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なぜ海洋保護は進まないのか、現時点の指定海域は世界全体のわずか10%、顕在化している主な課題

2026年10月時点の海洋保護は、世界の海洋の約10%が保護・保全対象に指定される一方、実効的な保護が評価される海域は約3.5%にとどまるという、大きな隔たりを抱えている。
ウミガメのイメージ(Getty Images)
現状(2026年10月時点)

2026年10月時点で、世界の海洋保護は重要な転換点にある。国際的な保護地域データベース「保護された地球」の2026年10月更新値によれば、海洋保護区の指定面積は世界の海洋の9.82%に達し、これに保護地域以外で生物多様性の保全に貢献する区域を加えると10.04%となった。世界の海洋の約10%が保護または保全の対象として登録された一方、2030年までに30%を保全する国際目標には、なお大きな隔たりがある。

この目標は、2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」に盛り込まれたものであり、陸域と内陸水域、沿岸域、海洋を含む生態系の少なくとも30%を2030年までに効果的に保全することを求めている。海洋については、単に一定面積を地図上で指定するだけでなく、生物多様性の重要地域を適切に保護し、管理の実効性を確保することが求められる。

2026年9月に公表された国際的な進捗評価でも、世界の海洋の保全対象は約10%にとどまり、実効的な保護が確認された海域は約3.5%と推計されている。したがって、「10%に到達した」という数字は海洋保護の進展を示す一方、海洋生態系が実際にどこまで守られているかという問題については、別の評価が必要である。

指定面積と実効的な保護面積は一致しない

海洋保護の進捗を評価する際には、少なくとも「指定された面積」「管理が実施されている面積」「生態系の保全効果が確認された面積」を区別しなければならない。保護区に指定されていても、商業漁業や海底を攪乱する漁法、資源開発などが認められていれば、保全対象の生物や生息環境に十分な効果が及ばない可能性がある。

2026年の海洋保護に関する評価では、世界の海洋の約3.5%が、全面的または高度な保護を受ける海域として実効的な保護の指標に用いられている。この数値は、あらゆる保護活動の効果を直接測定した結果ではなく、保護の強度を基準とした推計であるため、実効性を完全に表すものではないが、指定面積と実質的な保全の間に大きな隔たりがあることを示している。

この違いは政策上きわめて重要である。指定面積の拡大だけを成果指標にすると、管理計画の策定、違法行為の監視、生態系の回復状況の評価、地域住民との合意形成などが後回しになり、数字上の進歩と現場での保全効果が乖離する危険がある。

沿岸海域と公海では保護の進み方が大きく異なる

保護の地理的な偏りも顕著である。世界の海洋のうち、各国の管轄権が及ぶ海域は約39%を占めるが、国家管轄権の及ばない海域は約61%に達し、後者には公海と国家管轄権外の海底区域が含まれる。2026年10月時点の国際データでは、各国の管轄海域における保護地域などの割合が約23.09%であるのに対し、国家管轄権外では約1.45%にとどまる。

この差は、沿岸国が法律や行政制度を通じて海域を指定し、漁業や開発を規制できる場合と、複数国が協力して管理しなければならない公海との制度的な違いを反映している。海洋全体の保護率を引き上げるには、各国が管理する海域での取り組みを強化するだけでなく、従来は保護制度が十分に及んでいなかった公海で、国際的な合意を具体的な措置に転換する必要がある。

2030年目標との距離は、面積の不足だけでは説明できない

2026年9月公表の海洋保護に関する評価では、既存の定量的な国家目標がすべて実現したとしても、2030年までの保全対象は世界の海洋の約12%にとどまると推計されている。これは、現在の約10%から一定の増加が見込まれるものの、30%という目標には大幅に届かないことを意味する。

仮に10%から30%まで引き上げるのであれば、世界の海洋全体の20%に相当する追加の保全対象を確保しなければならない。しかし、海洋保護は陸上の土地利用規制とは異なり、広大な海域を対象に、漁業、航行、資源開発、海洋調査などの活動を国際的に調整する必要がある。

したがって、目標達成の障害は、単純に指定面積を増やす速度の問題ではない。保護対象の選定、法的規制の強さ、監視能力、継続的な資金調達、地域社会の参加、国際協力という複数の条件を同時に満たせるかどうかが、2030年目標の成否を左右する。

評価上の留意点――「10%」という数字をどう読むべきか

海洋保護の統計は、集計時点、対象とする区域、保護地域と保全区域の区別、国際データベースへの登録状況によって変動する。例えば、海洋保護区だけを数える場合と、保護地域以外で実効的な保全に貢献する区域を加える場合では、世界全体に占める割合が異なるため、異なる統計の数値を無条件に比較することは適切ではない。

また、管理の実効性についても、全面的な採取禁止、高度な制限を伴う保護、限定的な活動規制、管理状況が十分に確認できない区域を区別する必要がある。指定面積の割合だけを根拠に「海洋の10%が十分に守られている」と結論づけることはできず、保護の強度、管理体制、生物多様性への実際の効果を組み合わせた評価が不可欠である。

以上から、2026年10月時点の海洋保護の現状は、国際的な面積目標の最初の節目に到達したものの、実効的な保全、地域間の公平性、管理能力、資金確保の面では重大な課題が残されている段階と位置づけられる。今後の焦点は、保護区の数を増やすことだけでなく、指定された海域を実際に機能する保全制度へと転換できるかどうかにある。

なぜ海洋保護は進まないのか(背景と根本原因)

海洋保護が進まない根本的な理由は、保護区を指定する政治的な合意と、指定後に生態系を守り続ける実務との間に大きな隔たりがあることだ。各国政府にとって、保護区の指定は国際目標への貢献を示す成果となる一方、漁業の制限、監視体制の整備、違反者への処分、地域社会への補償には、継続的な予算と政治的な負担が伴う。

2026年9月公表の「海洋保護の隔たりに関する報告書」によれば、世界の海洋の約10%が保護・保全対象として指定されているものの、実効的な保護が評価されている海域は約3.5%にとどまる。また、各国がすでに掲げている数値目標をすべて達成したとしても、2030年までに保全対象となる海域は約12%にとどまると推計されている。

この結果は、問題が実施速度だけにあるのではなく、そもそもの政策目標が不足していることも示している。国際的な30%目標が存在していても、各国の数値目標、実施計画、予算、法的規制、成果の検証方法が整合していなければ、国際合意は実効性を持たない。

さらに、海洋保護の効果は短期間では判断しにくい。魚類の個体数や大型生物の回復、生息環境の再生、食物網の安定化には長い時間が必要であり、政府の任期や年度ごとの予算編成と、生態系の回復に必要な時間軸との間には構造的なずれが存在する。

海洋は国境を越えてつながり、保全の効果も国境を越える

海洋生態系は行政区域ごとに独立しているわけではない。魚類の回遊、海流による幼生の移動、海洋汚染物質の拡散、気候変動に伴う生息域の変化などは、複数の国や海域にまたがって発生するため、ある国が保護区を整備しても、隣接海域で過剰な漁獲や環境破壊が続けば、保全効果が弱まる可能性がある。

