クウェートの死刑制度:対象犯罪の拡大と国際基準との乖離
クウェートの死刑制度をめぐる問題は、単純な「死刑存置国か廃止国か」という二分法では捉えられない。重要なのは、死刑の対象犯罪、義務的死刑の存在、刑事手続の公正性、外国籍被告人の権利保障、そして国際人権条約上の「最も重大な犯罪」という制限を総合的に検討することである。
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現状(2026年10月時点)
クウェートは2026年10月時点でも死刑制度を維持している国であり、死刑を廃止する方向には進んでいない。むしろ近年の制度と運用を見ると、薬物犯罪やテロ関連犯罪など、意図的な殺人を直接の構成要件としない犯罪にも死刑を適用できる法制度が維持され、2025年以降にはその対象範囲をさらに広げる動きが確認できる。
死刑制度をめぐる現在の特徴を理解するうえで重要なのは、単純に「死刑が存在する」という事実だけではない。問題の中心は、どの犯罪を死刑の対象とするのか、死刑判決が裁判官の裁量によるものなのか、それとも一定の場合に義務的に科されるのか、そしてその運用が国際人権法上の基準とどの程度整合しているのかという複数の論点にある。
特に2026年は大きな転換点となった。2026年3月15日、クウェートではテロ犯罪対策に関する法令が発出され、テロ行為の定義と処罰体系が再構成された結果、死刑の対象となる行為が拡張されたと国際人権団体は分析している。
これに先立ち、2025年12月には新たな薬物・向精神物質対策法が施行された。クウェート政府はこの法律を、薬物の密輸、製造、栽培、流通などに対する取り締まりを強化し、社会の安全を守るための包括的な法的枠組みとして位置づけており、刑罰には死刑や終身刑が含まれる。
このような制度変更を踏まえると、2026年のクウェートの死刑制度は「死刑を維持している」というだけでは説明できない。近年は重大犯罪に対する最終刑として死刑を残すだけでなく、薬物犯罪や国家安全保障、テロ対策という領域へ刑罰の射程が広がっていることが重要な特徴となっている。
クウェートにおける死刑制度の現状と背景
クウェートの死刑制度は、殺人など生命に対する重大犯罪だけを対象として形成されているわけではない。国内刑法や特別刑法によって、国家の安全、薬物、テロリズムなど複数の犯罪類型について死刑を科すことが可能となっている。
この制度の背景には、クウェートの刑事法体系がイスラム法の影響を受けて形成されているという事情がある。クウェート政府は過去の国際的な人権審査において、死刑制度について国内法とイスラム法との関係を説明し、死刑を完全に廃止することについては慎重な立場を示してきた。
一方、国際人権法の側から見ると、死刑を維持すること自体と、死刑をどのような犯罪に適用できるかという問題は分けて考える必要がある。死刑制度を残している国であっても、国際人権法上はその適用範囲を極めて重大な犯罪に限定することが求められているためである。
クウェートでは2007年以降、死刑執行が事実上停止していた時期が存在した。しかし2013年に複数の死刑が執行され、この事実上の停止状態は終了したと国連の人権機関は整理している。
その後も執行と死刑判決は断続的に続いてきた。2023年には5人の死刑が執行され、国連人権委員会による同年の審査でも、クウェートにおける死刑制度と薬物犯罪への適用が主要な人権問題の一つとして取り上げられた。
さらに2025年には執行数が大幅に増加した。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによる集計では、クウェートで確認された2025年の死刑執行は17人で、2024年の6人からほぼ3倍に増加している。
この増加は、クウェートの死刑制度が単なる法律上の規定として存在しているのではなく、現実の刑事司法において実際に運用されていることを示す。2025年に確認された17件のうち2件は薬物犯罪による執行とされており、薬物犯罪が死刑制度の実際の運用に占める位置も無視できない。
法的位置づけ
クウェートの死刑制度を分析する際には、国内法と国際法という2つの法的階層を区別する必要がある。国内法上は死刑が合法的な刑罰として存在する一方、クウェートは国際人権規約の締約国でもあるため、死刑の適用について国際的な義務を負っている。
特に重要なのが「市民的及び政治的権利に関する国際規約」である。この規約は死刑を直ちに全面禁止しているわけではないが、死刑を存置する締約国についても、その適用を最も重大な犯罪に限定するという枠組みを設けている。
国連人権委員会は2018年に採択した一般的意見第36号で、この「最も重大な犯罪」という基準について、原則として意図的な殺人を伴う犯罪に限定されるべきだとの解釈を示している。したがって、薬物犯罪のように生命を直接奪うことを構成要件としない犯罪に死刑を適用することは、国際人権法との間に重大な緊張関係を生じさせる。
クウェートについては、この問題が以前から国連の審査対象となっていた。国連人権委員会は2015年の総括所見で、クウェートにおいて死刑を科すことのできる犯罪が多く、特に薬物関連犯罪や国内・国外の安全保障に関する曖昧な犯罪類型について、「最も重大な犯罪」の基準を満たさない可能性を指摘していた。
さらに委員会は、特定の犯罪について死刑が義務的に科される制度についても懸念を表明した。死刑を存置する場合でも、犯罪の定義が過度に広範または曖昧であってはならず、死刑が自動的・義務的に科される制度も避けるべきだというのが、その基本的な方向性である。
2023年のクウェート審査でも、この問題は解消されたとは扱われなかった。国連人権委員会は、薬物関連犯罪に対して死刑判決が出されていることを問題視し、「最も重大な犯罪」の基準との整合性を確保するよう求めている。
