SHARE:

日本の死刑制度:国際的な人権基準と国際社会からの視点

2026年9月時点の日本の死刑制度は、国内法上存続しており、2025年にも執行が行われている。一方、国際的には死刑を法律上または実務上廃止した国が145か国に達しており、日本は死刑制度を維持・執行する少数の国の一つとなっている。
日本、東京の首相官邸(Getty Images)
現状(2026年9月時点)

日本の死刑制度は、2026年9月現在も存続している。死刑は刑法上の刑罰として位置づけられ、一定の重大犯罪について死刑判決を言い渡すことが可能であり、実際に執行も行われているため、日本は現在も死刑を法律上維持し、かつ実際に運用している国に分類される。

近年の動向を見るうえで重要なのは、2024年9月に再審で無罪となった袴田巖の事件と、2025年6月に行われた死刑執行である。2025年6月27日には、2017年に東京都内で9人を殺害したとして死刑判決を受けていた死刑確定者の執行が行われ、これは2022年7月以来、約3年ぶりの執行となった。

この状況は、日本の死刑制度を単純に「存続か廃止か」という二者択一だけで捉えることの難しさを示している。制度そのものの合法性、重大犯罪に対する刑罰としての必要性、被害者・遺族の心情、犯罪抑止効果、えん罪が発生した場合の不可逆性、死刑確定者の処遇、執行手続の透明性、そして国際人権法上の評価が相互に関係しているからである。

国際的な位置づけも複雑である。アムネスティ・インターナショナルによると、2025年末時点で死刑を法律上完全に廃止した国は113か国、法律上または実務上廃止した国は合計145か国に達している一方、2025年に実際に死刑を執行した国は17か国だった。日本は、この少数の執行国の一つとして位置づけられている。

ただし、「死刑執行国が少数である」という事実だけから、日本の制度が国際法上直ちに違法であると結論づけることはできない。死刑を明示的に全面禁止する国際的な法的義務と、死刑の適用・執行に厳格な制約を課す人権基準とは区別して検討する必要がある。

日本における死刑制度の現状と法的枠組み

日本の刑法は、死刑を刑罰の一つとして明確に規定している。刑法第9条は主刑として死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留および科料を定めており、死刑は日本の刑罰体系の最上位に置かれている。

もっとも、死刑が選択できる犯罪であれば必ず死刑になるわけではない。実際の量刑では、犯罪の結果だけでなく、犯行の動機、態様、被害者数、遺族の被害感情、被告人の年齢、前科、犯行後の事情、反省・悔悟など、事件ごとの諸事情が総合的に考慮される。

死刑選択の基準について、日本の最高裁判所は1983年のいわゆる永山事件判決において、死刑選択に際して考慮すべき事情を示している。そこでは、犯罪の性質、動機、態様、結果、とりわけ殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状などを総合的に考慮し、罪責が重大で極刑がやむを得ない場合に死刑を選択するという考え方が示された。

この判断枠組みは、死刑を機械的に適用するのではなく、個別の事件における責任の程度を慎重に判断する仕組みとして機能している。その一方で、どの程度の事情があれば「死刑を選択することがやむを得ない」と評価されるのかについて、完全に数値化された基準が存在するわけではなく、裁判官による総合判断の余地が残されている点も重要である。

さらに、日本国憲法第31条は適正な手続によらなければ生命や自由を奪われないことを定め、第36条は公務員による拷問および残虐な刑罰を絶対に禁止している。したがって、日本で死刑制度を維持するためには、単に刑法に死刑の規定が存在するだけでなく、憲法上許容される刑罰として、適正な裁判手続と適切な執行手続が確保されていることが前提となる。

対象と要件

現在の日本法では、死刑は主として生命を奪う重大な犯罪について問題となる。典型的には殺人、強盗殺人などの重大犯罪が中心となるが、法律上死刑を選択刑として規定している犯罪は殺人罪だけではない。

ただし、死刑の適用可能性が法律上存在することと、実際に死刑判決が言い渡されることは同じではない。特に複数人を殺害した事件であっても、犯行態様、動機、計画性、被告人の年齢や精神状態、犯行後の対応などによって量刑判断は異なり、裁判所は事件ごとに死刑を選択すべきかを判断する。

また、刑事責任能力や責任年齢も重要な制約となる。責任能力が認められない場合や、刑事責任を問うことができない事情が存在する場合には、単純に犯罪結果だけを理由として死刑を科すことはできない。

死刑判決には、通常の刑事裁判における有罪認定以上に慎重な事実認定が要求されるべきだという考え方が強い。なぜなら、自由刑であれば再審によって釈放することが可能であるのに対し、死刑が執行された後には、後に無罪が確定しても生命そのものを回復することができないからである。

この問題を象徴するのが袴田巖事件である。2024年9月、静岡地方裁判所は再審で無罪判決を言い渡し、長期間にわたり死刑確定者として拘禁されていた人物について、最終的に有罪認定を覆した。この事件は、死刑制度そのものだけではなく、捜査、公判、証拠評価、再審制度、証拠開示など刑事司法全体の信頼性を考えるうえでも重要な事例となった。

執行方法

日本における死刑の執行方法は絞首である。刑事施設に関する法令に基づき、刑事施設内に設置された執行設備において執行され、執行そのものは一般に公開されない。

執行方法については、日本国内でも長年にわたり議論が続いている。死刑存置を支持する立場からは、法律によって定められた刑罰を国家が適正な手続に従って執行することに意味があるとされる一方、廃止を求める立場からは、国家が意図的に人の生命を奪うこと自体が人権上許容されないという根本的な批判が示されている。

国際的には、死刑を残す国であっても、執行方法が不必要な苦痛を与えるものであってはならないという人権上の考え方が重視されている。そのため、日本の絞首刑についても、死刑制度を存続させるかどうかという問題とは別に、執行方法そのものが残虐な刑罰に該当しないか、また死刑確定者に過度の苦痛や恐怖を与える制度設計になっていないかという論点が存在する。

