水力発電の力
野生生物や自然に害を与えることなく、逆に生態系の力を補充しつつ電気を作ることができれば、これ以上に素晴らしいことはない。
世界で最も信頼されている再生可能エネルギーは太陽光でも風力でも地熱でもなく、「水」である。2019年、世界の水力発電容量は過去最高の1,308Gwhに達した。なお、1Gwhは、130万頭の競走馬または、2,000台のスピードコルベット(1台1,500万円~)が1時間フルパワーで稼働し続けたエネルギー量に相当する。
水力発電所に欠かせない巨大ダムは、世界中の電力会社(国営含む)などによって運営され、人々に電力を供給し続けてきた。この発電方式が優れている理由は、燃料を燃焼させずに発電できることに尽きる。つまり、石炭や天然ガスなどの化石燃料を必要とせず、二酸化炭素や環境汚染物質を大気中に放出しないのである。
しかし、他のエネルギー供給源と同じく、水力発電にも環境コストは存在する。まず、同発電に必要不可欠なダムを建設するには、広大な用地が必要である。水を貯める巨大空間を造るために、樹木を伐採し、土地を切り開かねばならない。
巨大空間が完成したら、次はそこに水を流し込む川(水路)が必要である。ダムは川の上流もしくは中流域付近に造られることが多い。理由は建設に伴う用地を確保しやすく、また、川の流れを意図的に変更し、そこの生態系に影響を与えた場合も、人間にかかる迷惑を極力少なくできるだめだ。
ダムの建設技術は国によって様々である。環境問題に力を入れている国(主に先進国)であれば、自然や生態系にかかる負担を極力減らし、環境に優しいダムを作ろと考える。しかし、発電量やコスト低減だけを優先させる国の場合、時代遅れの人造水路や環境を蔑ろにした施設は当たり前。結果、有害な藻類ブルーム(HAB)などの発生を促進し、環境を破壊してしまう。
大規模な水力発電ダムは、川の流れや生態系に大きな影響を与える。魚たちは巨大なコンクリート壁に阻まれ、テリトリーを封じられてしまうだろう。また、放水の際に生じる爆発的な水の流れも彼らを死に追いやる。
世界のエンジニアたちは、魚に安全かつ優しいタービン(回転エンジン)や未来をプレゼントしたい、と考えてきた。もし、野生動物と自然を建設以前の状態、もしくはそれ以上に回復させるダムを造れるとしたら、とてつもないことである。
カリフォルニア州アラメダに拠点を置くNatel Energy社は、マイクロソフトの創設者であるビル・ゲイツ氏の投資会社、Breakthrough Energy Ventures社(BEV)と提携し、魚の生存率を向上させる先端のとがっていないタービンを開発した。
なお、同社の開発した新型タービンは、魚に優しいだけでなく、現代社会の予測不可能な豪雨と水の流れに耐えるべく、設計されている。
Natel Energy社の機械エンジニア兼最高技術責任者として活躍するアベ・シュナイダー氏はBBCの取材に対し、「私たちは環境への影響とコストを削減し、水力発電の優れた再生可能エネルギーを生かすベストは方法を模索している。魚たちに安全なタービンをプレゼントすることもその一環だ」と述べた。
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環境に優しいダム
従来の水力発電ダムは、高い地点から低い地点に水を流す力を利用し、電気を作る。ダム内に設けられた開閉可能通路(シュート)に水を通し、低い地点に設置されたタービンがその力で回転する。巨大ダム湖に溜め込まれた水が電気を生み、それを送電鉄塔が市街地へ送り届けているのだ。
魚たちは、気づかぬうちにシュートを通過、鋭利な回転ブレードに切り裂かれ、ダム排出口から放出される。しかし、Natel Energy社は湾曲した分厚い回転ブレードを開発。打撃面を大きくすることで、接触時の衝撃を低減させ、結果、魚たちは負傷することなくシュートを通過できるようになったという。
シュナイダー氏は、姉妹のジア・シュナイダー氏(最高経営責任者)と共同でNatel Energy社を設立。二人は水力発電ダムの建設アプローチの一部が、異常気象や環境破壊に適していないと以前から認識していた。
干ばつや大洪水など、川に関連する災害は世界中で猛威を振るっている。結果、魚や河川流域の自然はダメージを受け、疲弊していく。同社の開発したタービンは、一歩間違えればダム本体の崩壊につながる水のプレッシャーにも耐え、魚の命まで救ってしまうのだ。
ジアCEOは気候変動と水の変化をセットで考えている。「魚に安全なタービン、機械、衛生通信および画像を使用し、土木工学および環境工学の手法を組み合わせて水力発電設備を再考することが必要だった」と同氏は述べた。
環境問題と水力発電ダムは切っても切れない関係にある。闇雲にそれを建設すれば、河川上流や中流域の生態系や自然に甚大が影響を与え、貴重な魚や昆虫が死滅してしまうかもしれない。植物や花なども同様である。
環境問題をクリアすることができれば、「電力の供給」という最優先課題と自然に100%優しい再生可能エネルギーの完成である。さらに、下流域の洪水調整機能、田畑への水の供給や干ばつ対策というダムの持つ素晴らしい副次的な利点を活かすこともできるだろう。
Natel Energy社のタービンは衛星とリンクしており、河川流域の変化(雪解け、周辺の堆積物量など)を常に監視している。発電所のオペレーターは、それらのデータと高度なプログラムを併用して、取水量や排水量、河川下流域に流れこむ水量などを予測する。
マサチューセッツ州、オールデン研究所のスティーブン・アマラル博士はBBCの取材に対し、「Natel Energy社が開発したタービンは、従来の水力発電供給システムに代わる持続可能な技術として重宝されることになるだろう。生態系に与える影響を小さくする努力は、目立たず、一件すると地味である。しかし、魚の命を救いたいと考え作られた回転ブレードは、ダム本体の機能まで向上させてしまった」と述べた。
日本でのダムのイメージといえば、「税金の無駄」「役立たず」「造る意味がない」など、否定的なものばかりである。ただし、電力会社などの民間企業が造るダムは、安全とコストのバランスをしっかり考慮しているため、無駄と呼ばれることはまずない。
建設費と維持管理費は電力販売収益で数十年かけてしっかり回収しなければならない。それができなければ、新興の電力企業は倒産の憂き目を見るだろう。地域の電力安定供給にしっかり貢献し、かつ収益も上げるのである。
しかし、公共工事で建設されるダムは、採算を度外視し、数千億円規模の巨大工事に発展することも珍しくない。また、国営ダムの大半は治水を目的としている。つまり、収益ではなく国民の生命を守るために建設するのである。
台風や大雨などによる大雨災害が頻発する日本では、ダムが河川流域の住人の命を救った、というケースが少なからずある。そういう大活躍したダムはしっかり評価され、大切にされていくだろう。
しかし、河川流域に集落がまったくなかったり、有史以来一度も洪水が発生したことのない小河川の上流部に1,000億円規模の巨大ダムを造るなど、無駄と呼ばれても仕方のないダムは確実に存在する。
話がそれてしまった。水力発電ダムは、二酸化炭素や環境汚染物質を大気に放出しない、非常に優れた再生可能エネルギー供給源できる。ただし、環境への配慮が足りなければ、建設工程および運用していく中で、河川流域の自然や生態系に影響を与えてしまうだろう。
世界中の企業が低炭素またはゼロ炭素グリッドへ移行し、地球に優しい再生可能エネルギー開発競争を盛り上げている。ダム湖につながる河川上流で当たり前のように釣りを楽しめる日はきっと来る。