ゲイの集い
当時、私は自由の女神像こそニューヨーク、マンハッタンの象徴だと信じていたが、間違いだった。
この巨大都市に象徴などない。「頭のイカレタ州知事」「ドナルド・トランプ」「モデル」「ドラッグ」「セックス」など、ニューヨーカーたちはこのイカレタ街の中で少し目立つものをたくさん教えてくれた。が、いずれも象徴と呼べるようなものではないし、今では象徴などないと確信している。
しかし、日本人の私にはそのいずれもが強烈。以前は「大阪こそ狂った街」と信じていたが、マンハッタンに足を踏み入れた瞬間、その考えは雲散霧消した。
ニューヨーカーはパーティが大好きである（だと思う）。何かイベントがあるごとに、彼ら（彼女ら）はパーティを開催するのだ。自宅の改装、起業、友人との別れ、男性用化粧品発表、小売店開業、歯列矯正終了などパーティの開催理由は星の数ほどある。そして、毎日、マンハッタンのどこかしらに人が集まり、パーティを楽しんでいるのである。
友人のゲイＡに、「友達にドタキャンされ困っている。ゲイパーティに同行してほしい」とお願いされ、私は生まれて初めてゲイパーティに参加した。
友人Ａは某人気ファッション雑誌の編集者として働いていた。肩書は「チーフなんたらマネジャー」だったと記憶している。髪とヒゲをいつもきれいに剃り、清潔感抜群。身長は180cmぐらいで体系は筋肉質とヤセの中間。彼は自分のことを「標準的なファッションゲイ」だと言っていた。
パーティ会場に到着した私は、ファッションゲイにアドバイスをもらった。「ゲイパーティは不審者の集い、ソーセージ祭り、男と男の肉弾戦とか呼ばれて馬鹿にされてるけど、私は標準的なパーティより百倍楽しいと確信してる。ちなみに参加者の95％はゲイだけど、別にゲイのフリをする必要はないから。もし、私が筋肉系のゲイに乱暴されたら、守ってね」
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ゲイの匂い
ゲイパーティが楽しいことは確かである。ストレート（ノンケ）でも酒を飲み、会話し、友人関係を構築するために参加すればよい。ただし、ゲイに関連する参加理由を準備しておいた方が良いかもしれない。
参加者に対し、「ゲイの友人に誘われた」「ゲイ友達の紹介」などの出席理由を説明すると、「この人はパーティ好きの標準的な人間だ」と思われ、敵意を向けられることはまずない。
しかし、「なんとなく」「面白そうだから」などの曖昧な理由を述べると、「コイツはゲイを馬鹿にしている」「ゲイの敵だ」と勘違いされる可能性が高い（らしい）。
ゲイが不当な扱いを受けてきたとは周知の事実である。友人Ａは、「私たちは生まれた時から少し変わった恋愛とセックスしかできない運命にあるの。でも、それでいい。別に相手を食い殺すわけではないし、男同士、女同士で愛し合ったっていいじゃない。マンハッタンはゲイに寛容な街、と言われているけど、不当な差別は今も続いているのよ」と述べた。
友人Ａは私をゲイ仲間たちに紹介し、「用心棒を連れてきた」と悪びれずに言った。Ａと同じ業界で働くマイケル（仮名）は、一目私を見て「君はストレートだね」と見破り、同じく友人のエリー（仮名）も私を見てすぐノンケだと分かったらしい。
彼ら（彼女ら）の冗長的かつエモーショナルな話し方は、場の雰囲気を和ませ、穏やかな空気を作り出してくれる。アメリカ人は皆サバサバしていると思われがちだ。しかし、政治家やどこかのCEO、キャスターのように要点だけを淡々と述べ、「私は忙しい。ポイントを押さえて、分かりやすく、簡潔明瞭かつ30秒以内に説明しろ」といった雰囲気を醸し出している人は、どちらかというと少ない。ゲイはその傾向がさらに強くなるのではないか、と感じた。
