SHARE:

ウクライナで戦時下選挙は可能か、フェドロフ前国防相が実施要求、ゼレンスキー政権に試練

2026年8月時点のウクライナにおける戦時下選挙問題は、フェドロフ前国防相による一政治家の要求にとどまらない。これは、ロシアとの長期戦によって非常時の統治制度が常態化するなか、民主的正統性をどのように維持するかという国家制度そのものの問題である。
2026年8月5日/ウクライナ、首都キーウ、ロシアのミサイル攻撃を受けた倉庫(AP通信)
現状(2026年8月時点)

2026年8月のウクライナでは、ロシアによる全面侵攻が続くなか、戦時下での国政選挙を実施できるのかという問題が、単なる制度論を超えて政権の正統性をめぐる政治問題へと急速に発展している。直接の契機となったのは、2026年7月に国防相を解任されたミハイロ・フェドロフが8月18日、戦争が続いていても選挙を実施するための「合法的、安全かつ現実的」な仕組みを構築すべきだと訴えたことである。ロイターは、これは2022年のロシアによる全面侵攻以降、主要なウクライナ政治家が公然と戦時下選挙を要求した初めての事例だと報じている。

この問題を理解するうえで最初に確認すべきなのは、「選挙を行っていないこと」と「民主主義が停止していること」は同義ではないという点である。ウクライナでは戒厳令下でも議会が活動し、政府機関や司法制度も存続している一方、選挙については明確な法的制約が存在しており、戦争が長期化するほど「非常時の制度」と「通常時の民主的正統性」の間に緊張が蓄積している。

現在の戒厳令は2026年8月2日からさらに90日間延長された。ウクライナ最高会議(議会)は7月14日、ロシアによる武力侵攻が継続していることを理由として戒厳令の延長を承認しており、少なくとも現時点では、通常の選挙日程へ直ちに移行できる状況にはない。

特に重要なのが法制度上の問題である。ウクライナの「戒厳令の法的体制に関する法律」19条は、戒厳令が施行されている期間について、大統領選挙、国会選挙、地方選挙などの実施を禁止している。したがって、現在の制度のまま選挙を実施するなら、単に大統領や議会が政治判断をするだけでは足りず、戒厳令と選挙制度の法的関係を解消する必要がある。

一方、ゼレンスキー大統領の任期をめぐっては、国外からも誤解が生じやすい。大統領選挙は本来2024年に予定されていたが、戒厳令の継続によって選挙は実施されていないため、形式的には任期満了後も大統領が職務を継続する状態となっている。ただし、ウクライナ憲法は戒厳令下で大統領選挙を行わないことを前提とした制度的な継続性を備えており、単純に「任期が切れたから権力を失った」と評価することはできない。

同様の考え方は議会にも適用される。ウクライナ憲法83条は、戒厳令などの非常事態の下で国会議員の任期が終了した場合でも、新たな選挙によって選出された議会の最初の会期まで権限を継続させる仕組みを定めている。つまり、戦時下の統治継続そのものは、ウクライナの憲法秩序から完全に逸脱したものではない。

しかし、ここで問題が終わるわけではない。非常時の制度として法的正当性が確保されていても、戦争が数年単位で続けば、国民の政治参加、政権への信頼、権力交代の可能性という民主主義の実質的側面に別の問題が生じるからである。

2026年8月現在、フェドロフの要求が注目されているのはまさにこの点にある。彼は選挙そのものを単なる政権交代の手段としてではなく、長期戦によって生じた統治システムの停滞を修正する手段として位置づけ、「民主主義をロシアの人質にしてはならない」という趣旨の主張を展開している。

戦時下選挙を巡る背景と主張

ウクライナが戦時下選挙という難題に直面する背景には、2022年2月以降の全面戦争が当初の想定を大幅に超えて長期化したという事情がある。短期間で戦争が終結することを前提にすれば、戒厳令下で選挙を延期することには明確な合理性があるが、戦争が何年にも及ぶと、選挙延期を「一時的措置」として説明することが次第に難しくなる。

選挙を実施すべきだという立場からすれば、戦争が長期化するほど国民には政治的意思を示す機会が必要になる。兵士として前線にいる国民、国外に避難した国民、ロシアの占領地域から避難した国民などを含め、国家の将来を決める権利をどのように保障するのかという問題は、戦争そのものとは別の民主主義上の課題として存在する。

フェドロフは8月18日の動画声明で、ウクライナは戦争状態にあっても選挙を可能にする仕組みを探さなければならず、すべてのウクライナ国民が投票できる可能性を確保すべきだと訴えた。これは単に「明日にでも投票を行え」という要求ではなく、戦時下であっても合法性、安全性、実現可能性を満たす制度を新たに設計する必要があるという主張として読むことができる。

ここには、民主主義を守る方法についての根本的な対立が存在する。一方では、ロシアとの戦争中に選挙を実施すれば、ロシアのミサイル攻撃やサイバー攻撃、情報工作によって選挙過程そのものが損なわれる危険があるため、選挙延期こそ民主主義を守るための措置だという考えがある。

他方では、戦争を理由として選挙を無期限に延期すれば、現職政権に政治的優位が固定され、政権交代の可能性が狭まる危険がある。したがって、戦時下選挙の論点は「選挙をするか、しないか」という二択ではなく、選挙を延期することによる民主主義上のコストと、選挙を実施することによる安全保障上のコストを比較する問題である。

さらに2026年には、フェドロフ自身が単なる外部の野党政治家ではないことが問題を複雑にしている。彼は長期間ゼレンスキー陣営の主要人物として活動し、2026年1月に国防相へ就任した後、軍の改革や調達制度改革などを掲げていたが、わずか半年ほどで国防相を解任された。解任後には彼の復帰を求める抗議活動も起きており、今回の選挙要求は政府外から突然現れた抽象的な民主化要求ではなく、政権内部から生まれた政治的対立の延長線上に位置している。

この点は、今回の問題を評価する際に極めて重要である。フェドロフの主張には民主主義の再活性化という側面がある一方、自身が政権から離れた直後に選挙を要求していることから、将来的な政治勢力形成を見据えた動きではないかという見方も成立する。

