レソトの死刑制度:政治・社会情勢の不安定さと司法への懸念
レソトの死刑制度は、法律上は現在も存置されているが、1995年以来、実際の執行は停止している。したがって、レソトを死刑執行国として評価するよりも、「死刑存置国でありながら長期的な執行停止を続けている国」と位置付ける方が実態に即している。

現状(2026年10月時点)
レソトの死刑制度を検討する際に最も重要なのは、同国が2026年10月時点でも死刑を法律上維持している一方、実際の執行については長期間停止しているという二重構造である。レソトは死刑廃止国ではなく、国際的な分類では現在も死刑存置国に位置付けられているが、最後に確認された死刑執行は1995年であり、その後30年以上にわたって執行されていない。
近年の国際的な死刑制度統計をみても、2023年、2024年、2025年のいずれについてもレソトでの死刑執行は確認されていない。また、2025年末時点で新たに死刑判決を受けた者は確認されず、死刑囚の人数についても国際機関によって把握状況に差があるものの、制度が実質的な執行段階から遠ざかっていることは明確である。
したがって、レソトの死刑制度を単純に「死刑を行っている国」と評価するのは正確ではない。より適切なのは、「法律上は死刑を存置しながら、長期間にわたり執行を停止している国」と位置付け、その背景にある政治、司法、人権保障、社会秩序の問題を併せて分析することである。
この点は、死刑制度の評価において重要な意味を持つ。死刑が法律に残されている以上、将来の政治判断や司法政策によって執行が再開される可能性は制度上完全には排除されず、死刑廃止を明確に法制度化した国とは人権保障上の位置が異なるからである。
レソトにおける死刑制度の現状と法的枠組み
レソト憲法は生命に対する権利を基本的人権として保障している一方、犯罪について裁判所から死刑判決を受けた場合については、一定の条件の下で生命を奪われることを憲法上認めている。このため、生命権の保障と死刑制度が同じ憲法秩序の中に併存する構造となっている。
憲法第5条は、何人も恣意的に生命を奪われてはならないと定める一方、レソト法上の犯罪について裁判所が死刑を言い渡した場合の執行を、生命権侵害には当たらない場合として明記している。つまり、死刑そのものを憲法上禁止する方式ではなく、適法な司法手続を経た死刑について例外的に認める方式が採用されている。
死刑の対象となり得る犯罪については、殺人、反逆罪、一定の性的犯罪などが歴史的に挙げられてきた。レソト政府が国連に提出した説明でも、死刑制度がこうした重大犯罪に適用され得ること、さらに恩赦に関する制度などの司法上・行政上の保障が存在することが説明されている。
ただし、法律上死刑を規定していることと、実際に死刑が容易に執行されることは同義ではない。レソトの場合、上級審による審査、恩赦制度、長年の執行停止という複数の要素が重なり、死刑制度は存在しながらも、実際の刑罰政策としては極めて限定的な状態に置かれている。
法的ステータス
レソトの死刑制度の法的ステータスを一言で表せば、「存置」である。国際的な死刑制度の分類では、通常の犯罪について死刑を法律上認めている国として扱われ、完全な死刑廃止国には分類されていない。
これは、実際の執行が停止していることとは別の問題である。国際的な死刑制度の分析では、法律上死刑を残しているか、それとも法律そのものを廃止しているかが重要な区別となり、レソトは前者に該当する。
一方、レソトは国際人権法上、死刑廃止へ向かう国際的潮流から完全に離れているわけでもない。同国は市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国であるが、死刑廃止を目的とする同規約第2選択議定書には加入していないため、死刑廃止を国際法上確定させる段階には至っていない。
この状態は、レソトの死刑制度をめぐる政治的曖昧さを示している。すなわち、実際には執行を停止しているにもかかわらず、死刑を完全に廃止するための最終的な法改正や国際的約束には踏み込んでいないため、制度そのものが将来の政治判断に委ねられた状態にある。
執行の停止状況
レソトにおける死刑の実質的な特徴は、1995年以降、死刑執行が行われていないことである。国際的な死刑制度資料では、1995年11月が最後の既知の執行とされ、その後、2025年までの各年について執行は確認されていない。
30年以上にわたる執行停止は、単なる一時的な政策変更とは考えにくい。死刑を法律上維持しながら実際には使用しないという状態が長期間続いていることから、レソトでは死刑が刑事司法制度の中心的な刑罰ではなく、極めて限定的な法的選択肢として残存していると評価できる。
ただし、ここで注意すべきなのは、執行停止がそのまま死刑廃止を意味しないことである。死刑制度が法律に残っている限り、政治的環境の変化、重大犯罪への社会的反発、政権の治安政策などを契機として死刑の適用範囲や執行方針が変化する余地が残される。
また、死刑が実際に執行されていないからといって、死刑制度が人権問題と無関係になるわけでもない。死刑判決を受けた者が長期間にわたって処遇される場合には、拘禁環境、上訴手続、恩赦手続、司法へのアクセスなどが重大な問題となり得るためである。
国際的な位置づけ
世界的には死刑廃止が長期的な潮流となっており、特にアフリカでも死刑廃止国が増えている。その中でレソトが法律上の死刑制度を維持しながら、1995年以来執行していないという状態は、完全廃止と存置の中間的な位置にあると見ることができる。
国際的な死刑制度の分類では、レソトは現在も存置国として扱われている一方、近年の執行実績はなく、2025年についても死刑執行は確認されていない。したがって、レソトの国際的な特徴は、死刑を積極的に運用する国というより、「法制度上の死刑を残しながら長期的な執行停止を続けている国」にある。
この位置付けは、人権保障をめぐるレソトの姿勢を評価するうえでも重要である。死刑執行を長期間停止していることは、生命権保護の観点から一定の意味を持つ一方、死刑廃止を法的に確定していないことは、国際的な人権保障の潮流との間に依然として距離があることを示している。
