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フィリピン・ドゥテルテ前大統領ICC裁判、これまでの経緯、知っておくべきこと

ドゥテルテ事件は、2016年以降のフィリピンの薬物対策をめぐる人権問題であると同時に、国家元首の個人刑事責任、国際刑事裁判所の管轄権、国家による条約脱退、国内司法と国際司法の関係という複数の問題が重なった事件である。
2026年9月16日/オランダ、ハーグの国際刑事裁判所、フィリピンのドゥテルテ前大統領(AP通信)
現状(2026年9月時点)

2026年9月17日時点で、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ前大統領をめぐる国際刑事裁判所の事件は、公判開始を目前にした段階にある。ドゥテルテは2025年3月12日にフィリピン当局から国際刑事裁判所へ移送され、2026年9月16日、オランダ・ハーグの法廷に初めて対面で出廷した。今回の手続きは公判そのものではなく、裁判を進めるための進行協議であり、裁判部は2026年11月30日から公判を開始する予定を示している。

この事件の核心は、ドゥテルテ政権が推進した違法薬物対策をめぐる多数の殺害について、ドゥテルテ本人に「人道に対する罪」としての刑事責任があるかどうかである。国際刑事裁判所の逮捕状では、ドゥテルテについて、2011年11月1日から2019年3月16日までのフィリピン国内での殺害について、間接的な共同実行者として責任を負う合理的な根拠があるとされた。

ただし、ここで注意すべきなのは、「ドゥテルテ政権下で多数の死者が出た」という事実と、「ドゥテルテ本人が国際刑事法上の犯罪を犯した」という法的判断は同じではないという点である。国際刑事裁判所の手続きでは、検察側が個々の殺害の存在だけでなく、それらが民間人に対する広範または組織的な攻撃の一部だったこと、さらにドゥテルテ本人がどのような形でその犯罪に関与したのかを立証する必要がある。

これまでの経緯(タイムライン)

事件を理解するには、2016年の大統領就任から始めるだけでは不十分である。国際刑事裁判所が現在扱っている対象期間には、ドゥテルテが大統領になる前のダバオ市長時代も含まれているためである。国際刑事裁判所は、ドゥテルテがダバオ市で活動した時期から大統領時代に至る過程で、薬物犯罪者などとされた人々を標的とする殺害が行われたとの疑いを捜査対象としてきた。

2011年11月1日――国際刑事裁判所が後に管轄権を認めることになる重要な起点である。この時点でフィリピンは国際刑事裁判所を設立したローマ規程の締約国であり、同国領域内で同規程上の犯罪が発生した場合、原則として国際刑事裁判所の管轄対象となり得た。フィリピンは2011年11月1日にローマ規程の締約国となった。

2016年6月――ドゥテルテがフィリピン大統領に就任した。就任後、違法薬物を国家的な重要課題として位置づけ、警察による取締りを強力に推進した一方、人権団体や国連関係機関などから、警察活動や非公式な殺害をめぐる深刻な懸念が相次いで示されるようになった。国連人権高等弁務官事務所は、2016年以降の薬物対策について、警察や武装した私人による殺害、政府高官による殺害を促す発言などを問題として記録している。

ここで死者数をめぐる数字には大きな幅がある。フィリピン政府側の統計では、警察活動中に殺害された薬物関係者の人数が集計されている一方、国連や人権団体は警察の公式作戦以外で発生した殺害も含めて問題を捉えており、国連人権高等弁務官事務所は2020年の報告で、政府機関が示した数字を独自に検証できていないと明記している。

2016〜2022年――ドゥテルテ政権の「麻薬戦争」が続いた期間である。国際的な議論では、この政策を支持する側が治安と薬物犯罪への強硬な対応として評価する一方、批判側は適正手続きや生命に対する権利を侵害する殺害が多数発生したと指摘してきた。この対立は、後に国際刑事裁判所が扱う「犯罪が存在したのか」という問題だけでなく、「国家政策として組織的な攻撃が存在したのか」という法的争点にもつながっていく。

2018年3月17日――フィリピン政府はローマ規程からの脱退を正式に通告した。脱退は2019年3月17日に効力を生じたが、国際刑事裁判所は、脱退前にフィリピンが締約国だった期間に発生した犯罪については、脱退後も管轄権を維持するとの立場を取っている。

この「脱退しても過去の犯罪について裁判所の管轄権が消えるわけではない」という点が、ドゥテルテ事件を理解するうえで最も重要な法的ポイントの1つになる。つまり、フィリピンが2019年に国際刑事裁判所から離脱したことと、2011年から2019年までにフィリピン国内で発生したとされる犯罪を国際刑事裁判所が審理できるかどうかは、法律上別の問題として扱われている。

2021年――国際刑事裁判所の検察官がフィリピン情勢について正式な捜査開始を求めた。2021年9月15日、予審裁判部は捜査を認めたが、その後、フィリピン政府側から国内での捜査を優先させるよう求める申し立てが行われ、国際刑事裁判所による捜査活動は一時的に停止された。

2023年7月18日――国際刑事裁判所の上訴裁判部は、フィリピン情勢に関する捜査を再開できるとの判断を確認した。これによって、ドゥテルテ政権の薬物対策をめぐる問題は、フィリピン国内だけの政治・司法問題ではなく、国際刑事裁判所の正式な捜査対象として再び動き出した。

