日本の死刑制度:犯罪抑止効果についての科学的検証の難しさ
日本の死刑制度について、犯罪抑止効果は制度存置の議論における重要な論点の一つである。2024年の内閣府調査では、死刑制度がなくなった場合に凶悪犯罪が増えると考える回答が71.2%に達しており、死刑に抑止効果があるという認識が社会に広く存在することは確認できる。
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現状(2026年9月時点)
日本では2026年9月時点でも死刑制度が存置されている。死刑は刑法上の刑罰として位置づけられ、裁判で死刑判決が確定した場合には、法務大臣の命令によって執行される制度となっている。近年も死刑執行は行われており、2025年6月27日には、9人を殺害した事件で死刑判決が確定していた死刑確定者に対して執行が行われた。
日本社会における死刑制度への支持も一定程度強い。内閣府が2024年10月から12月に実施し、2025年2月に公表した基本的法制度に関する世論調査では、死刑制度について「死刑もやむを得ない」と回答した者が83.1%、「死刑は廃止すべきである」と回答した者が16.5%だった。調査対象は全国18歳以上の日本国籍を有する者3,000人で、有効回答数は1,815人だった。
この調査では、死刑の犯罪抑止力についても直接質問している。「死刑がなくなった場合、凶悪な犯罪が増える」と考える者は71.2%、「増えない」と考える者は27.7%だった。さらに、死刑存置を支持する者にその理由を尋ねたところ、「死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える」を挙げた者は53.4%であり、犯罪抑止は死刑制度を支持する理由の一つとして相当な位置を占めている。
ただし、ここで重要なのは、「死刑には犯罪抑止力があると考える人が多い」という社会意識と、「死刑が実際に犯罪を減少させることが科学的に確認されている」という実証的命題は別物であるという点である。前者は世論調査によって測定できるが、後者を確認するには、死刑制度の存在が犯罪発生率にどの程度の因果的影響を与えたのかを他の要因から切り離して測定しなければならない。
しかも、2024年の内閣府調査そのものは死刑の抑止効果を実証する研究ではない。調査は国民がどのように認識しているかを測定したものであり、「増える」と答えた71.2%という数字を、そのまま死刑の実際の抑止効果を示す統計として扱うことはできない。
また、今回の世論調査は前回調査から調査方法が変更されているため、単純な経年比較にも注意が必要である。法務大臣自身も2025年2月の記者会見で、2019年調査と2024年調査について、5年間の期間に加えて調査方法の変更があるため、結果の単純比較は困難だと説明している。
こうした状況から、2026年時点の日本における死刑制度を考える際には、「制度を存置するか廃止するか」という規範的問題と、「死刑が犯罪を抑止しているか」という実証的問題を分けて考える必要がある。前者には生命、応報、被害者・遺族、誤判、国家による刑罰権など複数の価値判断が関係するのに対し、後者は主として犯罪統計、刑事司法制度、犯罪者の行動、社会環境などを対象とする経験科学上の問題だからである。
犯罪抑止効果の定義と前提
犯罪抑止とは、刑罰や捜査・逮捕などの刑事司法上の措置が存在することによって、犯罪を実行しようとする者がその行為を思いとどまる現象を指す。死刑の抑止効果を論じる場合には、単純に「死刑は怖いから犯罪者が減る」と考えるのではなく、死刑という刑罰の存在を認識した人間の意思決定が、実際の犯罪発生率をどの程度変化させるのかという因果関係を検討する必要がある。
刑罰による抑止は、通常、一般抑止と特別抑止に区別される。一般抑止は社会全体に対する効果を意味し、まだ犯罪を犯していない潜在的な犯罪者が、刑罰の存在や刑罰を受ける可能性を認識することで犯罪を思いとどまることを指す。
これに対して特別抑止は、すでに犯罪を行った者が再び犯罪を行うことを防ぐ効果である。死刑の場合、処刑された者は物理的に再犯できないため、特別抑止という意味では極めて直接的な効果を持つが、これは「死刑そのものが社会全体の犯罪発生率を低下させる」という一般抑止の問題とは区別しなければならない。
したがって、死刑の犯罪抑止効果を科学的に検証する際の中心的な問題は、一般抑止としての効果にある。つまり、「死刑という最も重い刑罰が存在する社会」と「それが存在しない社会」を比較した場合、その他の条件が同じならば、前者の方が殺人などの重大犯罪が少なくなるのかという問いである。
この問いは一見すると単純だが、実際には非常に複雑である。死刑制度の有無だけで犯罪率が決まるわけではなく、警察の捜査能力、逮捕される確率、裁判制度、社会経済状況、人口構成、銃器へのアクセス、薬物やアルコールの使用、失業、貧困、家庭環境、犯罪組織の活動など、多数の要因が犯罪発生率に同時に影響するためである。
さらに、抑止効果には「刑罰の重さ」だけでなく、「捕まる可能性」が関係するという重要な問題がある。日本の刑罰による抑止効果について先行研究を整理した犯罪社会学の研究では、海外の実証研究において、潜在的犯罪者が逮捕され刑罰を受ける確率を高める政策には比較的強い抑止効果の証拠がある一方、刑罰の厳しさを引き上げることによる抑止効果については、信頼できる証拠が乏しいと整理されている。
この区別は死刑をめぐる議論で特に重要である。仮に死刑という刑罰が存在していても、犯罪者が「自分が逮捕される可能性は低い」と認識していれば、刑罰の最終的な重さが犯罪行動に与える影響は限定される可能性があるからである。
さらに、死刑による抑止効果を想定するなら、潜在的犯罪者が死刑制度について正確な情報を持っていることも一つの前提になる。死刑がどの犯罪に適用されるのか、どのような条件で死刑判決になるのか、実際に執行される可能性がどの程度あるのかなどを知らなければ、刑罰の存在そのものが合理的な行動選択に結びつくとは限らない。
