コンテンプト・オブ・コート 1-34
アンカレッジ警察の留置場。
ローリーは簡素なベンチに座っていた。
壁は白く、照明は明るい。正面には鉄格子の扉があり、その向こうを警察官が行き来している。
ローリーは腕を組んだまま、向かいの机に座る刑事を見た。
「いつまでここにいるの?」
刑事は手元の書類を確認した。
「手続きが終わるまでだ」
「私は何もしていないわ」
「男を殴った」
「殴ったのは事実よ」
ローリーは即答した。
「でも、あいつは私を尾行していたのよ。勝手に私のことを調べて、父の借金まで知っていた。あんな人間を放っておくほうがおかしいわ」
刑事は顔を上げた。
「相手の名前は?」
「マイク・ハンター」
「弁護士だな」
「弁護士の資格を持っているだけよ。私には探偵だと言っていた」
刑事は書類に目を落とした。
「私立探偵か」
「そうよ」
ローリーは立ち上がった。
「それに、あいつは私を脅した」
「具体的には?」
「私のことを調べていると言った。父の借金のことも知っていた。私が裁判官を殴って業務停止になったことまで知っていた」
刑事は黙ってローリーを見た。
「それだけ?」
「それだけって?」
「脅迫されたというなら、何を言われたのか確認したい」
ローリーは一瞬黙った。
マイクの言葉を思い出す。
――興味のある女に限る。
ローリーの顔が険しくなる。
「……気持ちの悪い男よ」
刑事は反応しなかった。
「それで、どうする?」
ローリーは鉄格子の向こうを見た。
「決まってるでしょ」
そして刑事に向き直る。
「あのストーカーを訴えるわ」
刑事は書類を閉じた。
「被害者はあなたを告訴するそうだ」
ローリーの表情が止まった。
「……何ですって?」
「マイク・ハンターは、あなたから暴行を受けたと届けを出している」
「私が被害者だと言ってるのよ」
「それは双方が主張することだ」
刑事は淡々と答えた。
「あなたは彼の顎を殴った。本人もそれを認めている。問題は、その前に何があったかだ」
「私が殴ったことだけが問題なの?」
「今のところはな」
ローリーは椅子に座り直した。
「最悪……」
刑事は立ち上がった。
「弁護士を呼ぶか?」
「……呼ばない」
「そうか」
刑事はそのまま机を離れた。
ローリーは一人になった。
鉄格子の向こうで、誰かが電話をかけている。
別の部屋から書類をめくる音が聞こえる。
ローリーは両手で顔を覆った。
ニューヨークで裁判官を殴り、六か月の業務停止。
アンカレッジに戻ってきたと思ったら、父親の借金問題に巻き込まれた。
そして今度は、探偵を殴って留置場だ。
「最悪ね……」
小さく呟いた。
だが、頭に浮かんだのは父親の顔だった。
店の帳簿。
借用書。
法外な利息。
そして、あの男――マイク・ハンター。
ローリーは顔を上げた。
「あいつ、何者なのよ……」
答える者はいなかった。
留置場の照明だけが、変わらず白く光っていた。
