に占領地域を確保させないための初動対応、「打撃」は敵の進撃と攻撃能力を継続的に弱める対応、「粉砕」は侵攻を支える軍事体系そのものを無力化する対応である。いずれか1つが不十分になれば、ほかの段階にも負担が波及する。
例えば、阻止に失敗して敵が領土を占領すれば、奪還作戦にはより多くの兵力と時間が必要になる。打撃が不十分で敵の補給や予備兵力が維持されれば、侵攻部隊は再攻撃を繰り返すことができる。
逆に、粉砕段階で敵の軍事体系を無力化できても、初動で大きな領土を失い、加盟国の政治的結束が崩れていれば、NATOが戦略的に勝利したとは言い難い。したがって、3段階すべてを実行できる兵力、装備、指揮能力、政治的意思が必要になる。
この構想が示しているのは、NATOが単に侵攻を受け止める防衛態勢から、侵攻部隊の作戦目的を達成させず、敵の継戦能力を奪う積極的な防衛態勢へと移行しようとしていることである。
新戦略が抱える軍事的な制約と実現可能性
もっとも、「阻止・打撃・粉砕」は、理論として合理的であっても、実際の戦争で完全に実行できるとは限らない。最大の問題は、NATOが想定する高度な統合作戦を、加盟32カ国の異なる軍事組織、装備、指揮系統の下で実現しなければならないことだ。
特に、長距離攻撃兵器や防空システム、無人機、人工知能を活用した情報処理能力には、各国の保有量や技術水準に差がある。高性能な装備を保有していても、弾薬の備蓄が不足していたり、整備部品が確保できなかったりすれば、長期戦で十分な能力を維持できない。
また、敵の軍事体系を攻撃する場合、軍事的な必要性と政治的な判断が衝突する可能性もある。ロシア本土の軍事施設や輸送拠点への攻撃が必要と判断されたとしても、加盟国のすべてが同じ規模の攻撃を支持するとは限らない。
核兵器を保有するロシアとの戦争では、通常兵器による攻撃であっても、相手側が国家存亡に関わる脅威と受け止める可能性がある。通常戦力による反撃をどこまで拡大するのか、核抑止をどのように維持するのかという問題は、軍事技術だけでは解決できない。
さらに、敵の軍事体系を破壊するには、継続的な情報収集と正確な目標識別が必要になる。攻撃対象の誤認や民間施設への被害が発生すれば、軍事的な成果とは別に、国際的な批判や政治的な対立を招くことになる。
したがって、「勝利の理論」の実効性は、攻撃能力の規模だけでなく、軍事的な判断と政治的な統制をどこまで両立できるかによって決まる。
欧州防衛の転換点となる「勝利の理論」
今回の構想は、NATOの軍事的な考え方における重要な転換を示している。冷戦後の欧州では、大規模な国家間戦争が再び発生する可能性は低いと考えられ、多くの国が軍事力の縮小や海外での限定的な作戦に重点を置いてきた。
しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は、その前提を大きく変えた。欧州諸国は、領土を防衛するための大規模な通常戦力、弾薬備蓄、輸送能力、防空能力を再構築しなければならなくなった。
「勝利の理論」は、こうした変化を軍事作戦の考え方として整理したものだ。侵攻を受けた後に反撃するだけではなく、侵攻の初期段階から敵の作戦目的を達成不能にし、軍事的な損失を与えることで、攻撃を選択すること自体が不合理になる状況をつくろうとしている。
ただし、構想が公表されたことと、それを実際に遂行できる能力が整ったことは別問題である。NATOがこの戦略を実効性のあるものにするには、加盟国の防衛費増額、前線部隊の増強、防衛産業の生産能力拡大、兵站網の整備、共同作戦能力の向上を同時に進めなければならない。
次に問われるのは、こうした軍事構想を支える欧州の防衛力が、実際にどこまで強化されているかという問題である。
強化される欧州の防衛力(現状と変化)
NATOの「勝利の理論」を実際に機能させるためには、欧州諸国が十分な軍事力を保有し、長期間にわたって戦闘を継続できる態勢を整える必要がある。どれほど優れた作戦構想を策定しても、兵員、兵器、弾薬、燃料、輸送手段が不足していれば、侵攻部隊を撃退することはできない。
欧州の防衛政策は、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻を境に大きく変化した。それまで多くの欧州諸国は、冷戦終結後の安全保障環境を前提に軍事費を抑制し、国際平和活動や限定的な海外派遣に対応できる軍隊の整備を重視していた。
しかし、ウクライナ戦争は、大規模な通常戦争が欧州で再び発生する現実を突きつけた。大量の砲弾、戦車、装甲車両、防空ミサイル、無人機を消費する高強度の戦闘に対応するには、平時の軍隊の規模や装備では不十分であることが明らかになった。
このため、欧州各国は軍事費を増額し、陸上戦力の再建、防空能力の拡充、弾薬備蓄の回復、軍事輸送網の整備を進めている。特に、ロシアと地理的に近い東欧や北欧の国々では、国境防衛と即応態勢の強化が安全保障政策の最優先課題になっている。
2026年7月に公表された欧州防衛庁の統計によると、欧州連合加盟27カ国の2025年の防衛支出は4,180億ユーロに達し、2024年から約20%増加した。2026年には4,540億ユーロに達する見通しで、2021年と比較すると75.3%の増加となる。