ここに、死刑の抑止効果を科学的に測定する際の根本的な問題がある。研究者が観察できるのは、実際に発生した犯罪、逮捕、裁判、刑罰、殺人率などの結果であって、「死刑が存在したために犯罪をやめた」という個々人の反実仮想的な意思決定を直接観察することはできない。
米国の死刑制度を対象にした国家研究評議会の2012年の包括的研究でも、死刑の抑止効果を実証的に分析することには、概念上の問題と統計上の問題の双方が存在すると整理されている。特に、地域や時期によって殺人率に大きな差を生じさせる要因、刑罰を受けるリスクが犯罪者にどのように認識されているか、犯罪率と刑罰制度が相互に影響する可能性などが問題として挙げられている。
このため、死刑の抑止効果については、「統計上、死刑制度がある地域で犯罪率が低かった」という事実だけでは十分な証明にならない。必要なのは、その差が死刑制度そのものによって生じたのか、それとも死刑制度と同時に存在する別の社会的・刑事司法的条件によって生じたのかを識別することである。
日本の研究状況にも同じ問題がある。日本の刑罰政策を対象とした研究では、日本国内のデータを用いた抑止効果の実証研究はなお乏しく、死刑を含む刑罰の厳格化が犯罪を減少させることについて積極的な証拠が十分に蓄積されているとはいえないと整理されている。
したがって、現段階で最も重要なのは、「死刑に抑止効果があるか」という問いを単純な賛否に変換しないことである。科学的検証の対象となるのは、死刑の存在と犯罪発生との間に統計的な関連があるかだけではなく、その関連が他の要因を排除したうえで因果関係として解釈できるのかという、より厳しい問題だからである。
一般抑止効果
死刑の一般抑止効果とは、死刑制度が存在することによって、まだ犯罪を実行していない者が重大犯罪を思いとどまる効果を指す。理論的には、犯罪によって得られる利益と、逮捕・処罰される可能性や刑罰の重さを比較し、死刑という極端に重い刑罰が犯罪選択を抑制すると考えることになる。
この考え方では、死刑は単に犯罪者本人を処罰する制度ではなく、社会全体に対して「一定の犯罪には最も重い刑罰が科される」という情報を発信する制度として機能することになる。特に殺人など生命を奪う重大犯罪について、無期懲役などの自由刑と死刑との違いが犯罪者の意思決定に影響するかどうかが、一般抑止をめぐる主要な研究対象となる。
ただし、一般抑止を考える場合には、「刑罰が重ければ重いほど抑止効果も強くなる」と単純化することはできない。刑罰の存在を認識していても、犯罪者が逮捕される可能性を低く認識していれば、刑罰の重さが行動に及ぼす影響は異なる可能性があるからである。
日本の刑罰政策について先行研究を整理した京俊介の研究でも、海外の実証研究では、犯罪者が逮捕され刑罰を受ける確率を高める政策については比較的強い抑止効果の証拠が存在する一方、刑罰の厳しさそのものを引き上げることについては、信頼性のある抑止効果の証拠が乏しいと整理されている。これは死刑について直接的な結論を示すものではないが、「刑罰の重さ」と「刑罰を受ける確実性」を分けて分析する必要性を示している。
さらに、死刑については「死刑があるかないか」だけでなく、「死刑になる可能性を犯罪者がどのように認識しているか」が重要になる。国家研究評議会の研究では、実際の処刑件数や死刑適用の変化があっても、それが潜在的犯罪者の認識する処罰リスクの変化を意味するとは限らないため、単純に処刑件数と殺人率を比較するだけでは抑止効果を測定できないとされている。
例えば、ある地域で1年間に死刑執行が増えたとしても、潜在的犯罪者が以前から「殺人をすれば極めて重い刑罰を受ける」と認識していたなら、執行件数の増加によって新たな抑止効果が発生したとは限らない。逆に、執行件数が少ない場合でも、死刑制度そのものが存在することによって一定の抑止効果が維持されている可能性もあり、実際の執行数だけから制度の抑止力を判断することは難しい。
特別抑止効果
特別抑止効果は、犯罪を実行した本人が再び犯罪を行うことを防ぐ効果である。死刑の場合、執行された者はその後に犯罪を行うことができないため、少なくとも物理的な再犯防止という意味では、自由刑とは異なる非常に直接的な効果を持つ。
しかし、この点も「死刑の犯罪抑止効果」という議論では注意が必要である。死刑執行によって当該死刑確定者の再犯が不可能になることと、社会全体の殺人件数が減少することは異なる現象であり、前者が確認されたとしても、それだけで後者が証明されるわけではない。
また、死刑判決を受けるような重大犯罪では、犯行時点で本人が将来の刑罰を冷静に比較検討していたとは限らない。突発的な激情、飲酒や薬物、精神的混乱、家庭内暴力、組織犯罪など、犯罪に至る経路は多様であり、すべての犯罪者が同じような合理的意思決定モデルに従うとは限らない。
そのため、死刑の特別抑止については比較的明確に観察できる部分と、そこから一般抑止へ推論することができない部分を分離する必要がある。科学的検証の中心となるのは、最終的には「死刑によって再犯できなくなった者が存在する」という事実ではなく、「死刑制度が存在することによって、社会全体で新たな重大犯罪がどの程度減少したのか」という問題になる。
科学的検証を困難にする構造的・方法論的要因
死刑の一般抑止効果を研究する最大の問題は、研究対象が社会全体の犯罪行動であることである。医薬品の効果を調べる臨床試験のように、対象者を無作為に2つの集団へ分け、一方には死刑制度がある社会、もう一方には死刑制度がない社会を割り当てることはできない。
そのため、死刑研究では現実に存在する地域や時期の違いを利用して統計的な比較を行うことになる。米国の死刑研究では、死刑制度のある州とない州を比較する方法、制度変更の前後を比較する方法、処刑と殺人率の時間的関係を分析する方法などが利用されてきたが、それぞれに固有の問題が存在する。