ここで重要なのは、死刑制度をめぐる議論が「犯罪者にどのような刑罰を科すべきか」という問題だけではないことである。国家が生命を奪う権限を持つことの限界、誤判を防ぐ制度的保障、刑罰執行に伴う人間の尊厳の保護、被害者と遺族への配慮を同時に検討する必要がある。

情報開示の限定性

日本の死刑制度について国際的に繰り返し問題となっているのが、執行をめぐる情報開示の限定性である。死刑確定者に対する執行の告知が直前になること、家族への通知が執行後になる場合があること、執行施設内部の具体的な運用が十分に公開されていないことなどが、国内外から批判の対象となってきた。

2025年6月の死刑執行についても、国際人権団体は、執行に関する秘密性や告知のあり方を問題視した。アムネスティ・インターナショナルは、日本では死刑確定者が通常、執行の数時間前に告知され、家族には執行後に通知されることが多いと指摘している。

もっとも、情報開示を拡大すれば必ずしもすべての問題が解決するわけではない。死刑確定者のプライバシー、被害者や遺族のプライバシー、刑事施設の安全管理、執行に関係する職員の安全など、公開範囲を決める際に考慮すべき利益も存在する。

したがって問題の核心は、単純に「すべてを公開するか、秘密にするか」という二択ではない。国家が人の生命を奪う極めて重大な刑罰を運用している以上、どの情報を、どの範囲まで、どの時点で公開すべきなのかについて、法律、司法、行政、専門家、市民社会の間で検証可能な基準を構築することが重要になる。

2026年9月時点の日本の死刑制度は、刑法に基づく合法的な刑罰として存続し、実際の執行も行われている。一方、国際的には死刑を全面的または事実上廃止した国が多数派となっており、日本は死刑を実際に執行する少数の国の一つという位置にある。

したがって、日本の死刑制度を評価する際には、「国内法上合法である」という一点だけでも、「国際的に廃止国が増えている」という一点だけでも十分ではない。国内憲法と刑事司法制度、国際人権法、死刑確定者の処遇、執行手続、再審・えん罪の可能性、被害者遺族の利益、そして国民の死刑に対する意識を相互に検討する必要がある。

国際的な人権基準と国際社会からの視点

日本の死刑制度を国際的な人権基準から検討する場合、中心となるのが「市民的及び政治的権利に関する国際規約」である。同規約は生命に対する権利を保障し、死刑を存置する国についても、その適用を厳格に制限しているため、死刑制度そのものだけでなく、対象犯罪、裁判手続、執行手続、再審制度、死刑確定者の処遇などが検討対象となる。

国連の自由権規約委員会は、日本に対する2022年の総括所見でも死刑制度を取り上げ、死刑の廃止を検討すること、存置する場合には「最も重大な犯罪」に限定すること、死刑確定者と家族に執行日時について合理的な事前通知を行うこと、再審請求や恩赦申立てに執行停止の効果を持たせることなどを求めている。これは日本の国内法を直接無効にする判決ではないが、自由権規約の履行状況を監視する国際的な専門機関から示された具体的な人権上の評価である。

自由権規約第6条は、死刑を全面的に禁止する規定として出発したものではない。しかし国連自由権規約委員会は、その後の国際的な法発展や死刑廃止を目的とする第2選択議定書の批准国の増加などを踏まえ、死刑をめぐる人権上の制約が強まっているとの考え方を示している。したがって現在の国際人権法上の議論では、「死刑が存在するか」だけではなく、「どのような条件なら許容されるのか」「その条件が十分に保障されているのか」が重要な問題となっている。

日本は自由権規約そのものを批准している一方、死刑廃止を目的とする第2選択議定書には加入していない。国連の条約資料でも、日本について同議定書の批准記録は掲載されておらず、この点は日本が国際的な死刑廃止の方向性と一定の距離を置いていることを示す制度上の事実である。

国際潮流との乖離

世界全体を見ると、死刑制度は長期的に縮小している。アムネスティ・インターナショナルによると、2025年末までに死刑を法律上完全に廃止した国は113か国、法律上または実務上廃止した国を合わせると145か国に達しており、死刑を維持して実際に執行している国は少数派となっている。

この国際的な変化には、生命に対する権利を重視する考え方の広がりだけでなく、誤判による生命の喪失を回復できないこと、死刑の犯罪抑止効果について決定的な証明が困難であること、国家が生命を奪う刑罰を持つこと自体を問題視する考え方など、複数の要因が関係している。

もっとも、国際社会が一枚岩になって死刑廃止を実現しているわけではない。2025年にも複数の国で死刑執行が行われており、死刑を維持する国の中には、重大犯罪に対する刑罰として死刑を必要とする立場を維持している国もあるため、「世界が完全に死刑を否定している」と表現するのは正確ではない。

重要なのは、廃止国が多数派になったという国際的傾向と、死刑を存置する国にも一定の人権上の義務が課されているという点を分けて考えることである。日本に対する国際的な批判も、必ずしも国内法上の死刑制度を直ちに違法と断定するものではなく、死刑の適用範囲、執行手続、拘禁環境、弁護権、再審保障などについて国際基準に沿った改善を求める形で行われている。

主要な批判・指摘事項

日本の死刑制度について国際機関や人権団体から繰り返し指摘されてきた問題は、大きく分けると、死刑そのもの、死刑確定者の拘禁、執行告知、弁護人との接触、再審・えん罪への対応という5つの領域に整理できる。

第1に、死刑の対象となる犯罪の範囲が国際基準に照らして十分に限定されているかという問題がある。国連自由権規約委員会は、日本に対して死刑の対象を「最も重大な犯罪」に限定することを繰り返し求めており、生命の喪失を伴う意図的な殺害を中心とする極めて重大な犯罪に限定すべきだとの立場を示している。

第2に、死刑確定者の拘禁環境が問題となっている。日本では死刑確定者が長期間にわたって独居に近い状態で拘禁されることがあり、国連自由権規約委員会は、長期の単独拘禁が残虐、非人道的または品位を傷つける取扱いに当たらないよう、例外的かつ厳格に限定すべきだと指摘している。

第3に、弁護人との接見や再審請求をめぐる問題がある。特に死刑事件では、通常の刑事事件以上に事実認定の誤りを防ぐ必要があるため、死刑確定者が再審請求に必要な証拠や資料を検討し、弁護人と十分に協議できる環境を保障することが重要になる。