ここで重要なのは、クウェート政府と国連人権機関の評価には明確な違いがあることだ。クウェート側は死刑が重大犯罪に限定され、検察による捜査や上訴などの司法的保障が存在すると説明しているのに対し、国連人権委員会は薬物犯罪などへの死刑適用そのものを国際規約上の問題として捉えている。
この対立は、単純な「国内法が国際法に反している」という構図だけでは捉えにくい。クウェートが国内法上どのような犯罪を重大犯罪と定義するかという問題と、国際人権法が「最も重大な犯罪」にどの程度厳格な意味を与えているかという問題が異なるためである。
そして2025年から2026年にかけての法改正は、この既存の緊張関係をさらに強める方向に作用している。薬物犯罪について新たな厳罰化が行われ、さらに2026年にはテロ犯罪について死刑対象の拡張が指摘されているため、今後の中心的な論点は「死刑を維持するか」だけではなく、「国際法上許容される死刑の範囲を超えて対象犯罪を拡大していないか」という点になる。
執行の再開と傾向
クウェートの死刑制度をめぐる近年の変化を理解するには、2007年から2013年まで続いた事実上の執行停止と、その後の再開を見る必要がある。国連人権委員会は、クウェートが2007年以降、死刑執行を事実上停止していたものの、2013年に複数人を処刑したことでこの状態が終わったと指摘している。
2013年以降、死刑執行は毎年一定数行われてきたわけではなく、執行のない年と複数人が処刑される年が交互に現れる形となった。この点から見ると、クウェートの制度は「死刑を法律上残しているだけの国」とは異なり、重大事件や薬物犯罪などに対して実際に死刑を執行する刑事政策を維持しているといえる。
特に2025年の動きは注目される。アムネスティ・インターナショナルの集計によると、クウェートでは2025年に17人の死刑が執行され、前年の6人から大幅に増加した。内訳は殺人で有罪となった14人の男性と1人の女性、薬物密売で有罪となったイラン人男性2人であり、外国籍者が少なくとも6人含まれていた。
この数字には、クウェートの死刑制度における重要な特徴が表れている。すなわち、死刑執行の中心が殺人などの生命侵害犯罪だけではなく、薬物犯罪にも及んでいることであり、さらに外国籍者が執行対象に含まれていることである。
2025年には死刑判決そのものも増加した。アムネスティ・インターナショナルによると、確認された新たな死刑判決は15件で、2024年の確認数から倍増し、その内訳は殺人10件、薬物関連犯罪4件、誘拐1件だった。死刑判決を受けた者には少なくとも6人の外国籍者と2人の女性が含まれていた。
ただし、こうした統計には一定の限界もある。死刑制度を運用する国では、判決件数や執行件数について政府が完全な統計を公開しない場合があり、国際機関や人権団体の数字は公表資料、裁判記録、報道などを照合して集計されるため、確認できた数字が必ずしも実数のすべてを意味するとは限らない。
それでも、2024年から2025年にかけて執行数と死刑判決数がともに増えたことは、制度運用の活発化を示す重要な材料である。さらに2025年末の法改正によって薬物犯罪に対する死刑適用範囲が拡大されたことから、今後の死刑制度を考える際には、この増加を一時的な変動としてだけではなく、刑罰政策の厳格化という文脈から検討する必要がある。
外国籍労働者への影響
クウェートは外国籍住民の比率が高い国であり、労働市場でも外国人労働者が重要な位置を占めている。そのため、死刑制度を分析する際には、外国籍者が刑事司法制度の中でどのような立場に置かれるのかという問題を切り離すことができない。
2025年に確認された17件の死刑執行のうち、少なくとも6人が外国籍者だった。この数字だけから、外国籍者がクウェートで不当に死刑にされていると結論づけることはできないが、外国籍者が死刑制度の影響を現実に受けていることは確認できる。
とりわけ薬物犯罪では、外国籍者が執行対象となる事例が存在する。2025年に確認された薬物密売による死刑執行2件はいずれもイラン人男性であり、薬物犯罪への死刑適用が外国籍者にとって現実的な重大リスクとなっていることを示している。
ただし、ここでも慎重な分析が必要である。2025年にクウェートで確認された死刑執行17件という比較的小さな母数だけから、国籍を理由とした司法上の差別が存在すると統計的に証明することはできない。
一方、外国籍者の場合には、刑事手続を受ける際に言語、通訳、家族との連絡、領事支援、現地の法律制度に関する知識などの問題が生じる可能性がある。したがって、死刑事件については、単に有罪判決の有無だけではなく、被告人が捜査段階から十分な通訳や弁護活動を受けられたかを確認することが重要になる。
この点は、後述する適正手続の問題とも直結する。死刑は生命を奪う刑罰であるため、被告人が外国籍である場合には、言語や経済的立場などによって防御権の行使が制限されていなかったかどうかを特に慎重に検討する必要がある。
なお、外国籍者に対する死刑の問題はクウェートだけに固有のものではない。湾岸地域では薬物犯罪による死刑執行に外国籍者が多数含まれる国もあり、国際人権機関は、外国籍者が言語や弁護士へのアクセスなどの面で追加的な障壁に直面する可能性を繰り返し指摘している。
したがって、クウェートについても「外国人だから死刑になりやすい」と単純化するのではなく、外国籍者が死刑事件の捜査・公判・上訴・領事支援の各段階で実質的にどの程度の権利保障を受けているのかを検証することが適切である。
対象犯罪の拡大傾向
クウェートの死刑制度における最も重要な問題の一つは、死刑の対象となる犯罪類型が広いことである。国連人権委員会は2015年、クウェートについて死刑を科すことができる犯罪が多く、特に国内外の安全保障に関する曖昧な犯罪や薬物犯罪など、「最も重大な犯罪」の基準を満たさない可能性のある犯罪に死刑が適用されることを問題視した。