このような状況では、保護に必要な費用を負担する国と、保全による利益を受ける国が一致しないこともある。例えば、ある国が産卵場を保護して魚類資源を回復させても、その魚類が国境を越えて移動すれば、回復した資源を利用する利益は他国にも及ぶため、単独で保護措置を講じる国には不公平感が生じかねない。

この問題は、経済学でいう「公共財」の性質と、国際協力におけるただ乗りの問題に関係する。海洋生態系の保全は広域社会に利益をもたらす一方、そのための規制や費用は個々の国、漁業者、沿岸地域に集中しやすく、国際的な費用分担と利益配分の仕組みがなければ、必要な保護措置への合意は成立しにくい。

既存の経済活動・利害関係との激しい衝突

海洋は生物多様性を支える環境であると同時に、食料供給、雇用、国際物流、エネルギー生産、鉱物資源の利用を支える経済空間でもある。したがって、保護区の拡大は環境政策にとどまらず、漁獲可能な海域、航路、開発権益、沿岸地域の所得配分を変える政策でもある。

商業漁業では、保護区の設定によって操業可能な海域が縮小したり、漁場への移動距離が長くなったりすることがある。とりわけ、漁場への依存度が高く、代替の仕事や十分な資金を持たない小規模漁業者にとって、操業制限は短期的な所得減少や事業継続の困難につながりうる。

一方、保護区が適切に設計され、十分な期間にわたって管理されれば、魚類の成長や繁殖を支え、周辺海域への個体の移動を通じて漁業資源の回復に寄与する可能性がある。ただし、こうした効果は保護対象の生物、海域の環境条件、保護の強度、管理期間、周辺の漁獲圧力によって異なるため、すべての保護区で漁業上の利益が自動的に生じるわけではない。

海底資源開発と再生可能エネルギーの難しい位置づけ

海洋保護との衝突は漁業だけに限られない。海底鉱物資源の開発、石油・天然ガスの採掘、海底通信ケーブルの敷設、洋上風力発電なども、海洋環境の保全と調整を必要とする活動である。

とくに深海底では、生物の分布や生態系の相互作用に関する科学的知見が不十分な場所が多い。海底の採掘や堆積物の巻き上げによって生息環境が変化した場合、影響がどこまで広がり、回復にどれほどの時間を要するかを事前に正確に予測することは難しい。

また、気候変動対策として推進される再生可能エネルギーであっても、立地によっては海鳥、海洋哺乳類、海底生息生物などに影響を及ぼす可能性がある。脱炭素化と生物多様性保全を別々に進めるのではなく、事業の立地選定、累積的な環境影響の評価、代替案の比較を通じて、両者の目的を整合させる必要がある。

短期的な経済利益と長期的な社会的利益の不一致

海洋保護が政治的に難しい理由の1つは、保護の費用と利益が異なる時期に発生することだ。漁獲制限や開発規制の負担は指定直後から生じる場合がある一方、魚類資源の回復、沿岸防災機能の向上、観光資源の形成といった利益は、数年から数十年かけて現れることがある。

この時間差は、短期的な収益や雇用を重視する企業、地域経済、政治主体にとって、保護政策を受け入れにくくする要因となる。保護による長期的な利益が社会全体に広く分散する一方、当面の損失が特定の地域や職業に集中すれば、政策への反発が強まるのは合理的な側面もある。

そのため、海洋保護を単なる禁止措置として導入するだけでは、持続的な合意形成は難しい。移行期間の設定、所得補償、代替的な雇用の創出、漁業資源の共同管理、保全による収益の地域還元などを組み合わせ、保護の費用を負担する人々が利益と意思決定にも参加できる制度を構築する必要がある。

法制の空白地帯「公海」におけるガバナンスの欠如

公海とは、いずれの国の排他的経済水域にも属さない海域を指し、国際法上、各国は航行や漁業などに関する一定の自由を有する。世界の海洋の約3分の2を占める国家管轄権外の海域では、各国の管轄海域と比べて、保護区の指定や活動規制を包括的に調整することが難しかった。

従来の国際的な海洋管理制度は、漁業、海運、海底鉱物資源などの分野ごとに形成されてきた。その結果、特定の魚種や資源利用を管理する制度が存在しても、同じ海域の生態系全体を横断的に保全する仕組みは十分ではなく、複数の活動が及ぼす累積的な影響を一体的に管理することが困難だった。

この制度的な分断は、単に法律が存在しないという問題ではない。関係する国際機関がそれぞれ異なる目的や権限を持つため、ある機関が保全の必要性を認めても、別の機関が管理する漁業や資源開発に対して、必ずしも直接的な規制を実施できるわけではないという問題である。

国連公海生物多様性協定の発効と残された課題

この状況を変える重要な枠組みが、国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全と持続可能な利用に関する協定、いわゆるBBNJ協定である。同協定は2026年1月17日に発効し、公海などにおける海洋保護区の設定、環境影響評価、海洋遺伝資源の利益配分、途上国への能力構築や技術移転を包括的に扱う国際的な法的基盤となった。

同協定の意義は、国家管轄権外区域における保全を、各国の自主的な取り組みだけに委ねず、国際的な手続きと意思決定の枠組みに組み込んだことにある。海洋保護区の提案、科学的検討、関係国などとの協議、決定後の管理や見直しを結びつけることで、従来の制度では進めにくかった広域的な保全を推進する可能性が生まれた。

ただし、協定の発効は、ただちに公海の保護が実現することを意味しない。2026年6月1日時点で締約国は89か国であり、各国の参加をさらに広げることに加え、既存の国際機関との調整、監視手法の整備、科学的データの共有、違反への対応、途上国の実施能力の強化が必要である。締約国会議の初回会合は2027年1月に予定されており、協定を実際の保全措置へと転換する制度設計は、今後の重要な課題となる。

「量」の拡大のみが先行し、「質」が伴わない(ペーパーパーク問題)

海洋保護の評価で問題となる「ペーパーパーク」とは、保護区として指定されているものの、必要な管理や規制、監視、執行が不十分で、実質的な保全効果を得られていない区域を指す。保護区の面積が拡大しても、指定区域内で生態系を損なう活動が継続していれば、保護の成果は限定的なものとなる。

2026年の学術的な総説研究では、2010〜2024年に公表された202件の研究を分析し、海洋保護区の成功には、生態学的・社会経済的データの評価、先住民や地域社会の参加、立地と生態系のつながりを考慮した設計、規制・費用・監視・執行を組み合わせた管理体制が重要だと整理している。つまり、保護区の成否は指定面積だけでなく、制度設計と実施能力の組み合わせによって決まる。

ペーパーパーク問題の背景には、国際的な目標達成を示す際に、測定しやすい面積が重視されるという政策上の誘因がある。指定面積は比較的明確に集計できるが、魚類資源の回復、生息環境の改善、違法操業の減少、地域社会の利益といった成果は、長期的な調査と複数の指標を必要とする。

その結果、政府が新たな保護区を指定することには成功しても、管理計画の実施や監視予算の確保が遅れる可能性がある。保護区の指定を政策の終点とせず、保全の開始点として位置づけ、管理状況と生態学的成果を定期的に検証する仕組みが必要である。

