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イランの死刑制度:未成年者(少年)に対する死刑執行

イランの少年死刑制度の最大の特徴は、18歳未満の者を成人と同じ刑事責任体系から一定程度切り離す規定が存在する一方、キサスとフドゥードについては死刑の可能性を残している点にある。
イラン、首都テヘラン、道徳警察の暴力に抗議するデモ(Getty Images)
現状(2026年9月時点)

イランは現在も世界で死刑執行が最も多い国の一つであり、未成年時に犯罪を行った者に対する死刑の問題も解消されていない。とりわけ問題となるのは、犯罪時に18歳未満だった者について、通常の刑事責任年齢とは異なるイスラム法上の概念と、殺人などに適用される報復刑の制度が組み合わさることで、少年が死刑判決を受け得る法的構造が残っている点である。

国際的な人権機関は、イランにおける死刑の増加そのものについても強い懸念を示している。国連人権高等弁務官は2026年8月、同年3月19日以降、国家安全保障関連の罪で少なくとも56人が執行され、そのうち27人が2026年初頭の抗議運動に関連していたと発表し、適正手続上の問題と死刑執行の拡大に警鐘を鳴らした。

ただし、2026年の死刑問題を論じる際には、成人の政治犯や薬物犯罪者などに対する死刑と、犯罪時に18歳未満だった少年の死刑を区別する必要がある。少年事件では、単純に「イランでは18歳未満を死刑にできる」という説明だけでは制度の実態を捉えられず、イスラム刑法、キサス、フドゥード、成人年齢、裁判官による成熟度判断、被害者遺族の意思など複数の制度が重なっている。

イラン人権は、2010年から2022年までの間に少なくとも68人の少年犯罪者が執行されたと記録しており、国連専門家が2023年時点で少なくとも85人の少年犯罪者が死刑囚として収監されていると把握していたことも報告している。また、イラン人権の集計では、1999年から2022年までに世界で確認された少年犯罪者の死刑執行のうち、イランが105件を占めたとされている。

ここで重要なのは、少年に対する死刑がイランの刑法に単純な形で「18歳未満にも死刑を科す」と規定されているわけではないことである。2013年のイスラム刑法には少年に対する教育的・矯正的措置を定める規定が置かれている一方、キサスとフドゥードについては特別な規定が設けられ、その例外構造が少年死刑を残す主要な要因となっている。

イランにおける死刑制度の基本構造

イランの死刑制度を理解するためには、刑罰を一つの制度として見るのではなく、イスラム法を基礎とする複数の刑罰体系に分けて考える必要がある。イスラム刑法では、犯罪と刑罰の関係について、一般的な刑事政策だけではなく、宗教的規範や被害者側の権利を制度の中に組み込んでいる。

特に重要なのが、キサス、ディヤ、フドゥード、タージールといった刑罰類型である。キサスは主として故意の殺人や身体への重大な犯罪に関係し、ディヤは血の代償として金銭によって支払われる賠償に相当し、フドゥードはイスラム法上あらかじめ刑罰が定められている犯罪を対象とする。イスラム刑法の規定では、キサスとディヤは生命、身体、身体機能に対する犯罪について独自の位置を与えられている。

この構造は、国家がすべての刑罰を一方的に決定する一般的な刑法制度とは性格が異なる。特に故意の殺人では、国家による処罰だけではなく、被害者遺族側がキサスを求めるのか、ディヤなどによる和解を選択するのかという問題が刑の帰結に直接関係するためである。

さらに、少年事件では「犯罪時の年齢」と「宗教法上の成熟」が重要な意味を持つ。国際的な人権法では原則として18歳未満の者を児童として扱うのに対し、イランの法体系では、イスラム法上の成人、すなわち成熟の到達を刑事責任との関係で重視するため、国際基準との間に大きな隔たりが生じる。

この違いは、単なる年齢計算の問題ではない。何歳から刑事責任を負うのか、少年をどのような手続で裁くのか、犯罪時の精神的成熟を誰がどのように判断するのか、そして死刑を回避するためにどのような制度を利用できるのかという、刑事司法制度全体の問題につながっている。

キサス(報復刑)

少年に対する死刑問題を理解する上で、最も重要な制度の一つがキサスである。キサスは一般に「報復刑」または「同害刑」と訳され、故意の殺人などについて、加害者に対して犯罪によって生じた結果に対応する刑罰を科す仕組みである。イスラム刑法上、故意の殺人について死刑につながり得るキサスが設定されていることが、少年犯罪者の死刑問題を複雑にしている。

キサスの大きな特徴は、殺人事件において被害者側の権利が極めて重要な位置を占めることである。一般的な刑事司法では、殺人は国家に対する犯罪として検察が起訴し、裁判所が刑罰を決定するという構造が中心になるが、キサスでは被害者遺族の意思が刑の執行可能性に大きく影響する。

そのため、少年が故意の殺人で有罪とされた場合、裁判所が少年の年齢だけを理由として当然に事件を終了させるとは限らない。法定刑としてキサスが成立する可能性がある一方、後述するイスラム刑法第91条によって、犯罪時の理解能力や成熟度について特別な判断が行われる余地が設けられている。

