ジャマイカの死刑制度:司法・警察システムの課題と冤罪・人権侵害のリスク
ジャマイカの死刑制度は、法律上は現在も存続しているものの、1988年以来執行されておらず、2025年末時点でも死刑囚は0人である。したがって、制度の実態は「法律上の存置」と「長期的な事実上の執行停止」が併存する状態にある。
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現状(2026年9月時点)
ジャマイカは2026年9月時点でも法律上は死刑制度を維持している国である。一方、最後の死刑執行は1988年であり、それ以降38年間にわたって執行されていないため、実態としては「事実上の執行停止国」に分類される。国際人権団体の整理でも、ジャマイカは法律上の死刑存置国でありながら、2025年末時点で死刑囚は確認されておらず、2025年中の死刑執行も新たな死刑判決もなかったとされている。
この状態は、死刑制度が完全に廃止されたことを意味しない。国家が法律上の刑罰として死刑を保持しながら、司法判断、憲法上の制約、国際人権基準、過去の判例などによって実際の執行が極めて困難になっているという、いわば「法律上の存続と実務上の停止」が併存する制度構造になっている。
さらに重要なのは、死刑制度の問題を死刑執行の有無だけで評価できないことである。死刑判決に至るまでには、警察による逮捕・取調べ、証拠収集、検察による起訴、第一審、上訴審、最終的な司法審査という複数の段階が存在するため、捜査段階や裁判段階に重大な誤りがあれば、死刑制度そのものが冤罪を極めて深刻な結果に結び付ける危険性を持つ。
死刑制度の現状と法的枠組み
ジャマイカの死刑制度は、主として殺人罪を対象として構築されてきた。1992年の「人身に対する犯罪法」改正によって死刑を科すことができる殺人の範囲が限定され、警察・矯正当局・司法関係者など一定の公務関係者の殺害、証人や陪審員の殺害、強盗など特定の犯罪行為に関連する殺人などが、特に重大な殺人として扱われる法的枠組みが整備された。
ただし、現在の制度は、過去のように殺人について一律に死刑を科す仕組みではない。2005年には死刑の自動的・義務的な適用が廃止され、裁判官は犯罪の具体的事情を考慮して、死刑ではなく終身刑などの刑罰を選択できるようになった。これは、犯罪の結果だけではなく、犯行態様、被告人の事情、責任の程度などを個別に評価する方向への大きな制度変更だった。
現在のジャマイカ政府も、死刑が法律上残されていることを明確に認めている一方、死刑の適用は極めて例外的な場合に限定されるとの立場を示している。2026年に国連人権理事会へ提出された政府報告によれば、死刑は「最も極端かつ例外的な事件」に限定され、社会復帰の合理的な見込みがなく、他の刑罰では刑罰目的を達成できない場合に適用され得るとされている。
法的位置づけ
ジャマイカの制度を理解するうえで重要なのは、死刑が違法な刑罰として否定されているわけではない点である。ジャマイカ政府自身が2026年の国連提出報告で、死刑は現在も合法的な刑罰であり、ただし1988年以来執行されていないため事実上の執行停止状態にあると説明している。
一方で、死刑制度には憲法上および司法上の強い制約が存在する。とりわけ、死刑判決を受けた者を長期間にわたって死刑執行待ちの状態に置くことは、単なる刑事手続上の遅延ではなく、拘禁そのものが残虐または非人道的な処遇に転化する可能性があると判断されてきた。
この問題を決定的にしたのが、ジャマイカ出身の2人の死刑囚、アール・プラットとアイバン・モルガンをめぐる事件である。両名は約14年間にわたって死刑執行を待つ状態に置かれ、3度にわたって死刑執行令状が発付された経験を持ち、その事件は後のカリブ海地域の死刑制度に大きな影響を与えることになった。
事実上の執行停止
ジャマイカでは1988年以降、死刑が執行されていない。このため、国際的には死刑を「法律上存置しているが、事実上廃止している国」として扱われることが多い。2025年についても、国際的な死刑統計ではジャマイカの死刑執行数は0人、死刑判決数も0人、年末時点の死刑囚数も0人と記録されている。
しかし、事実上の停止と法律上の廃止には大きな違いがある。法律が残っている以上、将来的に政治的判断や社会情勢の変化によって死刑制度が再び積極的に運用される可能性を完全に排除することはできず、死刑制度をめぐる人権上の議論も終わっていない。
ジャマイカ政府は、国際的な死刑廃止の議論が続いていることを認識しながらも、2026年時点で死刑を法律から完全に削除する決定には至っていない。したがって現在の制度は、「死刑を使わない国家」ではあるものの、「死刑を廃止した国家」と同義ではない。
死刑囚の人数
2026年時点で確認されているジャマイカの死刑囚は0人である。アムネスティ・インターナショナルの2025年統計でも、2025年末に死刑判決を受けた状態にある人物は0人とされており、死刑制度を保持するカリブ海諸国の中でも、現在の運用実態は極めて限定的である。
もっとも、この数字だけからジャマイカの刑事司法制度全体が冤罪や人権侵害の危険から解放されたと判断することはできない。死刑囚が0人というのは「現在死刑執行を待つ人がいない」という意味であり、過去の死刑判決、誤判、長期拘禁、警察捜査の問題、上訴手続の不備などが消滅したことを意味しない。
実際、死刑制度をめぐる過去の裁判では、捜査と裁判の双方に重大な問題が存在する場合、最終的な刑罰以前の段階で司法制度そのものが被告人の権利を十分に保障できているかが問われてきた。したがって、現在の死刑囚数が0人であることと、司法制度に冤罪リスクが存在するかどうかは別の問題として検討する必要がある。
主要制約(プラット・モルガン判決)
ジャマイカの死刑制度を分析するうえで最も重要な判例の1つが、1993年のプラット・モルガン事件に関する枢密院司法委員会の判決である。プラットとモルガンは1977年に殺人容疑で逮捕され、裁判では1人の目撃証人による証言が主要な証拠となり、陪審は短時間で有罪評決を出して両名に死刑判決が下された。
その後、両名は約14年間にわたって死刑執行待ちの状態に置かれた。死刑執行令状が3回発付され、その都度直前に執行が延期されるという経験もしており、死刑執行そのものだけでなく、いつ処刑されるか分からない状態を長期間継続させることによる精神的負担が重大な問題となった。