国家研究評議会は、死刑と殺人率の因果関係を推定する研究について、データ上の制約だけでなく、地域・時期によって殺人率を左右する要因、死刑制度と犯罪率との相互作用、刑罰リスクの認識など、多数の問題があると整理している。特に重要なのは、死刑制度の変更と殺人率の変化が同時に観察されたとしても、それだけでは死刑制度が殺人率を変化させたとは判断できないという点である。
この問題は、因果関係を推定する際の基本的な問題である。ある事象Aの後に事象Bが発生したとしても、AがBの原因であるとは限らず、AとBの双方に影響する別の要因Cが存在する可能性がある。
死刑と殺人率の研究では、この問題が特に深刻になる。死刑制度を積極的に運用する地域と、死刑をほとんど運用しない地域では、刑事司法制度だけでなく、政治制度、社会構造、人口構成、警察活動、犯罪文化、都市化の程度なども異なる可能性があるからである。
さらに、犯罪率そのものが刑事政策に影響を与えるという逆方向の因果関係も考慮しなければならない。殺人事件が急増した地域で世論や政治的圧力が高まり、死刑制度の適用範囲を拡大したのであれば、「死刑が殺人を増減させた」のではなく、「殺人の増加が死刑政策の変更を引き起こした」という可能性が生じる。国家研究評議会も、このような相互作用を死刑研究における重要な識別問題として扱っている。
① 比較実験・対照実験の不可能性
自然科学では、原因と結果の関係を明らかにするため、条件をできるだけ統一して一つの要因だけを変化させる実験が重要になる。死刑制度について同じ方法を採用することは倫理的にも制度的にも不可能であり、研究者は既に存在する社会の違いから因果関係を推定しなければならない。
仮に2つの地域があったとして、一方では死刑制度が存在し、もう一方では存在しないとする。この2地域の殺人率に差があったとしても、その差が死刑制度によるものなのか、警察力、貧困率、人口構成、銃器の普及状況、薬物問題、都市構造など別の要因によるものなのかを完全に区別することはできない。
また、死刑制度を廃止した地域と存置した地域を比較する場合にも問題がある。制度を廃止する地域には、刑事司法に対する考え方や政治文化など、死刑制度そのものとは別の特徴が存在する可能性があり、それらが犯罪率にも影響しているかもしれない。
逆に、死刑制度を維持する地域についても、制度を維持すること自体が犯罪率の低さを生み出しているとは限らない。もともと重大犯罪が少ない地域では、死刑制度を廃止する政治的必要性が低いという逆方向の関係も考えられる。
このため、死刑制度の有無だけを説明変数として殺人率を比較する単純な分析には限界がある。研究者が求められるのは、死刑制度以外の条件を可能な限り統制し、それでもなお残る差が死刑制度によるものなのかを慎重に推定することである。
② 交絡因子の排除の困難さ
交絡因子とは、研究上の原因と結果の双方に関連し、両者の関係を見かけ上強めたり弱めたりする第三の要因である。死刑研究では、この交絡因子が極めて多いことが、科学的検証を難しくしている。
例えば、警察官の増員によって殺人事件の逮捕率が上昇し、その結果として犯罪が減少した地域で、同時期に死刑制度の運用も強化されたとする。この場合、犯罪減少を死刑制度だけの効果として計算すれば、警察活動による影響を死刑の効果と誤認する可能性がある。
日本でも犯罪統計を利用する場合には、統計そのものの性質を考慮しなければならない。京の研究は、日本の厳罰化前後の犯罪認知件数の減少を抑止効果の証拠とする議論について、警察の取締方針や現場の判断、被害者や目撃者による届出などが認知件数に影響するため、単純な時系列比較には問題があると指摘している。
殺人は比較的把握されやすい犯罪であるため、一般的な犯罪認知件数に比べれば統計上の問題は小さいと考えられる。しかし、それでも「殺人が何件発生したか」という結果だけでは、犯行を企図したものの死刑制度を意識して断念した者の数を知ることはできない。
この点が、死刑の抑止研究を他の犯罪統計研究よりさらに難しくしている。研究者が直接観察できるのは「実際に起きた犯罪」であり、「起きなかった犯罪」の原因を直接観察することはできないからである。
こうして見ると、死刑の抑止効果について科学的に問うべきなのは、単純な「死刑制度の有無と犯罪率の相関」ではない。死刑制度の変更、刑罰を受ける確率、潜在的犯罪者のリスク認識、社会環境、警察・司法制度などを同時に考慮した上で、死刑そのものによる追加的な効果を識別できるかという問題になる。
そして、この「追加的な効果」を測定することこそが、死刑研究の最大の難所となる。国家研究評議会は、既存研究が死刑と殺人率の因果関係を判断する十分な情報を提供していないとの結論に至っており、特に潜在的犯罪者が刑罰リスクをどのように認識し、それにどう反応するかを直接測定できていないことを重要な問題として挙げている。
③ サンプルの少なさと統計的有意性
死刑の抑止効果を統計的に分析する際には、観察できる事例の少なさも大きな問題になる。殺人全体を対象とすれば一定数のデータを確保できるが、その中で死刑制度の存在や執行が犯罪行動に与えた影響だけを取り出そうとすると、実際に比較できる事例は大幅に限定される。
特に日本では、死刑判決や死刑執行は刑事事件全体から見れば極めて少数である。そのため、「死刑執行が行われた年」と「行われなかった年」の殺人件数を比較したとしても、年ごとの変動が死刑制度の抑止効果によるものなのか、偶然の変動なのかを統計的に判別することは容易ではない。
統計学では、観察数が少ないほど偶然による変動の影響を受けやすくなる。死刑という限定的な刑罰について長期間のデータを集めても、制度の変更や社会状況の変化が同時に発生するため、単純に観測期間を延長すれば問題が解決するわけでもない。
米国の研究でも同様の問題が指摘されている。死刑制度の抑止効果を扱った研究では、州ごとのデータを利用した統計分析において、説明変数の変動が小さいことや、一部の観測値が分析結果を大きく左右すること、統計モデルの選択によって結果が変化することなどが問題となっている。