保護の強度と管理の実効性を評価する必要性

海洋保護区は、すべての人間活動を禁止する区域から、一定の利用を認めながら生態系への影響を抑える区域まで、規制の強度に幅がある。したがって、保護区の指定面積を評価する場合には、どの活動が禁止され、どの活動が許可され、規制がどの程度遵守されているかを確認しなければならない。

国際自然保護連合などが進める管理評価の考え方では、管理計画の有無だけでなく、実施体制、資金、人員、監視、目標達成の状況を把握することが重視される。保護区が存在していることと、保護区が機能していることを別々に測定すれば、政策担当者は、指定の追加が必要なのか、既存区域の管理改善を優先すべきなのかを判断しやすくなる。

また、保護の質は、規制の厳しさだけで一律に評価できるものでもない。生態系の特性や地域の利用実態に応じて、どの程度の制限が必要かを科学的に判断し、その規制が実際に遵守されているかを確かめることが重要である。

持続的な資金・専門人材の不足

海洋保護を実効的に進めるには、保護区の設定費用だけでなく、科学調査、監視、違法操業の取り締まり、生態系の回復、地域社会との協議、管理成果の評価に継続的な資金を投入しなければならない。2026年9月公表の「海洋保護の隔たりに関する報告書」は、2030年までに海洋の30%を保全するために年間約160億ドルが必要であるのに対し、現行の支出は年間約18億ドルにとどまると推計している。必要額は現在の支出の約9〜10倍に相当する。

この資金不足は、保護区の新設だけでなく、既存区域の管理にも影響する。例えば、広大な海域で船舶の位置や操業状況を把握し、違法行為を発見して対応するには、衛星情報、船舶監視装置、現場の巡視船、分析担当者、法執行機関の連携が必要となるが、これらを継続的に維持するには相応の費用がかかる。

さらに、国際的な保全目標の達成を支援する資金が、短期的な事業や一時的な助成に偏れば、事業終了後に監視や管理が継続できなくなる危険がある。海洋保護の財政計画では、初期投資だけでなく、長期的な運営費、設備更新費、科学調査費まで含めた資金確保が必要である。

専門人材と技術の偏在が保全能力の格差を広げる

資金不足と並ぶ問題が、海洋科学、環境法、漁業管理、衛星監視、統計分析などの専門人材の不足である。海洋保護区の設計には、生物の分布や回遊経路、生息環境の変化を把握する科学者に加え、法制度を整備する行政官、監視を担う技術者、漁業者との合意形成を行う担当者が必要となる。

しかし、海洋観測設備、研究機関、訓練機会、データ処理能力には国や地域による差がある。とりわけ、広大な海域を管理する途上国では、保護区を指定するための科学的調査から、指定後の監視、違反への対応、保全効果の評価までを自国の人材と予算だけで実施することが難しい場合がある。

この格差を縮小するには、資金援助だけでなく、海洋観測技術の移転、共同研究、研究者や行政官の育成、データ共有の仕組みを一体的に整備する必要がある。支援する側が保護区の指定を促すだけで、管理に必要な能力を長期的に支えなければ、国際目標の達成と現場の保全能力との間に新たな格差が生まれる。

海洋保護が進まない理由は、保護対象の面積が不足していることだけではない。経済活動との利害対立、公海における制度の分断、名目上の保護区の増加、資金と専門人材の不足が相互に作用し、国際目標を現場の保全効果へと転換することを妨げている。

とりわけ重要なのは、保護区の指定、法的規制、管理の実施、保全効果の検証を一連の過程として捉えることである。指定面積の拡大を急ぐだけでは、管理能力が不足した保護区を増やし、国際的な進捗と実際の生態系の状態との乖離を拡大させかねない。

顕在化している主な課題

海洋保護の遅れは、単に保護区の面積が不足しているという問題にとどまらない。沿岸と沖合・深海の保護格差、気候変動による生態系の劣化、漁業資源の利用をめぐる対立、科学的データと管理能力の不足が相互に作用し、保全政策の実効性を弱めている。

2026年9月公表の国際評価では、世界の海洋の約10%が保護・保全対象に指定されている一方、実効的な保護が評価されている海域は約3.5%にとどまる。さらに、現在の各国の定量的な目標がすべて達成された場合でも、2030年の保全対象は約12%にとどまると推計されており、面積目標、実施能力、資金の3つの隔たりを同時に縮小する必要がある。

生物多様性の重要地域が十分に保護されていない

海洋保護区を設定する際には、指定する面積だけでなく、生物多様性にとって重要な場所を適切に含めることが不可欠である。産卵場、稚魚の生育場、サンゴ礁、海草藻場、回遊経路などが保護区域から外れていれば、保護区の面積が大きくても、生態系全体の維持に必要な機能を十分に守れない場合がある。

国連の2026年版持続可能な開発目標報告では、海洋の生物多様性にとって重要な区域のうち、保護対象に含まれる割合は約47%とされている。これは、保護区の面積を増やすだけでなく、未保護の重要地域を特定し、生態系の分布と連結性に基づいて保護区の配置を改善する必要があることを示している。

また、海洋生物の分布は季節や水温、海流、餌資源の変化に応じて移動するため、過去の調査に基づく固定的な区域設定だけでは、将来の生息域の変化に対応できない可能性がある。保護区の配置を定期的に見直し、重要な生息環境や回遊経路の変化を管理計画に反映させることが重要となる。

沿岸と沖合・深海のギャップ

沿岸海域は、漁業、港湾、観光、都市開発、養殖、陸域からの排水など、複数の人間活動が集中する場所である。その一方で、マングローブ林、海草藻場、塩性湿地、サンゴ礁など、多様な生物の生息場所であり、炭素の貯留、海岸侵食の抑制、高潮の緩和、水産資源の育成といった重要な機能を担っている。

沿岸の生態系は、海上での活動だけでなく、陸域の土地利用や河川を通じた影響にもさらされる。生活排水や農業由来の栄養塩、プラスチックごみ、河川から流入する土砂などが重なれば、海洋保護区の内部だけを規制しても、生息環境の劣化を十分に抑えられないことがある。

したがって、沿岸の保全には、海洋保護区の設定に加えて、流域管理、排水規制、沿岸開発の調整、漁業管理を組み合わせた統合的な対策が必要である。海洋生態系を海だけの問題として扱うのではなく、陸域から沿岸、沖合へと連続する環境として管理することが求められる。

沖合と深海では観測と監視が難しい

沖合や深海は、沿岸に比べて人間活動の実態や生態系の状態を把握しにくい。広大な海域を船舶で調査するには多額の費用がかかり、深海では高圧、低温、暗黒という環境条件に対応した特殊な機材や技術者も必要となる。

このため、深海生物の分布、繁殖速度、食物網、海底環境の変化に関する知識は、場所によって大きく異なる。生物の成長や繁殖が遅い深海生態系では、攪乱による損傷が長期化する可能性がある一方、影響を受けた環境がどの程度回復するかを予測するための観測資料が十分でない場合もある。