1993年11月、枢密院司法委員会は、死刑判決から執行まで5年を超える期間が経過した場合、その長期化した死刑執行待ち状態が残虐かつ非人道的な処遇に当たり、ジャマイカ憲法に反するとの判断を示した。この判決によってプラットとモルガンの死刑判決は終身刑へ減刑され、同様の状況に置かれていたカリブ海地域の多数の死刑囚にも影響が及んだ。
この判例の意義は、死刑そのものだけではなく、死刑判決後の国家による処遇も人権保障の対象になることを明確にした点にある。つまり、形式的には合法な死刑制度であっても、その執行方法や執行までの拘禁期間、刑事手続全体の公正性によっては、憲法上許容されない刑罰となり得るのである。
さらに、この判例はジャマイカの死刑制度だけに限定されたものではなかった。カリブ海地域の他国でも、死刑囚を長期間拘禁することの適法性を判断する際の重要な基準として機能し、死刑制度と残虐・非人道的処遇の禁止を結び付ける司法上の原則を形成した。
したがって、2026年のジャマイカでは死刑執行そのものが長期間停止されている一方、死刑制度は法律上なお存続しているという二重構造が存在する。そして、その制度を実際に機能させようとすれば、過去のプラット・モルガン判決が形成した「長期間の死刑執行待ちは許されない」という強い司法的制約に直面することになる。
警察・捜査システムの構造的課題と人権侵害リスク
ジャマイカの死刑制度を考える場合、死刑そのものだけでなく、そこへ至る捜査過程を検証する必要がある。ジャマイカでは長年にわたり、警察による過剰な実力行使、拘束中の虐待、不当な逮捕、捜査機関の説明責任不足などが人権問題として指摘されており、死刑判決の信頼性を考えるうえでも重要な背景となっている。国際人権団体は過去のジャマイカについて、警察による殺害や拘禁中の虐待、法的手続へのアクセス制限などを繰り返し問題視してきた。
とくに問題となるのは、犯罪率の高さや組織犯罪への対応を理由として、警察活動が強制力を中心としたものになりやすい点である。治安維持の必要性そのものは否定できないが、犯罪対策の強化と個人の身体的自由、適正手続、無罪推定をどのように両立させるかという問題は別途検討しなければならない。
ジャマイカでは、犯罪捜査を担う警察組織と、起訴・裁判を担う司法機関との役割分担が存在するものの、捜査段階で形成された証拠が裁判の結果を大きく左右することに変わりはない。そのため、警察が証拠をどのように取得したのか、供述が任意に行われたのか、目撃証言がどの程度信頼できるのか、物的証拠の保全が適切だったのかという問題は、死刑判決の適法性と直接結び付く。
強権的治安措置の常態化
ジャマイカでは、重大な犯罪や武装集団による暴力に対処するため、非常事態宣言などの強力な治安措置が過去に繰り返し用いられてきた。特に2010年のキングストンなどにおける非常事態では、治安部隊による大規模な作戦が実施され、その過程で多数の死者や拘束者が発生したことから、国際的な人権調査の対象となった。
この2010年の事例は、単に過去の特殊な事件として扱うことはできない。非常事態のような例外的制度では、通常時よりも行政・警察に広い権限が与えられるため、逮捕や拘束の適法性を裁判所が実効的に審査できるか、拘束された人物が弁護士や家族と接触できるか、拘束理由を適切に知らされるかといった保障が重要になる。
アムネスティ・インターナショナルの調査では、2010年の非常事態下において、恣意的拘束、違法な殺害、虐待などについて多数の深刻な申し立てが存在し、治安部隊による人権侵害について十分な説明責任が果たされていないとの問題が指摘された。特に周縁化された地域の住民が治安作戦の対象となった場合、被害を受けた側が有効な救済を得られないという構造が問題となった。
ここで重要なのは、強権的な治安措置が直接的に死刑判決を生み出すという単純な関係ではない。むしろ、逮捕権限の拡大や拘束期間の長期化、警察活動への監視不足が重なると、捜査段階で誤認逮捕や不適切な供述取得が発生する可能性が高まり、その後の起訴・裁判にまで問題が持ち越されるという点にある。
自白強要・杜撰な証拠収集
刑事司法において最も危険な問題の1つは、被疑者の自白を過度に重視することである。自白は犯罪事実を立証する重要な証拠となり得る一方、暴行、脅迫、長時間の取調べ、睡眠不足、弁護士へのアクセス制限などが存在すれば、その供述が本人の自由意思によるものなのかを判断することが難しくなる。
ジャマイカでは過去に、警察による拘束中の虐待や弁護士・家族との接触制限について複数の人権問題が報告されてきた。2001年には犯罪管理部門の警察官によって拘束された若者19人について、起訴されないまま拘束され、弁護士や家族との接触を拒否された者がいたほか、虐待を受けたとの申し立ても報告されている。
もっとも、ここでは「ジャマイカの警察が一般的に自白を強要している」と一括して評価することは適切ではない。問題は、個別事件で違法な取調べが行われた場合、それを発見し、排除し、責任者を処罰し、被害者を救済する制度が十分に機能するかという点にある。
証拠収集についても同様である。目撃証言は記憶違いや先入観の影響を受ける可能性があり、被疑者の供述も取調べ環境によって内容が変化する可能性があるため、物的証拠、科学的鑑定、複数の独立した証拠によって裏付けることが重要になる。
死刑事件では、この問題がさらに重大になる。懲役刑であれば後に再審によって誤判を訂正できる場合でも、死刑が執行されれば生命そのものを回復することはできないため、捜査段階の小さな誤りが取り返しのつかない結果につながる。
治安部隊による過剰暴力
ジャマイカの刑事司法をめぐるもう1つの重大な問題が、警察など治安部隊による致死的な実力行使である。ジャマイカでは警察による射殺事案が長年問題となっており、人権団体は、正当防衛や武装犯罪者への対応として説明される事案についても、独立した調査と司法的検証が必要だと指摘してきた。
この問題は死刑制度と直接同一視することはできないが、国家が生命を奪う権限をどのように統制するかという点で共通する。警察官による現場での致死的な実力行使について十分な調査が行われなければ、国家による生命権の制限に対する監視そのものが弱くなる。
