Rhosus(ローサス号)
8月4日、レバノンの首都ベイルートの港湾エリアで大爆発が発生した。
原因は、港湾エリア内の倉庫に保管された硝酸アンモニウム2,750トンが何らかの理由で爆発したため、と考えられている。
この危険物質をベイルートに持ち込み、解き放ったのは一体誰なのか?そして誰が責任を負うのは?
爆発の直後、公共放送とラジオは街の惨状をレポートした。病院は押し寄せる負傷者に圧倒され、ビル、建物、車、商店、飲食店、そして人間が吹き飛んだ。
ベイルートに向かって運転している人々は、軍の関所で立ち往生した。とるべき道は、Uターンするか徒歩で逆方向に進むのみだった。
取材を許可されたクルーは、街の惨状を目にした。建物は爆撃されたような状態、窓枠にガラスはなく、トラックがひっくり返っていた。
大爆発は港湾エリアで発生した火災の後に発生した。ただし、炎が上がった正確な時刻は明かされていない。
8月4日、現地時間17時54分、ロサンゼルスタイムズ紙の特派員のツイートにより、煙が空に上がっている様子を確認できた。
SNSに投降された一連の動画に、濃い煙と破片をまき散らす「最初の爆発」が記録されていた。そして、その35秒後、2回目の大爆発が発生。赤茶色の爆炎が地面から噴出し、白いドーム状の雲が猛スピードで大気に広がった。
2014年。ベイルート港湾エリアに停泊した至って普通の貨物船デッキに二人の男性が立っていた。
二人の後ろに積まれた白い袋の中に、小分けされた硝酸アンモニウムが入っている。その量、約2,750トン。
ボリス・プロコシェフ船長と数名の乗組員は、何カ月もの間、ベイルート港に停泊していた。
「Rhosus(ローサス号)」はジョージアの港湾都市バトゥミを出航、2013年9月下旬にはモザンビーク共和国のベイラに到着しているはずだった。
ローサス号は1986年に築造されたベテラン貨物船である。
2012年5月、ローサス号はキプロスを拠点とするロシアの実業家、イゴール・グレシュキン氏の所有物だった。
2013年7月、ローサス号はセビリア港で安全対策の欠落(計14カ所)を指摘された。
バトゥミを出航する前の船荷証券によると、硝酸アンモニウムを供給した会社は「Rustavi Azot LLC」。顧客はモザンピーク共和国の国際銀行だった。
当行は、商業用爆薬を製造する同国内の企業に代わり、硝酸アンモニウムを購入したという。
プロコシェフ船長はBBCの取材に対し、「ローサス号のキャプテンに任命された時、大きな問題が発生することは時間の問題だった」と述べた。
まず、船長が乗船する以前、乗組員には4カ月間給与が支払われていなかった。結果、乗組員たちはローサス号を去った。
船長によると、ローサス号がアテネに到着した時点で給与を支払う余裕がない、と所有者に言われ、積み荷の一部(食料など)を依頼主に返却しなければならなかったという。
その後、ローサス号はアテネに4週間停泊。所有者はスエズ運河を通過する輸送料金を支払うために、追加の貨物を探した。
ここで、ベイルートの運命は大きく変わった。
追加の荷物がローサス号に積み込まれると、甲板のハッチが座屈し始めた。
船長はハッチが破損する可能性を指摘したが、受け入れられなかった。しかし、ローサス号は力を尽くし、再び大海原に乗り出したのである。
ローサス号はレバノンの首都、ベイルートに到着した。
週刊の配送ニュースを提供するロイズリストによると、ローサス号は2014年2月4日付で合計100,000ドルの未払い請求があり、旅を終えた(差し押さえられた)。
その後、一部の乗組員は出国を許可されたが、プロコシェフ船長、チーフエンジニア、サードエンジニア、ボスン、および一部の乗組員は現地に滞在するよう命じられた。
ボリス・プロコシェフ船長
膿
プロコシェフ船長はロシアのプーチン大統領に助けを求める手紙を何度も書いたという。しかし、ロシア領事館からは冷ややかな答えしか返ってこなかった。
船長たちの窮状は、国債運輸労働者連盟(ITF)の注目を集めた。ITFの査察官を務めるオルガ・アナニーナ氏は、乗組員に生活手段がないと主張した。
しかし、所有者のイゴール・グレシュキン氏に借金100,000ドルを支払う体力はなかった。
アナニーナ氏はBBCの取材に対し、「乗組員たちはローサス号の船内に危険物質が積まれていることを港湾当局者や関係者に警告していた。しかし、ベイルート港湾当局は荷物の積み下ろしを許可しなかった。結果、船長たちは困難な状況下で立ち往生せざるを得なくなった」と語った。
4か月後、貿易WebサイトのFleetMonが同様の危険性を主張した。
ベイルート港湾当局は、放棄されかけている船を手元に置きたくないと考えた。
ITFによると、プロコシェフ船長と同僚たちは、2014年9月にようやくベイルートを去ることができたという。
船長と乗組員たちは長い間航海し、指示された通りの仕事をこなした。しかし、給料は1円も支払われず、現在に至る。