この指摘から重要なのは、国際人権法において死刑の問題は「死刑制度が存在するか否か」だけで判断されないという点である。死刑を存置する国であっても、その適用対象がどこまで限定されているかが重要であり、対象犯罪が広がれば広がるほど国際的な人権基準との緊張が強まる。
クウェートでは従来から殺人、国家安全保障に関わる犯罪、薬物犯罪など複数の犯罪について死刑が可能とされてきた。国連人権委員会は、犯罪類型の中に定義が広範または曖昧なものが含まれていることについても懸念を示し、死刑の適用対象を「最も重大な犯罪」に限定するよう求めてきた。
2025年には、この問題が薬物犯罪をめぐってさらに具体化した。12月14日に施行された新たな薬物・向精神物質対策法は、従来の薬物関連法を置き換え、一定の加重事情が存在する場合には死刑を義務的に科す仕組みを設けた。
ここでいう加重事情には、再犯、未成年者への薬物販売、未成年者や精神障害者を利用した薬物販売、権限を利用した犯罪、刑務所や警察施設、薬物治療施設、礼拝施設、教育機関、スポーツ施設などでの販売などが含まれる。また、薬物犯罪を目的とする犯罪組織を設立・運営する行為も対象となっている。
さらに、他人に薬物を強制的に使用させ、その結果として死亡させた場合や、他人に薬物を仕込んで犯罪者に仕立て、その結果として対象者が死刑となった場合にも、死刑が義務的に科される規定が設けられたとされる。これは従来の単純な薬物密売だけを対象とする仕組みよりも、死刑が適用される犯罪事実の範囲を広げるものとなっている。
一方、製造、栽培、所持、購入、交換、密輸入、販売、密輸などについては、犯罪の具体的な事情に応じて死刑が裁量的に科される場合が残されている。つまり新法は、すべての薬物犯罪に一律に死刑を義務づけたものではないものの、一定の加重事情を伴う犯罪について死刑を義務刑とした点に特徴がある。
薬物犯罪における範囲の拡大
2025年の薬物法改正は、クウェートの死刑制度を分析するうえで特に重要である。クウェート政府は薬物密輸や流通を社会の安全を脅かす重大な問題として位置づけ、厳罰化によって密売組織を抑止する政策を打ち出している。
2025年10月には内相が薬物密売との「戦争」を進めていると説明し、当局による取り締まりによって密売が大幅に減少したとの見解を示した。政府側からは、薬物の供給減少を厳格な取り締まりの成果として説明する発言も出ており、新法はこうした治安政策の延長線上に位置づけられる。
しかし、薬物犯罪に対する死刑の有効性については、別の検討が必要になる。薬物犯罪の抑止を目的として刑罰を重くすることと、生命を奪う刑罰を国際人権法上認められる範囲に限定することは、同じ問題ではないからである。
国連人権委員会は以前から、薬物犯罪を死刑対象とするクウェートの制度について、「最も重大な犯罪」の基準を満たさないとの懸念を示してきた。2015年の総括所見では、薬物犯罪などについて死刑を科すことを問題視し、死刑を維持する場合でも適用対象を最も重大な犯罪に限定するよう求めている。
その意味で2025年の新法は、国際的な人権基準から見れば単なる刑法改正ではない。従来から存在した薬物犯罪への死刑適用を維持しながら、さらに一定の加重事情について死刑を義務化したため、クウェートが国際機関から受けてきた勧告との関係がより明確な問題となった。
また、薬物犯罪では犯罪組織の末端にいる者と組織を統括する者をどのように区別するかという問題もある。死刑の適用に際しては、被告人がどの程度犯罪行為に関与したのか、組織内でどのような役割を担っていたのか、故意の程度はどの程度だったのかを個別に判断することが重要になる。
したがって、2025年の薬物法をめぐる最大の論点は、薬物取り締まりそのものの必要性ではなく、薬物犯罪に対する国家の刑罰権がどこまで拡大され、その中に死刑という不可逆的な刑罰をどの程度組み込んでいるのかという点にある。
テロ対策関連法制
2026年のクウェートでは、死刑制度をめぐる議論に新たな重要論点が加わった。2026年3月15日に発出された「テロ犯罪対策に関する法律命令第47号」は、テロ行為の定義を従来より広く設定し、その一部について死刑を義務的に科す仕組みを導入したとされている。
この法令が成立した背景には、2026年2月末以降の中東情勢の緊迫化がある。クウェート政府は国家安全保障上の脅威への対応を強化する必要性を掲げており、テロ対策を専門的に扱う検察部門や、テロ・国家安全保障関連事件を担当する指定裁判所も設置された。
新法で特に問題となるのは、死刑の対象が必ずしも人の意図的な殺害を伴う行為に限定されていない点である。国際人権団体による法令分析では、クウェート法上、終身刑の対象となる犯罪が「テロ行為」に分類された場合、死刑が義務的に科され得る仕組みになっている。
例えば、新法では、戦時に国家安全保障や公共秩序を損なう「虚偽情報」の拡散が、敵対国との諜報活動の結果として行われた場合にテロ行為として扱われる可能性がある。また、船舶を奪取したり、その積荷を奪ったり、船上の人々に危害を加える目的で船舶を攻撃する行為なども対象になり得るとされている。
ここで注意すべきなのは、すべての虚偽情報や船舶への攻撃が自動的に死刑となるという意味ではないことである。実際の適用には法律上の構成要件や、テロ行為としての認定、犯罪者の故意など複数の条件が関係するため、個々の事件について具体的な事実関係を確認する必要がある。
しかし、国際人権法の観点からは、犯罪の定義そのものが広範かつ曖昧である場合、死刑という極めて重大な刑罰と結び付けられることに大きな問題が生じる。アムネスティ・インターナショナルは、2026年法における「テロ行為」の定義が、国家資源や私有・公有財産、公共施設、陸海空の交通、サイバーセキュリティーなどへの損害や脅威まで広く含み得ると指摘している。
さらに新法では、実際にテロ行為を実行した者だけではなく、テロ行為を扇動する思想を「広める」「支持する」「称賛する」といった行為によって、テロの危険を有する人物と判断され得る仕組みも設けられた。これらの概念の一部について法律上の明確な定義が不足していることから、表現活動や政治的活動との境界が不明確になる可能性が指摘されている。