また、治安部隊による違法行為について責任追及が不十分である場合、組織内部に「捜査対象になる可能性が低い」という認識が形成される危険がある。アムネスティ・インターナショナルは、ジャマイカにおける警察による殺害をめぐり、過去から継続する不処罰の問題を指摘しており、責任ある職員の訴追と被害者への救済が必要だとしてきた。
もっとも、ジャマイカには治安部隊の行為を調査する制度的仕組みも存在する。したがって、問題を「警察が暴力的である」という単純な図式で理解するより、警察活動を監視する機関がどの程度独立して調査できるのか、捜査結果が実際の起訴や有罪判決につながるのか、被害者側が裁判を通じて救済を得られるのかを分けて検証する必要がある。
警察捜査の問題が冤罪につながる構造
冤罪は、裁判所だけの問題ではない。誤った容疑者を設定し、その人物を中心に証拠を集め、目撃証言や供述をその仮説に合わせて解釈していけば、後の裁判で提出される証拠全体が一方向に偏る可能性がある。
この危険性は死刑事件で特に深刻である。死刑事件では、捜査段階で収集された証拠について通常の刑事事件以上に厳格な検証が必要であり、証拠の取得方法、保管状態、鑑定方法、供述の任意性、目撃者の認識条件などを個別に確認しなければならない。
過去のジャマイカの死刑事件でも、最終的な司法判断では警察捜査だけでなく、証人の信頼性、弁護活動、上訴手続など複数の要素が問題となってきた。プラット・モルガン事件が示したのも、死刑制度は単独の刑罰制度ではなく、逮捕から最終上訴までの刑事司法制度全体の信頼性によってその正当性が左右されるという事実である。
したがって、2026年時点でジャマイカに死刑囚が存在しないという事実だけでは、死刑制度をめぐる冤罪リスクが消滅したとはいえない。むしろ、死刑判決が再び積極的に利用される可能性を考えるなら、その前提となる警察捜査と証拠評価の制度的信頼性をどこまで確保できるかが重要な課題となる。
治安対策と人権保障の緊張関係
ジャマイカの治安問題を理解するには、犯罪被害者側の権利も同時に考える必要がある。殺人、武装強盗、組織犯罪などによって生命や財産を奪われる市民にとって、警察が犯罪を迅速に捜査し、犯人を逮捕し、裁判によって責任を問うことは重要な人権保障でもある。
したがって、人権保障を強化することと犯罪対策を弱めることを同一視するのは適切ではない。むしろ、違法な拘束や暴力に依存しない捜査、証拠の客観性を高める制度、独立した監察、弁護人へのアクセス、裁判所による実効的な審査を整備することによって、刑事司法そのものの信頼性を高めることが重要になる。
死刑制度についても同じ構造がある。死刑を法律上維持するのであれば、国家が人の生命を奪う最終的な権限を行使する以上、その前提となる捜査・起訴・裁判の各段階で誤りを発見し、訂正できる仕組みが不可欠になる。
その意味で、ジャマイカの死刑問題は「死刑に賛成か反対か」という二者択一だけでは分析できない。実際には、警察権限、証拠の信頼性、弁護権、裁判の独立性、上訴制度、治安部隊の説明責任という複数の制度が連鎖しており、そのどこかに重大な欠陥があれば、死刑という不可逆的な刑罰の正当性にも影響するのである。
司法システム・裁判の限界と冤罪リスク
ジャマイカの司法制度は、憲法上、司法の独立、公正な公開裁判、無罪推定、弁護人へのアクセスなどを保障している。したがって、制度上は死刑事件を含む刑事裁判について一定の適正手続が整備されているが、実際の運用では裁判の長期化、記録や証拠の管理、証人の出廷、弁護活動など複数の要因が裁判の迅速性と公平性を損なう可能性がある。
特に重要なのが刑事事件の滞留である。過去には大量の未処理事件が裁判所に積み残され、刑事手続が数年単位で継続する例も報告されており、事件記録の不備、証人や捜査官の不出廷、弁護士の都合などが審理の遅延要因となってきた。
裁判の遅延は、単なる行政上の非効率ではない。被告人が長期間拘束されたまま裁判を待つ場合、その間に証人の記憶が変化したり、証拠へのアクセスが困難になったり、弁護側が十分な準備を行えなくなったりするため、結果として公正な裁判を受ける権利そのものに影響する。
適正手続の保障不備
ジャマイカ憲法は、刑事被告人に公正な裁判を受ける権利、合理的な期間内に審理を受ける権利、弁護人を利用する権利などを認めている。政府側の制度説明でも、経済的に弁護士を雇えない被告人に対して法律扶助を提供する仕組みが設けられており、拘束直後から初回出廷までの弁護士による援助も制度化されている。
しかし、法制度上の権利が存在することと、それが全事件で実効的に保障されることは同じではない。刑事事件の長期化、弁護人の交代、裁判記録の取得遅延、法律扶助へのアクセスなどに問題が生じれば、被告人は形式的には弁護権を持っていても、実質的には十分な防御を行えない可能性がある。
この点は、国際人権法上も重要である。合理的な期間内の裁判は、被害者や社会の利益だけでなく、被告人が長期間にわたって刑事訴追の不安定な状態に置かれないための保障でもあるためである。
実際、ジャマイカの刑事事件では、裁判までの異常に長い期間が憲法上の権利侵害に当たるとして争われる事例が存在する。2025年に公表された裁判例でも、上訴審までの過度な遅延によって、合理的な期間内に公正な審理を受ける権利が侵害されたと認定された例がある。
長期化する刑事裁判と冤罪リスク
刑事裁判の長期化は、無罪の被告人にも有罪の被告人にも影響するが、冤罪という観点から見ると特有の問題がある。事件から時間が経過するほど、目撃者の記憶は薄れ、証拠の所在確認や再鑑定が困難になり、当時の捜査過程を検証できる資料も失われる可能性がある。
さらに、長期間の拘束によって被告人自身の生活基盤が破壊されれば、裁判を十分に争う能力にも影響する。家族との関係、雇用、経済的基盤が失われ、弁護士との継続的な打合せが困難になれば、形式上は裁判が継続していても、実質的な防御能力が低下する。
この問題は、死刑事件ではさらに重大になる。死刑判決が確定するまでに長期間を要する場合、被告人は生命を奪われる可能性を抱えながら拘禁され続けることになり、裁判上の誤りを訂正するための時間と手段が十分に確保されているかが決定的な意味を持つ。
したがって、死刑制度の信頼性を評価する際には、死刑判決を出す裁判所の判断だけでなく、逮捕から最終上訴までの全過程を一体として検証する必要がある。
枢密院(JCPC)による破棄例