第91条は、フドゥードまたはキサスの対象となる犯罪について、18歳未満の者であっても、犯罪の性質や禁止性を理解していなかった場合、あるいは成熟度や判断能力について疑いがある場合には、通常の刑罰ではなく、少年に対する特別な措置を適用できる仕組みを定めている。この規定は少年死刑を完全に廃止する条文ではなく、裁判所による個別判断に死刑回避の可能性を委ねる制度である。

ここにイランの制度の核心的な問題がある。すなわち、少年に対する刑罰を緩和する方向の規定が存在する一方、キサスという別の法体系によって死刑に至る道が残されているため、「少年に対する死刑を禁止した制度」と「少年犯罪者が死刑判決を受け得る制度」が同一の刑法体系の中に併存しているのである。

イラン人権は、近年執行された少年犯罪者の多くが、キサスまたはフドゥードを根拠として死刑判決を受けていたと分析している。この点から見ると、少年死刑問題の中心は単純な「少年法の欠陥」ではなく、イスラム刑法の異なる刑罰体系がどのように接続されているかという制度設計そのものにある。

また、キサスには死刑を回避する可能性も内在している。被害者遺族が報復刑を放棄し、ディヤを受け取るなどして和解すれば、実際の執行を回避できる場合があるためである。しかし、この仕組みは国家による一律の少年死刑禁止とは異なり、被害者遺族の経済状況、交渉力、社会的立場などが刑事事件の帰結に影響し得るという別の問題を生む。

したがって、キサスを単純に「死刑制度」と同一視することも適切ではない。キサスは報復刑、遺族の権利、ディヤによる和解、司法判断が組み合わさった制度であり、少年事件においては第91条による成熟度判断がさらに重なるため、事件ごとの結論が大きく異なり得るのである。

この複雑な構造を理解しなければ、イランでなぜ少年死刑が国際的な禁止原則と衝突しながら現在まで残っているのかを説明することはできない。

フドゥード(神に対する罪)

キサスと並んで、少年への死刑を考える際に重要なのがフドゥードである。フドゥードは、イスラム法上、刑罰の内容があらかじめ定められている犯罪類型を指し、国家が一般的な刑事政策として自由に刑罰を設定するタージールとは性格が異なる。

イランのイスラム刑法では、フドゥードとキサスが特別な位置を占めている。2013年のイスラム刑法は、18歳未満の者について教育的・矯正的な措置を重視する規定を置いた一方、フドゥードとキサスについては例外を残したため、少年に対する死刑を完全には排除していない。イラン人権の調査では、過去11年間に執行された少年犯罪者のほぼすべてが、キサスまたはフドゥードを根拠として死刑判決を受けていたとされる。

ここでいう「少年」とは、単純に現在の年齢が18歳未満という意味ではない。問題になるのは、犯罪を行った時点で18歳未満だった人物であり、その人物がその後成人しても、犯罪時の年齢をめぐる国際法上の評価は変わらない。

この点は、イラン国内法と国際人権法との違いを理解する上で極めて重要である。国際的には、児童の権利に関する条約第37条により、犯罪時に18歳未満だった者に死刑を科すことは禁止されているが、イラン国内ではシャリーアに基づく成熟の概念が刑事責任との関係で残されている。

したがって、フドゥードという制度そのものだけを見ても、少年死刑の問題を説明することはできない。実際の争点は、18歳という国際的な児童保護基準よりも、宗教法上の成熟や犯罪に対する理解能力を重視する国内法の考え方にある。

司法の不確実性

この問題をさらに複雑にしているのが、イスラム刑法第91条である。2013年のイスラム刑法第91条は、フドゥードまたはキサスの対象となる犯罪について、18歳未満の者が犯罪の性質や禁止性を理解していなかった場合、または精神的な成熟や判断能力について疑いがある場合、通常のフドゥードやキサスではなく、少年に対する教育的・矯正的な措置を適用できる仕組みを設けている。

この条文だけを見ると、2013年の改正によって少年死刑が大幅に制限されたようにも見える。しかし実際には、第91条は18歳未満の者に対する死刑を一律に禁止した規定ではなく、裁判所が本人の理解能力や成熟度を判断する制度であるため、裁判官の判断が刑の帰結を左右する余地が残っている。

特に問題となるのは、「犯罪の性質を理解していたか」「犯罪が宗教的に禁止されていることを理解していたか」「精神的に十分成熟していたか」という判断に、明確な全国統一基準を設定することが難しい点である。国連の子どもの権利委員会も、2016年の総括所見で、第91条による免除が裁判官の裁量に委ねられており、裁判官には法医学専門家の意見を求める義務がないことを問題として指摘した。

つまり、第91条は少年を死刑から守るための安全装置であると同時に、その適用を裁判所の判断に依存させる制度でもある。この構造が、同じような年齢で同じような犯罪を行った少年であっても、裁判所の判断や個別事情によって結果が異なる可能性を生んでいる。

イラン政府側も、第91条によって18歳未満の犯罪者に対する死刑を実質的に除外する仕組みが設けられたと説明してきた。2022年に国連へ提出されたイラン政府側の説明では、2013年のイスラム刑法によって18歳未満の子どもについて死刑が刑罰体系から取り除かれ、第91条によってフドゥードやキサスについても成熟度を考慮すると説明されている。

しかし、国際機関や人権団体は、この説明だけでは問題が解決していないと指摘している。国連の子どもの権利委員会は、第91条の適用によっても18歳未満で犯罪を行った者が死刑となる事例が残っているとして、少年に対する死刑を法律上明確に廃止するよう求めている。