防衛支出の増加は、単に軍事予算が膨らんでいるという意味ではない。各国が兵器の調達、軍事施設の整備、研究開発、弾薬生産などに資金を投入し、長年縮小してきた軍事的な基盤を再構築しようとしていることを示している。
また、2026年には欧州連合加盟国の国内総生産に占める防衛支出の割合が2.4%に達する見通しとなった。欧州の軍事力は、米国の戦力に依存する構造を残しながらも、自らの領土を防衛するための能力を拡大する方向へ進んでいる。
ただし、欧州連合の統計とNATO全体の統計は区別する必要がある。欧州には欧州連合に加盟していない英国やノルウェーなどのNATO加盟国も存在し、両者の集計範囲や防衛支出の定義も異なるためだ。
それでも、欧州全体で防衛力の強化が進んでいることは明確である。今後の焦点は、増額された予算をどの程度、実際に使用可能な兵力や装備に転換できるかという点にある。
防衛費の大幅な増額――国内総生産比5%への歴史的転換
欧州の防衛政策を大きく変えたのが、2025年6月のNATOハーグ首脳会議で合意された新たな防衛投資目標である。加盟国は2035年までに国内総生産比5%を防衛および安全保障関連投資に充てる方針を確認した。
この5%は、すべてが従来型の軍事費というわけではない。内訳は、軍隊の装備、兵員、弾薬、作戦能力などに充てる中核的な防衛支出が3.5%、重要インフラの保護、通信網の強靱化、民間防衛、産業基盤などに充てる関連投資が最大1.5%である。
従来のNATOでは、2014年のウェールズ首脳会議以降、国内総生産比2%が防衛支出の目標として重視されてきた。今回の5%目標は、その水準を大幅に引き上げるものであり、欧州と北米の加盟国が安全保障上の負担を分担するという政治的な意味も持っている。
この決定の背景には、米国の負担が大きいNATOの軍事構造を見直す必要性がある。米国は核抑止、戦略輸送、情報収集、ミサイル防衛、長距離攻撃能力などで圧倒的な役割を担ってきたが、欧州諸国が自らの防衛に十分な資金を投入しなければ、米国への依存は解消されない。
2026年7月のNATOの発表によれば、欧州加盟国とカナダの防衛支出は2025年に実質ベースで前年比約20%増加した。また、2026年には中核的防衛支出3.5%の目標に到達する見込みの加盟国が5カ国、関連投資1.5%の目標に到達する見込みの加盟国が17カ国と予測されている。
この数字は、2035年の目標達成に向けて各国の取り組みが進んでいることを示す。一方、すべての加盟国が同じ速度で防衛力を拡充しているわけではなく、財政状況や国内政治によって投資能力には大きな差がある。
防衛費の増額で特に重要なのは、予算の使い道である。人件費や年金などの経常的支出が増加するだけでは、実際の戦闘能力は必ずしも向上しない。
必要なのは、弾薬、長距離攻撃兵器、防空システム、戦車、装甲車両、無人機、通信設備などの調達を増やし、兵器の維持整備や部品供給を含めた継戦能力を確保することである。さらに、兵員の訓練、予備役制度、軍事輸送、燃料備蓄などにも継続的な投資が必要となる。
特に、弾薬の備蓄は重大な問題である。ウクライナ戦争では、砲弾や防空ミサイルの消費量が平時の想定を大きく上回り、欧米諸国の生産能力と在庫の不足が明らかになった。
NATOが「阻止・打撃・粉砕」を実行するには、開戦直後の初動対応だけでなく、数週間、数カ月にわたって戦闘を継続できる弾薬と補給体制が欠かせない。防衛費の増額は、そのための軍事的な基盤を取り戻す取り組みでもある。
前線防衛(フォワード・ディフェンス)の常態化――東部戦線の防衛態勢を強化
欧州の防衛力強化でもう1つ重要なのが、NATO東部地域における前方防衛の強化である。前方防衛とは、敵の侵攻を自国領土の奥深くで受け止めるのではなく、脅威が接近する地域にあらかじめ部隊を配置し、侵攻の初期段階から対応する防衛方式を指す。
この考え方は、冷戦時代の欧州防衛にも存在したが、冷戦終結後は大規模な地上戦の可能性が低下したことで、欧州各国は海外派遣や危機管理型の軍事活動を重視するようになった。しかし、ロシアによるクリミア併合とウクライナ侵攻を受け、NATOは東部加盟国の防衛を再び最優先課題に位置づけた。
現在、NATOはバルト海沿岸から黒海に至る東部地域に、多国籍の地上部隊を配置している。2026年9月時点では、ブルガリア、エストニア、フィンランド、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキアの9カ国に前方陸上部隊が設置されている。
これらの部隊は、複数の加盟国から派遣された兵員で構成される。特定の加盟国が攻撃を受けた場合、他国の部隊もその防衛に参加する仕組みであり、侵攻に対してNATO全体が対応する意思を示す役割を担っている。
この配置には、軍事的な効果だけでなく、政治的な意味もある。例えば、ロシアがバルト3国のいずれかに侵攻した場合、現地には侵攻を受ける国の軍隊だけでなく、英国、カナダ、ドイツなどを含む他の加盟国の部隊も存在する。
つまり、侵攻によって他国の兵士が犠牲になる可能性が生じるため、攻撃国はNATO全体との軍事衝突を想定せざるを得なくなる。これは、同盟国の軍事的な結束を前線に具体化する仕組みであり、抑止力を高める効果がある。