ジャマイカの刑事司法を考えるうえで特に重要なのが、枢密院司法委員会による上訴審査である。ジャマイカでは国内の裁判所による判断に対して、一定の事件について枢密院司法委員会が最終的な上訴審として機能しており、重大な刑事事件では、その判断が有罪判決や刑罰の行方を左右してきた。
その存在意義を示す代表例の1つが、2007年に起きた殺人事件をめぐるシャバディン・ピアート事件である。ピアートは殺人罪で有罪とされ、死刑判決を受けたが、枢密院は2006年に上訴を認めて有罪判決を破棄し、再審の必要性をジャマイカの裁判所に差し戻した。
また、シャーリー・ラドック事件でも、殺人罪による有罪判決について枢密院が破棄を勧告し、ジャマイカの控訴裁判所が再審やより軽い犯罪への変更を検討することになった。この事件では、被告人が殺害されたタクシー運転手の車内にいたことや、警察に対する発言などが有罪判断の重要な要素となっていた。
さらに1995年のクロスデイル事件では、枢密院が裁判官による弁護側への不適切な対応などを含む裁判全体の累積的な影響を検討し、公正な裁判を受ける権利が実質的に保障されなかったとして有罪判決を破棄した。この事件は、裁判官の個々の発言や手続上の対応が、全体として公正な裁判を損なう可能性を示している。
2024年の大規模な有罪判決破棄
より最近の重要な事例が、2024年のショーン・キャンベルら4人に関する枢密院の判断である。4人は2011年の殺人事件で有罪となっていたが、枢密院は2024年3月、陪審員の1人が他の陪審員に働きかけようとした問題を重大視し、裁判官が陪審を解散させるべきだったにもかかわらずそうしなかったことなどから、裁判全体を著しく不公正なものと判断して有罪判決を破棄した。
この事件で注目されるのは、問題が警察の捜査だけに存在したわけではないことである。証拠そのものの真偽とは別に、陪審員の不正行為と、それに対する裁判所の対応によって裁判手続そのものの信頼性が損なわれれば、有罪判決を維持できなくなることが示された。
さらに、この事件では有罪判決を破棄した後、被告人の法的地位や拘禁の根拠が新たな問題となった。ジャマイカ最高裁判所では、いったん有罪判決が破棄されたものの無罪判決がまだ出ていない人物をどのような法的地位に置くべきかが争われ、自由を奪うことの法的根拠が詳細に検討された。
この事例は、誤った有罪判決を上級審で訂正するだけでは問題が完全に解決しないことを示している。有罪判決が破棄された後に再審を行うのか、無罪とするのか、拘束を継続できるのかという問題まで含めて、刑事司法制度全体に明確な手続が必要になる。
枢密院による破棄例が示すもの
枢密院によるこれらの判断を「ジャマイカの裁判所が常に誤判している」と解釈するのは適切ではない。むしろ、重大な刑事事件について複数段階の司法審査が存在し、国内裁判所の判断に重大な手続上の問題が認められた場合には、最終上訴審によって訂正される仕組みが実際に機能していることを示すものと評価できる。
同時に、上級審による救済が存在することは、第一審段階での問題を軽視してよいという意味ではない。被告人が有罪判決を受けて長期間拘束され、その後に判決が破棄されたとしても、失われた時間や経済的基盤、社会的信用を完全に回復することは困難だからである。
まして死刑事件では、司法救済が間に合わなければ生命そのものが失われる。死刑制度を維持する場合、上級審による事後的な訂正だけではなく、第一審の段階から証拠の信頼性、陪審の公正性、弁護活動、裁判官の中立性を厳格に確保する必要がある。
「合理的な期間」の問題
ジャマイカの司法制度では、事件処理の迅速化が重要な政策課題となっている。2023年には裁判所の事件処理能力が改善し、地方裁判所レベルでは滞留事件の解消が進んだと米国政府の人権報告書は記録しているが、これは制度上の遅延問題がすべて解消したことを意味するものではない。
2025年にも、長期間にわたり裁判が終了していない刑事被告人が、憲法上の「合理的な期間内に公正な裁判を受ける権利」の侵害を主張して政府を訴える事例が報じられている。ある事件では、2013年の拘束開始から約12年間にわたり事件が完全には審理されていないとして、訴追停止などを求める申し立てが行われた。
ここから見えてくるのは、ジャマイカの司法制度が「権利を保障する法律がない」という単純な問題を抱えているわけではないということである。むしろ、憲法上の権利を現実の裁判手続の中でどこまで迅速かつ実効的に実現できるかという、制度運用上の問題が重要になっている。
冤罪防止における司法審査の役割
冤罪を防止するためには、捜査機関が誤りを起こさないことだけを期待するのではなく、捜査機関が提出した証拠を裁判所が批判的に検証することが不可欠である。警察の供述調書、目撃証言、物的証拠、科学的鑑定などを相互に照合し、矛盾が存在する場合には被告人側に十分な反論の機会を与える必要がある。
また、弁護人が検察側の証拠を十分に検討できなければ、裁判所による事後的な審査能力にも限界が生じる。法律扶助制度が存在すること自体は重要だが、実効的な弁護には、単に法廷に弁護士が出席するだけでなく、記録の検討、証人への反対尋問、専門家へのアクセス、上訴準備などが必要になる。
したがって、ジャマイカの冤罪リスクを考える際には、「警察が適切だったか」「裁判官が適切だったか」という二者択一ではなく、捜査、検察、弁護、裁判、上訴という各段階が相互に誤りを発見できる構造になっているかを検証する必要がある。
死刑制度においてこの問題はさらに重大である。死刑判決は生命という不可逆的な利益に直接関係するため、合理的な疑いが残る場合の判断、弁護活動の質、証拠開示、上訴手続、再審制度などについて、通常の刑事事件以上に高い信頼性が要求される。
ここまでの検証から、ジャマイカの司法制度には、憲法上の適正手続と司法審査の仕組みが存在する一方、裁判の長期化や手続上の問題が現実に発生しており、枢密院が有罪判決を破棄した事例も複数存在することが分かる。これは司法制度が機能していないことを意味するのではなく、むしろ上級審による是正が必要になるほど、刑事裁判における手続的問題が現実に発生し得ることを示している。
特に2024年のキャンベルらの事件は、警察捜査だけでなく、陪審員の行為と裁判官の対応という裁判内部の問題によって有罪判決が破棄された点で重要である。死刑制度を維持する場合、このような誤りを上級審で事後的に修正するだけではなく、第一審の段階から生命刑にふさわしい厳格な適正手続を確保することが不可欠となる。