したがって、フェドロフの要求をそのまま「民主主義陣営対権威主義的な政権」という構図に置き換えるのは適切ではない。むしろ、長期戦によって蓄積した統治上の不満、国防政策をめぐる内部対立、汚職問題への不信、そして選挙延期そのものへの疑問が一つの政治的争点へと収束し始めたと見る方が実態に近い。

前国防相による要求

フェドロフの要求が大きな政治的意味を持つのは、彼が2022年以降のウクライナ政治において政権中枢に近い人物だったからである。彼は国防相として軍事調達や組織改革を進める立場にあり、その人物が退任後わずかな期間で「統治の危機」を公然と指摘したことは、ゼレンスキー政権にとって無視しにくい政治的シグナルとなる。

フェドロフは、現在の国家システムについて、既存の制度が自己防衛的になり、変化を恐れる傾向があるとの批判を展開した。また、腐敗や官僚主義が戦争遂行能力そのものを損なうという問題意識を示し、選挙を通じて民主的な更新を図る必要性を訴えた。

この主張の背景には、国防省をめぐる改革論争がある。フェドロフは7月の段階で、自身が進めようとしていた調達改革などが解任の一因になったとの認識を示しており、今回の選挙要求は、単独の選挙論ではなく「戦争を遂行する国家機構そのものをどう改革するか」という問題と結び付いている。

さらに、フェドロフの解任後にはキーウなどで復帰を求める抗議活動が発生した。8月16日にもキーウでフェドロフへの支持と政府との対話を求めるデモが行われたと報じられており、少なくとも一部の市民層において、国防政策や政権運営をめぐる不満が可視化している。

もっとも、これを直ちに全国的な反ゼレンスキー運動とみなすことには慎重でなければならない。戦時下の抗議活動は、政権全体への反対、特定の人事への反発、戦争遂行への不満、腐敗への怒りなど複数の要因が重なって発生するため、フェドロフへの支持がそのまま大統領選挙での支持へ転換するとは限らない。

それでも、今回の要求はウクライナ政治における重要な転換点となる可能性がある。戦争中だから選挙を延期するという従来の説明だけではなく、「戦争が長期化するからこそ民主的な統治の更新が必要だ」という対抗論理が、政府中枢を経験した政治家によって明確に提示されたからである。

そしてここから問題は、フェドロフ個人の政治的野心を超えて、ウクライナという国家がどのように民主的正統性を維持するのかという、より根本的な問いへ移ることになる。

統治の危機と民主主義の正当性

ウクライナの戦時下選挙をめぐる議論で最も重要なのは、ゼレンスキー政権の法的正当性と、民主主義の実質的な正当性を区別して考えることである。現在のウクライナでは戒厳令によって選挙が延期されているため、選挙が行われていないという事実だけをもって、政権が違法に権力を保持していると結論づけることはできない。

ウクライナ憲法は、国家が戦争などの非常事態に置かれた場合でも統治機構が空白化しないよう、一定の継続性を認めている。大統領選挙や議会選挙が通常の日程で行われなくても、戒厳令下で大統領や議会の権限が直ちに消滅するわけではなく、これは戦争によって国家そのものが機能不全に陥ることを防ぐための制度的措置である。

しかし、法的正当性が維持されていることと、政治的な信頼が永続的に維持されることは別問題である。戦争が短期間で終わらず、選挙延期が何年にもわたれば、国民の間に「自分たちが政治的意思を示す機会を失っている」という感覚が蓄積する可能性があり、フェドロフが「統治の危機」と表現する問題の核心もここにある。

とりわけ大統領権力については、長期政権化に対する懸念が生まれやすい。ゼレンスキーは2019年の大統領選挙で圧倒的な支持を得て当選したが、2024年に予定されていた次の大統領選挙は戒厳令によって実施されず、その後も戦争が続いているため、選挙を通じて国民の最新の意思を確認する機会が失われている。

この状況はロシア側の宣伝戦にも利用される。ロシアはウクライナ政府の民主的正統性に疑問を投げかける情報発信を続けており、選挙が長期間実施されないことは、ウクライナが国際社会に対して説明しなければならない政治的弱点となる。

ただし、ここには逆説がある。戦争中に選挙を行えば民主的正統性を更新できる可能性がある一方、ロシアによる攻撃や干渉によって選挙そのものの自由と公正が損なわれれば、結果的に民主主義への信頼を低下させる危険がある。

したがって、問題は「選挙を行わないことが民主主義に反するか」という単純な問いではない。むしろ「戦争中に公正な選挙を実施できない場合、それでも選挙を強行することが民主主義の利益になるのか」という、より難しい問題なのである。

政権内の対立と政治的影響

フェドロフの選挙要求がゼレンスキー政権にとって特に厄介なのは、彼が政権外の批判者ではなく、つい最近まで国防相という国家中枢の地位にいた人物だからである。2026年1月に国防相へ就任したフェドロフは、デジタル技術や行政改革に関する経験を背景に、軍事調達や国防行政の近代化を進める役割を担っていた。

ところが、フェドロフは2026年7月に国防相を解任された。解任をめぐっては、軍事調達や改革方針などをめぐる政権内部の意見対立が報じられており、単なる通常の内閣改造ではなく、ゼレンスキー政権内部の権力関係を浮き彫りにする出来事となった。

その後、フェドロフが戦時下選挙を要求したことで、国防政策をめぐる対立が民主主義と統治の問題へと拡大した。これはゼレンスキー政権にとって、元閣僚による個人的な批判として処理することが難しい。

さらに注目すべきなのは、フェドロフの要求が政権内部の別の問題と同時進行していることである。2026年夏のウクライナでは、汚職対策機関をめぐる政治的緊張も高まり、政府と反腐敗機関の関係をめぐる議論が国内外で大きな問題となった。

反腐敗政策は、ウクライナのEU統合や西側諸国からの支援とも直結する。ロシアとの戦争を継続するためには欧米からの軍事・財政支援が不可欠であり、その支援国から「ウクライナは民主主義と法の支配を維持している」と評価され続けることは、安全保障上の重要な条件でもある。