さらに、NATOは前方陸上部隊の規模を拡大し、必要に応じて大隊規模から旅団規模へと強化する方針を進めている。2022年のマドリード首脳会議では、東部地域の部隊増強と即応態勢の強化が合意され、その後、地域別の防衛計画も整備された。
ドイツはリトアニアにおける多国籍部隊の中核を担い、2025年5月にはドイツ主導の旅団を正式に発足させた。同旅団は2027年までに最大5,000人規模へ拡大する計画である。カナダもラトビアで主導する旅団の常時展開能力を強化しており、2026年までに最大2,200人のカナダ兵を配置する計画を進めている。
また、2026年6月にはフィンランドにもNATOの前方陸上部隊が設置され、スウェーデンが主導国を務めることになった。フィンランドの加盟によってNATOとロシアの国境は大幅に長くなり、北欧地域の防衛的重要性も高まっている。
この変化は、欧州の防衛構造にとって大きな意味を持つ。バルト海周辺では、エストニア、ラトビア、リトアニア、フィンランド、スウェーデン、ポーランドなどが連携することで、陸上だけでなく海上・航空・情報分野を含む広域的な防衛態勢を構築できるようになった。
一方、前方防衛には部隊を配置するだけでは解決できない問題もある。東部地域で侵攻を食い止めるには、現地の部隊が十分な弾薬、燃料、防空能力を保有し、必要に応じて西欧や北米から迅速に増援を受けられる体制が必要となる。
このため、NATOは装備や弾薬の事前集積、軍事輸送網の整備、指揮統制機能の強化、地域別の防衛計画を進めている。増援部隊が到着するまでの時間を短縮し、現地部隊と連携して戦闘を継続できるかが、前方防衛の実効性を左右する。
さらに、前線地域の民間インフラも防衛態勢の一部となる。鉄道、道路、港湾、橋梁、通信網、電力施設などが攻撃を受ければ、軍事作戦だけでなく住民生活にも深刻な影響が生じるためだ。
前方防衛の常態化は、欧州の東部地域を単なる国境地帯から、NATO全体の防衛を支える軍事的な基盤へと変える動きである。ただし、部隊の常駐や大規模演習がロシアとの緊張を高める可能性もあり、抑止力の強化と不必要な軍事的エスカレーションの回避を両立させる必要がある。
防衛産業の再構築――兵器を保有するだけでなく、継続的に生産できる体制へ
欧州の防衛力強化を支えるもう1つの柱が、防衛産業の再構築である。軍事力は、平時に保有している兵器の数だけで決まるものではなく、戦闘で消費した弾薬や損傷した装備を、どれだけ速やかに補充できるかによっても左右される。
冷戦終結後、欧州の多くの国では軍事費が削減され、防衛産業の生産設備も縮小された。各国は大規模な戦争に備えて大量の兵器を生産する必要性が低いと判断し、少量生産や海外調達を中心とする体制へ移行していた。
しかし、ウクライナ戦争は、その産業構造の脆弱性を明らかにした。砲弾やミサイルの消費量が急増したにもかかわらず、欧州の生産設備は短期間で需要を満たせる状態になかった。
特に155ミリ砲弾の不足は深刻だった。ウクライナ軍が大量の砲弾を必要とする一方、欧州の生産能力は長年の縮小によって低水準にとどまり、各国の備蓄を取り崩して支援する状況が続いた。
この問題に対応するため、欧州連合は2023年以降、弾薬生産能力の拡大に向けた政策を進めてきた。2024年3月には、弾薬生産を支援するための資金として5億ユーロを割り当て、関連する事業を通じて欧州の年間砲弾生産能力を2025年末までに200万発へ引き上げる目標を掲げた。
その後、国際戦略研究所の分析では、NATO欧州諸国の155ミリ砲弾の年間生産能力は、2020年の30万〜40万発から2025年には160万〜180万発程度に拡大したと推計されている。2030年には350万発を超える可能性も示されており、生産能力の拡大は着実に進んでいる。
ただし、生産能力と実際の生産量は同じではない。工場の設備が整っていても、火薬や爆薬、金属材料、部品、人員が不足すれば、計画どおりに製造することはできない。
また、防衛産業は長期契約を前提とするため、企業が大規模な設備投資を実施するには、政府による継続的な発注の見通しが必要となる。各国が短期間だけ発注を増やし、その後に調達を縮小すれば、企業は投資を回収できず、生産設備の維持も難しくなる。
このため、欧州では政府間の共同調達や複数年契約を拡大し、企業が長期的な生産計画を立てられる環境を整えることが課題になっている。
防衛産業の再構築は、単に砲弾を大量生産することにとどまらない。戦車、装甲車両、防空システム、ミサイル、無人機、人工知能を利用した情報処理設備、軍事衛星など、現代戦に必要な幅広い分野で生産能力を高める必要がある。
また、欧州各国が異なる規格の兵器を大量に調達すれば、整備部品や弾薬の種類が増え、共同作戦の効率が低下する可能性がある。調達の共通化と規格の標準化を進めることも、産業基盤の再構築における重要な課題である。
防衛産業の課題――米国依存からの脱却と欧州独自の生産基盤
