◎イランの在ロシア大使と在イギリス大使は、1943年11月末にテヘランで開催された連合国首脳会談を思い起こさせる写真を撮影した。
2021年8月/イラン、首都テヘランのロシア大使館、レヴァン・セミョーリャン露大使(左)と サイモン・シェルクリフ英大使 (ロシア大使館/Getty Images/AFP通信)

イラン政府はロシアの大使がツイートした写真にイライラし、「非常に不適切だ」と非難した。

イランの在ロシア大使と在イギリス大使は、1943年11月末にテヘランで開催された連合国首脳会談を思い起こさせる写真を撮影した。

イランのモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外相はこの写真を「非常に不適切」と呼んだ。

これに対しロシアのレヴァン・セミューリャン大使は、「写真は連合軍のナチスドイツ戦に敬意を表するものであり、イランを意識したものではない」と述べた。

セミューリャン露大使とサイモン・シェルクリフ英大使は、首都テヘランにあるロシア大使館の階段前に設置した椅子に並んで座り、写真を撮影した。椅子は3つ設置され、両大使の間に置かれた椅子は空席だった。

1943年11月末/イランで開催されたテヘラン会談、左からヨシフ・スターリンソ連議長、フランクリン・ルーズベルト米大統領、ウィンストン・チャーチル英首相(Getty Images)

1943年11月末、ヨシフ・スターリンソ連議長、フランクリン・ルーズベルト米大統領、そしてウィンストン・チャーチル英首相はロシア軍とイギリス軍の占領下にあったテヘランで会談し、対ナチスドイツ第二戦線(ノルマンディー上陸作戦)の決行に合意した。

セミューリャン露大使は困難に立ち向かった連合軍に敬意を表する目的で写真を撮影したと主張したが、当時占領下にあったイラン人はそうは思わなかった。

ザリーフ外相のツイートはイラン国民の怒りに火をつけ、写真を投稿したロシア大使館のアカウントには数千件の苦情が寄せられた。

ザリーフ外相はツイートに、「世界は2021年8月は、1941年8月でも1943年12月でもないことを理解しなければならない」と書いた。

イギリスとソビエト連邦は1941年8月末にイラン侵攻作戦を開始した。

あるユーザーは、「イランはJCPOA(イラン核合意)の協議を含む外国勢力の圧力には決して屈しない」とツイートした。

テヘランで活動する英文学教授のセイド・マランディ氏は、「セミューリャン露大使のツイートはイランの国民を侮辱している」と非難した。「当時、イランの主権は著しく侵害されていました。テヘラン会談はアメリカ、イギリス、ソビエト連邦がイランに対して犯した歴史的犯罪の象徴です」

苦情殺到後、ロシア大使館はあらためて写真の意味を概説した。「この写真はナチズムに対する連合国の共同の努力に敬意を表するものであり、イランの人々を怒らせるつもりはありませんでした...」

シェルクリフ英大使は写真をツイートしなかったが、ロシア大使館のツイートをリツイートした。

アメリカとイランの関係はドナルド・トランプ前大統領のイラン核合意放棄と厳しい経済制裁の影響で著しく悪化し、核合意再開に向けた交渉は行き詰まっている。

イギリスとイランの緊張も高まっている。

イランは先月、オマーン沖を航行していた石油タンカーにドローンで攻撃を仕掛け、乗組員2人(イギリス人とルーマニア人)を殺害した。米英はイランのテロ攻撃を厳しく非難したが、イラン政府は関与を否定し、「西側諸国はイランを挑発している」と応戦した。

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