もっとも、ここでは「テロ対策そのもの」と「テロ対策法制における死刑の範囲」を区別する必要がある。国家がテロ行為を防止し、市民の生命や公共施設を保護するための刑事法制を整備すること自体は国際法上否定されるものではなく、問題となるのは、その過程で犯罪の定義と刑罰がどこまで拡大されるかという点である。
「最も重大な犯罪」要件からの逸脱
死刑制度と国際人権法との関係を考える際に中心となるのが、「最も重大な犯罪」という基準である。クウェートが締約国となっている市民的及び政治的権利に関する国際規約は、死刑を廃止していない国についても、その適用を「最も重大な犯罪」に限定している。
国連人権委員会は2018年の一般的意見第36号で、この基準について具体的な解釈を示した。同委員会によれば、「最も重大な犯罪」は極めて限定的に理解されるべきであり、原則として意図的な殺人を伴う犯罪に限定される。したがって、単に国家に重大な損害を与えた、社会を危険にさらした、あるいは重大な犯罪行為に関与したというだけでは、国際規約上の死刑対象に当然該当するとはいえない。
この基準に照らすと、薬物犯罪とテロ犯罪の一部を死刑対象にするクウェートの制度には問題が生じる。薬物密売は重大な犯罪であり、多数の人々の生命や健康に深刻な被害を及ぼす可能性があるものの、薬物犯罪そのものが必ずしも意図的な殺人を構成するわけではないからである。
国連人権委員会はクウェートに対して、この点を繰り返し指摘してきた。2015年の総括所見では、クウェートで死刑を科すことのできる犯罪が多く、薬物関連犯罪や国内・国外の安全保障に関する曖昧な犯罪が「最も重大な犯罪」の基準を満たさない可能性について懸念を表明した。
2023年の審査でも問題は解消されていなかった。国連人権委員会は、死刑対象犯罪の性質が国際規約第6条第2項の「最も重大な犯罪」の基準を満たしていないことについて引き続き懸念を示し、死刑を適用する場合には意図的な殺人を伴う最も重大な犯罪に限定するよう求めた。
このため、2025年の薬物法改正と2026年のテロ対策法制は、過去から続いてきた問題をさらに明確にしたと評価できる。特に2026年法については、終身刑相当の犯罪をテロ行為と分類することによって死刑を義務化する仕組みが問題となっており、「最も重大な犯罪」という国際的基準との距離が拡大する可能性がある。
さらに重要なのが、死刑を「裁量刑」とする場合と「義務刑」とする場合の違いである。国際人権法上、死刑制度そのものに厳格な制限が存在する以上、裁判官が被告人の個別事情を考慮する余地を失わせる義務的死刑は、生命に対する権利との関係でより重大な問題を生じさせる。
国連人権委員会は2015年のクウェート審査で、一定の犯罪について死刑が義務的に科されるとの情報について懸念を示し、死刑を維持するのであれば、対象犯罪を最も重大な犯罪に限定するとともに、死刑を決して義務的な刑罰にしてはならないと勧告した。
2026年法について同様の仕組みが導入されたのであれば、これは過去の国連勧告が問題視してきた構造と正面から重なる。つまり、問題は単に「死刑の対象犯罪が増えた」という量的な変化だけではなく、犯罪の定義、死刑の義務性、裁判官による個別事情の考慮という刑事司法の基本構造にまで及んでいる。
国際人権条約の動向と勧告の不履行
クウェートは市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国であり、同規約第6条に定められた生命に対する権利に関する義務を負っている。一方、同国は死刑廃止を目的とする同規約第2選択議定書には加入しておらず、死刑制度そのものを廃止する国際的枠組みには参加していない。
国連人権委員会は、クウェートに対して死刑制度の縮小や廃止を繰り返し勧告している。2015年には、死刑を適用できる犯罪の多さ、薬物犯罪への適用、曖昧な国家安全保障犯罪への適用、義務的死刑などを問題視した。
2023年にも同様の懸念が繰り返された。同委員会は、2023年の恩赦・減刑措置について一定の評価を示しながらも、死刑対象犯罪が依然として「最も重大な犯罪」の基準を満たしていないことを問題視し、死刑を意図的殺人を伴う最も重大な犯罪だけに限定するよう求めた。
つまり、クウェートでは国連機関による勧告が存在しながら、国内法制では薬物犯罪に関する厳罰化が進み、さらに2026年にはテロ犯罪について死刑対象を拡大する新法が導入されたことになる。この点は、国際的な人権基準と国内の治安政策が同じ方向に進んでいないことを示す重要な事例である。
ただし、これを直ちに「国際条約を無視している」と表現するのは慎重であるべきだ。クウェート政府は、死刑は最も重大な犯罪に限定され、最終的な司法判断を経て執行されると説明しており、国内法上の手続的保障についても国際規約に適合しているとの立場を示している。
したがって、現在の争点は、クウェート政府が国際規約の義務を認識しているか否かではなく、「最も重大な犯罪」という言葉を国内法と国際人権法がどのように解釈しているかという点にある。クウェート側は国家の安全や社会の安定を脅かす薬物犯罪・テロ犯罪を重大犯罪として扱う一方、国連人権委員会は意図的殺人を伴わない犯罪への死刑適用を原則として認めないという、基準そのものの違いが存在している。
適正手続の問題につながる構造
死刑制度の国際的な評価では、対象犯罪だけでなく、捜査から判決確定までの適正手続も重要になる。国際規約第14条が保障する公正な裁判を十分に確保できない場合、誤判によって生命を奪う危険があるためである。
2026年のテロ対策法制では、専門の検察部門と指定裁判所が新設された。アムネスティ・インターナショナルは、2026年3月30日に設置された国家安全保障・テロ・テロ資金供与担当の検察部門について、少なくとも1人の被告人が弁護士の立ち会いなしに複数回取り調べを受け、弁護士が裁判への付託まで事件記録へのアクセスを認められなかったと報告している。