そして2025年3月、事件は決定的な局面に入った。国際刑事裁判所の検察官は2月10日に逮捕状を請求し、予審裁判部は3月7日に逮捕状を発付、フィリピン当局は3月12日にドゥテルテを逮捕して国際刑事裁判所へ移送したのである。

この時点で重要なのは、逮捕状が「有罪判決」を意味しないことである。逮捕状の段階で裁判所が認定したのは、一定の犯罪についてドゥテルテに責任があると疑う「合理的な根拠」であり、最終的な有罪・無罪は今後の公判で証拠を審理したうえで判断されることになる。

したがって、2026年9月現在のドゥテルテ事件は、「麻薬戦争で何人が死亡したのか」という単純な死者数の問題ではない。中心にあるのは、フィリピン国内で行われた多数の殺害について、それが民間人に対する広範または組織的な攻撃に当たるのか、そしてドゥテルテ本人がその犯罪についてどのような個人責任を負うのかという、国際刑事法上の問題である。

さらに、フィリピンが2019年に国際刑事裁判所から脱退したにもかかわらず、なぜ2025年に逮捕され、2026年に公判を迎えられるのかという問題がある。

大統領在任中(2016年〜2022年)

ロドリゴ・ドゥテルテは2016年6月30日にフィリピン大統領へ就任した。就任前から犯罪と違法薬物への強硬姿勢を掲げ、ダバオ市長時代にも治安対策を重視していた人物であり、大統領就任後は全国規模で違法薬物取締りを強化した。

この政策は一般に「麻薬戦争」と呼ばれているが、重要なのは、この名称自体が法律上の犯罪類型を意味するものではないことである。国際刑事裁判所が問題としているのは政策そのものではなく、その実施過程で殺害されたとされる人々について、国際刑事法上の犯罪が成立するか、そしてドゥテルテ本人に刑事責任があるかという点である。国際刑事裁判所は現在、2011年11月1日から2019年3月16日までのフィリピン国内における殺人などを、「麻薬戦争」の文脈における捜査対象としている。

ドゥテルテ政権の薬物対策では、警察による取締りと、警察活動の外側で行われたとされる殺害を区別する必要がある。政府が発表した死者数と、国連機関、人権団体、報道機関などが把握した死者数には大きな差があり、数字を比較するときには、どの機関が、どの期間について、どの範囲の死者を数えているのかを確認しなければならない。

2020年に公表された国連人権高等弁務官事務所の報告では、フィリピン政府の公式統計として、2016年に薬物対策が開始されてから少なくとも8,663人が殺害されたとされ、実際の犠牲者数はその3倍を超える可能性があるとの推計も紹介された。国連側は同時に、殺害事件の捜査や責任追及が十分に行われていないことを問題として指摘している。

一方、これらの数字をそのまま国際刑事裁判所が認定した死者数と考えることはできない。国際刑事裁判所の裁判では、個々の事件の存在、攻撃全体の性質、被害者の属性、実行者との関係、組織や政策との関連、さらに被告人本人の関与について、法廷に提出された証拠を基に判断することになる。

2018年〜2019年

国際刑事裁判所による本格的な関与の出発点は2018年である。2018年2月8日、当時の国際刑事裁判所検察官は、フィリピンにおいて2016年7月以降に発生したとされる犯罪について予備調査を開始した。検察局は、それ以前から薬物犯罪者や薬物使用者とされた人々の超法規的殺害に関する情報を受け取り、2016年10月にもフィリピン情勢について懸念を表明していた。

ここでいう「予備調査」は、直ちに特定人物の刑事裁判を始める手続きではない。国際刑事裁判所が管轄権を持つ犯罪が存在する可能性、事件を正式捜査に進めるだけの法的・事実的条件があるか、国内司法による捜査・訴追が適切に行われているかなどを検討する段階である。

フィリピンが国際刑事裁判所の管轄下に入った時期も重要である。同国は2011年8月30日にローマ規程の批准書を寄託し、同年11月1日から締約国となったため、それ以降にフィリピン領域内で発生した一定の犯罪について国際刑事裁判所の管轄が成立し得る状態になった。

ところが、国際刑事裁判所の予備調査が始まった直後の2018年3月17日、フィリピン政府はローマ規程からの脱退を国連事務総長に通知した。脱退が実際に効力を生じたのは1年後の2019年3月17日であり、この1年間の時間差が、後のドゥテルテ事件における管轄権論争の重要な背景となった。

つまり、フィリピンは2018年3月に脱退を通告した時点では依然として国際刑事裁判所の締約国だった。しかも脱退の効力が生じるまでの期間に、国際刑事裁判所はフィリピン情勢について捜査を進めるための法的手続きを継続できる状態にあった。

国際刑事裁判所はその後も、フィリピンが締約国だった期間に発生したとされる犯罪について管轄権が残るとの立場を維持している。国際刑事裁判所の手続き上、2019年3月17日の脱退によって、それ以前に発生したとされる犯罪について裁判所の権限が遡って消滅するわけではないという考え方である。

