SHARE:

2026主食用米、20県で増産へ、飼料用へ転換進まず、コメ余り加速

2026年産の主食用米作付け意向調査は、日本のコメ市場が大きな転換点にあることを示した。前年の歴史的な高米価を受けて、多くの生産者が主食用米の増産を選択し、20県で作付拡大の動きが確認された。
田んぼのイメージ(Getty Images)
現状(2026年7月時点)

2026年夏、日本のコメ市場は大きな転換点を迎えている。2024年から2025年にかけて続いた歴史的なコメ価格高騰を受け、多くの生産者が主食用米の作付面積を拡大する判断を下した結果、生産量が急増する見通しとなった。一方で、需要そのものは急激に増えているわけではなく、「需要以上に生産が増える」構図が鮮明となり、市場では供給過剰への警戒感が急速に高まっている。

農林水産省が公表した2026年産(令和8年産)の作付意向調査では、前年まで続いた主食用米増産の流れがなお強く残っていることが確認された。背景には前年の高米価、生産者心理の改善、政府備蓄米政策の変更など複数の要因が重なっており、市場関係者は「コメ不足」から一転して「コメ余り」への転換局面に入ったとの見方を強めている。

今回の特徴は、単なる生産量増加ではない。これまで需給調整の役割を果たしてきた飼料用米などへの転換が十分に進まず、多くの産地で主食用米へ回帰する動きが広がっている点にある。この構造変化は、今後数年間の米価形成に大きな影響を及ぼす可能性を秘めている。


農林水産省が公表した6月末時点の主食用米作付け意向調査

農林水産省は毎年、都道府県農業再生協議会などへの聞き取り調査を基に、水田における作付意向を複数回公表している。この調査は全国の営農計画を把握する上で最も重要な基礎資料であり、コメ需給を予測する際の出発点となる。

2025年産(令和7年産)の6月末調査では、主食用米の作付面積は約136万ヘクタールとなり、前年より約10万ヘクタール増加する見込みとなった。平年単収で換算すると約735万トンの生産量となり、前年より約56万トン多い計算である。この増加幅は調査開始以来で最大規模となり、日本の米政策において極めて異例の増産局面となった。

その後の2026年産(令和8年産)第1回調査でも、主食用米は前年の高水準を維持する見通しとなった一方、飼料用米や麦、大豆など戦略作物は減少傾向が続いている。つまり、水田利用全体としては主食用米への集中が依然として続いている構図が確認されている。

この調査は最終決定ではなく、生産者の営農計画変更によって数値は変動する。しかし市場関係者や卸売業者、JA、食品メーカーは、この調査結果を基に秋以降の需給見通しを立てるため、実際の市場価格にも大きな影響を与える重要指標となっている。


調査の核心と現状のファクト

今回の調査で最も重要なポイントは、「コメ不足への対応」として始まった増産が、市場全体では供給過剰へ転換する可能性を示した点にある。

2024年から2025年にかけて国内ではコメ価格が急騰し、小売価格は過去最高水準を更新した。その結果、生産者は「今年は主食用米を作れば利益が確保できる」という期待を強め、多くの地域で作付拡大を選択した。この判断自体は経済合理性に基づく自然な行動であり、生産者の立場から見れば当然の選択だった。

しかし農産物市場にはタイムラグが存在する。価格高騰を見て増産を決定しても、実際に収穫される頃には市場環境が変化しているケースが少なくない。この「価格シグナルの遅れ」は農業経済学では典型的な現象として知られ、価格変動をさらに拡大させる原因となる。

さらに、日本では人口減少と食生活の変化により、一人当たりのコメ消費量は長期的に減少傾向が続いている。短期間で需要が大幅に増える可能性は小さく、生産だけが急増すれば需給バランスは崩れやすい。その結果、民間在庫が積み上がり、価格下落圧力が強まるというシナリオが現実味を帯びてきている。

また、専門家の間では「価格が高かったから増産する」という短期的判断だけではなく、中長期的な需要予測に基づく生産調整の重要性が改めて指摘されている。需要に応じた生産を維持しなければ、価格の乱高下が繰り返され、生産者・流通業者・消費者のすべてが不利益を被る可能性が高まる。