ヒューマン・ライツ・ウォッチも2026年版の日本に関する報告で、死刑確定者について弁護士への十分なアクセスが確保されていないことや、執行を当日に知らされる制度を問題として挙げている。これは死刑そのものだけではなく、死刑確定後の手続的保障が国際的な人権問題になっていることを示している。

告知のあり方

日本の死刑制度をめぐる国際的な批判の中でも、特に特徴的なのが執行告知の問題である。日本では死刑確定者に対する執行の告知が原則として執行当日に行われる運用が続いており、国連機関や国際人権団体は、この制度が死刑確定者に極度の精神的負担を与える可能性を指摘してきた。

日本政府側には、早期に告知すると執行を待つ期間が長くなり、死刑確定者に過度な精神的苦痛を与える可能性があるという説明がある。実際、国連の拷問禁止委員会に対して日本政府が示した説明でも、事前告知によって死刑確定者や家族の精神的負担が増大することを理由として、執行当日の告知を維持する考え方が示されている。

これに対して国連自由権規約委員会は、死刑確定者と家族に執行日時について合理的な事前通知を行うべきだと勧告している。国連の特別手続でも、2024年には日本の死刑執行について、事前告知の欠如、再審請求中の執行、絞首刑、死刑確定者の拘禁環境などを含む情報が取り上げられた。

ここには、死刑確定者をどのように扱うことが人道的なのかという根本的な考え方の違いがある。日本政府の説明は「執行を知らされてから死刑を待つ時間を短くする」という考え方に立つのに対し、国連の人権機関は「国家が生命を奪う重大な処分を行う以上、本人と家族が準備するための合理的な時間を保障すべきだ」という方向から問題を捉えている。

処遇の改善

死刑制度を直ちに廃止しない場合でも、死刑確定者の処遇を人権基準に近づけることは別個の課題として検討できる。具体的には、長期の単独拘禁の見直し、弁護人との秘密接見の保障、再審請求に必要な資料へのアクセス、健康状態の独立した確認、家族との交流、執行に関する情報提供などが論点となる。

特に重要なのは、死刑確定者についても裁判が完全に終了したわけではない場合があるという点である。再審請求や恩赦の申立てが行われている場合、その手続が実効性を持たなければ、誤判を是正する最後の機会が形式的なものになってしまうため、国際人権機関は再審や恩赦の申立てに執行停止の効果を持たせることを求めている。

また、死刑確定者の精神状態をどのように確認するかも重要な問題である。国連自由権規約委員会は、死刑執行を受ける者の精神状態を独立した仕組みによって審査することを求めており、これは生命を奪う刑罰だからこそ、本人の状態について第三者による客観的な確認を必要とするという考え方に基づいている。

国際社会から見た日本の位置

以上を総合すると、日本の死刑制度に対する国際社会からの評価は、「死刑を存置していること」だけを問題にしているわけではない。むしろ、死刑を存置するのであれば、生命に対する権利と適正手続を最大限保障し、死刑確定者が誤判によって生命を奪われる危険を制度的に最小化しなければならないという点に批判の重点が置かれている。

国連自由権規約委員会は、死刑廃止を検討することを日本に求める一方、存置を前提とした場合についても、対象犯罪の限定、事前告知、単独拘禁の制限、弁護権の保障、再審制度の実効性、精神状態の独立審査など、具体的な改善策を提示している。したがって、日本における今後の議論では、「存置か廃止か」という制度論と、「存置する場合にどこまで人権保障を強化するか」という運用論を分けて検討することが必要になる。

2024年に国連の特別手続が日本の死刑制度について、事前告知の欠如だけでなく、再審請求中の執行や死刑確定者の処遇まで含めて問題を提起したことは、この問題が単なる刑罰論ではなく、国際人権上の手続保障の問題として扱われていることを示している。日本政府側からの説明や国内裁判所による判断も含め、今後は国際的な勧告と国内制度との関係を具体的に検証する必要がある。

日本の死刑制度は、国内法上は存続しているが、国際的な人権基準との関係では複数の課題を抱えている。特に、死刑の対象犯罪、執行告知、長期拘禁、弁護人との接見、再審請求の実効性、精神状態の審査などについて、国連の人権機関から具体的な改善を求める指摘が繰り返されている。

ただし、国際的な死刑廃止の潮流が強まっていることと、日本の死刑制度が国内法上直ちに無効になることは同義ではない。重要なのは、国際人権法上の基準、日本の憲法・刑法・刑事訴訟制度、そして実際の死刑確定者の処遇を一つずつ照合し、制度上の隔たりを具体的に把握することである。

主要な批判・指摘事項

日本の死刑制度をめぐる批判は、死刑という刑罰そのものの是非だけではなく、誤判を防ぐための刑事司法制度が十分に機能しているかという問題に及んでいる。特に死刑は生命を奪う刑罰であるため、誤判が発生した場合に事後的な救済が不可能になるという点で、自由刑とは異なる制度上の重大性を持つ。

死刑判決は通常の刑事裁判を経て言い渡されるため、制度上は複数の審級による審理や上訴、再審などによって誤判を是正する仕組みが用意されている。しかし、裁判が人間による事実認定である以上、証拠の評価を誤る可能性や、捜査段階で得られた証拠そのものに問題が存在する可能性を完全に排除することはできない。

この問題を考える際に重要なのが、死刑制度と刑事司法制度を切り離して考えないことである。死刑の適否を論じる場合、刑罰論だけでなく、捜査機関による証拠収集、検察官による立証、裁判所による事実認定、弁護側による反証、証拠開示、再審制度までを一連の過程として検討する必要がある。

再審とえん罪リスク

日本の死刑制度におけるえん罪リスクを考えるうえで、最も重要な事例の一つが袴田巖の事件である。袴田は1966年の事件で死刑判決を受け、その後長期間にわたって死刑確定者として拘禁されたが、2024年9月に静岡地方裁判所が再審で無罪を言い渡し、同年10月に無罪判決が確定した。法務省も、袴田事件について再審無罪判決が確定したことを公表している。