この報告が示すのは、死刑対象犯罪を拡大する法改正と、実際の刑事手続における弁護権の確保を別々に扱うことができないということである。死刑の対象範囲が広がるほど、逮捕、取り調べ、証拠開示、弁護士との秘密交通、上訴など各段階における保障の重要性も高まる。
適正手続(デュ・プロセス)の懸念
死刑制度を評価する場合、対象犯罪の範囲だけでなく、死刑判決に至るまでの手続が公正であったかを検討する必要がある。市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条は、公正な裁判を受ける権利、弁護人を得る権利、通訳を受ける権利、判決に対して上訴する権利などを保障しており、死刑事件ではこうした保障が特に厳格に適用される。
国連人権委員会は2023年のクウェート審査で、死刑判決が科される事件について公正な裁判の保障が十分でないとの報告を受けていることに懸念を示した。同委員会は、死刑判決が生命を奪う不可逆的な結果につながる以上、刑事手続における防御権や裁判の公正性が確実に保障されなければならないとの立場を示している。
これに対してクウェート政府は、死刑事件には複数の司法審級による審査が存在すると説明している。検察による起訴の後、第一審、控訴審、破毀院に相当する最終審で審理され、経済的に弁護士を雇えない被告人には公選弁護人が付され、アラビア語を理解できない被告人には通訳が提供されるとしている。
また、死刑判決は最終的な司法判断を経なければ執行できず、上訴や新証拠による再審査の可能性も存在するとクウェート側は説明している。死刑判決後には首長による承認、減刑、恩赦という制度も存在するとされており、国内制度だけを見ると、死刑事件に対して一定の多重的な審査構造が設けられていることが分かる。
しかし、制度上の保障が存在することと、個々の事件でそれが実質的に機能していることは同じではない。国連人権委員会が2023年に問題視したのも、法律上の手続が存在するかだけではなく、死刑事件において実際に公正な裁判の保障が確保されているかという点であった。
特に重要なのが、捜査段階における自白の扱いである。死刑事件では、被告人の供述がどのような環境で得られたのか、弁護士へのアクセスが確保されていたのか、通訳が正確に機能したのか、強制や威圧がなかったのかを検証する必要がある。
クウェートについては、過去の国連機関の審査でも、死刑事件における強制された自白、弁護士との秘密の意思疎通、精神状態の判定、再審や恩赦の申立てと執行停止との関係などが問題として指摘されたことがある。こうした過去の指摘は、現在の制度を評価する際にも、単なる歴史的問題として切り離すことができない。
外国籍者の場合、この問題はさらに複雑になる。被告人がアラビア語を十分に理解できない場合、捜査段階での通訳、弁護士との意思疎通、起訴内容の理解、証拠へのアクセスなどが実質的に確保されなければ、防御権を十分に行使できない可能性がある。
したがって、死刑事件における適正手続を評価する際には、「弁護士が制度上存在するか」「上訴制度が法律上存在するか」という形式的な確認だけでは不十分である。実際に弁護士が捜査段階から関与できたのか、被告人が起訴事実を理解できたのか、証拠を検討する十分な時間があったのか、通訳が適切だったのかという実質的な問題を確認する必要がある。
国際人権条約上の問題
クウェートは市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国であり、同規約第6条と第14条に関する義務を負っている。第6条は生命に対する権利を保障し、死刑を存置する国についても、その適用を最も重大な犯罪に限定するとともに、最終的な司法判断に基づく執行を要求している。
国連人権委員会は2018年の一般的意見第36号で、この「最も重大な犯罪」という要件について、極めて限定的に解釈すべきだとした。原則として意図的な殺人を伴う犯罪に限定されるべきであり、薬物犯罪など生命を直接奪うことを構成要件としない犯罪に死刑を適用することは、この基準との整合性に重大な疑問を生じさせる。
クウェートについては、この問題が長期間にわたって繰り返し指摘されている。2015年の国連人権委員会は、死刑を科すことのできる犯罪の数が多いこと、国内外の安全保障に関する犯罪の定義が曖昧であること、薬物犯罪にも死刑が適用されること、さらに一定の犯罪で死刑が義務的に科されるとの情報を懸念事項として挙げた。
2023年の審査では、こうした問題が再び取り上げられた。委員会は、2022年以降の死刑執行、2023年7月の5件の執行、薬物犯罪への死刑適用、公正な裁判の保障に関する報告をまとめて問題視し、死刑を意図的殺人を伴う最も重大な犯罪だけに限定するよう求めた。
ここから分かるのは、クウェートの死刑制度をめぐる問題が一時的な国際的批判ではないということである。国連人権委員会は2015年と2023年の双方で、対象犯罪の範囲、公正な裁判、義務的死刑という複数の問題を繰り返し取り上げている。
さらに、クウェートは死刑廃止を目的とする市民的及び政治的権利に関する国際規約の第2選択議定書にも加入していない。したがって、現在のクウェートには死刑廃止という条約上の義務は存在しないものの、既に締約している国際規約の下で死刑の適用を厳格に制限する義務は存在する。
国際基準との乖離をどう理解するか
ここまでの分析を整理すると、クウェートの死刑制度には3つの異なる問題が存在する。第1は死刑そのものを維持していること、第2は薬物犯罪や安全保障関連犯罪など、意図的殺人を伴わない犯罪に死刑を適用していること、第3は一部犯罪について死刑を義務的な刑罰として扱っていることである。
