コンテンプト・オブ・コート 1-36
二十年前。
アンカレッジ。
夜。
雨が降っていた。
古い四階建ての建物の窓を、雨粒が叩いている。
四階の弁護士事務所には、明かりが一つだけ残っていた。
少年のマイクは、窓際の椅子に座っていた。
机の上には閉じた法律書がある。
時計を見る。
午後十時を過ぎていた。
マイクは立ち上がり、窓の外を見た。
そのとき、階段の下から足音が聞こえた。
マイクが振り向く。
事務所の扉が開いた。
濡れたコートを着たリサが入ってきた。
髪も肩も雨で濡れている。
リサは扉を閉め、鍵を掛けた。
「お母さん」
「まだ起きてたの?」
「うん」
マイクは椅子から立った。
「早く帰ろう」
リサは答えなかった。
コートを脱ぎ、椅子の背に掛ける。
それから机の引き出しを開けた。
中から一冊の通帳を取り出す。
続いて、一枚の写真。
最後に、小さく折り畳んだメモを取り出した。
マイクは不思議そうに見ていた。
「何、それ?」
「大事なものよ」
リサは三つをまとめてマイクに渡した。
「持っていなさい」
「どうして?」
「いいから」
マイクは通帳と写真とメモを受け取った。
「お母さんは?」
「私は大丈夫」
リサはマイクの手を握った。
「この通帳はなくさないで。写真もよ」
「うん」
「それから、このメモ」
リサはメモを指で押さえた。
「ヒューイ伯父さんの住所よ」
マイクが顔を上げる。
「ヒューイ伯父さん?」
「そう」
「会ったことないよ」
「今は会わなくていい」
リサはそう言ってから、マイクの目を見た。
「もし私に何かあったら、ヒューイ伯父さんのところに行きなさい」
「何かって?」
「……何でもないわ」
リサは一瞬だけ視線を外した。
そして、はっきりと言った。
「もし私に何があったかヒューイ伯父さんのところに行きなさい」
マイクは黙った。
リサは続けた。
「それと、絶対に一人でここへ戻ってきては駄目」
「どうして?」
「約束して」
「お母さんと一緒なら?」
「それでもよ」
リサの声が低くなった。
「アンカレッジには絶対に戻らないで」
マイクは母親の顔を見た。
いつものリサとは違っていた。
弁護士として誰かを説得するときの顔でもない。
何かを恐れている。
マイクにも、それだけは分かった。
「お母さん、何かあったの?」
「何もないわ」
「でも……」
「マイク」
リサはマイクの肩に手を置いた。
「約束して」
マイクはしばらく黙っていた。
「……うん」
「絶対よ」
「分かった」
リサは小さく頷いた。
そのときだった。
階下から、車のドアが閉まる音がした。
一台ではない。
続けて、二台。
さらにもう一台。
リサの手が止まった。
マイクも音を聞いた。
「誰?」
リサは答えなかった。
窓際へ歩き、カーテンの隙間から外を見る。
雨の向こうに、車のライトがいくつも見えた。
リサの顔から血の気が引いた。
「マイク」
「うん」
「ここから動かないで」
「どうしたの?」
リサは答えなかった。
机の上に置かれた通帳、写真、メモを見る。
そして、事務所の入口へ視線を向けた。
階段から足音が聞こえてきた。
一人ではない。
複数の人間が上がってくる。
リサはマイクの前に立った。
「絶対に出てきちゃ駄目よ」
マイクは頷いた。
足音が近づいてくる。
四階へ続く最後の階段を、誰かが上がってきた。
雨の音が窓の外で続いていた。
リサは扉を見つめた。
