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四国でツキノワグマ絶滅の恐れ、本州と北海道で被害相次ぐ中

2026年現在、日本のクマ問題は「増えすぎたクマ」と「消えゆくクマ」が同時に存在する特殊な局面にある。
クマのイメージ(Getty Images)
現状(2026年6月時点)

2026年現在、日本のクマ問題は二極化が進行している。本州北部や北海道ではクマの出没件数や人身被害が社会問題化している一方、四国では逆にツキノワグマの絶滅が現実的な危機として認識されている。

環境省や研究機関、自然保護団体による継続的な調査では、四国のツキノワグマ個体群は極めて小規模であり、生息域も徳島県・高知県境を中心とした剣山系周辺に限定されていることが確認されている。推定個体数は20~25頭前後とされ、日本国内で最も絶滅リスクの高い大型哺乳類個体群の一つとなっている。

一方で北海道や東北地方ではクマとの遭遇、人身被害、農業被害が増加しており、行政は管理捕獲や法制度改正を進めている。日本国内で「クマが多すぎる地域」と「クマが絶滅寸前の地域」が同時に存在していることが、現在のクマ問題の最大の特徴である。

日本国内におけるクマの生息状況

日本にはヒグマとツキノワグマの2種のクマが生息している。ヒグマは北海道にのみ分布し、ツキノワグマは本州および四国に生息している。

かつてツキノワグマは九州にも生息していたが、20世紀後半には事実上絶滅したと考えられている。現在は本州の広範囲に分布しているものの、西日本では地域個体群の縮小や孤立化が進行している。

日本のクマ類は森林生態系の上位に位置する大型哺乳類であり、森林の健全性を示す指標種でもある。そのため個体数の増減は単なる野生動物問題ではなく、森林環境そのものの変化を反映していると考えられている。

四国と他地域の決定的な差

四国と本州・北海道の決定的な違いは「個体数」と「遺伝子交流の有無」にある。

北海道のヒグマは数千頭規模、本州のツキノワグマも地域差はあるが多数の個体群が存在し、一定程度の遺伝的交流が維持されている。一方で四国の個体群は数十頭未満であり、他地域との交流が地理的に完全に遮断されている。

つまり北海道や本州では「増えすぎたクマをどう管理するか」が課題となっているのに対し、四国では「絶滅をどう防ぐか」が最大の課題となっている。この構造的な違いを理解しない限り、日本のクマ問題を正しく把握することはできない。

北海道

北海道にはヒグマが生息している。推定個体数は数千頭規模とされ、生息域も道内の広範囲に及ぶ。

近年は人間活動の縮小や農業被害の増加、市街地への出没増加などが問題となっている。ヒグマは体格が大きく、人身被害が発生した際の危険性も高いため、管理捕獲や地域ごとの対策が強化されている。

北海道の課題は絶滅ではなく、人間社会との摩擦の増大である。個体群そのものの存続は現時点で大きな問題になっていない。

本州

本州ではツキノワグマが広範囲に分布している。特に東北地方や中部山岳地帯では比較的安定した個体群が維持されている。

近年はブナやミズナラの凶作、人里近くの利用放棄地の増加、高齢化による管理不足などが重なり、クマが市街地へ出没する事例が増加している。2023年には人身被害が過去最多を記録し、政府は法改正を進めるに至った。

本州では絶滅危機よりも、人間との接触増加が中心課題となっている。

四国(わずか20〜25頭前後)

四国のツキノワグマは日本で最も危機的な状況に置かれている地域個体群である。近年の調査では生息数は20頭前後から25頭程度と推定されている。

生息域は主として剣山系周辺に限定されている。分布域は過去と比較して大幅に縮小しており、連続的な生息地はほぼ失われている。

生物学的にみても、この規模の個体群は偶発的な死亡や繁殖失敗だけで急速な崩壊に至る可能性がある。多くの専門家が「絶滅寸前」という表現を用いる理由はここにある。

なぜ四国のクマだけが絶滅寸前なのか?

四国のツキノワグマが絶滅寸前に追い込まれた背景には、単一の原因ではなく複数の要因が長期間にわたり積み重なった結果が存在する。

歴史的な狩猟圧、生息地の分断、森林環境の変化、餌資源の減少、遺伝的孤立などが相互に作用し、個体群の回復能力を失わせたのである。

現在の四国個体群は、すでに自然回復だけでは存続が困難な段階に近づいているとの指摘も存在する。

歴史的な大規模駆除と生息地の分断

明治期から昭和中期にかけて、日本各地では有害鳥獣としてクマの駆除が積極的に行われた。

四国でも例外ではなく、農作物被害防止や狩猟目的によって多数の個体が捕獲された。その結果、もともと少なかった個体群は急速に縮小した。

さらに道路建設、ダム開発、林道整備などによって森林が細分化され、個体群同士の移動が困難になった。これが現在まで続く孤立化の出発点となった。

人工林化による「餌不足」

戦後の拡大造林政策は四国の森林環境を大きく変化させた。

スギやヒノキの人工林は木材生産には適しているが、クマの主要な食料となるブナ、ミズナラ、クリなどの広葉樹林に比べて生物多様性が低い。結果として木の実や果実などの餌資源が減少した。

餌不足は繁殖率低下や幼獣生存率低下を招き、長期的な個体群縮小につながったと考えられている。

遺伝的多様性の喪失と孤立

現在の四国個体群が抱える最大級の問題は遺伝的多様性の低下である。

個体数が極端に少ない状態が続くと近親交配が増加し、繁殖能力や環境変化への適応力が低下する。これを遺伝的ボトルネックという。

しかも四国は海によって本州から隔離されているため、新たな個体が自然流入する可能性はほぼ存在しない。この孤立性が問題をさらに深刻化させている。

一方で遺伝学的研究では、四国のツキノワグマは独自の遺伝的特徴を持つことが明らかになっている。そのため絶滅は単なる個体数減少ではなく、固有の遺伝資源そのものの消失を意味する。

本州・北海道の「被害相次ぐ」現状との構造的対比

近年の報道では「クマ被害」が頻繁に取り上げられている。しかしその多くは北海道や東北地方、本州中部で発生した事例である。

四国では1980年代以降、人身被害は確認されていないとされる。理由は単純で、クマが少なすぎるからである。

つまり本州北部では「増加したクマとどう共存するか」が問題であり、四国では「クマが消滅する前にどう保全するか」が問題となる。同じクマ問題でも政策目標は正反対である。