したがって、フェドロフの主張が国内政治で広がれば、ゼレンスキー政権は二重の圧力を受けることになる。一方では戦争遂行のために政治的統一を維持する必要があり、他方では戦争を理由に政治的競争を制限しているとの印象を避けなければならない。

この構図は、政権にとって非常に難しい。戦時下では政治的対立が国家の分裂を招く危険があるため、政府は統一を強調しやすいが、民主国家において政治的競争を完全に抑制すれば、戦争終結後の政治的混乱をむしろ大きくする可能性がある。

フェドロフの選挙要求は、その意味で単なる選挙日程の議論ではない。戦争を指揮する現在の政治指導部に対して、戦争が長期化するほど統治構造そのものを再点検しなければならないという圧力を加える政治的メッセージなのである。

民主主義と安全保障のジレンマ

戦時下選挙の最大の問題は、安全を確保しながら民主的な選挙を実施できるかという点にある。通常の選挙であれば、候補者が全国を移動し、集会を開催し、メディアで政策を訴え、有権者が投票所へ行くという一連の活動が必要になる。

しかしウクライナでは、ロシアによるミサイル攻撃や無人機攻撃が続いている。選挙期間中に投票所や候補者集会を攻撃すれば、ロシアは軍事的な損害だけでなく、選挙そのものを混乱させることができるため、選挙インフラは極めて高いリスクにさらされる。

特に前線に近い地域では、投票所を安全に設置すること自体が困難になる。空襲警報が頻繁に発令される地域で、住民が安全に投票所へ移動し、投票を終え、集計作業を行うことは、平時の選挙とはまったく異なる問題である。

さらに、選挙の自由を確保するには候補者の安全も必要になる。政府を批判する候補者がロシアの攻撃対象となる可能性だけでなく、ロシアによるサイバー攻撃、偽情報、SNSを利用した世論操作なども想定しなければならない。

この問題は、単純な電子投票によって解決できるものでもない。オンライン投票を導入すれば投票所の安全問題を一部軽減できるが、その一方でサイバー攻撃、本人確認、秘密投票の確保、システムへの信頼性という別の問題が発生する。

また、国外避難民の投票権も極めて重要である。ロシアの侵攻後、数百万人規模のウクライナ人が国外へ避難しており、彼らを選挙から排除すれば、戦争によって国内に残っている人々だけで国家の将来を決定することになる。

逆に、国外避難民に広く投票機会を与えれば、在外投票所の設置や本人確認、投票用紙の輸送、開票手続きなど、通常の選挙以上に複雑な制度が必要になる。さらに、避難先の国ごとにウクライナ人の数や政治的環境が異なるため、公平な投票機会をどう確保するかという問題も残る。

軍人の投票も同様である。前線に配置されている兵士は国家防衛の中心的存在であり、その政治的意思を排除した選挙は民主的正統性を欠くが、前線部隊に安全かつ秘密裏に投票させる仕組みを構築することは容易ではない。

ここで重要なのは、選挙の「開催」と「公正な選挙」の間には大きな違いがあるということだ。形式的に投票日を設定して投票を実施することは可能でも、すべての国民に平等な参加機会を与え、候補者が自由に活動し、外国勢力による介入を防ぎ、投票結果への信頼を確保できなければ、民主的選挙としての意味は大きく損なわれる。

そのため、ウクライナの戦時下選挙をめぐる議論では、実施の可否だけでなく「どの程度の条件を満たせば民主的選挙と呼べるのか」という基準設定が不可欠になる。フェドロフが求める「合法的、安全かつ現実的」という三条件も、この複雑な問題を意識したものと理解できる。

ゼレンスキー政権が直面する試練

ゼレンスキー政権にとって最大の試練は、選挙を急いで実施することでも、無期限に延期することでもない。その中間にある「民主主義を維持しながら戦争を遂行できる制度」をどのように構築するかが本当の課題となる。

ゼレンスキー政権が選挙実施に慎重なのは、政治的な保身だけでは説明できない。ロシアとの戦争が継続している以上、選挙によって政治的分裂が表面化すれば、戦争遂行能力そのものが低下する危険があり、政権側が安全保障を優先することには一定の合理性がある。

しかし、その合理性にも限界がある。戦争を理由として選挙を延期する状態が長期化すればするほど、「非常時だから仕方がない」という説明だけでは国民や国際社会を納得させにくくなるからである。

今後のゼレンスキー政権には、選挙を直ちに実施するかどうかとは別に、選挙再開の条件を明確化することが求められる可能性が高い。例えば、戒厳令終了後の一定期間内に大統領選挙を実施すること、国外避難民や軍人の投票権を保障すること、占領地域をめぐる選挙制度を整理することなどが考えられる。

これは単なる政治日程ではない。戦争終結後にウクライナがどのような民主国家として再建されるのか、その制度設計そのものに関わる問題である。

フェドロフの要求は、こうした戦後政治を前倒しで議論するきっかけにもなり得る。選挙を今すぐ行えるかどうかという結論だけでなく、戦争が終わった場合にどのような選挙を実施するのか、その準備を今から始めること自体には大きな政治的意味がある。

一方で、ゼレンスキー政権がこの問題への対応を誤れば、二つの異なる批判を同時に受ける可能性がある。選挙を実施すれば「戦時下で国家を危険にさらした」と批判され、延期を続ければ「権力維持のために戦争を利用している」と批判されるからである。

つまり、戦時下選挙をめぐる問題は、ゼレンスキー個人の政治的立場を超えて、ウクライナ民主主義そのものの耐久力を試す局面に入っている。

政治的求心力と世論

戦時下のウクライナ政治を考える場合、選挙を実施できるかという制度上の問題だけでなく、国民が現在の政治体制をどの程度支持し、どのような統治を望んでいるのかを確認する必要がある。長期戦のなかでウクライナ社会では、戦争を継続してロシアに対抗する必要性と、戦争が長引くほど政治制度を正常化すべきだという要求が同時に存在している。