未成年者に対する死刑と法制度の矛盾

ここから、イランの少年死刑制度における最大の矛盾が見えてくる。一方には18歳未満の少年に対して教育的・矯正的措置を優先する規定が存在し、他方にはフドゥードとキサスについて死刑につながる制度が残されているのである。

イスラム刑法第89条などは、一定の少年犯罪者について成人とは異なる刑罰を適用する方向を示している。ところが、第91条ではフドゥードとキサスが特別扱いされ、少年が犯罪の性質や禁止性を理解していたと裁判所が判断した場合、死刑を含む刑罰体系から完全に排除されるわけではない。

このため、「イランでは18歳未満に死刑を科している」という説明と、「2013年の刑法改正で少年への死刑が廃止された」という説明が、一見すると同時に存在することになる。前者は実際の執行例を基準にした説明であり、後者は主としてタージールなど通常の刑罰についての制度改正を基礎とした説明であるため、両者を区別しなければならない。

さらに、第91条は犯罪時の年齢そのものを唯一の基準にしていない。犯罪時に17歳だった人物についても、その犯罪を理解する能力や精神的成熟度が認められれば、キサスなどの死刑対象となる可能性が残るためである。

国連の子どもの権利委員会は、イランに対して繰り返しこの点を問題視している。2016年の総括所見では、18歳未満で犯罪を行った者に対する死刑を終わらせ、第91条による裁判官の裁量に依存するのではなく、法律そのものによって死刑を禁止するよう求めた。

この批判の背景には、児童の権利に関する条約第37条の明確な規定がある。同条は、犯罪時に18歳未満だった者に死刑を科してはならないという国際的基準を示しており、イランも同条約の締約国であるため、国内法上の「成熟」の概念を理由として例外を設けることには国際法上の問題が生じる。

また、少年死刑をめぐる問題は、刑罰の重さだけに限定されない。年齢の確認、精神的成熟度の評価、専門家による鑑定、弁護士へのアクセス、再審の可能性など、刑事手続の各段階が適切に機能して初めて第91条の保護機能が実効性を持つためである。

国連機関は以前から、18歳未満で犯罪を行った者について、年齢に疑いがある場合には少年として扱うことや、独立した年齢確認手続を設けることも求めてきた。これは、出生記録などの不足や年齢確認の争いによって、実際には少年だった人物が成人として扱われる危険を考慮したものである。

したがって、イランの制度上の問題は「少年死刑を認める条文があるか」という一点だけではない。むしろ、少年死刑を回避するために設けられた第91条が、裁判官による個別判断、専門的鑑定の任意性、キサスとフドゥードの特殊性によって十分な保障として機能しているのかという点にある。

この制度上の不確実性は、少年が死刑判決を受けた後の長期間にわたる拘禁にもつながる。犯罪時には少年だった者が、死刑判決を受けたまま何年も拘禁され、その間に成人となり、最終的に成人後に刑が執行されるという事例が存在するためである。

ここでは、「執行された時の年齢」ではなく「犯罪を行った時の年齢」を基準にしなければ、少年死刑の実態を正確に把握できない。

国際法上の義務違反

イランの少年死刑問題を評価するうえで最も明確な基準となるのが、犯罪時の年齢を基準として18歳未満の者への死刑を禁止する国際法である。イランは1994年に「児童の権利に関する条約」を批准しており、同条約第37条は、犯罪を行った時点で18歳未満だった者に死刑を科すことを禁止している。さらに「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第6条5項も、18歳未満の者が行った犯罪について死刑を科してはならないと定めている。

ここで重要なのは、国際法上の基準が「執行時の年齢」ではなく「犯罪を行った時点の年齢」を基準としていることである。国連の子どもの権利委員会は、犯罪時に18歳未満だった者については、その後に成人したとしても死刑を科すことはできないと明確に説明しており、裁判、死刑判決、執行のいずれの時点で18歳を超えているかは原則として決定的な基準にならないとしている。

この原則からすると、イラン国内法が宗教法上の成熟年齢や裁判官による成熟度判断を根拠として少年に死刑を科す余地を残していることは、国際法上の義務と直接的に衝突する。国連機関は長年にわたり、イランに対して18歳未満で犯罪を行った者への死刑を明文で禁止するよう求めてきた。

問題は、イラン政府が2013年のイスラム刑法改正によって少年に対する保護を強化したと説明していることである。イラン側は、18歳未満の犯罪者について教育的・矯正的措置を優先し、第91条によって犯罪の性質や禁止性を理解していなかった場合、あるいは精神的成熟度に疑いがある場合にはキサスやフドゥードを適用しない仕組みを設けたと説明している。

しかし、国際的な評価では、この仕組みは国際法上要求される「全面的な禁止」とは異なる。国連の子どもの権利委員会は、裁判官の裁量により第91条が適用される構造を問題視し、2016年には、18歳未満で犯罪を行った者について死刑を廃止する立法措置を取るようイランに求めた。

したがって、この問題は単なる「国内法と国際法の解釈の違い」ではない。イラン自身が締約国となっている条約において、少年死刑を禁止する年齢基準が明確に設定されている一方、国内法にはその基準から外れる刑罰を可能にする制度が残っているという、法体系上の具体的な不整合である。