この事件の重大性は、単に長期間の拘禁が問題となったことにあるのではない。死刑判決という最も重大な刑罰がいったん確定した後、再審によって有罪認定そのものが覆されたという事実が、死刑制度における事実認定の誤りを完全には排除できないことを具体的に示した点にある。

さらに静岡地方裁判所の再審判決をめぐっては、捜査機関による証拠の問題が重大な争点となった。法務省の2024年10月の会見でも、記者から「証拠の一部が捜査機関によるねつ造だったと認定された」との指摘がなされており、最高検察庁が再審請求手続の長期化などについて検証するとしていたことも明らかにされている。

ここから導かれる制度上の問題は、裁判所の判断を尊重するだけでは誤判防止の議論として十分ではないということである。死刑事件では、捜査段階から公判、上訴、再審に至るまで、どの段階で誤りが生じる可能性があるのかを検証し、それぞれの段階で誤判を発見できる仕組みを設ける必要がある。

えん罪の不可逆性

死刑制度に対する最も根本的な批判の一つは、執行後に誤判が判明しても生命を回復できないことである。無期懲役や有期懲役の場合、再審による無罪判決が確定すれば身体の自由を回復させ、刑事補償などによって一定の事後救済を行うことができるが、死刑執行後には同じ意味での原状回復ができない。

この不可逆性は、死刑制度をめぐる議論において特別な意味を持つ。死刑存置を前提とする場合でも、通常の刑罰より高い水準で事実認定の正確性を確保し、誤判の可能性をできる限り排除する必要があるという考え方につながる。

一方で、「裁判制度に誤りがあり得る」という一般論だけから、直ちに死刑制度を廃止すべきだと結論づけることもできない。問題は、どの程度の手続的保障を設ければ許容できるのか、また生命を奪う刑罰について国家が許容できる誤判リスクをどのように考えるのかという、制度設計上の問題になる。

この点では、死刑制度の存廃と誤判防止策の強化を別々の論点として扱う必要がある。仮に死刑を維持する立場であっても、証拠開示、再審手続、弁護人の活動、捜査機関の検証、裁判所による事実認定のあり方について改善を求めることは可能であり、逆に死刑廃止を主張する立場でも刑事司法全体の誤判防止は重要な課題となる。

再審制度の改革

袴田事件などを契機として、刑事再審制度のあり方は日本国内でも本格的な制度改革の対象となっている。法務省は2025年2月、近年の再審制度をめぐる議論を踏まえて法制審議会への諮問方針を示し、同年3月には再審請求審における検察官保管記録の閲覧・謄写、再審開始決定に対する不服申立てなどを検討事項として正式に諮問した。

さらに2026年1月の法制審議会の部会では、再審請求審における証拠の提出命令、裁判官の除斥、調査・審判手続、死刑確定者の拘置の停止、即時抗告の提起期間、費用補償などが具体的な議題として審議されている。つまり、2026年時点では再審制度の問題が単なる刑事司法上の議論ではなく、法改正を視野に入れた制度的検討に入っている。

2026年5月には、再審請求審における証拠の提出命令、再審開始決定に対する検察官の不服申立て、裁判官の除斥などを盛り込んだ刑事訴訟法改正案が閣議決定された。法務省は、この改正によって再審請求者の手続保障を充実させ、再審制度が非常救済手段としてより適切に機能することを目指すとしている。

これは死刑制度を直接廃止・維持する議論とは別の動きだが、死刑事件にとって極めて重要である。再審制度が実効的に機能すれば、確定判決後に新たな証拠や事実上の問題が判明した場合に、その誤りを是正できる可能性が高まるからである。

再審請求中の死刑執行

ここで大きな論点となるのが、再審請求中の死刑確定者をどのように扱うかである。日本政府の現在の立場では、再審請求をしていることだけを理由として死刑執行を自動的に停止する制度にはなっていない。

2026年時点でも法務省は、死刑執行について個々の事件の記録を精査し、刑の執行停止事由や再審事由の有無などを慎重に検討した上で執行命令を出すという考え方を示している。2025年6月の死刑執行に際しても、法務大臣はこの一般的な運用を説明しており、当時の死刑判決確定者は105人と説明された。

これに対し、再審請求中の死刑確定者については、誤判を是正するための手続が進行している以上、執行によってその手続を実質的に無意味にする可能性があるとの批判が存在する。特に死刑は執行されれば回復不能であるため、再審制度の実効性と死刑執行の時期をどのように調整するかは、制度上の重要な問題になる。

他方、再審請求を行えば必ず執行を停止する制度にした場合、請求を繰り返すことで執行を無期限に回避できる可能性があるという反論もある。法務省もこの点を説明しており、再審請求が存在することだけを理由として一律に執行できない制度には問題があるとの立場を示している。

したがって、実際の制度設計では「再審請求中ならすべて停止するか」という二択ではなく、再審請求の内容、新証拠の存在、再審開始決定の有無、証拠開示の状況などをどのように評価し、どの段階で執行を停止すべきかという、より細かな基準が必要になる。

情報の透明性と議論の不足

死刑制度をめぐるもう一つの問題は、制度運用に関する情報が十分に公開されているのかという点である。死刑は国家による生命の剥奪であるため、執行件数だけでなく、執行の判断過程、告知、拘禁環境、再審請求の状況、精神状態の確認などについて、社会が検証できるだけの情報が必要だという考え方がある。

一方、政府は個別の死刑執行について、執行対象者の選定理由などを詳細には公表していない。2025年6月の執行でも、法務大臣は、なぜその時期に、なぜ当該死刑確定者を選んだのかという個別判断については回答を差し控えた。

この限定的な情報公開には、被害者や遺族、死刑確定者本人のプライバシーなどを保護する必要があるという側面もある。したがって、透明性を高めることと個人情報を保護することをどのように両立させるかが重要になる。

日本では2020年10月から、被害者本人、親族などの希望に基づいて、死刑を執行した事実、執行日、執行場所を通知する制度が導入されている。これは被害者側の情報アクセスを改善する措置だが、死刑制度全体の透明性を確保するためには、執行に関する統計や制度運用の説明など、別の情報公開も必要となる。