さらに重要なのは、死刑制度そのものだけでなく、それを運用する司法制度の信頼性である。死刑は取り返しのつかない刑罰であるため、捜査、証拠収集、弁護活動、裁判官の独立、上訴制度、恩赦制度のすべてが十分に機能していることが要求される。
レソト憲法は公正な裁判を受ける権利、合理的な期間内に審理を受ける権利、司法機関の独立性などを明記している。したがって、形式的な法制度だけを見るなら、死刑判決を受ける被告人にも相応の法的保障が設けられていると評価できる。
しかし、問題は「制度が存在するか」ではなく、「制度が現実に十分機能しているか」である。レソトでは政治的不安定、治安機関の介入、人権侵害、司法へのアクセスの困難さなどが指摘されており、こうした現実が死刑制度の信頼性を考えるうえで無視できない要素となっている。
したがって、レソトの死刑制度をめぐる本質的な問題は、死刑を執行しているか否かだけではない。死刑を執行しない状態を維持しながらも、その制度を支える国家機関がどの程度独立し、公正な捜査と裁判を保障し、国家権力による人権侵害を防止できるのかという、より広い統治能力の問題なのである。
この視点に立つと、レソトの死刑制度は同国の政治・司法・人権状況を映し出す一種の指標として捉えることができる。法律上は死刑を維持し、実務上は長期停止しているという状態が今後も続くのか、それとも正式な廃止へ進むのかは、レソトの民主主義と司法制度がどの程度安定するかとも密接に関係している。
政治的不安定さと統治の脆弱性
レソトは、立憲君主制と複数政党制を採用し、選挙によって政権を選択する制度を維持している。2022年の総選挙では平和的な政権移行が実現し、その後も議会政治が継続していることから、現在のレソトを単純に軍事独裁国家や破綻国家と評価することは適切ではない。
一方で、制度上の民主主義が存在することと、国家統治が安定していることは別問題である。レソトでは政党の分裂や連立政権の脆弱性、政治家同士の対立、政治的利害と国家機関との結び付きなどが繰り返されており、民主的制度の外形に比べて統治機構の安定性は十分とはいえない。
特に問題となるのは、政治的対立が単なる議会内の争いにとどまらず、軍や警察などの治安機関を巻き込んできたことである。政治権力の交代をめぐる争いに国家の強制力を持つ機関が関与すると、選挙、議会、司法という制度的な紛争処理手段の実効性が低下し、法の支配そのものが不安定になる。
レソトの政治史を振り返ると、この問題は一時的な現象ではない。1990年代以降、国王、政府、政党、軍などの関係が不安定化し、1994年には国王と軍の関与による政変が発生し、1998年には選挙結果をめぐる政治危機が軍の反乱へ発展した。
1998年の危機は特に重大であった。総選挙後に野党側が選挙結果に不正があったと主張し、大規模な抗議活動が発生し、その過程で警察への攻撃や政府機能の停止、軍内部の反乱などが重なったため、国内だけで危機を収束させることが困難になった。
最終的には南部アフリカ開発共同体の部隊が介入し、南アフリカとボツワナの部隊がレソトに展開して軍の反乱を鎮圧した。外国部隊による介入にまで至ったことは、当時のレソトの国家統治能力が深刻な危機に直面していたことを示す象徴的な出来事である。
度重なる政変と軍・警察の介入
1998年の危機を経た後も、軍と政治の関係は完全には安定しなかった。2014年には連立政権内部の対立が激化し、首相が不信任決議を回避するため議会を停止する事態に発展し、同年8月には国防軍による軍事行動が発生した。
この事件では当時の首相が身の危険を理由として南アフリカへ逃れ、軍による政権転覆の試みが疑われる状況となった。軍側はクーデターとの評価を否定したものの、軍内部の反乱や治安機関同士の緊張が重なり、再び南部アフリカ開発共同体による仲介が必要となった。
2015年には総選挙が平和裏に実施され、その後も選挙による政権交代が行われたため、軍事政権が恒常化することはなかった。しかし、2014年の出来事は、軍が政治過程に影響を及ぼす可能性が現実に存在することを改めて示した。
さらに、軍内部の対立や政治との関係は、その後も人権問題と結び付いている。2024年に公表された研究では、1994年から1995年、1998年から1999年、2007年から2008年、2014年から2018年という複数の時期が、軍事介入と政治的不安定が特に深刻化した時期として整理されている。
ここで重要なのは、軍の政治介入を単なる政権交代の問題として扱ってはならないことである。軍が政治的紛争の当事者となれば、反対勢力への監視、拘束、暴力、脅迫などが発生する可能性が高まり、司法がその行為を十分に統制できなければ、国家による人権侵害が制度的に固定化する危険がある。
近年においても、軍や警察の政治的影響力について懸念が完全になくなったわけではない。2023年には軍、警察、情報機関の幹部が、首相に対する議会の不信任決議を阻止するかのような発言を行ったとされ、治安機関が政治過程へ介入する可能性について強い懸念が示された。
これは民主主義にとって重大な問題である。議会における不信任決議は憲法秩序の内部で処理されるべき政治手続であり、軍や警察がその結果を左右するような姿勢を示せば、文民統制の原則そのものが揺らぐからである。
国家権力による人権侵害
レソトでは憲法上、人権や市民的自由が広く保障されている。信教の自由などが制度的に認められ、近年には性的指向を理由とする差別を禁止する労働法も成立しており、法制度そのものが一貫して人権を否定しているわけではない。
しかし、実際の治安機関の活動を見ると、過剰な実力行使、拷問、虐待、超法規的な殺害などが問題として指摘されている。2026年版の民主主義・統治評価でも、警察と軍による人権侵害が継続していることが、法の支配を弱める要因として挙げられている。
特に軍による拷問の疑いは、死刑制度との関係で重く評価する必要がある。容疑者の供述を得るために違法な手段が使われる環境では、その後の裁判が形式的に適正であったとしても、判決の基礎となった証拠そのものの信頼性に重大な疑問が生じるからである。
