コラム:SNSとヘイトクライムの関係
SNSとヘイトクライムの関係は歴史的・構造的に深く結びついており、その解決にはプラットフォーム規制、教育、国際協力、社会意識の変革といった多面的な取り組みが必要である。
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近年、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及は、社会生活や政治活動の在り方を大きく変化させた。ツイッター(現X)、フェイスブック、インスタグラム、ユーチューブ、ティックトックなどは、個人の情報発信を容易にし、世界規模での交流を可能にしている。しかし一方で、SNSは差別的言説や偏見を拡大させる装置としても機能しており、特にヘイトクライムの増加と密接に関連していると指摘されている。
米国では、FBIの統計によると、2021年のヘイトクライム件数は8327件に達し、これは2008年以来の高水準である。また、アジア系住民に対する差別や暴力事件が、新型コロナウイルスの感染拡大とともに急増した。これらの動きの背後には、SNS上での偽情報拡散や差別的表現が存在していた。ハッシュタグを用いた差別キャンペーンや、特定の民族・宗教に対する陰謀論的な情報の拡散は、社会の分断を助長している。
日本においても例外ではなく、Xや匿名掲示板を通じて在日コリアンや中国人、LGBTQ、難民などに対する差別的発言が繰り返されている。2016年には「ヘイトスピーチ解消法」が成立したが、SNSにおける発信を完全に抑止することは困難であり、依然として問題は続いている。現状として、SNSはヘイトクライムの温床であり、現実社会に直接的な暴力を生み出す引き金となっている。
歴史
SNSとヘイトクライムの関係を理解するためには、まずインターネット上における差別表現の歴史を振り返る必要がある。
1990年代後半、インターネットが一般化すると同時に、極右団体や差別的イデオロギーを持つグループは、ウェブサイトを通じてプロパガンダを発信するようになった。米国では「ストームフロント(Stormfront)」などの白人至上主義サイトが台頭し、オンライン空間を利用した組織化が始まった。
2000年代以降、SNSが普及すると、それまで閉じられた掲示板やコミュニティで行われていた差別的言説が、より広範囲に拡散されるようになった。特に2010年代に入ると、ツイッターやフェイスブックを利用した偽情報キャンペーンが顕著となった。2016年の米大統領選挙では、ロシアの情報機関がSNSを通じて人種対立を煽るコンテンツを拡散し、社会的分断を深めたことが明らかになっている。
一方、日本でも2000年代後半から「嫌韓デモ」や「在特会(在日特権を許さない市民の会)」などが台頭し、その動員や宣伝にSNSが活用された。ユーチューブにアップロードされたデモ映像やツイッターでの情報共有が、差別思想の拡散に寄与した。こうした経緯から、SNSは単なる情報共有の場ではなく、差別的イデオロギーの伝播装置として歴史的役割を果たしてきたといえる。
経緯
SNSとヘイトクライムが結びつく経緯には、いくつかの段階が存在する。
第一に、SNSが持つ「拡散性」である。従来のメディアは編集や検証を経て情報が流通していたが、SNSでは誰もが即座に発信でき、アルゴリズムによってセンセーショナルな投稿が優先的に拡散される。その結果、差別的な発言や暴力を正当化するようなメッセージがバイラル化する。
第二に、「エコーチェンバー現象」がある。SNSのアルゴリズムはユーザーの関心に沿った情報を提示するため、同じ価値観や偏見を共有する人々が集まりやすい。その結果、異なる意見に触れる機会が減り、差別的な世界観が強化される。米国では白人至上主義者がSNS上でつながり、銃乱射事件や暴動へとつながった事例が報告されている。
第三に、「偽情報と陰謀論」の拡散である。例えばコロナ禍において「ウイルスは中国が作った兵器だ」といった陰謀論が拡散され、アジア系住民に対する攻撃が増加した。国連の報告書でも、SNSがアジア系差別を煽るプラットフォームとなったと指摘されている。