過疎化による「緩衝地帯(里山)」の消滅

かつて日本の農山村には里山という中間領域が存在していた。

里山は人間活動と野生動物の生息域を緩やかに分離する緩衝地帯として機能していた。しかし、人口減少や高齢化によって管理放棄が進み、その機能が失われつつある。

本州ではこれがクマの市街地進出を促している。一方で四国では、生息地そのものが縮小しているため、里山消失はさらに深刻な生態学的影響を与えている。

「保護から管理へ」の転換期

日本のクマ政策は現在、大きな転換点を迎えている。

北海道や東北では人身被害増加を背景に、単純な保護政策から管理政策へと重点が移行している。市街地での緊急銃猟を可能にする法改正も、その流れの一環である。

しかし四国では事情が異なる。ここでは依然として保護が最優先課題であり、管理よりも存続確保が求められている。

今後求められる対策と「共存」へのアプローチ

四国個体群の保全には総合的な戦略が必要である。

単に捕獲を禁止するだけでは不十分であり、生息地保全、森林再生、遺伝的管理、地域住民との協力などを統合的に進めなければならない。

同時に本州や北海道では、人身被害を抑えながら個体群を維持する管理型共存モデルの構築が必要となる。

徹底した「錯誤捕獲」の防止

四国個体群では一頭の死亡が個体群全体に大きな影響を与える。

そのためイノシシやシカを対象としたわなによる錯誤捕獲を徹底的に減らす必要がある。誤ってクマが捕獲されるだけでも、繁殖可能な個体が失われる危険がある。

監視体制の強化やわなの改良は重要な保全手段となる。

人間側の「誘引物」の管理

クマ問題の多くは、人間が提供する食料資源によって悪化する。

放置果樹、生ごみ、農作物残渣、家畜飼料などはクマを誘引する要因となる。本州・北海道では特に重要な対策であり、四国でも将来的な共存の基盤となる。

クマを変えるのではなく、人間側の行動を変えることが共存政策の基本原則である。

生息環境(奥山)の再生

長期的には森林環境そのものの改善が不可欠である。

人工林中心の森林構造を見直し、広葉樹林の回復を進めることで、クマだけでなく多くの森林生物の生息環境改善につながる。

奥山に十分な餌資源があれば、クマが人里へ出る必要性も低下する。保全と被害防止は本来対立するものではなく、森林再生によって両立可能である。

四国のクマが問いかけるもの

四国のツキノワグマ問題は単なる一地域の希少動物問題ではない。

それは戦後日本の森林政策、過疎化、生物多様性保全、野生動物管理のあり方を象徴的に示している。九州ではすでにツキノワグマが消滅したと考えられており、四国で同じことが起これば西日本の生態系史に大きな損失を残すことになる。

また、人間社会が野生動物との関係をどのように構築していくべきかという根本的な問いも突き付けている。

今後の展望

短期的にはモニタリング調査の継続と生息地保全が中心となる。

中長期的には森林再生、生態系ネットワークの回復、遺伝的管理の検討など、より踏み込んだ施策が必要になる可能性が高い。

ただし個体数が極めて少ないため、今後10~20年が存続の分岐点になるとの見方もある。現在行われる保全施策の成否が、四国個体群の未来を左右すると考えられる。

まとめ

2026年現在、日本のクマ問題は「増えすぎたクマ」と「消えゆくクマ」が同時に存在する特殊な局面にある。

北海道と本州北部では人身被害や市街地出没への対応が中心課題となっている。一方で四国のツキノワグマは推定20~25頭前後という危機的状況にあり、絶滅防止が最優先課題となっている。

四国個体群が衰退した背景には、歴史的駆除、生息地分断、人工林化による餌不足、遺伝的孤立など複数の要因が存在する。特に遺伝的多様性の喪失は深刻であり、自然回復のみでは解決が難しい段階に近づいている。

今後は錯誤捕獲防止、誘引物管理、広葉樹林再生、生息地保全を組み合わせた総合的な保全政策が不可欠である。四国のツキノワグマは、日本社会が生物多様性とどのように向き合うのかを象徴的に問いかける存在となっている。


参考・引用リスト

  • 環境省 レッドリスト・絶滅のおそれのある地域個体群関連資料
  • 四国森林管理局「ツキノワグマ調査」
  • 日本自然保護協会(NACS-J)「四国のツキノワグマ保全」
  • WWFジャパン「ツキノワグマ:四国でのフィールドプロジェクト」
  • 科学技術振興機構(JST)Science Portal「四国のツキノワグマ独自進化の希少群」
  • 徳島新聞「四国のツキノワグマ 絶滅させないために、共存への方策探ろう」(2026年1月1日)
  • ANN NEWS「相次ぐクマの人身被害 市街地での銃猟を認める鳥獣保護管理法改正案」(2025年2月)
  • ANN NEWS「相次ぐクマ被害が影響 登山者『山の変更』や『計画中止』も」(2025年10月)
  • 日本クマネットワーク関連調査資料
  • 森林総合研究所 クマ類生態・遺伝研究資料
  • 四国自然史科学研究センター 各種モニタリング調査報告書
  • 林野庁・森林管理局 生物多様性保全資料
  • 野生生物保護学関連論文・地域個体群保全研究文献

180度異なる課題の同時進行:法制度と現場のねじれ

現在の日本のクマ政策は、同じ国内でありながら真逆の課題に直面している。北海道と本州北部では「個体数増加への対応」が求められ、四国では「絶滅回避」が最大の目標となっている。

2023年以降の人身被害増加を受けて、国は市街地での緊急銃猟を可能とする制度改正を進めてきた。これは北海道や東北地方の現場では一定の合理性を持つが、四国のツキノワグマ保全とは根本的に方向性が異なる。

法制度は本来、全国共通の枠組みとして整備される。しかし、生態学的現実は地域ごとに大きく異なるため、全国一律の制度設計と地域固有の保全課題の間に深刻なねじれが生じている。

例えば北海道では「どのように管理捕獲を実施するか」が政策論争の中心となる。一方で四国では「1頭でも失えば個体群存続に影響する」という状況であり、錯誤捕獲すら重大問題となる。

この構造は日本の野生動物行政の難しさを象徴している。同じ「クマ」という種群を対象にしていても、地域によって保護政策と管理政策を同時に進めなければならないのである。