ここには国際刑事法特有の問題がある。国家が国際条約から脱退する権利を認めながら、脱退前に発生した犯罪については裁判所の管轄を維持するという仕組みであり、「脱退によって過去の義務まで消滅するのか」という問題と、「脱退前に受け入れていた国際刑事裁判所の管轄をどこまで維持できるのか」という問題が交差している。

「国家が脱退したのに、なぜICCは捜査できるのか」

この点は、ドゥテルテ事件を理解するうえで特に重要である。ローマ規程の脱退規定では、国家は一定の手続きによって条約から脱退できるが、脱退の効力発生前に生じた権利や義務が直ちに消滅するわけではなく、国際刑事裁判所も締約国だった期間中に発生した犯罪について管轄権を維持するとの解釈を採っている。

そのため、ドゥテルテ側が問題にしているのは「フィリピンは脱退できない」ということではない。むしろ争点は、フィリピンがすでに脱退した後に、国際刑事裁判所がフィリピン国内で発生した事件について捜査・訴追を継続し、最終的にドゥテルテ個人を裁くことができるのかという問題である。

この論点は、後の弁護側の管轄権への異議申し立てにもつながっている。2025年に検察側が提出した資料では、フィリピンの脱退は2019年3月17日に効力を生じたものの、裁判所の管轄権は締約国だった期間に発生した犯罪について維持されるとの主張が示されている。

したがって、事件の構造を単純化すると、「フィリピンがICCから脱退したのに、なぜ裁判ができるのか」という疑問に対して、国際刑事裁判所側は「問題となっている犯罪が発生した時点でフィリピンは締約国だったから」という基本的な立場を取っていることになる。ただし、この問題については弁護側が異なる法解釈を主張しており、裁判の重要な争点の1つとなっている。

2019年――脱退後も捜査対象は残った

2019年3月17日、フィリピンのローマ規程からの脱退が正式に発効した。これによってフィリピンは国際刑事裁判所の締約国ではなくなったが、2011年11月1日から2019年3月16日までにフィリピン国内で発生したとされる犯罪について、国際刑事裁判所の管轄が消滅したわけではない。

この期間は、ドゥテルテ政権の薬物対策が継続していた時期とも重なる。そのため、脱退は事件そのものを消滅させる結果にはならず、むしろ「締約国だった期間に発生した犯罪を、脱退後に国際刑事裁判所がどこまで追及できるのか」という新しい法的問題を生み出した。

2019年以降、フィリピン政府は国内での捜査や司法手続きが行われていることを強調し、国際刑事裁判所が介入する必要性を否定してきた。一方、国際刑事裁判所側では、国内当局による捜査が国際刑事裁判所の「補完性」の要件を満たすほど十分なものなのかが問題となった。

ここでいう補完性とは、国際刑事裁判所が各国の国内司法制度を原則として置き換える裁判所ではなく、国家が真正な捜査・訴追を行わない、または実質的に行えない場合などに国際的な刑事司法が機能するという考え方である。したがって、ドゥテルテ事件では殺害の有無だけでなく、フィリピン国内の司法制度が実際に事件の責任者を捜査・訴追していたのかという点も重要になる。

2016年から2019年にかけての経緯を見ると、ドゥテルテ事件は単なる「大統領の政策に対する国際的な批判」から始まったものではないことが分かる。国際刑事裁判所は、フィリピンが締約国だった期間に発生したとされる殺害について情報を集め、2018年に予備調査を開始し、その直後にフィリピン政府が脱退を決定したという時間的な流れを踏んでいる。

そして、2019年の脱退によって問題が終わったわけではなかった。むしろ脱退前の期間について管轄権が残るという国際刑事裁判所の立場と、国内司法を優先すべきだとするフィリピン側の立場が対立し、その後の正式捜査、2025年の逮捕、2026年の公判へとつながっていく。

2021年〜2023年

2018年に始まった予備調査は、2021年に大きな転換点を迎えた。国際刑事裁判所の検察局は2021年5月24日、フィリピン情勢について正式な捜査開始を求め、同年6月14日にその申請を公開した。対象は、2011年11月1日から2019年3月16日までにフィリピン国内で発生したとされる犯罪であり、いわゆる「麻薬戦争」とダバオ地域での活動が捜査対象に含まれた。

2021年9月15日、国際刑事裁判所の予審裁判部は、検察局による正式捜査の開始を認めた。ここで重要なのは、裁判所がドゥテルテ本人の有罪を認定したわけではなく、国際刑事裁判所の管轄に入る犯罪が行われた可能性について、検察局が証拠を集める正式な捜査を進めることを許可したという点である。

正式捜査の対象となった期間は、ドゥテルテが大統領だった2016年から2022年までの全期間ではない。国際刑事裁判所がフィリピンについて管轄権を行使できる期間との関係から、現在の事件では2011年11月1日から2019年3月16日までが基本的な対象期間となっている。したがって、ドゥテルテ政権の政策全体を裁く裁判ではなく、特定期間に発生したとされる国際犯罪について個人の刑事責任を判断する裁判だと理解する必要がある。

