レソトの死刑制度:刑事司法・収容施設の全体的な課題
レソトの死刑制度は、法律上は2026年現在も存続しているが、1995年以来、死刑執行が確認されていないという特殊な状態にある。したがって、レソトは「死刑を維持している国」であると同時に、長期間にわたる事実上の執行停止を経験している国でもある。
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現状(2026年10月時点)
アフリカ南部の内陸国レソトでは、2026年10月時点でも死刑制度が法律上存続している。国際的な死刑制度の動向を調査する死刑廃止世界連合の資料では、レソトは死刑を維持する国に分類され、現在も2人が死刑判決を受けた状態にある一方、2023年、2024年、2025年の死刑執行はいずれも0件で、最後に確認された執行は1995年である。
この数字から見えてくるのは、レソトの死刑制度が「積極的に執行される刑罰」ではなく、「法律上は残されているが、長期間にわたって実際には使用されていない制度」になっているという特徴である。したがって、レソトの死刑問題を評価する場合には、死刑執行の件数だけを見るのではなく、死刑判決を受けた者の長期拘禁、裁判制度の機能、司法へのアクセス、刑務所の収容能力、人権保障を一体として検討する必要がある。
さらに重要なのは、死刑制度をめぐる問題がレソトの刑事司法制度全体から切り離せないことである。近年の刑務所では収容者数が急増しており、2023年の1,835人から2026年3月には2,757人へ増加し、マセル中央矯正施設では定員500人に対して971人が収容されていたと報告されている。
この状況は、死刑制度を単純に「執行するか、廃止するか」という法制度上の問題として扱うことの限界を示している。死刑を執行しない場合でも、死刑判決を受けた者は国家の管理下に置かれ続けるため、適切な収容環境、医療、弁護人へのアクセス、上訴手続、公正な裁判を受ける権利などが確保されなければ、刑罰制度そのものが重大な人権問題を抱えることになる。
死刑制度の現状と法的位置づけ
レソトは死刑制度を法律上廃止していないため、国際的な分類では「死刑存置国」に位置づけられる。ただし、1995年以降、確認された死刑執行が存在しないという長期間の実務上の停止状態が続いており、法制度と実際の刑事司法運用との間には大きな隔たりがある。
レソトは国際人権規約の一つである「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の締約国である一方、死刑廃止を目的とする同規約第2選択議定書には加入していない。このため、国際法上ただちに死刑廃止国として扱われる立場にはなく、国内法上の死刑存続を国際的に撤回する最終的な法的拘束を自ら受け入れているわけでもない。
ここには、レソトの死刑制度を理解するうえで重要な二重構造がある。一方では、死刑を実際に執行しないという長期的な運用が形成されており、他方では、将来的に死刑を適用できる法的余地が残されているため、制度そのものが完全に消滅したとはいえないのである。
この「法律上の存続と事実上の停止」の組み合わせは、死刑制度をめぐる国際的な議論でも重要な論点となっている。死刑を長期間執行しない国では、制度廃止に向けた政治的意思が存在する場合でも、犯罪抑止や重大犯罪への対応を理由として死刑条項を残すことがあり、レソトもその典型的な事例の一つと考えられる。
法律上の存続(保持国)
レソトが死刑制度を維持している最大の特徴は、死刑が単なる歴史的規定として残っているのではなく、2026年時点でも国際的な調査機関から「保持国」として分類されている点にある。死刑廃止世界連合の2026年9月30日更新資料でも、レソトは死刑存置国と明確に位置づけられている。
ただし、法律上死刑が存在することと、国家が実際に死刑を執行することは別問題である。レソトの場合、最後の確認された執行から30年以上が経過しているため、制度の法的存続そのものが、実際の刑事政策と必ずしも一致していない。
この状態は、司法当局にとっても複雑な問題を生む。死刑を宣告する可能性を法律上残しながら、実際には長期間執行しない場合、死刑判決を受けた者の処遇、恩赦や減刑、上訴、再審、拘禁期間などをどのように整理するかが重要になるからである。
とりわけ、公正な裁判に関する制度的保障が十分でない場合、死刑制度の存在は通常の自由刑以上に重大な危険をもたらす。誤判が生じた場合、拘禁期間の補償では回復できても、死刑執行後には原状回復が不可能だからである。
そのため、レソトにおける死刑制度の評価では、死刑そのものの是非だけでなく、警察による捜査、検察による起訴、弁護人へのアクセス、裁判所の審理能力、上訴制度、証拠の信頼性などを含めて検討する必要がある。死刑という不可逆的な刑罰を維持するためには、通常の刑事司法制度以上に高い手続的保障が要求されるためである。
事実上の執行停止(モラトリアム)
レソトでは、1995年の最後の死刑執行以降、長期間にわたって執行が確認されていない。このため、制度上は死刑を維持しながら、実際の執行を停止している「事実上のモラトリアム」と評価できる状態にある。
ただし、ここで注意すべきなのは、事実上の執行停止と法的な死刑廃止は同じではないということである。法的廃止では、国家が死刑を刑罰として選択できる権限そのものを国内法から取り除くが、モラトリアムでは将来の政治的判断によって執行再開の可能性が残る。
レソトの場合、この違いは特に重要である。1995年以降に死刑が執行されていないという事実は、死刑制度の実務的な重要性が低下していることを示す一方、現在も死刑判決を受けている者が存在することは、制度が完全に過去のものとなったわけではないことを示している。