「死刑適用可能犯罪」の拡大・存続試図
ジャマイカの死刑制度をめぐる重要な論点は、現在どの犯罪に死刑を科すことができるのか、そしてその範囲を将来拡大できるのかという問題である。1992年の法改正によって死刑の対象は一定の重大な殺人に限定され、治安部隊員、矯正職員、司法関係者、証人、陪審員などの殺害や、強盗、住居侵入、放火、性犯罪などに関連する殺人が「死刑適用可能な殺人」として位置付けられた。
しかし、2026年時点のジャマイカ政府の説明によれば、死刑の対象となる犯罪類型はその後、新たな法律によって拡大されていない。政府は、米州人権条約への参加国として、死刑の対象犯罪を新たに導入することは条約上認められないとの立場を示しており、現在も死刑の対象は一定の殺人に限定されている。
この点は、死刑制度をめぐる議論における重要な制約である。国内の犯罪情勢が悪化したとしても、それを理由として死刑の対象犯罪を無制限に拡大することはできず、既存の国内法だけでなく、国際人権法や米州地域の人権制度との整合性も考慮しなければならない。
一方、ジャマイカ国内では、深刻な殺人や組織犯罪に対する厳罰化を求める政治的・社会的議論が繰り返されてきた。ここで重要なのは、死刑制度の存続を求める議論が存在することと、実際に死刑適用犯罪を拡大する法改正が成立することは別問題だという点である。
2026年の政府報告では、裁判官向けの量刑指針によって、死刑は「最も極端かつ例外的な事件」に限定され、社会復帰の合理的可能性がなく、他の刑罰では刑罰目的を達成できない場合に限って選択されるとの説明がなされている。したがって、現在の制度は死刑を残しながらも、その適用範囲を法的・司法的に狭く維持する方向にある。
人権上のジレンマと国際的評価
ジャマイカの死刑制度には、重大犯罪の被害者とその家族の権利をどう保障するかという問題と、被告人・死刑囚の生命権や適正手続をどう保障するかという問題が同時に存在する。殺人被害が深刻な社会では、国家に対して犯罪者を厳しく処罰することを求める声が生じる一方、誤判や不公正な裁判によって無実の人物が処罰される可能性も無視できない。
この両者は単純な対立関係ではない。犯罪被害を防止し、被害者に司法的救済を提供することも国家の責務であり、そのためには捜査機関が適切に証拠を収集し、裁判所が公正に有罪・無罪を判断し、真犯人を適切に処罰できる制度が必要になる。
一方で、死刑は誤判が発生した場合に事後的な救済ができないという特殊性を持つ。通常の自由刑であれば、再審や上級審によって有罪判決が覆された場合に釈放することができるが、死刑を執行してしまえば生命を回復することはできない。
そのため、死刑制度の人権問題は、単純に「死刑という刑罰が存在するか」だけでは判断できない。捜査の適法性、証拠の信頼性、弁護人へのアクセス、裁判の迅速性、上訴制度、再審制度、拘禁環境など、刑事司法全体の品質が死刑制度の人権上の評価に直結する。
「治安の神話」と実効性の乖離
ジャマイカでは長年、重大犯罪、とりわけ殺人や組織犯罪への厳格な対応が政治的に重要な課題となっている。政府も2026年の国連提出資料で、暴力犯罪、殺人、ギャング関連犯罪、私的制裁などへの対応を主要な治安政策課題として位置付け、組織犯罪対策法などを通じて捜査・訴追能力を強化していると説明している。
しかし、ここで「刑罰を重くすれば犯罪が減る」という単純な因果関係を想定することには注意が必要である。死刑制度が法律上存在することと、殺人発生率が低下することの間に直接的な因果関係があるとは限らず、実際の犯罪抑止には逮捕される確率、捜査能力、証拠の質、裁判の迅速性、組織犯罪への浸透、社会経済的要因など複数の要素が関係する。
特にジャマイカでは、死刑が1988年以来執行されていないにもかかわらず、深刻な暴力犯罪への対応が依然として国家的課題となっている。この事実だけから死刑が犯罪抑止に効果を持たないと断定することもできないが、少なくとも「死刑を法律上残せば、それだけで重大犯罪を抑止できる」とする説明には、追加的な実証が必要である。
むしろ重要なのは、国家が犯罪対策の成果をどの指標によって評価するかである。殺人件数や銃器犯罪だけでなく、逮捕後の有罪率、事件処理期間、証拠の質、再犯率、被害者救済、警察による違法行為の発生状況などを総合的に検証しなければ、刑罰の厳格化が実際に治安改善へ結び付いているか判断できない。
治安対策と致死的実力行使
この問題を考えるうえで、2025年から2026年にかけての治安部隊による致死的な実力行使は重要な材料になる。ジャマイカ独立捜査委員会によれば、2025年には治安部隊によって311人が射殺され、これは2024年より65%増加し、同委員会が記録を開始した2010年以降で最多となった。
さらに同委員会は、2025年の致死的射撃の約半数が計画された警察作戦に関連していたとしている。2026年に入っても状況は続き、同委員会は4月末時点で113人、6月上旬には153人が治安部隊によって射殺されたと公表している。
これらの数字は、個々の射殺が違法だったことを意味するものではない。治安部隊が武装した犯罪者から市民や警察官を守るために、法的要件を満たした致死的実力を行使する場合も存在するため、評価には各事件の状況を個別に検討する必要がある。
しかし、致死的実力行使が非常に多い状況では、警察がどのような条件で武器を使用したのかを独立して検証する仕組みが重要になる。独立捜査委員会自身も、身体装着型カメラの適切な運用が必要だと繰り返し指摘しており、記録映像が存在しなければ、警察側と遺族・目撃者側の説明を客観的に比較することが難しくなる。
ここには死刑制度と共通する問題がある。国家が人の生命を奪う場合、その判断が適法だったことを事後的に検証できるだけの証拠と独立した調査制度が必要であり、その要件が満たされなければ、国家による生命権の制限に対する社会的信頼が損なわれる。
残虐・非人道的な処遇の禁止(国際人権規約等)
死刑制度をめぐる国際人権法上の中心的な論点の1つが、生命権と残虐・非人道的または品位を傷つける取扱いの禁止である。市民的及び政治的権利に関する国際規約は生命に対する権利を保障するとともに、拷問や残虐・非人道的または品位を傷つける取扱い・刑罰を禁止している。