国内法(イスラム刑法)の改正と限界

2013年のイスラム刑法改正は、少年犯罪者の処遇をめぐる重要な転換点だった。第89条から第95条では、少年や若年者について成人と異なる刑罰や教育的措置を定め、第91条ではキサスとフドゥードについても一定の条件の下で少年に対する刑罰を変更できる仕組みが導入された。

しかし、この改正は死刑を完全に廃止したものではない。イラン人権の2025年年次報告は、2013年のイスラム刑法が少年犯罪者について死刑を残しており、第91条によってキサスとフドゥードが例外的に扱われるため、過去11年間に執行された少年犯罪者のほぼすべてがこれらの刑罰体系を根拠としていたと指摘している。

第91条の特徴は、年齢だけで死刑を排除しないことである。裁判官が「犯罪の性質を理解していたか」「その行為が禁止されていることを理解していたか」「精神的な成熟や判断能力が十分だったか」を判断し、その結果によってキサスやフドゥードを適用するか、少年に対する教育的措置などに切り替えるかを決める構造になっている。

さらに、第91条の注記では、裁判所が法医学機関などの専門的意見を求めることが認められているが、国連の子どもの権利委員会は、それが裁判所にとって義務ではないことを問題視している。つまり、少年の精神的成熟度という極めて専門的な問題について、専門家の評価を必ず経なければならない制度にはなっていない。

この点は、法律の文言だけではなく、実際の司法運用を検討する必要性を示している。少年を死刑から救済できる条文が存在していても、その適用が裁判官の判断に大きく依存し、全国的に統一された判断基準が明確でなければ、制度による保護には限界が生じる。

また、イラン政府の説明と人権機関の評価には明確な隔たりがある。イラン政府は2025年の国連人権理事会の普遍的定期審査に対する回答で、少年犯罪者について死刑を適用しない方向の法制度を説明しているが、イラン人権は同じ制度の下でキサスとフドゥードを根拠とした少年死刑がなお残っていると指摘している。

この相違は、統計の取り方にも表れる。2026年9月時点でイラン人権が公表している集計では、2026年の少年犯罪者の死刑執行は確認されていない一方、2010年以降では71人の少年犯罪者の執行を記録している。したがって、2026年に少年の執行が確認されていないことは、少年死刑を可能にする法的構造そのものが消滅したことを意味しない。

根深い背景にある構造的問題

少年死刑の問題を法律の条文だけで説明すると、制度がなぜ長期間残っているのかが見えにくくなる。実際には、イスラム法を基礎とする刑罰体系、被害者遺族の権利、司法裁量、法医学的評価、弁護活動、経済的格差などが重なり合っている。

とりわけキサス事件では、国家が一律に刑を決定するのではなく、被害者遺族が報復刑を求める権利を持つことが重要である。殺人事件では、裁判所が有罪を認定して死刑に相当するキサスが成立しても、遺族が報復を放棄し、ディヤなどによる和解に応じれば執行を回避できる場合がある。

これは一見すると少年を死刑から救うための柔軟な仕組みにも見える。しかし、実際には家族の経済力、社会的立場、交渉能力、弁護士や支援団体へのアクセスなどによって結果が左右される可能性があるため、国家が年齢を基準として一律に少年死刑を禁止する制度とは性質が大きく異なる。

イラン人権が2025年の殺人事件に関する報告で指摘しているように、キサス事件では拷問によって得られた供述、十分な独立調査の時間を欠く審理、効果的な弁護を受けられない状況など、適正手続上の問題も報告されている。死刑事件ではこれらの問題が生命そのものに直結するため、少年事件の場合にはさらに重大な意味を持つ。

したがって、少年死刑をめぐる問題は「死刑を残すか廃止するか」という刑罰政策だけではなく、司法制度全体の公平性という問題でもある。少年が十分な弁護を受けられず、年齢や成熟度について適切な専門評価を受けられず、さらに遺族との交渉においても十分な支援を得られなければ、第91条が存在していても実効的な救済を受けることは難しい。

長期にわたる拘禁と「成人に達してからの執行」

少年死刑をめぐる国際的な議論で特に注意すべきなのが、犯罪時と執行時の時間差である。少年が犯罪を行った直後に執行されるとは限らず、死刑判決後に長期間収監され、その間に18歳を超えることがあるためである。

この場合、外見上は「成人に対する死刑」に見えても、国際法上の評価は異なる。国連の子どもの権利委員会は、死刑禁止の基準について、犯罪を行った時点で18歳未満だったかどうかが決定的であり、その後に裁判を受けたり執行されたりする時点で成人しているかどうかは基準にならないと明確にしている。

この原則は非常に重要である。例えば17歳で殺人を行った者が18歳、20歳、あるいはそれ以上になってから執行されたとしても、国際法上は「成人になってから行った犯罪」に対する死刑ではなく、「18歳未満で行った犯罪」に対する死刑として評価されるからである。

国連の子どもの権利委員会は、イランについても、犯罪時に18歳未満だった者が死刑囚として長期間拘禁されていることを問題としてきた。2016年の総括所見では、第91条による再審理を経た後にも死刑判決が維持された例が存在し、少年時の犯罪を理由として死刑囚となっている者への対応を強く求めている。

この時間差は、少年本人にとっても重大な意味を持つ。犯罪時には少年だった人物が、長期間にわたって死刑執行の可能性を抱えながら成人していくことになるため、刑罰の問題だけでなく、拘禁期間、再審、弁護人との接触、家族との関係など複数の問題が連続して発生する。