告知のあり方と手続的保障

死刑執行の告知については、第2回で確認した国際人権機関からの指摘と、日本政府の説明が対照的である。政府側は、執行を早期に知らせることによって死刑確定者が長期間にわたって執行を待つ精神的苦痛を受ける可能性を問題としている。

一方、国際的な人権基準では、本人や家族が執行に備えるために合理的な時間を持つことも重要な人権上の利益と考えられている。このため、告知を直前まで行わない日本の制度について、予測できない恐怖や心理的負担を生じさせる可能性があるとの批判が続いている。

ここでも、単純に「早く知らせればよい」と考えるだけでは制度設計として不十分である。事前告知を行う場合には、告知から執行までの期間、家族との面会、弁護人との接見、再審請求の機会、精神状態の確認などを一体として考える必要がある。

処遇の改善と死刑制度

死刑制度を維持する場合においても、死刑確定者の処遇を改善することは独立した政策課題となる。特に長期拘禁については、死刑執行を待つ状態が長期間続くことそのものがどのような人権上の影響を及ぼすのかを検証する必要がある。

また、弁護人との接見や再審に必要な資料の検討を実効的に行える環境を確保することも重要である。死刑確定者が再審請求を行う場合、本人だけでなく弁護人が新証拠や過去の証拠を検討する必要があるため、拘禁施設の運用が再審手続の実効性を左右する可能性がある。

この点について国際的な批判を受けていることは、死刑廃止の是非とは別に検討する価値がある。死刑を存置する立場からも、誤判を防ぐための手続保障を強化することは制度の信頼性を高める方向に働くためである。

日本の死刑制度をめぐる最大級の制度的課題の一つは、死刑判決そのものよりも、誤判が起きた場合にそれをどこまで発見し、是正できるかという問題にある。袴田事件の再審無罪は、長期間にわたって確定していた死刑判決であっても、後に事実認定が覆る可能性が現実に存在することを示した。

2026年には、再審制度について法制審議会で具体的な制度改正が検討され、証拠開示、再審開始決定への不服申立て、裁判官の除斥、死刑確定者の拘置停止などが議題となっている。

この動きは、死刑制度をめぐる議論を「存置か廃止か」だけに限定せず、刑事司法が誤判をどの程度防止・是正できる制度になっているかという観点から検討する必要性を示している。とりわけ死刑には不可逆性があるため、再審制度、証拠開示、執行停止、弁護活動、情報公開を一体として考えることが重要である。

日本国内における存続支持の背景

日本の死刑制度を考えるうえでは、国際的な廃止潮流だけでなく、日本国内でなぜ制度存続を支持する意見が根強いのかを検討する必要がある。2024年10月に内閣府が実施した「基本的法制度に関する世論調査」では、「死刑もやむを得ない」と回答した人が83.1%、「死刑は廃止すべきである」と回答した人が16.5%であった。

ただし、この数字をそのまま「日本人の大多数が死刑制度を積極的に支持している」と解釈することには注意が必要である。質問は「死刑に賛成か」ではなく、「死刑は廃止すべきか、それとも死刑もやむを得ないか」という形式であり、「死刑もやむを得ない」という回答には、死刑を積極的に望む意見だけでなく、重大犯罪の場合には存置を容認するという消極的な存置論も含まれるからである。

さらに、2024年調査は従来の調査から調査方法が変更されている。前回の2019年調査などとの単純比較には限界があることを法務大臣自身も認めており、調査方法の違いを考慮せずに長期的な世論の変化を断定することは適切ではない。

それでも、現時点の調査結果から、日本社会に死刑存置を容認する意見が相当程度存在すること自体は確認できる。したがって、日本の死刑制度をめぐる政策論では、国際社会からの廃止要求だけを根拠として議論するのではなく、国内で存置を支持または容認する人々が何を根拠としているのかを把握することが不可欠になる。

世論の動向

2024年の内閣府調査では、死刑存置を容認する回答者に対して、その理由を複数回答で尋ねている。その結果、「死刑を廃止すれば、被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない」が62.2%で最も高く、「凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ」が55.5%、「死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える」が53.4%、「凶悪な犯罪を犯す人は生かしておくと、また同じような犯罪を犯す危険がある」が48.6%となった。

この結果から注目すべきなのは、死刑存置の理由が単純な犯罪抑止だけではないことである。被害者や遺族の感情、重大犯罪に対する責任、再犯防止という複数の要素が重なっており、日本社会における死刑存置論が応報、被害者支援、犯罪防止という異なる刑罰目的を同時に含んでいることが分かる。

一方、死刑廃止を支持する回答者に理由を尋ねたところ、「裁判に誤りがあったとき、死刑にしてしまうと取り返しがつかない」が71.0%で最も高かった。つまり、存置側と廃止側の双方において、えん罪や被害者の問題が重要な論点になっている。

この構造は重要である。死刑制度について社会的な合意を形成する場合、「犯罪者をどのように処罰するか」だけを問題にするのではなく、「被害者・遺族の利益をどう保障するか」「誤判から市民をどう守るか」という2つの問題を同時に扱わなければ、議論が対立したまま固定される可能性が高い。

応報刑論と犯罪抑止

死刑存置論を刑罰理論から見ると、中心的な考え方の一つが応報である。応報刑論では、刑罰は単に将来の犯罪を防止するためだけに存在するのではなく、重大な犯罪に対して、その責任の重大性に応じた刑罰を科すこと自体に意味があると考える。

特に故意に人の生命を奪った犯罪については、被害者の生命が回復できない以上、国家が犯罪者に対して最も重い刑罰を科すことを正当化できるという考え方がある。日本の死刑存置を支持する意見に「凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ」が55.5%含まれていることは、この応報的な考え方が国民意識の中に一定程度存在していることを示している。

これに対して、刑罰の目的を犯罪抑止に求める場合には、死刑に特別な犯罪抑止効果が存在するかという実証的問題が生じる。死刑を科せば犯罪者が恐れて犯罪を思いとどまるという理論上の説明は可能だが、実際の犯罪発生率との関係から、死刑だけに固有の抑止効果を明確に証明することは容易ではない。