公海や深海底では、遠隔監視技術や国際的な観測協力の重要性がとくに高い。船舶の位置情報、衛星観測、自律型の海中観測機器、海底地形データなどを組み合わせ、違法行為の監視と生態系の長期観測を両立させる必要がある。

海洋保護区の指定が重要な生態系の保全につながらない場合

2026年の国際評価では、生態系ごとに、保護対象として指定されている面積と、高度な保護が行われている面積との間に大きな差があることが報告されている。例えば、マングローブの約33%が保護対象として登録されている一方、全面的または高度な保護に分類される区域は約0.3%にとどまるとされる。

この差は、沿岸の重要な生態系が保護区の境界内に存在していても、そこで必要な規制が実施されているとは限らないことを示す。保護対象となる生態系の種類と、実際に適用される管理措置を照合しなければ、海洋保護区の指定率だけでは保全の成否を評価できない。

また、沖合や深海に保護区を設ける場合にも、指定区域が生物多様性の重要地域を適切に含むか、漁業や資源開発などの活動を管理できるか、長期的な監視を継続できるかという条件を確認する必要がある。沿岸と深海では必要な管理手法が異なるため、世界共通の目標を維持しながら、地域ごとの生態学的条件に応じた設計を行うことが重要である。

気候変動による生態系の急速な劣化

海洋は人為的な温室効果ガスの排出によって地球に蓄積する余剰熱の約90%を吸収しており、気候変動の影響を強く受ける環境である。世界気象機関などの観測をまとめた国連の2026年版報告によれば、2024年の海洋熱含量は、観測記録が比較可能な65年間で最高水準に達し、海洋温暖化は長期的に進行している。

海水温の上昇は、海洋生物の分布や繁殖時期、餌となる生物の分布、酸素の溶け込みやすさなどに影響する。一定の水温条件に依存する生物は、適した環境を求めて高緯度や深い海域へ移動することがあり、固定された保護区の内部から重要な生息環境が失われる可能性もある。

このため、気候変動が進む状況では、保護区を設定した時点の生態系をそのまま維持できると仮定することは適切ではない。保護区の配置を将来の水温変化や生物の移動予測と照合し、生息地の連続性や避難場所となる海域を確保する必要がある。

サンゴ礁の白化と生息環境の損失

サンゴ礁は多様な海洋生物の生息場所であると同時に、漁業、観光、沿岸防災を支える重要な生態系である。しかし、海水温が高い状態が長く続くと、サンゴは体内に共生する藻類との関係を維持できなくなり、白化や大量死を引き起こすことがある。

国連の2026年版報告が紹介する国際的な評価によれば、2023年から2025年にかけて、世界のサンゴ礁の約84%が白化を引き起こす水温ストレスの影響を受けた。この広域的な白化現象は、海洋温暖化が一部の地域に限られた問題ではなく、世界規模でサンゴ礁の存続を脅かしていることを示している。

海洋保護区は、過剰漁獲や沿岸開発などの局所的な圧力を軽減し、サンゴ礁の回復力を高めるうえで重要である。しかし、保護区を指定しても、海水温の異常上昇そのものを止めることはできない。海洋保護を気候変動対策の代替とみなすのではなく、温室効果ガスの排出削減と、生態系が受ける局所的な負荷の軽減を並行して進める必要がある。

海洋酸性化と複合的な環境ストレス

海洋は大気中の二酸化炭素の一部を吸収することで気候変動を緩和する一方、海水中に溶け込んだ二酸化炭素は化学反応を通じて海洋酸性化を進行させる。酸性化は、サンゴや貝類など、炭酸カルシウムを利用して殻や骨格を形成する生物に影響を及ぼす可能性があり、食物網や漁業資源にも波及しうる。

国連の2026年版報告では、世界の平均的な海洋の水素イオン指数が1985年の約8.1から2023年には約8.04へ低下したとされ、海洋酸性化が長期的に進行していることが示されている。地域によって変化の速度や影響は異なるものの、温暖化、酸性化、海洋汚染、酸素不足が重なれば、生物が受ける負荷は個別の要因から予想される以上に大きくなる可能性がある。

このような複合的なストレスに対応するためには、保護区内の生物だけでなく、水温、酸性度、溶存酸素、栄養塩、生息環境の変化を継続的に測定する必要がある。保護区の管理目標も、単に特定の生物の個体数を維持することから、生態系全体の回復力を高め、環境変化に適応できる条件を確保することへと広げる必要がある。

漁業と保全の対立構造

漁業は世界の食料供給と雇用を支える重要な産業であるが、資源の回復速度を超える漁獲が続けば、魚類の個体数が減少し、食物網や海洋生態系の構造が変化する。さらに、対象外の生物が漁具にかかる混獲、海底を攪乱する漁法、保護区内での違法操業などは、保護区の保全効果を損なう要因となる。

国連食糧農業機関が公表した世界の海洋漁業資源に関する評価では、2021年時点で、生物学的に持続可能な水準で利用されていた海洋魚類資源は64.5%であり、35.5%は過剰漁獲の状態にあったと推計されている。これは、世界の漁業資源の相当部分で、漁獲圧力と資源の再生産能力との均衡が失われていることを示す。

ただし、この数値は評価対象となった魚類資源に関するものであり、世界の海洋生物すべての35.5%が減少しているという意味ではない。資源の状態は魚種や地域によって異なるため、科学的な資源評価に基づいて漁獲可能量や漁期、漁具、保護区域を設定する必要がある。

海洋保護区の拡大が漁業者の生活を脅かす場合

海洋保護区の指定に伴う操業制限は、漁業者の所得や地域の食料供給に直接影響する場合がある。とりわけ、沿岸の小規模漁業者や自給的な漁業に依存する地域では、代替漁場への移動や他産業への転職が容易でないため、保護政策が生活基盤への脅威として受け止められることがある。

一方、漁業者を保護政策から排除すると、地域の知識や操業実態が管理計画に反映されず、規制への反発や違反行為を招くおそれがある。漁業者は資源の利用者であると同時に、海の変化を継続的に観察する立場でもあるため、意思決定への参加は、社会的な公平性だけでなく、保全の実効性を高めるうえでも重要である。

必要なのは、保護区の設定と同時に、漁業資源の回復見込み、操業への影響、所得補償の必要性、代替的な生計手段を評価することである。保全によって短期的な負担を受ける人々に対し、移行支援や地域への利益還元を行わなければ、長期的な保護政策を維持する社会的基盤は弱くなる。

漁業補助金と国際的な資源管理の問題

漁業と保全の対立は、漁業者個人の行動だけでなく、国際的な経済制度にも関係する。漁船の建造、燃料、設備投資、操業能力の拡大を支える補助金が過剰な漁獲を助長すれば、資源の回復を妨げるだけでなく、大規模な漁業事業者と小規模漁業者の競争条件にも影響を及ぼす。

世界貿易機関の漁業補助金協定は、違法・無報告・無規制漁業に関連する補助金や、過剰漁獲状態にある資源の利用に関する補助金などを規制する国際的な枠組みであり、2025年9月15日に発効した。ただし、漁業能力の過剰な拡大につながる補助金を広く抑制するためには、追加的な規律の整備と各国による着実な実施が必要である。