この二つの要求は必ずしも矛盾していない。多くの国民にとって、選挙は戦争を終わらせるか継続するかだけを決めるものではなく、政府の腐敗、軍事政策、経済再建、EU加盟、社会保障、復興政策など、戦後国家の方向性を選択する手段でもある。

その意味で、フェドロフの主張が注目された背景には、戦争の長期化によって「非常時だから政治的対立を抑える」という考え方だけでは社会を統合しにくくなっている事情がある。戦争初期には国家存亡を前にした政治的結束が極めて強い意味を持ったが、時間が経過するにつれて、政府の説明責任や政治的競争を求める声が強まるのは自然な現象である。

一方、ゼレンスキーの政治的求心力が完全に崩壊したと評価するのも適切ではない。ロシアとの戦争が継続している以上、国民の間にはなお「戦時指導者」として大統領を支える意識が存在し、特に安全保障や国際外交の分野では現政権の継続性を重視する層が存在する。

問題は、戦時中の支持と平時の選挙における支持は同じではないという点にある。国民が戦争を指揮する大統領を支持しているからといって、その人物を次の任期でも選出したいと考えているとは限らず、逆に政府への不満があるからといって直ちに政権交代を望んでいるとも限らない。

したがって、現在のウクライナでは選挙が存在しないことによって、本来なら選挙を通じて可視化されるはずの政治的選好が蓄積されている可能性がある。選挙延期が長期化するほど、政権への支持、不満、改革要求が制度外の世論調査、SNS、抗議活動などに現れやすくなる。

これは政治的安定にとって微妙な問題である。選挙によって定期的に政治的緊張を処理できれば、政権交代や議会勢力の変化を制度内で吸収できるが、選挙がない状態では政治的対立が政権内部の人事問題や街頭抗議、メディア報道などを通じて噴出する可能性がある。

フェドロフの国防相解任後に発生した抗議活動は、この問題を象徴している。抗議参加者が必ずしもフェドロフを次期大統領として支持しているわけではないとしても、政権の人事や政策決定について市民が公然と異議を唱える余地が存在することは、戦時下の政治社会が完全に一枚岩ではないことを示している。

国内外の視線

ウクライナ国内だけでなく、欧州連合(EU)、米国、英国などの支援国も、戦時下における民主的統治の維持を重要視している。ロシアとの戦争を支えるためには軍事援助だけでなく、ウクライナが法の支配、反腐敗、民主的制度を維持しているという国際的信用が不可欠だからである。

特にEUとの関係では、民主主義、司法制度、腐敗対策、行政改革はウクライナの欧州統合と密接に結び付いている。ウクライナがEU加盟を目指すのであれば、戦争を理由として民主的制度を無期限に停止しているとの印象を与えることは政治的に大きなマイナスとなる。

しかし、西側諸国が単純に「早く選挙を実施せよ」と要求できるわけでもない。ウクライナの選挙がロシア軍の攻撃によって妨害され、候補者や有権者の生命が危険にさらされれば、その選挙を民主的な成功と評価することは難しい。

したがって、西側諸国が重視するのは選挙の日付そのものより、選挙の自由、公平性、包括性、安全性がどの程度保障されるかという問題になる。これは国際選挙監視機関が通常の選挙でも重視する基本原則であり、戦時下ではその重要性がさらに高まる。

国際的な視点から見ても、ウクライナには二つの異なる正統性が存在する。一つは、ロシアの侵略に対して国家を防衛する政府としての正統性であり、もう一つは、国民が自由に政治的意思を表明できる民主政府としての正統性である。

戦争中は前者が強調されやすい。しかし、後者が長期間弱まれば、ウクライナが「ロシアとは異なる民主的国家として戦っている」という国際的な政治的主張にも影響が出る。

これはロシアとの情報戦という観点でも重要である。ロシア側はウクライナ政府の正統性を否定する情報を発信し続けており、選挙延期や汚職問題、政権内部の対立などはその材料として利用される。

もっとも、ロシア側がウクライナの民主主義を批判するからといって、ウクライナ側が民主的統治に関する問題を無視してよいわけではない。むしろ、侵略を受けている国家だからこそ、ロシアとの制度的な違いを明確に示すことが国際的な支持を維持するうえで重要になる。

そのため、ウクライナにとって理想的なのは、戦争が続いているから選挙を行わないという説明だけではなく、「どのような条件が整えば選挙を再開するのか」を透明性のある形で示すことである。これによって、選挙延期を非常措置として位置づけ、恒久的な政治制度の変更ではないことを明確にできる。

課題

戦時下選挙の最大の課題は、有権者を一つの政治的空間に戻すことができるかという点である。ウクライナではロシアの占領によって領土が分断され、国内避難民、国外避難民、前線地域の住民、軍人など、国民が極めて異なる生活環境に置かれている。

通常の選挙では、選挙区の確定、住民登録、有権者名簿、投票所の設置、候補者登録、選挙運動、投票、開票という一連の手続きが比較的安定した環境で行われる。しかし戦時下では、その前提となる行政機構そのものが攻撃や避難によって変化している。

特に難しいのが有権者名簿である。戦争によって住民が大量に移動しているため、以前の住所と現在の居住地が一致しないケースが多い。国内避難民がどこで投票するのか、国外避難民をどのように登録するのか、軍人をどの選挙区に含めるのかといった制度設計が必要になる。

国外避難民についても、投票権を確保するだけでは不十分である。複数の国に分散している避難民に対して、同程度の投票機会を提供し、本人確認を行い、二重投票を防止し、開票結果を国内投票と統合する仕組みが必要になる。

軍人についてはさらに複雑である。前線部隊の配置情報は軍事機密に関係するため、投票所の場所や時間を詳細に公表できない可能性がある一方、秘密投票を保障しなければ軍人の政治的自由が侵害される。

また、選挙運動そのものも問題となる。候補者が全国を自由に移動できない状況で、現職政府と新規候補者の間に公平な政治活動の条件を設定することは容易ではない。

メディア環境も重要である。戦時下では国家安全保障を理由として情報発信に一定の制限が加えられる場合があるが、その制限が選挙期間中も続けば、候補者が政府を批判する自由や有権者が多様な政策情報を得る権利との緊張が生まれる。