欧州の防衛産業再構築には、米国への装備依存を減らすという戦略的な目的もある。欧州諸国は米国製の戦闘機、ミサイル防衛システム、輸送機、精密誘導兵器などを大量に導入してきたが、米国の輸出政策や生産能力、政治的判断に左右される構造は、欧州の防衛上の弱点となっている。
特に、情報収集、衛星通信、戦略輸送、空中給油、長距離攻撃などの分野では、米国の能力に依存する部分が大きい。欧州が自らの防衛を主体的に担うためには、兵器の製造だけでなく、情報、通信、指揮統制、補給などを含めた独自の能力を確保する必要がある。
ただし、米国製装備をすべて欧州製に置き換えることは現実的ではない。開発費用や技術的な制約に加え、兵器の性能や実戦での運用実績にも差があるためだ。
したがって、欧州の目標は米国との軍事協力を断ち切ることではなく、米国の支援が限定された場合でも、自らの領土を防衛できる能力を確保することにある。米国との相互運用性を維持しながら、欧州独自の生産能力と技術基盤を拡充することが重要となる。
一方、欧州の防衛産業は国ごとに分断されており、企業間の競争や各国の調達方針の違いが効率的な生産を妨げている。各国が独自の兵器開発を優先すれば、開発費用が膨らみ、生産規模も小さくなる。
欧州が防衛産業を本格的に再構築するには、共同開発、共同調達、部品の共通化、生産設備への共同投資を進める必要がある。さらに、火薬や爆薬などの原材料から最終製品まで、供給網全体を欧州域内で安定的に確保することも重要だ。
国際戦略研究所の2026年の分析でも、欧州の防衛生産は大きく拡大している一方、契約締結までの時間、資金調達、供給網の制約、熟練労働者の不足などが生産拡大を妨げていると指摘されている。つまり、欧州は防衛産業の再建に着手したものの、長期的な需要と安定した生産体制を確立する段階には課題を残している。
欧州の防衛力強化は「勝利の理論」を実現できるのか
ここまで見てきたように、欧州では防衛費の増額、東部地域への部隊配置、防衛産業の再構築という3つの動きが同時に進んでいる。これらは、それぞれ独立した政策ではなく、「阻止・打撃・粉砕」を実行するための軍事的基盤を形成する取り組みである。
前方防衛によって侵攻への初動対応を強化し、防衛費の増額によって必要な兵器と人員を確保する。そして、防衛産業の生産能力を拡大することで、戦闘が長期化しても弾薬や装備を補充できる体制を整える。
この3つが連動すれば、NATOはロシアの侵攻に対して、従来よりも迅速かつ持続的に対応できるようになる。特に、東部加盟国の防衛力が強化されれば、ロシアが短期間で軍事的既成事実をつくることは難しくなる。
しかし、欧州の防衛力が強化されていることと、NATOが米国の支援なしに大規模な戦争を遂行できることは同義ではない。戦略輸送、情報収集、ミサイル防衛、核抑止など、米国が担ってきた機能には依然として大きな格差がある。
さらに、各国の防衛費増額が実際の兵力や装備の増強につながるまでには時間がかかる。新しい工場の建設、兵員の採用と訓練、装備の調達、弾薬の備蓄には数年単位の取り組みが必要になる。
したがって、2026年時点の欧州は、防衛力再建の過程にあり、完成した軍事体制を確立した段階ではない。今後の成否は、各国が防衛費の増額を一時的な政治的対応に終わらせず、継続的な軍事力の整備につなげられるかにかかっている。
直面する主要な「課題」
NATOは「勝利の理論」を掲げ、欧州の防衛力を大幅に強化しようとしている。しかし、防衛費の増額や軍事装備の拡充が進んだからといって、直ちにロシアの侵攻を確実に撃退できるわけではない。
欧州の防衛力強化には、財政、産業、政治、軍事運用という複数の分野にまたがる構造的な問題が存在する。特に重要なのは、防衛費の増額を長期間維持できるのか、米国への依存をどこまで減らせるのか、そして加盟国が危機に際して一致した行動を取れるのかという3点である。
これらの問題は相互に関連している。例えば、防衛費を増額しても、各国が異なる兵器を個別に調達すれば、欧州全体としての軍事的な効率は高まらない。また、米国の軍事支援が不確実になれば、欧州諸国は独自の防衛能力を拡充する必要があるが、そのためにはさらに大きな財政負担が発生する。
さらに、ロシアとの軍事的緊張が高まるほど、加盟国の間で脅威認識や対応方針の違いが表面化する可能性もある。東欧諸国が迅速な軍事対応を求める一方、西欧諸国が経済的影響や外交的な解決を重視すれば、同盟としての意思決定が遅れる危険がある。
したがって、「勝利の理論」の成否を判断するには、軍事力の規模だけでなく、それを支える欧州の政治的・経済的な持続可能性を検証する必要がある。
財政健全性と他の政策とのトレードオフ
最初の大きな課題は、防衛費の増額と財政健全性の両立である。NATOが2035年までに国内総生産比5%の防衛・安全保障関連投資を目指す方針を打ち出したことで、加盟国には長期にわたる大規模な財政負担が求められるようになった。
従来の国内総生産比2%という目標と比較しても、5%は極めて高い水準である。特に、社会保障費、医療費、年金、教育費、公共インフラ整備などに多額の支出を必要とする国にとって、防衛費の急増は国家予算全体の配分を見直すことにつながる。
欧州諸国の多くは、高齢化に伴う年金・医療費の増加、低成長、政府債務の拡大という問題を抱えている。防衛費を増やすために増税を実施すれば、企業や家計の負担が増加し、消費や投資を抑制する可能性がある。