また、長期拘禁によって本人の年齢が上昇すると、社会からは「成人した死刑囚」と認識されやすくなる。しかし法的な争点は、あくまで犯罪時の年齢であり、成人後の外見や社会的な成熟度によって少年時の犯罪に対する国際法上の保護が消えるわけではない。

この点を見落とすと、少年死刑の実態を大幅に過小評価することになる。死刑執行統計だけを見れば、ある年に少年の執行が確認されなくても、過去に少年時の犯罪によって死刑判決を受けた者が死刑囚として残っている可能性があるためである。

実際、アムネスティ・インターナショナルは2025年について、イランで犯罪時に18歳未満だった人物1人の死刑執行を確認している。世界全体でも同年に確認された少年犯罪者の執行は少なくとも3人であり、イランが依然としてこの問題を抱える国の一つであることを示している。

制度を理解するための重要な視点

ここまでの検討から明らかになるのは、イランの少年死刑問題が単純な「古い法律が残っている」という問題ではないことである。2013年には少年を保護する方向の改正が行われ、第91条という救済規定も導入されたが、その一方でキサスとフドゥードについては死刑につながる法体系が維持されている。

さらに、その救済規定の適用には裁判官の裁量が存在する。専門家による成熟度評価も必須ではなく、弁護活動や適正手続の問題も報告されているため、法律上の救済可能性と実際の救済可能性との間に隔たりが生じる構造になっている。

その結果、少年死刑をめぐる議論では、「2013年改正によって少年死刑が廃止された」という説明だけでも、「イランは少年を成人と同じように死刑にしている」という説明だけでも不十分である。正確には、通常の少年刑事司法では保護規定が存在するものの、キサスとフドゥードという例外領域が残され、第91条の裁量的な成熟度判断を通じて死刑の可能性がなお残っているという構造である。

そして、この構造をさらに強固にしているのが、被害者遺族との示談という制度である。

被害者遺族との示談(ディヤ)の壁

イランの少年死刑を考える場合、刑法上の死刑規定だけでなく、被害者遺族が持つ権限を理解する必要がある。故意の殺人についてキサスが成立した場合、被害者側は報復刑としての執行を求めることができる一方、加害者を赦免したり、ディヤを受け取って死刑を回避したりする選択肢も持つ。

ディヤは一般に「血の代償」などと訳され、殺人などによって生じた損害について、一定の金銭を支払うことで報復刑を回避する仕組みである。したがって、キサスによる死刑判決が出たからといって、必ずしも最終的に死刑が執行されるわけではなく、遺族との合意によって執行を回避できる場合がある。

しかし、この制度には大きな経済的問題が存在する。司法当局は毎年、ディヤの基準となる金額を設定しているものの、イラン人権によれば、被害者側が要求できる金額には法律上の上限がなく、実際には被告側が要求された金額を支払えないために死刑が執行されるケースが存在する。

この点は、少年事件では特に重要である。少年本人には十分な収入や資産がないことが多く、家族も必ずしも高額なディヤを用意できるとは限らないため、法律上は死刑回避の選択肢が存在していても、実際には経済力によって利用可能性が左右されることになる。

さらに、被害者遺族が求める金額と被告側が用意できる金額との間に差があれば、その差額を第三者が支援しなければならない。慈善団体や民間の支援者がディヤを集める活動を行う例もあるが、こうした支援にアクセスできるかどうかは事件ごとに異なる。

この制度を単純に「遺族との示談」と表現することにも注意が必要である。日本の刑事司法における示談とは異なり、イランのキサス事件では、被害者遺族が持つ宗教法上・刑事法上の権利が刑罰の帰結そのものに直結しているからである。

つまり、キサス事件では国家による刑罰権だけでなく、被害者遺族による報復、赦免、ディヤという複数の選択肢が存在する。このため、少年を死刑から救うための制度が、年齢を理由として国家が一律に適用する保護措置ではなく、遺族との交渉や経済的支援を必要とする制度になっている。

ディヤをめぐる経済格差

この構造は、死刑制度と貧困との関係を考える上でも重要である。イラン人権は、ディヤを支払うことができないために死刑が執行された事例を多数記録しており、経済的困窮がキサス事件の最終的な帰結に影響する可能性を指摘している。

2024年について、イラン人権は殺人事件に対するキサスによる死刑執行を少なくとも419件記録した一方、遺族がディヤまたは赦免を選択したケースを649件記録している。これらの数字は、キサス事件のすべてが死刑執行に至るわけではなく、遺族の選択によって相当数の事件で執行が回避されていることを示している。

しかし、この数字をそのまま「遺族の慈悲が死刑を減らしている」と解釈することはできない。ディヤを支払えるかどうか、遺族との交渉が成立するかどうか、さらにその交渉を支援する弁護士や慈善団体に接触できるかどうかという条件が重なるためである。

少年犯罪者の場合には、本人の責任能力や成熟度をめぐる法的問題に加えて、遺族との金銭交渉という別の問題が加わることになる。第91条によって死刑回避の可能性が生じたとしても、キサスが適用される殺人事件では、さらにディヤや赦免をめぐる手続を経なければならない場合がある。

そのため、少年死刑をめぐる救済策を「第91条による成熟度判断」と「ディヤによる和解」に分けて考える必要がある。前者は裁判所による法的判断であり、後者は被害者遺族との関係を中心とする刑事司法上の仕組みである。