海洋保護区の設定と漁業管理を別々の政策として扱えば、保護区の外側に漁獲圧力が集中したり、漁業補助金によって漁船の能力が維持されたりする可能性がある。保護区の配置、漁獲可能量、補助金制度、違法操業対策を一体的に設計することが、海洋生態系の回復と持続可能な漁業を両立させる条件となる。

保全と利用を二者択一にしない管理への転換

海洋保護の目的は、すべての海域から人間活動を排除することではない。生物多様性にとって重要な区域では強い保護措置を講じ、それ以外の海域では生態系の再生産能力を損なわない範囲で漁業や海洋利用を認めるなど、空間的な区分と活動の規制を組み合わせることが重要である。

そのためには、科学者、漁業者、行政機関、地域社会、保全団体が共通のデータを基に議論し、保護の必要性と社会経済的な影響を透明性のある手続きで評価する必要がある。保全効果を定期的に検証し、必要に応じて漁獲制限や保護区域を修正する仕組みを整えることで、環境の変化と地域の実情に対応できる管理が可能となる。

海洋保護が直面する課題は、沿岸と深海の管理能力の格差、気候変動による生態系の急速な変化、過剰漁獲や違法操業、保護区の指定と実効性の乖離など、相互に結びついた問題である。これらは単独の政策では解決しにくく、海洋保護区の整備、気候変動対策、漁業管理、科学的観測、地域社会への支援を統合する必要がある。

特に重要なのは、海洋保護区を指定するだけで生態系が回復するという考え方から脱却し、環境変化に対応しながら保全効果を継続的に高める管理へ移行することである。海洋の30%保全という国際目標を実質的な成果につなげるには、保護区域の量と質の双方を改善し、社会的な公平性と長期的な管理能力を確保しなければならない。

今後の展望と解決に向けたアプローチ

海洋保護を2030年までに世界の海洋の30%へ拡大する目標を実現するには、保護区の指定面積を増やすだけでなく、実効性、資金、国際協力、地域社会の参加を同時に強化する必要がある。2026年9月公表の「海洋保護の隔たりに関する報告書」は、現在の保護・保全対象が世界の海洋の約10%であり、実効的な保護が評価される海域は約3.5%にとどまると指摘している。

この状況を改善するには、政策目標を「何%を指定したか」から「重要な生態系をどれだけ保全し、その状態をどれほど持続的に改善できたか」へと広げなければならない。以下では、国際法、区域管理、資金調達、科学的管理の4つの観点から、実行可能な解決策を検討する。

BBNJ協定の本格稼働による「公海」の保護推進

国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全と持続可能な利用に関する協定、すなわちBBNJ協定は、2026年1月17日に発効した。同協定は、公海などにおける海洋保護区を含む区域型管理措置、環境影響評価、海洋遺伝資源から得られる利益の公正な配分、途上国の能力構築と海洋技術の移転を扱う国際的な法的枠組みである。

この協定の重要性は、従来は分野別の制度に分かれていた公海の管理を、生物多様性の保全という横断的な観点から調整する基盤を設けたことにある。海洋生物の重要な生息域や回遊経路を対象とする保護措置について、科学的な根拠に基づく提案、関係国との協議、国際的な意思決定、実施状況の検証を結びつけることが期待される。

ただし、協定が発効しただけで、公海の保護区が自動的に増えるわけではない。実際の成果を生み出すには、締約国が具体的な保護区の提案を進め、国際的な科学評価を充実させ、既存の地域漁業管理機関や海運関係機関との調整を図る必要がある。

2027年の締約国会議が制度の実効性を左右する

国連の公表情報によると、BBNJ協定の第1回締約国会議は2027年1月11日から22日まで、ニューヨークの国連本部で開催される予定である。会議では、協定の運用に必要な手続きや制度的な準備が重要な議題となり、今後の公海保護を具体化するための基盤が整えられることになる。

今後の優先課題は、生物多様性の重要性が高く、現在の保護が不足している海域を科学的に特定することである。保護区の候補を選ぶ際には、希少種の生息地、産卵場、回遊経路、深海の特異な生態系などを考慮するとともに、漁業や海運などの既存活動との関係も評価しなければならない。

さらに、決定した保護措置を実施するには、衛星観測、船舶監視情報、海洋観測データを活用し、違法操業や規制対象活動を把握する能力が必要となる。資金や技術が不足する国にも実施への参加を可能にする仕組みを整えなければ、協定が新たな国際的義務を定めても、実施能力の格差によって保全効果が限定されるおそれがある。

OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する区域)の活用

OECMとは、従来の保護地域とは異なる区域であっても、長期的かつ持続的に生物多様性の保全に貢献する区域を認識するための国際的な概念である。昆明・モントリオール生物多様性枠組みの30%目標では、保護地域に加え、条件を満たすOECMも保全対象に含めることができる。

海洋では、地域の慣習的な資源管理区域、漁業者が長期間にわたり自主的に利用を制限している海域、特定の生態系を保全する管理区域などが、条件によってはOECMの候補となりうる。ただし、単に漁業活動が少ない場所や、偶然に開発が行われていない区域を自動的に保全対象として数えることはできない。

OECMとして認めるには、区域の位置と境界が明確であること、生物多様性の保全効果が確認できること、その効果が長期的に持続する見込みがあること、管理が実際に機能していることなどを評価する必要がある。保護区の指定を伴わない管理活動であっても、明確な保全成果を生み出している場合には、国際目標への貢献を適切に認識できる。

地域社会の知識と主体性を制度に組み込む

OECMの活用には、行政による一律の区域指定だけでは捉えにくい、地域社会の知識や自主的な管理を保全政策に組み込める利点がある。漁業者や沿岸住民が長年の経験を通じて把握している産卵期、魚類の移動、禁漁区域の効果などは、科学調査を補完する重要な情報となる。

一方、OECMの制度が面積目標の達成だけに利用されれば、実際の保全効果が乏しい区域まで登録される危険がある。登録基準、評価手順、管理状況の報告、定期的な再審査を整備し、地域社会の権利と利益を尊重しながら、保全効果を透明性のある方法で検証する必要がある。

OECMは海洋保護区の代用品ではなく、海洋保護区と組み合わせて生態系全体を保全するための補完的な仕組みとして位置づけるべきである。生物多様性上とくに重要な区域では強い法的保護を確保し、それ以外の区域では持続可能な利用と実効的な管理を組み合わせることが、広域的な保全の実現につながる。

オーシャンファイナンス(新金融メカニズム)の構築

海洋保護を拡大し、長期的に管理するためには、政府予算や国際援助だけに依存しない、複数の資金源を組み合わせた仕組みが必要である。2026年9月公表の国際報告書では、海洋の30%保全を実現するために年間約160億ドルが必要である一方、現在の支出は年間約18億ドルと推計され、年間約140億ドルの資金不足が生じている。

