麻薬戦争は終わらない

アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール政権が誕生してから2年。麻薬カルテルとの終わりなき戦いは今もなお続き、ゴールは見えない。

6月7日、メキシコ国内でカルテル関連と思われる殺人事件が数十件発生、117人が殺害された。なお、同国のもつ24時間当たりの死亡者数(殺人事件限定)記録は、今年の4月20日に記録した114人だった。

2020年4月までの間に、カルテル関連の事件で殺害された者の数は数千~1万人規模。これは過去最高を記録した2019年を上回るペースである。

2019年にメキシコ国内で発生した殺人事件は35,482件。ただし、これは警察が把握している件数に過ぎない。死者数についても同様である。1年で50,000人以上が麻薬カルテルがらみで殺害されているというが、山奥で射殺もしくは斬首され埋められた者が何人、何千人いるかは誰にも分からない、と警察関係者は言う。

2020年、メキシコ国内で暗躍する巨大麻薬カルテルは、組織のシノギを邪魔する競争相手および政治家や政府高官などを標的にしている。主な殺害方法は、大量殺人もしくは暗殺のふたつである。

国際的非政府組織、国際危機グループ(CG)のシニアアナリストを務めるファルコ・アーネスト氏はBBCの取材に対し、「最も大胆な攻撃は、6月下旬にメキシコシティのロマスデチャプルテペックの高級住宅街で発生した殺人事件である」と述べた。

麻薬カルテルの一味は、トラックに乗り建設労働者を装っていた。そして、同地を車両で通過したメキシコシティ治安庁長官、オマル・ガルシア・アルフッチュ氏を襲撃、ボディガード(傭兵)2名と通勤途中だった女性(部外者)が射殺された。

アルフッチュ氏は幾度も襲撃を受け、これまでに3度撃たれている。同氏は「ハリスコ新世代カルテル(ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン、通称CJNG)」を公の場で非難。その勇気は、メキシコ国民に希望を与えたと言われている。

ハリスコ州に拠点を置く(と考えられている)CJNGは、近年活動を活発化させている麻薬カルテルである。メキシコで最も危険な巨大カルテル「ロス・セタス」の武装集団数十名を一度に殺害したことで有名になった。

7月2日、グアファナト州イラブアトの麻薬リハビリセンターを襲撃したCJNGは、患者とスタッフを地面に押し付け、銃撃。26名が後頭部や背中を撃ち抜かれ即死した。

この事件は、「グアファナト州に拠点を置くサンタローザデリマカルテルとCJNGの抗争が激化している」と伝えられた矢先に発生した。

メキシコで最も平和な街、と観光客からも人気を集めていたグアナファト州は、CJNGが進出してきたことで危険地帯になってしまった。現在もカルテル間の抗争が絶えず、市民は戦々恐々としている。

アーネスト氏はCJNGについて、「彼らは非常に攻撃的であり、グアナファト警察、連邦軍兵士を躊躇なく殺害している。また、軍用ヘリコプターをRPG(ロケットランチャー)で撃墜したこともあり、街中での銃撃戦も躊躇しない。下手に真正面からぶつかれば、第三者を巻き込むことになるだろう」と述べた。

また、連邦軍および警察組織とのあいまいな関係、賄賂を含む金品のやり取りについても指摘し、「政府はCJNGを国家の敵と公に見なしている。しかし、一部の政府高官、警察高官とCJNG幹部との癒着を示す怪しげなつながりが指摘されており、誰が敵か味方かも分からない状態だ」と付け加えた。

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殺し合いの連鎖

2019年、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領はメキシコ麻薬戦争の終結を発表した。

しかし、それが形だけのポーズに過ぎないことは火を見るより明らかである。2016年から麻薬カルテル間の抗争は激化し、2019年まで4年連続で年間殺人事件件数の最多記録を更新し続けている。すなわち、麻薬戦争は終わるどころか年を追うごとに激しさを増しているのだ。

なお、メキシコの安全保障政策を統括する公安省に対し取材を申し入れても、答えは返ってこない。

2009年~2011年の間に繰り広げられた戦争は、メキシコの善良な国民を震え上がらせた。

ロス・セタス等の巨大カルテルは、毎年数十億ドル規模(諸説あり)の利益を上げ、警察や連邦軍に匹敵する力を手に入れた。増長したロス・セタスなどの巨大カルテルは、シノギを邪魔する小組織を破壊。治安維持活動に当たる警察官を容赦なく殺した。

その後、潤沢な資金に恵まれた巨大カルテルも、裏切りや内紛を繰り返し弱体化。ここ数年、以前の勢いはなくなったと言われるようになった。

しかし、2016年から毎月の死者数は高止まりし、2020年は昨年の勢いを上回るペースで人が殺されている。

メキシコ国内ではコロナウイルスが猛威を振るっており、7月11日時点の累計感染者数は約29.5万人、34,730人が死亡、ロックダウンは現在も継続中である。しかし、外出禁止令をあざ笑うかのように麻薬カルテルは暗躍し、この瞬間もウイルスと銃弾の雨が人々の命を奪っている

当局関係者は、警察官がコロナウイルス関連の任務(国境警備、夜間の見回りなど)に就いた結果、カルテルの行動が活発化し、治安悪化につながったと述べた。

パンデミックはメキシコ政府、連邦軍、警察を酷く損傷させた。感染による死者は日に日に増加し、さらに麻薬カルテルから銃弾を撃ち込まれ、疲弊している。

メキシコの治安アナリスト、アレハンドロ・ホープ氏はBBCの取材に対し、「治安維持部隊の兵器、戦力は麻薬カルテルを圧倒的に上回っている。しかし、パンデミックの発生で潮目が変わった。彼らはコロナウイルスに翻弄され、その多くが国境付近や病院、検疫所に配置されてしまった」と述べた。

また、巨大カルテルの弱体化が指摘される一方、CJNGのような新組織の活動が激化していることに対し、「政府はカルテルの弱体化を指摘するが、殺人事件の件数は増え続けている。CJNGなどの新組織を放置すれば、新たな巨大カルテルが誕生するかもしれない」と付け加えた。

6月、連邦裁判官のユリエル・ビレガズ・オーティズ氏とその妻が、二人の子供の前で銃殺された。連邦裁判所の裁判官が殺害されたの2006年以来二人目である。

オーティズ裁判官が議長を務めたケースのひとつは、CJNGのリーダー「ネメシオ・オセゲラ・セルバンテス」の息子に対する訴訟だった。

メキシコ麻薬戦争は終わってなどいない。そして、最悪の年に逆戻りするのではなく、2020年も昨年同様、史上最悪を更新するのである。

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