脆弱な司法支援

少年死刑の問題をさらに深刻にしているのが、刑事手続における弁護活動の問題である。死刑事件では、事実認定、証拠の信用性、供述の任意性、年齢、精神的成熟度などを詳細に検討する必要があるが、イランではキサス事件について拷問による自白、十分な独立調査を行う時間の不足、効果的な弁護を受けられない事例が報告されている。

少年事件では、この問題の意味がさらに大きくなる。第91条の適用を求めるためには、犯罪時の年齢だけでなく、少年が当時どの程度犯罪の性質を理解していたのか、精神的成熟度についてどのような事情があったのかを裁判所に示す必要があるためである。

このような主張を効果的に行うためには、弁護士が少年司法に関する知識を持ち、証拠を独自に検証し、必要に応じて法医学的評価を求めることが重要になる。しかし、弁護士へのアクセスそのものが制限される場合には、第91条という救済規定が存在しても、それを十分に利用できない可能性がある。

2024年には、17歳の時に逮捕されたモハンマド・レザ・アジジについて、アムネスティ・インターナショナルが重大な適正手続違反を指摘した。アジジは21歳になっていたが、犯罪時は17歳であり、捜査段階で弁護士が立ち会わないまま取り調べを受け、その際の「自白」が有罪判決の根拠として利用されたと報告されている。

さらに、イランの司法当局下にある法医学機関は、アジジについて犯罪当時に「精神的成長と成熟」に達していたと判断したとされる。しかしアムネスティが確認した法的資料によれば、その判断について具体的な説明は乏しく、本人が氏名を答えられたことなどが根拠として挙げられていたとされる。

この事例は、第91条の制度的限界を具体的に示している。少年の成熟度を評価する仕組みが存在していても、その評価方法が明確でなければ、年齢とは別に主観的な判断が入り込む余地が生じるからである。

また、捜査段階で弁護士が十分に関与できない場合、後の裁判で証拠の問題を争うことは難しくなる。特に死刑事件では、取り調べ時の供述がどのような状況で得られたのかを検証することが重要であり、弁護人の不在はその検証可能性を低下させる。

「自白」と適正手続の問題

死刑事件における自白の扱いは、イランの司法制度に対する国際的な批判の中でも繰り返し登場する問題である。イラン人権は、キサス事件について拷問による供述取得や、独立した証拠調査の時間が不足した簡易的な裁判、効果的な弁護を受けられない事例を報告している。

アムネスティも2026年2月、2026年1月の抗議運動に関連して死刑の危険にさらされている人物の中に2人の17歳が含まれていると報告し、捜査段階で弁護士へのアクセスが認められなかったことや、拷問などによって得られた「自白」が問題になっていると指摘した。

ただし、この2026年の事例は、キサスによる少年死刑とは異なる政治・治安関連事件を含んでいるため、両者を同一の法的枠組みとして扱うべきではない。ここで共通しているのは、死刑の可能性がある事件で、捜査段階の弁護人へのアクセスや供述の任意性が重大な問題になるという点である。

このことから、少年死刑の検証では「死刑を規定する条文」だけを見るのでは不十分である。捜査、起訴、裁判、上訴、第91条の適用、成熟度評価、キサスの確定、ディヤ交渉、執行停止という一連の過程を一つの司法手続として分析する必要がある。

少年本人と家族に集中する負担

さらに、死刑回避のための手続が本人や家族に大きな負担を与えるという問題もある。裁判で第91条の適用を求め、必要に応じて再審査を申請し、遺族とディヤについて交渉し、場合によっては慈善団体などから資金を集めるという複数の作業を同時に行わなければならないからである。

少年本人が刑事手続を理解し、これらの手続を自ら進めることは難しい。したがって、家族や弁護士、支援団体がどれだけ機能するかが重要になるが、すべての死刑囚が同じ支援を受けられるわけではない。

この点から見ると、ディヤ制度は死刑回避のための重要な制度であると同時に、社会的・経済的格差を刑事司法の結果に反映させる可能性を持つ制度でもある。イラン人権が報告するように、被告側がディヤを用意できず、遺族が死刑を選択した場合には、最終的に執行に至る可能性が残されている。

したがって、少年死刑の問題を解決するには、単に「ディヤを払えば助かる」という制度論だけでは足りない。犯罪時18歳未満の者については死刑そのものを禁止する国際基準を国内法に明確に反映させることに加え、捜査段階からの弁護、独立した証拠評価、成熟度判断の透明性、再審制度へのアクセスを確保する必要がある。

国際社会の反応につながる問題

イランの少年死刑に対する国際的な批判は、単に死刑制度そのものに向けられているわけではない。犯罪時18歳未満の者を死刑にしないという国際法上の原則に加え、適正手続、拷問の禁止、弁護士へのアクセス、独立した裁判を受ける権利などが一体となって問題にされている。

2025年には、アムネスティが世界で確認した少年犯罪者の死刑執行のうち、少なくとも1件がイランで行われたと報告している。さらに同年、イランでは少なくとも2,159人の死刑執行が記録され、アムネスティが記録した1981年以降のイランの年間執行数として最多となった。