20県で増産傾向

農林水産省が公表した2026年産(令和8年産)の主食用米作付け意向調査では、多くの都道府県で主食用米の作付面積を維持または拡大する意向が示された。特に20県では前年を上回る増産方向が確認されており、一部地域では前年の高米価を背景に大幅な作付拡大を計画している生産者も少なくない。こうした動きは、前年までの「不足への対応」が、2026年産では「供給増加」の局面へ移行したことを示している。

増産傾向が目立つ地域には、東北や北陸など国内有数の米どころが含まれている。これらの地域は生産基盤が整備され、大規模経営体の割合も比較的高いため、市場価格の変化に対する対応が早いという特徴がある。前年の収益改善を受け、農業機械や資材への投資を継続しながら、主食用米の作付けを増やす判断が相次いだと考えられる。

一方で、西日本では気象条件や品種構成の違いから増加幅は地域差が見られるものの、全国的にみれば「減産して需給を引き締める」という動きは限定的である。これは、日本全体として主食用米への回帰が広範囲に起きていることを意味している。

農業経済学では、生産者は前年価格を重視して翌年の作付計画を立てる傾向があることが知られている。この「価格反応型」の生産行動は世界の農産物市場でも一般的であり、日本のコメ市場でも同様の現象が確認されている。高価格が続いた翌年には生産量が増え、その結果として供給過剰となり価格が下落するという循環は、多くの農産物で繰り返されてきた。

今回の20県に及ぶ増産意向は、まさにその循環の典型例である。個々の生産者にとっては合理的な判断であっても、全国規模で同じ判断が積み重なれば、市場全体では供給超過を招く。この「合成の誤謬」が、現在のコメ市場最大の課題となっている。


全国の作付け意向面積

農林水産省の調査では、全国の主食用米作付面積は前年から高い水準を維持する見通しとなった。需要量を大きく上回るほどではないものの、過去数年間と比較すると明らかに供給能力が高まる方向へ動いている。

日本の主食用米は長年にわたり需要減少が続いているため、行政は生産者に対して需要に応じた作付けを促してきた。しかし近年の価格高騰によって、生産者の意識は「需要調整」よりも「収益確保」へ大きく傾いた。この結果、全国的に主食用米へのシフトが進んだ。

作付面積が拡大すると、平年並みの単収であっても生産量は自然に増加する。さらに2026年産が天候に恵まれ豊作となった場合、生産量は需要をさらに大きく上回る可能性がある。この点について、多くの市場関係者は天候リスクと需給リスクが重なることを警戒している。

一方で、近年は異常気象の頻発によって収量が変動しやすくなっているため、作付面積だけで最終的な需給を判断することはできない。それでも現時点では、生産能力そのものが拡大しているという事実は、市場価格を考える上で重要な前提条件となる。

農林水産省は今後も定期的に作付状況や生育状況を公表し、収穫見込みを更新する予定である。市場関係者はこれらのデータを基に秋以降の価格形成を予測しており、毎回の調査結果が相場に影響を与える状況が続いている。


転換の停滞

今回の調査で注目されたもう一つのポイントは、飼料用米などへの転換が想定ほど進まなかったことである。

政府は長年、水田の有効活用と需給調整を目的として、飼料用米や麦、大豆、加工用米などへの転換を支援してきた。これらは主食用米の生産量を抑えながら、水田を維持する重要な政策手段として位置付けられている。

しかし2026年産では、高い販売価格が期待できる主食用米への作付けを優先する生産者が増えた。その結果、飼料用米への転換面積は伸び悩み、一部地域では前年を下回る見込みとなった。

生産者の立場から見れば、この判断には十分な経済合理性がある。飼料用米は交付金を含めた収益構造となる一方、主食用米は市場価格が高ければ直接販売収入が増えるため、価格差が大きい局面では主食用米の方が利益を期待しやすい。

さらに、飼料用米は契約栽培が基本となるため、販売先や数量がある程度固定される。自由販売が可能な主食用米は価格上昇局面で利益を拡大できる可能性があり、前年の高米価が生産者心理を大きく変えたことは否定できない。

この転換停滞によって、政府が想定していた需給調整機能は十分に働かなかった可能性がある。専門家の間では、「価格高騰局面では従来の政策だけでは生産誘導が難しい」という指摘も出ており、制度設計そのものの見直しを求める声もみられる。


なぜ飼料用への転換が進まず増産へ向かうのか(背景と要因)