このうち国際人権法上、特に明確な問題となるのが第2の点である。国連人権委員会は「最も重大な犯罪」を意図的殺人を伴う犯罪に限定する方向で解釈しているため、薬物犯罪や一部のテロ・国家安全保障犯罪への死刑適用は、その基準と衝突する可能性が高い。
第3の義務的死刑も重要である。犯罪の重大性だけでなく、被告人個人の役割、犯行への関与の程度、故意の内容、年齢、精神状態などを裁判所が考慮する余地が狭くなるためである。
例えば、同じ犯罪組織に関係していたとしても、組織を指揮した人物と、限定的な役割しか担っていなかった人物では、責任の程度が同一とは限らない。死刑のような不可逆的刑罰を科すのであれば、個々の被告人について責任の程度を慎重に判断することが重要になる。
この点で、2025年の薬物法制強化と2026年のテロ対策法制は、従来から国連機関が指摘してきた問題との連続性を持つ。対象犯罪の定義を広げ、その一部について死刑を義務化する仕組みが存在するならば、2015年と2023年に示された国連人権委員会の勧告との間には明確な緊張関係が生じる。
国際人権条約の動向と勧告の履行状況
クウェートについては、死刑だけでなく拷問等禁止条約の観点からも死刑制度と刑事手続が審査されている。国連拷問禁止委員会は2024年、クウェートに対する審査で、死刑の適用に関する過去の勧告について、事実上の執行停止を再び導入するという勧告が十分に履行されていないと評価した。
同委員会は、過去の勧告に対するクウェートの対応を評価する中で、死刑に関する勧告の履行が不十分であるとの認識を示した。さらに、死刑制度の廃止を検討し、死刑判決を自由刑へ減刑することや、死刑廃止を目的とする第2選択議定書への加入を検討するよう改めて求めている。
この点から見ると、「国際機関から勧告を受けた」という事実と、「その勧告が実際に履行された」という事実は明確に区別しなければならない。クウェートは国連の人権審査に参加し、政府として説明を行っている一方、死刑の対象犯罪を大幅に縮小する方向には進んでおらず、むしろ2025年と2026年には厳罰化につながる新たな法制度が登場している。
もっとも、国連の勧告は通常、国内裁判所の判決と同じ意味での強制執行命令ではない。そのため「勧告が履行されていない」という表現は、条約機関が示した人権基準と国内法・国内政策との間に残された不一致を意味するものとして理解する必要がある。
2026年時点では、クウェートの死刑制度について国連人権委員会による次の定期審査に向けたフォローアップも進行中である。国連の資料では、2023年の総括所見に含まれた死刑に関するフォローアップ情報の提出期限が2026年11月3日とされており、2026年10月時点では、この手続の動向も今後の評価材料になる。
今後の展望
今後のクウェートの死刑制度を左右する最大の要因は、治安政策と国際人権基準をどのように調整するかである。薬物犯罪やテロ犯罪に対する取り締まりを強化する政策が続く一方、死刑の対象を「最も重大な犯罪」に限定するよう求める国際的な圧力も継続すると考えられる。
特に2025年の薬物法制と2026年のテロ対策法制が今後どの程度実際の死刑判決・執行につながるのかは重要である。法律上の対象犯罪が拡大しても、実際の裁判所がどのように条文を解釈し、死刑を選択するのかによって制度の実態は変化するためである。
また、死刑事件における弁護人へのアクセス、通訳、証拠開示、上訴、再審、恩赦申立てなどの手続的保障が今後さらに注目される。死刑を維持する場合でも、国際人権法上の最低限の公正な裁判を確保できるかどうかは、制度の正当性を判断するうえで重要な要素となる。
2026年10月時点では、クウェートの死刑制度が廃止へ向かっているとは言い難い。むしろ、薬物犯罪とテロ対策を中心に死刑を適用し得る犯罪類型を維持・拡張する国内政策と、それを「最も重大な犯罪」に限定するよう求める国際人権基準との間に、継続的な緊張関係が存在していると整理するのが適切である。
まとめ
クウェートの死刑制度をめぐる問題は、単純な「死刑存置国か廃止国か」という二分法では捉えられない。重要なのは、死刑の対象犯罪、義務的死刑の存在、刑事手続の公正性、外国籍被告人の権利保障、そして国際人権条約上の「最も重大な犯罪」という制限を総合的に検討することである。
2013年に死刑執行が再開され、2025年には執行数が大幅に増加した一方、2025年末の薬物法制強化と2026年のテロ対策法制によって、死刑を適用し得る犯罪の範囲はさらに重要な論点となった。国連人権委員会は2015年と2023年に薬物犯罪などへの死刑適用を問題視しており、2024年の拷問禁止委員会も死刑制度に関する過去の勧告が十分に履行されていないと評価している。
したがって、2026年10月時点のクウェートについては、死刑制度そのものの存在以上に、国際人権法が要求する死刑の限定性と、国内法が設定する死刑対象犯罪の広さとの隔たりが主要な問題となっている。今後の焦点は、クウェートが2026年の法改正をどのように運用するのか、そして国連の勧告に対してどのような法改正・司法上の対応を示すのかに移ることになる。
参考・引用リスト
- 国際連合人権委員会「クウェート第4回定期報告に関する総括所見」、2023年。
- 国際連合人権委員会「クウェート第3回定期報告に関する総括所見」、2015年。
- 国際連合人権委員会「一般的意見第36号――生命に対する権利」、2018年。
- 国際連合拷問禁止委員会「クウェート第4回定期報告に関する総括所見」、2024年。
- 国際連合人権条約機関資料「クウェートに関するフォローアップ状況」。
- クウェート政府による国連人権条約機関への提出資料。
- アムネスティ・インターナショナル「死刑に関する年次報告」、2026年。
- アムネスティ・インターナショナル「クウェートの2026年テロ対策措置と死刑制度に関する分析」、2026年。
- クウェート国内の2025年薬物・向精神物質対策法に関する政府・報道資料。
- クウェート国内の2026年テロ犯罪対策法制に関する政府・国際人権機関資料。