ただし、少年死刑の件数だけを見て制度全体の危険性を判断することはできない。少年死刑は全死刑執行の中では一部にすぎないものの、国際法上、犯罪時18歳未満の者への死刑は例外なく禁止されているため、少数の事例であっても法的には重大な問題となる。

また、少年死刑を防止するための国内制度が存在していることと、その制度が実際に機能していることも区別しなければならない。第91条、ディヤ、赦免、再審など複数の救済手段が存在すること自体は事実だが、それらが裁判官の裁量、経済力、弁護活動、遺族との交渉などに左右されるなら、国際法が要求する一律の少年死刑禁止とは異なる制度になる。

この意味で、イランの少年死刑問題は、宗教法と国際人権法の単純な対立だけでは説明できない。国内法の例外規定、司法裁量、被害者遺族の権利、経済格差、弁護活動、長期拘禁が複雑に結び付いた構造的な問題として捉える必要がある。

国際社会の反応と現状

2026年9月時点で、イランの死刑制度をめぐる国際的な批判は、少年死刑だけではなく、死刑執行そのものの急増、政治的事件への適用、適正手続の欠如、拷問による供述の利用など、複数の問題を対象としている。特に2025年のイランでは、アムネスティ・インターナショナルが少なくとも2,159件の死刑執行を記録しており、同団体が記録を開始した1981年以降で最多となった。

少年死刑については、2025年に世界で少なくとも3人が、18歳未満の時に行った犯罪を理由として執行され、そのうち1人がイランだったとアムネスティ・インターナショナルは報告している。さらに、イランでは犯罪時に18歳未満だった者が死刑囚として残っていることも報告されており、少年死刑の問題が過去の事例だけではなく、現在進行形の問題であることが分かる。

2026年に入ってからも、死刑をめぐる懸念は弱まっていない。アムネスティ・インターナショナルは2026年2月、1月の抗議運動に関連して死刑の危険にさらされている人物の中に17歳の少年2人が含まれていると報告し、捜査段階での弁護士へのアクセスの欠如や、拷問によって得られたとされる供述などを問題として指摘した。

その後の2026年3月から4月にも、若い抗議参加者に対する死刑執行が報告された。アムネスティ・インターナショナルは2026年4月、1月の抗議運動に関連して死刑判決を受けていたアミールホセイン・ハタミが4月2日に執行されたと報告している。

ただし、これらの2026年の政治・治安関連事件と、キサスを中心とする一般刑事事件の少年死刑を完全に同一視することはできない。犯罪類型、適用される法律、裁判所、刑罰の根拠が異なるためであり、少年死刑を体系的に理解するには、それぞれの法的経路を区別する必要がある。

一方、国際社会が共通して問題にしている基本原則は明確である。児童の権利に関する条約第37条は、犯罪を行った時点で18歳未満だった者に死刑を科すことを禁止しており、この基準は執行時の年齢ではなく犯罪時の年齢を基準とする。

国内制度と国際基準の隔たり

イラン政府は、2013年のイスラム刑法改正によって少年に対する保護が強化され、第91条によって犯罪の性質や禁止性を理解していなかった場合などにキサスやフドゥードの適用を回避できると説明している。しかし、国際的な人権機関は、第91条が死刑を明文で禁止する制度ではなく、裁判官による成熟度判断に依存する制度であることを問題視している。

この違いは、制度評価において重要である。イラン国内法の側から見ると、少年を成人とは異なる方法で扱う規定が存在しているが、国際法の側から見ると、犯罪時18歳未満の者に対する死刑そのものを禁止する必要があり、「成熟していたかどうか」を個別に判断して死刑の可能性を残す制度では国際基準を満たさない。

つまり、2013年改正の問題は「少年に対する保護規定が存在しない」ことではない。むしろ保護規定が存在する一方で、その例外としてキサスとフドゥードが残され、裁判官の判断によって死刑の可能性が排除されない点に制度上の限界がある。

この構造を変更するためには、第91条の運用を改善するだけでは十分ではない。犯罪時18歳未満の者については、成熟度、性別、犯罪類型、被害者の属性などにかかわらず死刑を禁止する明確な法規定が必要になる。

長期拘禁と成人後執行の問題

少年死刑の議論では、執行された人物が成人していることだけを理由に、その事件を成人犯罪者の死刑として扱うことはできない。犯罪時に17歳だった人物が、死刑判決後に数年間拘禁され、20歳代になってから執行された場合でも、国際法上の基準は犯罪時の年齢によって決まるからである。

この時間差は、イランの制度を理解するうえで極めて重要である。死刑判決から執行までの期間が長ければ長いほど、統計上は「成人の死刑」に見える事例の中に、実際には少年時の犯罪を理由とする死刑が含まれる可能性がある。

2024年のモハンマド・レザ・アジジの事例は、この問題を象徴する一例である。彼は2024年当時21歳だったが、問題となった犯罪は17歳の時に起きたものであり、アムネスティ・インターナショナルは弁護士不在の取り調べで得られたとされる供述が有罪判決に利用されたことを問題視し、執行停止を求めた。

このような事例から、少年死刑の統計は「その年に18歳未満の者が何人執行されたか」だけでは不十分だと分かる。犯罪時年齢、判決時年齢、執行時年齢、死刑判決を受けてからの拘禁期間を分けて記録することが、制度の実態を把握するうえで必要になる。