また、長期的な執行停止は、死刑囚の拘禁そのものにも問題を生じさせる可能性がある。死刑判決後に上訴や恩赦の手続が長期化すれば、本人は執行される可能性を抱えながら長期間にわたって拘禁されることになり、その心理的・身体的負担や拘禁環境の適否が人権上の論点となる。
したがって、レソトの現状は「死刑を実際には執行していないから問題がない」という単純なものではない。むしろ、死刑制度を残したまま執行しない状態が30年以上続いていること自体が、死刑制度の将来的位置づけを再検討する契機になっている。
国際的な廃止圧力
国際的には死刑廃止を求める圧力が強まり続けており、レソトもその流れから無関係ではない。国際人権機関や死刑廃止を推進する団体は、死刑の不可逆性、誤判の危険性、差別的適用の可能性などを理由として、死刑存置国に対して廃止または執行停止を求めている。
レソトについても、国際的な人権審査の枠組みでは、死刑制度を廃止する方向への移行が継続的に求められている。特に、死刑を維持しながら実際には30年以上執行していないというレソトの実態は、制度を廃止しても刑事司法上の実務に与える影響が比較的小さい可能性を示している。
国際的な観点から見れば、レソトが今後取り得る選択肢は大きく2つに分かれる。1つは現在の事実上の執行停止を維持しながら死刑制度を法律上残す方法であり、もう1つは国内法を改正して死刑そのものを正式に廃止し、国際的な死刑廃止の枠組みにさらに接近する方法である。
もっとも、死刑廃止を実現するためには、単に刑法上の死刑規定を削除するだけでは不十分である。死刑制度を支えてきた刑事司法の仕組み、特に重大犯罪への対応、被害者支援、裁判の迅速化、矯正施設の改善、再犯防止などを同時に強化しなければ、廃止後の刑事政策に対する社会的な信頼を確保することは難しい。
そして、この点こそがレソトの死刑問題を刑務所問題や司法制度の問題と結びつける重要な部分である。
刑事司法の構造的課題
レソトの刑事司法制度は、憲法上は司法の独立、適正手続、公正な公開裁判などを保障しているが、実際の運用では人的・財政的資源の不足が制度全体の処理能力を圧迫している。2025年の司法年度開始に際しては、最高裁判所長官自身が裁判所の混雑、司法手続の遅延、事件の累積を主要な問題として指摘し、裁判官の増員と司法機関の強化が必要だと述べている。
この問題の背景には、刑事事件の増加に対して裁判所側の処理能力が十分に拡大していないという構造がある。特に殺人、銃器を用いた犯罪、強姦、家畜窃盗などの重大犯罪が増加しており、最高裁判所長官は2025年、刑事司法制度が増加する事件数に対応できていないとの危機感を示した。
司法制度の負担は、単純に裁判官の人数だけで説明できない。検察官、弁護士、通訳、法医学専門家、裁判所職員、捜査機関などが相互に連携して初めて刑事裁判は成立するため、どこか一つの部分に人員や資金が不足すると事件全体の処理が停滞する。
国会の委員会資料でも、司法機関の人員不足、裁判所の老朽化、事件の累積、予算不足が指摘されている。特に事件の累積は被告人だけでなく被害者やその家族にも影響を与えるため、単なる行政上の効率性の問題ではなく、司法へのアクセスそのものに関わる問題である。
こうした状況は、死刑制度を維持する場合にさらに重大な意味を持つ。死刑は生命を奪う不可逆的な刑罰であるため、通常の自由刑以上に捜査、起訴、証拠評価、弁護、裁判、上訴の各段階で高い精度が求められるからである。
公正な裁判の懸念
レソトの憲法と法律は、被告人に公正で公開された裁判を受ける権利を認めており、推定無罪、弁護士との接見、証人への反対尋問、証拠提出、判決への不服申立てなどの手続的権利も保障している。米国務省の人権状況報告でも、裁判所は一般的には適正手続を実施していると評価されている。
しかし、法律上の権利が存在することと、それをすべての被告人が現実に利用できることは別問題である。無料の法律扶助制度は存在するものの、貧困状態にあるすべての被拘禁者に弁護士を提供できるだけの能力を持っていないと報告されており、経済力によって防御能力に差が生じる可能性がある。
2026年に公表されたアフロバロメーターの調査は、この司法アクセスの問題を市民側から具体的に示している。一般市民が裁判所で正義を得られることについて「ある程度自信がある」または「非常に自信がある」と答えた人は48%にとどまり、裁判を起こす費用を負担できると考える人は33%、必要な法律支援を得られると考える人は30%だった。
さらに、地域で利用できる法律扶助サービスを知っている人は23%にすぎないという結果も出ている。問題解決の際に伝統的指導者や伝統的裁判制度を利用すると答えた人が66%に達する一方、正式な地方裁判所を利用すると答えた人は2%にとどまっており、国家の司法制度と住民の日常的な紛争解決手段との間には大きな距離が存在する。
この状況は、死刑制度との関係で特に慎重に評価する必要がある。経済的に弱い被告人が十分な弁護を受けられず、証拠を争う機会や専門的な法的主張を十分に行えない場合、その事件で死刑が選択されることには重大な人権上のリスクが伴うからである。
法律扶助と弁護能力の限界
刑事裁判において弁護人は、単に裁判所に出席するだけの存在ではない。証拠の検証、証人への反対尋問、捜査手続の適法性の確認、精神状態など被告人に関する事情の調査、量刑に関する主張、上訴の準備など、多数の専門的作業を担う。
レソトでは法律扶助制度が設けられているものの、その人的・財政的能力には限界があると国際的な人権報告で繰り返し指摘されている。弁護人が確保できないことは裁判そのものを遅らせるだけでなく、被告人が十分な防御を行えないまま長期間拘禁される原因にもなる。
また、弁護士が裁判期日に出席しないことや、被告人が弁護士を変更することも事件遅延の原因として報告されている。これは個々の弁護士の責任だけで説明するのではなく、刑事事件の増加、専門人材の不足、法律扶助制度の能力不足などを含む制度全体の問題として捉える必要がある。