2024年には、2022年と2023年に軍による拷問を受けたと主張する男性が、国防軍司令官らを相手取って損害賠償を求める訴訟を起こしたと報告された。また、2024年4月にレリベ県の村落で実施された軍の作戦についても、住民が拷問を受けたとして多額の賠償を求める訴訟を提起したとされる。
こうした事例は、国家権力による人権侵害が単なる個別の警察官や兵士の逸脱行為なのか、それとも治安機関の統制制度そのものに問題があるのかという重要な論点を提起する。後者であれば、司法による監督、独立した捜査、加害者の訴追、被害者への救済という一連の制度が十分に機能しなければ、同様の事件が繰り返される可能性がある。
また、近年のレソトでは、違法銃器や犯罪組織への対応を目的とする軍事作戦も実施されている。2024年には国防軍が違法銃器の押収を目的とした作戦を行ったが、その手法について人権侵害につながったとの批判が生じており、治安維持と人権保障の両立が大きな課題となっている。
この点は、死刑制度をめぐる議論と直接結び付く。重大犯罪が発生した際に、国家が治安確保を優先して強権的な対応を取りやすい社会では、死刑が犯罪抑止の象徴として政治的に利用される可能性があるからである。
ただし、レソトでは長期間にわたって死刑執行が停止しているため、現時点で死刑が積極的な治安政策として利用されているとは評価できない。むしろ問題となるのは、死刑を執行していない一方で、捜査や拘禁、治安維持の現場に人権侵害の疑いが残っているという制度上の不均衡である。
死刑は国家が個人の生命を合法的に奪う刑罰であるため、その正当性は通常の刑罰以上に厳格な手続保障を必要とする。警察や軍による違法行為を十分に防止できない国家が死刑を維持している場合、誤判や不公正な捜査によって不可逆的な結果が生じる危険性を完全に排除することは難しい。
この意味で、レソトの死刑制度について検証すべき中心的な問題は、執行件数の少なさだけではない。むしろ、国家権力そのものを法の支配の下に置く仕組みが十分に確立されているか、そして治安機関による人権侵害を司法が実効的に抑制できるかという点にある。
現在の政治状況から見た評価
2022年の総選挙以降、レソトでは選挙による政権運営が継続しており、1990年代や2010年代に比べれば政治秩序は改善していると評価できる。2026年版の評価でも、選挙の透明性や市民社会の活動などについて一定の進展が認められており、レソトを一貫して政治的混乱に陥っている国家とみなすことには無理がある。
しかし、政党の分裂、連立政権の脆弱性、政治的恩顧主義、治安機関の政治的発言、司法への政治的影響などの問題は依然として残っている。政治制度が機能している一方で、その制度を支える国家機関の能力と独立性にはばらつきがあり、民主主義の定着と国家統治能力の強化が同時に求められている。
したがって、レソトの死刑制度を評価する場合、政治的安定性を単純に「改善した」あるいは「不安定である」と二分するのではなく、制度面では民主化が進展する一方、治安機関と司法を含む国家機構には依然として脆弱性が残るという二重構造を認識する必要がある。
死刑が長期間執行されていないという事実は、この国の人権状況を評価するうえで重要なプラス要素である。しかし、それだけをもって死刑制度に伴う危険性が消滅したと判断することはできず、むしろ司法、警察、軍、検察がどの程度独立して機能しているのかを併せて検証する必要がある。
この問題は次の「司法制度が抱える構造的課題」へとつながる。とりわけ、司法の独立性そのものが憲法上保障されていても、政治的に重要な事件で選択的な法執行や手続の遅延が起きれば、死刑判決を含む刑事司法全体の信頼性が損なわれるためである。
司法制度が抱える構造的課題
レソトの司法制度は、憲法上は独立した司法機関として位置付けられている。高等裁判所や控訴裁判所などの制度が整備され、刑事事件についても裁判と上訴を通じて判断を是正する仕組みが設けられているため、法制度の外形だけをみれば、死刑判決を含む重大な刑事事件について一定の司法的保障が存在すると評価できる。
しかし、実際の司法制度には、人的・財政的資源の不足、事件処理の遅延、弁護士不足、裁判所へのアクセスの地域格差など、複数の構造的問題が存在する。司法制度が形式的に整備されていても、事件を適切な期間内に処理し、被告人が十分な弁護を受け、裁判所が独立して証拠を検証できなければ、法の支配は実質的な意味を失う。
特に深刻なのが裁判の遅延である。レソトでは裁判所の業務量に対して司法関係者や施設などの資源が十分ではなく、刑事事件の処理が長期化する傾向が指摘されている。こうした遅延は、通常の刑事事件であっても被告人の負担を増大させるが、死刑判決が関係する事件ではさらに重大な意味を持つ。
死刑判決を受けた者は、上訴、再審査、恩赦など複数の段階を経る可能性があるため、裁判制度が遅ければ、死刑判決後の法的地位が長期間不確定な状態に置かれることになる。レソトでは死刑執行そのものが長年停止しているため、死刑囚が存在する場合には、執行されない死刑判決と長期拘禁という問題が結び付くことになる。
また、司法へのアクセスについても問題がある。2026年に公表された調査では、裁判所を利用して正義を得られると確信する市民は約半数にとどまり、裁判を利用する費用を自分で負担できると考える市民は約3分の1にすぎないとの結果が示されている。これは司法制度が存在することと、市民が実際にその制度を利用できることとの間に大きな隔たりがあることを示す。
この問題は貧困と司法へのアクセスが密接に結び付いていることを意味する。十分な経済力を持つ者は弁護士を雇い、訴訟を長期間継続することができる一方、経済的に弱い立場にある被告人は同じ程度の法的支援を受けられない可能性があるためである。
死刑制度において、この格差は特に重大である。死刑のように生命そのものを奪う刑罰では、被告人の経済状況によって弁護の質や上訴能力に差が生じることは、単なる司法サービスの格差では済まされない。
司法の独立性と効率性の低下
レソトの憲法は司法の独立性を保障しており、裁判官が行政や政治から独立して職務を遂行することを基本原則としている。したがって、制度上は政治権力が裁判結果を直接左右することを防ぐ仕組みが設けられている。