ジャマイカはこの国際規約の締約国であり、死刑を法律上維持する場合でも、その執行や死刑囚の拘禁が国際的な人権基準に適合している必要がある。特にプラット・モルガン事件では、死刑判決後の極端に長い拘禁期間そのものが残虐かつ非人道的な処遇の問題と結び付けられ、ジャマイカの死刑制度に対する司法上の制約を形成した。
この点は、死刑そのものと死刑囚の処遇を区別して考える必要性を示している。仮に国家が死刑という刑罰自体を合法と位置付けても、拘禁施設の劣悪な環境、過度に長い死刑執行待ち期間、精神的苦痛、適正手続の欠如などが加われば、別の人権問題が発生する可能性がある。
国際社会からの勧告(UPR等)
ジャマイカの人権状況は、国連人権理事会の普遍的定期的審査を含む国際的な審査の対象となっている。そこでは死刑制度だけでなく、警察による実力行使、司法制度、拘禁環境、適正手続、差別、人身の安全など広範な問題が検討される。
国際的な議論では、死刑の完全廃止を求める立場と、重大犯罪に対する死刑を法律上維持する立場との間に違いが存在する。ジャマイカ政府は2026年の国連提出資料で、国際的な死刑廃止に向けた議論を認識しながらも、国内では死刑を合法な刑罰として維持していると説明している。
このような国際審査の意義は、ジャマイカに死刑を廃止するよう単純に要求することだけにはない。国家がどのような刑罰を選択する場合でも、生命権、適正手続、拘禁者の処遇、警察活動の適法性などについて国際的な基準と照らし合わせ、自国制度の問題点を検証する機会となる。
また、国際機関による勧告は国内制度を直接変更する法律ではないため、勧告が出されたことだけでジャマイカの制度が直ちに変化するわけではない。重要なのは、勧告を受けた政府がどの項目を受け入れ、どの項目を留保し、具体的な制度改革をどの程度実行するかという、その後の履行過程である。
死刑制度と警察制度を分離できない理由
ここまでの検討から、死刑制度と警察制度は法律上は別の問題でありながら、実質的には密接に関係していることが分かる。死刑判決は裁判所が下すものだが、その判断材料となる証拠の多くは警察捜査によって形成されるためである。
例えば、警察が目撃者を適切に聴取できなければ、誤った人物が犯人として特定される可能性がある。供述の取得方法に問題があれば、虚偽または信頼性の低い自白が裁判の重要証拠となる可能性があり、物的証拠の保管や鑑定に不備があれば、裁判所が誤った事実認定を行う危険が高まる。
したがって、死刑制度の安全性を評価するには、刑法上の死刑規定だけを見るのでは不十分である。警察の捜査能力、独立捜査機関の権限、検察による証拠評価、弁護人の能力、裁判所の証拠審査、上訴制度までを一つの連続した制度として評価する必要がある。
今後の展望
2026年時点でジャマイカが直面している選択肢は、大きく分ければ、死刑制度を法律上維持しながら極めて限定的な制度として存続させる方向と、将来的な完全廃止に向けて法改正を進める方向の双方が考えられる。ただし、現在の国際的な法的枠組みとジャマイカ政府自身の説明を踏まえると、少なくとも死刑適用犯罪を新たに拡大することには強い法的制約が存在する。
同時に、死刑制度の存廃とは別に、警察による致死的実力行使について独立した検証能力を高めること、身体装着型カメラなどによって現場の客観的記録を確保すること、捜査証拠の質を向上させること、裁判の長期化を抑えることは、いずれの立場からも重要な司法改革となる。
特に2025年に311人が治安部隊によって射殺されたという独立捜査機関の統計は、ジャマイカの治安政策を評価するうえで無視できない数字である。これをもって個々の警察活動が違法だったと判断することはできないが、国家による致死的実力行使の規模が大きい以上、透明性と説明責任を確保する必要性は高い。
さらに、死刑制度を維持する場合には、誤判防止のための制度を通常の刑事事件以上に厳格にする必要がある。証拠開示、弁護権、上訴、再審、独立した捜査監督、死刑判決後の拘禁環境などを一体として改善しなければ、死刑制度そのものの法的正当性を維持することは難しくなる。
死刑制度、治安政策、司法制度をどう捉えるべきか
2026年9月時点のジャマイカは、法律上は死刑を存置しながら、実際には長期間にわたり執行していない国である。最後の死刑執行は1988年であり、アムネスティ・インターナショナルの2025年統計でも、同年の執行は0件、死刑判決も0件、2025年末の死刑囚も0人だった。
したがって、現在のジャマイカを「死刑を積極的に運用している国」と捉えるのは実態に合わない。一方で、法律から死刑が削除されたわけではなく、重大な殺人について死刑を選択できる法制度が残っているため、「死刑廃止国」と分類することもできない。
この二重性が、ジャマイカの死刑問題を複雑にしている。死刑そのものが長年執行されていない一方、警察による致死的実力行使、裁判の長期化、適正手続、拘禁環境など、生命と身体に関係する別の人権問題は現在も継続している。
死刑制度の法的枠組みと主要な制約
ジャマイカでは、死刑は主として一定の重大な殺人について法律上認められている。1992年の法改正によって対象となる殺人の範囲が整理され、さらに2005年には死刑の自動的な適用が廃止されるなど、死刑判決に至る条件は過去よりも限定されてきた。
さらに、死刑制度には司法上の強い制約が存在する。とりわけプラット・モルガン事件では、死刑判決後の極端に長い拘禁期間が残虐かつ非人道的な処遇に当たると判断され、死刑制度の運用に重大な制限が加えられた。
この判例が示したのは、死刑制度の合法性を判断する際に、刑罰そのものだけを見ればよいわけではないということである。死刑判決後にどのような環境で、どの程度の期間拘禁され、どのような手続を経て執行されるのかまでが人権保障の対象となる。
その結果、1988年以来死刑執行が行われていないことと、死刑制度が法律上存続していることが同時に成立している。これは、政治的な死刑廃止を実現しなくても、司法判断と人権法によって実際の執行を大きく制限できることを示す事例でもある。
警察・司法制度の構造的問題
しかし、ジャマイカの死刑制度を評価する際、死刑判決そのものだけに注目することには限界がある。死刑判決は警察の捜査、検察による起訴、弁護活動、証拠評価、陪審審理、上訴という長い過程の最終段階に位置するからである。