特に死刑事件では、この問題の重大性が増す。死刑判決を回避するための防御だけでなく、死刑判決後の上訴や再審請求まで考慮すれば、長期間にわたって専門的な法律支援を維持する必要があるためである。
証拠収集と法医学能力の問題
刑事司法の遅延には、裁判所そのものだけでなく捜査段階の問題も影響する。過去の人権状況報告では、法医学能力の不足や法医学専門家の不足が事件処理の障害となり、死亡原因を裏付ける十分な証拠を確保できないことが事件の進行に影響した事例が指摘されている。
これは殺人事件など重大犯罪の審理にとって特に深刻である。死刑が適用され得る事件では、供述だけでなく物証、法医学的証拠、死亡原因、犯行状況などを総合的に検証する必要があるため、専門的な捜査能力の不足は誤判リスクと直接結びつく可能性がある。
したがって、死刑制度の存続を議論する場合には、刑罰規定だけでなく、国家が重大犯罪をどれだけ正確に立証できる能力を持っているのかを検証しなければならない。捜査機関、検察、法医学機関、弁護側、裁判所のいずれかに重大な能力不足が存在すれば、死刑制度に要求される最高水準の手続的保障を実現することは困難になる。
司法の遅延
レソトの刑事司法制度において最も継続的に指摘されてきた問題の一つが、事件処理の遅延である。人権状況報告では、裁判官不足、弁護士の不出廷、弁護人の変更、裁判官の忌避申立て、通訳不足などが裁判の長期化につながっているとされている。
2021年には、迅速な裁判を実現するため、被告人が勾留された後、一定期間内に裁判を開始することを求める制度の強化が行われた。しかし、法律上の期限を設けるだけでは、裁判官、弁護士、検察官、捜査機関、法医学機関などの実務能力が不足している場合、実際の事件処理速度を十分に改善できない。
遅延の深刻さを示す例として、2025年には高等裁判所で2人の裁判官の退任後、218件の未処理事件が残されたと地元紙が報じている。その中には1994年までさかのぼる事件も含まれており、当事者の所在不明、記録の紛失、証人の所在確認困難など、時間の経過そのものが裁判の実効性を低下させる問題も指摘された。
刑事事件で時間が経過すると、証人の記憶が薄れ、証拠が失われ、被告人や被害者の関係者が所在不明になる可能性が高まる。したがって司法の遅延は、単に「裁判が遅い」という行政上の問題ではなく、真実発見と公正な判決そのものを困難にする。
長期の未決拘禁という問題
司法の遅延が最も直接的に影響するのが、まだ有罪判決を受けていない被告人の未決拘禁である。2023年の米国務省報告では、未決拘禁者が刑務所人口の42%を占め、拘禁期間が被告人に科され得る最高刑を超える場合さえあったとされている。
過去の報告では、裁判官不足、弁護士不足、法医学能力の不足、行政上の不備などによって未決拘禁が数年に及ぶ事例も確認されている。2019年には、マセルの矯正施設で起訴されないまま最長8年間拘禁されていた未決拘禁者が確認されたと報告されており、司法の遅延が極端な場合にどのような結果を生むかを示している。
未決拘禁者は法律上、有罪判決を受けた受刑者とは異なる立場にある。にもかかわらず裁判が長期間進まなければ、実質的には刑罰に近い拘禁状態を強いられることになる。
そして、この問題は次回扱う収容施設の過密化と直接的につながっている。裁判の遅延によって未決拘禁者が増加すれば、刑務所の収容能力を圧迫し、結果として衛生、医療、食事、居住空間、職員配置などの環境悪化を引き起こす可能性がある。
死刑制度との接点
以上を総合すると、レソトの死刑制度を評価する際には、「1995年以来、死刑執行が行われていない」という事実だけでは不十分である。法律上の死刑制度を維持する一方で、司法制度には事件の累積、裁判官不足、法律扶助の不足、法医学能力の不足、長期未決拘禁などの構造的問題が存在しているからである。
特に死刑は誤判を完全に回復できない刑罰であるため、司法制度の構造的弱点が残されたまま死刑を法律上維持することには、自由刑の場合とは異なる重大なリスクがある。レソトの死刑問題は、刑罰政策だけではなく、「国家がどの程度まで公正で迅速かつ正確な刑事司法を実現できているか」という制度能力の問題として捉える必要がある。
収容施設(刑務所)の実態と課題
レソトの刑事司法を考えるうえで、裁判所から刑務所へと視点を移すと、制度上の問題がさらに明確になる。2026年の報告では、レソト矯正局が管理する収容施設は、過密化、老朽化、衛生状態の悪化、医療資源の不足、栄養状態の問題などが複合した状態にあり、単なる施設不足ではなく、矯正制度そのものの機能低下が問題となっている。
特に注目すべきなのが収容者数の急増である。全国の収容者数は2023年の1,835人から2026年3月には2,757人へ増加しており、約3年間で922人、率にして約50%増加した計算になる。
この増加に対して施設の収容能力は十分に拡張されていない。2025年5月には、全国の収容能力が約1,600人であるのに対して収容者が2,686人に達し、全体として約61%の過密状態にあると政府側からも説明されていた。
つまり、レソトの刑務所問題は2026年になって突然発生したものではなく、長期間蓄積してきた構造的問題が、収容者数の増加によって限界点に近づいていると理解すべきである。2003年に行われた調査でも、施設の過密化、物理的・制度的インフラの不足、建物の老朽化、資源不足、職員の士気低下などが問題として指摘されており、20年以上前から類似した問題が存在していた。
深刻な施設内の過密化(オーバークラウディング)
過密化の実態を最も端的に示しているのが、マセル中央矯正施設である。同施設は500人を収容する設計だったが、2026年3月には971人が収容されており、定員のほぼ2倍に達していた。