しかし、実際の政治環境では、司法の独立性に対する懸念が繰り返し指摘されている。政治的に重要な事件や国家機関に関係する事件では、裁判所が政治的圧力を受ける可能性、法執行が選択的に行われる可能性、政治的対立が司法手続に持ち込まれる可能性などが問題となっている。
ここで重要なのは、司法への政治的影響が必ずしも裁判官への直接的な命令という形で現れるとは限らないことである。裁判官の人事、予算、昇進、司法行政、政府機関との関係などを通じて間接的な圧力が形成されれば、裁判所が形式的には独立していても、実質的な独立性が弱まる可能性がある。
レソトでは過去に政治的危機と司法制度が重なった例があり、政治権力と司法機関との距離をどのように保つかが長期的な課題となっている。特に政権が不安定な状況では、司法が政治的紛争の解決手段として利用される危険性が高まり、裁判所の判断が政治的に解釈されることで司法への信頼が低下する。
司法の効率性についても問題がある。事件処理の遅延は、裁判所の人員や施設不足だけでなく、捜査機関から送致される事件の質、証拠管理、検察官の負担、弁護人の確保など、刑事司法全体の機能不全によって生じるためである。
つまり、裁判所だけを改善すれば問題が解決するわけではない。警察による捜査、検察による起訴、弁護人による弁護、裁判所による審理、上級審による審査という一連の過程が連続して機能しなければ、司法制度全体の効率性は確保できない。
2026年の統治評価でも、レソトでは司法制度が制度的には存在するものの、政治的に重要な事件における法執行の公平性や、司法機関の実際の能力について問題が残されていると評価されている。特に警察や軍などの治安機関が関係する事件について、責任追及が十分に行われない場合には、法の下の平等という原則そのものが弱体化する。
司法の独立性は、死刑制度を維持するための単なる制度条件ではない。死刑を存置する国家にとっては、誤判を防ぐ最後の安全装置そのものであるため、裁判官が政治的圧力から自由であること、証拠を独立して評価できること、検察と警察を厳格に監視できることが不可欠となる。
適正手続の懸念
死刑制度の最大の問題は、誤判が発生した場合に後から完全に回復することができない点にある。懲役刑であれば再審によって釈放し、一定の補償を行う可能性が残るが、死刑が執行された後に誤判が判明しても、生命を元に戻すことはできない。
そのため、死刑を適用する場合には、通常の刑事裁判よりも厳格な適正手続が必要になる。具体的には、適法な逮捕、拷問や脅迫のない取り調べ、信頼できる証拠の収集、十分な弁護、公開かつ公正な裁判、上訴の機会、恩赦手続などが実効的に機能しなければならない。
ところが、レソトでは警察や軍による拷問・虐待などの疑いが報告されている。仮にこうした手段によって得られた供述が刑事事件で証拠として使用されれば、その後の裁判が形式的に公正であったとしても、判決の基礎となる証拠の信頼性そのものが損なわれる。
さらに、治安機関による違法行為が疑われる場合、その行為を独立して捜査し、責任者を訴追する仕組みが必要になる。しかし、治安機関そのものが政治的に強い影響力を持つ状況では、被害者が司法救済を受けるまでの過程に大きな障害が生じる可能性がある。
これは死刑事件において特に危険である。重大犯罪の捜査では、社会的な処罰要求が強くなる傾向があり、警察や検察が早期の容疑者特定と起訴を求められれば、客観的証拠よりも自白や証言に依存する危険性が高まるからである。
また、適正手続は裁判所の内部だけで完結するものではない。被疑者が逮捕された時点から、弁護士との接見、取り調べへの立会い、証拠へのアクセス、保釈、裁判開始までの期間、上訴手続に至るまで、一連の手続が保障されて初めて実質的な適正手続となる。
レソトでは司法へのアクセスそのものに経済的な障害があるとの調査結果もあり、これが刑事被告人の防御権に影響する可能性がある。裁判所にアクセスできても、弁護士を確保できなければ、複雑な証拠関係を争ったり、捜査段階の違法行為を主張したりすることは困難になる。
したがって、レソトの死刑制度について「実際に執行されていないから問題は小さい」と評価するのは十分ではない。死刑判決を下す可能性が存在する以上、捜査から上訴までの全過程について、通常の刑事事件以上に高い水準の手続保障が求められる。
死刑制度と司法への信頼
司法制度に対する市民の信頼は、刑罰の正当性を支える重要な要素である。裁判所が公正に判断していると市民が考えなければ、重い刑罰を科しても、それが法に基づく正義ではなく、政治的・社会的な報復として受け止められる可能性がある。
2026年のアフロバロメーターの調査では、レソト市民の司法へのアクセスに対する評価には大きな不安が示されている。裁判を利用する経済的余裕がないと考える市民が多数存在することは、司法制度が社会のすべての階層に等しく開かれているわけではないことを意味する。
この問題は、死刑制度に対する社会的評価にも影響する。裁判所への信頼が低い社会では、死刑判決についても「本当に有罪なのか」「捜査は公正だったのか」「政治的な理由がなかったか」という疑念が生じやすく、刑罰の威嚇効果よりも司法制度そのものへの不信を強める可能性がある。
一方で、重大犯罪の被害者やその家族からみれば、犯罪者に厳しい刑罰を科すことを求める感情は当然に存在する。特に殺人や武装犯罪などが社会的な不安を引き起こしている場合、死刑廃止論だけを前面に出せば、被害者の権利や治安維持への要求を軽視していると受け取られる危険もある。
そのため、レソトにおける死刑問題は、「死刑に賛成か反対か」という二者択一だけでは捉えられない。犯罪被害者の救済、治安維持、被疑者・被告人の権利、司法の独立、警察による捜査の適法性、裁判所へのアクセスという複数の課題を同時に検討する必要がある。
特に重要なのは、死刑を存置するか廃止するかという最終判断以前に、刑事司法制度そのものの信頼性を高めることである。捜査機関による違法行為を排除し、弁護を受ける権利を保障し、裁判を迅速化し、政治権力から司法を独立させなければ、死刑の存廃をめぐる議論だけでは根本的な問題を解決できない。