さらに、ロシアによる偽情報工作への対策も必要になる。外国勢力による選挙干渉を防ぐことは重要だが、政府が「ロシアの情報工作」を広く定義しすぎれば、正当な政権批判まで安全保障上の脅威として扱われる危険がある。

ここには民主主義の難しい境界線がある。国家を守るための情報統制が必要な場合でも、それを政府への批判を封じる手段にしてはならず、安全保障上必要な制限と政治的自由の保障をどこで線引きするかが重要になる。

もう一つの大きな問題は、選挙結果を誰もが受け入れられるかという点である。戦時下の選挙では、投票できない地域や有権者が必ず発生する可能性があり、その結果を敗北した側が「不完全な選挙だった」と主張すれば、政治的混乱がさらに深まる。

したがって、選挙実施の前には選挙管理機関、政党、政府、軍、司法、市民社会、国際監視団などの間で、選挙の最低条件について合意する必要がある。選挙の正当性は投票日当日だけで決まるものではなく、その前段階の制度設計と政治的合意によって形成されるからである。

戦時下での選挙は可能か?

結論からいえば、技術的・制度的に「不可能」とまではいえない。しかし、2026年8月現在のウクライナで、通常時と同じ水準の全国選挙を直ちに実施することは極めて困難であり、現行法の下では戒厳令そのものが大きな障壁となっている。

ここで区別すべきなのは「選挙を実施できるか」と「民主的に正当な選挙を実施できるか」である。前者だけなら、特別な投票所、在外投票、軍人投票、電子的手段などを組み合わせることで一定の制度を構築できる可能性がある。

しかし後者には、安全性だけでなく、候補者間の公平性、報道の自由、投票の秘密、有権者の包括性、外国勢力による干渉への耐性、結果の受容可能性など、はるかに多くの条件が必要になる。

したがって、現実的な選択肢としては、まず選挙そのものを実施する前に、戦時下でも選挙を行える制度的枠組みを準備しておくことが考えられる。戒厳令終了後の選挙日程をあらかじめ法律で明確化し、在外避難民や軍人の投票方法を整備し、選挙管理機関の能力を強化しておけば、戦争終結後の政治的空白を短縮できる。

フェドロフの要求の政治的価値も、この点から評価することができる。要求をそのまま「今すぐ選挙を行うべきだ」と読むのではなく、戦争が長期化するなかで、民主的な権力更新を可能にする準備を始めるべきだという問題提起として捉えるなら、ゼレンスキー政権が検討すべき論点は多い。

一方で、現在の安全保障環境を無視して選挙を強行することにも重大なリスクがある。ロシアが選挙期間を狙って攻撃を強化し、候補者や投票所を標的にした場合、選挙そのものが国家への攻撃対象となる可能性があるからである。

結局のところ、ウクライナにとって必要なのは「戦争か民主主義か」という二者択一ではない。戦争を継続しながら民主主義を守り、同時に民主主義を守るために戦争遂行能力を損なわないという、極めて難しい均衡を構築することである。

ロシアの支配下にある地域は?

戦時下選挙を考えるうえで、最大級の制度的難題となるのがロシアによるウクライナ領土の占領である。2026年8月時点でも、ロシアはクリミア、ドネツク州、ルハンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州などの一部を支配しており、推計方法によって差はあるものの、クリミアや2022年以前から占領されていた地域を含めると、ロシアが実効支配するウクライナ領は国土の約19~20%に相当するとされる。

ここで注意すべきなのは、「ロシアが支配している地域」と「国際法上ロシア領である地域」はまったく違うということである。ウクライナ政府と国際社会の大部分は、ロシアによる一方的な併合を認めておらず、占領地域も法的にはウクライナ領であるため、将来のウクライナ選挙では原則としてこれらの地域の住民の政治的権利をどう扱うかが問題になる。

占領地域の選挙参加が難しい理由は、単純に投票所を設置できないからだけではない。ロシアの実効支配下では、ウクライナ政府が有権者名簿を正確に確認し、選挙管理委員会を設置し、候補者が自由に活動し、投票の秘密を保証することができないため、通常の選挙手続きそのものを成立させることが困難である。

実際、ロシアは占領したウクライナ領で自国の選挙を実施してきたが、国際的にはその正当性は認められていない。国際選挙制度財団(IFES)も、ロシアが占領地域で行った選挙を、占領を正当化する試みとして明確に批判している。

したがって、ウクライナが将来選挙を実施する場合、占領地域でロシアが設置した行政機構を通じて投票するという方法は認められない。これは「住民に投票させるかどうか」という問題以前に、誰が選挙を管理する正当な主体なのかという国家主権の問題だからである。

一方、占領地域から脱出してウクライナ政府の支配地域や国外に移動した住民については、別の問題が生じる。彼らを一律に選挙から除外すれば、ロシアの侵攻によって居住地を奪われた国民が政治的権利まで失うことになり、選挙の包括性という民主主義の原則と衝突する。

そのため、現実的には、占領地域に居住する有権者と、そこから避難した有権者を区別する必要がある。前者については安全かつ自由な投票が可能になるまで特別な措置を講じ、後者については国内避難民制度や在外投票制度などを活用して政治参加を保障する方法が考えられる。

ただし、これも容易ではない。戦争によって住民登録が変化し、家族が国内外に分散し、占領地域でロシア側の行政手続きが行われているため、誰がどの選挙区の有権者なのかを確定する作業そのものが複雑になっている。

さらに、前線が変動している点も重要である。2026年夏にもロシア軍とウクライナ軍の双方による地域的な前進・後退が報告されており、占領地域の境界は固定された地理的線ではない。ロシアが8月にドニプロペトロウシク州やザポリージャ州で複数集落を占領したと主張する一方、ウクライナ側が別地域で領土を奪還したとの報告もあり、選挙区の確定そのものが軍事情勢の影響を受ける。

この点から見ても、戦争が継続する状態で全国一斉選挙を行うことには大きな制度的矛盾がある。選挙制度は基本的に一定の行政区域と安定した住民登録を前提としているが、戦争によってその前提自体が流動化しているからである。