この問題は「統計的に有意だったか」という数字だけを見ると見落としやすい。ある研究で死刑と殺人率の間に統計的な関連が確認されたとしても、その結果が別のデータや別の統計モデルを使った場合にも再現されるか、また、どのような仮定を置いた場合にその結果が得られたのかを確認する必要がある。
逆に、統計的に有意な効果が確認されなかった場合も、「死刑には抑止効果が存在しない」と直ちに結論づけることはできない。観測データの情報量が不足していて、本来存在する可能性のある小さな効果を統計的に検出できなかったという可能性も残るからである。
したがって、死刑研究において「有意差がない」という結果は、「効果がゼロである」という命題と同義ではない。研究結果を評価する際には、効果の大きさ、推定値の幅、標本数、統計モデル、観測期間、交絡要因の統制状況などを総合的に確認する必要がある。
この点は、死刑の抑止効果について肯定的な研究にも否定的な研究にも共通する。死刑の効果を大きく推定する研究だけでなく、効果が存在しないとする研究についても、その推定方法とデータの限界を検討しなければならない。
④ 「犯行を行わなかった者」の心理の不可測性
死刑の抑止効果を測定する上で、統計的な問題以上に根本的なのが、「犯行を行わなかった者」を直接観察できないという問題である。犯罪統計に記録されるのは実際に発生した犯罪であり、死刑制度を意識した結果として犯行を中止した人数は統計には記録されない。
例えば、ある年に殺人事件が100件発生したとする。この数字から、死刑制度が存在したために100人が犯行を思いとどまったのか、10人だったのか、あるいは0人だったのかを直接知ることはできない。
これは反実仮想の問題と呼ぶことができる。研究者が本当に知りたいのは「死刑制度が存在しなかった場合には、その社会で何件の殺人が発生していたのか」という仮想的な結果だが、現実には同じ社会を同じ時点で「死刑制度あり」と「死刑制度なし」の2つの状態にすることはできない。
このため、研究者は制度変更前後、異なる地域、異なる国などを比較して、反実仮想に近い状況を統計的に構築しようとする。しかし、比較対象が完全に同一ではない以上、推定には一定の仮定が必要になる。
死刑の抑止効果について部分識別という手法を用いた研究では、データだけでは死刑の抑止効果を特定できず、置く仮定によって「殺人を増加させる」「減少させる」という異なる推論が成立し得ることが示されている。つまり、データが存在するだけでは因果関係が自動的に決まるわけではなく、どのような仮定を採用するかが結論に大きく影響する。
さらに、潜在的犯罪者の心理そのものにも問題がある。死刑制度について知識を持っている者、制度を知っていても自分には適用されないと考える者、犯罪行為の最中には刑罰を考慮しない者など、犯罪に至る人間の意思決定は一様ではない。
国家研究評議会は、死刑の抑止効果を研究するには、潜在的犯罪者が刑罰のリスクをどのように認識しているかを把握する必要があるとしつつ、既存研究ではその部分を十分に捉えられていないことを問題としている。
この問題は、死刑という刑罰の特殊性によってさらに複雑になる。死刑は刑罰の中でも最も極端な制度であり、通常の懲役刑のように「刑期が5年から10年に延長された場合」のような連続的な変化として分析することが難しい。
したがって、「死刑がある」という制度上の事実と、「死刑になることを恐れて犯行をやめた」という個人の心理的事実との間には大きな距離がある。この距離を統計モデルだけで完全に埋めることはできず、死刑の一般抑止効果について科学的な確定判断を困難にしている。
相反する学術的・統計的見解
死刑の抑止効果については、研究結果が一方向に統一されているわけではない。過去の研究には、死刑の存在または執行が殺人率を低下させると推定するものがある一方、効果を確認できないとするもの、さらに死刑が殺人率に逆方向の影響を与える可能性を示すものまで存在する。
米国の国家研究評議会が2012年に公表した研究報告は、こうした相反する研究結果を体系的に検討したものだった。同報告は、既存研究が死刑の抑止効果を適切に測定するための条件を満たしていないとして、それらの研究結果から死刑が殺人率を増加させるのか、減少させるのか、あるいは影響しないのかを判断することはできないと結論づけている。
この結論の意味は、「死刑には抑止効果がないと証明された」ということではない。より正確には、既存の統計研究を利用して「死刑には一定の抑止効果がある」という因果関係を科学的に確定することができない、ということである。
また、2006年に公表された研究では、複数の統計モデルを統合的に検討する方法が採用され、死刑の抑止効果を支持する証拠は乏しいと報告された。個別のモデルを選択すると抑止効果を示す結果が得られる場合でも、幅広いモデルを考慮すると、その結果が安定して再現されないことが問題とされた。
一方、死刑に抑止効果があるとする研究が存在することも重要である。こうした研究では、処刑の実施や死刑制度の存在と、その後の殺人率との統計的関係を分析し、死刑が一定の抑止効果を持つと推定する結果が示されている。
ただし、肯定的な結果が得られた研究であっても、その結果がどのような統計モデルや仮定に依存しているのかを検討する必要がある。研究者によってモデルの設定、対象期間、変数、統制方法などが異なれば、同じデータから異なる推定結果が得られることがある。
実際、死刑研究における統計モデルの違いは、結論の違いを生み出す主要な要因の一つとされている。ある研究ではモデルの選択によって抑止効果の推定値が大きく変動し、個人の行動をどのように仮定するかという理論的前提から完全に自由な統計分析は困難だと指摘されている。
このため、死刑研究の学術的対立は、単純に「抑止効果を肯定する学者」と「否定する学者」の対立として理解するだけでは不十分である。実際には、どのデータを使用するか、どの変数を統制するか、どのような因果構造を想定するか、どの統計モデルを採用するかによって結果が変化し得ることが、論争の重要な部分を占めている。