この過程のどこかで重大な誤りが発生すれば、最終的な判決も誤ったものになる可能性がある。特に死刑事件では、その誤りが生命の喪失につながるため、通常の刑事事件以上に厳格な手続保障が必要となる。
ジャマイカでは、裁判の長期化が以前から問題となってきた。刑事事件の滞留は、被告人を長期間不安定な法的地位に置くだけでなく、証人の記憶の変化、証拠の劣化、弁護準備の困難化などを通じて、裁判の正確性にも影響する可能性がある。
その意味で、冤罪防止は裁判所だけの責任ではない。警察による初動捜査、証拠の保全、供述の取得方法、検察による証拠の検討、弁護人への資料提供、裁判官による証拠評価までを一体として改善する必要がある。
枢密院による司法的救済
ジャマイカの刑事司法において重要なのが、枢密院司法委員会による最終的な上訴審査である。過去には、有罪判決や死刑判決について、証拠や手続上の問題を理由として破棄・差し戻しが行われてきた。
これは、ジャマイカの司法制度が一切機能していないことを意味するものではない。むしろ、重大な刑事事件について最終的な司法審査が存在し、下級審の判断に重大な問題が認められれば、上級審がそれを是正する制度が存在することを示している。
一方で、上級審による救済には限界がある。長期間拘束された後に有罪判決が破棄されたとしても、その間に失われた自由、仕事、家族関係、社会的信用などを完全に回復することは困難だからである。
まして死刑の場合、執行後に判決を破棄しても生命を回復することはできない。この不可逆性こそが、死刑事件で捜査と裁判に通常以上の正確性が要求される最大の理由である。
2024年の有罪判決破棄が示す教訓
2024年には、ショーン・キャンベルら4人の殺人有罪判決について枢密院が破棄する重要な判断を示した。この事件では、陪審員の行為と、それに対する裁判官の対応が公正な裁判を損なったと判断され、有罪判決が維持できないとされた。
この事例が示す重要な点は、冤罪や誤判の原因が必ずしも警察の違法捜査だけではないことである。証拠自体に重大な問題がなくても、陪審員の不適切な行為、裁判官による手続上の判断、弁護活動などが重なることで、裁判全体の公正性が損なわれる可能性がある。
したがって、冤罪防止には「警察を適切にすれば十分」という考え方は成り立たない。刑事司法の各段階が互いに監視し、誤りを発見できる仕組みを形成することが重要である。
「治安の神話」と実効性の乖離
ジャマイカでは深刻な殺人や銃器犯罪への対策が長年の重要課題となっており、厳罰を求める社会的要求が存在することは理解できる。しかし、死刑を法律上維持することと、重大犯罪を実際に減少させることは同じ問題ではない。
犯罪抑止には、刑罰の重さだけでなく、犯罪が発生した場合に警察が犯人を特定できる能力、証拠を確保できる能力、検察が適切に起訴できる能力、裁判を合理的な期間内に終える能力などが関係する。
そのため、死刑制度の存在だけを治安政策の中心に置くことには限界がある。ジャマイカのように死刑が1988年以来執行されていない国では、少なくとも現在の治安状況を説明する際、死刑の存在そのものを実効的な犯罪抑止手段として扱うことには慎重な検証が必要になる。
より重要なのは、犯罪を起こした者が適正な捜査と裁判によって確実に責任を問われる制度を構築することである。刑罰の重さだけでなく、捜査の確実性、裁判の迅速性、証拠の質、被害者への支援などを総合的に見る必要がある。
治安部隊による過剰暴力の問題
ジャマイカの現在の人権問題を考えるうえでは、警察・治安部隊による致死的実力行使が特に重要である。独立捜査委員会によると、2025年には治安部隊によって311人が射殺され、これは2024年から約65%増加し、同委員会が記録を開始した2010年以降で最多となった。
この数字だけから、311件すべてが違法な射殺だったと結論付けることはできない。武装犯罪者との銃撃戦など、警察官が合法的に致死的な実力を行使する状況も存在するため、各事件について個別に検証する必要がある。
しかし、これほど多数の死亡事案が発生している以上、国家による致死的実力行使について独立した調査を行い、警察側の説明を客観的証拠によって検証することが不可欠になる。独立捜査委員会も、現場映像などの客観的記録を確保する必要性を繰り返し指摘している。
2026年も問題は続いている。6月10日の独立捜査委員会発表では、同年の治安部隊による射殺者数が153人に達し、直近の5件の事件では11人が死亡した一方、関係した警察官について身体装着型カメラが使用されていなかったと報告された。
この状況は、死刑制度とは直接別の問題である。しかし、国家が生命を奪う場面について十分な記録と独立した検証が必要だという点では、死刑制度と共通する重要な人権問題である。
残虐・非人道的処遇の禁止
市民的及び政治的権利に関する国際規約は、生命に対する権利を保障するとともに、拷問や残虐、非人道的または品位を傷つける取扱い・刑罰を禁止している。死刑制度を維持する国家であっても、この原則を無視することはできない。
ジャマイカの場合、プラット・モルガン判決が示したように、死刑囚を長期間にわたって執行待ちの状態に置くこと自体が人権上の問題となり得る。したがって、死刑制度の適法性は刑法の条文だけではなく、刑の執行までの全過程を含めて評価される必要がある。
また、刑務所の過密、医療へのアクセス、拘禁中の暴力、精神的苦痛なども、死刑制度とは独立した人権問題として検討する必要がある。国家が犯罪者を処罰する権限を持つことと、拘禁者の基本的人権を保障する義務を負うことは両立する。
国際社会からの評価
ジャマイカは国際人権規約の締約国であり、国連の普遍的定期的審査などを通じて、人権状況について国際的な審査を受けている。死刑制度については廃止を求める国際的潮流が強まっている一方、ジャマイカ政府は2026年時点でも死刑を国内法上の刑罰として維持している。
したがって、現在のジャマイカを国際的に「死刑廃止へ完全に移行した国」と評価することはできない。反対に、死刑を積極的に執行する国と同列に扱うことも適切ではなく、1988年以来の執行停止と死刑囚0人という実態を考慮する必要がある。
国際的な評価において重要なのは、死刑の存廃だけではない。警察による致死的実力行使、適正手続、裁判の長期化、拘禁環境、捜査機関の説明責任などを含め、刑事司法制度全体が国際人権基準に適合しているかを検証することが重要である。