今後の展望

今後のウクライナ政治を考える場合、戦時下選挙の問題は「実施するか、しないか」という二択ではなく、戦争の展開に応じて複数のシナリオに分けて考える必要がある。第一は戦争が継続するケース、第二は停戦が成立するケース、第三は和平合意などによって大規模な戦闘が終了するケースである。

第一のケースでは、2026年中に全国選挙を実施する可能性は依然として低いと考えられる。戒厳令が継続しているうえ、前線、占領地域、避難民、軍人の投票などをめぐる問題を短期間で解決することは難しく、形式的に選挙を行うことよりも、選挙の信頼性を確保することの方が重要だからである。

ただし、選挙延期が続く場合には、ゼレンスキー政権が「選挙をいつ再開するのか」というロードマップを提示することが重要になる。具体的な日付を確定できなくても、戒厳令終了、一定期間の安全確保、選挙区・有権者名簿の再整備、国外避難民・軍人の投票制度確立など、再開条件を明示することは政治的信頼の維持につながる。

第二のケースである停戦は、より複雑である。停戦が成立しても、停戦ラインが安全に維持される保証がなければ、選挙を実施するには不十分だからである。

特に重要なのは、停戦と戒厳令解除が自動的に同義ではないという点である。ロシア軍による攻撃能力が残り、国境や前線周辺の安全が不安定であれば、政府は戒厳令を継続する可能性がある。

逆に、国際的な監視や安全保障上の保証によって一定の安定が確保されれば、選挙再開への道が開ける。ここでは米国や欧州諸国などの外交的・安全保障的関与が、選挙そのものとは別の形で民主主義の回復を支える可能性がある。

第三のケースである大規模戦闘の終結では、選挙実施への圧力が一気に強まると考えられる。戦争終結後には大統領選挙だけでなく、議会選挙、地方選挙、占領地域の行政再建など、国家全体の政治的再構築が必要になるからである。

この場合でも、問題はすぐに投票できるわけではない。大量の避難民を帰還させるのか、国外在住者の投票権をどうするのか、元占領地域の住民登録をどう復旧するのか、破壊された行政施設をどう再建するのかなど、戦後復興と選挙制度の再建を同時に進める必要がある。

特に占領地域の扱いは、戦後選挙の最大の争点になり得る。領土がウクライナ政府の実効支配下に戻る前に選挙を実施すれば、安全性と自由な政治活動の確保が困難になる一方、選挙から長期間除外すれば、その地域の住民の政治的権利が損なわれるからである。

したがって、ウクライナ政府には「すべての領土が完全に解放されるまで選挙を行わない」という単純な方針だけではなく、領土ごとの安全状況に応じた段階的な制度設計が求められる可能性がある。

まとめ

2026年8月時点のウクライナにおける戦時下選挙問題は、フェドロフ前国防相による一政治家の要求にとどまらない。これは、ロシアとの長期戦によって非常時の統治制度が常態化するなか、民主的正統性をどのように維持するかという国家制度そのものの問題である。

現行法では戒厳令下の選挙に大きな制約があり、全国的な選挙を直ちに実施することには法的・実務的な障壁がある。さらに、ロシアによる攻撃が続くなかで投票所、候補者、有権者、選挙管理機関の安全を確保することは極めて難しい。

一方、選挙延期を長期化させれば、別の問題が発生する。国民が政権を選び直す機会が失われ、現職政権の長期化に対する疑念が強まり、政権内部の対立や街頭抗議が政治的な不満の代替手段となる可能性がある。

フェドロフの要求は、この矛盾を正面から突いたものと評価できる。彼の主張が将来の政治的立場を見据えたものか、それとも純粋な制度改革要求なのかを現時点で断定することはできないが、少なくとも「戦争が長期化するなら民主主義の再設計も必要だ」という論点をウクライナ政治の中心に押し上げた。

同時に、フェドロフの要求をそのまま「今すぐ選挙を実施すべきだ」という結論に結び付けることも適切ではない。民主的選挙とは、投票日を設定するだけではなく、すべての有権者が安全かつ自由に参加し、候補者が公平に競争し、結果が社会から受け入れられる制度でなければならない。

特にロシア支配地域の存在は、戦時下選挙の難しさを象徴している。ウクライナ領の約2割がロシアの実効支配下にある状況では、全国民を同じ条件で投票させることができず、選挙を行えば民主主義を守れるという単純な図式は成立しない。

したがって、現実的な解決策は、戦争中に無理に通常選挙を行うことでも、選挙問題を無期限に棚上げすることでもない。まず選挙再開の条件を明確化し、軍人、国内避難民、国外避難民、占領地域から避難した住民を含む政治参加の制度を整え、選挙管理機関の能力とサイバー防衛を強化することが重要になる。

そのうえで、停戦や和平によって安全条件が改善した段階で、国際的な監視を受けながら選挙を実施することが最も現実的な道となる可能性が高い。これは単にゼレンスキー政権を選び直すための選挙ではなく、戦争によって大きく変化したウクライナ社会が、自らの政治的意思を再確認するための国家的な再出発になる。

最終的に問われるのは、「選挙を行ったかどうか」ではなく、「戦争によって民主主義を失わなかったか」である。ロシアの侵略に対してウクライナが国家として生き残ることと、民主国家として生き残ることは本来別々の目標ではなく、両方を達成することが戦後ウクライナの正統性を決めることになる。

フェドロフの要求が今後どこまで政治的支持を広げるかはまだ不透明である。しかし、長期戦が続く限り、戦時統治と民主的統治の緊張は消えないため、ゼレンスキー政権は「戦争が終わるまで選挙をしない」という説明だけではなく、「戦争が続いても民主主義をどう維持するのか」という、より長期的な制度構想を示す必要に迫られている。

そして、この問題こそがウクライナの戦時下民主主義における最大の試練である。選挙の実施時期をめぐる論争は、最終的にはウクライナがロシアとの戦争を生き延びた後、どのような国家として再建されるのかという、戦後秩序そのものをめぐる議論へつながっていく。