マイケルとエリーは、友人Ａから紹介される前に私をストレートだと見破っていた。理由を聞くと、「匂い」と「雰囲気」で判断できるらしい。
マイケル曰わく、「まず相手の顔を見る。ゲイにはゲイ特有の雰囲気があるので、見た瞬間それと判断できる。あとセンスのよい香水を使っている男はゲイ率高し。イケメンもゲイが多いわ。あなたはどれにも当てはまらないからストレートよ」だという。なるほど、私はイケメンではないし、香水も使っていない。
友人Ａの一押し、今、最もホットなゲイだというエリック（仮名）は、レオナルド・ディカプリオとリバー・フェニックスを足して2で割ったような真正のイケメンだった。身長は190cm、人気モデルとして活躍し、タイムズ・スクエアの巨大広告に登場したこともあるという。
友人Ａとマイケルは、エリックをゲイだと確信しているようだった。しかし、私は何となく違和感を覚え、それとなくエリックに「女性モデルと付き合うことはあるのか？」と聞くと、「彼女たちは頭が空っぽで話しても楽しくない。モデル同士が付き合うことはほとんどないよ」と教えてくれた。
ソーセージ
真正のイケメンモデル兼ゲイ候補のエリックは、女性にも男性にも分け隔てなく接することができるため、皆、彼を「ゲイだと信じたい」と思い込んでいるのだろう。
私は友人Ａに、「エリックゲイ説は間違いだと思う。彼はゲイっぽい雰囲気を出していない」と説明したが、「彼はゲイよ。彼に愛してると言われたい。彼の熱く脈打つソーセージを見たら、間違いなく失神するわ」と目をキラキラさせながら私の意見を否定した。
パーティが最高に盛り上がってきた頃、私は何となく手持無沙汰になっていた。彼ら（彼女ら）と話をするのは楽しいし、場の雰囲気も良い。しかし、私はストレートなのだ。
モデル風のキレイな女性がいたら声をかけ、セックスに持ち込みたいと思う。しかし、ゲイパーティの女性たちは話し相手にこそなれど、私が一夜限りの関係を築ける可能性はゼロに等しい。彼女たちはゲイ（レズビアン）なのだ。
午前2時を過ぎた頃、私は眠気に負け、ゲイパーティ会場を後にした。友人Ａに「朝まで騒ぎ、カフェで一服して帰るのが真のニューヨーカーよ。まだまだトレーニング不足ね」と笑われたが、初めてゲイ集団に囲まれ精神的に疲弊し、疲れは頂点に達していた。
タクシーに乗り込もうとすると、背後から声を掛けられ寿命が縮んだ。真正のイケメンモデル兼ゲイ候補のエリックは、「自宅に戻るんだろ。僕も一緒に行っていい？」と聞き、私は「マジかよ」と度肝を抜かれたが、拒否することはできなかった。
エリックは”健全な”25歳のイケメン男子だった。
私は友人Ａの言葉がどうしても気になり、エリックに「君はゲイなのか？」と正面から切り込んでみた。エリックは「冗談はよしてくれ。僕は女性が好きだよ。ただし、頭の空っぽなモデルは嫌いだ。まさか、皆、僕のことをゲイと思っているのだろうか？」と言った。
朝、私の横でエリックはスヤスヤと眠っていた。友人Ａのいう熱く脈打つソーセージに迫られたらどうしよう、と内心ドキドキしていたのだが、心配無用だったようである。
後日、私は友人Ａのオフィスを訪ね、ランチに誘った。
ゲイパーティの夜、エリックと一夜を過ごしたと友人Ａに説明すると、「あり得ない。友達だと思っていたのに。私のソーセージを盗んだのね・・・サラブレットサイズだった？」と、まだエリックをゲイだと信じている様子だった。
エリックはゲイではない。私の横で寝た理由は、人と話すのが好きだかららしい。彼はあと数年でモデルを引退し、オクラホマ（実家）の農場を継ぐのが夢だと言った。