一方、国債の発行によって防衛費を賄えば、政府債務がさらに膨らみ、将来的な利払い負担が増加する。金利が高い状態で債務が増えれば、財政政策の自由度が低下し、景気後退時に必要な経済対策を実施する余地も小さくなる。
また、防衛費の増額によって社会保障や教育、医療、住宅政策などの予算が圧迫されれば、国民の不満が高まる可能性がある。安全保障の強化が必要であるという認識が広がっていても、日常生活に直接影響する政策が削減されれば、政府への支持が低下しかねない。
この問題は、特に財政余力の小さい国で深刻となる。ドイツやフランスなどの主要国であっても、財政規律と防衛投資の両立は容易ではなく、南欧諸国や東欧の一部では、経済規模や税収の制約がさらに大きい。
加えて、防衛支出の増加がそのまま軍事力の向上につながるわけではない。兵器の調達価格が上昇したり、納入までに長い時間を要したりすれば、予算を増やしても実際に使用できる装備の増加は限定される。
例えば、防空システムを購入するには、発射装置や迎撃ミサイルだけでなく、レーダー、通信設備、整備施設、訓練設備なども必要になる。調達後も維持費や交換部品、要員の人件費が継続的に発生するため、購入時の価格だけで防衛負担を評価することはできない。
さらに、防衛産業の生産能力を拡大するための投資は、成果が表れるまでに時間がかかる。工場建設や設備導入、人材育成、原材料の調達には数年単位の期間が必要であり、短期的な軍事的脅威と長期的な財政計画を同時に考慮しなければならない。
重要なのは、防衛費を増額するか否かという単純な二者択一ではない。限られた財源をどの分野に配分すれば、最も高い防衛効果を得られるのかという政策判断である。
欧州諸国には、重複する兵器開発や非効率な調達を減らし、共同調達によって費用を抑える取り組みが求められる。また、軍事的な即応性に直結する弾薬、防空、輸送、通信などに優先的に投資し、予算の増加を実際の作戦能力に転換する必要がある。
防衛力の強化は長期的な国家戦略である以上、短期的な政治判断によって予算が大きく変動する状況は避けなければならない。財政的な持続可能性を確保できなければ、欧州の防衛力再建は途中で停滞する可能性がある。
米国の政権動向への過度な依存――戦略的自律性のジレンマ
欧州の防衛力強化における最大の構造的問題の1つが、米国への軍事的依存である。NATOは欧州と北米が参加する集団防衛機構だが、その軍事的な中核を長年にわたって支えてきたのは米国の圧倒的な軍事力である。
米国は、兵員や戦闘機、艦艇、ミサイルなどの通常戦力だけでなく、人工衛星による情報収集、戦略輸送、空中給油、統合防空・ミサイル防衛、指揮統制、核抑止などの分野でも重要な役割を担っている。これらは、個々の兵器のように目立つ存在ではないが、大規模な軍事作戦を成立させるために不可欠な能力である。
特に問題となるのが、情報収集・監視・偵察能力である。現代戦では、敵部隊の位置や移動、兵器の配置、ミサイル発射の兆候などを継続的に把握する必要があり、人工衛星や高性能偵察機、情報分析システムが重要な役割を果たす。
欧州諸国も独自の衛星や偵察機を保有しているが、広域的な情報収集と分析を一体的に実施する能力では、米国に大きく依存している。NATOが敵の侵攻を早期に察知し、迅速な反撃を実施するためには、この情報面の依存を減らすことが重要となる。
戦略輸送能力にも同様の問題がある。大規模な地上戦では、数万人規模の兵員と大量の戦車、装甲車両、弾薬、燃料を短期間で前線へ輸送しなければならない。
欧州には輸送機や輸送船、鉄道網が存在するものの、大規模な増援部隊を迅速に展開し、長期間にわたって維持する能力には不足がある。空中給油能力や大型輸送機の不足も、広域的な航空作戦を実施する際の制約となる。
さらに、ミサイル防衛や核抑止における米国の役割は、簡単に代替できるものではない。NATOの核抑止は米国の核戦力を中心に構成されており、欧州には英国とフランスの独自核戦力があるものの、両国の核戦力だけで米国の役割を全面的に置き換えることは困難である。
このため、米国の政権が欧州防衛への関与を縮小する姿勢を示したり、インド太平洋地域や米国本土の防衛を優先したりすれば、欧州の安全保障環境は大きく変化する可能性がある。米国の軍事的な支援が遅れる、あるいは政治的な条件が付くという事態だけでも、欧州の防衛計画には重大な影響が及ぶ。
こうした問題は、米国の特定の政権に限ったものではない。米国の安全保障政策は大統領選挙や議会の勢力関係、財政事情、国際情勢によって変化するため、欧州が長期的な防衛計画を米国の政治動向だけに依存させることには構造的な危険がある。
米国が欧州への軍事支援を継続する場合でも、アジアや中東など別の地域で軍事的危機が発生すれば、兵力や弾薬、情報収集能力がそちらに振り向けられる可能性がある。欧州にとっては、米国が支援を拒否する場合だけでなく、米国自身の軍事的な余力が不足する場合も想定しなければならない。
