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インド首相、国民に金購入と海外旅行を控えるよう呼びかけ、外貨流出続く中

金はインド社会に深く根付いた資産であり、海外旅行市場も近年急拡大してきた。
インド、首都ニューデリーの貴金属店(Getty Images)

インドのモディ(Narendra Modi)首相が国民に対し、「1年間は金の購入を控え、海外旅行も減らしてほしい」と異例の呼びかけを行い、国内外で波紋を広げている。金はインド社会に深く根付いた資産であり、海外旅行市場も近年急拡大してきた。それにもかかわらずモディ氏が自制を求めた背景には、中東情勢の悪化に伴うエネルギー危機と、外貨準備の急減への強い危機感がある。

モディ氏は南部ハイデラバードでの演説で、「現在の状況では外貨節約を最優先に考えなければならない」と述べた。そのうえで、不要不急の海外旅行や海外での結婚式を控えること、公共交通機関や相乗りを活用すること、さらにはコロナ禍で普及した在宅勤務やオンライン会議を再び取り入れるよう訴えた。農家には化学肥料の使用削減も求め、「責任ある生活こそ愛国心だ」と強調した。

こうした訴えの背景には、イラン情勢を発端とする世界的な原油価格高騰がある。2月末以降、中東での軍事衝突激化によってホルムズ海峡周辺の物流が不安定化し、原油・天然ガス価格が急騰した。インドは世界第3位の原油輸入国であり、エネルギー価格上昇は経済全体に波及する。輸入代金の支払いには大量の米ドルが必要となるため、外貨準備高が急速に圧迫されている。インド準備銀行(RBI、中銀)によると、外貨準備高は2月末の7285億ドルから5月初旬には6906億ドルに減少した。

その中でも政府が特に問題視しているのが金輸入だ。インドでは金は単なる装飾品ではなく、結婚式や宗教儀礼、資産防衛の象徴として重視されている。農村部では銀行口座より金を信用する家庭も少なくない。世界有数の金消費国であるインドは、年間700億ドル規模の金を輸入し、これが原油に次ぐ巨額の外貨流出要因になっている。モディ氏は「1年だけでも不要な金購入を控えれば、相当な外貨を節約できる」と説明した。

しかし、この発言は宝飾業界に衝撃を与えた。金需要はインド経済の一角を占め、数百万人規模の雇用を支えているからだ。宝石商団体は単純な需要抑制ではなく、国内に眠る金の再利用促進や金市場の制度改革によって外貨流出を減らすべきだと反論している。具体的には、国際金融サービスセンター(GIFT-IFSC)に金専門銀行を設置し、国内保有金を循環利用する仕組みを提案している。

一方、海外旅行の抑制要請も注目を集めている。インド人の海外渡航者数は近年急増し、年間3000万人規模に達した。海外旅行での消費額は300億ドルを超え、外貨流出を加速させている。航空燃料価格の高騰によって航空券価格も上昇しており、政府は国内観光への切り替えを促したい考えだ。

もっとも、モディ政権の姿勢には矛盾も指摘されている。政府は国民に金購入を控えるよう求める一方で、中銀自身は金準備を積み増しているためだ。RBIの外貨準備に占める金の割合は近年急上昇し、地政学リスクへの備えとして海外保管分を国内へ移送する動きも進む。英フィナンシャル・タイムズは「国家も国民も同じ安全資産である金を求めている」と指摘している。

さらに、政府は金輸入抑制策として関税引き上げにも踏み切った。今週には金と銀への輸入関税を6%から15%へ引き上げ、市場では短期的な需要減退観測が広がった。ただし一部アナリストは、経済不安が強まるほど安全資産としての金需要はむしろ高まる可能性があると分析している。

モディ氏の呼びかけは、単なる倹約運動ではなく、エネルギー危機と通貨防衛を背景とした国家的な経済防衛策と位置づけられる。だが、何世紀にもわたり金を蓄財手段としてきたインド国民が、政府の訴え通りに消費行動を変えるかは不透明だ。

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