追記:制度全体から見たクウェートの死刑制度
これまで確認した内容を総合すると、クウェートの死刑制度をめぐる問題は、単に死刑執行件数が増えているという統計上の問題にとどまらない。死刑の対象となる犯罪の範囲、薬物犯罪に対する厳罰化、テロ対策法制、外国籍者の刑事手続上の立場、そして国際人権条約上の「最も重大な犯罪」という基準が相互に結び付いている。
特に重要なのは、クウェートが死刑を維持する一方で、国際人権法が死刑の適用範囲について厳格な制約を設けていることである。国内法上は重大な犯罪として扱われる行為であっても、国際規約上の「最も重大な犯罪」に当然該当するとは限らず、この法的評価の差が現在の主要な争点となっている。
2015年と2023年の国連人権委員会の審査では、薬物犯罪や安全保障関連犯罪に死刑を適用できることが繰り返し問題視された。にもかかわらず、2025年には薬物犯罪について新たな厳罰化が行われ、2026年にはテロ対策関連法制によって死刑の適用範囲がさらに議論の対象となった。
この時間的な流れを見ると、国際人権機関から示された勧告とクウェート国内の刑事政策との間には、継続的な隔たりが存在していることが分かる。これは単なる一度の法改正によって生じた問題ではなく、少なくとも10年以上にわたって繰り返されてきた構造的な問題として捉える必要がある。
死刑執行数の増加が示すもの
2025年の17件という死刑執行数は、近年のクウェートの死刑制度を考える上で重要な数字である。2024年の6件から大幅に増加しており、死刑制度が実際の刑事司法において活発に運用されていることを示している。
ただし、1年間の執行件数だけをもって制度全体の方向性を断定することには注意が必要である。死刑執行は恩赦、減刑、司法手続、政治的判断など複数の要素によって変動するため、数年間の判決数と執行数を併せて分析する必要がある。
それでも、2025年には死刑判決も15件確認されており、執行だけでなく新たな死刑事件が発生していることは重要である。しかも、その中には薬物関連犯罪による死刑判決が含まれており、死刑制度が殺人事件だけに限定されていないことが改めて確認できる。
したがって、今後の統計分析では、単純な死刑執行総数だけではなく、犯罪類型別の判決数、国籍別の判決数、男女別の判決数、最終的な執行数、減刑・恩赦の件数を分けて確認する必要がある。こうした分類がなければ、死刑制度がどの領域で拡大しているのかを正確に把握することはできない。
外国籍者をめぐる問題
クウェートの死刑制度を考える際、外国籍者の存在は特に重要である。2025年に確認された死刑執行17件の中には複数の外国籍者が含まれており、薬物犯罪による2件の執行はいずれもイラン人男性だった。
しかし、この数字だけから外国籍者がクウェート人よりも死刑になりやすいと結論づけることはできない。国籍別の死刑判決率を計算するには、犯罪類型、人口構成、外国籍者の滞在人口、犯罪の種類、起訴数などを統合した比較可能な統計が必要になる。
一方、外国籍者の場合、刑事手続上の特殊な問題が存在することは否定できない。言語の違い、弁護士との意思疎通、家族との連絡、領事機関への通知、現地の刑事手続に関する知識などが、被告人の防御権に影響する可能性がある。
特に死刑事件では、通訳の質や弁護士へのアクセスが形式的に存在するだけでは十分とはいえない。被告人が捜査内容と起訴内容を理解し、自らに不利な証拠を確認し、弁護士と防御方針を協議できる実質的な環境が必要になる。
そのため、外国籍者を含む死刑事件については、「どの国籍の人が何人処刑されたか」という統計だけでなく、捜査段階から判決確定までの具体的な手続を調べることが重要である。
薬物犯罪の厳罰化をどう見るか
クウェート政府が薬物犯罪を重大な社会的脅威として扱っていることには明確な政策的背景がある。薬物の密輸、製造、販売などは社会に広範な被害を与える可能性があり、政府がこれを抑制するために刑事罰を強化すること自体は、刑事政策として理解できる。
問題は、その刑罰の最終段階として死刑をどこまで適用できるかということである。国連人権委員会の解釈では、薬物犯罪は、それ自体が意図的な殺人を伴わない限り、原則として「最も重大な犯罪」には含まれない。
したがって、薬物犯罪に対して長期の自由刑や高額の罰金などを科すことと、死刑を科すことでは、国際人権法上の問題の程度が大きく異なる。2025年の法改正によって一定の加重事情を伴う薬物犯罪に死刑を義務的に科す仕組みが設けられたことは、この点から特に重要である。
また、薬物犯罪では被告人の犯罪への関与の程度を慎重に区別する必要がある。組織の指導者、資金提供者、運搬担当者、末端の販売者などでは役割が異なり、個々の責任の程度を考慮しない一律的な死刑制度には、誤判や過剰処罰の危険が伴う。
国際人権法が義務的死刑に慎重な理由の一つもここにある。刑罰を自動的に決定するのではなく、裁判所が個々の事件の事情を考慮し、責任の程度や故意、犯罪への関与などを判断できることが重要になる。
テロ対策と表現活動の境界
2026年のテロ対策関連法制については、さらに慎重な検証が必要である。テロ対策は国家の安全保障や市民の生命を守るための重要な政策領域である一方、犯罪の定義が広すぎる場合には、合法的な表現活動や政治的活動まで刑事処罰の対象となる危険がある。
特に「支持」「称賛」「扇動」「虚偽情報の拡散」などの概念は、法律上の定義が明確でなければ、どの行為が犯罪に該当するのかを予測することが難しくなる。死刑が関係する場合には、この問題はさらに重大になる。
国際人権法では、犯罪と刑罰について法律による明確な定義が必要とされる。市民がどの行為をすれば犯罪になるのかを合理的に予測できないほど曖昧な規定は、適正手続や法の明確性という観点から問題となり得る。