国際戦略研究所の2025年の研究では、米国がNATOから撤退した場合、欧州が米国の主要な軍事的貢献を代替するためには、約1兆ドル規模の費用が必要になると試算された。この数字は、単純な兵器購入費だけでなく、米国が担ってきた軍事的な機能を欧州側で再構築するための負担の大きさを示している。
また、2026年の欧州議会調査局の分析では、米国の重要な軍事能力を代替するには、少なくとも5〜10年にわたる継続的な投資と政治的な調整が必要とされている。つまり、欧州が防衛費を急増させても、米国への依存を短期間で解消することはできない。
ここに「戦略的自律性」のジレンマがある。欧州が米国への依存を減らそうとすれば、独自の軍事力と防衛産業を拡充するための巨額の投資が必要になるが、そのためには米国との軍事協力を維持し、米国製装備や技術も利用し続けなければならない。
一方、米国との協力を優先して装備調達を続ければ、欧州独自の防衛産業が十分に成長せず、長期的な依存が固定化される可能性がある。欧州は米国との同盟関係を維持しながら、米国の支援が限定された場合にも作戦を継続できる能力を確保するという、難しい政策選択を迫られている。
この問題に対する現実的な解決策は、米国を排除することではなく、NATOの中で欧州が担う軍事的役割を拡大することである。欧州独自の指揮能力、情報収集能力、兵站、防空、長距離攻撃、核抑止を段階的に強化し、米国と対等に近い立場で共同防衛を担える体制を目指す必要がある。
加盟国間の足並みの乱れと合意形成の難しさ
欧州の防衛力強化を妨げるもう1つの問題が、加盟国間の脅威認識と政策方針の違いである。NATOは32カ国から構成される同盟であり、各国は地理的条件、歴史的経験、経済状況、国内政治によって異なる安全保障上の優先順位を持っている。
ロシアと国境を接するポーランド、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニアなどの国々にとって、ロシアの軍事的脅威は直接的かつ切迫した問題である。これらの国々は、前線部隊の増強、防空能力の拡充、軍事費の増額、ウクライナへの軍事支援を強く求めている。
これに対し、ロシアから地理的に離れた南欧諸国などでは、地中海地域の不安定化、北アフリカからの移民問題、中東情勢、テロ対策などが重要な政策課題となる。東欧諸国と同じ規模でロシアへの軍事的対応を最優先することには、国内の政治的・経済的な制約がある。
この違いは、防衛費の負担にも表れる。ロシアの脅威を強く感じる国ほど防衛費を増額する政治的な理由が明確である一方、脅威認識が異なる国では、社会保障や経済政策を優先する意見が根強い。
ウクライナ支援をめぐっても、加盟国間の温度差が存在する。軍事支援の継続を強く支持する国がある一方、支援の規模や期間、ロシアとの外交関係、経済的な負担について慎重な姿勢を示す国もある。
また、ハンガリーやスロバキアなどでは、対ロシア政策やウクライナ支援をめぐって、他の加盟国と異なる政治的立場が示されることがある。こうした相違は、NATO全体の軍事的な結束を維持するうえで無視できない要素である。
さらに、トルコは黒海や中東における独自の安全保障上の利益を持ち、他の欧州諸国とは異なる外交・軍事政策を展開することがある。NATOの加盟国であっても、すべての国が同じ地域的利益や外交方針を共有しているわけではない。
こうした問題を難しくしているのが、NATOの意思決定方式である。NATOの重要な決定は、加盟国の投票による多数決ではなく、全加盟国の合意に基づくコンセンサス方式で行われる。
この方式は、各国の主権を尊重し、同盟の決定に正当性を与えるという利点がある。しかし、加盟国の意見が大きく分かれた場合、合意形成に時間がかかり、迅速な対応が難しくなる可能性もある。
特に、ロシアが限定的な軍事行動やハイブリッド攻撃を実施した場合、どの時点で集団防衛条項を適用するのか、どの程度の軍事的対応を取るのかについて、加盟国間で判断が分かれる危険がある。
例えば、国境付近での破壊工作、サイバー攻撃、無人機による領空侵犯などは、通常の軍事侵攻と異なり、攻撃主体や国家の関与を即座に特定できない場合がある。被害を受けた国が強硬な対応を求めても、他の加盟国が証拠の不足やエスカレーションの危険を理由に慎重な姿勢を示す可能性がある。
このような状況では、敵対国が加盟国間の意見の違いを利用し、NATOの対応を遅らせようとすることも考えられる。軍事的な攻撃そのものよりも、同盟の意思決定を混乱させることを目的とした行動が、欧州の安全保障に対する重大な脅威となり得る。
したがって、NATOに求められるのは、単に加盟国間の合意を維持することではない。危機が発生する前に、対応の基準、情報共有の方法、各国の役割分担、増援の手順を明確にし、政治的な協議と軍事的な即応性を両立させることである。
加盟国間の対立が「勝利の理論」に与える影響
「勝利の理論」は、NATO全体が統一された軍事作戦を実施することを前提としている。しかし、加盟国の脅威認識や政治的立場が異なれば、作戦の実行段階で問題が生じる可能性がある。
例えば、東部加盟国がロシア軍の侵攻に対して迅速な反撃を求めても、他の加盟国が戦争拡大を懸念して慎重な対応を求めれば、政治的な意思決定と軍事的な行動の間にずれが生じる。これは、初動の速さが重要となる「阻止」段階において、特に深刻な問題となる。