この隔たりを埋めるための手段として、海洋保全債、自然保全と連動した債務の組み替え、長期的な保全基金、官民共同投資、民間資金を公共資金で補完する仕組みなどが注目されている。重要なのは、単に投資資金を集めることではなく、保護区の管理費用や科学調査費用を長期間にわたって確保し、実際の保全成果につなげることである。

海洋保全債と債務交換の可能性

海洋保全債は、海洋環境の保全や持続可能な海洋産業への投資を目的として発行される債券である。政府、自治体、開発金融機関、企業などが資金を調達し、海洋保護区の管理、沿岸生態系の回復、持続可能な漁業、海洋汚染の削減などに充てることができる。

もう1つの手段が、自然保全を条件とする債務交換である。これは、債務を抱える国が既存債務を借り換えたり再編したりする際に、財政負担の軽減によって生じる資金の一部を海洋保全に継続的に振り向ける仕組みである。エクアドルでは、ガラパゴス諸島周辺の海洋保全を支援するため、国際債務の再編と保全資金の確保を組み合わせた大規模な取引が実施された。

ただし、これらの仕組みには、複雑な契約、信用リスク、金利変動、取引費用、保全成果の検証といった課題がある。債務交換を実施しても、国の財政負担が必ず軽減されるとは限らず、民間投資家への利益配分が過度に大きければ、保全に回る資金が期待を下回る可能性もある。

公的資金と民間資金の役割を明確にする

海洋保護のすべてを民間投資の収益性に委ねることは適切ではない。希少種の保護、深海の基礎調査、違法操業の取り締まりなどは、直接的な金銭収益を生み出しにくい一方、国際社会全体に利益をもたらす公共的な活動だからである。

そのため、政府予算、国際援助、慈善資金を保全の基盤として確保し、その上で、収益が見込める持続可能な漁業、自然を活用した観光、沿岸生態系の回復などに民間資金を導入する方法が望ましい。公共資金を民間投資の呼び水として利用する場合にも、保全効果が不明確な事業への投資を避け、資金の使途と成果を公開する必要がある。

また、地域社会が保全の費用を負担する一方、観光収入などの利益が域外の企業に集中する状況は避けなければならない。保全によって生じる経済的な利益の一部を地域に還元し、地域住民や漁業者が長期的に管理へ参加できる仕組みを整えることが、資金の持続性と社会的な正当性を高める。

科学的根拠に基づく「順応的管理」へのシフト

順応的管理とは、科学的な観測と評価を継続し、その結果に応じて管理方針や規制を修正していく手法である。海洋環境は気候変動、海流、漁業圧力、汚染などによって変化するため、保護区を一度指定しただけで、その後の管理を固定してしまう方法では十分な効果を得られない可能性がある。

順応的管理では、まず保全対象となる生態系の現状を調査し、達成すべき目標と測定指標を設定する。その後、魚類資源、生息環境、水温、溶存酸素、違法操業の発生状況などを定期的に観測し、目標が達成されているかを評価して、必要に応じて保護区域や規制を見直す。

例えば、保護区内で対象魚種の個体数が回復しない場合、その原因が保護区域の配置にあるのか、周辺海域の漁獲圧力にあるのか、海水温の上昇などの環境変化にあるのかを分析する必要がある。原因に応じて、区域の拡張、漁獲規制の強化、回遊経路の保護、環境負荷の削減などを組み合わせることで、限られた資金をより効果的に利用できる。

保全成果を測る指標を複数設定する

海洋保護の進捗を評価する際には、指定面積だけを指標とする方法から脱却する必要がある。管理の実効性を測るためには、生物多様性の状態、規制の遵守状況、資金の充足度、地域社会への影響、管理計画の実施状況を組み合わせて評価することが望ましい。

具体的には、魚類の個体数や種の多様性、生息地の状態、違法操業の減少、管理計画の実施率、地域住民の参加状況、予算の継続性などを共通の評価枠組みに組み込むことが考えられる。ただし、すべての地域に同じ指標を機械的に適用するのではなく、生態系の特性や保全目的に応じて測定項目を選定しなければならない。

さらに、科学的な評価結果を政策決定に反映するには、データの公開と第三者による検証が重要である。行政や保護区の管理者だけでなく、研究機関、地域社会、独立した評価機関が結果を確認できる仕組みを整えれば、保全政策の透明性と信頼性を高められる。

気候変動を前提とした柔軟な海洋管理

将来の海洋保護では、過去の環境条件が長期にわたり維持されることを前提としない管理が求められる。海水温の上昇や海洋酸性化によって生物の分布が変化する場合には、保護区の境界を見直すだけでなく、生息地の連続性を確保し、生物が移動できる海域を保全する必要がある。

そのためには、気候予測、海洋観測、生物分布の調査を組み合わせ、将来の生態系の変化を想定した複数の管理シナリオを用意することが有効である。保全の目標を単に現在の生物相の維持に限定せず、生態系が変化する中でも生物多様性と重要な生態系機能を維持できる条件を確保することが重要となる。

今後の展望

2026年10月時点で、海洋の30%保全という目標は、国際的な合意が存在する一方、実際の取り組みが目標に追いついていない状況にある。2026年9月の国際評価では、現行の定量的な目標をすべて実現しても保全対象は約12%にとどまると推計されており、各国は既存の計画を実施するだけでなく、保護の対象とする海域をさらに拡大する必要がある。

今後の政策は、3つの方向で同時に進めるべきである。第1に、海洋生物多様性の重要地域を特定し、沿岸と公海の双方で保全対象を拡大すること、第2に、既存の保護区の管理を改善して実効性を高めること、第3に、保護区の運営、監視、科学調査、地域社会への支援に必要な資金を継続的に確保することである。

これらの取り組みを進めるためには、各国が保全目標を具体的な区域、予算、実施期限、責任主体と結びつけた計画に落とし込む必要がある。国際機関や研究機関は進捗を共通の基準で評価し、計画と実績の隔たりを明らかにすることで、各国の政策改善を促す役割を担う。

公海保護の進展が国際協力の試金石となる

BBNJ協定の発効は、公海の保全を前進させる大きな機会である。公海は世界の海洋の約3分の2を占めるため、この区域で実効的な保護を拡大できなければ、世界全体の30%目標を達成することは難しい。

2027年1月に予定される第1回締約国会議以降は、制度上の合意を具体的な保護措置へと転換できるかが重要となる。科学的に重要な海域の選定、各国や既存の国際機関との調整、保護措置の実施、長期的な監視と資金確保が連動すれば、公海の保全は新たな段階に進む可能性がある。

一方、国際的な意思決定が遅れたり、各国の参加や実施能力が不足したりすれば、協定の発効による制度的な前進が、実際の保護面積の拡大や生態系の回復に結びつかないおそれがある。公海保護の成否は、国際社会が共通の利益のために費用と責任を分担できるかを測る重要な試金石となる。

30%という目標を実質的な成果へ変える

海洋保護の最終的な目的は、地図上の保護区域を増やすことではなく、海洋生態系の健全性を維持し、生物多様性の損失を抑え、将来世代が海洋の恩恵を受けられる状態を確保することである。面積目標は国際的な行動を促すうえで有用だが、それ自体が生態系の回復を保証するものではない。