総合評価――「選挙をするか」ではなく「民主主義をどう維持するか」

2026年8月時点で、ウクライナの戦時下選挙をめぐる議論は、単なる選挙日程の問題から、国家統治の正統性そのものをめぐる議論へと変化している。前国防相ミハイロ・フェドロフが8月18日に戦時下でも選挙を可能にする仕組みを求めたことで、ゼレンスキー政権は、戦争遂行と民主的統治を同時に維持するという難題に直面した。

ただし、現行制度の下で「直ちに全国選挙を実施する」という選択肢は極めて限定的である。ウクライナの戒厳令法は戒厳令中の大統領選、議会選、地方選などを禁止しており、2026年5月に最高会議の作業部会も「戒厳令下で選挙を行うことは不可能」との認識で一致している。

したがって、フェドロフの要求を制度的に実現するには、単に大統領が選挙実施を決断するだけでは足りない。戒厳令と選挙法制との関係を変更するのか、戒厳令を解除できる安全保障条件を整えるのか、あるいは戦時下でも限定的な選挙を認める新制度を作るのかという、国家制度そのものの再設計が必要になる。

フェドロフ要求の政治的意味

フェドロフの発言が特に重い意味を持つのは、彼がゼレンスキー政権の外部から突然現れた批判者ではないためである。元国防相であり、かつてはゼレンスキー大統領の側近として政権のデジタル化やドローン戦力の強化に関わった人物が、退任後に「統治の危機」を訴え、選挙を要求したことは、政権内部の亀裂を国民に明示する結果となった。

さらに、フェドロフの要求は単なる選挙制度論に限定されていない。彼は腐敗、官僚主義、意思決定の遅さなどを批判し、戦争遂行能力を高めるためにも政治制度の刷新が必要だという論理を提示している。

この点でフェドロフの主張には二重の意味がある。一つは民主主義の再活性化を求める制度論であり、もう一つはゼレンスキー政権に代わる政治勢力を形成する可能性を示す権力闘争である。

現段階では、フェドロフが大統領選への出馬を正式に表明したわけではないため、後者を確定的に評価することはできない。しかし、複数の海外メディアが今回の発言をゼレンスキーに対する最大級の政治的挑戦と位置付けていることからも、その政治的インパクトは無視できない。

つまり、今回の問題は「フェドロフが正しいか、ゼレンスキーが正しいか」という個人間の対立ではない。長期戦によって非常時の政治制度が固定化するなか、誰が、どのような条件で、国民の信任を再確認するのかという国家的課題が表面化したのである。

民主主義の正統性と戦争遂行能力

民主主義国家にとって選挙は、単なる政治家を選ぶイベントではない。権力者が国民の意思によって選ばれ、必要ならば交代できるという仕組みそのものが、政府の正統性を支える。

しかし、戦争中にはこの原則と安全保障上の必要性が衝突する。敵国による攻撃が続いている状態で政権交代を争えば、政治的分裂が軍事的分裂につながる危険があり、戦争遂行能力を低下させる可能性がある。

逆に、選挙を長期間延期すれば、別の危険が生まれる。現職政権が選挙による審判を受けない状態が続き、政権内部に権力集中が進めば、国民の政治的不満が制度外へ流出する可能性が高まる。

このため、ウクライナの問題は民主主義対安全保障という単純な二項対立ではない。むしろ、民主主義を維持すること自体が長期的な国家安全保障の一部であり、同時に安全保障を確保することが民主主義を機能させる前提でもある。

この関係は、EU加盟を目指すウクライナにとってさらに重要になる。欧州統合は軍事・経済支援だけでなく、法の支配、反腐敗、民主的制度、行政改革を含む国家改革と結び付いているからである。

そのためウクライナが戦争を理由に民主的制度を恒久的に弱めることになれば、西側諸国からの政治的信頼にも影響する。一方、無理に選挙を実施して混乱や不正が発生すれば、やはり民主主義への信頼を損なう。

最も重要なのは、選挙そのものを目的化しないことである。民主主義の本質は投票日を設定することではなく、自由な政治競争、秘密投票、平等な参加、情報へのアクセス、独立した選挙管理、結果を受け入れる政治文化を保障することにある。

占領地域問題が示す「全国選挙」の限界

戦時下選挙を困難にしているもう一つの根本問題が、ロシアの実効支配地域である。2026年8月上旬の分析では、クリミアと2022年以前からロシアが占領していた地域を含め、ロシアが実効支配するウクライナ領は約19~20%と推計されている。

この地域にウクライナの選挙管理機関を設置することは現実的ではない。ロシア軍の支配下で候補者の自由な活動、投票の秘密、独立した選挙管理、有権者の安全を保障することができないからである。

だからといって、占領地域の住民を政治的に無視することもできない。彼らも国際法上はウクライナ国民であり、侵略によって居住地を奪われたことを理由として政治的権利まで失わせることには大きな問題がある。

ここから、戦時下選挙の本質的な矛盾が浮かび上がる。全国民の参加を保障しようとすれば選挙の延期が必要になり、安全な地域だけで実施すれば全国選挙としての包括性が損なわれる。

したがって、戦後選挙では、占領地域から避難した住民に対する在外・国内避難民投票をどう確保するか、占領地域の住民登録をどう復旧するか、領土回復後に地方選挙をいつ実施するかといった複数の制度を段階的に整備する必要がある。

今後の現実的な選択肢

今後のシナリオとして最も現実的なのは、戦争中に通常型の全国選挙を強行することではなく、選挙再開に必要な条件を先に制度化することである。これはフェドロフの問題提起を一定程度受け入れつつ、ゼレンスキー政権が主張する安全保障上の懸念にも対応する中間的な選択肢となる。

第一に、戒厳令解除後の選挙実施期限を法律上できるだけ明確にする必要がある。これによって選挙延期が「無期限の権力維持」ではなく、「非常時に限定された一時的措置」であることを国民と国際社会に示せる。

第二に、国外避難民、国内避難民、軍人の投票制度を事前に整備する必要がある。数百万人規模の人口移動が発生した以上、平時の選挙制度をそのまま復活させるだけでは有権者の政治参加を保障できない。

第三に、占領地域問題を選挙制度のなかで明確に扱う必要がある。領土の法的地位を変更することなく、実効支配を回復していない地域の有権者をどのように登録し、どの段階で投票に参加させるのかを制度化する必要がある。

第四に、選挙インフラへのサイバー攻撃や偽情報工作に対する防御能力を高める必要がある。ロシアとの戦争では軍事的攻撃だけでなく、情報空間そのものが戦場となっているため、選挙のデジタル化を進める場合には特に慎重な検証が必要になる。

第五に、選挙管理機関と司法の独立性を確保する必要がある。政府が選挙制度を主導する場合でも、政権に有利なルール変更だという疑念を生じさせないため、野党、市民社会、専門家、国際機関を含む透明な合意形成が求められる。

このような準備を進めれば、選挙そのものを戦争中に行わなくても、民主主義の制度的再開を準備することは可能である。実際、ウクライナ最高会議では2026年5月時点ですでに、特別期間および戦後の選挙制度について包括的な法改正案を検討する作業部会が活動していた。

結論

2026年8月時点で、「ウクライナで戦時下選挙は可能か」という問いに対する最も妥当な回答は、法的には現状のままでは困難であり、実務的にも極めて難しいが、将来の選挙再開に向けた制度準備は直ちに可能であり、むしろ必要であるというものになる。

フェドロフ前国防相の要求には、政治的な意図が含まれている可能性を排除できない。しかし、それによって問題提起そのものの重要性が消えるわけではない。戦争が長期化すればするほど、民主的正統性をどのように維持するのかという問題は避けて通れなくなる。

ゼレンスキー政権にとって最善なのは、フェドロフの要求を単純に退けることでも、直ちに選挙へ踏み切ることでもない。選挙を実施できる条件、実施できない条件、戒厳令終了後の選挙日程、避難民と軍人の投票権、占領地域の扱いなどを可能な限り透明に示し、民主主義の回復が国家政策として確約されていることを示すことである。

これはゼレンスキー政権自身にとっても重要である。選挙を避け続けることは短期的には統治の安定につながる可能性があるが、長期的には「現職政権が自らの政治的審判を避けている」という批判を招く可能性があり、その政治的コストは戦争が長引くほど増大する。

一方で、戦争中に不完全な選挙を強行することも危険である。ロシアによる攻撃、占領地域、避難民、軍人、サイバー攻撃、偽情報などの問題を解決しないまま実施すれば、選挙結果そのものが争われ、民主主義を強化するどころか政治的混乱を拡大する恐れがある。

したがって、最も現実的な道は「選挙を延期するか、強行するか」という二択ではない。戦争中から選挙後の民主的移行を準備し、条件が整った段階で、国際的にも信頼できる全国選挙を実施することが現実的な政策目標となる。

今回のフェドロフ発言は、そのための時計を動かし始めたと評価できる。彼の要求によって、ゼレンスキー政権は戦争遂行だけでなく、戦争後にどのような民主国家をつくるのかについても、より具体的な説明を求められるようになった。

そして最終的にウクライナの民主主義を評価する基準は、戦争中に選挙を実施したかどうかだけではない。ロシアによる侵略という極限状態のなかでも、権力交代の可能性、国民の政治参加、法の支配、自由な政治競争という原則を維持できたかどうかが、より重要な評価基準になる。

戦争が続く限り、民主主義と安全保障の緊張は消えない。しかし、ウクライナがロシアの侵略から国家を守るだけでなく、民主国家としての制度を守り抜くことができるなら、戦時下選挙をめぐる今回の危機は、逆に戦後民主主義を強化する転換点となる可能性もある。

最後に

本稿全体を通じた検証結果は、「戦時下選挙の実施要求には民主主義の正統性をめぐる合理的な問題提起が含まれる一方、2026年8月現在のウクライナでは、法制度、安全保障、占領地域、避難民、軍人、選挙管理の問題が重なっており、通常の全国選挙を直ちに実施する条件は整っていない」というものになる。

したがって、フェドロフの要求を「実現可能な即時政策」と評価するのは難しい。しかし、それを「無意味な政治的主張」と切り捨てることも適切ではない。むしろ長期戦によって顕在化した統治上の問題を可視化し、ゼレンスキー政権に対して、戦時統治の出口と民主的権力移行の道筋を示すよう迫った点に、この要求の最大の政治的意味がある。

ウクライナに必要なのは、戦争と民主主義のどちらかを選ぶことではない。戦争を生き延びながら民主主義の制度的基盤を守り、戦争が終わった時点で国民が自由に国家の進路を決定できる状態を確保することである。


参考・引用リスト

  • Reuters, “New Ukrainian defence minister takes office as ousted predecessor calls for wartime elections,” 2026年8月19日。
  • Associated Press, “Zelenskyy fires a top aide amid a graft probe as Ukraine’s ex-defense minister demands elections,” 2026年8月19日。
  • Financial Times, “Ukraine’s ousted defence minister calls for wartime election,” 2026年8月19日。
  • The Guardian, 2026年8月19~20日付、ウクライナ政権内の政治危機・汚職問題・戦時下選挙に関する報道。
  • International Foundation for Electoral Systems(IFES), “IFES Condemns Russian Sham Elections on Occupied Ukrainian Lands,” 2024年3月13日。
  • Russia Matters, “The Russia-Ukraine War Report Card,” 2026年8月5日・12日版。ロシアの実効支配地域の推計。
  • Critical Threats Project, “Russian Offensive Campaign Assessment,” 2026年8月12日・15日版。占領地域および前線の変動に関する分析。
  • The Guardian, 2026年8月13日付、ウクライナ軍の領土奪還に関する報道。
  • ウクライナ憲法、第83条・第108条。
  • ウクライナ「戒厳令の法的体制に関する法律」第19条。
  • ウクライナ最高会議(Verkhovna Rada)、戒厳令延長関連資料。
  • International IDEA、紛争・非常事態下における選挙と民主的統治に関する資料。
  • OSCE/ODIHR、ウクライナの選挙制度および選挙監視に関する資料。
この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします
あなたへのおすすめ