しかし、正式捜査が始まって間もない2021年11月、フィリピン政府は国際刑事裁判所に対し、自国当局が行っている捜査や手続きを優先させるよう求めた。フィリピン側が問題にしたのは、国際刑事裁判所が各国の司法制度に代わって一般的に犯罪を捜査する機関ではなく、国家による真正な捜査・訴追が存在する場合には、原則として国内司法を尊重すべきだという「補完性」の原則である。

「補完性」とは何か

補完性は、国際刑事裁判所を理解するうえで欠かせない概念である。国際刑事裁判所は、殺人などの重大犯罪が起きた場合に自動的に国内裁判を引き継ぐ「世界裁判所」ではなく、国家が自ら真正な捜査・訴追を行うことを基本とし、それが行われない場合などに国際的な刑事司法が介入する仕組みを採っている。

そのため、フィリピン政府側からすれば、「自国でも薬物対策に関連する殺害について捜査している以上、国際刑事裁判所が介入する必要はない」という主張が可能になる。実際、フィリピン政府は2022年に提出した意見書で、国内司法当局が捜査・訴追について第一次的な権限を持つと主張し、国際刑事裁判所による捜査は補完性の原則に反すると論じた。

一方、国際刑事裁判所の検察局は、単に「国内で捜査が存在するか」だけを問題にしたわけではない。問題となるのは、その国内手続きが実際に国際刑事裁判所が扱う犯罪について、関係する人物に対する真正な捜査・訴追として機能しているのかという点である。

ここには国際刑事司法の難しさがある。国家が「捜査している」と主張すれば国際刑事裁判所の介入を防げるのであれば、重大犯罪について形式的な国内捜査だけを行い、実際には上級責任者の責任を追及しないという事態が起こり得るからである。

したがって、2021年以降の争いは、「フィリピン国内で捜査が行われているか」という単純な二択ではなかった。どの事件を、誰について、どの犯罪として、どの程度実質的に捜査しているのかという、より具体的な問題が焦点になった。

2021年11月――捜査の一時停止

フィリピン政府の申し立てを受け、2021年11月18日、検察官は予審裁判部に対して、フィリピン国内で行われている捜査を踏まえ、国際刑事裁判所による捜査を一時的に停止すると通知した。これは事件を終了させたものではなく、フィリピン側の国内手続きが補完性の要件を満たすのかを確認するための手続き上の停止だった。

この点は、後の展開を理解するうえで非常に重要である。2021年の時点では、国際刑事裁判所は「フィリピン政府の主張を無視して一方的に捜査を続けた」のではなく、フィリピン側が提示した国内捜査の内容を検討するためにいったん停止するという手続きを取ったのである。

その後、国際刑事裁判所検察局はフィリピン政府から提出された資料を検討した。検察側が最終的に問題にしたのは、フィリピン国内で行われている手続きが、国際刑事裁判所が捜査している事件や責任者を十分に対象としているのかという点だった。

2022年――再開要求

2022年6月24日、国際刑事裁判所の検察官は、フィリピン情勢について捜査を再開する許可を予審裁判部に求めた。検察側は、フィリピン政府が示した国内捜査を検討した結果、国際刑事裁判所による捜査を再開する必要があるとの判断に至った。

ここでも重要なのは、2022年の時点でまだドゥテルテ個人に対する逮捕状が存在していなかったことである。捜査再開の判断は、犯罪の具体的な証拠をさらに集め、個人の刑事責任を判断するための捜査を進めることを意味していた。

同時期にはフィリピン国内の政治環境も変化していた。2022年6月30日、ドゥテルテは大統領職を退き、フェルディナンド・マルコス・ジュニアが大統領に就任したことで、政権は交代した。

ただし、政権交代によってICC問題が自動的に解決したわけではない。国際刑事裁判所が扱うのは国家や政権そのものではなく個人の刑事責任であるため、ドゥテルテが大統領職を離れたこと自体は、捜査の法的根拠を消滅させるものではなかった。

2023年1月――捜査再開を許可

2023年1月26日、国際刑事裁判所の予審裁判部は、検察局によるフィリピン情勢の捜査再開を認めた。裁判所は、フィリピン政府から提出された資料を検討したうえで、検察側の捜査を再開することを許可した。

この決定によって、事件は正式な捜査段階へ戻った。2018年から続いていた予備調査、2021年の正式捜査開始、同年の一時停止、2022年の再開申請という複雑な手続きを経て、国際刑事裁判所の検察官は再びフィリピン情勢について証拠収集を進められることになった。

フィリピン政府はこの決定に反発し、2023年3月に上訴裁判部への不服申し立てを行った。政府側は、国際刑事裁判所の管轄権や補完性などについて異議を唱え、国内司法による捜査を重視すべきだと主張した。

ここで「補完性」と「管轄権」を混同してはいけない。補完性は、国際刑事裁判所が事件を扱う条件に関する問題であり、管轄権はそもそも国際刑事裁判所がその犯罪について法的権限を持つのかという問題である。

この2つは似ているようで性質が異なる。フィリピン政府が国内捜査の存在を主張して補完性を問題にする一方、国際刑事裁判所がそもそも脱退後のフィリピンについて管轄権を持つのかという問題も別途争われていた。