さらに深刻なのは、これは最も極端な例にすぎないことである。2026年のオンブズマン報告によれば、国内施設の約半数が過密状態にあり、一部の施設では本来4人を収容するために設計された居室に10人が入れられ、コンクリートの床で睡眠を取る収容者も存在するとされる。
過密化は居住空間の不足だけを意味しない。1つの居室に収容される人数が増えれば、換気、採光、トイレ、入浴、給水、食事、清掃、医療など、ほぼすべての施設機能に負荷がかかるため、最終的には収容者の生命・身体の安全にまで影響する。
また、過密化は職員側にも負担を集中させる。少ない職員で多数の収容者を監視しなければならなくなることで、個々の収容者の健康状態や暴力被害を把握する能力が低下し、施設内の秩序維持や緊急時の対応も困難になる。
2025年には、矯正施設の過密化の大きな要因として、判決を受けた受刑者だけでなく、裁判を待つ未決拘禁者が多数存在することが政府・議会側から指摘された。全国の収容者2,686人のうち約39%、約1,300人が裁判を待っている者だったとされ、司法の遅延が刑務所の過密化を直接的に増幅していることが分かる。
この点は司法の遅延との重要な接点である。裁判所の処理能力が不足して未決拘禁が長期化し、その結果として刑務所が過密化し、過密化によって施設環境と医療体制が悪化するという循環が形成されているのである。
衛生・医療環境の悪化
過密化がもたらす最大の危険の一つが感染症の拡大である。2026年の報道では、レソトの過密な収容施設で結核、疥癬、ペラグラなどが広がっているとされ、オンブズマン側は劣悪な換気、衛生状態、栄養状態がこうした健康問題を悪化させていると指摘している。
特に結核は、閉鎖された空間で長時間にわたって多数の人が生活する刑務所において重大な問題となる。換気が不十分な居室に多数の収容者を集めれば、感染者と非感染者の接触機会が増え、感染症が施設内で拡大する危険性が高まる。
疥癬についても同様であり、過密な生活空間と衛生用品の不足が重なることで感染を抑制しにくくなる。刑務所の衛生問題は収容者だけの問題ではなく、職員、面会者、医療従事者など施設外との接触を通じて地域社会にも影響を及ぼし得るため、公衆衛生上の問題として扱う必要がある。
ペラグラの報告はさらに深刻である。これは栄養不足などによって発症する疾患であり、2026年にはマフェテングの施設で一部の収容者に確認されたと報じられていることから、レソトの刑務所問題には単なる「居住スペース不足」にとどまらず、食事の質や栄養管理の問題も含まれていることが分かる。
過去の米国務省による人権状況報告でも、レソトの刑務所では医療、衛生、換気、照明、暖房、衣類、食事など複数の分野で問題が指摘されてきた。2022年の報告では、各施設に看護師と診療所は存在するものの、十分な医療体制とはいえず、24時間対応可能な医療施設がないため、夜間に病人が居室内に留め置かれる状況も報告されている。
こうした問題は2026年の状況を理解するうえでも重要な背景となる。つまり、現在の危機は単純な収容者数の増加だけではなく、以前から存在していた医療・衛生・設備上の脆弱性に、過密化という新たな圧力が加わった結果と考えられる。
水・衛生設備と生活環境
レソト政府は、近年、一部の矯正施設について水道、照明、換気、診療所などの改善を進めてきたと説明している。2025年に国連人権理事会へ提出された政府側資料では、マセル、レリベ、モハレズフーク、マフェテングなどで施設改修が行われ、生活空間、照明、換気、流水へのアクセスなどが改善されたとされている。
しかし、改善が全国の施設に均等に及んでいるわけではない。政府資料自身が、改修された施設では水洗式の設備が導入されている一方、その他の施設では依然として簡易な衛生設備に依存していることを認めており、施設間の格差が残っている。
さらに、レリベでは地域全体の水不足が施設にも影響しているとされる。刑務所内の衛生環境は施設単独の努力だけでは改善できない場合があり、水道、下水、医療、廃棄物処理など地域インフラとの連携が不可欠となる。
このため、刑務所の環境改善を単に建物の改修問題として扱うことには限界がある。必要なのは、収容能力の拡大、安定した給水、衛生用品の確保、適切な食事、医療従事者の増員、感染症対策を一つの政策として統合することである。
医療体制の不足
医療面では、国際機関からも改善要求が続いている。2025年に公表されたアフリカ人権・人民権委員会のレソト訪問報告では、刑務所内の医療サービスについて、施設面の改善だけでなく、訓練を受けた看護師や精神保健専門職の増員が必要だと指摘されている。
特に精神保健は、刑務所政策の中で見落とされやすい分野である。長期拘禁、未決拘禁、過密な居住環境、暴力、家族との分離などが重なれば、収容者の精神的負担は大きくなり得るため、身体疾患だけを対象とする医療体制では不十分である。
また、重症患者については刑務所内の診療だけでは対応できず、外部の医療機関への移送が必要になる。ところが、過密な施設では医療を必要とする収容者そのものが増えるため、施設内医療と一般医療機関の双方に負担がかかる。
2026年の国会資料も、刑務所が十分な医療・人権基準を満たしておらず、過密化、老朽化、衛生状態の悪化、栄養不足、リハビリテーション計画の不足が複合していると評価している。さらに、刑事司法の遅延が過密化を悪化させ、公衆衛生上のリスクを拡大させていると指摘している。
過密化が生む安全管理上のリスク
過密化は衛生や医療だけでなく、施設内の安全管理にも影響する。収容者数に対して職員数や監視能力が不足すれば、収容者同士の暴力、性的暴力、脅迫、物品の違法な取引などを防止することが難しくなる。
過去の人権状況報告では、レソトの刑務所内で職員による身体的虐待と収容者同士の暴力が報告され、性的暴力を含む事例も確認されている。こうした問題は、過密化、職員不足、施設の老朽化、監督体制の弱さが重なった場合に深刻化しやすい。