日本でも、難民や移民に関する虚偽情報(生活保護の不正受給率が高い、治安悪化の原因になるなど)がSNSを通じて拡散され、それが差別的デモや排外的運動の正当化に使われてきた。こうした経緯を通じて、SNSはヘイトクライムの発生を間接的に後押しする装置となっている。
問題点
SNSとヘイトクライムの関係には、いくつかの深刻な問題が存在する。
第一に、プラットフォームの規制の限界がある。Xやメタ(旧フェイスブック)はヘイトスピーチを禁止する規約を設けているが、実際には膨大な投稿をすべて監視することは困難であり、多くの差別的コンテンツが放置されている。また、政治的中立性や言論の自由との兼ね合いから、強力な規制が実施されにくい。
第二に、SNSが持つ匿名性や拡散速度により、個人が過激な思想に触れる機会が飛躍的に増えている点である。例えば2019年のニュージーランド・クライストチャーチのモスク銃乱射事件では、犯人が犯行前にSNSで声明を発表し、さらに事件をライブ配信した。SNSが過激思想の実行段階までの橋渡しをしてしまった典型的な例である。
第三に、社会の分断が深刻化する点がある。SNSは右派・左派、保守・リベラルといった政治的対立を先鋭化させ、互いを敵視する言説が過激化する傾向を助長している。結果として、単なる言葉の暴力が現実世界のヘイトクライムに転化するリスクが高まる。
課題
このような現状に対処するには、いくつかの課題が存在する。
まず、プラットフォーム企業の責任をどう位置付けるかという問題がある。SNS企業は自社の収益モデル上、ユーザーの滞在時間を最大化するために「炎上」や「対立」を助長する傾向を持つ。そのため、単に自主規制に委ねるだけでは不十分であり、法的規制や第三者機関による監視が必要とされる。
次に、社会教育の課題がある。SNSで流通する情報の真偽を見極める「メディア・リテラシー教育」が不足しており、特に若年層や高齢者が偽情報に影響を受けやすい。ドイツやフィンランドでは、学校教育においてSNS情報の批判的読み解きを重視しており、日本でも同様の取り組みが求められている。
さらに、国際的な協調の課題もある。SNSは国境を越えて利用されるため、一国の規制だけでは限界がある。EUは「デジタルサービス法」を制定し、違法コンテンツの削除を企業に義務付けたが、こうした取り組みを世界的に共有する必要がある。
今後の展望
今後、SNSとヘイトクライムの関係は、以下の方向で議論と対策が進むと考えられる。
第一に、AIによる監視技術の高度化である。すでにメタやグーグルは機械学習を用いてヘイトスピーチを自動検出しているが、今後は文脈を理解する精度が高まり、より効果的に差別的コンテンツを排除できる可能性がある。
第二に、被害者支援と法制度の強化である。SNSを介したヘイトクライムは国際的にも深刻化しているため、被害を受けた個人やコミュニティへの支援体制を強化し、通報から削除までのプロセスを迅速化する必要がある。
第三に、社会全体の意識変革である。SNSが社会に与える影響はプラットフォーム企業や政府だけの責任ではなく、利用者一人ひとりの行動にも依存する。利用者が差別的発言を見過ごさず、通報や批判的対話を行うことで、徐々に健全なオンライン空間を作ることができる。
最終的には、SNSは人々を分断する道具にもなりうるが、同時に差別や暴力に反対する連帯を生み出す場にもなりうる。たとえば「ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)」運動では、SNSが差別に抗議するグローバルなネットワークを形成した。つまりSNSは両刃の剣であり、その使い方次第で社会を破壊することも、改善することも可能である。
以上のように、SNSとヘイトクライムの関係は歴史的・構造的に深く結びついており、その解決にはプラットフォーム規制、教育、国際協力、社会意識の変革といった多面的な取り組みが必要である。