飼料用米への転換が進まない最大の理由は、市場価格の変化による収益構造の逆転である。

本来、飼料用米は交付金を受けることで一定の収益を確保できる制度であり、価格変動の影響を受けにくいという利点がある。しかし主食用米価格が歴史的高水準まで上昇すると、その価格差が交付金を上回るケースが増え、生産者にとって主食用米を栽培する経済的メリットが急速に高まった。

また、農業資材価格や肥料価格、燃料費、人件費などの生産コストは依然として高止まりしている。こうした状況では、生産者は少しでも販売単価が高い品目を選択しなければ経営が安定しない。結果として、価格の高い主食用米への集中が起こったのである。

さらに、生産者の多くは前年の販売実績を基に翌年の経営計画を立てる。前年に高収益を得た経験は翌年の作付判断に強い影響を与えるため、市場価格がすでに下落傾向に入っていたとしても、生産計画は簡単には修正されない。この時間差が、供給過剰を拡大させる一因となる。

加えて、地域によっては長年主食用米を中心に生産してきた営農体制が確立されており、飼料用米へ全面的に切り替えるには設備や販売体制の変更が必要となる。経営上のリスクや手続きの負担を考慮し、従来どおり主食用米を選択するケースも少なくない。

このように、価格、高コスト、生産者心理、経営体制、政策制度という複数の要因が重なった結果、飼料用米への転換は想定より進まず、全国的な増産へとつながったのである。


前年のコメ価格高騰による期待感

2025年から2026年前半にかけてのコメ市場では、店頭価格・卸売価格ともに過去と比較して極めて高い水準で推移した。この価格上昇は、一時的な需給逼迫や流通在庫の減少、猛暑による品質・収量への影響、物流費や資材価格の上昇など複数の要因が重なって発生したものであり、生産者にとっては久しぶりに収益改善を実感できる局面となった。

長年、日本の稲作農家は米価の低迷に直面してきた。販売価格が生産コストを十分に吸収できず、所得確保のために規模拡大や経費削減を進めても利益率が改善しにくい状況が続いていた。そのため、前年の価格高騰は単なる一時的な高値ではなく、「ようやく適正な価格で販売できるようになった」と受け止めた生産者も少なくなかった。

農業経済では、生産者は直近の市場価格を将来予測の重要な材料として活用する傾向がある。価格が高ければ翌年の生産を増やし、価格が低ければ生産を抑えるという行動は、コメだけでなく小麦やトウモロコシ、大豆など世界中の農産物市場で確認されている。

しかし、この行動が全国規模で同時に起こると、市場には大量の供給が集中することになる。結果として価格は下落し、再び生産意欲が低下するという循環が生まれる。この「価格循環(コブウェブ現象)」は農産物市場の代表的な特徴であり、日本のコメ市場も例外ではない。

前年の価格高騰によって形成された強い期待感は、多くの生産者に増産を決断させた。一方で、市場全体としてはその期待感が供給過剰を招く要因となり、価格下落リスクを高めるという逆説的な状況を生み出している。


生産コストの高止まり

仮に今後コメ価格が下落したとしても、生産コストが同時に低下する保証はない。むしろ近年は、生産資材価格の高騰が続いており、稲作経営を取り巻く環境は依然として厳しい状況にある。

肥料価格は国際的なエネルギー価格や原料価格の影響を強く受ける。日本は肥料原料の多くを輸入に依存しているため、為替変動や国際情勢の変化が国内価格へ直接反映されやすい構造となっている。また、農薬や農業資材についても同様に輸入比率が高く、価格上昇が経営を圧迫している。

さらに、軽油やガソリンなど燃料価格の高止まりも、生産現場に大きな負担を与えている。トラクターやコンバイン、乾燥施設など稲作には多くの機械設備が必要であり、燃料費や電気料金の上昇はそのまま生産コストの増加につながる。

農業機械の更新費用も年々上昇している。高性能化や部品価格の上昇に加え、円安の影響で輸入部材が値上がりしていることから、新規投資の負担は以前より重くなっている。機械の老朽化が進んでも更新をためらう農家が増えている背景には、このコスト上昇がある。

人件費の増加も無視できない。農業分野では高齢化と人手不足が深刻化しており、繁忙期には臨時雇用の確保が難しくなっている。労働力不足に対応するため賃金水準は上昇傾向にあり、経営費全体を押し上げる要因となっている。

このように、生産コストは高止まりしたままである一方、市場価格だけが下落する場合、生産者の利益は急速に縮小する可能性がある。そのため、「価格が下がれば消費者には恩恵がある」という単純な構図ではなく、生産現場の持続可能性とのバランスを考慮する必要がある。