したがって、2026年のテロ対策法制について今後検証すべきなのは、単に「死刑対象が増えたか」という点だけではない。テロ行為の定義がどこまで明確なのか、意図的な殺人を伴わない行為に死刑が適用される可能性があるのか、表現活動との境界がどのように設定されているのかを個別に確認する必要がある。
適正手続の実質的保障
死刑制度における適正手続の問題は、裁判所が存在しているかどうかだけでは判断できない。重要なのは、被告人が捜査の初期段階から弁護士の援助を受け、起訴内容を理解し、証拠にアクセスし、証人への反対尋問などを含む十分な防御活動を行えるかどうかである。
クウェート政府は複数審級による司法審査、公選弁護人、通訳、上訴制度などを説明している。こうした制度的保障が存在することは重要だが、国際人権法上は、制度が法律に書かれているだけでなく、実際に機能していることが求められる。
特に死刑事件では、捜査段階の自白が重要な証拠となる場合、その取得方法が問題になる。強制、脅迫、長時間の取り調べ、弁護士不在、通訳上の問題などによって供述の任意性が損なわれていないかを検証する必要がある。
また、外国籍者の場合には領事支援の問題も加わる。死刑に直面している外国籍被告人が自国の領事機関と連絡を取ることができ、必要な法的支援を受けられる環境が整っているかは、個々の事件を評価する際の重要な確認事項になる。
国際的な死刑廃止の潮流との関係
世界的には死刑廃止国が増えており、国連総会でも死刑執行停止を求める決議が繰り返し採択されている。もっとも、国際社会には依然として死刑を維持・執行している国も存在し、死刑制度について各国の法制度には大きな違いが残っている。
そのため、クウェートの制度を評価する場合も、「世界では死刑が減っている」という一般論だけで結論を出すことは適切ではない。クウェートが締結している条約、国連人権機関による解釈、国内法、裁判実務という複数の法的資料を照合する必要がある。
特にクウェートの場合、死刑廃止そのものを直接義務づける国際条約の選択議定書には加入していない一方、市民的及び政治的権利に関する国際規約には加入している。このため、現時点の国際法上の争点は「直ちに死刑を完全廃止しなければならないか」だけではなく、「死刑を維持する場合でも、その対象と手続をどこまで限定しなければならないか」にある。
2026年10月時点で確認すべきポイント
2026年10月時点で最も重要なのは、今後の死刑執行件数だけを見ることではない。2025年薬物法と2026年テロ対策法が実際の裁判でどのように適用されるのかを追跡し、死刑判決の犯罪類型と個別の犯罪事実を確認することが必要である。
また、2026年の法改正については、国連人権委員会や拷問禁止委員会などが今後どのような評価を示すのかも重要である。国内法が拡大した一方で、国際機関が従来の勧告を維持するのか、あるいは新たな具体的懸念を示すのかによって、今後の国際的な評価も変化する可能性がある。
さらに、死刑判決を受けた外国籍者について、どのような弁護活動が行われたのか、通訳が提供されたのか、領事機関への通知が行われたのか、上訴が実質的に可能だったのかを事件単位で検証することが重要になる。
こうした情報が蓄積されれば、クウェートの死刑制度が単純に「厳罰化している」のか、それとも特定の犯罪類型に限定して運用が変化しているのかを、より正確に判断できる。
最後に
クウェートの死刑制度は、2026年10月時点でも国内刑事司法制度の重要な一部として存続している。2025年には17件の死刑執行が確認され、薬物犯罪による執行も行われたことから、制度は現実に運用されている。
一方、国際人権法との関係では、薬物犯罪や一部の国家安全保障・テロ関連犯罪を死刑対象とすることが大きな論点となっている。国連人権委員会は「最も重大な犯罪」を意図的殺人を伴う犯罪に限定する解釈を示しており、クウェートの法制度との間には明確な緊張関係が存在する。
さらに、2025年の薬物法制強化と2026年のテロ対策法制は、死刑の対象犯罪をめぐる議論を新たな段階に進めた。特に義務的死刑、犯罪定義の明確性、表現活動との境界、外国籍者の弁護権、捜査段階での適正手続などを個別に検証する必要がある。
したがって、クウェートの死刑制度を理解する際には、「死刑を存置している」という一点だけで判断するのではなく、何を犯罪として死刑の対象にしているのか、どのような手続で判決が出されるのか、国際人権条約上の基準とどこが一致し、どこが異なるのかを分けて見ることが重要である。
2026年10月時点の最大の焦点は、死刑制度そのものの存在よりも、国内法が死刑の対象を拡張する一方で、国連人権機関が長年求めてきた限定化の方向とは異なる動きを示している点にある。今後は、2025年薬物法と2026年テロ対策法の実際の司法運用、死刑判決の推移、国際機関へのクウェート政府の回答を継続的に追うことが、制度の実態を把握するうえで不可欠となる。
参考・引用リスト(追記)
- 国際連合人権委員会「クウェート第3回定期報告に関する総括所見」2015年。
- 国際連合人権委員会「クウェート第4回定期報告に関する総括所見」2023年。
- 国際連合人権委員会「一般的意見第36号――生命に対する権利」2018年。
- 国際連合拷問禁止委員会「クウェート第4回定期報告に関する総括所見」2024年。
- 国際連合人権条約機関資料「クウェートに関するフォローアップ情報」。
- クウェート政府による国連人権条約機関への提出資料。
- アムネスティ・インターナショナル「死刑に関する年次報告」2026年。
- アムネスティ・インターナショナル「クウェートの2026年テロ対策措置と死刑制度に関する分析」2026年。
- クウェート政府・司法当局による2025年薬物・向精神物質対策法関連資料。
- クウェート政府・司法当局による2026年テロ犯罪対策法関連資料。
- クウェートの主要報道機関による2025年薬物対策・死刑制度関連報道。
- 国連人権高等弁務官事務所による市民的及び政治的権利に関する国際規約・条約機関資料。