そのため、2030年の評価では、保護対象の割合に加え、管理の実効性、生物多様性への効果、地域社会の参加、長期的な資金確保を検証する必要がある。目標を達成したかどうかだけでなく、どの生態系が回復し、どの地域で課題が残り、次の段階で何を改善すべきかを明らかにすることが、2030年以降の海洋保全政策にもつながる。

まとめ

2026年10月時点の海洋保護は、世界の海洋の約10%が保護・保全対象に指定される一方、実効的な保護が評価される海域は約3.5%にとどまるという、大きな隔たりを抱えている。2030年までに30%を保全するという国際目標に対し、現在の各国の数値目標だけでは約12%にとどまると推計されており、目標の引き上げと実施の加速が不可欠である。

その背景には、漁業や資源開発との利害対立、公海における管理制度の分断、名目上の保護区の存在、資金と専門人材の不足がある。さらに、気候変動による海洋温暖化、サンゴ礁の白化、海洋酸性化などは、保護区の指定だけでは解決できない問題として、生態系の回復力を脅かしている。

解決に向けては、BBNJ協定による公海保護の推進、OECMを通じた保全活動の適切な評価、海洋保全金融の拡充、科学的根拠に基づく順応的管理を一体的に進める必要がある。政府、国際機関、研究者、企業、漁業者、地域社会がそれぞれの役割を果たし、保全の費用と利益を公平に分担することが重要である。

海洋保護の本質的な課題は、10%を30%にすることだけではなく、保護すると決めた海域を実際に守り、その効果を長期的に維持することにある。 2030年目標の成否は、国際的な合意を現場の管理、資金、科学的な検証へと結びつけられるかどうかにかかっている。


参考・引用リスト

国際機関・条約・公的資料

1. 国際連合「国家管轄権外区域の海洋生物多様性に関する協定」

2. 国際連合「持続可能な開発目標・目標14:海洋と海洋資源」

3. 国際自然保護連合「保護地域以外で生物多様性保全に貢献する区域に関する指針」

4. 経済協力開発機構「持続可能な海洋経済の推進と効果的な資金調達」

5. 国連食糧農業機関「世界漁業・養殖業の現状」

専門機関・国際的な評価報告書

6. 「海洋保護の隔たりに関する2026年報告書」

7. 「2030年までの自然保護に関する2026年世界評価」

8. 世界気象機関「世界の気候の状況」

9. 世界貿易機関「漁業補助金協定」

海洋保全金融・管理手法に関する資料

10. 世界海洋会計パートナーシップ「海洋保護区の持続可能な資金調達」

11. 国際自然保護連合「保護地域以外で生物多様性保全に貢献する区域」

12. 国際海事機関「BBNJ協定の発効に関する声明」


追記:統計の検証――「10%」と「実効的な3.5%」の意味

海洋保護の進捗を論じる際、保護・保全対象の面積と、実際に有効な管理が実施されている面積を区別する必要がある。保護地域として登録された海域には規制の強度や管理状況が異なる区域が含まれるため、登録面積の合計をそのまま生態系が保全されている面積とみなすことはできない。

また、海洋保護区と、保護地域以外で生物多様性保全に貢献する区域は、制度上の位置づけが異なる。両者を合算した数値を用いる場合には、対象区域の重複を適切に除外し、それぞれの登録基準と保全効果を確認しなければならない。

さらに、「実効的な保護が約3.5%」という指標についても、どの程度の規制を実効的とみなすか、どのデータベースを利用するか、どの時点で集計するかによって値が変わりうる。したがって、この数字は世界の海洋を直接調査して保全効果を測定した絶対的な値というよりも、保護の強度や管理の状況を比較するための評価指標として解釈するのが適切である。

この点を踏まえると、海洋保護の進捗を単一の割合で表す方法には限界がある。国際的な進捗評価では、少なくとも指定面積、保護の強度、管理の実施状況、生物多様性への効果を分けて報告することが望ましい。

30%目標の実現可能性――面積の確保だけでは達成できない

2030年までに世界の海洋の30%を保全する目標は、海洋保護の政治的な優先順位を高める重要な役割を果たしている。しかし、目標達成には、保護区域の新設に加え、既存区域の管理強化、保全資金の確保、国際的な合意形成を同時に進めなければならない。

目標までの隔たりを評価する際には、現在の保全対象が何%かという数値だけでなく、残された期間にどの程度の面積を追加できるか、どの海域を優先するか、指定後の管理に必要な人員と予算を確保できるかを検討する必要がある。短期間に指定面積を急増させても、管理計画や監視体制が整わなければ、保全の実効性が追いつかない可能性がある。

このため、政策上は「指定の速度」と「管理の質」の双方に期限と成果指標を設定することが望ましい。例えば、新規の保護区域を決定する段階で管理計画、予算、人員、監視方法、評価時期を明確にし、指定後には実施状況を公開する仕組みを導入することで、面積目標と保全成果を結びつけることができる。

また、2030年までに30%に到達できるかどうかだけで政策の成功を判断することも適切ではない。目標に届かない場合でも、生態学的に重要な海域の保護が進み、既存区域の管理が改善され、長期的な保全制度が確立されていれば、将来の成果につながる進展として評価すべきである。

海洋保護政策に潜む副作用と実施上のリスク

海洋保護区を設けると、区域内の漁業活動が制限される一方、漁業者が周辺海域へ移動し、区域外の漁獲圧力が高まる場合がある。このような現象は、保護区の境界だけに着目した政策では、海域全体の漁業負荷を十分に減らせない可能性を示している。

対策としては、保護区の設定と同時に周辺海域の漁業資源を評価し、漁獲可能量、漁期、漁具、操業区域などを調整する必要がある。保護区を孤立した区域として扱うのではなく、周辺の生息地、回遊経路、漁業活動との関係を考慮した広域的な管理が求められる。

また、漁業者に対する補償や移行支援が不十分な場合、保護政策への反発が強まり、規制の遵守が難しくなる可能性がある。政策の初期段階から地域社会との協議を行い、保全による負担と利益の分配を明確にすることが、長期的な実効性を高める条件となる。

海洋保護を名目とした権利侵害を防ぐ

海洋保護区の指定が、地域住民や先住民の慣習的な利用権、漁業権、生計手段を十分に考慮せずに行われると、保全政策そのものが社会的不公平を生み出す危険がある。地域社会が長年にわたり維持してきた資源管理の仕組みを無視し、外部の行政機関や企業が一方的に利用制限を導入すれば、保護区の正当性が損なわれかねない。

この問題を避けるには、保護区の設定前に地域社会の権利と利用実態を把握し、意思決定への実質的な参加を保障する必要がある。地域の知識や慣習的な管理制度を尊重しつつ、生物多様性の保全に必要な措置について協議し、合意形成の過程を透明化することが重要である。

さらに、保全によって得られる観光収入、研究資金、持続可能な漁業の利益などを地域に還元する仕組みを整える必要がある。海洋保護の成功は、生態系の状態だけでなく、地域社会が保全を公正で持続可能な取り組みとして受け入れられるかどうかにも左右される。