肯定論・威嚇力重視の立場
死刑の抑止効果を肯定する立場では、死刑が持つ刑罰としての極端な重さそのものに威嚇力があると考える。特に、生命を奪う犯罪に対して国家が生命刑を科すことを明示することで、潜在的犯罪者に重大な心理的コストを認識させ、犯行を抑制する可能性があるという考え方である。
この立場では、統計的に抑止効果を完全に確認できないことと、抑止効果が存在しないことは同じではないとされる。実際に犯行を思いとどまった者を完全に観察できない以上、観測データだけから効果をゼロと断定することにも慎重であるべきだという論理になる。
また、死刑制度には象徴的な威嚇力があり、実際の執行件数よりも「最終的には死刑になる可能性がある」という制度そのものが潜在的犯罪者の認識に影響すると考えることもできる。この場合、年間の死刑執行数と殺人件数を直接比較する方法では、制度が持つ潜在的な抑止効果を十分に捉えられない可能性がある。
ただし、この立場を科学的命題として成立させるには、「威嚇力が存在する」という心理的説明だけでなく、それが実際の犯罪行動をどの程度変化させているのかを示す必要がある。ここでも、心理的な可能性と人口全体の犯罪率に対する因果的効果を区別することが重要になる。
否定論・慎重論の立場
これに対して否定論・慎重論では、死刑が殺人を減少させるという因果関係について、現在利用できる研究では十分な証拠が得られていないことが重視される。特に、死刑制度の有無と殺人率の相関を確認するだけでは、警察活動、社会経済状況、刑務所制度、無期懲役など他の刑罰の存在といった要因を排除できないという点が問題となる。
米国司法省の国立司法研究所も、国家科学アカデミーの研究を引用し、死刑が殺人を抑止するかどうかについて、既存研究から確定的な証明は得られていないと整理している。また、拘禁による物理的な犯罪防止と、刑罰への恐怖による抑止は別の効果であることも明確に区別されている。
日本についても、国内データを用いた抑止効果の実証研究は十分に蓄積されていない。京の研究では、日本の厳罰化政策について、刑罰を重くすれば犯罪を防止できるという説明が政策上用いられてきた一方、実証研究を概観すると、日本のデータを用いた積極的な抑止効果の証拠は乏しいと整理されている。
したがって、現時点の学術的状況を最も慎重に表現するなら、「死刑に抑止効果があるとする研究も存在するが、その効果を因果関係として安定的かつ再現可能な形で確認したとは言い難い」という整理になる。これは死刑制度そのものに対する賛否を意味するものではなく、あくまで「犯罪抑止という経験科学上の命題について、どこまで証明できているか」という問題である。
死刑の抑止効果をめぐる研究では、結論そのものだけでなく、結論に至るまでの推定方法を検討することが不可欠である。データが同じでも、異なる仮定や統計モデルによって結果が変化するのであれば、特定の研究結果だけを取り上げて「科学的に証明された」とすることには慎重でなければならない。
法務省および公的機関の公式見解
日本政府の公式見解は、死刑の犯罪抑止効果について、かなり特徴的な位置づけを取っている。すなわち、死刑の抑止力を科学的・統計的に証明することは困難であると認めながら、一般に刑罰には犯罪抑止力があり、死刑も同様であると考えているという立場である。2024年3月の衆議院法務委員会でも、法務省側からこの趣旨が明確に示されている。
ここで重要なのは、「科学的に証明されている」という政府見解ではないことである。政府自身が統計的・科学的な証明の困難さを認めた上で、刑罰一般の抑止力に関する認識や、国民の意識などを総合して、死刑にも一定の抑止効果があると位置づけているのである。したがって、「政府が死刑の抑止効果を科学的に証明した」という理解は正確ではない。
政府は過去の国会答弁でも、死刑の犯罪抑止力を科学的・統計的に証明することは困難であるとしつつ、死刑を含む刑罰には抑止力があるとの認識を示してきた。さらに、死刑廃止国と存置国の犯罪統計を比較する場合についても、犯罪発生には多数の要因があるため、犯罪件数の変化を死刑制度の存廃だけで説明することは困難だとしている。
この政府見解には、実証的命題と政策判断が併存している。前者は「死刑によって犯罪がどの程度減少するか」という経験科学の問題であり、後者は「死刑制度を刑事司法制度として維持するか」という法政策上の問題である。
法務省が公表した過去の資料でも、死刑の抑止力について肯定説と否定説の双方が存在し、抑止力の有無を数量的・統計的に実証することは難しいとの整理が示されている。つまり、行政内部の説明においても、抑止効果について決定的な統計的証明が存在するという整理にはなっていない。
一方、政府は世論を制度維持の重要な考慮要素として位置づけている。2025年2月に公表された2024年の内閣府調査では、「死刑もやむを得ない」が83.1%、「死刑は廃止すべきである」が16.5%だった。死刑制度がなくなった場合に凶悪な犯罪が増えると思うかという質問では、「増える」と考える回答が71.2%だった。
ただし、この71.2%という数字は、死刑の実際の抑止効果を測定した統計ではない。これは国民が「死刑制度がなくなったら犯罪が増える」と考えている割合を示す世論調査であり、犯罪行動そのものを観察した研究ではないからである。
この違いは非常に重要である。世論調査は「社会が死刑の抑止効果をどの程度認識しているか」を測定できるが、「死刑制度によって実際に何件の犯罪が防止されたか」を測定することはできない。
世論と科学的証拠の違い
2024年の内閣府調査は、死刑制度に対する国民意識を把握する資料としては重要である。調査は全国18歳以上の日本国籍を有する者3,000人を対象とし、有効回答数は1,815人、有効回収率は60.5%だった。