その後、ローサス号の積み荷がどのような手続きによって降ろされたかは分かっていない。また、所有者は借金を返済できず破産。ローサス号は役目を終えた。
そして、硝酸アンモニウム2,750トンの所有者は・・・
2020年8月4日、プロコシェフ船長はベイルート港湾当局の対応に怒りをにじませた。
船長はラジオ・リバティーに出演し、「責任は彼ら自身にある。なぜもっと早く危険物を除去しなかったのか。もしくはそれを肥料として処理し、レバノンの農家に提供すべきだった。ベイルートの人々は硝酸アンモニウムなど求めていなかった」と語った。
ローサス号の元所有者、イゴール・グレシュキン氏は取材に応じなかった。
乗組員を窮状から救った二人の弁護士は、ローサス号の船倉に危険物質が置かれていることを鑑み、今すぐ下船させなければならないと訴え、結果を出した。
2015年10月、弁護士のアカウントに興味深いコメントが残されていた。
「硝酸アンモニウムを船内に保管することはリスクが高く、ベイルート港湾当局はそれを港の倉庫に移動させた。ローサス号および硝酸アンモニウムは、”競売もしくは適切な方法で処分されるまで”保管する」
大爆発の瞬間、原子爆弾が爆発したのか、と勘違いした。
違った。しかし、爆発の威力はそれを彷彿とさせた。
元イギリス軍の爆弾処理専門家は、ベイルートでの爆発をTNT火薬1~2キロトンと推定した。
ヒロシマに投下された原子爆弾のエネルギーはTNT火薬12~15キロトンと推定されている。
硝酸アンモニウムは首都ベイルートの入り口で保管すべきではなかった。
税関局長のバドリ・ダハー氏はレバノンのメディアに「硝酸アンモニウムの近くに花火が保管されていなかったか?」と質問され、「その可能性が高い」と答えた。
また他の報告によると、火災は倉庫の溶接作業中に発生した可能性がある、と指摘されている。
火災の原因が何であれ、燃え上がった炎を消すべく、消防士たちが派遣された。
大爆発が発生した時、10人の消防士が倉庫の外にいた。なお、彼らがどうなったかは、誰にも分からない。
レバノン政府および政治家たちが、ベイルート港に潜む危険性を何年も前から認識していたことは、火を見るより明らかである。
ダハー税関局長は、人々の反発を予想し、責任が政府にあることを示す文書を外部に流出させた。
2014年~2017年の間、港湾当局は司法に複数回書簡を送り、硝酸アンモニウムの再輸出または販売の許可を求めていた。
司法はベイルート港に危険物質があることを認識していた。しかし、ダハー税関局長の訴えは全て無視された。
レバノンの放送局、Al Jadeedの調査ジャーナリストであるリヤド・コベス氏は、キャリアの多くをベイルート港湾当局と税関の腐敗・汚職調査に費やしてきた。
8月5日、コベス氏は司法に提出された手紙に問題があったと指摘。裁判所は間違いを何度も指摘し、さらなる情報を求めていたという。
コベス氏は、「ダハー税関局長が単に同じ手紙を何度も送っていただけだ」と主張した。
運輸・公共事業省の要請により、裁判所は貨物の荷下ろしを許可している。しかし、「適切な安全対策を講じ、適切な場所に保管する必要がある」としっかり付け加えていた。
ベイルートに拠点を置くNGO法人のニザール・サギエ氏はBBCの取材に対し、「大臣は硝酸アンモニウムを港に保管すべく、税関に引き渡した。それは大きな間違いだった。そして、人の往来の激しい港に危険物質を保管することは、法律で禁じられている。まして、安全対策を講じないなどあり得ない」と述べた。
サギエ氏は、港で硝酸アンモニウムを保管した責任は省(国)、税関、港湾当局にあると指摘し、「裁判所は対策を講じた上で危険物を取り扱いなさい、と述べている。裁判官は間違っていなかった」と付け加えた。
裁判官は判決を下し、大臣に責任を持って硝酸アンモニウムを取り扱え、と命じた。
大爆発後、ベイルートの人々は復讐心を燃やし、責任者への裁きを望んでいる。
しかし、現代レバノンのシステムは、ありとあらゆる責任を曖昧にし、誰もが好き勝手できる状態である。
何十年にも渡って、ジャーナリストや損害を被った企業が政府の腐敗や汚職を公にしてきた。
しかし、今までその責任を問われた者はいない。
政治家たちはそれぞれの派閥から守られており、圧倒的な力を持つ派閥は、さらに強大な力を持つ宗教施設によって保護されている。
政治家や官僚は様々な宗派に分かれている。クリスチャン、スンニ派、シーア派などの力は強大であり、打ち負かすことは難しい。
今回の爆発で数千人が負傷し、30万人が住居を失いホームレスになった。誰がこの責任を負うのか?
レバノン内の膿を全て出し切らねば、同じような過ちが何度も繰り返されるだろう。
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解き放たれた硝酸アンモニウム