海洋保全金融における成果の誇張と資金の偏在

民間資金を海洋保護に導入することは重要だが、投資額の増加をそのまま環境改善の成果とみなすことはできない。資金が実際にどの活動に使われたのか、保全対象の生態系がどのように変化したのか、投資がなければ得られなかった追加的な効果があるのかを検証しなければ、実態以上に成果を強調する危険がある。

また、収益性の高い沿岸観光や商業的な事業には資金が集まりやすい一方、深海の基礎調査、希少種の保護、違法操業の監視など、直接的な収益を生みにくい活動には資金が届きにくい。民間資金だけに依存すれば、保全の優先順位が生態学的な重要性よりも収益性によって左右されるおそれがある。

したがって、海洋保全金融では、公的資金と民間資金の役割を区別し、資金の使途、契約条件、保全成果、地域社会への影響を公開する必要がある。資金調達の規模だけでなく、費用対効果、公平性、長期的な維持可能性を評価することが重要である。

日本に求められる役割と政策上の優先順位

日本は広大な排他的経済水域を有し、漁業、海運、海洋科学、海底資源の調査など、多様な海洋活動を行っている。そのため、海洋保護は自然環境政策にとどまらず、食料安全保障、沿岸地域の経済、海洋産業の持続可能性、国際的な資源管理と密接に関係する政策課題である。

日本が果たすべき役割の1つは、自国の管轄海域において、生物多様性上の重要地域を適切に保全するとともに、既存の海洋保護区の管理実態を検証することである。海草藻場、サンゴ礁、干潟、海山周辺などの生態系を科学的に評価し、保護区の配置と管理措置を改善することが求められる。

また、公海の保全を推進するうえでは、BBNJ協定に基づく国際協力も重要となる。日本は2025年12月に同協定への加入書を寄託し、2026年1月17日に協定が日本についても発効しているため、今後は国際的な意思決定への参加、科学的データの共有、海洋技術の提供、途上国の能力構築への協力が重要な政策課題となる。

海洋科学と監視技術を国際公共財として活用する

日本の海洋研究機関や大学、技術開発企業が蓄積してきた観測技術、海底地形の調査技術、海洋生物の研究、遠隔監視技術は、海洋保護の実効性を高めるうえで活用できる。特に、広大な公海や深海では、船舶による現場調査だけでなく、衛星観測、海中観測機器、船舶位置情報などを組み合わせた監視体制が重要となる。

しかし、技術を保有しているだけでは、国際的な保全成果につながらない。観測データの共有、調査手法の標準化、研究者や行政官の育成、機材の維持管理などを支援し、技術を継続的に運用できる制度を整える必要がある。

また、海洋保護のための技術協力は、単に先進的な機器を提供するだけでなく、協力相手の国が自ら調査結果を分析し、管理方針を決定し、成果を評価できる能力を高めることを目指すべきである。こうした能力構築は、国際的な保全目標の実施格差を縮小し、長期的な海洋管理の自立性を支える。

2030年以降を見据えた海洋保護の制度設計

2030年の30%目標は、海洋保護政策の最終到達点ではなく、より長期的な生物多様性の回復と持続可能な利用に向けた節目として位置づける必要がある。仮に面積目標を達成しても、気候変動による生態系の変化、違法操業、海洋汚染、管理資金の不足が解消されなければ、保護区の生態学的な価値が長期的に損なわれる可能性がある。

2030年以降には、保全対象の割合だけでなく、生態系の状態、絶滅危惧種の生息状況、魚類資源の回復、海洋汚染の削減、管理の実効性などを組み合わせた評価体系を整備することが重要である。国際的な目標の達成状況を定期的に検証し、科学的知見の更新に応じて管理方針を修正できる仕組みが必要となる。

さらに、海洋保護を気候変動対策、持続可能な漁業、食料安全保障、沿岸防災と統合することも重要である。海洋生態系は多様な社会的機能を担っているため、政策を分野別に進めるよりも、相互の効果と衝突を評価しながら一体的に設計する方が、限られた資金と人材を効果的に活用できる。

最終的に求められるのは、国際目標を掲げる段階から、実際の管理成果を継続的に生み出す段階への転換である。保護区の指定、資金の確保、科学的な評価、国際協力、地域社会の参加を一連の制度として結びつけることが、2030年以降の海洋保護を支える基盤となる。

総合結論――海洋保護の成否を決める5つの条件

ここまでの検証を総合すると、海洋保護の停滞は、保護区の面積不足だけでなく、国際目標と各国の政策の不一致、保護区の管理能力の不足、既存の経済活動との利害対立、公海の制度的な課題、持続的な資金不足が重なって生じている問題である。

2026年9月公表の「海洋保護の隔たりに関する報告書」では、世界の海洋の約10%が保護・保全対象に指定されている一方、実効的な保護が評価される海域は約3.5%とされる。また、現在の各国の定量的な目標がすべて達成された場合でも、2030年までに保全対象となる海域は約12%にとどまると推計されている。30%という目標を実現するには、現在の政策の延長だけでは不十分であり、保全対象の拡大と実施体制の強化が必要である。

今後の優先順位は、次の5点に整理できる。

  • 第1に、保全対象を拡大すること。 生物多様性上の重要地域を科学的に特定し、沿岸、沖合、公海、深海を含む保護区域の配置を改善する。

  • 第2に、既存の保護区を実効的に管理すること。 規制の強度、監視、違反への対応、保全成果の評価を強化し、名目上の保護区を減らす。

  • 第3に、公海の国際的な管理を前進させること。 BBNJ協定を具体的な保護措置に結びつけ、科学的な評価と国際機関の連携を進める。

  • 第4に、長期的な資金と専門人材を確保すること。 公的資金、国際援助、民間資金を適切に組み合わせ、地域間の能力格差を縮小する。

  • 第5に、保全と社会経済活動を統合すること。 漁業者や地域社会の参加、適切な補償、持続可能な資源利用を通じて、保護政策への長期的な支持を確保する。

海洋保護をめぐる最大の課題は、国際的な目標を設定することではなく、その目標を現場で実現することである。保護区の面積だけでなく、生態系の回復、管理の継続性、社会的な公平性を評価する制度を構築できるかどうかが、2030年の目標とその後の海洋保全の成否を左右する。


参考・引用リスト(記分)

国際的な進捗評価

1. 「海洋保護の隔たりに関する2026年報告書」

2. 「2030年までの自然保護に関する2026年世界評価」

3. ロイター通信「各国は国連の生物多様性目標に大幅に遅れている」

国際法・日本の政策

4. 国際連合「公海等生物多様性協定」

5. 外務省「国連公海等生物多様性協定(BBNJ協定)」

6. 国際連合「BBNJ協定第1回締約国会議の概要」

海洋保全金融・管理制度

7. 世界海洋会計パートナーシップ「海洋保護区の持続可能な資金調達」

 

8. 国際自然保護連合「OECMに関する指針」

 

9. 国際自然保護連合「OECMの活用」

 

10. 国連食糧農業機関「世界漁業・養殖業の現状」

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