政策的な影響

日本のコメ政策は、2018年に行政による生産数量目標(いわゆる減反政策)が廃止されて以降、市場原理をより重視する方向へ移行してきた。一方で、水田活用の直接支払交付金などを通じて、主食用米以外への転換を促す政策は継続されている。

今回の増産局面では、この政策の難しさが改めて浮き彫りとなった。主食用米価格が大幅に上昇すると、市場価格による利益が交付金を上回る場合が増え、生産者は経済合理性に基づいて主食用米を選択する傾向を強める。その結果、政策による誘導効果は相対的に弱まることになる。

また、政府は備蓄米制度を通じて市場の安定化を図っているが、備蓄米は主に緊急時の供給確保を目的としており、恒常的な価格調整機能を担うものではない。そのため、生産量が需要を大きく上回った場合、市場価格の下落を完全に防ぐことは難しい。

農林水産省は、需給見通しや作付意向調査を継続的に公表し、生産者に対して需要に応じた生産を呼びかけている。しかし、実際の営農判断は個々の経営状況や地域事情によって左右されるため、行政が想定したとおりの生産調整が実現するとは限らない。

専門家からは、価格シグナルだけに依存した需給調整には限界があり、生産者が中長期的な需要見通しを踏まえて経営判断できるような情報提供や制度設計の充実が必要との指摘もある。また、輸出拡大や加工需要の創出など、需要側を強化する政策の重要性も以前にも増して議論されている。


今後の懸念事項とリスク分析

現在の市場で最も懸念されているのは、「供給増加」と「需要の伸び悩み」が同時に進行することである。

日本では人口減少に加え、食生活の多様化によって一人当たりのコメ消費量は長期的な減少傾向にある。短期間で需要が急増する要因は限定的であり、生産量だけが増加すれば需給バランスは崩れやすくなる。

さらに、2026年産が平年並み以上の収穫となれば、民間在庫が積み上がる可能性が高まる。在庫の増加は卸売価格の下落圧力となり、小売価格にも時間差を伴って反映されることが考えられる。こうした価格下落は消費者にとっては負担軽減となる一方、生産者の収益悪化を招くリスクがある。

また、価格下落が急激に進めば、翌年には逆に作付面積を縮小する生産者が増え、再び供給不足に転じる可能性も否定できない。このような価格の乱高下は、生産者だけでなく流通業者、食品メーカー、小売業者などサプライチェーン全体の経営を不安定化させる。

気候変動も重要な不確定要素である。猛暑や豪雨、渇水などによって収量や品質が変動すれば、現在想定されている需給見通しが大きく変化する可能性がある。したがって、市場の先行きを判断する際には、作付面積だけでなく、生育状況や天候、需要動向を総合的に評価することが不可欠である。


コメ余りと価格の「値下がり」鮮明化

2026年後半に向けて最も注目されるのは、コメ市場が「不足」から「余剰」へ転換する可能性である。2024年から2025年にかけて続いた高価格局面は、生産者の増産意欲を強く刺激した一方で、需要そのものが大きく拡大したわけではない。そのため、収穫期を迎えて供給量が需要を上回れば、市場価格には下押し圧力が強まることが予想される。

農産物市場では、需要が短期間で大きく増えることは少ない一方、生産量は天候や作付面積によって比較的大きく変動する。このため、わずかな供給超過であっても価格は大きく変動しやすい。コメも例外ではなく、需給バランスの変化が卸売価格や店頭価格へ波及する可能性が高い。

消費者の立場から見れば、価格低下は家計負担の軽減につながるため歓迎される側面がある。近年の高米価によって家計支出が増加していたことを考えれば、価格正常化は一定のメリットをもたらす。

しかし、生産者側から見れば状況は異なる。肥料、農薬、燃料、電気料金、人件費などの生産コストが依然として高止まりする中で販売価格だけが下落すれば、利益率は急速に悪化する。価格下落が一定水準を超えれば、経営維持そのものが困難になる農家も出てくる可能性がある。

また、価格下落が急激であればあるほど、市場参加者は売り急ぐ傾向を強める。卸売業者や集荷業者、小売業者が在庫圧縮を急げば、市場への供給がさらに増え、価格下落が加速するという負の連鎖が起こることも考えられる。