2024年に公表されたアフリカ地域の刑務所監督に関する報告では、レソトの刑務所における組織的な拷問や医療を受けられない収容者の問題についても取り上げられている。そこでは、職員による暴力、監視の届きにくい場所での虐待、責任追及の困難さ、職員不足、施設不足などが相互に関連していると分析されている。
この問題は、刑務所を単に「犯罪者を隔離する場所」と考えることの危険性を示している。矯正施設には国家による強制的な管理権限が集中するため、監視制度、苦情申立て制度、独立した調査、医療へのアクセスなどが弱ければ、収容者の権利侵害が表面化しにくい。
改善策と限界
レソト政府も問題を放置しているわけではない。2025年には、早期釈放や恩赦を活用して収容者数を減らす政策が進められ、国王誕生日を契機として200人が恩赦で釈放されたほか、マセルなど複数施設の改修や感染症対策も実施されている。
しかし、施設改修や一時的な釈放だけでは、問題の根本的解決にはならない。2026年のオンブズマンによる追跡調査では、2023年に出された78件の改善勧告のうち実施されたものは約9%にとどまり、約91%が未実施だったとされている。
ここから見えてくるのは、レソトの刑務所問題が「予算を増やせば解決する」という単純な問題ではないということである。予算、司法制度、施設管理、職員教育、医療、独立監督、未決拘禁の削減、更生プログラムなどを同時に改善しなければ、過密化によって生じる問題を別の場所へ移すだけになりかねない。
特に重要なのは、刑務所人口そのものを減らす政策である。未決拘禁者が多数を占める以上、裁判の迅速化、保釈制度の適切な運用、非拘禁型の刑事司法措置、早期釈放制度などを組み合わせなければ、施設を新設しても長期的には再び過密化する可能性が高い。
死刑制度との関係
ここまでの状況を死刑制度との関係で考えると、問題はさらに複雑になる。レソトでは死刑執行そのものが長期間停止している一方、国家が生命を奪う刑罰を法律上維持している以上、その対象者を拘禁する施設にも高度な人権保障が求められる。
死刑判決を受けた者が長期間にわたって過密で衛生状態の悪い施設に収容され、十分な医療や弁護へのアクセスを得られないのであれば、死刑制度の法的存続だけでなく、その執行停止期間中の処遇そのものが問題になる。さらに、裁判の遅延によって拘禁期間が長期化するならば、死刑制度と刑事司法制度の機能不全が直接結びつくことになる。
したがって、レソトの死刑問題を評価する際には、死刑判決の数や執行件数だけではなく、「国家が拘禁されている人間をどのような環境で扱っているのか」という観点が不可欠である。死刑の廃止・存続をめぐる議論は、刑務所の過密化、医療不足、衛生環境、暴力防止、更生政策と切り離して論じることができない。
リソースと更生プログラムの不足
レソトの刑務所問題は、収容者を施設内に留める能力だけでなく、刑期を終えた後の社会復帰をどこまで支援できるかという点にも及んでいる。刑務所が過密化し、職員や医療従事者、教育担当者、社会復帰支援担当者などの人的資源が不足すれば、矯正施設が本来担うべき更生機能は後退し、単なる拘禁施設へと傾く危険がある。
レソト政府は、矯正政策を単純な収容から社会復帰へ転換する方向性を示しており、職業訓練、教育、農業などを通じて収容者が釈放後に生活基盤を確保できるようにする取り組みを進めている。2025年の政府資料でも、矯正施設内で職業教育や技能訓練を実施し、再犯防止と社会復帰を促進する方針が示されている。
しかし、制度として更生を掲げることと、すべての収容者が十分なプログラムを利用できることは別問題である。過密化した施設では、教室、作業場、訓練設備などの物理的空間が不足し、職員不足も重なるため、個々の収容者の状況に応じた教育や職業訓練を継続的に実施することが難しくなる。
特に短期刑の受刑者や未決拘禁者が多数存在する環境では、長期的な更生計画を作成すること自体が困難になる。収容者が裁判を待っている段階では有罪判決を受けた受刑者と同じ意味での矯正処遇を適用することもできないため、未決拘禁の長期化は更生政策の対象者を複雑化させる。
このため、刑務所の更生機能を強化するには、施設内の教育や職業訓練を増やすだけでは不十分である。裁判の迅速化によって未決拘禁を減らし、刑事司法の入口から出口までを一体として改革しなければ、矯正施設に過度の負担が集中する構造は変わらない。
職員不足と専門人材の問題
矯正施設を適切に運営するには、看守だけではなく、医師、看護師、心理職、社会福祉関係者、教育担当者、職業訓練指導者など、多様な専門職が必要となる。ところがレソトでは、こうした専門人材の不足が刑務所の医療と更生の双方を制約している。
アフリカ人権・人民権委員会は2025年のレソト訪問報告で、刑務所の医療サービスについて、十分な医療設備に加えて、訓練を受けた看護師や精神保健専門職の増員が必要だと指摘した。これは、収容者の健康管理を刑務官だけに依存できないことを示している。
職員不足は安全管理にも影響する。収容者数に対して職員が少なければ、居室や作業場所の監視が不十分になり、暴力、威嚇、違法物品の持ち込みなどを把握することが難しくなる。
さらに、職員自身が過重な勤務を強いられれば、疲労や士気低下が生じる可能性がある。2003年の調査でも、レソトの矯正制度について、資源不足や施設の老朽化とともに職員の士気低下が問題として挙げられており、この点でも問題の根深さが分かる。
更生よりも収容が優先される構造
刑務所政策の目的は、社会から危険な人物を隔離することだけではない。犯罪を犯した者が再び犯罪を行わないようにすること、教育や職業技能を身につけさせること、社会復帰を可能にすることも重要な役割である。
ところが過密化が進むと、施設運営の優先順位は必然的に変化する。職員は収容者の安全確保、食事の配給、監視、移送、医療対応など緊急性の高い業務に追われ、教育や心理的支援、職業訓練といった中長期的な業務に割ける時間が減少する。