この観点からみると、レソトの死刑制度は司法制度の状態を測る一つの試金石となる。死刑を実際には執行していない現在の状態を維持するだけでなく、誤判を防止する制度、適正手続を保障する制度、司法へのアクセスを改善する制度を強化することが、より重要な課題となる。
司法制度から見た死刑存置の問題
レソトでは、死刑執行が1995年以降停止しているため、現時点で死刑制度が大量の生命を奪う刑罰として運用されているわけではない。しかし、法律上死刑が存在する以上、国家にはその判決を下す可能性が残されており、その可能性を支える司法制度が十分に信頼できるかどうかが問題となる。
司法の独立性、裁判の迅速性、弁護人へのアクセス、警察・軍による人権侵害への監督、証拠の信頼性、上訴制度の実効性という複数の条件を考慮すると、レソトには改善すべき課題が残っている。これらの課題は必ずしもレソトだけに固有のものではないが、死刑を存置している国家ではより重大な意味を持つ。
したがって、レソトの死刑制度については、「長期間執行されていない」という事実だけを根拠に人権保障が十分であると判断することはできない。むしろ、執行停止という現実と、死刑を支える司法制度の脆弱性が同時に存在している点に、この問題の特徴がある。
今後、レソトが死刑制度を正式に廃止するのか、それとも現在の執行停止状態を維持するのかは政治的判断に委ねられる。しかし、どちらの方向を選択する場合でも、司法の独立、適正手続、司法へのアクセスを強化しなければ、死刑をめぐる議論だけでなく、刑事司法全体に対する市民の信頼を回復することは難しい。
社会的背景と人権保障上のジレンマ
レソトの死刑制度を考えるうえでは、国家制度だけでなく、犯罪と治安をめぐる社会的環境を考慮する必要がある。死刑廃止をめぐる議論では、生命権や誤判の危険性が重視されるが、犯罪被害が深刻な社会では、被害者やその家族が国家に対して強力な処罰を求めることも少なくない。
レソトでは殺人、強盗、違法銃器の使用などが治安上の問題となっており、犯罪への不安が社会の一部に存在している。特に都市部や国境周辺などでは、経済的困窮、失業、密輸、銃器の流入など複数の要因が犯罪リスクと結び付いており、刑罰政策だけでは対応できない複雑な構造を形成している。
このような社会環境では、死刑を完全に廃止することに対する政治的抵抗が生じやすい。政府が犯罪に対して十分な対応をしていないと評価される場合、死刑を含む厳罰を維持することが「治安に対して強い姿勢を示す」という政治的意味を持つ可能性があるからである。
しかし、ここには重要な矛盾が存在する。犯罪に対して国家が強い対応を取る必要があるとしても、その国家自身が警察や軍による違法な暴力、拷問、恣意的拘束などを十分に防止できていなければ、国家による強制力をさらに強化することが人権保障の強化につながるとは限らない。
死刑制度は、国家に極めて強い刑罰権限を与える制度である。したがって、国家機関が適正な統制を受け、違法行為を行った場合に責任を問われ、司法が政治権力や治安機関から独立して機能することが、制度の正当性を支える前提となる。
レソトでは、憲法上の人権保障と現実の国家機関の活動との間に一定の隔たりが存在する。法制度上は生命権、公正な裁判を受ける権利、拷問からの保護などが認められている一方、実際には治安機関による人権侵害の疑いが繰り返し指摘されている。
この隔たりは、死刑制度をめぐる議論を難しくする。犯罪被害者からみれば、国家には生命と財産を守る義務があり、重大犯罪に対して厳しい処罰を科すことが求められる一方、被疑者や被告人にも国家による恣意的な処罰から守られる権利があるからである。
したがって、レソトにおける死刑問題は、単純な「犯罪者の人権対被害者の人権」という対立ではない。被害者の生命と尊厳を守ること、犯罪を防止すること、国家による違法な暴力を防ぐこと、被告人に公正な裁判を保障することを同時に実現する必要がある。
根強い暴力犯罪と社会規範
レソトの治安問題を理解するうえで無視できないのが、暴力を伴う犯罪の存在である。南アフリカと国境を接するレソトでは、国境を越えた犯罪、銃器の流通、強盗などが治安上の課題となっており、警察だけでなく軍が治安維持に関与する場面も存在している。
特に違法銃器の拡散は、犯罪の凶悪化と国家の治安政策を結び付ける重要な問題である。2024年にはレソト国防軍が違法銃器の摘発を目的とする作戦を展開したが、こうした軍事的な治安対策は犯罪抑止の必要性がある一方、住民への過剰な実力行使や人権侵害を防止するための厳格な監督も必要となる。
暴力犯罪が社会的に深刻な問題となるほど、犯罪者に対する厳罰を求める声が強くなることは自然である。しかし、死刑が犯罪を抑止する効果については、国際的な研究において一貫した結論が得られているわけではなく、死刑の存在そのものが殺人や重大犯罪を確実に減少させると断定することはできない。
犯罪抑止の観点から重要なのは、刑罰の重さだけではなく、犯罪が発生した場合に警察が適切に捜査し、検察が適正に起訴し、裁判所が迅速かつ公正に判決を下すことである。犯罪者が処罰される可能性が低い社会では、死刑という最も重い刑罰を法律に残していても、犯罪抑止効果には限界がある。
この点からみると、レソトが直面している問題は「死刑が軽すぎる」ことよりも、犯罪を発見し、捜査し、裁判にかけ、適切に処罰する刑事司法全体の能力にある。警察の捜査能力、検察の人的資源、裁判所の処理能力、司法へのアクセスなどを改善することが、死刑制度の存廃とは別に重要な治安政策となる。
また、犯罪の背景には経済的要因も存在する。レソトは南部アフリカの中でも経済的に脆弱な国の一つであり、失業や所得格差、農村部の貧困などが社会的な不安定要因となっている。
もちろん、貧困が直接犯罪を生み出すと単純化することはできない。しかし、教育、雇用、社会保障、司法へのアクセスなどが不足すれば、犯罪防止のための社会的基盤も弱くなる。刑罰を強化するだけでは、犯罪を生み出す環境そのものを改善することはできない。
さらに、社会における暴力の経験が長期化すると、暴力によって問題を解決するという考え方が一定程度受け入れられる危険がある。国家が治安維持のために過度な実力行使を行えば、市民側からみた暴力と国家側からみた合法的な強制力との境界が曖昧になり、人権保障の基盤が弱くなる。