しかし、この数字から死刑の抑止効果を直接推定することはできない。例えば、回答者が「死刑がなくなれば犯罪が増える」と考えていたとしても、その人が犯罪者の行動をどの程度正確に予測しているのかは別問題であり、さらに、その認識が実際の犯罪発生率と一致することも保証されない。
これは科学的研究と世論調査の目的が異なるためである。世論調査は社会に存在する意識や認識を測定するものであり、因果関係を実証するためには、別の研究設計と統計的分析が必要になる。
さらに、2025年の法務大臣会見では、2019年の前回調査と2024年調査について、調査方法が変更されていることから、結果の単純な経年比較は困難だとの説明がなされている。これは死刑制度に対する世論の変化を分析する場合にも、調査方法や質問形式を考慮する必要があることを示している。
したがって、現在の公的資料から確認できるのは、「日本政府は死刑を含む刑罰に抑止力があると考えている」「同時に死刑固有の抑止効果を科学的・統計的に証明することの困難さも認めている」という2点である。この2つは矛盾しているように見えるが、前者が政策上の認識、後者が実証研究上の限界だと考えれば区別できる。
今後の展望
今後、死刑の抑止効果について研究を進める場合、単純な「死刑あり・なし」の比較から離れる必要がある。より重要なのは、死刑制度の存在だけではなく、死刑判決に至る可能性、逮捕される可能性、実際の刑罰執行、潜在的犯罪者による刑罰リスクの認識などを分けて分析することである。
特に、日本については国内の実証研究を蓄積することが重要になる。海外の研究、とりわけ米国の州別データを用いた研究は参考になるが、米国と日本では刑事司法制度、銃器の普及状況、人口構成、地域社会の構造、死刑の運用などが異なるため、米国で得られた推定結果をそのまま日本へ適用することには限界がある。
また、研究者が利用できるデータの質を高めることも重要である。殺人認知件数だけでなく、被疑者の属性、犯行状況、逮捕までの期間、刑罰に関する認識、犯罪の計画性、過去の犯罪歴などを可能な限り統合することで、どのような犯罪がどのような条件で発生しているのかを詳細に分析できる可能性がある。
さらに、統計的な分析だけでなく、犯罪者への聞き取り調査や判決・供述記録の分析などを組み合わせることも考えられる。ただし、実際に犯罪を行った者への調査だけでは「死刑を恐れて犯行をしなかった者」を把握できないため、これだけで抑止効果を証明できるわけではない。
将来的には、複数の研究手法による結果を相互に検証することが必要になる。時系列分析、地域比較、制度変更を利用した分析、個人レベルの意識調査などを組み合わせ、それぞれの方法が抱える弱点を別の方法から補うことで、単一の統計モデルに依存するリスクを低減できる。
ただし、どれだけ研究手法を高度化しても、死刑の抑止効果について完全な実験的証明を得ることには原理的な限界が残る。死刑制度を無作為に導入した社会と導入しなかった社会を同じ条件で作ることができず、「死刑がなければ発生していた犯罪」という反実仮想を直接観察できないからである。
この点から考えると、今後の研究で目指すべきなのは「抑止効果を完全に証明すること」だけではない。どの程度の効果が推定され、その推定にはどの程度の不確実性があり、どの条件で結果が変化するのかを明らかにすることも重要な科学的成果になる。
まとめ
日本の死刑制度について、犯罪抑止効果は制度存置の議論における重要な論点の一つである。2024年の内閣府調査では、死刑制度がなくなった場合に凶悪犯罪が増えると考える回答が71.2%に達しており、死刑に抑止効果があるという認識が社会に広く存在することは確認できる。
しかし、社会にそのような認識が存在することと、死刑に実際の犯罪抑止効果が存在することは別の問題である。後者を科学的に検証するには、死刑制度以外の要因を統制し、死刑制度が存在しなかった場合という反実仮想を推定しなければならない。
これまでの研究では、死刑に抑止効果があるとする分析も存在する一方、統計モデルや研究方法によって結果が異なり、因果関係を確定するには不十分だとする研究も存在する。特に米国の国家研究評議会は、既存研究から死刑が殺人率を減少させるのか、増加させるのか、あるいは影響しないのかを判断することはできないと結論づけている。
日本政府も、死刑の犯罪抑止力を科学的・統計的に証明することが困難であることを認めている。その一方で、刑罰一般には抑止力があり、死刑も同様であるとの認識を維持している。
したがって、現時点で最も妥当な科学的整理は、「死刑に抑止効果がある可能性を示す研究や理論は存在するが、その効果の大きさを、他の要因から切り離した因果関係として確定的に測定することは極めて難しい」というものである。この結論は死刑制度の存廃そのものを決めるものではなく、あくまで犯罪抑止という経験科学上の問題について、現在の研究から何が言えて何が言えないのかを区別したものである。
死刑制度の是非をめぐる最終的な政策判断には、犯罪抑止だけでなく、刑罰の応報性、被害者・遺族の感情、誤判の危険性、更生可能性、国家が生命を奪うことの是非、刑事司法制度全体との整合性など、多様な論点が関係する。犯罪抑止効果について科学的な不確実性が残っていることは、これら別の論点を無視できるという意味でも、逆に死刑制度を否定する根拠になるという意味でもなく、政策判断に利用できる実証的情報の限界を示している。
参考・引用リスト
- 内閣府「基本的法制度に関する世論調査(令和6年10月調査)」2025年。死刑制度の存廃、犯罪抑止力に関する国民意識を確認するために使用した。
- 法務省「死刑制度に関する世論調査の質問に関する国会における議論の状況」。死刑の犯罪抑止力について、科学的・統計的な証明が困難であるとする政府答弁を確認するために使用した。
- 法務省「法務大臣閣議後記者会見の概要」2025年2月25日。2024年の世論調査結果と、過去の調査との単純比較に関する政府の説明を確認するために使用した。
- 衆議院「第208回国会 法務委員会 第2号」2022年3月1日。死刑の犯罪抑止力に関する法務大臣答弁を確認するために使用した。