日本の内閣府調査でも、死刑制度の存置理由として犯罪増加への懸念が53.4%、再犯危険性への懸念が48.6%に達している一方、死刑の犯罪抑止力についても独立した質問が設けられている。したがって、国民が死刑を支持する理由と、実際に死刑が犯罪を減少させるという実証的な因果関係は、分けて考える必要がある。

ここで重要なのは、「死刑を支持する人が多い」という世論調査結果から「死刑には犯罪抑止効果がある」と推論してはならないという点である。前者は国民の意識に関するデータであり、後者は犯罪統計や比較研究などによって検証すべき実証的な命題だからである。

犯罪抑止と代替刑

死刑の犯罪抑止力を検討する際には、死刑が存在するか否かだけでなく、死刑に代わる刑罰がどの程度の犯罪抑止力を持つかも考える必要がある。例えば、極めて長期の自由刑を設けた場合、社会から長期間隔離することで再犯防止を図ることは可能であり、その場合には死刑の必要性をどのように説明するのかという問題が生じる。

2024年の内閣府調査では、仮に「死刑に代えて、仮釈放のない終身刑を導入した場合」を想定した質問も設けられている。このような質問を設定することで、死刑を存置するか否かを単純な二択にせず、死刑以外の極めて重い刑罰が存在した場合に国民の判断がどう変化するかを検討できる。

この点は死刑制度の将来を考えるうえで重要である。死刑廃止の議論を現実的な政策論として行うためには、死刑を廃止した後に重大犯罪者をどのように処遇するのか、仮釈放制度をどう設計するのか、被害者・遺族の安全や感情をどのように保障するのかまで含めて検討する必要がある。

逆に、終身刑などの代替刑を導入した場合でも、それによって死刑廃止への社会的合意が自動的に形成されるわけではない。死刑を存置する側には、社会防衛だけでは説明できない応報的理由が存在するため、代替刑によって犯罪者を社会から隔離できることだけでは存置論を否定することにならない。

国民感情への配慮

死刑制度の議論では、被害者や遺族の感情をどのように扱うかが極めて重要である。重大犯罪によって家族を失った遺族にとって、加害者に対する刑罰は単なる刑事政策上の問題ではなく、被害そのものと長期的に結びついた問題になる。

2024年の内閣府調査で、死刑存置を容認する理由として「被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない」が62.2%と最も高かったことは、この点を明確に示している。死刑制度に対する国内世論を理解するには、犯罪抑止だけでなく、被害者・遺族の感情を刑罰制度がどのように受け止めるかを考慮する必要がある。

ただし、国民感情や遺族感情を尊重することと、刑罰の内容を世論によって直接決定することは同じではない。刑事司法には、犯罪者の責任、被害者の権利、適正手続、人権保障、比例原則などを総合的に考慮する必要があり、多数派の感情だけによって生命を奪う刑罰の適否を決めることには制度上の限界がある。

また、被害者や遺族の意向も一様ではない。死刑を求める遺族がいる一方、加害者の死刑を望まない遺族や、死刑とは別の形で事件の真相究明や被害回復を求める人も存在するため、「遺族感情」を一つの統一された意思として扱うことにも注意が必要である。

被害者支援と死刑制度

この問題から、死刑制度そのものと被害者支援制度を分離して考える必要性が見えてくる。被害者・遺族が十分な支援を受けられない状態で刑罰だけが重視されれば、死刑の存廃をめぐる議論に被害者の感情が過度に集中する可能性がある。

そのため、被害者への経済的支援、心理的支援、刑事手続に関する情報提供、裁判への参加、加害者の処遇や出所に関する情報提供などを充実させることは、死刑制度の存廃とは独立して検討できる。死刑を維持する場合にも、廃止する場合にも、被害者支援制度の充実は重要な政策課題になる。

世論と専門的判断の関係

死刑制度は国民の生命と刑罰権に直接関係するため、国民意識を無視して制度を論じることはできない。しかし同時に、世論調査は刑罰の効果や人権上の適否を直接証明するものではない。

2024年の内閣府調査では、死刑制度に関する質問内容を検討するため、統計学、社会調査などの専門家を含む検討会が設置された。法務省の資料によれば、専門家として統計数理研究所や大学などの研究者が参加し、質問文や回答選択肢の修正、追加質問の必要性などが検討された。

このことは、死刑制度に関する世論調査そのものにも方法論上の問題が存在することを示している。質問文の表現、回答選択肢、調査方法、回答率、調査対象、前回調査との方法の違いなどによって結果が変化する可能性があるため、単一の数字だけを取り上げて国民の意思を固定的に理解することは適切ではない。

したがって、世論調査は死刑制度をめぐる重要な判断材料ではあるものの、それだけで制度の正当性を証明するものではない。世論、憲法、人権、刑罰理論、犯罪統計、司法実務、国際的基準をそれぞれ異なる種類の根拠として扱い、相互に検証することが必要である。

日本国内における存置論の構造

ここまでの議論を整理すると、日本国内の死刑存置論は少なくとも4つの要素から構成されている。第1は重大犯罪に対する応報、第2は犯罪者を社会から隔離することによる再犯防止、第3は死刑による犯罪抑止への期待、第4は被害者・遺族の感情への配慮である。

この4つは相互に関連しているものの、同一の論拠ではない。例えば、死刑に犯罪抑止効果があるかどうかが不明確であっても、応報刑として死刑を必要と考える立場は成立し得るし、逆に応報を重視しない立場であっても、社会防衛の観点から極めて長期の自由刑を支持することは可能である。

そのため、死刑制度をめぐる議論では「死刑に賛成か反対か」という単純な二分法から離れ、何を刑罰の目的とするのかを明確にする必要がある。応報、犯罪抑止、再犯防止、被害者支援、えん罪防止、人権保障という異なる価値を分けて検討することで、制度のどの部分に賛否が生じているのかを具体的に把握できる。

2024年の内閣府調査では、「死刑もやむを得ない」とする回答が83.1%であり、日本国内には死刑制度を存置または容認する意見が依然として多いことが確認された。ただし、その理由は一様ではなく、被害者・遺族への配慮、応報、犯罪抑止、再犯防止など複数の要素から構成されている。