2023年7月――上訴裁判部が再開を支持

2023年7月18日、国際刑事裁判所の上訴裁判部は、フィリピン情勢について検察局が捜査を再開できるとの予審裁判部の判断を支持した。これにより、フィリピン政府による再開阻止の試みは成功せず、検察局は本格的な捜査を継続できる状態となった。

上訴裁判部の判断では、フィリピンがローマ規程の締約国だった時点で、同国は条約に基づいて国際刑事裁判所の管轄を受け入れていたことが重視された。裁判所は、フィリピンが後にローマ規程から脱退したことだけを理由として、脱退前の期間に発生したとされる犯罪について裁判所の権限が失われるとは考えなかった。

これは、2018〜2019年の脱退問題が単なる政治的対立ではなく、国際条約と国際刑事司法の制度設計に関係する問題であることを示している。フィリピン側は国家主権や不干渉の原則などを主張したが、国際刑事裁判所側は、フィリピン自身がローマ規程を批准していた期間については、その条約上の義務と裁判所の管轄が存在していたという立場を維持した。

なぜ2023年の判断が重要なのか

2023年7月の判断は、後の2025年の逮捕状発付につながる重要な土台となった。国際刑事裁判所の検察官は、フィリピン国内の捜査だけでは事件の全体像や責任者の刑事責任を十分に解明できないと判断し、国際刑事裁判所による捜査を継続することになった。

ただし、ここから2025年3月の逮捕までにはなお約1年半がある。捜査再開が直ちに逮捕状につながるわけではなく、検察側が証拠を集め、特定の人物について国際刑事裁判所の基準を満たすだけの犯罪関与を示す必要があったからである。

この点は、2025年の逮捕を「2016年から続いていた政治的対立の結果」とだけ捉えると見えにくくなる。法的には、2018年の予備調査、2021年の正式捜査、2021年の停止、2022年の再開申請、2023年1月の再開許可、同年7月の上訴審判断という複数段階を経て、ようやく個人の刑事責任を追及するための捜査基盤が固まったのである。

2021〜2023年の最大のポイントは、ドゥテルテ事件が「国際的な批判」から「国際刑事司法上の正式な捜査」へ移行したことである。特に重要なのが、フィリピン政府が国内捜査の存在を理由としてICCの介入を退けようとしたのに対し、ICC側が国内手続きの実効性を検討したうえで捜査再開を認めたという経緯である。

また、2023年7月の上訴裁判部判断によって、フィリピンの2019年の脱退が、2019年3月16日までの期間に発生したとされる犯罪についてICCの管轄を当然に消滅させるものではないという裁判所の立場が改めて示された。この点は、2025年のドゥテルテ逮捕を理解するための法的前提となる。

2025年3月:逮捕

2025年3月、ドゥテルテ事件は捜査段階から本人の身柄を確保した刑事裁判手続きへ移った。国際刑事裁判所の検察官は2月10日、ドゥテルテに対する逮捕状の発付を申請し、予審裁判部は3月7日に逮捕状を発付した。逮捕状は当初非公開とされ、3月11日に公開され、翌12日にフィリピン当局がドゥテルテを逮捕して国際刑事裁判所へ移送した。

逮捕状の段階で裁判所が認めたのは、有罪判決ではなく、「合理的な根拠」が存在するという判断である。裁判所は、ドゥテルテが2011年11月1日から2019年3月16日までのフィリピン国内における殺人について、ローマ規程25条3項の「間接的な共同実行者」として個人責任を負う合理的な根拠があると判断した。

ここでいう「間接的な共同実行者」とは、本人がすべての殺害現場に直接赴いて実行したという意味ではない。複数人による共同の犯罪計画が存在し、その実行を組織的・間接的に支配または重要な形で実現した人物について、国際刑事法上の個人責任を問うための法的構成である。

逮捕状に関して特に重要なのは、検察官が申請した犯罪と、裁判所が逮捕状の段階で採用した犯罪には差があることである。検察側は「殺人」「拷問」「強姦」をいずれも「人道に対する罪」として申請したが、予審裁判部は逮捕状について、殺人に関する合理的根拠を認める一方、拷問と強姦については当時提出された資料では「攻撃」との関連性が十分に示されていないとして、逮捕状には採用しなかった。

この違いは、その後の裁判手続きを理解するうえで非常に重要である。つまり、2025年3月の逮捕状が「殺人、拷問、強姦のすべてについてドゥテルテの刑事責任が認定された」ことを意味するわけではなく、逮捕状段階では殺人についての合理的根拠が認められたというのが正確な整理である。

2025年3月14日:最初の出廷

3月14日、ドゥテルテは国際刑事裁判所で最初の出廷を行った。ただし、ハーグの法廷に本人が実際に姿を見せたわけではなく、裁判所の許可により映像通信を通じて参加した。

この初出廷では、ドゥテルテに対して容疑の内容や被疑者としての権利などが説明された。裁判所が読み上げた内容では、少なくとも19人が2011年から2016年にかけてダバオ市周辺で殺害されたとされ、さらに2016年から2019年にかけて、警察関係者や警察以外の者によって少なくとも24人が殺害されたとされていた。

これらは逮捕状の段階で裁判所が認定した「有罪者数」ではない。あくまで検察側が提出し、裁判所が逮捕状発付の判断材料とした具体的な被害事例であり、最終的な犯罪事実については公判で証拠に基づいて判断される。