2026年のレソトの状況は、その典型的な状態に近づいている。定員を大幅に超える収容者を抱えるマセル中央矯正施設や、国内各地の過密施設では、まず収容者を安全に管理し、最低限の生活を維持すること自体が大きな課題となっている。
その結果、更生政策が制度上存在していても、現場では十分な成果を上げにくい。これは刑務所の予算を単純に増額すれば解決する問題ではなく、収容者数そのものを抑制し、司法制度の遅延を解消し、刑務所職員の専門性を高めるという複数の改革を同時に進める必要があることを意味する。
人権侵害と安全管理の課題
レソトの刑務所をめぐっては、過密化や衛生状態だけでなく、収容者に対する人権侵害の可能性も長年指摘されてきた。過去の人権状況報告では、矯正施設職員による身体的虐待、収容者同士の暴力、性的暴力などが問題として報告されている。
特に問題なのは、施設内で発生した暴力について、被害者が外部に訴えにくいことである。収容者は自由に施設を離れることができず、職員による監督を受け続けるため、職員自身が加害者である場合には、通常の市民よりも苦情申立てや捜査を求めることが難しくなる。
このため、刑務所における人権保障には、内部の監督だけではなく外部からの独立した監視が必要になる。オンブズマン、裁判所、人権機関、国際機関などが定期的に施設を訪問し、収容者から直接話を聞く仕組みは、閉鎖的な施設における権力乱用を抑制するうえで重要である。
ところが2026年のオンブズマンによる追跡調査では、過去に提示された改善勧告の大部分が実施されていないことが明らかになった。2023年に示された78件の勧告について、2026年時点で実施されたものは約9%にとどまり、約91%が未実施だったと報告されている。
これは単なる行政上の対応不足ではない。独立監視機関が問題を発見し、改善策を提示しても、それが実際の施設運営に反映されなければ、監督制度そのものの実効性が失われるからである。
拷問・虐待防止の課題
刑事司法制度において、拷問や非人道的な扱いを防止することは死刑制度の有無にかかわらず基本的な要件である。特に拘禁施設では、国家が個人の自由を完全に制限しているため、国家には収容者の生命と身体を保護する積極的な責任が生じる。
アフリカ地域の刑務所監視に関する報告では、レソトについて、収容者への虐待、医療へのアクセス不足、職員による暴力、施設内の監督上の問題などが指摘されている。施設が過密で監視能力が低下すれば、こうした人権侵害を発見することも、防止することも難しくなる。
また、収容者同士の暴力も国家の責任と無関係ではない。国家が管理する施設内で暴力が発生する場合、職員が直接加害していなくても、危険を予測して防止するための合理的な措置が取られていたかどうかが問われるためである。
したがって、安全管理の改善には、単純な職員増員だけでなく、暴力の記録、苦情処理、独立調査、職員教育、監視カメラなどの設備、危険な収容者の適切な分類など、多層的な対策が必要となる。
収容者の分類と施設管理
過密化した刑務所では、異なる属性の収容者を適切に分離することも困難になる。未決拘禁者と有罪判決を受けた受刑者、初犯者と再犯者、若年者と成人、健康状態に問題を抱える者などを適切に分類しなければ、刑務所が犯罪性をさらに強める環境になる危険がある。
本来、未決拘禁者は有罪判決を受けていないため、受刑者とは異なる法的地位にある。にもかかわらず刑務所の収容能力が不足すると、物理的なスペースの制約から、異なるカテゴリーの収容者を十分に分離できなくなる可能性がある。
この問題は、再犯防止という観点からも重要である。軽微な犯罪で拘禁された者や初犯者が、刑務所内でより重大な犯罪歴を持つ人物と長期間接触することになれば、矯正施設が逆に犯罪ネットワーク形成の場となる危険性がある。
したがって、収容者の分類は単なる管理上の細部ではなく、刑事政策の根幹に位置する。過密化を解消することは、人権保障だけでなく、再犯防止と公共安全のためにも必要なのである。
刑務所改革と司法改革は一体である
レソトの収容施設の問題を検討すると、刑務所だけを改革することの限界が明らかになる。収容者数が増える原因の一つが司法の遅延であり、未決拘禁者が刑務所人口を押し上げている以上、裁判所の処理能力を改善しなければ刑務所の過密化は再発する。
逆に、刑務所の環境が悪化すれば、収容者の健康状態や精神状態が悪化し、更生プログラムへの参加も困難になる。その結果、釈放後の社会復帰が進まず、再犯の危険が高まり、再び刑事司法制度に負担をかける可能性がある。
つまり、レソトでは「警察が犯罪を取り締まる」「裁判所が判決を出す」「刑務所が受刑者を収容する」という個別の行政領域としてではなく、捜査、裁判、拘禁、医療、更生、社会復帰を一つの循環として考える必要がある。
この視点から見ると、死刑制度の問題も刑務所改革から切り離せない。死刑を執行していないとしても、死刑判決を受けた者を長期間拘禁する制度が存在する以上、その拘禁環境と手続保障は国家の刑事司法能力を測る重要な指標となる。
死刑制度が突きつける制度的問題
レソトでは1995年以来、死刑執行が確認されていないため、死刑制度は実務上ほとんど使用されていない。しかし、法律上の制度が残っている限り、死刑判決を受ける可能性は存在し、その場合には通常の刑事事件以上に厳格な手続的保障が必要になる。
ところが現実には、裁判の遅延、法律扶助へのアクセス不足、法医学能力の制約、未決拘禁の長期化、刑務所の過密化、医療不足、人権侵害への監督不足など、多数の問題が同時に存在する。この状況では、死刑制度を存続させることが刑事司法制度全体に高度な信頼性を要求する一方、その基盤となる制度能力にはなお改善の余地が大きい。