したがって、レソトにおける死刑制度の問題は、刑罰の種類だけでなく、社会が暴力とどのように向き合うかという問題でもある。犯罪被害への対応を強化しながら、国家自身が法に従って強制力を行使するという原則を確立することが重要となる。
人権保障へのコミットメントの欠如
レソトの人権状況を評価すると、国際的な人権基準を受け入れる制度そのものが存在しないわけではない。憲法による基本的人権の保障に加え、国際人権条約への参加も進められており、制度上は人権保障を国家の基本原則として認めている。
問題は、こうした国際的・憲法的な約束を国内でどこまで実効的に実現できるかである。人権保障は法律を制定するだけでは成立せず、警察、軍、検察、裁判所、刑務所などすべての国家機関がその原則を日常的に守る必要がある。
レソトでは、軍や警察による人権侵害の疑いに加え、責任追及が十分に行われていないとの指摘がある。国家機関が違法行為を行った場合に、その組織内部で十分な調査が行われず、被害者が裁判によって救済を得ることも困難であれば、憲法上の人権保障は形式的なものになりかねない。
ここで「人権保障へのコミットメントの欠如」という問題が浮かび上がる。ただし、これはレソト政府が人権を全面的に否定しているという意味ではなく、法制度上の保障を実際の国家運営にまで一貫して浸透させる能力と政治的意思が十分ではないという意味で理解する必要がある。
特に治安上の危機が発生した場合、人権保障よりも治安維持を優先する政治的圧力が強くなる。違法銃器や暴力犯罪が社会問題となれば、政府や治安機関が強力な措置を取ることを市民が求める可能性が高まり、その結果として捜索、拘束、尋問などにおける手続保障が軽視される危険がある。
この問題は、死刑制度との関係でさらに深刻になる。国家が人権保障を十分に確立できていない状況で死刑制度を維持すれば、誤判が生じた場合の被害が不可逆的になるからである。
したがって、死刑存置をめぐる議論では、犯罪者をどれだけ厳しく処罰できるかだけではなく、国家が自らの刑罰権をどれだけ厳格に制限できるかが重要となる。国家に強制力を与えることと、その強制力を法によって制約することは表裏一体の関係にある。
犯罪被害者の権利と死刑廃止の問題
死刑廃止を議論する際には、犯罪被害者の立場を独立した問題として扱う必要がある。殺人などの重大犯罪によって家族を失った人々にとって、加害者が厳罰を受けることは、司法によって正義が実現したと感じるための重要な要素となる場合がある。
そのため、死刑廃止を進める場合には、単に死刑を削除するだけでは十分ではない。被害者や遺族への補償、心理的支援、事件情報へのアクセス、裁判への参加、加害者からの保護など、犯罪被害者の権利を強化する制度が必要となる。
レソトでは、司法へのアクセスそのものに経済的な制約が存在するとされており、被害者側も司法制度を十分に利用できない可能性がある。裁判を受けること自体に費用上の障壁があれば、被告人の権利だけでなく、被害者が正義を求める権利も制約される。
したがって、死刑制度の改革と司法制度の改革は切り離せない。死刑を廃止するのであれば、重大犯罪に対する十分な代替刑、被害者救済制度、犯罪捜査能力、裁判の迅速化などを同時に整備しなければ、社会から「犯罪者に甘い制度」と批判される可能性がある。
逆に、死刑を維持する場合でも、厳格な手続保障と司法監督が必要となる。死刑を残すことによって犯罪被害者の要求に応えることができても、誤判や違法捜査の危険性が解消されるわけではないからである。
この意味で、死刑をめぐる議論は、犯罪者に対する刑罰の問題だけではなく、国家が犯罪被害者と被告人の双方にどのような司法サービスを提供できるかという国家能力の問題でもある。
「死刑を残すこと」と「治安を守ること」は同じではない
レソトでは暴力犯罪への対応が重要な政策課題であるため、死刑制度を維持することには一定の政治的意味がある。しかし、死刑制度の存在と治安改善との間に直接的な因果関係があるとは限らず、死刑を残すことだけで犯罪問題を解決できるわけではない。
犯罪抑止のためには、警察が犯罪を捜査できること、検察が適切に起訴できること、裁判所が迅速に審理できること、判決が確実に執行されることが重要である。これらの制度が十分に機能しなければ、死刑という最も重い刑罰を法律に規定していても、犯罪者に対する実際の抑止力は限定される。
レソトの場合、1995年以来死刑執行が停止しているという事実も、この点を考えるうえで重要である。仮に死刑そのものが重大犯罪の抑止に不可欠であるならば、30年以上にわたって執行されていない制度がどの程度実際の犯罪抑止に寄与しているのかについて、慎重な検証が必要になる。
むしろ重要なのは、刑罰の重さよりも、法を破れば捜査され、適正な裁判を受け、確実に適切な刑罰を受けるという予測可能性を社会に確立することである。これは死刑の存廃を超えた、法の支配そのものの問題である。
この観点からみれば、レソトが今後死刑制度を正式に廃止する場合でも、治安政策を弱体化させる必要はない。むしろ捜査能力の向上、警察改革、司法へのアクセス改善、被害者支援、違法銃器対策などを強化することで、死刑に依存しない犯罪対策を構築することが可能になる。
反対に、死刑を維持する場合には、その刑罰が政治的な報復や社会的な怒りの受け皿として利用されないよう、司法機関の独立性をさらに強化する必要がある。死刑をめぐる社会的圧力が強いほど、裁判所には政治や世論から距離を置いて証拠だけを判断する能力が求められる。
人権保障と治安維持を両立させるために
レソトに必要なのは、死刑の存廃だけをめぐる政治的対立ではない。犯罪被害者を保護しながら、警察や軍の違法行為を防止し、司法の独立性を確保し、すべての市民が裁判にアクセスできる制度を構築することである。
そのためには、治安機関に対する文民統制の強化、拷問や虐待に対する独立した調査、違法行為を行った公務員の責任追及、刑事事件の迅速な処理、国選弁護制度の充実などが必要になる。こうした改革は死刑制度の存廃にかかわらず、レソトの法の支配を強化するために必要な措置である。
特に死刑については、長期間にわたる執行停止を一時的な状態として放置するのではなく、正式な廃止へ移行するのか、それとも存置を続けるのかについて、国会と司法、政府、市民社会の間で明確な議論を行うことが求められる。