逮捕後に何が争われたのか

ドゥテルテ側は、身柄が国際刑事裁判所に移された後も、裁判所の管轄権そのものに異議を唱えた。中心となったのは、フィリピンが2019年3月17日にローマ規程から脱退している以上、国際刑事裁判所がその後もフィリピン情勢を扱えるのかという問題である。

これに対して検察側は、問題となっている犯罪はフィリピンがローマ規程の締約国だった期間に発生したと主張した。また、フィリピン政府が2018年に脱退を通告した後も、脱退が実際に効力を生じるまでには1年間の期間があり、その間に国際刑事裁判所の管轄は存在していたとの立場を取った。

2025年4月には、予審裁判部が今後の「起訴内容確認手続き」をどのように進めるかについて具体的な手続きを定めた。これは、逮捕状発付後に検察側が提出する証拠を整理し、弁護側にも反論の機会を与えたうえで、公判に進めるだけの十分な根拠があるかを判断するための手続きである。

「起訴内容の確認」とは何か

国際刑事裁判所における起訴内容の確認は、通常の国内刑事裁判における「有罪・無罪」の判断とは異なる。予審裁判部が検察側の提出した証拠を検討し、被告人を公判に送るだけの十分な根拠があるかどうかを判断する段階である。

そのため、ここで「起訴内容が確認された」としても、それはドゥテルテが犯罪について有罪になったことを意味しない。国際刑事裁判所自身も、起訴内容の確認は事件を公判へ進めるための手続きであり、被告人の有罪を確定するものではないと説明している。

2026年4月:「人道に対する罪」の起訴内容を確認

2026年4月、ドゥテルテ事件はさらに重要な段階へ進んだ。国際刑事裁判所は4月23日、ドゥテルテを殺人に関する「人道に対する罪」で公判に進めることを確認し、検察側が提示した事件について公判段階へ移行することになった。ロイター通信によると、裁判所は76人の殺害と2人の殺害未遂に関する証拠を審理し、ドゥテルテとこれらの事件との関連を公判で審理することを認めた。

ここで、2025年3月の逮捕状との違いを整理する必要がある。逮捕状では「合理的な根拠」が基準だったのに対し、起訴内容確認では、公判に進めるためにより高い水準の証拠評価が行われるため、事件は一段階進んだことになる。

一方、この判断も最終的な有罪判決ではない。公判では、検察側が提出する証拠について弁護側が反論し、証人尋問などを通じて事実関係を争うことになるため、2026年4月の判断だけでドゥテルテの刑事責任が確定したと理解することはできない。

「人道に対する罪」とは何か

今回の事件で問題となっている「人道に対する罪」は、単純な殺人罪とは異なる。ローマ規程では、殺人などの個別行為が、民間人に対する「広範または組織的な攻撃」の一部として行われることなどが、人道に対する罪を構成する重要な要件となっている。

したがって、公判で争われるのは「誰かが殺された」という個別事件だけではない。検察側は、複数の殺害が偶発的・孤立した事件ではなく、民間人を対象とする広範または組織的な攻撃の一部だったことを示し、そのうえでドゥテルテ本人とその攻撃との法的な結び付きを立証する必要がある。

国際刑事裁判所の検察側資料では、ドゥテルテがダバオ市長時代から大統領時代にかけて、犯罪者とされた人々を標的にする共通の計画を形成・推進し、その実施について重要な役割を果たしたとの主張が示されている。検察側は、ドゥテルテが市長時代にはダバオ市の統治者として、大統領時代には国家元首・政府の長として、さらに警察を統括する立場にあったことを重視している。

ただし、検察側の主張と裁判所の最終認定は区別しなければならない。検察側が「共通の計画」や「組織的な攻撃」の存在を主張していることと、裁判所が公判終了後にそれを事実として認定することは別の問題である。

2025年と2026年の法的段階を整理する

ここまでの手続きを時系列で整理すると、2025年3月7日に逮捕状が発付され、3月12日にドゥテルテが国際刑事裁判所へ移送され、3月14日に最初の出廷が行われた。その後、2026年4月23日に起訴内容確認の段階を通過し、公判に進むことが決まったという流れになる。

つまり、2026年4月の段階で「ドゥテルテが有罪になった」のではなく、「検察側の事件を公判で審理することが決定した」と理解するのが正確である。この違いは、国際刑事裁判所の手続きを報道や解説で読む際に特に注意すべきポイントである。

また、逮捕状段階では殺人について合理的根拠が認められ、検察側が申請した拷問・強姦については逮捕状に採用されなかったという経緯がある。したがって、「2025年の逮捕状で殺人・拷問・強姦の3罪が確定した」という説明は正確ではなく、検察側の申請内容と予審裁判部が逮捕状で採用した内容を分けて理解する必要がある。

2025年3月の逮捕によって、ドゥテルテ事件は「過去の政策をめぐる国際的な捜査」から、本人の刑事責任を判断する司法手続きへ移行した。2026年4月には、裁判所が殺人に関する人道に対する罪について公判に進める判断を示し、事件はいよいよ事実認定を行う段階へ近づいた。