民間在庫の膨張リスク

コメ市場では、生産量だけでなく民間在庫の動向が価格形成に極めて大きな影響を与える。

民間在庫とは、JAや集荷業者、卸売業者、販売会社などが保有するコメの在庫である。市場で消費されなかったコメは翌年へ繰り越されるため、収穫量が需要を上回れば在庫は自然に積み上がる。この在庫量が増加すると、新米が出回る時期に旧米との競合が発生し、市場価格を押し下げる要因となる。

日本では過去にも在庫膨張が価格下落を招いた事例が繰り返されてきた。供給過剰が続けば、流通業者は保管費用や品質劣化リスクを抱えるため、価格を引き下げてでも販売を優先する傾向が強まる。その結果、卸売価格が下落し、小売価格にも時間差を伴って影響が及ぶ。

さらに、在庫が過去平均を大きく上回る水準まで積み上がった場合、市場心理にも影響を与える。「今後も供給が十分ある」という認識が広がれば、買い急ぐ動きは弱まり、価格は一層下落しやすくなる。

一方で、在庫が十分に確保されること自体は食料安全保障の観点から一定の意義がある。自然災害や異常気象、不作などの際には市場供給を維持する役割を果たすためである。しかし、市場価格の安定という視点では、過剰在庫は需給バランスを崩す要因となり得る。

今後は、生産量だけではなく、民間在庫の推移が価格動向を判断する上で重要な指標となるだろう。


「高値から暴落」への構造的不安

現在、多くの専門家が懸念しているのは、「高値から暴落」へ向かう急激な価格変動である。

農産物市場では、生産者が前年価格を参考に翌年の生産量を決める一方、需要は短期間ではほとんど変化しない。このため、高価格を受けて増産が進み、その結果として供給過剰となり、価格が急落するという循環が生じやすい。この現象は農業経済学では「コブウェブ現象(Cobweb Theory)」として広く知られている。

今回のコメ市場も同様の構図を示している。価格高騰を受けて多くの産地が主食用米を増産したが、そのコメが市場へ一斉に供給される時点では需要が追いつかない可能性がある。その結果、価格は急速に調整され、高値を維持できなくなる恐れがある。

さらに、生産者が価格下落を受けて翌年に減産へ転じれば、その翌年には再び供給不足となり、価格が上昇する可能性もある。このような価格の乱高下は、生産者だけでなく流通、小売、食品メーカー、外食産業など幅広い関係者の経営を不安定化させる。

日本のコメ政策は、かつて行政による生産調整を中心として価格安定を図ってきた。しかし現在は市場原理を重視する仕組みへ移行しており、市場価格の変動が以前より大きくなりやすいとの指摘もある。今後は、価格変動リスクを前提とした経営や政策運営がより重要になると考えられる。


今後の展望

今後のコメ市場は、2026年産の収穫量、民間在庫、需要動向、そして天候という四つの要素によって大きく左右される。

仮に平年並み以上の豊作となれば、供給量はさらに増加し、価格下落圧力は一段と強まる可能性がある。一方で、猛暑や豪雨など異常気象によって収量が減少すれば、現在の需給見通しは大きく変化することも考えられる。

また、中長期的には人口減少と食生活の変化により、国内需要が急速に拡大する可能性は低いとみられている。このため、生産量だけでなく輸出拡大や加工用途の開拓、新たな需要創出など、需要側を強化する取り組みがこれまで以上に重要となる。

さらに、スマート農業や高付加価値米の生産、ブランド戦略などを通じて、生産者が価格競争だけに依存しない経営へ転換することも求められる。市場環境の変化に柔軟に対応できる経営体制の構築が、今後の稲作の持続可能性を左右する重要な課題となるだろう。


まとめ

2026年産主食用米の作付け意向調査は、日本のコメ市場が「供給不足への対応」から「供給過剰への警戒」という新たな局面へ移行しつつあることを明確に示した。2024年から2025年にかけての歴史的な米価上昇は、生産者の経営改善への期待を高め、多くの地域で主食用米の増産という合理的な経営判断を促した。その結果、全国20県で前年を上回る増産傾向が確認され、主食用米の作付面積は高水準を維持する見通しとなった。

一方で、需給調整機能を担ってきた飼料用米や麦、大豆などへの転換は想定ほど進まず、水田利用全体が再び主食用米へ集中する構図が鮮明になった。これは、生産者が市場価格という経済合理性を優先した結果であり、個々の経営判断としては極めて自然な行動である。しかし、全国の生産者が同様の判断を行えば、市場全体では供給超過を招くという「合成の誤謬」が生じる。この点こそが、今回の作付け意向調査から読み取れる最大の特徴である。