レソトが正式な死刑廃止へ進む場合、国際的な人権保障の潮流との整合性を高めることができる。一方、死刑存置を続けるのであれば、誤判を防止するための手続保障を極めて高い水準まで引き上げる必要がある。
いずれの選択を取るにしても、国家による強制力を法の支配の下に置くことが最も重要である。レソトの死刑問題は、最終的には「どれほど重い刑罰を科すか」という問題ではなく、「国家がどれほど公正かつ責任ある形で刑罰権を行使できるか」という問題に帰着する。
今後の展望
2026年10月時点のレソトは、死刑制度を法律上維持しながら、1995年以来、実際の執行を停止している。この状態は30年以上に及んでおり、レソトの刑事司法において死刑が現実的な刑罰として積極的に運用されているとは言い難い。
したがって、今後の最大の論点は、現在の執行停止を維持するのか、それとも死刑を法律上正式に廃止するのかという選択になる。国際的な死刑廃止の潮流、長期間の執行停止、生命権を重視する人権政策を考慮すれば、正式廃止へ進むことには一定の合理性がある。
特に、30年以上にわたって執行されていない制度を法律上残し続けることには、刑罰制度としての実効性という面から疑問が生じる。死刑が存在していても実際には執行されないのであれば、国家がその制度を維持することによって得られる犯罪抑止上の利益がどこまで存在するのかを検証する必要がある。
一方、レソトが直ちに死刑廃止へ進むとは限らない。殺人や武装強盗などの重大犯罪に対する社会的な不安が存在する以上、政府が死刑制度を政治的に維持する可能性は残っている。
また、死刑制度は犯罪被害者やその家族にとって、国家が重大犯罪を厳しく扱うことを示す象徴として捉えられる場合がある。そのため、政府が死刑を廃止する場合には、単に刑法上の規定を削除するだけでなく、被害者救済や重大犯罪対策を同時に強化し、社会に対して廃止の意義を説明する必要がある。
死刑廃止を実現するためには、司法制度そのものの改革も重要になる。警察による捜査能力、検察の人員、裁判所の処理能力、弁護制度、刑務所の環境、被害者支援などを総合的に改善し、死刑に代わる刑事司法の信頼性を確保する必要がある。
特に、レソトでは司法へのアクセスに経済的な障害が存在するとされている。2026年に公表された調査で、市民の多くが裁判を利用する費用を負担できないと考えていることが示された点は、死刑制度だけでなく司法制度全体の改革が必要であることを示している。
死刑を廃止する場合の課題
レソトが正式に死刑を廃止する場合、最も重要なのは、死刑廃止を治安政策の弱体化と誤解させないことである。重大犯罪への対応を維持しながら、死刑以外の刑罰と犯罪防止策を強化する必要がある。
終身刑などの代替刑を適切に運用することに加え、重大犯罪の捜査能力を高め、裁判を迅速化し、有罪判決を受けた者に対する刑罰を確実に執行することが必要になる。犯罪者が適切に処罰されるという司法制度への信頼が確立されれば、死刑を廃止しても刑事司法そのものが弱体化するとは限らない。
むしろ、死刑を廃止することで、刑事司法の重点を「刑罰の極端な重さ」から「犯罪を発見し、公正な裁判を行い、確実に処罰する能力」へ移すことができる。これは法の支配を強化するうえで重要な転換となる可能性がある。
さらに、死刑廃止は誤判による不可逆的な被害を防ぐという意味でも重要である。裁判制度に一定の構造的問題が残るレソトでは、捜査段階の違法行為や弁護活動の格差などが完全に解消されていない以上、生命を奪う刑罰を維持することには特有の危険が伴う。
国際的にも、死刑廃止は生命権と司法の不可逆性を重視する方向と一致している。レソトが死刑を正式に廃止すれば、すでに長年続いている執行停止を法的に確定させることになり、人権保障に関する国家の立場をより明確にすることができる。
ただし、死刑廃止だけで人権状況が改善するわけではない。警察や軍による拷問、虐待、過剰な実力行使などが残れば、死刑を廃止しても国家による重大な人権侵害は続く可能性がある。
そのため、死刑廃止は司法・治安機関改革の一部として進める必要がある。人権侵害を独立して調査する仕組み、治安機関に対する文民統制、被害者への救済、裁判所へのアクセス改善などを同時に実施することが重要となる。
死刑を存置する場合の課題
一方、レソトが死刑制度を存置する場合には、現在の執行停止を維持するだけでなく、死刑判決に至るまでの司法手続を極めて厳格にする必要がある。死刑が法律上存在する以上、誤判の可能性をできる限り排除するための制度を整備しなければならない。
第一に必要なのは、捜査機関による違法な取り調べを完全に排除することである。拷問や脅迫によって得られた供述を裁判で使用できない制度を実効的に運用し、違法捜査を行った警察官や軍関係者について責任を追及できる仕組みを確立する必要がある。
第二に、被告人が十分な弁護を受けられる制度を整える必要がある。経済的に困窮している被告人であっても、死刑事件では質の高い弁護を受けられるようにし、証拠の検証、証人尋問、上訴などに十分な人的資源を投入しなければならない。
第三に、裁判官の独立性をさらに強化する必要がある。政治的に重大な事件や治安機関が関係する事件であっても、裁判官が政府や軍、警察、政党、世論から独立して判断できる制度を維持しなければならない。
第四に、上級審による審査を実質的なものにする必要がある。死刑判決については、事実認定、証拠評価、法律の適用、捜査の適法性などを厳格に再検討し、誤判の可能性をできる限り排除する必要がある。
しかし、これらの条件をすべて満たすことは容易ではない。レソトでは司法へのアクセス、裁判の遅延、治安機関による人権侵害など複数の問題が残っており、死刑を安全に運用するために要求される条件との間には依然として距離がある。
その意味では、レソトにおいて死刑を存置する場合、単なる法律の維持だけでは不十分である。死刑制度を維持するという判断そのものが、警察、検察、司法、刑務所、弁護制度など刑事司法全体の大規模な改革を要求することになる。
政治的不安定性と死刑制度の関係