したがって、レソトにおける死刑廃止論は、単なる人権理念の問題だけではなく、刑事司法制度の現実的な能力を踏まえた制度改革論として位置づけることができる。すなわち、死刑を廃止することによって不可逆的な刑罰に伴う誤判リスクを排除すると同時に、裁判の迅速化、法律扶助、矯正施設、更生政策などを強化する方向である。
今後の改革に必要な視点
今後のレソトに必要なのは、刑務所の定員を単純に増やす政策だけではない。未決拘禁の削減、裁判の迅速化、保釈制度の適切な運用、非拘禁型の刑罰の活用、法律扶助の拡充、医療体制の強化、職業訓練と教育の拡大、独立監視制度の実効性向上を同時に進める必要がある。
特に、2026年時点で2,700人を超える収容者を抱える状況を考えれば、施設建設だけで問題を解決することは現実的ではない。収容者を増やす刑事司法の構造そのものを見直し、刑務所を最後の手段として位置づける政策への転換が必要となる。
また、死刑制度については、1995年以来の長期的な執行停止を踏まえ、法律上の存続を続ける合理性を改めて検討する時期に来ていると評価できる。死刑を維持するのであれば極めて高い水準の裁判保障が必要となり、廃止するのであれば重大犯罪に対する長期自由刑、更生、被害者支援などを充実させる必要がある。
今後の展望
2026年10月時点のレソトを総合的に見ると、死刑制度は法律上存続しているものの、1995年以来、死刑執行が確認されていないという長期的な事実上の停止状態にある。この状況は、レソトが死刑制度を完全に廃止するための社会的・制度的条件を検討するうえで重要な材料となっている。
死刑廃止を実現する場合、最も大きな論点は重大犯罪に対する刑事政策をどのように再構築するかである。死刑に代わる長期自由刑を適切に運用し、被害者への支援、犯罪被害の回復、再犯防止、更生プログラムを強化することによって、死刑廃止後も公共安全を維持できる制度を構築する必要がある。
一方、現在のように死刑を法律上残したまま執行しない政策を継続することも可能ではある。しかし、その場合には死刑判決を受けた者を長期間拘禁することになり、司法の遅延、上訴手続の長期化、収容環境、人権保障という別の問題が累積するため、長期的には制度の存在そのものを再検討する必要性が高まる。
死刑廃止に向けた法制度上の課題
レソトが死刑を正式に廃止するためには、国内法上の死刑規定を削除するとともに、重大犯罪に対する適切な代替刑を明確にする必要がある。さらに、死刑判決を受けて拘禁されている者について、刑の減軽、再判決、恩赦などをどのように行うかという経過措置も必要となる。
国際的には、死刑廃止を目的とする国際人権規約の第2選択議定書への加入が重要な選択肢となる。レソトは国際人権規約の締約国ではあるものの、同議定書には加入していないため、将来的な死刑廃止を国際的な法的枠組みの中で明確にする余地が残されている。
ただし、条約への加入だけで刑事司法制度の問題が解決するわけではない。死刑を廃止した後も、殺人などの重大犯罪に対する捜査能力、検察能力、裁判所の処理能力、刑務所の安全管理を改善しなければ、制度改革に対する社会的信頼を確保することは難しい。
したがって、死刑廃止は刑法上の一条文を削除するだけの改革ではなく、刑事司法制度全体を再設計する機会として位置づけるべきである。
司法の迅速化が最優先課題
レソトの刑事司法改革において、最優先すべき課題の一つは司法の遅延である。裁判官不足、事件の累積、弁護士の不足、法医学能力の不足、通訳不足などによって刑事事件が長期化すれば、未決拘禁者が増加し、刑務所の過密化をさらに悪化させる。
この問題を解決するには、裁判官や裁判所職員の増員だけでなく、検察、法律扶助、警察、法医学機関を含めた司法全体の処理能力を引き上げる必要がある。特に未決拘禁者については、事件の優先処理、定期的な拘禁審査、適切な保釈の活用などによって、裁判前の拘禁期間を短縮することが重要である。
2025年にレソトの最高司法当局が裁判所の事件累積と処理能力不足を問題として取り上げたことは、この課題が単なる人権団体からの批判ではなく、司法制度内部でも認識されていることを示している。
司法の迅速化は、死刑制度との関係でも不可欠である。死刑判決を受けた者が長期間にわたり上訴を続ける場合、裁判の遅延は単なる行政上の非効率ではなく、生命に関わる重大な手続問題となるからである。
刑務所の過密化への対応
2026年のレソトでは、全国の収容者数が2,757人に達し、2023年の1,835人から約50%増加している。マセル中央矯正施設では定員500人に対して971人が収容されており、定員の約1.9倍という極めて厳しい状況にある。
この状況を改善するためには、短期的には施設の改修、医療体制の拡充、水・衛生設備の改善、食事の質の向上、職員増員などが必要となる。だが、長期的には収容者数そのものを減らさなければ、施設を拡張しても再び過密化する可能性が高い。
特に重要なのは、未決拘禁者を減らすことである。2025年には収容者の約39%が裁判を待つ未決拘禁者であると報告されており、刑務所の過密化と司法の遅延が直接結びついていることが分かる。
したがって、刑務所問題を解決するためには、刑務所の建設だけでなく、裁判所の処理能力を高め、保釈や非拘禁型措置を適切に利用し、軽微な犯罪について過度に拘禁へ依存しない刑事政策を構築する必要がある。
医療・衛生環境の改善
刑務所内の医療と衛生については、単なる施設改善ではなく、収容者の生命を守るための最低基準として捉える必要がある。2026年には、過密な収容施設で結核、疥癬、栄養不足に関連する疾患などが問題となっており、換気、衛生、食事、医療人材の不足が複合していると報告されている。
したがって、医療改革では診療所を設置するだけでは不十分である。医師、看護師、精神保健専門職の確保、医薬品の安定供給、感染症の早期発見、外部医療機関との連携、栄養状態の監視などを一体化する必要がある。