今後の展望

今後の最大の論点は、イスラム刑法第91条の運用改善ではなく、犯罪時18歳未満の者への死刑を法律上完全に禁止できるかどうかである。国連機関が繰り返し求めてきたのも、裁判官の裁量による救済ではなく、18歳未満の者について死刑を適用できないことを明確にする法改正である。

そのためには、キサスとフドゥードについても少年死刑の例外を残さないことが重要になる。特にキサスについては被害者遺族の権利が制度の中心に置かれているため、少年を死刑から保護するためには、遺族による赦免やディヤの支払いに依存するのではなく、犯罪時の年齢そのものを死刑適用の絶対的な制限とする必要がある。

同時に、司法手続の改善も不可欠である。年齢確認、弁護士への早期アクセス、取り調べにおける拷問の防止、供述の任意性の検証、成熟度評価の透明性、独立した医学的・心理学的評価、再審手続へのアクセスなどを整備しなければ、第91条を改正したとしても死刑事件における適正手続の問題は残る。

2026年の状況を見ると、死刑制度そのものについても国際的な懸念はむしろ強まっている。アムネスティ・インターナショナルは2026年5月、2025年のイランにおける執行件数が少なくとも2,159件に達したと報告しており、2026年にも政治・治安関連事件を中心に執行の継続を確認している。

したがって、少年死刑の問題だけを切り離して考えることには限界がある。死刑制度全体が拡大する状況の中で、少年についてのみ例外的に保護を強化するのか、それとも死刑制度そのものについてより広範な改革を進めるのかという問題が、今後の人権政策と司法改革の双方に関係してくる。

まとめ

イランの少年死刑制度の最大の特徴は、18歳未満の者を成人と同じ刑事責任体系から一定程度切り離す規定が存在する一方、キサスとフドゥードについては死刑の可能性を残している点にある。2013年のイスラム刑法改正によって第91条が導入され、少年の成熟度や理解能力を考慮する制度が設けられたものの、それは国際法が求める「犯罪時18歳未満の者への死刑の全面禁止」とは異なる。

さらに、実際の事件では裁判官による成熟度判断、専門家による評価のあり方、弁護士へのアクセス、供述の任意性、再審制度、被害者遺族との交渉、ディヤを支払う経済力などが結果に影響する可能性がある。したがって、この問題は単なる刑罰制度の問題ではなく、刑事司法全体の手続的公正、経済格差、被害者と加害者双方の権利、宗教法と国際人権法の関係を含む複合的な問題である。

特に重要なのは、「成人してから執行された」という事実によって少年死刑の問題を見えなくしないことである。国際法上の基準は犯罪時の年齢であり、17歳で犯罪を行った人物が20歳代になって執行されたとしても、その死刑が少年時の犯罪を理由とするものであれば、18歳未満の者への死刑禁止という国際基準との関係が問題になる。

2026年9月時点で確認できる資料からは、イランが少年死刑を完全に廃止したとは評価できない。むしろ、2013年改正による限定的な保護、第91条による司法裁量、キサスとフドゥードの例外、長期拘禁、ディヤによる救済、脆弱な司法支援という複数の要素が重なり、国際基準との隔たりが残っていると整理するのが適切である。

この問題を正確に理解するには、イランの宗教的・法的制度を単純に否定するのではなく、国内法がどのような仕組みで少年への死刑を可能にしているのかを具体的に分析する必要がある。そのうえで、イラン自身が批准した国際条約上の義務と国内法との間にどのような差があるのかを確認することが、少年死刑問題を客観的に検証する基本的な方法になる。


参考・引用リスト

  • 国連人権高等弁務官事務所「子どもに対する死刑に関する国際基準」および児童の権利に関する条約第37条関連資料。
  • アムネスティ・インターナショナル「死刑判決と死刑執行2025年版」。2025年の世界各国の死刑執行状況、イランにおける少なくとも2,159件の執行、犯罪時18歳未満だった者の執行などを収録している。
  • アムネスティ・インターナショナル「イラン:17歳で逮捕された青年モハンマド・レザ・アジジ、差し迫った執行の危険」。犯罪時17歳だった人物が成人後も死刑の危険に置かれた事例と、弁護士不在の取り調べなどについて記録している。
  • アムネスティ・インターナショナル「イラン:2026年1月の抗議運動に関連して死刑の危険にさらされる子どもたち」。2026年の17歳の少年2人を含む死刑リスク、拷問による供述とされるもの、弁護士へのアクセスなどを扱っている。
  • アムネスティ・インターナショナル「イラン:抗議参加者・反体制派に対する執行の拡大」。2026年3月から4月にかけての死刑執行と、若年の抗議参加者をめぐる状況を記録している。
  • アムネスティ・インターナショナル「イランの人権状況」。死刑制度全体、少年時の犯罪を理由とする執行、死刑囚として残る少年犯罪者などについて整理している。
  • イラン人権「イランにおける死刑制度および少年犯罪者に関する年次調査」。2013年イスラム刑法第91条、キサス、フドゥード、少年犯罪者の死刑執行について長期的な統計と分析を掲載している。
  • 国連子どもの権利委員会「イランに関する総括所見」。少年死刑、第91条、成熟度判断、司法裁量などについてイラン政府に対する勧告を示している。
  • イラン・イスラム共和国政府による国連人権機関への報告資料。2013年イスラム刑法改正後の少年犯罪者に対する法的取り扱いについて、イラン政府側の説明を確認するための資料である。
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