欧米では地域個体群ごとに管理目標を設定する適応的管理(Adaptive Management)が一般化しているが、日本では依然として全国一律の議論になりやすい傾向がある。四国の問題は、今後の野生動物政策がより地域特性を重視した制度へ移行できるかを問う試験場ともなっている。


「一度破壊した生態系は修復できるか」の科学的・社会的検証

四国のツキノワグマ問題は、生物学的には「絶滅渦(Extinction Vortex)」という現象に近い。

絶滅渦とは、個体数減少によって遺伝的多様性が失われ、繁殖率が低下し、それがさらに個体数減少を加速させる負の連鎖を指す。多くの希少種がこの過程を経て消滅してきた。

科学的にみれば、生態系の修復は理論上可能である。実際に欧州ではオオヤマネコ、オオカミ、ヒグマなどが再定着した事例が存在する。

しかしその成功例の多くは、絶滅前に十分な個体数が残されていた場合である。四国のツキノワグマのように20頭前後まで減少した個体群は世界的にみても極めて危険な水準にある。

さらに問題なのは、生態系そのものも変化していることである。かつてクマが利用していた広葉樹林の多くは人工林へ転換されている。

つまり四国では「クマを守る」だけでは不十分であり、「クマが生きられる森林を再生する」必要がある。種の保全と生態系の復元を同時に進めなければならないのである。

社会的側面も重要である。森林再生は数十年単位の時間を要する。

行政予算は年度単位で運用され、政治は数年単位で評価される。しかし、森林生態系は数十年から百年単位でしか変化しない。この時間スケールの違いが、生態系修復政策を難しくしている。

四国のツキノワグマは、「人間社会は百年単位の自然回復を支援できるのか」という根源的課題を突きつけている。


なぜ四国のクマが「日本の環境政策の試金石」なのか?

環境政策には大きく分けて二つの考え方が存在する。

第一は「問題が起きたら対応する」という危機管理型政策である。第二は「問題が起きる前に予防する」という予防原則型政策である。

日本の環境行政は歴史的に前者の傾向が強かった。公害問題も外来種問題も、多くは被害が顕在化してから対策が始まった。

四国のツキノワグマは、この予防原則を実践できるかどうかを問う存在である。

もし四国の個体群が絶滅すれば、その後にどれだけ予算を投入しても元の遺伝的個体群は二度と戻らない。絶滅とは単なる個体数ゼロではなく、数万年から十数万年かけて形成された進化の歴史そのものの消失だからである。

四国個体群は本州個体群とは異なる遺伝的特徴を持つことが知られている。そのため絶滅は単なる地域絶滅ではなく、日本列島固有の進化的多様性の喪失を意味する。

つまり四国のクマ保全は、「絶滅してから考える」のか、「絶滅する前に守る」のかという環境政策の価値観そのものを試しているのである。

これはクマだけの問題ではない。ニホンカワウソ、トキ、コウノトリ、ヤンバルクイナなど、日本が経験してきた絶滅危機種保全の歴史と連続している。

四国のツキノワグマが存続できるかどうかは、日本の生物多様性政策の成熟度を示す指標になる可能性が高い。


自然との共生

近代以降の日本では、野生動物との関係はしばしば「利用」か「排除」の二択で語られてきた。

しかし、現在求められているのは第三の選択肢である「共生」である。

共生とは単に保護することではない。また無制限に野生動物を増やすことでもない。

人間の安全と生活を守りながら、生態系の健全性も維持する社会的仕組みを構築することである。

北海道ではクマとの距離をどう保つかが課題となる。本州では出没抑制と被害軽減が課題となる。

四国ではまず絶滅を防ぎ、健全な個体群を回復させることが共生の前提条件となる。共生は「残っている野生動物」としか実現できないからである。

重要なのは、クマを単なる害獣として見るか、生態系の構成員として見るかである。

クマは森林内で植物種子を運搬し、昆虫や小動物の個体群に影響を与え、森林生態系の物質循環に関与している。大型哺乳類が消失した森林は、一見同じように見えても生態系機能が変化している場合がある。

近年の保全生態学では、「大型動物の不在」が生態系全体へ波及するトロフィック・カスケード(栄養段階連鎖)の研究が進んでいる。

その観点から見ると、四国のツキノワグマは単なる希少動物ではない。四国山地の森林生態系の健全性を象徴する存在なのである。


四国のツキノワグマが示す未来

本州と北海道では「クマが多すぎる」という問題が発生している。一方で四国では「クマが少なすぎて消えようとしている」という問題が進行している。

表面的には矛盾して見えるが、実際には両者とも人間活動による自然環境の変化が生み出した現象である。

前者は里山管理の衰退や人口減少による人間活動の後退が背景にある。後者は歴史的駆除、生息地破壊、人工林化による長期的な生態系改変が背景にある。

つまり日本のクマ問題は、「人間と自然の関係が急激に変化した結果」として統一的に理解できる。

四国のツキノワグマは、日本が高度経済成長期以降に進めてきた森林政策や国土利用政策の長期的帰結を映し出している。同時に、それを修復できるかどうかを問う未来への試験でもある。

もし四国個体群の回復に成功すれば、日本の保全生物学における重要な成功事例となる可能性がある。逆に絶滅に至れば、それは「危機を認識しながら救えなかった種」として記録されることになる。

四国のツキノワグマを巡る問題は、単なる地域の自然保護課題ではない。それは、日本社会が21世紀において自然との関係をどのように再構築するのかを問う、生物多様性政策の最前線なのである。


総括

四国のツキノワグマ問題は、単なる希少動物保護の話ではない。それは現代日本が直面している生物多様性保全、森林政策、過疎化、野生動物管理、環境行政、さらには自然との関係性そのものを映し出す縮図である。

2026年現在、日本ではクマをめぐる議論がかつてないほど活発化している。北海道ではヒグマによる人身被害や農業被害が継続的に発生し、本州でもツキノワグマの市街地出没や人的被害が社会問題化している。2023年には全国のツキノワグマによる人身被害が過去最多を記録し、政府は市街地での緊急銃猟を可能とする法制度の見直しを進めるなど、クマ管理政策は大きな転換点を迎えている。

しかしその一方で、同じ日本国内において、まったく逆の問題が進行している。それが四国のツキノワグマである。

北海道や東北地方では「増加したクマをどのように管理するか」が課題となっているのに対し、四国では「絶滅をいかに回避するか」が最大の課題となっている。両者は同じクマ問題でありながら、その本質は正反対である。

現在の四国個体群は、徳島県と高知県にまたがる剣山系周辺に限定的に生息していると考えられている。推定個体数は20〜25頭前後であり、日本国内に生息する大型哺乳類としては極めて危機的な水準にある。この数字は単なる少数個体群という意味ではない。生態学的には個体群崩壊が現実的なリスクとして存在する段階に到達していることを意味する。

個体数が少なくなると偶発的な死亡が集団全体に与える影響が大きくなる。さらに繁殖可能な雌雄の不足、出生率の低下、幼獣の生存率低下、疾病への脆弱性増加など、さまざまな要因が同時に作用し始める。そして個体数減少がさらなる個体数減少を招く「絶滅渦」と呼ばれる負の連鎖に陥る危険性が高まる。

四国のツキノワグマがここまで追い込まれた原因は単純ではない。一つの要因によって生じた危機ではなく、長期間にわたる人間活動の累積的影響によって形成された複合的な問題である。

明治期以降、クマは有害鳥獣として大規模な駆除の対象となった。農作物被害防止や狩猟目的による捕獲が継続され、個体数は徐々に減少した。その後も道路建設、林道整備、ダム開発などによる生息地の分断が進み、地域個体群同士の交流が困難となった。

さらに戦後の拡大造林政策によって四国の森林構造は大きく変化した。本来、クマが利用していたブナやミズナラなどの広葉樹林は減少し、スギやヒノキを中心とする人工林へ転換された。人工林は木材生産には適しているが、生物多様性という観点では広葉樹林よりも単純な生態系となる。結果として木の実や果実などの餌資源が減少し、クマの生息環境は大きく悪化した。

この問題をさらに深刻化させているのが遺伝的孤立である。

北海道や本州では一定規模以上の個体群が維持されており、地域間の遺伝子交流も部分的に存在している。しかし四国は海によって本州から隔離されており、新たな個体の自然流入はほぼ期待できない。そのため近親交配の進行や遺伝的多様性の喪失が懸念されている。

遺伝的多様性は単なる学術的概念ではない。それは環境変化への適応能力、疾病への耐性、繁殖能力の維持など、生物集団の存続を支える基盤である。四国個体群の消失は、単に四国からクマがいなくなるという意味ではない。長い進化の過程で形成された独自の遺伝資源そのものが失われることを意味している。

この問題を考える上で重要なのは、本州や北海道で発生しているクマ被害との対比である。

近年のクマ問題をめぐる報道では、「クマが増えすぎた」「人里に出没する」「危険動物である」といった論調が目立つ。しかしその議論の多くは北海道や東北地方を前提としている。

四国では状況がまったく異なる。そこでは人身被害を減らすためにクマを減らす必要があるのではなく、むしろ絶滅を防ぐためにクマを守らなければならない。日本社会は現在、「クマを減らす政策」と「クマを増やす政策」を同時に進めなければならないという極めて特殊な状況に置かれているのである。

ここに法制度と現場のねじれが生じる。

全国的には管理捕獲の強化が求められている。しかし、四国では1頭の死亡ですら個体群存続に大きな影響を与える可能性がある。全国一律の制度設計では対応できない現実が存在しているのである。

このことは、日本の野生動物行政が今後どのような方向へ進むべきかを示唆している。すなわち、全国一律管理から地域個体群ごとの適応的管理への転換である。生物学的現実は地域ごとに異なる以上、政策もまた地域ごとの実情に応じて柔軟に設計されなければならない。

さらに四国のツキノワグマ問題は、「一度破壊された生態系は修復できるのか」という問いを投げかけている。

生態系は機械ではない。壊れた部品を交換すれば元に戻るものではない。森林が形成されるには数十年から百年以上の時間が必要であり、生物同士の関係性はさらに長い年月をかけて構築される。

そのためクマを保護するだけでは問題は解決しない。クマが生息できる森林そのものを再生する必要がある。人工林を広葉樹林へ転換し、森林の多様性を回復し、餌資源を増やし、生態系全体を健全な状態へ近づけなければならない。

しかしその作業は極めて長期的な取り組みとなる。政治は数年単位で評価されるが、生態系は数十年単位でしか変化しない。この時間軸の違いが環境政策の難しさであり、同時に四国のツキノワグマ問題の本質でもある。

また、この問題は日本の環境政策そのものの成熟度を測る試金石でもある。

過去の日本では、多くの環境問題が深刻化してから対応が始まった。公害問題も、生物多様性の損失も、多くの場合は取り返しがつかなくなってから対策が講じられてきた。

四国のツキノワグマは、そのような後追い型行政から脱却できるかを問う存在である。

絶滅してから保護することはできない。失われた遺伝資源を完全に復元することもできない。つまり今この時点で行動できるかどうかがすべてなのである。

四国のツキノワグマが絶滅するか存続するかは、日本社会が予防原則に基づく環境政策を実践できるかどうかを示す指標となる可能性が高い。

そして最終的に、この問題は人間と自然との関係性へと行き着く。

近代社会は自然を利用対象として発展してきた。森林は木材資源となり、河川は治水対象となり、野生動物は駆除や利用の対象とされた。しかし21世紀に入り、その関係性は大きな転換期を迎えている。

クマ問題は単にクマの問題ではない。それは人間がどのように自然と共存するのかという問題である。

共存とは無条件の保護でもなければ、徹底した排除でもない。人間の安全と生活を守りながら、生態系の健全性も維持することである。

北海道では適切な管理が求められる。本州では出没抑制と被害軽減が求められる。そして四国では絶滅回避と生態系再生が求められる。

地域によって課題は異なる。しかし根底にある問いは共通している。それは「人間は自然の一部として生きることができるのか」という問いである。

四国のツキノワグマは、わずか20〜25頭前後の小さな個体群に過ぎない。しかしその存在が問いかけている内容は極めて大きい。

そこには日本の森林政策の歴史があり、生物多様性保全の課題があり、環境行政の限界があり、そして未来の自然との関係性が凝縮されている。

四国のツキノワグマを守ることは、単に一つの希少動物を守ることではない。それは日本社会が自然とどのように向き合い、どのような未来を選択するのかを決定する試みでもある。

その意味において、四国のツキノワグマ問題は地域限定の野生動物問題ではなく、21世紀の日本が直面する環境問題全体を象徴する重要な事例であり続けるのである。

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