レソトの死刑制度を考える際、政治的不安定性は独立した問題ではない。政権交代をめぐる争いに軍や警察が関与してきた歴史があり、政治権力と治安機関との関係が完全に安定しているとは言い難いからである。
近年は選挙による政権交代が定着しつつあり、過去の軍事介入期と比較すれば政治的安定性は改善している。しかし、政治的対立が治安機関を巻き込む危険性が完全に消滅したわけではなく、国家機関の政治的中立性を強化することが引き続き重要となる。
死刑制度にとって、これは非常に重要な問題である。刑罰が政治的報復の手段として利用される可能性がある社会では、死刑の不可逆性が政治的抑圧の危険性をさらに高めるからである。
レソトで直ちにそのような死刑の政治利用が行われていると断定することはできない。しかし、軍や警察による政治介入の歴史、司法への政治的影響に対する懸念、国家機関による人権侵害の報告を考慮すれば、死刑制度の安全性について慎重な評価が必要になる。
したがって、レソトにおける死刑問題は、刑法だけの問題として処理することができない。民主主義、文民統制、司法の独立、人権保障という国家統治全体の質が、死刑制度の正当性を左右するのである。
国際的な位置づけと今後の選択
レソトは、世界的な死刑廃止の潮流の中では、法律上の死刑を維持しながら執行を停止している国という特殊な位置にある。1995年以来の長期執行停止は、事実上の廃止に近い状態を形成している一方、法制度上は依然として死刑が残されている。
この状態には一定の柔軟性がある。政府は死刑を直ちに廃止することなく、社会の治安状況や政治情勢を見ながら制度を維持できる一方、実際の執行については長期停止を続けることができる。
しかし、長期的には法的な曖昧さが残る。死刑を執行しないという政策が政府の判断に依存している限り、将来の政権が異なる方針を採用すれば、執行再開の可能性を完全には否定できないからである。
正式な死刑廃止は、この不確実性を解消する最も明確な方法となる。死刑を法律から削除し、国際的な死刑廃止基準を受け入れれば、レソトの生命権保障を制度として確定させることができる。
一方、廃止に進む場合には、重大犯罪への対応を弱めないための刑事司法改革が不可欠となる。被害者支援、捜査能力、裁判の迅速化、刑務所制度、司法へのアクセスなどを改善し、死刑廃止後も犯罪に対して国家が有効に対応できることを示す必要がある。
まとめ
レソトの死刑制度は、法律上は現在も存置されているが、1995年以来、実際の執行は停止している。したがって、レソトを死刑執行国として評価するよりも、「死刑存置国でありながら長期的な執行停止を続けている国」と位置付ける方が実態に即している。
この制度の最大の特徴は、死刑そのものよりも、それを取り巻く国家統治と司法制度にある。レソトでは民主的な選挙制度が存在し、近年は政治的安定も一定程度回復しているが、過去には軍や警察が政治過程へ介入し、現在も治安機関による人権侵害や司法への政治的影響が問題となっている。
司法制度についても、憲法上の独立性や公正な裁判を受ける権利が保障されている一方、裁判の遅延、司法へのアクセスの経済的障壁、弁護制度の問題、治安機関による違法行為への責任追及など、実効性の面で課題が残っている。
死刑は誤判が発生した場合に回復できない刑罰である。そのため、通常の刑罰以上に厳格な捜査、弁護、裁判、上訴制度が必要となるが、レソトの司法・治安機関が抱える問題を考えると、死刑を安全に運用するための制度的条件が十分に整っているとは評価しにくい。
また、レソトでは暴力犯罪や違法銃器など治安上の問題が存在し、犯罪被害者や市民が国家に対して強力な犯罪対策を求める事情もある。このため、死刑廃止を単純に人権問題だけから論じるのではなく、被害者支援、犯罪捜査、刑事裁判、代替刑、治安政策を含む総合的な制度改革として考える必要がある。
国際的な観点からみれば、レソトが長期的な執行停止を正式な死刑廃止へ移行させることには一定の合理性がある。30年以上にわたって死刑を執行していないという実績は、制度を法律上維持する必要性そのものを再検討する材料となる。
もっとも、死刑を廃止すれば人権問題が自動的に解決するわけではない。警察や軍による人権侵害、司法へのアクセス不足、裁判の遅延、政治権力と国家機関の関係などが改善されなければ、死刑廃止後も法の支配に関する問題は残り続ける。
したがって、レソトにとって最も重要なのは、死刑の存廃だけを個別に決定することではなく、刑事司法全体を改革することである。警察・軍への文民統制、独立した人権侵害調査、司法の独立性、弁護制度、裁判の迅速化、被害者救済を一体的に強化することが必要となる。
総合的に判断すると、2026年10月時点のレソトでは、死刑制度は「法律上存続しているが、実務上は長期間停止している」という特殊な状態にある。政治的不安定性や司法制度の構造的問題を踏まえれば、死刑を再び積極的に執行する方向よりも、現在の執行停止を維持しつつ、最終的には正式な廃止へ移行する方が、人権保障と法の支配を強化する方向として整合的である。
ただし、そのためには死刑廃止を象徴的な法改正で終わらせてはならない。犯罪被害者の権利を保障し、重大犯罪に対する捜査と裁判の実効性を高め、国家権力そのものを法によって拘束できる司法制度を構築することが、レソトにおける死刑問題の最終的な解決につながる。
参考・引用リスト
- 死刑廃止世界連盟「レソトの死刑制度に関する国別資料」
- アムネスティ・インターナショナル「死刑判決と死刑執行に関する年次報告」
- アムネスティ・インターナショナル「レソトにおける人権状況」
- 国連人権高等弁務官事務所「市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づくレソト関連資料」
- レソト憲法「生命に対する権利、公正な裁判を受ける権利、司法の独立等に関する規定」
- 民主主義・統治評価機関「2026年レソト国別報告」
- アフロバロメーター「レソト市民の司法へのアクセスに関する2026年調査」
- 南部アフリカ開発共同体「レソトの政治危機・治安情勢に関する資料」
- 米国政府関連資料「レソトの政治・人権状況に関する過去の国別報告」
- レソトの司法制度、刑事司法、人権保障に関する学術研究・専門家報告