また、精神保健を刑務所政策の中心的課題の一つとして位置づける必要がある。長期拘禁、裁判の遅延、家族との分離、施設内暴力などは精神的負担を増大させる可能性があり、精神保健支援を欠いた更生政策は十分に機能しない。
更生と社会復帰の強化
刑務所改革の最終的な目標は、収容者を単に施設内に閉じ込めることではなく、社会に安全に復帰させることである。教育、職業訓練、心理的支援、依存症対策、家族関係の維持、釈放後の就労支援などを組み合わせることで、再犯を減らす可能性が高まる。
レソト政府も職業訓練や教育などを矯正政策の一部として位置づけているが、過密化と資源不足がこうした取り組みの実施を制約している。
したがって、今後は収容者数を減らす政策と更生政策を同時に進める必要がある。過密化を解消することで職員が個々の収容者に対応できる時間を増やし、その余力を教育や職業訓練へ振り向けるという循環を作ることが重要である。
人権監視制度の実効性
刑務所改革を継続するためには、外部からの監視が不可欠である。2026年のオンブズマンによる調査では、2023年に示された78件の改善勧告のうち実施されたものが約9%にとどまり、約91%が未実施だったと報告されている。
この数字が示すのは、問題を発見する仕組みそのものよりも、発見された問題を実際の政策変更へつなげる仕組みが弱いということである。独立した監視機関が調査を行い、改善勧告を出しても、それを政府機関が履行しなければ、監視制度は形式的なものになってしまう。
今後は、勧告の履行状況を定期的に公表し、未実施の理由を明確化するとともに、刑務所当局だけでなく司法、保健、財政など関係機関が共同で改善策を実施する仕組みが必要となる。
また、収容者自身が安全に苦情を申し立てられる制度も重要である。職員による虐待や収容者同士の暴力を報告したことで不利益を受けることがないよう、匿名性や報復防止を確保した苦情処理制度を整備する必要がある。
死刑廃止の合理性
以上を総合すると、レソトには死刑を正式に廃止する合理的な根拠が存在すると評価できる。最大の理由は、1995年以来、死刑執行が確認されていないことであり、長期間にわたって事実上の執行停止が続いているため、廃止によって現在の刑事司法運用が大きく変化する可能性は限定的だからである。
さらに、刑事司法制度に事件処理の遅延、法律扶助の不足、法医学能力の制約などが存在し、刑務所では過密化や医療不足が深刻化していることも重要である。このような制度環境では、誤判を完全に回避できるだけの司法制度を維持することは容易ではなく、不可逆的な死刑を残すことには大きな制度的リスクがある。
もちろん、死刑廃止によって重大犯罪への対応が弱くなってはならない。死刑に代わる厳格な自由刑を整備し、重大犯罪について適切な捜査と裁判を行い、被害者とその家族に必要な支援を提供することが同時に必要となる。
つまり、死刑廃止は「犯罪者に対する刑罰を軽くする政策」と捉えるべきではない。むしろ、不可逆的な刑罰への依存を減らし、確実な捜査、迅速で公正な裁判、適切な自由刑、再犯防止、更生、被害者支援を組み合わせた刑事司法制度へ移行する改革と位置づけるべきである。
まとめ
レソトの死刑制度は、法律上は2026年現在も存続しているが、1995年以来、死刑執行が確認されていないという特殊な状態にある。したがって、レソトは「死刑を維持している国」であると同時に、長期間にわたる事実上の執行停止を経験している国でもある。
しかし、死刑制度だけを取り出して評価すると、レソトが抱える刑事司法上の問題を見落とすことになる。裁判の遅延、未決拘禁、法律扶助の不足、法医学能力の制約、刑務所の過密化、衛生・医療環境の悪化、更生資源の不足、人権侵害への監督不足は、すべて相互に結びついている。
特に2026年の収容者数2,757人という数字は、レソトの矯正制度が収容能力の限界を大きく超えていることを示す。マセル中央矯正施設では定員500人に対して971人が収容されており、過密化は衛生、医療、安全、更生のすべてを圧迫している。
また、刑務所の過密化は司法の遅延と密接に関連している。未決拘禁者が多数存在する状況では、裁判所の処理能力を改善しない限り、刑務所の増設だけでは過密化を根本的に解消できない。
この意味で、レソトの刑事司法改革における中心課題は、「死刑を残すか廃止するか」だけではない。国家が犯罪を正確に捜査し、公正かつ迅速に裁判を行い、拘禁中の人間を適切に処遇し、刑期終了後の社会復帰を支援できる制度を構築できるかどうかが本質的な問題である。
死刑制度については、30年以上にわたる執行停止という現実を踏まえれば、正式廃止へ移行することが最も整合的な選択肢の一つと考えられる。その際には、死刑に代わる長期自由刑、被害者支援、司法の迅速化、法律扶助の拡充、刑務所の医療・衛生改善、更生プログラムの強化を同時に進める必要がある。
結局のところ、レソトにおける死刑問題は、死刑という一つの刑罰の問題にとどまらない。それは、国家が刑事司法制度をどの程度公正に運用できるのか、拘禁された人間の尊厳をどこまで保障できるのか、そして犯罪者を社会復帰へ導く制度を構築できるのかという、法治国家としての制度能力そのものを問う問題なのである。
参考・引用リスト
- 死刑廃止世界連合「レソトの死刑制度に関する国別資料」
- レソト政府「司法制度・最高司法機関に関する資料」
- レソト国会上院「刑務所の過密化に関する議事資料」
- レソト国会「矯正施設視察・刑務所改革に関する報告書」
- レソト国民通信社「矯正施設の過密化と改善勧告に関する報道」
- アフリカ人権・人民権委員会「レソトにおける人権促進活動・刑務所訪問報告」
- 国連人権理事会「普遍的定期審査に関するレソト政府提出資料」
- アフロバロメーター「レソトにおける司法へのアクセスに関する調査」
- 米国務省「レソト人権状況報告」
- 国際的な刑務所監視・人権保障に関するアフリカ地域報告資料