- 衆議院「死刑制度の犯罪抑止力等に関する政府答弁書」。死刑制度の存廃と犯罪発生率の関係、政府の抑止力に関する基本的見解を確認するために使用した。
- 法務省「死刑制度に関する資料」。死刑の抑止力をめぐる肯定説・否定説と、数量的・統計的検証の困難性についての行政資料として使用した。
- 国家科学・工学・医学アカデミー「死刑と抑止効果に関する研究」。死刑と殺人率の因果関係を検証する際の統計的・方法論的問題を確認するために使用した。
追記:死刑の犯罪抑止効果をめぐる科学的到達点
これまでの検討を総合すると、日本の死刑制度について「犯罪抑止効果がある」と断定することも、「抑止効果は存在しない」と断定することも、現在の実証研究からは困難である。より正確には、死刑が殺人などの重大犯罪に影響を与える可能性を示す理論や統計研究は存在するものの、その影響を死刑制度そのものの因果効果として安定的に識別するには、データと研究方法の双方に重大な制約が残っていると整理するのが妥当である。
特に重要なのは、死刑研究で検証すべき対象が単純な「死刑の有無」ではないことである。死刑制度が存在していても、犯罪者がその存在を認識しているか、死刑になる可能性をどの程度と認識しているか、逮捕される可能性をどう評価しているか、さらに死刑と無期懲役など他の刑罰との差をどの程度意識しているかによって、実際の行動への影響は変化し得る。国家研究評議会も、刑罰のリスク認識と潜在的犯罪者の行動反応を適切にモデル化できなければ、死刑制度と殺人率の関係を因果的に解釈することは難しいと指摘している。
したがって、死刑の抑止効果を考える場合、「死刑という刑罰が存在する」という制度上の事実と、「その存在を認識したために犯行を思いとどまる」という心理的メカニズムを区別する必要がある。さらに、その心理的変化が社会全体の殺人件数を実際にどれだけ減少させたのかという第3段階まで検証しなければ、社会全体に対する抑止効果を科学的に確定したことにはならない。
「相関」と「因果」を分ける必要性
この問題を理解する上で最も重要な概念が、統計的な相関関係と因果関係の区別である。例えば、死刑制度を維持している地域で殺人率が低かったとしても、その事実だけから「死刑が殺人を減らした」と結論づけることはできない。
その地域では警察の捜査能力が高い、逮捕される可能性が高い、銃器が少ない、人口構成が異なる、社会経済状況が異なるなど、死刑とは別の要因が殺人率に影響している可能性がある。逆に、殺人率が高くなった地域で死刑制度の運用が強化されたのであれば、殺人率の高さが死刑政策を生み出した可能性もあり、原因と結果が逆方向になっている可能性がある。
このため、死刑研究では単純な国際比較や地域比較だけでは十分ではない。研究者は複数の変数を統計的に統制し、制度変更の前後を比較し、時間的な変化を追跡するなどの方法を用いて、死刑以外の影響を可能な限り取り除こうとしている。
しかし、統制変数を増やせば自動的に因果関係が証明されるわけでもない。どの要因を統制すべきなのか、どのような統計モデルを採用するのか、制度変更が犯罪率に影響するまでにどの程度の時間を想定するのかなど、研究者が設定する前提によって推定結果が変化する可能性がある。
国家研究評議会が死刑研究について強調したのも、この点である。同委員会は、過去数十年にわたって死刑と殺人率の関係を分析する多数の研究が行われ、相互に異なる結果が得られてきた一方、既存研究には因果的効果を適切に識別するための根本的な問題が残っていると整理した。
なぜ「抑止効果がゼロ」とも断定できないのか
ここまで科学的検証の困難さを強調すると、「結局、死刑には抑止効果がないということなのか」という疑問が生じる。しかし、科学的に因果効果を証明できないことと、効果が存在しないことは同じではない。
仮に100人の潜在的犯罪者のうち、死刑制度を恐れて1人が犯行を中止したとしても、その1人は実際の犯罪統計には現れない。研究者が観察できるのは残りの99人による行動であり、「存在しなかった1件の犯罪」を直接確認することはできない。
このため、抑止効果について「統計的に明確な証拠が得られない」という研究結果は、「効果が完全に存在しない」という意味ではなく、「現在の研究方法とデータでは、その効果を十分な確度で識別できない」という意味を含み得る。
一方で、この論理を逆に利用して、「観察できないのだから抑止効果は存在すると考えるべきだ」とすることもできない。観察できない効果を存在すると仮定するだけでは科学的検証にならず、効果の大きさ、発生条件、再現性を示す証拠が必要になるからである。
したがって、死刑の抑止効果をめぐる科学的議論では、「効果がある」「効果がない」という二択よりも、「どの程度の証拠が存在し、どの程度の不確実性が残っているか」という形で評価する方が適切である。
日本における研究上の課題
日本では、死刑の抑止効果そのものを対象にした大規模な実証研究の蓄積は、米国と比較すると限られている。日本の厳罰化政策について研究した京俊介は、日本のデータを用いた抑止効果の実証研究はまだ乏しく、積極的な抑止効果を示す証拠は十分に確認されていないと整理している。
同研究が示すもう一つの重要な点は、刑罰を重くすれば当然に抑止効果が強まるという説明には注意が必要だということである。厳罰化を抑止効果によって正当化した立法事例の中には、逮捕される確率や潜在的犯罪者の性質など、抑止効果を左右する重要な要素について十分な根拠が示されないまま、刑罰の厳格化によって抑止効果が強まると説明されるケースが存在した。
これは死刑だけの問題ではない。刑罰による犯罪抑止を論じる場合には、「刑罰が重い」という一つの要素だけでなく、「犯罪者が処罰される可能性」「処罰までの時間」「犯罪者が刑罰をどの程度認識しているか」「犯罪が計画的か衝動的か」などを含めて検討する必要がある。
