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コラム:偽情報との戦い、単独の施策で解決することは困難

SNS上の偽情報は技術革新と社会構造の変化によって複雑化・高度化しており、単独の施策で解決することは困難である。
偽情報のイメージ(Getty Images)

SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は情報の即時性と拡散力を持ち、個人の発信・共有がこれまでにない速度で社会に影響を与えている。ポジティブな側面としては災害時の情報共有や市民活動の可視化、匿名での告発など公共性を高める役割を果たしているが、同時に意図的な偽情報(disinformation)や誤情報(misinformation)が瞬時に大量拡散するリスクを抱えている。こうした偽情報は個人の信頼や社会的合意を侵食し、選挙の公正性や公共衛生、あるいは緊急対応の妨害といった深刻な社会的弊害をもたらす可能性がある。政府や研究機関、プラットフォーム事業者、ファクトチェック組織が連携して対策を進めているが、技術進化の速度が対策の立法・実装を上回る場面も多い。

SNSにおける偽情報(フェイクニュース)

一般に「偽情報」は意図の有無で分けられる。意図的に誤りを広めるものを「disinformation(虚偽情報)」、無意識に誤った情報を共有するものを「misinformation(誤情報)」と呼ぶ。SNS上では短文や画像、動画、音声まで多様なメディア形式で偽情報が出回り、ユーザーの感情を喚起するコンテンツが特に拡散しやすい。情報の信頼性を判断する手掛かり(出典、日時、文脈)が欠落しやすく、アルゴリズムが「エンゲージメント」を重視するため、誤情報が推薦されやすい構造的問題がある。ファクトチェックの遅延や報道機関の追随が間に合わない場合、誤情報は多数のユーザーに届いてしまう。

偽情報が深刻化する背景

偽情報が深刻化する要因は複合的である。第一にプラットフォームの設計だ。短文・短尺動画の優先表示、いいねや共有を促す設計はセンセーショナルな内容を増幅する。第二に経済的インセンティブだ。広告収入やアフィリエイトにより「注目」を集めるコンテンツが収益化される構造は、感情に訴える誤情報を生む温床となる。第三に情報生産の民主化で、誰もが高品質に見える画像や音声、動画を作成できるようになったことだ。第四に政治的分断や社会的不安が高まる局面では、悪意あるアクターが既存の不満を利用して偽情報を拡散しやすくなる。さらにグローバルな情報環境では、国際的な影響工作(state-sponsored influence operations)や自動アカウント群(ボット)などによって、短期間で大規模な拡散が可能になっている。

AI生成コンテンツの台頭

近年、生成AI(テキスト、画像、音声、動画生成)が急速に発達し、極めて高精度な「偽コンテンツ」を容易に作成できるようになった。生成AIの登場により、例えば政治家の「偽音声」や「偽映像(ディープフェイク)」、信頼性が高そうなニュース風の記事が短時間で大量生産され得る状況になっている。これには技術的・法的・運用的な対応が必要で、政府や産業界は生成AIのガバナンスや利用指針を整備しつつある。日本でも産業政策・技術ガイドラインが公表され、AI事業者のガバナンスやリスク管理の在り方が示されている。

認知戦(情報戦)への悪用

国家や組織による「認知戦」的な情報操作は既に現実の脅威であり、AIを悪用した世論操作は低コストで高効果を狙える。外国による選挙介入や特定コミュニティを分断するキャンペーンは、偽情報を用いた伝播戦術と結びつきやすく、検出回避のために言語や文化に合わせたローカライズが行われることもある。こうした活動は単なる間違いの拡散を越え、民主的プロセスや安全保障に対する体系的な脅威になり得る。国際的な報告や調査は、国家関連アクターがAIを用いてターゲット群へ偽情報を流す事例を指摘している。

災害時のデマ

災害時は情報の需要が急増し、現地からの速報や救援要請がSNSで拡散される一方、誤情報やデマも多発する。誤った救援場所、被害過小・過大の虚偽報告、存在しない支援団体への勧誘などが混在し、二次被害を生むリスクがある。日本政府や自治体は、災害発生時に公式情報の優先発信や訂正の強化を呼びかけているが、一次拡散と訂正のタイムラグは依然として課題である。実際、内閣府などは災害時の偽・誤情報への注意喚起を継続している。

閉鎖的コミュニティでの拡散

SNSのアルゴリズムやユーザー行動により、信念が近い者同士が集まる「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」が形成されやすい。閉鎖的コミュニティ内では共有される情報が検証されずに強化され、誤情報や陰謀論が急速に根付く。オフラインでの信頼関係がオンライン上の情報受容を後押しすることもあり、単純なファクトチェックや削除だけでは効果が薄い場合がある。

偽情報に対する対策の現状(総論)

対策は大きく「予防(抑止)」「検知」「対処(訂正・削除・制裁)」「教育(リテラシー向上)」の四領域に分かれる。各国は法制度整備、プラットフォーム規制、アルゴリズム透明性、ファクトチェック支援、AI検出技術の研究投資、利用者向け教育等を組み合わせている。日本でも「情報流通プラットフォーム対処法」など法改正やガイドライン整備が進み、政府・自治体・学術・民間の協力体制が模索されている。

政府による規制・取り組み(日本)

日本政府は偽情報対策を国家戦略の一部として位置付け、関係閣僚会議や有識者会議を通じて政策を検討している。近年はプロバイダ責任制限法の改正を含む「情報流通プラットフォーム対処法」が施行され、プラットフォーム事業者に対する対応強化やガイドラインの整備が行われた。加えて、生成AI利用に伴うリスクを踏まえた産業横断的なガイドラインや、官民合同でのファクトチェック支援、災害時の偽情報抑止のための運用検討が進んでいる。

情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)について

「情報流通プラットフォーム対処法」は従来のプロバイダ責任制限法の見直し・改編に相当し、プラットフォーム事業者に対して違法情報や権利侵害情報への対応義務を明確化するとともに、透明性確保や利用者保護の強化を図る内容になっている。ガイドライン等が整備され、事業者は通知・処理の手順や利用者への説明責任、適正な対応のための体制整備を求められている。これは単に削除を促すだけでなく、表現の自由とのバランスを取りながら透明性と救済を確保する枠組みである。

選挙時の偽情報対策

選挙は偽情報が特に深刻な影響を及ぼす分野のひとつであり、各国は選挙期間中の情報操作対策に力を入れている。EUはDSAを通じて選挙に関わるリスク評価や透明性措置を求めるなど、プラットフォームに対する法的義務を強化した。日本でも選挙管理委員会や政府による情報提供、プラットフォーム側のポリシー強化、ファクトチェック組織との連携が進むが、個別投稿の削除と表現の自由の調整、外国からの介入検知といった課題が残る。

災害時の収益化停止(検討動向)

近年、災害時にデマを拡散することで収益を得る事業者や個人への対策として、広告配信停止や収益化停止を検討する動きがある。国内の有識者会議や報道では、災害時に悪質な情報を拡散するアカウントに対して収益停止などの経済的抑止を導入する案が議論されており、総務省の有識者会議でも検討が進められている。こうした措置は収益インセンティブを断つ効果が期待される一方で、実効的な運用ルールの設計や誤判定リスク、表現の自由との整合性が課題となる。

研究開発と実証

偽情報対策は学術・産業界で研究開発が活発化している分野であり、自然言語処理やメディアフォレンジクス、画像・音声の改ざん検出、ネットワーク拡散モデルの研究が進んでいる。また実証実験として、自治体とプラットフォームが連携して災害時の公式情報拡散を優先する試みや、アルゴリズム介入による誤情報拡散抑制の実験などが行われている。研究成果は技術的検知能力を高めるが、悪意ある対抗技術も並行して進化するため、「攻防」の連続である。

プラットフォーム事業者の対策

主要プラットフォーム事業者は、誤情報の検出と対処、ファクトチェック機関との連携、利用者からの通報システム、自治体や政府の公式アカウント優遇、ポリシー違反アカウントの凍結や削除、透明性報告の公開などを行っている。ただし、自動検出の精度、誤判定による過剰削除のリスク、異言語・ローカル文化に対応するための人手不足、そして何より「アルゴリズムの説明責任」に関する外部からの要求が高まっている。EUのDSA施行により、透明性や研究者データアクセスに関する義務が強化され、事業者は法的な報告・対応体制を整備する必要がある。

ガイドラインの策定

政府・産業界・学界はそれぞれガイドラインを策定している。日本政府・行政機関は生成AI等に関する利用指針やリスク対策ガイドブックを公開し、事業者や行政が安全に技術を導入するための枠組みを示している。企業側はAI事業者ガイドライン等を受けて内部統制や透明性確保、利用者説明の整備を進めている。ガイドラインは多様な主体が各々の責務を果たすための「ソフトロー」的役割を担うが、拘束力の弱さと実効性確保の両立が課題である。

情報削除と通知の運用

削除は一時的な危機回避には有効だが、削除だけでは「忘却されない」デジタル痕跡やスクリーンショットの再拡散に対応できない。また削除によって利用者の反発を招くこともあるため、プラットフォームは削除時の透明な理由説明やユーザーへの通知、異議申し立てプロセスの整備が求められる。情プラ法やDSAは通知・説明責任を重視しており、事業者は透明性を確保しつつ迅速に有害情報に対処するための体制を構築する必要がある。

AI活用の強化(対策への応用)

偽情報検出にもAIが活用されている。具体的には、テキストの整合性チェック、メディアの原典追跡、画像・音声の改ざん検出、拡散ネットワーク解析、ボット検出など多岐にわたる。AIは大量データを高速に解析できるため初動対応を早めるが、検出モデル自体のバイアスや誤検知、生成AIによる検出回避の進化が課題であるため、ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間の確認)を組み合わせた運用が現実的である。政府や研究機関はAI検知技術の研究支援やモデル性能の公開・検証を進めている。

利用者への啓発・リテラシー教育

最も持続的な対策は利用者のICTリテラシー向上である。メディア・リテラシー教育、情報の一次出典確認の習慣化、アルゴリズムの存在を理解した上での情報受容、ファクトチェックツールの活用促進が必要だ。学校教育、自治体の住民向け講座、企業の社員教育、プラットフォーム内の利用者向けチュートリアルなど多層的な取り組みが重要である。民間の調査でも、情報リテラシーの差が偽情報の受容差に直結していることが示されている。

ICTリテラシーの向上(具体例)

ICTリテラシー向上の具体策としては、(1)一次情報の照合方法(公式発表・日時・場所の検証)、(2)画像・動画の逆検索やメタデータ確認、(3)出典の信頼性評価、(4)感情的な内容に対する一呼吸の重要性、(5)ファクトチェック組織や公式アカウントの活用が挙げられる。教育コンテンツは年齢層に合わせた実践的演習を含めることが効果的で、企業や自治体と連携した普及が求められる。

ファクトチェック機関との連携

ファクトチェック組織(日本ファクトチェックセンターなど)は、誤情報の判定・公開とその根拠提示を通じて公共的役割を果たしている。プラットフォームは「信頼できるフラグ(trusted flaggers)」としてファクトチェッカーを認定し、優先的に通報を処理する仕組みや検証結果の表示を行うことで、利用者が誤情報に惑わされるリスクを減らせる。ファクトチェック機関の独立性確保と資金基盤の安定化も重要な政策課題である。

国外の成功事例(抜粋)

EUのDSA(Digital Services Act)はプラットフォームの透明性義務、危険コンテンツへの迅速対応、研究者へのデータアクセスなどを規定し、VLOP(非常に大規模なオンラインプラットフォーム)に重い義務を課す点で注目される。DSAに基づく調査や制裁の事例は、プラットフォームの運用改善を促す手段として参照されている。米国ではFTCや各種法執行機関が消費者保護の観点から偽レビューや詐欺コンテンツに対する規制を強化している。各国の経験は、法的拘束力を持つ規制と柔軟な運用(ガイドライン・教育・技術投資)の組合せが効果的であることを示している。

課題

偽情報対策には多くの課題が残る。主なものは以下の通り。

  1. 技術的イタチごっこ:生成AIの進化が検知技術を上回る可能性。

  2. 表現の自由との調整:削除・制裁が過剰になれば民主的議論を萎縮させる恐れ。

  3. 国際協調の困難さ:国境を越えた情報流通と各国法の不整合。

  4. リアルタイム対応の難しさ:拡散速度に対して訂正や削除のタイミングが遅れる。

  5. リソース不足:自治体や中小のプラットフォーム、ファクトチェック組織の人的・資金的制約。

  6. 利用者の信頼喪失:誤情報が氾濫すると情報源への信頼そのものが揺らぐ。

表現の自由とのバランス

偽情報対策は、民主社会で最も敏感な問題の一つである表現の自由との均衡を求められる。過度な検閲は言論の自由を脅かす一方、放置すれば公共の安全や選挙の公平性が損なわれる。したがって、透明性(どの基準で削除・表示制御するかの公開)、異議申し立て手続き、公的機関による恣意的介入の禁止、独立した監視メカニズムの併設が重要である。法制度やガイドラインは、比例原則と適正手続きを重視する必要がある。

AI生成コンテンツへの対応(技術的・制度的)

AI生成コンテンツへの具体的対応策は複合的である。技術的には「生成物のメタデータ付与(watermarking)」「生成AIが出力する際の透かし挿入」「改ざん検出アルゴリズムの高度化」などがある。制度的には生成AIの提供者に対する説明義務、識別ラベルの義務化、利用規約での悪用禁止、違反時の罰則や収益停止措置が検討されている。日本では生成AIの利用ガイドラインやリスク対策ガイドブックが公表され、事業者や公的機関が順次実装を進めている。

利用者のリテラシー向上(政策提言)

短期的には自治体・学校・企業による実践的教材の導入、プラットフォーム上での「疑わしい投稿に対する注意喚起表示」や「検証ツールへの導線」を充実させるべきだ。中長期的には教育課程にメディア・情報リテラシーを組み入れ、社会人教育としても継続的なアップデートを行うことで、全世代の基礎力を向上させる必要がある。公的支援を通じてファクトチェック組織や地域メディアの育成も不可欠である。

今後の展望

今後は技術・制度・教育の三位一体での対策強化が鍵となる。技術面では検出・識別技術の国際標準化と透明なベンチマークが重要になる。制度面では国内法制(情プラ法等)の運用実績を踏まえた調整、国際的な協調枠組みの強化、そしてプラットフォームの責任範囲と透明性のさらなる明確化が求められる。教育面では学校教育への組込みと、成人向けリカレント教育の拡充が必要だ。産学官が連携して実証実験を続け、悪用に対する適応力を高めることが今後の重要課題である。

まとめ

SNS上の偽情報は技術革新と社会構造の変化によって複雑化・高度化しており、単独の施策で解決することは困難である。法制度(情プラ法等)や国際規制(DSAなど)、プラットフォームの運用改善、AI検知技術の研究、ファクトチェック組織との連携、そして何より利用者のリテラシー向上を組み合わせることが必要だ。表現の自由を守りつつ公共的害悪を最小化するには、透明性と説明責任を基礎にした制度設計と、社会全体での教育・支援が不可欠である。今後も技術と政策の双方で柔軟に対応し続ける体制が求められる。


参考(抜粋)

  • 情報流通プラットフォーム対処法関連のガイドライン等(日本)。

  • AI事業者ガイドライン(総務省・経済産業省、令和7年3月)。

  • テキスト生成AI利活用におけるリスクへの対策ガイドブック(α版、2025年6月)。

  • 日本ファクトチェックセンター(JFC)等の現場活動。

  • EUのDigital Services Act(DSA)とその影響に関する資料。

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