ジャマイカの今後の死刑制度を考える場合、法律上の存置を続けるのか、完全廃止へ進むのかという制度選択に加え、刑事司法そのものの信頼性をどのように高めるかが重要になる。
第一に必要なのは、警察捜査の透明性を高めることである。身体装着型カメラなどによって警察活動を客観的に記録し、致死的実力行使について独立機関が迅速に検証できる体制を整えることは、警察官自身の正当な活動を証明するうえでも重要になる。
第二に、刑事裁判の長期化を抑える必要がある。事件処理が遅れれば、被告人の権利だけでなく被害者や遺族の権利も損なわれるため、裁判所の人的・物的資源、法律扶助、証拠管理、上訴手続などを総合的に改善する必要がある。
第三に、死刑事件については特別に高い証拠基準と手続保障が求められる。自白だけに依存しない捜査、目撃証言の慎重な評価、科学的証拠の活用、十分な弁護準備、証拠開示、実効的な上訴制度などを組み合わせることが必要になる。
そして第四に、死刑制度そのものについて、犯罪抑止、被害者救済、人権保障、冤罪防止という複数の観点から継続的な検証を行う必要がある。死刑の存廃を決定することだけでは、ジャマイカの刑事司法が抱える問題のすべてを解決することにはならない。
まとめ
ジャマイカの死刑制度は、法律上は現在も存続しているものの、1988年以来執行されておらず、2025年末時点でも死刑囚は0人である。したがって、制度の実態は「法律上の存置」と「長期的な事実上の執行停止」が併存する状態にある。
その背景には、プラット・モルガン判決をはじめとする司法上の制約がある。特に死刑執行までの長期拘禁を残虐・非人道的処遇として問題視する考え方は、死刑制度を単純な刑罰政策ではなく、人権保障を伴う制度として捉えるうえで重要な意味を持つ。
一方、ジャマイカの問題は死刑制度だけに限定されない。警察による致死的実力行使、捜査における証拠の信頼性、裁判の長期化、弁護権、陪審の公正性など、刑事司法の各段階に課題が存在する。
特に2025年の治安部隊による射殺者数が311人に達したことは、現在のジャマイカにおいて、死刑制度とは別の形で国家による生命への介入が大きな人権問題となっていることを示している。
さらに、2026年にも治安部隊による射殺が多数発生しており、独立捜査委員会が継続的に調査している。したがって、今後の制度改革では、死刑の存廃だけでなく、警察活動の透明性、独立調査、裁判の迅速化、法律扶助、証拠管理、上訴・再審制度を一体的に改善する必要がある。
最終的に、ジャマイカの死刑制度をめぐる最大の問題は、「死刑があるかないか」だけではない。国家が犯罪に対して強力な刑罰権を行使する一方で、その権限を誤用せず、無実の人間を処罰せず、被害者の権利を保障し、警察や司法機関自身の誤りを発見して修正できる制度を構築できるかという問題である。
死刑は生命を奪う不可逆的な刑罰であるため、その制度を維持するのであれば、捜査・起訴・裁判・上訴のすべてにおいて極めて高い信頼性が要求される。現在のジャマイカでは死刑執行そのものが停止しているため、この問題は緊急の執行問題というより、刑事司法制度全体の信頼性と人権保障をどこまで高められるかという制度改革の問題として捉えることが適切である。
参考・引用リスト
1.アムネスティ・インターナショナル
アムネスティ・インターナショナル「死刑判決と死刑執行2025年版」。2026年5月公表。世界各国の死刑執行、死刑判決、死刑囚数を集計した国際比較資料であり、ジャマイカについて2025年の死刑執行0件、死刑判決0件、年末死刑囚0人と記録している。
2.ジャマイカ独立捜査委員会
ジャマイカ独立捜査委員会「2025年治安部隊致死的射撃報告」。2025年に治安部隊によって311人が射殺されたことを記録しており、同委員会の記録開始以降で最多となったことを示している。
3.ジャマイカ独立捜査委員会
ジャマイカ独立捜査委員会「2026年の治安部隊による射殺事件に関する調査」。2026年6月10日時点で同年の治安部隊による射殺者数が153人に達したこと、複数の事件で身体装着型カメラが使用されていなかったことなどを報告している。
4.ジャマイカ独立捜査委員会
ジャマイカ独立捜査委員会「身体装着型カメラの使用と警察による射殺増加に関する声明」。2025年の311人の射殺と、計画された警察活動に関連する死亡事案の多さを指摘し、独立した検証のための映像記録の重要性を示している。
5.死刑制度研究機関
死刑制度に関する国際的研究機関は、プラット・モルガン事件について、死刑判決後の長期間の拘禁が残虐・非人道的処遇の問題となり、ジャマイカおよびカリブ海地域の死刑制度に重大な司法上の制約を与えた事件として整理している。
6.国際連合人権関連資料
国連人権機関によるジャマイカ政府提出資料、普遍的定期的審査関連資料など。死刑制度、刑事司法、警察活動、拘禁、人権保障に関するジャマイカ政府の説明および国際的な審査内容を確認するための基礎資料である。
7.市民的及び政治的権利に関する国際規約
生命に対する権利、拷問および残虐・非人道的または品位を傷つける取扱いの禁止、公正な裁判を受ける権利などを定める国際人権条約。ジャマイカの死刑制度と刑事司法制度を国際人権法の観点から検証する際の基本的な法的基準となる。
8.ジャマイカ最高裁判所・枢密院司法委員会関連判例
プラット・モルガン事件、キャンベルらの事件など、ジャマイカの死刑制度、長期拘禁、適正手続、陪審の公正性、有罪判決の破棄などに関する司法判断。これらは、死刑制度が単独の刑罰規定ではなく、刑事司法全体の手続保障によって制約されることを示す重要な判例群である。
9.本稿全体の検証上の留意点
本稿で示した警察による射殺者数は、独立捜査委員会が把握した「治安部隊による射殺」の統計であり、その全件が違法な殺害であることを意味しない。個々の事案については、警察側の説明、現場証拠、司法判断、独立捜査の結果を個別に検討する必要がある。
また、死刑制度についても、「1988年以来執行されていない」という事実から、法律上完全に廃止されたと結論付けることはできない。2025年末の死刑囚0人という統計と、法律上の死刑存置という2つの事実を併記して評価することが、2026年9月時点のジャマイカの制度を最も正確に理解する方法となる。