その意味で、日本の今後の研究では、死刑制度単独を分析するだけでなく、日本の刑事司法制度全体の中で刑罰の確実性と厳しさがどのように犯罪行動に作用するのかを研究する必要がある。
科学的検証と政策判断を分離する意味
死刑をめぐる議論では、「犯罪抑止効果が科学的に証明されていない」という事実から、直ちに「したがって死刑制度を廃止すべきだ」という政策判断を導くことはできない。逆に、「死刑が犯罪を抑止する可能性がある」という理論的説明から、「したがって死刑制度を維持すべきだ」という結論を科学的事実だけで導くこともできない。
これは、科学的研究が答えられる問題と、政策判断が扱う問題が異なるためである。科学的研究は、死刑制度と犯罪率の間にどのような関係が存在するのか、どの程度の効果が推定されるのか、研究結果にどの程度の不確実性があるのかを分析できる。
しかし、死刑制度を社会として採用するべきかという問題には、犯罪抑止以外にも、刑罰の目的、応報、生命の価値、誤判の可能性、被害者と遺族への配慮、再犯防止、刑事司法制度のあり方などが関係する。したがって、抑止効果についての科学的知見だけで制度の是非全体を決定することはできない。
この点について、国家研究評議会の2012年報告も、死刑の抑止効果を研究することと、死刑が公共政策として望ましいかを判断することは別の問題であると明確に区別している。つまり、科学的研究は政策判断に必要な情報を提供できるが、政策上の最終判断そのものを科学的統計だけから導き出すものではない。
今後の研究で求められる方向
今後の研究では、まず死刑制度そのものと、死刑を含む刑罰体系全体を分けて分析する必要がある。死刑の有無だけでなく、無期懲役など代替される刑罰の存在を考慮しなければ、「死刑を廃止したら何が変わるのか」という実際の政策問題を十分に分析できない。国家研究評議会も、死刑の抑止効果を検討する際には、死刑と他の刑罰との限界的な違いを見る必要があると指摘している。
次に、犯罪者が刑罰をどのように認識しているのかを把握する研究が必要になる。死刑制度が存在するという客観的事実だけでなく、その情報が潜在的犯罪者に届いているのか、どの程度正確に理解されているのか、実際の意思決定に利用されているのかを調査する必要がある。
さらに、犯罪類型を細分化することも重要である。計画的な殺人と衝動的な殺人、組織犯罪と単独犯、家庭内で発生する犯罪とそれ以外の犯罪では、刑罰への反応が同一とは限らないためである。
こうした研究を長期間にわたって蓄積し、複数の方法によって同じ傾向が確認されるかを検証することが、現実的な研究方向となる。単一の統計モデルによる結論よりも、異なる研究方法、異なるデータ、異なる研究者によって同じ結果が得られるかどうかを確認することの方が、因果関係についての信頼性を高めるからである。
最後に
日本の死刑制度について、犯罪抑止効果の存在を科学的に検証することは可能ではあるものの、その効果を完全に確定することには構造的な限界がある。最大の理由は、死刑制度を無作為に導入・廃止する実験ができず、死刑が存在しなかった場合に発生していたはずの犯罪を直接観察できないことである。
さらに、犯罪率には警察活動、逮捕確率、人口構成、社会経済状況、犯罪環境など多数の要因が影響する。死刑制度と犯罪率の間に統計的な関係が確認されたとしても、それが死刑そのものによる因果効果なのか、別の要因によるものなのかを完全に分離することは難しい。
学術研究には死刑の抑止効果を支持するものも存在する一方、効果を確認できない研究や、研究方法によって結果が大きく変化することを指摘する研究も存在する。特に国家研究評議会による包括的な検討では、既存研究から死刑が殺人率を減少させるのか、増加させるのか、あるいは影響しないのかを科学的に確定することはできないとされた。
日本についても、刑罰の厳格化と犯罪抑止の関係について、刑罰を重くすることだけで抑止効果が強化されるという因果関係を十分に裏付ける国内研究は限られている。したがって、日本の死刑についても、現在の研究状況から「確実な抑止効果がある」と科学的に断定することには慎重であるべきである。
最も重要な結論は、「科学的に証明できていない」と「効果が存在しない」は同じではないということである。同時に、「効果がある可能性がある」と「効果が科学的に証明された」も同じではない。
したがって、2026年時点の研究状況を最も正確に表現するなら、死刑の犯罪抑止効果については一定の理論的可能性とそれを支持する実証研究が存在するものの、死刑制度そのものによる因果的な追加効果を、他の要因から分離して確定的に測定したとはいえない、ということになる。
この不確実性を正しく理解することが、死刑制度をめぐる議論では重要である。抑止効果について確実に言える範囲と、研究上なお不明な部分を分離することで、統計結果を過大評価することも、逆に研究上の不確実性を「効果ゼロ」という意味に読み替えることも避けられる。
参考・引用リスト(追記)
- 国家研究評議会『死刑と抑止効果』2012年。死刑と殺人率の因果関係、統計分析、刑罰リスクの認識、非実験的研究の限界について包括的に検討した主要研究である。
- 国家科学・工学・医学アカデミー「死刑と抑止効果に関する報告概要」2012年。過去の研究結果が相互に異なること、既存研究から確定的な因果関係を導くことが難しいことを整理している。
- 京俊介「政策担当者による厳罰化立法の正当化理由の分析――『抑止効果』への言及に注目して」『犯罪社会学研究』第47号、2022年。日本の厳罰化立法と犯罪抑止効果に関する国内研究として参照した。
- 内閣府「基本的法制度に関する世論調査」2025年公表。日本国民の死刑制度に対する意識および、死刑制度と凶悪犯罪の増減に関する認識を確認するための公的資料である。
- 法務省「死刑制度に関する資料」。日本政府による死刑制度および犯罪抑止力についての説明を確認するための公的資料である。
- 法務省・国会答弁資料。死刑の犯罪抑止力について、科学的・統計的な証明の困難性と政府の基本的認識を確認するための資料である。