一方で、2026年4月時点でも有罪判決は存在しない。今後の公判では、殺害が人道に対する罪の構成要件を満たすのか、民間人に対する広範または組織的な攻撃だったのか、そしてドゥテルテ本人がどのような形でその犯罪に関与したのかが中心的な争点となる。

2026年9月:ICCの法廷に初めて出廷

2026年9月16日、ロドリゴ・ドゥテルテは国際刑事裁判所の法廷に初めて対面で出廷した。2025年3月14日の最初の出廷は映像通信によるものだったため、今回が移送後初めて本人が法廷に姿を見せた機会となる。

今回の審理では、公判前の進行管理に加えて、ドゥテルテが公判に参加できる状態にあるかという問題が扱われた。弁護側は記憶力などの認知機能について追加的な医学的評価を求めており、裁判部は2026年9月16日時点で公判参加能力について最終判断を下していない。

また、裁判部は同日、ドゥテルテの拘禁を継続する判断を示した。証人や証拠に関する情報が開示されたことによって、本人が直接またはフィリピン国内の家族・支持者を通じて証人に影響を及ぼす可能性などを考慮したものだが、これは有罪・無罪を判断したものではない。

公判は2026年11月30日の開始が予定されている。裁判部は証人・証拠の量が非常に多いことを踏まえ、検察側に証拠や証人の絞り込みを求めており、9月16日の協議でも、公判を効率的に進めるための具体的な日程や証拠の扱いが議論された。

裁判の構造と主な争点

この裁判は、国際刑事裁判所の予審段階を終え、これから第一審に相当する裁判部で証拠を審理する段階に入る。国際刑事裁判所では、検察側が犯罪事実と被告人の個人責任を立証し、弁護側がそれに反論し、裁判官が証拠全体を評価して最終的な有罪・無罪を判断する。

ここで、これまでの手続きについて1点正確に修正しておく必要がある。2025年の逮捕状申請では「殺人、拷問、強姦」が検察側の申請内容だったが、2026年4月23日に予審裁判部が確認して公判へ送ったのは、「殺人」と「殺人未遂」を人道に対する罪として構成した3つの罪状であり、拷問と強姦が公判で確認されたわけではない。

2026年4月の決定では、予審裁判部がドゥテルテについて、2011年11月1日から2019年3月16日までにフィリピンで行われたとされる殺人・殺人未遂について、「実質的な根拠」が存在すると判断した。検察側が示した事件は49件、被害者は殺害された76人と殺人未遂2人であり、これらについて公判で審理することが決定された。

① 罪状(人道に対する罪)

「人道に対する罪」は、単純な個別の殺人とは異なる。ローマ規程7条では、殺人などの行為が民間人に対する「広範または組織的な攻撃」の一部として行われた場合などに、人道に対する罪が成立し得ると定められている。

したがって、公判で検察側が立証すべきなのは、76人の死亡など個別事件の存在だけではない。複数の事件が共通する組織的・政策的背景を持っていたこと、攻撃が民間人を対象として広範または組織的に行われたこと、そしてドゥテルテ本人がその犯罪に個人として関与したことを、それぞれ証拠によって示す必要がある。

2025年の逮捕状では、予審裁判部はダバオ市長時代の組織的政策と大統領時代の国家政策の下で、民間人を対象とする攻撃が存在し、それが数年間続き、多数の人々が殺害されたとする検察側資料について、合理的な根拠があると判断した。さらに、殺害方法、被害者、実行者などに共通する特徴があったことも指摘されている。

② 弁護側の主張

弁護側は、ドゥテルテの発言や薬物対策を、犯罪を実行するための具体的な共通計画と同一視することはできないと主張している。2026年の審理では、ドゥテルテが犯罪や薬物への強硬な発言を行ったことについても、それらは犯罪を実行するための命令ではなく、治安政策としての政治的発言だったという趣旨の反論が示された。

さらに弁護側は、フィリピンが2019年にローマ規程から脱退したことを根拠として、国際刑事裁判所がドゥテルテを裁く管轄権を持たないとの主張を続けてきた。この主張については2026年4月22日、国際刑事裁判所の上訴裁判部が退け、フィリピンが締約国だった期間に発生したとされる犯罪について裁判所の管轄が維持されるとの判断が示された。

「国家脱退」とICCの管轄権のジレンマ

この事件の法的な重要性は、国家が国際条約から脱退した後に、その国家の元指導者を国際刑事裁判所が裁けるのかという問題にもある。フィリピンは2018年3月に脱退を通告し、2019年3月17日に脱退が発効したが、問題となっている犯罪の期間は2019年3月16日までであり、フィリピンが締約国だった期間と重なっている。

国際刑事裁判所側の基本的な考え方は、国家が後に脱退したとしても、締約国だった期間に発生した犯罪について裁判所が有していた管轄権が消滅するわけではないというものだ。もし脱退によって過去の犯罪まで国際刑事裁判所の管轄から消えるとすれば、重大犯罪の捜査開始後に国家が脱退することで、将来の国際的な責任追及を回避できる可能性が生じるためである。

一方、国家主権の観点からは、国家が条約から脱退する権利を持つことも重要である。今回の事件は、まさに「国家には国際条約から離脱する権利がある」という原則と、「離脱前に受け入れた国際刑事裁判所の管轄まで過去に遡って消滅させることはできない」という原則が衝突する事例として位置付けられる。