また、長期戦になれば、加盟国の間で負担の公平性をめぐる対立も発生し得る。前線に近い国が多額の防衛費を投入する一方、地理的に離れた国が十分な負担をしなければ、同盟内部の不満が高まる可能性がある。
この問題を解決するには、各国が自国の防衛だけでなく、欧州全体の安全保障を共通の利益として認識する必要がある。軍事費の負担、部隊の派遣、装備の共同調達、ウクライナ支援などについて、各国の能力と事情を考慮した役割分担を構築することが重要となる。
2026年7月のアンカラ首脳会議では、欧州加盟国とカナダがNATO防衛において、より大きな責任を担う方針が改めて確認された。また、2026年にウクライナへ700億ユーロの軍事装備、支援、訓練を提供することが表明され、2027年にも同等以上の支援を継続する方針が示された。
これは、米国の役割を維持しながら、欧州側の負担と責任を拡大する方向性を示している。ただし、首脳会議で合意された政治的な方針を、各国の予算、装備調達、兵力配置に確実に反映できるかは別の問題である。
NATOが実際の戦争で機能するためには、政治的な結束を軍事的な即応性に転換しなければならない。加盟国間の意見の違いを完全になくすことは困難だが、危機発生時に必要な対応を遅らせない制度と準備が不可欠である。
欧州防衛の最大の弱点は軍事力不足だけではない
以上の問題を総合すると、欧州の防衛力強化を妨げているのは、兵器や兵員の不足だけではないことが分かる。財政負担、米国への依存、加盟国間の政治的な対立という3つの構造的な問題が、軍事力の整備と運用の両方に影響している。
特に、欧州が自らの防衛を主体的に担うためには、米国の支援が限定された場合でも作戦を継続できる能力が必要になる。しかし、その能力を整備するには巨額の資金と長い時間が必要であり、米国との軍事協力を維持する必要性も残る。
さらに、欧州各国が防衛費を増額しても、政治的な対立によって軍事的な意思決定が遅れれば、投資の効果は十分に発揮されない。防衛力の強化には、兵器の数量や性能だけでなく、加盟国が共通の目的に向けて行動する政治的な能力も必要である。
したがって、「勝利の理論」の実現可能性を左右するのは、軍事技術や装備の進歩だけではない。欧州が財政的な持続可能性を確保し、米国との関係を再構築し、加盟国間の結束を維持できるかが重要な判断基準となる。
「欧州の柱」の確立
欧州の防衛力強化で重要になるのは、単に各国の軍事費を増やすことではない。米国の支援が縮小した場合でも、欧州諸国が共同で作戦を立案し、部隊を展開し、必要な期間にわたって戦闘を継続できる体制を整えることだ。
そのためには、各国の軍隊を単純に寄せ集めるだけでは不十分である。情報収集、指揮通信、弾薬補給、防空、長距離攻撃、兵員輸送などの能力を共通化し、国境を越えて運用できる仕組みが欠かせない。欧州連合と北大西洋条約機構の役割を整理し、重複を避けながら相互運用性を高める必要がある。
ただし、欧州だけで北大西洋条約機構の全機能を短期間に代替することは難しい。米国の核抑止力や高度な情報収集能力、戦略輸送などへの依存は根強く、欧州の自立は米国との関係を断つことではなく、米国の支援が不確実になっても防衛体制が崩れない状態を目指すものとなる。
非対称戦・ハイブリッド戦への適応
今後の欧州防衛では、戦車や航空機による正面衝突だけでなく、サイバー攻撃、偽情報、衛星通信への妨害、重要インフラへの破壊工作、無人機による攻撃などへの対応が重要になる。こうした手段は、軍事行動と平時の政治・経済活動の境界を曖昧にし、相手国の社会に継続的な圧力をかける。
この種の攻撃では、被害が発生しても実行主体を特定しにくく、軍事的な反撃が適切かどうかの判断も難しい。発電所、通信網、港湾、鉄道、海底ケーブルなどが標的となれば、軍だけでなく警察、情報機関、民間企業、自治体の連携が必要になる。
「阻止・打撃・粉砕」という考え方も、通常戦力による侵攻への対応だけに限定すべきではない。攻撃の兆候を早期に把握し、侵入や妨害を阻止し、攻撃能力を低下させ、必要に応じて実行主体の能力を無力化するという考え方は、サイバー空間や重要インフラの防護にも応用できる。ただし、攻撃主体の特定や反撃の法的根拠を欠いた対応は、かえって緊張を拡大させる危険がある。
「自らの身は自らで守る」覚悟と実力を示すための試金石
欧州の防衛力強化は、予算の規模だけで成否を判断できない。実際の危機において、加盟国が迅速に意思決定し、必要な部隊と装備を適切な場所へ送り、補給を維持できるかが問われる。装備を購入しても、訓練、整備、弾薬、輸送手段が不足すれば、継続的な抑止力にはならない。
また、防衛産業の再構築には時間がかかる。各国が自国企業の保護を優先すれば、生産設備や調達規格が分散し、欧州全体としての供給力が伸びない可能性もある。共同調達や長期契約を通じて需要を安定させ、企業が生産能力に投資できる環境を整えることが必要だ。
さらに、欧州の防衛力を支えるのは政府や軍だけではない。国民が防衛費の増加をどこまで受け入れるのか、危機時の動員やインフラ防護にどの程度協力できるのかという問題もある。安全保障政策を持続させるには、脅威の説明と支出の透明性を確保し、民主的な支持を維持しなければならない。