一方、死刑廃止を支持する側では、えん罪が発生した場合に生命を取り戻せないという不可逆性が最大の理由として挙げられている。つまり、日本国内の世論においても、死刑制度をめぐる中心的な対立は「犯罪者を厳しく処罰するか」という問題だけではなく、「重大犯罪への責任追及と、国家による誤判の危険をどのように両立させるか」という問題に広がっている。

国際社会からの批判と日本国内の存置論は、必ずしも完全に対立するものではない。死刑廃止を求める立場であっても被害者支援や重大犯罪への対応を否定するわけではなく、存置を支持する立場であっても誤判防止や適正手続の重要性を否定する必要はないためである。

したがって、今後の制度論では、死刑の存廃という最終的な制度選択だけでなく、その前提となる刑事司法制度の信頼性をどこまで高められるかが重要になる。特に、えん罪防止、再審制度、証拠開示、執行手続、被害者支援、情報公開をどのように改善するかが、死刑制度をめぐる議論の質を左右することになる。

制度をめぐる主な論点・課題

日本の死刑制度をめぐる論点は、最終的には「国家が生命を奪う刑罰を維持できるのか」という問題に集約される。しかし、実際の制度を検証すると、死刑の存廃だけではなく、対象犯罪の範囲、裁判の正確性、再審制度、死刑確定者の処遇、執行告知、情報公開、被害者支援、犯罪抑止効果など、複数の問題が重なっている。

国際人権法の観点では、死刑を存置する国に対しても、その適用を厳格に限定し、誤判を防止するための手続的保障を充実させることが求められている。国連自由権規約委員会は日本に対して、死刑廃止を検討するとともに、存置する場合には対象犯罪を最も重大な犯罪に限定し、執行告知、弁護人との接見、再審制度、精神状態の審査などについて改善するよう繰り返し求めている。

したがって、日本の制度を検討する際には、「死刑を維持するか廃止するか」という最終的な選択と、「現在の制度をどのように改善するか」という当面の課題を区別する必要がある。この2つを混同すると、存置論と廃止論の対立だけが強まり、具体的な制度改善についての議論が進みにくくなる。

えん罪の不可逆性

死刑制度に固有の問題は、刑の執行によって生命を奪った後には、再審による無罪判決が出ても原状回復できないことである。これは単なる刑罰の重さの問題ではなく、司法判断に誤りが存在する可能性を完全には否定できない以上、国家が生命を奪う刑罰を持つことによって生じる構造的な問題である。

袴田巖事件は、その問題を具体的に示した。1966年の事件で死刑判決を受けた袴田は長期間にわたって死刑確定者として拘禁された後、2024年9月の再審判決で無罪となり、同年10月に無罪が確定した。これは、いったん確定した死刑判決であっても、後にその有罪認定が覆る可能性が現実に存在することを示した事例である。

この事実から直ちに死刑制度の廃止という結論が導かれるわけではない。しかし、死刑を維持するのであれば、通常の刑罰以上に高い水準で証拠の開示、弁護活動、再審請求、裁判所による事実認定を保障する必要があるという制度上の要請は強くなる。

情報の透明性と議論の不足

死刑制度は国家が個人の生命を奪う制度である以上、国民が制度の実態を検証できる程度の透明性が必要だという指摘がある。一方、執行対象者や被害者、遺族のプライバシー、刑事施設の安全などを理由として、すべての情報を公開することにも限界がある。

問題は、どの情報を非公開とし、どの情報を社会に公開するのかという基準を明確にできるかである。例えば、年間の執行件数、死刑確定者数、執行に至った法的手続、再審請求の状況、処遇に関する一般的な統計などについては、個人を特定しない形で公開する余地がある。

また、死刑執行の具体的な判断過程について、法務行政がどの程度説明責任を果たすべきかも論点となる。執行を決定する法務大臣には法律上の権限がある一方、個別事件についてなぜその時期に執行されたのかという判断過程は詳細には公開されないことが多く、制度を外部から検証するうえで情報の限界が残る。

再審制度改革と今後の制度保障

2026年は、この問題に関して重要な制度的動きがあった。刑事訴訟法の一部を改正する法律が2026年7月17日に成立し、同月24日に公布された。改正法には、再審請求審における証拠の提出命令、再審開始決定に対する検察官の不服申立て、裁判官の除斥、調査手続や審判手続に関する規定の整備などが盛り込まれた。

この改革は死刑制度そのものを変更するものではないが、死刑制度の信頼性を考えるうえで非常に重要である。再審請求における証拠へのアクセスが改善され、誤判を発見・是正する可能性が高まれば、死刑執行前に誤りを発見できる制度的保障を強化することにつながるからである。

ただし、再審制度を整備しただけでえん罪問題が解消するわけではない。捜査段階における証拠収集、取調べの適正化、検察官による証拠管理、弁護側への情報提供、裁判所による証拠評価など、刑事司法の各段階を連続した仕組みとして改善する必要がある。

死刑執行と再審請求の関係

死刑確定者が再審を請求している場合、その間に執行することが適切なのかという問題も残されている。再審請求が形式的なものにすぎない場合まで自動的に執行を停止すれば、制度が長期化する可能性がある一方、新証拠が存在する事件について執行されれば、後から無罪を確定させても生命を回復できない。

そのため、再審請求の存在だけで一律に判断するのではなく、新証拠の内容、証拠開示の状況、再審開始決定の有無、請求の具体的な進行状況などを踏まえた明確な判断基準を設けることが重要になる。国連自由権規約委員会は、再審請求や恩赦申立てに執行停止の効果を持たせることを日本に求めており、ここには日本の制度と国際的な人権基準との間に明確な隔たりが存在する。

今後の展望

今後の日本の死刑制度については、大きく3つの方向性が考えられる。第1は現在の制度を維持しながら、死刑確定者の処遇、執行告知、再審、証拠開示、情報公開などを改善する方向であり、第2は死刑の適用範囲を縮小して段階的な制度変更を行う方向、第3は死刑そのものを廃止し、極めて重大な犯罪に対する代替刑を整備する方向である。