知っておくべき重要なポイントと背景

第1に、ICCが裁いているのは「ドゥテルテ政権の政策全体」ではない。対象となっているのは、国際刑事裁判所が管轄権を持つ期間に発生したとされる具体的な犯罪と、それについてのドゥテルテ個人の刑事責任である。

第2に、フィリピン国内で確認された薬物対策関連の死者数と、ICCが裁判で扱う被害者数を混同してはいけない。政府統計、国連の報告、人権団体の調査などは、対象とする期間、事件、警察活動の定義が異なるため、数字が一致しないのである。

第3に、2026年4月の起訴内容確認は有罪判決ではない。予審裁判部が「公判に進めるだけの十分な根拠がある」と判断した段階であり、最終的には裁判部が公判で証拠を評価して判断する。

第4に、2026年9月時点で裁判の焦点は、単純な「薬物対策が厳しかったかどうか」ではなく、個々の殺害と全体的な攻撃の関係、組織・国家政策との関係、ドゥテルテ本人の関与、そして検察側が提示する証拠の信用性に移っている。

国内政治への影響

ドゥテルテ事件はフィリピン国内政治とも切り離せない。ドゥテルテ本人が拘束された後も、娘のサラ・ドゥテルテ副大統領を含むドゥテルテ一族の政治的影響力が残っており、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領との関係悪化もフィリピン政治の重要な要素となっている。

2026年には、ドゥテルテ家とマルコス政権の政治的対立が、次期大統領選をめぐる勢力関係とも結び付いている。もっとも、ICC裁判そのものをフィリピン国内の特定政治勢力の政治的利益や不利益と同一視することはできず、司法手続きと国内政治上の対立は区別して分析する必要がある。

また、2026年5月には、ドゥテルテ政権下で警察長官を務めたロナルド・デラロサ上院議員についても国際刑事裁判所の逮捕状が存在することが明らかになった。これは、事件がドゥテルテ本人だけを対象とする問題から、当時の薬物対策に関与した複数の人物の刑事責任へ広がる可能性を示す動きである。

今後の展望

今後の最大の焦点は、2026年11月30日に予定される公判の開始である。公判では、検察側が提示する証人、文書、通信記録、政策決定に関する資料などを基に、殺害が人道に対する罪の構成要件を満たすのか、そしてドゥテルテ本人の個人責任が証明されるのかが審理される。

一方、ドゥテルテの公判参加能力については2026年9月時点でも最終判断が残されている。弁護側が追加検査を求めているため、11月30日に予定される公判日程がそのまま維持されるかどうかについては、裁判部の判断を注視する必要がある。

まとめ

ドゥテルテ事件は、2016年以降のフィリピンの薬物対策をめぐる人権問題であると同時に、国家元首の個人刑事責任、国際刑事裁判所の管轄権、国家による条約脱退、国内司法と国際司法の関係という複数の問題が重なった事件である。

2018年の予備調査開始、2019年のフィリピン脱退、2021年の正式捜査、2023年の捜査再開、2025年3月の逮捕を経て、2026年4月には殺人・殺人未遂に関する3つの人道に対する罪が公判に進むことが確認された。そして2026年9月、ドゥテルテ本人が初めて法廷に対面で出廷し、事件は公判開始を目前にしている。

この事件を評価する際に最も重要なのは、政治的な賛否と刑事責任の判断を分けることである。ドゥテルテの薬物政策を支持したか否かは、国際刑事裁判所が判断する法的要件そのものではなく、公判では具体的な犯罪事実、攻撃の性質、証拠、本人の関与が中心的に審理されることになる。


参考・引用リスト

  • 国際刑事裁判所「フィリピン情勢・ドゥテルテ事件」――捜査経緯、逮捕、現在の手続き、管轄権に関する公式資料。
  • 国際刑事裁判所「ドゥテルテ逮捕状」――殺人・拷問・強姦の申請内容と、逮捕状で実際に認定された範囲。
  • 国際刑事裁判所「起訴内容確認に関する2026年4月23日の決定」――3つの人道に対する罪としての殺人・殺人未遂、公判への移送。
  • ヒューマン・ライツ・ウォッチ「ICC: Court Sends Duterte Case to Trial」――2026年4月の起訴内容確認と、公判に進む事件の概要。
  • ロイター通信「ICC confirms trial against Duterte」――76人の殺害と2人の殺人未遂をめぐる公判移行、弁護側の主張。
  • ロイター通信「Former Philippines leader Duterte appears in ICC courtroom」――2026年9月16日の初対面出廷、拘禁、公判参加能力をめぐる状況。
  • フィリピンの主要報道機関による2026年9月16日の法廷報道――拘禁継続、証拠・証人の整理、公判参加能力をめぐる現在の手続き。
  • ロイター通信「ICC judges reject bid to release former Philippine President Duterte」――2026年4月22日の管轄権に関する上訴審判断。
  • ロイター通信「Philippine president says he has yet to decide who to back as successor」――2026年のフィリピン国内政治とドゥテルテ陣営・マルコス陣営の関係。
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