今後の展望
今後の焦点は、北大西洋条約機構が掲げる防衛力強化の目標を、実際に使用できる能力へ転換できるかどうかにある。防衛費の増額が装備の購入だけに偏れば、部隊の即応性や継戦能力は十分に高まらない。共同調達、弾薬生産、兵站、指揮通信、情報共有を一体として整備することが重要になる。
同時に、米国との協力を維持しながら、欧州自身の判断と行動の余地を広げる必要がある。米国への依存を一気に解消することは現実的ではないが、欧州が担える任務を増やせば、同盟全体の抑止力も強化される。欧州の防衛力強化は、米国との同盟を弱める試みではなく、同盟をより持続可能なものにするための取り組みと位置付けられる。
まとめ
北大西洋条約機構の新たな「勝利の理論」と「阻止・打撃・粉砕」の構図は、侵攻を受けてから反撃するのではなく、相手に侵攻の成功を期待させない防衛体制を構築する考え方である。その実現には、前線の防衛力、精密攻撃能力、防空、情報収集、兵站、産業基盤を連動させなければならない。
欧州は防衛費を増やし、東部地域の防衛態勢を強化し、防衛産業の生産能力を拡大している。しかし、財政負担、米国への依存、加盟国間の利害の違い、意思決定の遅れといった課題は残る。これらを克服できなければ、予算の増加が実際の防衛能力に結び付かないおそれがある。
最終的に問われるのは、欧州が自らの安全保障に必要な責任を引き受ける意思と能力を持てるかどうかだ。防衛費の数字ではなく、危機の際に侵攻を阻止し、攻撃を受けても社会と軍の機能を維持し、必要な反撃を継続できるか。その実力こそが、新戦略の成否を測る基準となる。
参考・引用リスト
1. 北大西洋条約機構(NATO)「The Hague Summit Declaration」(2025年6月25日)。2035年までに国内総生産比5%を安全保障関連に投じる目標と、その内訳となる中核的防衛支出3.5%、関連支出最大1.5%を確認できる。
2. 北大西洋条約機構(NATO)「The Ankara Summit Declaration」(2026年7月8日)。欧州諸国とカナダの防衛責任の拡大、精密攻撃、防空・ミサイル防衛、無人機、情報能力、ウクライナ支援など、同盟の防衛方針を示す公式文書である。
3. 北大西洋条約機構(NATO)「Defence investment and the 5% commitment」(2026年6月更新)。防衛費の増加と2035年目標の進捗を確認するための資料である。
4. ロイター「NATO commander Grynkewich warns Russia attack would be ’utterly futile’」(2026年10月12日)。アレクサス・グリンケビッチ欧州連合軍最高司令官がワルシャワ安全保障フォーラムで示した「阻止・鈍化・撃破」という勝利の構想を報じている。
5. 国際戦略研究所(IISS)「NATO has a theory of victory – the EU needs one for Russia’s unconventional war on Europe」(2026年10月19日)。新たな勝利の構想を分析し、破壊工作、サイバー攻撃、海底ケーブルへの脅威など、欧州が直面する非通常型の攻撃への対応を論じている。
6. 欧州委員会「Defence Readiness Roadmap 2030」(2025年10月16日)。欧州の防衛能力不足を2030年までに補うための共同調達、防空、無人機対策、宇宙能力、軍事輸送などの目標と工程を示す。
7. 欧州委員会「Future of European defence」。欧州防衛の将来構想、資金調達計画、共同調達、防衛産業の強化、能力不足の解消に関する政策資料である。
8. 経済協力開発機構(OECD)「OECD Economic Outlook 2026, Issue 1」。防衛費の増加が財政や社会保障など他の政策分野に及ぼす影響を検討する際の参考資料である。
9. 欧州議会調査局「EU-US defence cooperation」(2026年)。欧州の米国依存、とりわけ情報収集、戦略輸送、指揮通信などの能力不足を考えるための資料である。
10. 国際戦略研究所(IISS)「Defending Europe Without the United States: Costs and Consequences」(2025年)。米国の軍事的貢献を欧州が代替する場合の費用と能力面の課題を分析している。
11. 北大西洋条約機構(NATO)「Increasing defence industrial production」。2026年アンカラ首脳会議で承認された産業協力方針など、同盟の防衛生産能力強化に関する情報を掲載している。
12. 北大西洋条約機構(NATO)「NATO launches new initiatives to accelerate defence industrial cooperation」(2026年7月7日)。防衛産業との連携を強化する新たな仕組みや、生産能力拡大に向けた取り組みを説明している。