どの方向を採用するかについては、刑罰の目的、国民意識、被害者・遺族への支援、国際人権基準、犯罪抑止、再犯防止、えん罪防止などを総合的に検討する必要がある。特に死刑を廃止する場合には、重大犯罪者に対する代替刑や仮釈放制度、被害者支援制度まで含めた刑事政策全体の再設計が必要になる。

国際的な傾向については、2025年末時点で死刑を法律上全面的に廃止した国が113か国、法律上または実務上廃止した国が145か国となっている。一方、2025年には17か国で死刑執行が確認されており、世界的な廃止傾向が存在する一方で、死刑を実際に使用する国もなお存在しているため、国際社会が完全に統一された状況にあるわけではない。

日本は2025年6月に約3年ぶりとなる死刑執行を行い、2025年の世界の執行国の一つとなった。したがって、国際的な位置づけとしては、死刑廃止が多数派となった世界の中で、死刑を法律上維持し、実際にも執行している国として今後も国際人権上の説明を求められる立場にある。

国際基準と国内世論の接点

日本にとって難しいのは、国際人権機関から廃止や制度改善を求める指摘が続く一方、国内では死刑を容認する意見が多数を占めていることである。2024年10月の内閣府調査では、「死刑もやむを得ない」が83.1%、「死刑は廃止すべきである」が16.5%であり、国内世論と国際的な廃止潮流との間には明確な隔たりがある。

ただし、この隔たりを単純に「日本社会が人権を軽視している」という形で説明することは適切ではない。日本国内の存置容認には、被害者や遺族への配慮、重大犯罪に対する応報、犯罪抑止への期待、再犯防止など複数の理由が存在し、廃止論にもえん罪の不可逆性や国家による生命剥奪への懸念という具体的な根拠が存在するからである。

したがって、今後の議論では、国内世論と国際人権基準のどちらか一方を無条件に優先するのではなく、両者がどこで衝突し、どこで両立可能なのかを具体的に検証する必要がある。例えば、死刑存廃について結論が分かれていても、誤判防止、再審制度の実効性、証拠開示、被害者支援、弁護人との十分な接見、処遇の適正化などについては改善の余地を共有できる可能性がある。

まとめ

2026年9月時点の日本の死刑制度は、国内法上存続しており、2025年にも執行が行われている。一方、国際的には死刑を法律上または実務上廃止した国が145か国に達しており、日本は死刑制度を維持・執行する少数の国の一つとなっている。

国際人権基準から見ると、最大の論点は死刑そのものだけではない。執行告知、死刑確定者の長期拘禁、弁護人との接見、再審請求、証拠開示、精神状態の審査、えん罪防止など、生命を奪う刑罰に付随する手続的保障が十分かどうかが重要な問題となっている。

日本国内では死刑存置を容認する意見が依然として多数であり、その背景には被害者・遺族への配慮、応報、犯罪抑止、再犯防止などがある。一方、死刑廃止を支持する意見では、えん罪が発生した場合に生命を回復できないという不可逆性が主要な論拠となっている。

このため、日本の死刑制度をめぐる議論で最も重要なのは、単純な賛否を繰り返すことではなく、刑罰の目的と人権保障を具体的な制度に落とし込むことである。死刑を維持するのであれば、誤判を防ぐための刑事司法制度を可能な限り強化し、執行手続と死刑確定者の処遇について透明性を高めることが求められる。

反対に、死刑を廃止する方向を検討するのであれば、重大犯罪への対応、被害者・遺族の支援、社会防衛、再犯防止、代替刑の設計などを含めた刑事政策全体を構築する必要がある。死刑制度の問題は単独の刑罰の問題ではなく、日本の刑事司法が生命、被害者、加害者、社会の安全、司法の正確性をどのように調整するのかという、法制度全体の問題として考える必要がある。

そして2026年に再審制度改革が成立したことは、死刑制度をめぐる議論にも一つの重要な示唆を与えている。死刑の存廃について社会的合意が形成されるまでの間も、えん罪を防ぎ、誤判を是正し、刑事裁判への信頼を高めるための制度改善は進めることができるからである。


参考・引用リスト

  • 内閣府「基本的法制度に関する世論調査(令和6年10月調査)」
    死刑制度の存廃、存置理由、廃止理由、犯罪抑止力、終身刑導入時の意識などに関する政府の世論調査。
  • 国連自由権規約委員会「日本の第7回定期報告に関する総括所見」
    2022年に採択された日本の人権状況に関する総括所見。死刑制度、執行告知、再審、弁護人との接見などについての指摘を含む。
  • 国連人権高等弁務官事務所「日本に関する自由権規約関連資料」
    日本政府による履行状況の報告や、2025年までのフォローアップ情報を確認するための資料。
  • 法務省「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」
    2026年7月17日に成立、同月24日に公布された再審制度関連の刑事訴訟法改正についての公式資料。証拠提出命令、再審開始決定への不服申立てなどを含む。
  • 法務省「法務大臣閣議後記者会見の概要・令和8年5月15日」
    2026年の再審制度改革について、法務省が示した改正目的と制度内容に関する資料。
  • アムネスティ・インターナショナル「2025年の死刑判決と死刑執行」
    2025年の世界各国における死刑執行、死刑判決、廃止国数などをまとめた国際比較資料。2025年末時点で法律上全面廃止した国は113か国、法律上または実務上廃止した国は145か国とされる。
  • アムネスティ・インターナショナル「日本」
    日本の2025年の死刑執行と、死刑制度の国際的な位置づけに関する資料。
  • 国連自由権規約委員会「日本の第6回定期報告に関する総括所見」
    死刑確定者の処遇、執行告知、再審請求、証拠開示、弁護人との接見などについて、過去から継続して示されてきた国際的な指摘を確認するための資料。
  • 法務省「死刑制度に関する世論調査についての検討会」
    死刑制度に関する世論調査の質問設計や調査方法について、専門家を交えて検討した資料。
  • 法務省「被害者等通知制度」
    死刑執行に関する被害者・遺族への通知制度を確認するための資料。
この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします
あなたへのおすすめ