背景には、前年の高米価だけではなく、肥料・農薬・燃料・電気料金・農業機械・人件費など、生産コストの高止まりがある。コストが上昇する中では、少しでも販売価格の高い主食用米を選択することは経営維持の観点から当然の判断となる。そのため、交付金を活用した飼料用米への転換政策は、高米価局面では十分な誘導効果を発揮しにくいことが改めて浮き彫りとなった。

政策面では、2018年以降の市場原理を重視したコメ政策の下で、生産数量目標による直接的な調整は行われていない。その一方で、水田活用の直接支払交付金や需給見通しの公表などを通じて、需要に応じた生産を促す仕組みは維持されている。しかし、市場価格が政策誘導を上回る影響力を持つ局面では、生産者の行動は価格シグナルに強く左右されることが今回の調査からも確認された。

需給面で最大の焦点となるのは、2026年産の収穫量と民間在庫の動向である。仮に平年並み、あるいは豊作となれば、生産量は需要を上回る可能性が高まり、民間在庫は増加することが予想される。在庫の積み上がりは卸売価格の下落要因となり、最終的には店頭価格にも波及する可能性がある。消費者にとっては価格低下による恩恵が期待される一方、生産者にとっては所得減少という深刻な問題につながる。

さらに懸念されるのは、「高値から暴落」への構造的リスクである。農産物市場では、生産判断と収穫までの時間差が存在するため、前年価格を見て増産した結果、翌年には供給過剰となり価格が急落するという循環が起こりやすい。この現象は農業経済学におけるコブウェブ理論として知られており、日本のコメ市場もその典型例になり得る。価格下落が急激に進めば、生産者は翌年以降に減産へ転じ、その結果として再び供給不足と価格上昇が発生する可能性もある。こうした価格の乱高下は、生産者だけでなく、集荷業者、卸売業者、小売業者、食品メーカー、外食産業など、サプライチェーン全体の経営を不安定化させる要因となる。

一方で、長期的な視点では、日本のコメ市場は人口減少や食生活の多様化という構造的課題に直面している。一人当たりのコメ消費量は長年減少傾向が続いており、国内需要が急速に回復する可能性は高くない。このため、生産調整だけに依存するのではなく、輸出拡大、高付加価値米の開発、ブランド化、加工・業務用需要の開拓、さらにはスマート農業による生産性向上など、需要・供給の双方から持続可能性を高める取り組みが不可欠となる。

また、政策運営においては、短期的な価格変動への対応だけではなく、中長期的な需給見通しを踏まえた情報提供と制度設計が一層重要となる。生産者が市場動向を正確に把握し、価格変動リスクを織り込んだ経営判断を行える環境を整備することは、今後のコメ政策における重要課題である。同時に、食料安全保障の観点から適正な備蓄水準を維持しつつ、市場価格とのバランスをいかに保つかも、政策当局に求められる難しい課題となる。

総合すると、2026年産主食用米をめぐる状況は、前年の高米価がもたらした増産意欲と、需要の伸び悩みという構造的課題が交差することで、「コメ余り」と価格調整局面へ向かう可能性を示している。ただし、最終的な需給や価格は、天候、収穫量、民間在庫、国内需要、輸出動向など複数の要因によって変動するため、現時点で急激な価格変動を断定することはできない。今後は農林水産省の需給見通し、生育状況、在庫統計などを継続的に検証しながら、市場の変化を多面的に把握することが重要である。


参考・引用リスト

  • 農林水産省「令和8年産主食用米等の第1回作付意向について」
  • 農林水産省「令和7年産水田における作付意向(6月末時点)」
  • 農林水産省「米をめぐる関係資料」
  • 農林水産省「食料・農業・農村白書」
  • 農林水産省「水田農業の高収益化の推進」
  • 農林水産政策研究所(PRIMAFF)各種研究報告
  • 米穀安定供給確保支援機構(米ネット)需給・在庫統計資料
  • 総務省統計局「家計調査」
  • 農畜産業振興機構(ALIC)農業・食料市場分析資料
  • JA全中・JAグループ各種公表資料
  • 日本経済新聞、NHK、共同通信、時事通信などの2026年農業・コメ需給関連報道
この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします