SHARE:

「子どもは静かに溺れる」米国の専門家が警告、水難事故を防ぐ

米国では年間約4000~5000人が水難事故で死亡している。
プールのイメージ(AP通信)

米国で子どもの水難事故が増加傾向にあることを受け、小児科医や公衆衛生の専門家らが保護者に対し、水辺での安全対策を改めて徹底するよう呼びかけている。専門家は「事故はわずか数秒で起こり得る」と指摘し、迅速な救助と心肺蘇生の実施が生死だけでなく、その後の後遺症の有無を左右すると強調している。

米国では年間約4000~5000人が水難事故で死亡している。その多くは湖や池、海など自然水域で事故に遭う成人だが、統計上は子どもにとってより深刻な危険となっている。1~4歳では溺水が死因の第1位であり、5~14歳でも主要な死因の一つに数えられる。年齢や人種によって傾向は異なるものの、幼い子どもにとって水辺の事故は依然として命に直結するリスクとなっている。乳幼児の事故は浴槽でも起こるが、大半は家庭や施設のプールで発生している。

こうした危険性を身をもって知る人物が、米東部で食品スーパーを展開する「スチュー・レナーズ」の最高経営責任者スチュー・レナード(Stew Leonard)氏である。1989年、カリブ海のサン・マルタン島で家族旅行中、当時1歳半の息子がプールで溺れ、命を落とした。当時は親族を含め10数人が近くに集まり、姉の誕生日を祝っていた。レナード氏は屋外で飾り付けをし、妻は室内でケーキを焼いていたため、互いに「相手が見ているだろう」と思い込んでいたという。気付いた時には息子の姿はなく、プールでうつぶせになっているのをレナード氏が発見した。「皆が見ていると思うと、実際には誰も見ていない」。夫妻は事故を振り返り、この教訓を繰り返し語っている。

夫妻は事故後、子どもの水難事故防止を目的とする財団を設立し、水泳教室への支援や啓発活動を開始した。これまでに25万人以上の子どもに水泳教室を提供し、自ら水泳学校も開設するなど、水泳技能の普及に取り組んでいる。レナード氏は「バレエや空手、テニスも素晴らしいが、命を救える習い事は水泳だ」と語り、幼いうちから泳ぎを学ぶ重要性を訴えている。

米国では1980年代、不慮の溺水による子どもの死亡者数が年間約2000人に上った。しかし、啓発活動の拡大や水泳教室の普及、プールへの柵設置義務などの安全対策が進んだ結果、2000年代初頭には1000人未満まで減少し、2000~2019年には死亡率が約4割低下した。

ところが近年、この改善傾向が反転した。子どもの溺水死亡者数は2019年の756人から2024年には865人に増加し、その多くを5歳未満の幼児が占めた。背景には、コロナ禍によって水泳教室やライフガード養成が中断されたことに加え、全国的なライフガード不足、家庭用プールの増加、十分な監視がないまま泳ぐ機会が増えたことなどが影響した可能性が指摘されている。2025年の速報値ではやや減少が見られるものの、依然としてコロナ禍前の水準を上回っている。

近年は、子どもが装着したリストバンドが水中に入ると警報を鳴らす装置など、新たな安全機器も開発されている。ただし専門家は、こうした機器は補助的な役割に過ぎず、大人による直接の監視に代わるものではないと指摘する。米小児科学会は、ライフガード配置基準の整備やライフジャケット着用の推進、四方を柵で囲み自動で閉まる門を備えたプールの設置義務化などが事故防止に有効だとしている。さらに、水辺では保護者がスマートフォンを見たり読書や会話に気を取られたりせず、1人の大人が「水辺の見守り役」として監視に専念することが不可欠だと呼びかけている。

専門家は、溺水は叫び声や大きな水しぶきを伴わず、極めて静かに進行する場合が多いと指摘する。そのため、保護者が目を離したほんの数秒が重大事故につながりかねない。医師らは「水辺での安全は偶然ではなく準備によって守られる」とし、水泳教育、安全設備、そして大人の絶え間ない注意という複数の対策を組み合わせることが、子どもの命を守る最も確実な方法だと訴えている。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします